【論文解説・全面改訂版】「第一性の遡及的成立」とは何か――個体・構造・歴史の順番を問い直す

当サイトはアフィリエイト広告を利用しています
  1. 二本の論文から読み解く、新しい構造的存在論の入門
    1. はじめに――私たちは、存在の順番を取り違えているのではないか
  2. 目次
  3. 1-1.第一性は絶対的な順位ではない
  4. 3-1.Δは単なる可能性の世界ではない
  5. 4-1.構造の成立には何が必要なのか
  6. 5-1.構造的不変項K――何が維持されれば同じものなのか
  7. 5-2.構成的閉包B――その秩序を実現しているものは何か
  8. 5-3.構成的配置Π――その構造はどのように配置されているのか
  9. 5-4.三つを統合する構造的個体化プロフィールJ
  10. 6-1.構造内部の個体化関係I
  11. 6-2.何でも構造項になるわけではない
  12. 6-3.構造と構造項は互いに成立させ合う
  13. 7-1.構成的同一性依存OD
  14. 7-2.なぜ非対称性が重要なのか
  15. 7-3.依存関係は独立した基準で判定しなければならない
  16. 8-1.過去へ時間を巻き戻すわけではない
  17. 10-1.時間的先行性・因果的依存・構成的依存
  18. 10-2.基本前提A3――過去の履歴は後続構造を構成しうる
  19. 11-1.H1――時間的先行性と実在性
  20. 11-2.H2――構成的寄与の実在
  21. 11-3.H3――追跡可能な構成的連結
  22. 11-4.H4――構造的不変項への構成的関連性
  23. 11-5.H5――出来事そのものの代替可能性と構成的役割の必要性
  24. 11-6.H6――歴史的経路そのものが同一性を構成する場合
  25. 11-7.E1・E2――歴史的資格を認定するための証拠
  26. 12-1.組織の場合――出来事と役割は同じではない
  27. 12-2.生物学的系譜の場合――歴史的連続性そのものが同一性を成立させる
  28. 13-1.構造的遡及性
  29. 13-2.歴史的遡及性
  30. 13-3.なぜ二つの論証を統合しなければならないのか
  31. 13-4.B1――同じ構造個体を扱っていること
  32. 13-5.B2――過去の履歴から後続構造への実際の構成的経路があること
  33. 13-6.B3――同一の構造的閉包に含まれていること
  34. 13-7.Mι――歴史的な寄与を個体化と第一性に接続すること
  35. 13-8.統一定理T3
  36. 14-1.アリストテレス――実体・形相・可能態と現実態、そして存在論的優先性
    1. 14-1-1.「何が存在するのか」という問いから「実体とは何か」という問いへ
    2. 14-1-2.形相と質料――なぜ材料の集合だけでは一つのものにならないのか
    3. 14-1-3.可能態と現実態――存在はどのように実現されるのか
    4. 14-1-4.『形而上学』Δ巻11章の優先性
    5. 14-1-5.『政治学』におけるポリスの優先性
    6. 14-1-6.アリストテレスと本理論の決定的な違い
  37. 14-2.ドゥンス・スコトゥス――共通本性とハエッキタス、個体化の最終原理
    1. 14-2-1.なぜ普遍的な本性だけでは個体を説明できないのか
    2. 14-2-2.共通本性natura communis
    3. 14-2-3.ハエッキタス――この個体をこの個体にするもの
    4. 14-2-4.数的な一性と共通本性の一性
    5. 14-2-5.形式的区別と個体化
    6. 14-2-6.スコトゥスと本理論の共通点
    7. 14-2-7.決定的な相違――個体化原理か、構造的な個体化か
  38. 14-3.ライプニッツ――完全個体概念・述語の内在・個体と歴史の不可分性
    1. 14-3-1.個体とは何かという問題を論理学から考える
    2. 14-3-2.完全個体概念とは何か
    3. 14-3-3.識別不能者同一の原理
    4. 14-3-4.個体の概念には歴史が含まれている
    5. 14-3-5.偶然性と完全個体概念
    6. 14-3-6.モナドと関係の問題
    7. 14-3-7.ライプニッツと本理論の共通点
    8. 14-3-8.決定的な相違――完全概念への述語包含と構成的前史
  39. 14-4.スピノザ――複合個体・運動と静止の比率・自然全体の個体性
    1. 14-4-1.スピノザの身体論における個体化の問題
    2. 14-4-2.身体は物質の集合ではなく、一定の関係によって成立する
    3. 14-4-3.単純個体から複合個体へ
    4. 14-4-4.自然全体も一つの個体として理解される
    5. 14-4-5.個体の持続とコナトゥス
    6. 14-4-6.スピノザと本理論の共通点
    7. 14-4-7.スピノザの個体論に残される問題
    8. 14-4-8.決定的な相違――第一性と歴史的前史への展開
  40. 14-5.シモンドン――前個体的なもの・個体化・転導(transduction)
    1. 14-5-1.完成した個体から出発する哲学への批判
    2. 14-5-2.前個体的なものは、未分化な無ではない
    3. 14-5-3.転導(transduction)――個体化はどのように進行するのか
    4. 14-5-4.質料形相論への批判
    5. 14-5-5.個体と環境は同時に成立する
    6. 14-5-6.個体化は一度で完了しない――前個体的なものの残存
    7. 14-5-7.シモンドンと本理論の共通点
    8. 14-5-8.決定的な相違――個体化の過程と構造的な第一性
  41. 14-6.ドゥルーズ――差異それ自体・仮想的多様体・強度・個体化
    1. 14-6-1.同一性を第一原理とする哲学への批判
    2. 14-6-2.表象の四重の枠組みへの批判
    3. 14-6-3.仮想的なもの――現実の反対ではない
    4. 14-6-4.理念――問題的な構造としての多様体
    5. 14-6-5.強度と個体化――現実的な個体はいかにして成立するのか
    6. 14-6-6.微分化と分化――仮想的な理念はいかにして現実化するのか
    7. 14-6-7.シモンドンとの関係
    8. 14-6-8.ドゥルーズと本理論の共通点
    9. 14-6-9.決定的な相違――差異の存在論から構造的同一性と第一性へ
  42. 14-7.ヘーゲル――反省・否定・根拠・全体と部分、そして遡及的な規定
    1. 14-7-1.直接的な存在から本質へ
    2. 14-7-2.存在・無・生成――規定の不安定性
    3. 14-7-3.本質とは反省である
    4. 14-7-4.同一性と差異――同一性は差異から独立しているのか
    5. 14-7-5.根拠(Grund)――何が何を成立させているのか
    6. 14-7-6.全体と部分――相互に規定される存在関係
    7. 14-7-7.自己関係的な規定と遡及性
    8. 14-7-8.概念論と客観的なものの成立
    9. 14-7-9.ヘーゲルと本理論の共通点
    10. 14-7-10.決定的な相違――弁証法的展開と構造的判定基準
  43. 14-8.ジョナサン・シェファー――優先的一元論と全体の存在論的優先性
    1. 14-8-1.全体と部分のどちらが存在論的に根本的なのか
    2. 14-8-2.存在的一元論と優先的一元論の区別
    3. 14-8-3.部分が全体に依存するとはどういうことか
    4. 14-8-4.物理学との関係
    5. 14-8-5.内部関係論との関連
    6. 14-8-6.シェファーと本理論の共通点
    7. 14-8-7.決定的な相違――全体の優先性と構造相対的第一性
  44. 14-9.現代形而上学の基礎づけ論――Grounding・存在論的依存・説明の非対称性
    1. 14-9-1.現代形而上学における「何が何を根拠づけるのか」という問題
    2. 14-9-2.因果関係と基礎づけ関係の違い
    3. 14-9-3.キット・ファインと基礎づけの問題
    4. 14-9-4.Groundingの非対称性
    5. 14-9-5.Groundingの形式的な問題
    6. 14-9-6.Groundingと本理論の共通点
    7. 14-9-7.決定的な相違――一般的な基礎づけと構造相対的な同一性依存
  45. 14-10.マルクス――具体的な全体・社会的関係・抽象から具体への方法
    1. 14-10-1.社会的な個体を孤立した存在として理解できるのか
    2. 14-10-2.『経済学批判要綱』序説――具体的なものは多くの規定の統一である
    3. 14-10-3.抽象から具体への上昇は、現実そのものの生成ではない
    4. 14-10-4.社会的な全体と構成要素の相互関係
    5. 14-10-5.現実の歴史的な形成過程と資本主義の構造
    6. 14-10-6.マルクスと本理論の共通点
    7. 14-10-7.決定的な相違――社会的歴史分析と構成的前史Q
  46. 14-11.フロイト――Nachträglichkeit・事後性・過去の意味の遡及的な成立
    1. 14-11-1.過去の出来事は、後から意味を持つことがあるのか
    2. 14-11-2.二段階の時間構造
    3. 14-11-3.エマの事例
    4. 14-11-4.Nachträglichkeitは単なる回想ではない
    5. 14-11-5.ラカンとラプランシュによる展開
    6. 14-11-6.フロイトと本理論の共通点
    7. 14-11-7.決定的な相違――心理的な事後性と存在論的な構成的前史
  47. 14-12.比較研究の総括――先行研究は何を説明し、本理論は何を追加するのか
    1. 14-12-1.個体化の問題について
    2. 14-12-2.構造と優先性の問題について
    3. 14-12-3.歴史的遡及性の問題について
    4. 14-12-4.本理論の独自性をどこに求めるのか
  48. 15-1.第一性は、重要性や権力の序列ではない
  49. 15-2.時間的に先に存在するものが、必ず第一なのではない
  50. 15-3.後から名前を与えただけでは、構造や歴史は成立しない
  51. 15-4.第一性の成立は、個別の対象について論証しなければならない
  52. おわりに――存在の順番をもう一度考える
  53. 参考論文・関連研究
    1. 第一論文
    2. 第二論文
    3. 比較哲学研究
    4. 理論形成の過程
  54. 第14節の研究上の参照文献
      1. オンライン研究資料

二本の論文から読み解く、新しい構造的存在論の入門

はじめに――私たちは、存在の順番を取り違えているのではないか

私たちは普段、世界に存在するものを、ある程度独立した個体として捉えている。

一人の人間がいる。複数の人間が集まる。人間同士が関係を結ぶ。そして、その関係から家族や会社、国家といった社会的な構造が生まれる。

このような考え方は、ごく自然に思える。

まず個々のものが存在し、その後で、それらのあいだに関係が成立する。関係が集まることで、一つのまとまりが形成される。

しかし、ここで少し立ち止まって考えてみたい。

そもそも、私たちが一つのものとして認識している個体は、本当に、それを成立させている関係や構造から独立して存在しているのだろうか。

例えば、川の中に渦ができているとする。

渦を構成しているのは水である。しかし、渦は水の分子が単に集まったものではない。水の流れる方向や速度、圧力などが特定の関係を形成することによって、一つの渦が成立している。

渦を構成している水の一部が入れ替わっても、流れの秩序が維持されていれば、同じ渦が存続していると考えることができる。

反対に、水そのものが残っていても、流れの関係が崩れれば、渦は消滅する。

ここでは、渦を構成する個々の水よりも、それらを一つのまとまりとして成立させている関係的な秩序が重要になっている。

すると、個体についての理解を逆転させることができる。

通常は、個体が先に存在し、後から関係を結ぶと考える。

しかし、渦の例では、関係的な秩序が成立することによって、初めて渦という個体が成立している。

つまり、個体は必ずしも関係に先立つわけではない。

むしろ、ある水準においては、関係や構造の成立が個体の成立に先立っている。

このような問題意識から、私は「第一性の遡及的成立」という理論を構築してきた。

本理論が目指すのは、単に個体と関係のどちらが先なのかを決めることではない。

個体性そのものがどのような条件によって成立するのか、構造の内部において何が何に対して第一となるのか、そして構造が成立する以前の歴史的な出来事が、その構造の存在にどのように関与するのかを、一つの存在論的な体系として説明することである。

そのために、第一論文では「構造的個体化から第一性へ」という問題を扱い、第二論文では、その理論を歴史的な時間の領域へと拡張している。

本記事では、この二本の論文を出発点として、できるだけ日常的な例を使いながら、本理論の基本的な考え方を説明していきたい。


目次

  1. そもそも「第一性」とは何か
  2. 個体は最初から個体なのか
  3. 個体化以前の差異――前個体的差異場Δ
  4. 差異から構造が生まれる
  5. 何をもって一つの構造と呼べるのか
  6. 構造が個体を成立させ、個体が構造を実現する
  7. 構造の内部で何が第一になるのか
  8. なぜ「遡及的成立」なのか
  9. 第一論文の結論――構造的個体化から第一性へ
  10. 第二論文――過去はどのように構造の成立に関わるのか
  11. すべての過去が構成的前史になるわけではない
  12. 組織と生物学的系譜――歴史的前史の二つの事例
  13. 二つの遡及性を統合する――統一定理T3
  14. 哲学史のなかで本理論を考える
  15. 本理論が主張すること、主張しないこと
  16. 二本の論文が示す存在論の全体像

1.そもそも「第一性」とは何か

まず、「第一性」という言葉の意味から説明したい。

第一性という言葉を聞くと、時間的に最初に存在するものや、すべてのものの出発点となるものを想像するかもしれない。

しかし、本理論における第一性は、単純な時間的先行性を意味しない。

例えば、ある組織において、総会が会計担当職の権限や役割を決定する制度的な権限を持っているとする。

この場合、会計担当職という役割は、総会に属する制度的権限によって成立している。

総会にそのような権限がなければ、会計担当職という役割の制度的な位置づけも成立しない。

一方、総会に属する一般的な制度的権限は、特定の会計担当職が存在することに依存しない。

つまり、この二つのあいだには、一方向の依存関係が存在している。

総会に属する制度的権限は、会計担当職の制度的な同一性を成立させる。

しかし、会計担当職は、その権限自体を成立させるための条件ではない。

このような関係が実際に成立しているならば、制度的権限は会計担当職に対して第一性を持つ。

ここで重要なのは、総会の方が社会的に重要だから第一なのではないということだ。

また、総会の方が時間的に先に存在していたからでもない。

会計担当職という役割の同一性が、総会に属する制度的権限によって構成されており、その逆方向の依存が成立していないからである。

本理論では、このような優先関係を「構造相対的第一性」と呼ぶ。

第一性とは、特定の構造のなかで、あるものの存在や同一性が、別のものの構成的な規定に依存しているという関係から成立する存在論的な優先性なのである。

1-1.第一性は絶対的な順位ではない

もう一つ重要なことがある。

本理論では、世界に存在するすべてのものに、一つの絶対的な順位を与えることは考えていない。

第一性は、次の三つに相対的に成立する。

  • どの構造を対象としているのか。
  • どの水準で同一性を考えているのか。
  • どの規定次元について依存関係を判定しているのか。

例えば、総会に属する制度的権限は、制度上の役割を成立させるという次元では第一性を持つかもしれない。

しかし、実際の財務活動という次元では、会計担当者による業務の遂行が必要になる場合がある。

制度的な権限配分と、実際の業務活動では、依存関係が異なるからである。

したがって、あるものが一つの関係において第一であったとしても、あらゆる関係において第一であるとは限らない。

また、複数のものがそれぞれ異なるものに対して第一性を持つこともありうる。

このように、本理論が問題とするのは、万物を一列に並べるような絶対的序列ではない。

特定の構造の内部で、何が何の成立条件になっているのかを明らかにすることである。


2.個体は最初から個体なのか

次に、本理論の出発点となる「個体性」の問題を考えてみたい。

例えば、私たちの前に二つの石があるとする。

一つ目の石と二つ目の石は、別々の個体である。

しかし、なぜ二つの石は、それぞれ一つの個体として成立しているのだろうか。

それぞれの石を構成している物質があるからだろうか。

しかし、石を構成する物質が存在するというだけでは、なぜそれらが一つの石としてまとまっているのかを十分に説明できない。

また、二つの石が異なる場所に存在しているからだと考えることもできる。

しかし、位置が異なることだけで、それぞれが何をもって一つの個体として成立しているのかという問題が解決するわけではない。

この問題は、哲学における個体化の問題として長く議論されてきた。

本理論では、個体性を説明しようとするならば、少なくとも三つのことを明らかにしなければならないと考える。

第一に、なぜ複数の要素が一つの個体としてまとまっているのか。

第二に、なぜその個体は、別の個体と区別されるのか。

第三に、何が維持されれば、その個体は同じ個体として存続していると言えるのか。

これらを説明せずに、最初から完成した個体が存在すると仮定することも、哲学的な立場としては可能である。

しかし、その場合、個体性がなぜ成立しているのかという問題は説明されないまま残る。

本理論では、この問題を「個体化根拠充足原理G」として定式化している。

その内容は次のようなものである。

個体性の成立を説明しようとする理論は、数的統一、他の個体との差異、および個体としての同一性を成立させる構成的根拠を提示しなければならない。

ここでいう数的統一とは、あるものが複数の要素の単なる集まりではなく、一つのものとして成立していることを意味する。

数的差異とは、それが他の個体とは異なる一つのものとして区別されることを意味する。

そして個体的同一性とは、ある個体が時間の経過や内部の変化を経ても、どのような条件のもとで同じ個体として成立し続けるのかという問題である。

この原理は、あらゆる哲学者に対して個体性を説明するよう強制するものではない。

個体性をそれ以上説明できない基本的な事実として認める立場もありうる。

しかし、個体性がどのように成立するのかを説明しようとする以上、その成立根拠を明らかにしなければならない。

本理論は、個体性を最初から完成したものとして置くのではなく、個体性が成立する過程そのものを説明しようとするのである。


3.個体化以前の差異――前個体的差異場Δ

では、個体性が成立する以前には、何が存在しているのだろうか。

ここで本理論が導入するのが「前個体的差異場Δ」である。

この概念を理解するには、まず二つの誤解を避けなければならない。

一つ目は、Δを、すでに個体化された複数のものが集まっている場所だと考えることである。

例えば、複数の人間が集まっている状態を想像してみよう。

この場合、すでに一人ひとりが独立した人間として成立している。

したがって、これは個体化以前の状態ではない。

二つ目は、Δを、何の区別も存在しない完全に均質な状態だと考えることである。

もし、そこに何の差異も存在しないならば、そこから何かが区別され、関係を結び、構造を形成する理由を説明できない。

Δは、そのどちらでもない。

Δとは、個体としての数的同一性が成立する以前に、さまざまな差異的な規定可能性が内在している存在論的な場である。

例えば、川の水を考えてみよう。

川の水には、流れる方向や速度、圧力、温度などの違いがある。

これらは、それぞれ完成した渦という個体として存在しているわけではない。

しかし、そこにはすでに異なる状態や相互に関係しうる条件が存在している。

このような差異的な可能性が、ある条件のもとで特定の秩序を形成すると、渦が生じる。

ここで重要なのは、渦が成立する以前から水の流れに差異が存在しているということだ。

渦が存在しないからといって、そこに何の差異も存在していないわけではない。

むしろ、個体化以前の差異が、個体化の可能性を支えている。

本理論では、このような存在論的な出発点をΔとして表している。

3-1.Δは単なる可能性の世界ではない

ここで注意したいのは、Δが単なる想像上の可能性の集合ではないということである。

Δに含まれるのは、現実に構造的な関係を形成しうる差異的な規定可能性である。

本理論では、次の三つを区別している。

A1:前個体的差異場の存在

個体化された複数の存在者の集合とは異なる、前個体的な差異場Δが存在する。

A2a:構成的関係の可能性

Δに内在する差異的規定可能性は、すでに個体化された項を前提とせずに、構成的関係へ組み込まれうる。

A2b:構成的関係の実在的成立

特定の同一性水準と構成的解像度において、その構成的関係が実際に成立している場合がある。

この区別は重要である。

Δが存在することと、そこから構造が必ず成立することは同じではない。

差異的な規定可能性が存在していても、それらのあいだに実際の構成的関係が成立していなければ、構造は成立しない。

したがって、本理論は、あらゆる差異場から必ず個体が生まれると主張するものではない。

あくまでも、個体化以前の差異が実際の構成的関係によって組織化される場合に、どのような条件のもとで個体が成立するのかを説明するのである。


4.差異から構造が生まれる

では、個体化以前の差異は、どのようにして構造になるのだろうか。

ここで必要となるのが「構成的関係Rᶜ」である。

構成的関係とは、すでに完成した二つの個体が、後から外側で結びつくような関係ではない。

差異的な契機の位置や役割、規定範囲、同一性条件などを実際に成立させる関係である。

例えば、川の中に渦ができる場合を考えてみよう。

水の流れには速度や方向の違いが存在している。

しかし、それらの違いが存在しているだけでは、まだ渦にはならない。

水の流れが互いに関係し、特定の循環的な秩序を形成する必要がある。

その関係は、渦という完成した個体の外側から後付けされたものではない。

その関係こそが、渦を渦として成立させている。

したがって、ここでの関係は、完成した個体同士を結びつけるだけの外的関係ではない。

個体そのものの成立に関与する構成的な関係なのである。

このような関係が実際に成立すると、差異的な契機は単なる並存状態から、一つの構造的秩序へと組織化される。

本理論では、この構造が成立する関係をRᶜとして表す。

4-1.構造の成立には何が必要なのか

もちろん、複数の差異が何らかの関係を結んでいれば、必ず一つの構造が成立するわけではない。

例えば、同じ場所に存在する二つの物体が、単に隣り合っているだけでは、それらが一つの個体を形成しているとは限らない。

重要なのは、その関係が対象の同一性を成立させるために実際に関与しているかどうかである。

本理論では、個体化以前の差異から構造を成立させるために、少なくとも次のことを確認する。

  • 差異的な規定可能性が実際に存在していること。
  • それらのあいだに構成的関係Rᶜが実在すること。
  • その関係によって、一つの構成的な連結が形成されていること。
  • 対象となる同一性水準において、その連結が一つの個体として成立していること。
  • その構造の内側と外側を区別する境界が成立していること。

この最後の条件も重要である。

一つの個体が成立するということは、単に何かが集まるということではない。

どこまでがその個体を構成し、どこからがその個体の外部になるのかという区別も必要になる。

さらに、構造の内部を分割してしまったとき、対象となる同一性を成立させていた秩序が維持できなくなることも確認しなければならない。

本理論では、このような条件を満たすことで、基底的構造個体S₀が成立すると考える。

その基本的な形式は次のとおりである。

I₀(Δ, Rᶜ_{D,α} → S₀)

これは、前個体的差異場Δに内在する差異的規定可能性が、実在的な構成的関係Rᶜによって組織化され、基底的構造個体S₀として成立することを表している。

ここでいう基底的とは、宇宙の始まりに存在した最初の物体という意味ではない。

すでに個体化された下位の構造項を前提とせずに成立する、存在論的な基礎水準を意味している。


5.何をもって一つの構造と呼べるのか

ここまでの説明では、差異が構成的関係によって組織化されることで、構造が成立すると述べてきた。

しかし、ここにはさらに重要な問題がある。

それは、何をもって「同じ構造」と呼べるのかという問題である。

例えば、川の渦を考えてみよう。

渦を構成する水は常に入れ替わっている。

水の分子が変わるだけで渦が別の個体になってしまうなら、渦の同一性を説明することは難しい。

反対に、水の流れが完全に変わってしまっても同じ渦だと言うなら、それも適切ではない。

つまり、構造の同一性を説明するためには、何が変化しても維持されるべきなのかを明らかにしなければならない。

そこで本理論では、次の三つの要素を区別する。

5-1.構造的不変項K――何が維持されれば同じものなのか

第一は、構造的不変項Kである。

これは、対象が同じものとして成立し続けるために必要な構成的制約を意味する。

例えば、渦であれば、単に同じ水が残っていることではなく、渦を成立させている流動関係が維持されていることが重要になる。

その関係がどの程度変化しても同じ渦として認められるのか、どのような変化が生じたら別の渦になるのか。

このような同一性の基準を明らかにするのがKである。

5-2.構成的閉包B――その秩序を実現しているものは何か

第二は、構成的閉包Bである。

Kが同一性を成立させるための制約を示すのに対して、Bは、その制約を実際に実現している構成的関係の全体を示す。

例えば、渦を成立させているのは、ある水の分子の集合だけではない。

水の流れや圧力、速度などの関係が、一定の連結した秩序を形成している。

そのような関係的なネットワークがBにあたる。

Bは、単に対象に関係しているすべてのものを集めた集合ではない。

対象の同一性を実現するために必要な構成的関係を含む、最小限かつ完全な閉包である。

5-3.構成的配置Π――その構造はどのように配置されているのか

第三は、構成的配置Πである。

これは、構造が周囲の差異場や他の構造との関係のなかで、どのような配置や境界を形成しているのかを示す。

同じような構造的不変項を持つ二つの対象が存在していても、具体的な構成関係や配置が異なれば、別々の構造個体として成立する場合がある。

例えば、同じような渦が川の異なる場所に二つ存在しているとしよう。

二つの渦は、同じような流動秩序を持っているかもしれない。

しかし、それぞれの渦を実現する具体的な関係や境界、配置は異なる。

そのため、両者は同じ種類の構造でありながら、数的には異なる個体として成立しうる。

5-4.三つを統合する構造的個体化プロフィールJ

本理論では、この三つを統合したものを「構造的個体化プロフィールJ」と呼ぶ。

J_{D,α}(S) = <K_D(S), B_D^α(S), Π_D^α(S)>

少し簡単に整理すると、次のようになる。

概念意味
K何が維持されれば同じ構造なのか
Bその同一性を実現する構成的関係の全体
Π構造が占める具体的な配置や境界
JK・B・Πを統合した個体化プロフィール

ここでDは、どの水準の同一性を問題にしているのかを示す。

例えば、渦そのものの同一性を考える場合と、その渦を構成する水の分子の同一性を考える場合では、問題となる同一性の水準が異なる。

また、αは、構造をどの程度の細かさで捉えるのかという構成的解像度を示す。

対象の同一性を考えるために、どの関係までを分析に含めるのかという問題である。

この二つを曖昧にしたままでは、何が構造を成立させているのかを正確に判定できない。

本理論では、D・αを明確にしたうえで、K・B・Πを確定する。

そして重要なのは、これらを個体化や第一性の結論から逆算して決めないことである。

例えば、ある要素に第一性を与えたいから、その要素に都合のよい構造的不変項を設定するようなことは認められない。

構造が何であるか、その同一性が何によって成立しているのかを、第一性の判定とは独立に確定しなければならない。

この点は、後に説明する歴史的前史の選別においても重要になる。


6.構造が個体を成立させ、個体が構造を実現する

ここまでで、前個体的差異から構造が成立する過程を説明してきた。

次に考えなければならないのは、その構造の内部に存在するものが、どのようにして個体化されるのかという問題である。

ここでは、オーケストラを例に考えてみたい。

オーケストラには、指揮者、第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロなど、さまざまな役割がある。

一人の音楽家は、オーケストラに参加する以前から、一人の人間として存在している。

しかし、その人物が特定のオーケストラにおける第一ヴァイオリン奏者であることは、そのオーケストラの構造との関係によって成立する。

そのオーケストラの構造が存在しなければ、その人物がそのオーケストラの第一ヴァイオリン奏者であるという役割も成立しない。

もちろん、その人物が人間として存在していることまで、オーケストラが成立させているわけではない。

ここでは、同じ人物について、二つの異なる水準が存在している。

一つは、一人の人間としての個体性である。

もう一つは、特定の構造のなかで特定の役割を持つ構造項としての個体性である。

本理論が説明しようとするのは、後者の成立である。

6-1.構造内部の個体化関係I

すでに成立した構造Sの内部に存在する差異的な契機が、その構造のなかで特定の位置、役割、同一性条件を持つことによって、一つの構造項として成立する。

これを「個体化関係I」と呼ぶ。

基本的な表記は次のとおりである。

I(S, mᵢ → xᵢ)

ここで、

  • Sは、すでに成立している構造である。
  • mᵢは、構造内部に存在する個体化以前の差異的契機である。
  • xᵢは、構造との関係によって個体化された構造項である。

つまり、構造Sによって、差異的契機mᵢが構造項xᵢとして成立することを表している。

オーケストラの例でいえば、ある人物が特定のオーケストラにおける第一ヴァイオリン奏者として位置づけられることが、その一例になる。

6-2.何でも構造項になるわけではない

ただし、構造の内部に存在する差異が、すべて独立した構造項として成立するわけではない。

例えば、オーケストラの第一ヴァイオリン奏者が、一時的に別の楽器を手に取ったとする。

その一時的な状態の変化によって、その人物が構造項としての第一ヴァイオリン奏者ではなくなるわけではない。

また、その日の演奏で少しミスをしたからといって、別の構造項になってしまうわけでもない。

そこで本理論では、構造内部の契機が独立した構造項として個体化されるために、四つの条件を設定している。

I-1:構成的役割の確定

その契機が、対象となる構造において実際に特定の構成的役割を担っていること。

I-2:関係的識別可能性

他の契機と区別できる固有の位置や役割を持っていること。

I-3:同一性条件の成立

その構造項が何であるのか、どのような条件のもとで同じものとして成立するのかを特定できること。

I-4:構成的安定性

単なる一時的な状態の変化ではなく、対象となる同一性水準において固有の構成的位置を維持していること。

これらの条件によって、単なる状態の差異と、一つの構造項として成立しているものを区別する。

6-3.構造と構造項は互いに成立させ合う

ここまでの説明を聞くと、一つの疑問が生じるかもしれない。

構造が構造項を成立させるというのであれば、その構造は何によって成立するのだろうか。

結局、構造を成立させるには、構造項が先に存在しなければならないのではないか。

この疑問は重要である。

構造と構造項の相互構成を主張する場合、両者が互いを同じ意味で前提としているならば、説明が循環してしまう可能性がある。

本理論では、この問題を解決するために、構造の成立に関わる関係を区別している。

それがI₀・I・Cである。

I₀:基底的構造個体化

前個体的差異場Δと構成的関係Rᶜから、下位の個体化された構造項を前提とせずに、基底的構造個体S₀を成立させる。

I:構造内部の個体化

すでに成立した構造Sの内部に存在する差異的契機を、構造項xᵢとして個体化する。

C:上位構造の具体的実現

すでに個体化された下位の構造項が、構成的関係を通じて上位構造を具体的に実現する。

この違いをオーケストラの例で考えると分かりやすい。

個々の音楽家は、それぞれ一人の人間として成立している。

そのような下位水準の個体が、演奏上の関係や制度的な秩序を形成することで、オーケストラという上位構造が具体的に実現される。これがCの方向である。

一方、オーケストラという構造が成立すると、その内部において第一ヴァイオリン奏者や指揮者などの役割が個体化される。これがIの方向である。

したがって、構造は下位水準の個体によって具体的に実現される一方、構造内部の役割や位置は、その構造によって成立する。

この二つは異なる関係なのである。

本理論では、存在論的な成立関係を次のように区別する。

I₀(Δ, Rᶜ → S₀)

I(S₀, mᵢ → xᵢ)

C({xᵢ}, Rᶜ → S₁)

この区別によって、構造が構造項を成立させることと、個体化された下位構造項が上位構造を実現することを、同じ関係として扱わずに説明できる。

重要なのは、構造と構造項が互いに関係し合うことを否定するのではなく、その相互関係を異なる存在論的水準に分けて説明することである。


7.構造の内部で何が第一になるのか

ここまでで、構造そのものが成立し、その内部の差異的契機が構造項として個体化されることを説明してきた。

しかし、ここから直ちに第一性が成立するわけではない。

あるものが個体化されたことと、そのものが別のものに対して第一であることは、別の問題だからである。

例えば、オーケストラには第一ヴァイオリン奏者も第二ヴァイオリン奏者も、指揮者も存在している。

それぞれは構造項として個体化されている。

しかし、それだけでは誰が誰に対して第一なのかは分からない。

第一性を判断するためには、それぞれの構造項のあいだにどのような構成的依存関係が存在しているのかを調べなければならない。

7-1.構成的同一性依存OD

本理論では、この関係を「構成的同一性依存OD」と呼ぶ。

ODとは、ある構造項の同一性条件が、別の構造項の実在的な規定に依存している関係である。

例えば、ある組織において、総会に属する制度的権限が、会計担当職という役割の設定や変更、廃止を決定できるとする。

この場合、会計担当職という役割の制度的な同一性には、その権限の存在が構成条件として含まれている。

しかし、その権限自体が、特定の会計担当職の存在を必要としているわけではない。

つまり、次のような関係が成立している。

総会に属する制度的権限は、会計担当職の役割を成立させる。

しかし、会計担当職の存在は、総会に属する一般的な役割設定権限を成立させる条件ではない。

ここには、構成的な依存の非対称性がある。

7-2.なぜ非対称性が重要なのか

あるものが別のものに依存しているというだけでは、第一性は成立しない。

例えば、AとBが互いに成立条件となっている場合、両者のあいだには相互依存が存在している。

この場合、AがBに対して一方的に第一であるとは言えない。

また、AがBに大きな因果的影響を与えているとしても、それだけでは第一性にはならない。

重要なのは、Aの実在的な規定がBの同一性条件を実際に成立させており、その逆方向の依存が成立していないことである。

本理論では、このような関係を次のように表す。

A ≺_{S,D,d} B ↔ [OD_{S,D,d}(B,A) ∧ ¬OD_{S,D,d}(A,B)]

これは、特定の構造S、同一性水準D、規定次元dにおいて、Bの同一性がAに構成的に依存しており、逆方向の依存が成立していない場合、AはBに対して構造相対的第一性を持つことを表している。

ここで大切なのは、ODを単なる重要性や影響力と混同しないことである。

例えば、ある人物が会社にとって非常に重要な人物であったとしても、その人物がいなければ会社の同一性が成立しないとは限らない。

また、その人物が会社の設立に大きく貢献したとしても、その因果的な貢献だけで第一性を認めることはできない。

本理論が要求するのは、対象となる構造項が、実際に他の構造項の同一性条件を成立させているという構成的な関係である。

7-3.依存関係は独立した基準で判定しなければならない

この点について、本理論はさらに慎重な条件を設定している。

AがBに対して第一性を持つと主張するためには、まずAとBがそれぞれ独立して構造項として個体化されていなければならない。

そのうえで、Bの実在的な同一性条件にAの規定が構成条件として含まれていることを示さなければならない。

さらに、Aの同一性条件には、Bの存在が構成条件として含まれていないことも確認する必要がある。

単にAが重要だから第一であるとか、Aを第一にしたいからBがAに依存していると定義することはできない。

第一性の成立には、実際の対象についての具体的な分析が必要になる。

本理論では、個体化と第一性の判定を分離することによって、結論を最初から定義のなかに組み込むことを避けている。


8.なぜ「遡及的成立」なのか

ここまでの議論を踏まえると、「遡及的成立」という言葉の意味が見えてくる。

構造が成立する以前には、そこに存在する差異的な契機は、まだ特定の構造項として成立していない。

しかし、構成的関係が組織化され、一つの構造が成立すると、その構造の内部に存在する契機は、特定の位置や役割、同一性条件を持つようになる。

例えば、ある人物がオーケストラに参加する以前から、その人物は一人の人間として存在している。

しかし、その人物が特定のオーケストラの第一ヴァイオリン奏者であることは、そのオーケストラの構造が成立して初めて確定する。

この場合、オーケストラの構造が成立する以前から、その人物が第一ヴァイオリン奏者だったわけではない。

構造が成立することで、その人物の構造内部における位置や役割が成立するのである。

同じことは、第一性についても言える。

ある構造項が別の構造項に対して第一であるという関係も、両者が構造項として個体化され、構成的同一性依存の非対称性が成立して初めて確定する。

つまり、構造の成立によって、内部の契機の個体性や同一性、位置づけ、第一性が、構造に相対的なものとして成立する。

これを本理論では「構造的遡及性」と呼ぶ。

8-1.過去へ時間を巻き戻すわけではない

ここで誤解してはならないことがある。

遡及的成立とは、時間を逆行させることではない。

未来に成立した構造が、過去の出来事そのものを変更することでもない。

例えば、ある人物が後からオーケストラの第一ヴァイオリン奏者になったとしても、その人物が過去に生まれた事実や、それ以前に別の仕事をしていたという事実は変わらない。

変化するのは、その人物が後続する構造との関係において何者として位置づけられるのかという問題である。

ここでは、二つの順番を区別する必要がある。

一つは、時間的な順番である。

もう一つは、存在論的な成立の順番である。

時間的には、人物が先に存在し、その後でオーケストラに参加する。

しかし、特定のオーケストラにおける第一ヴァイオリン奏者という構造項としての個体性は、そのオーケストラの構造との関係によって成立する。

したがって、時間的に先に存在していたことと、存在論的に第一であることは同じではない。

そして、ある契機が時間的に先行していたとしても、それが後続構造に対してどのような構成的な位置を持つのかは、構造の成立によって初めて確定する場合がある。

これが、本理論の「遡及性」の基本的な意味である。


9.第一論文の結論――構造的個体化から第一性へ

ここまでの議論を整理すると、第一論文が明らかにしようとしていることが分かる。

まず、個体性を最初から完成したものとして置かず、前個体的差異場Δを出発点にする。

そのΔに内在する差異的規定可能性が、実在的な構成的関係Rᶜによって組織化されると、基底的構造個体S₀が成立する。

次に、その構造の個体性を、構造的不変項K、構成的閉包B、構成的配置Πからなる個体化プロフィールJによって説明する。

さらに、その構造の内部にある差異的契機が、個体化条件I-1〜I-4を満たすことによって、構造項xᵢとして個体化される。

最後に、個体化された構造項のあいだに構成的同一性依存ODが成立し、その依存関係が一方向にのみ成立する場合に、構造相対的第一性が成立する。

この全体の流れを簡略化すると、次のようになる。

A1 + A2a + A2b + Rᶜの実在的成立 + 構成的閉包条件 → I₀ → S₀

S₀ → J_{D,α}(S₀) → P2a

P2a + I-1〜I-4 → I(S₀, mᵢ → xᵢ) → P2

P2 + ODの実在的判定 → P3 → T1

この最後のT1が、第一論文の中心的な定理である。

定理T1は、前個体的差異から構造が成立し、その構造の内部で個体化が生じ、さらに構成的同一性依存の非対称性によって第一性が成立するという一連の過程を統合している。

ここで重要なのは、この定理が無条件にあらゆる存在者の第一性を証明するものではないということである。

必要なのは、それぞれの対象について、前個体的差異、実在的な構成的関係、構造の同一性条件、内部の個体化、そしてODの非対称性が実際に成立していることを示すことである。

本理論は、第一性を最初から与えられた属性として扱うのではなく、個体化の条件と構成的依存関係から導こうとしているのである。


10.第二論文――過去はどのように構造の成立に関わるのか

第一論文によって、構造内部の個体化と第一性の理論的な基礎が示された。

しかし、ここまでの説明だけでは、まだ一つの重要な問題が残されている。

それは、ある構造が成立する以前に存在していた歴史的な出来事や過程が、その構造の同一性にどのように関わるのかという問題である。

例えば、一つの組織が成立したとする。

その組織は、突然、何もないところから生まれたわけではない。

設立以前には、人々の話し合いや協議、規則の作成、権限の調整、資源の確保など、さまざまな出来事が存在していたはずである。

組織が成立した後、私たちは、その過去の出来事が組織の成立にどのような意味を持っていたのかを考えることができる。

しかし、ここで問題になるのは、過去に存在していた出来事が、単に組織成立の原因になったということだけではない。

その過去の履歴が、組織の同一性を成立させる構成的な条件に実際に含まれているのかどうかである。

例えば、ある発言が組織設立のきっかけになったとしても、その発言が組織の規則や権限関係、役割秩序などを成立させていないのであれば、その発言は単なる因果的背景にすぎない可能性がある。

反対に、ある過去の協議によって実際に規則や権限関係が形成され、その後の組織の同一性を成立させているのであれば、その協議は単なる過去の出来事以上の意味を持つ。

つまり、過去の履歴が、後続構造の構成的な前史となる場合があるのである。

10-1.時間的先行性・因果的依存・構成的依存

この問題を考えるためには、三つの関係を区別しなければならない。

時間的先行性

ある出来事が、別の出来事よりも時間的に先に存在していたという関係である。

因果的依存

ある過去の出来事が、後続する出来事や構造の成立に因果的な影響を与えたという関係である。

構成的依存

ある過去の出来事や過程が、後続構造の同一性条件を成立させる実際の構成的な依存経路に組み込まれているという関係である。

この三つは同じではない。

時間的先行性 ≠ 因果的依存 ≠ 構成的依存

例えば、ある組織の設立以前に、一人の人物が重要な発言をしたとする。

その発言は、組織設立のきっかけになったかもしれない。

しかし、その発言が組織の規則や権限関係、役割秩序などの成立に実際に関与していなければ、その人物の発言を組織の構成的前史として認めることはできない。

時間的に先に起こったというだけでは不十分であり、因果的に影響を与えたというだけでも不十分なのである。

本理論では、構造成立以前の履歴と後続構造とのあいだに成立するこの関係を「通時的構成的依存」として扱う。

その基本形は次のとおりである。

h →_c S

これは、過去の履歴hが、後続構造Sの構成的同一性条件を成立させる依存経路に組み込まれていることを表している。

10-2.基本前提A3――過去の履歴は後続構造を構成しうる

第二論文では、第一論文の理論に基本前提A3を追加している。

A3は、ある構造の同一性条件が、その構造の成立以前に実際に存在していた出来事や過程、関係に時間をまたいで構成的に依存しうることを認める前提である。

ここで重要なのは、A3が、あらゆる過去の出来事が後続構造の構成的前史になると主張しているわけではないということだ。

過去の出来事が存在したことと、その出来事が後続構造の同一性を構成していることは別である。

A3は、そのような通時的構成的依存が成立する可能性を認める。

そして第二論文では、どのような条件を満たした過去の履歴が、実際に構成的前史としての資格を得るのかを検討する。


11.すべての過去が構成的前史になるわけではない

ここで第二論文の重要な課題が明らかになる。

もし、後続構造が成立した後で、そこに関係していた過去の出来事を自由に選ぶことができるならば、歴史的前史の概念は非常に曖昧になってしまう。

例えば、ある組織が成立した後、その組織の創設者が過去のあらゆる出来事を自分たちの起源として語り始めたとする。

しかし、過去の出来事を後から重要なものとして語ることと、その出来事が実際に組織の同一性を構成していたことは同じではない。

そこで第二論文では、歴史的前史として認められるための条件を設定している。

これがH1〜H6である。

11-1.H1――時間的先行性と実在性

第一の条件は、対象となる出来事や過程が、実際に存在しており、後続構造に時間的に先行していることである。

後から作られた架空の歴史や、単なる仮定上の出来事は対象にならない。

まず、実際の履歴が存在していたことが必要になる。

11-2.H2――構成的寄与の実在

第二の条件は、その履歴が後続構造の同一性条件に関係する具体的な構成的寄与を実現していたことである。

例えば、組織の歴史であれば、規則や権限関係、役割秩序などが該当する場合がある。

生物学的系譜であれば、世代間の継承や祖先・子孫関係、集団の分岐などが該当する場合がある。

重要なのは、過去の出来事そのものが存在したかどうかだけではなく、その出来事によって何が成立したのかということである。

11-3.H3――追跡可能な構成的連結

第三の条件は、過去の履歴と後続構造を結びつける実際の構成的な経路が存在することである。

過去の出来事と後続構造が、単に似ているというだけでは不十分である。

そのあいだに、どのような規則や役割、関係、継承、生成過程が存在していたのかを追跡できなければならない。

この条件は、過去と現在のあいだに実在的な連続性があることを要求している。

11-4.H4――構造的不変項への構成的関連性

第四の条件は、過去の履歴が実現した構成的寄与が、後続構造の構造的不変項K_D(S)に実際に関係していることである。

これは、歴史的前史を選別するうえで特に重要な条件である。

例えば、ある人物が組織の設立以前に存在し、その人物が組織成立に何らかの影響を与えていたとしても、その人物の活動が組織の同一性を成立させる規則や関係に関与していなければ、構成的前史として認めることはできない。

単なる背景や偶然的な影響と、対象の同一性を成立させる構成的寄与を区別する必要がある。

11-5.H5――出来事そのものの代替可能性と構成的役割の必要性

第五の条件は、少し複雑なので、具体例で説明したい。

ある組織を成立させるために、特定の日に会議が開かれたとする。

その会議で規則が作られ、組織の権限関係が決定された。

しかし、仮にその日に会議が開かれていなかったとしても、別の日に別の会議が開かれ、同じ規則や権限関係が成立していた可能性がある。

この場合、実際に開催された特定の会議そのものは、代替可能だったかもしれない。

しかし、組織の規則や権限関係を成立させるという役割は、何らかの形で実現される必要があった可能性がある。

ここでは、二つを区別しなければならない。

一つは、ある特定の出来事が実際に起こったということ。

もう一つは、その出来事が担った構成的な役割である。

特定の出来事が代替可能であることは、その出来事が実現した構成的役割まで不要だったことを意味しない。

H5は、この二つを区別するための条件である。

11-6.H6――歴史的経路そのものが同一性を構成する場合

さらに、第二論文ではH6という追加条件を設定している。

これは、歴史的な経路そのものが、対象の同一性条件に関与している場合に必要となる条件である。

例えば、生物学的な系譜を考えてみよう。

ある生物集団が、実際の祖先・子孫関係を通じて形成されてきたとする。

この場合、その集団の同一性は、現在の形態や性質が似ていることだけでは決まらない。

どの祖先からどのように継承され、どのような経路を通じて現在に至ったのかという歴史的な連続性そのものが重要になる。

仮に、現在の形態や機能がほとんど同じ別の生物集団が存在したとしても、両者が異なる祖先から独立に成立していたならば、同じ系統とは言えない。

ここでは、歴史的経路そのものが対象の同一性に関わっている。

このような場合には、個別の出来事の代替可能性だけではなく、歴史的経路そのものが別の経路に置き換えられないことを確認する必要がある。

これがH6である。

H5とH6は似ているように見えるが、問題にしている水準が異なる。

H5は、個々の出来事と、その出来事が担う構成的役割の関係を扱う。

H6は、歴史的経路そのものが対象の同一性条件を成立させているかどうかを扱う。

したがって、H6はすべての歴史的前史に必要な条件ではなく、歴史的経路そのものが同一性に関わる対象について必要となる追加条件である。

11-7.E1・E2――歴史的資格を認定するための証拠

ここまで説明したH1〜H6は、過去の履歴が構成的前史となるための存在論的条件である。

しかし、実際の事例について、その条件が成立していると主張するためには、さらに証拠が必要になる。

そこで第二論文では、E1・E2という証拠条件を設定している。

E1:歴史的事実の識別可能性

過去の出来事や構成的寄与、歴史的連続関係と、後続構造との接続を、独立した証拠によって裏づけられること。

組織であれば、文書記録や制度的継承、複数の証言などが証拠になる。

生物学的系譜であれば、化石、形態的特徴、遺伝的情報、分子系統解析などが証拠になる。

E2:事後的な命名や歴史的物語からの独立性

後続構造が自分たちの起源について語っているという事実だけで、歴史的資格を認めてはならない。

例えば、ある組織が自らの正統性を示すために、特定の人物を創設者として位置づけたとしても、その人物が実際に組織の成立に構成的に関与していたことを、独立した証拠によって確認しなければならない。

後から与えられた名前や物語が、過去の実在的な関係を作り出すわけではないからである。

ここでは、重要な区別がある。

過去の履歴が実際に構成的前史として存在していたことと、私たちがその事実を十分な証拠によって認識できることは同じではない。

仮に証拠が失われていたとしても、過去の構成的依存が存在しなかったと結論することはできない。

ただし、証拠が不足しているならば、その歴史的資格を正当に認定することもできない。

本理論は、存在論的な成立条件と、認識論的な証拠条件を区別しているのである。


12.組織と生物学的系譜――歴史的前史の二つの事例

ここまでの条件を、二つの事例を通じて考えてみよう。

第一は、組織の成立である。

第二は、生物学的な系譜である。

この二つを比較すると、歴史的前史の構成的資格が対象によって異なることが分かる。

12-1.組織の場合――出来事と役割は同じではない

ある組織が成立したとする。

その組織の成立以前には、設立メンバーによる協議や会議、規則の制定、権限の設定などが存在していたとする。

この場合、過去の出来事は、後続する組織に対して構成的な寄与を実現している可能性がある。

例えば、ある会議によって特定の規則が制定され、その規則が現在の組織の制度的な同一性を成立させているならば、その会議には構成的な意味がある。

しかし、ここで慎重にならなければならない。

特定の会議そのものが、組織の歴史的同一性にとって不可欠だったとは限らないからである。

別の日に別の会議が開かれていても、同じ規則や制度的秩序が成立していた可能性がある。

その場合、実際に開催された会議は、現実の成立経路の一部でありながら、唯一不可欠な歴史的経路ではないかもしれない。

したがって、組織の形成過程では、実際に構成的な寄与を実現した出来事と、その出来事が担った役割を区別しなければならない。

この事例は、H5とH6を区別するための境界事例として重要になる。

12-2.生物学的系譜の場合――歴史的連続性そのものが同一性を成立させる

次に、生物学的な系譜を考えてみよう。

ある生物集団が、長い進化の過程を通じて形成されてきたとする。

この場合、現在の生物がどのような形態を持っているのかということだけでは、系統の同一性を十分に説明できない。

実際の祖先・子孫関係や世代間の継承、集団の分岐などが重要になる。

例えば、現在の形態や生態的特徴が非常によく似た二つの生物集団が存在したとしても、その二つが異なる祖先から独立に成立していたならば、同じ系統ではない。

ここでは、歴史的な連続性そのものが、何を同一の系統として認めるのかを決める構成的条件になっている。

このような対象では、H6が重要な役割を持つ。

もちろん、過去のどの出来事も無条件に系統の同一性を成立させるわけではない。

祖先・子孫関係や継承、分岐などが実際に存在し、それらが対象の同一性条件に関与していることを確認しなければならない。

この点で、組織と生物学的系譜は異なっている。

組織の場合には、特定の出来事が代替可能でも、その出来事が担った役割が何らかの形で実現されれば、同じ制度的秩序が成立しうる。

一方、生物学的な歴史的系統では、現在の特徴が類似しているだけでは足りず、実際の系譜的経路そのものが同一性に関わる。

この違いを無視してしまうと、あらゆる対象に同じ歴史的条件を適用することになってしまう。

本理論では、対象となる構造の同一性条件に即して、どの歴史的条件が必要なのかを判断する。


13.二つの遡及性を統合する――統一定理T3

ここまで説明してきた内容を整理すると、二本の論文が扱っている問題は、実は二つの異なる遡及性に分けられる。

第一は、構造内部の遡及性である。

第二は、歴史的な遡及性である。

この二つは、共通する問題意識を持っているが、同じ関係ではない。

13-1.構造的遡及性

第一論文が扱うのは、構造の成立によって、その内部の差異的契機が構造項として個体化されるという問題である。

構造が成立する以前、その契機はまだ特定の構造項として確定していない。

しかし、構造が成立すると、その内部の契機は固有の位置や役割、同一性条件を持つようになる。

さらに、その構造項のあいだに構成的同一性依存の非対称性が成立すれば、構造相対的第一性が成立する。

この一連の関係を構造的遡及性と呼ぶ。

13-2.歴史的遡及性

第二論文が扱うのは、構造成立以前に存在していた実際の履歴が、後続構造の成立後、その構成的前史としての資格を持つようになるという問題である。

過去の出来事自体は、後続構造が成立したことによって新しく生じるわけではない。

その出来事は、当時の条件のもとで実際に発生している。

しかし、その出来事が後続構造の同一性条件に対してどのような構成的な役割を持っていたのかは、後続構造の成立と、その構成的依存秩序の分析を通じて確定する。

この一連の関係を歴史的遡及性と呼ぶ。

したがって、二つの遡及性には共通点がある。

それは、あるものが最初から独立した意味や位置づけを持っているのではなく、構造的または通時的な依存関係を通じて、その位置づけが確定するということである。

しかし、この二つを単純に並べただけでは、まだ一つの理論として統合したことにはならない。

13-3.なぜ二つの論証を統合しなければならないのか

例えば、ある構造の内部で個体化と第一性が成立していたとする。

また、その構造が成立する以前の履歴について、構成的前史としての資格が成立していたとする。

しかし、この二つが別々の対象を扱っていたならば、それらを一つの存在論として統合することはできない。

また、両者が同じ対象を扱っていたとしても、構造内部の個体化を説明する依存関係と、過去の履歴を説明する依存関係が無関係であれば、統合したとは言えない。

必要なのは、構造内部の論証と歴史的論証が、同一の対象について、同一の構成的依存秩序を扱っていることを示すことである。

そこで第二論文では、B1・B2・B3・Mιという四つの接続条件を設定している。

13-4.B1――同じ構造個体を扱っていること

第一の条件は、二つの論証が同一の構造個体Sを対象としていることである。

さらに、同一性水準D、構成的解像度α、構造的不変項K、構成的閉包B、構成的配置Π、依存関係の判定基準dも共有していなければならない。

例えば、構造内部の第一性については会社という組織を対象にしているのに、歴史的前史については会社を設立した人物の個人的な人生を対象にしているならば、両者は同じ対象を扱っていない。

その場合、二つの論証を統合することはできない。

13-5.B2――過去の履歴から後続構造への実際の構成的経路があること

第二の条件は、過去の履歴から後続構造へ至る実際の構成的依存経路が存在していることである。

単に過去の出来事が存在していたというだけでは不十分である。

その出来事が実現した構成的寄与や歴史的連続関係が、後続構造の同一性条件に実際に関与していなければならない。

つまり、歴史的なつながりを具体的に示す必要がある。

13-6.B3――同一の構造的閉包に含まれていること

第三の条件は、歴史的前史が実現した構成的寄与が、第一論文と第二論文で共有されている同一の構造的閉包Bに実際に含まれていることである。

ここは特に重要である。

歴史的前史を分析する際に、その履歴を含めるためだけに構造的閉包Bを事後的に拡張することはできない。

Bは、まず対象の同一性条件Kを実現するための構成的閉包として独立に確定されなければならない。

そして、その結果として、過去の履歴が実際にBに含まれていることを確認する必要がある。

つまり、歴史的前史に都合のよい構造を後から作ってはならないのである。

13-7.Mι――歴史的な寄与を個体化と第一性に接続すること

最後の条件は、履歴対応写像ιによって、過去の履歴と構造内部の個体化・第一性を接続することである。

過去の履歴が構造的閉包Bに含まれていたとしても、それだけでは、構造内部の第一性との関係が証明されたわけではない。

必要なのは、過去の履歴が実現した構成的寄与と、構造内部の個体化された構造項とのあいだに、実際の対応関係が成立していることである。

そして、その構造項のあいだに、第一性を成立させるODの非対称性が実際に認められるかどうかを確認する必要がある。

つまり、歴史的前史の存在と、構造内部の第一性が、同じ構成的依存秩序のなかに位置づけられていなければならない。

13-8.統一定理T3

以上の条件が整うことによって、第一論文の構造内部の個体化・第一性の論証と、第二論文の歴史的前史の論証を統合することができる。

これを「統一定理T3――第一性の遡及的成立」と呼ぶ。

基本形式は次のとおりである。

T1 + T2 + B1 + B2 + B3 + Mι + D・α・dの整合 → T3

ここで、

  • T1は、構造内部の個体化と第一性の成立を示す。
  • T2は、歴史的前史の構成的資格を示す。
  • B1は、両者が同じ構造個体を扱うことを保証する。
  • B2は、過去から後続構造への実際の構成的経路を保証する。
  • B3は、歴史的寄与が同一の構造的閉包に含まれることを保証する。
  • Mιは、歴史的寄与が構造内部の個体化と第一性に接続されることを保証する。

この定理によって、構造内部の存在論と、歴史的な時間をまたぐ存在論が、一つの体系として統合される。

本理論の最終的な目標は、単に個体の成立を構造から説明することでも、過去が現在に影響することを説明することでもない。

構造が成立することによって、その内部の個体性と第一性が確定し、さらに、その構造に先行する実際の歴史的履歴が、同じ構成的依存秩序のなかで位置づけられることを示すことである。


14.哲学史のなかで本理論を考える――個体化・構造・存在論的優先性・歴史的遡及性の比較研究

ここからは、本理論を哲学史および現代形而上学のなかに位置づけるため、先行研究との比較を詳しく行いたい。

「第一性の遡及的成立」は、これまでに哲学者たちが扱ってきた問題と決して無関係ではない。

むしろ、個体化、個体の同一性、全体と部分の関係、存在論的優先性、歴史と時間の問題という点で、長い哲学的な議論の蓄積と接している。

しかし、先行研究と共通する問題を扱っていることと、同じ理論を提示していることは異なる。

例えば、スピノザが複合個体の同一性を運動と静止の一定の関係によって説明したからといって、それだけで本理論のΔ・K・B・Π・I・ODがスピノザの思想に含まれているわけではない。

また、シモンドンが前個体的なものから個体化を説明したからといって、歴史的前史の構成的資格や、構造相対的第一性まで説明しているわけでもない。

同じことは、ドゥルーズやヘーゲル、現代の基礎づけ論についても言える。

したがって、本節では以下の順序で比較する。

  1. それぞれの思想家が何を哲学的問題として設定したのか。
  2. その問題に対して、どのような概念や論証を提示したのか。
  3. その理論が個体化・構造・優先性・歴史の問題をどこまで説明しているのか。
  4. 「第一性の遡及的成立」と共通する問題は何か。
  5. 両者を区別する決定的な違いは何か。
  6. 本理論が先行研究から引き継ぐべき課題と、独自に説明しようとする課題は何か。

哲学史的な比較を行う目的は、本理論が過去の哲学者の思想を言い換えたものであることを示すためではない。

むしろ、それぞれの哲学が解決しようとしてきた問題を正確に理解したうえで、既存の説明がどこまで到達しており、何がまだ説明される必要があるのかを明らかにすることである。


14-1.アリストテレス――実体・形相・可能態と現実態、そして存在論的優先性

14-1-1.「何が存在するのか」という問いから「実体とは何か」という問いへ

本理論との比較を始めるにあたって、最初に取り上げたいのはアリストテレスである。

アリストテレスの形而上学において、最も重要な概念の一つが「実体」である。

ギリシア語ではοὐσία(ousia)と呼ばれる。

『形而上学』Γ巻では、存在するものにはさまざまな意味があるものの、それらは何らかの意味で実体に関係して語られるという考え方が提示される。

存在について問うことは、ある意味で実体について問うことなのである。

この問題をさらに展開するのがΖ巻である。

アリストテレスは、そこで「実体とは何か」を改めて問い直す。

『カテゴリー論』では、個別的な人間や馬が第一実体の例として挙げられる。

第一実体は、他の何かについて述語づけられるものでもなく、他の何かのうちに存在するものでもない。

例えば、ソクラテスという個別的な人間は、白い、賢い、背が高いといった性質の担い手となる。

しかし、「白さ」や「賢さ」そのものがソクラテスのように独立した第一実体であるわけではない。

この意味で、個別的実体は性質に対して基礎的な位置を占める。

ところが、『形而上学』Ζ巻では、単純に個別的なものを実体として認めるだけでは済まされなくなる。

実体とは何かを説明するために、アリストテレスは次の候補を検討する。

  • 基体としてのもの(ὑποκείμενον)
  • 本質(τὸ τί ἦν εἶναι)
  • 普遍
  • 類

特に重要なのは、基体としてのものが実体なのかという問題である。

仮に実体を、あらゆる性質が取り除かれた後に残る純粋な基体と考えるならば、最終的には何の規定も持たない物質だけが残ることになる。

しかし、何の規定も持たないものが、具体的な存在者の実体だと言えるのだろうか。

ここでアリストテレスは、形相(εἶδος)を重視する方向へ進む。

実体とは、単に何かの材料として存在するものではない。

そのものが何であるのかを成立させる形相が重要なのである。

14-1-2.形相と質料――なぜ材料の集合だけでは一つのものにならないのか

この議論を理解するために、アリストテレスの形相質料論、すなわちヒュロモルフィズム(hylomorphism)を説明したい。

アリストテレスによれば、自然的な物体や人工物は、質料(ὕλη)と形相(εἶδος・μορφή)の結合として理解できる。

例えば、青銅の像を考えてみよう。

像を作るための青銅が存在している。

しかし、青銅が存在しているというだけでは、像はまだ成立していない。

そこに特定の形が与えられることによって、青銅は一つの像になる。

同じ青銅でも、形が異なれば、異なるものになる。

ここでは、材料としての青銅と、それを一つの像として成立させる形相が区別されている。

形相は、単に物体の外側に描かれた輪郭ではない。

それは、そのものが何であるのかを成立させる本質的な規定である。

さらにアリストテレスは、自然的な存在者についても、この考え方を適用する。

植物や動物は、単に特定の物質が集まったものではない。

それぞれの自然的な形相によって、一つの生命体として成立している。

この議論は、本理論の問題設定にとって非常に重要である。

なぜなら、アリストテレスはすでに、構成要素の単なる集合と、一つの存在者としての統一を区別しているからである。

あるものを一つのものとして成立させるためには、その構成要素を統一する原理が必要になる。

これは、構造的閉包Bや構造的不変項Kを考える際にも重要な比較対象となる。

ただし、アリストテレスの形相を、本理論の構造とそのまま同一視することはできない。

形相は、単に複数の関係が形成するネットワークではない。

それは、そのものの本質や機能、現実態に関係する存在論的な原理である。

本理論では、構造の同一性を、K・B・Πという複数の側面から分析する。

つまり、形相が担う統一の説明を参照しながらも、構造個体の成立条件を別の形式で明示しようとしている。

14-1-3.可能態と現実態――存在はどのように実現されるのか

アリストテレスの形而上学では、可能態(δύναμις)と現実態(ἐνέργεια・ἐντελέχεια)の区別も重要である。

例えば、木材は机になる可能性を持っている。

しかし、木材が机になる可能性を持っていることと、実際に机として成立していることは異なる。

木材が特定の加工を受け、机としての形相を実現したとき、可能態は現実態へと移行する。

また、アリストテレスは『形而上学』Θ巻8章で、現実態の優先性について論じている。

ここでは、少なくとも三つの優先性が区別される。

第一に、定義や説明における優先性。

第二に、時間における優先性。

第三に、実体における優先性である。

例えば、木材が机になる場合、時間的には木材が先に存在する。

しかし、木材が机になりうるという可能性を説明するときには、机としての現実態を参照する必要がある。

さらに、個々の木材よりも時間的に先に、すでに現実態にある別の机や、その製作を担う職人が存在していた場合も考えられる。

つまり、可能態が時間的に先行するというだけでは、現実態との存在論的な優先関係を説明できない。

このようにアリストテレスは、時間的な順番と、定義や存在における優先性を区別している。

この点は、本理論の出発点と重要な共通性を持っている。

時間的に先に存在したものが、あらゆる意味で第一なのではない。

14-1-4.『形而上学』Δ巻11章の優先性

さらに重要なのが、『形而上学』Δ巻11章における「先なるもの」の分析である。

アリストテレスは、優先性には複数の意味があることを示している。

例えば、時間的に先なるもの、定義において先なるもの、認識において先なるもの、実体において先なるものなどである。

特に実体・自然における優先性について、あるものが他のものなしに存在しうる一方で、他のものはそれなしに存在できない場合、前者は後者に対して自然および実体において先なると説明される。

ここには、本理論のODと比較できる重要な特徴がある。

AがBなしに存在できるが、BはAなしに存在できない。

このような非対称性は、本理論が第一性を成立させるために採用する非対称的な依存関係と接点を持っている。

ただし、ここで区別しておかなければならない。

アリストテレスの優先性の議論は、依存関係の非対称性という観点で重要だが、本理論のODと完全に同じものではない。

本理論では、ある構造項の同一性条件が別の構造項の実在的な規定によって構成されているかどうかを、特定の構造S、同一性水準D、規定次元dについて判定する。

単にAがBなしに存在できるというだけではなく、Bの同一性がAの実在的な規定に構成的に依存していることまで要求するのである。

14-1-5.『政治学』におけるポリスの優先性

アリストテレスの議論には、本理論と比較するうえでさらに興味深い箇所がある。

それが『政治学』第一巻第二章である。

アリストテレスは、ポリスが個々の人間に対して自然に優先すると述べる。

人間は本性上、ポリス的な動物である。

そして、ポリスは単に個人を外側から集めたものではない。

人間がその人間としての能力を十分に実現するためには、ポリスという共同体が重要になる。

ここでは、全体が部分に先立つという考え方が現れている。

アリストテレスは、ポリスと個人の関係を、身体とその部分の関係にもたとえる。

身体から切り離された手は、もはや本来の意味での手として機能することができない。

同様に、ポリスから切り離された人間は、共同体のなかで実現される固有の活動を十分に行うことができない。

ここには、全体が部分の存在や機能を成立させるという考え方がある。

これは、本理論の構造と構造項の関係を理解するうえで重要な先行例である。

14-1-6.アリストテレスと本理論の決定的な違い

アリストテレスから本理論が学ぶべきことは多い。

第一に、個体を単なる材料や部分の集合として理解してはならないということ。

第二に、形相によって一つの存在者が統一されるということ。

第三に、時間的先行性と存在論的優先性は区別されなければならないということ。

第四に、全体と部分の関係には、単なる外的な集合を超えた存在論的な関係があるということ。

しかし、本理論はアリストテレスの存在論と決定的に異なる出発点を持っている。

アリストテレスは、実体や形相、可能態と現実態によって存在者の統一や生成を説明する。

これに対して本理論は、個体性そのものが成立する以前の差異的条件を問題にする。

つまり、アリストテレスが「何が実体なのか」「形相は何を成立させるのか」を問うのに対し、本理論は「構成的な秩序そのものは何によって成立するのか」「その秩序の内部で個体性や第一性はどのように生まれるのか」を問う。

したがって、本理論においては、アリストテレスの形相に相当するものを、最初から完成した原理として置くことはできない。

形相が担うような統一の機能も、それがどのような差異的条件と構成的関係から成立しているのかという問題に開かれなければならない。

この点で、本理論はアリストテレスの実体論や形相質料論を参照しながらも、存在論的な出発点を個体化以前の構造形成へと移している。

比較の結論:アリストテレスは、実体・形相・全体と部分の関係を通じて存在論的統一と優先性を説明した。本理論は、その統一や優先性が成立するための構造的条件をさらに遡って説明しようとする。


14-2.ドゥンス・スコトゥス――共通本性とハエッキタス、個体化の最終原理

14-2-1.なぜ普遍的な本性だけでは個体を説明できないのか

中世哲学において、個体化の問題を考える際に重要なのが、ドゥンス・スコトゥスのハエッキタス(haecceitas)である。

ハエッキタスは、一般に「このもの性」や「此性」と訳される。

この概念を理解するには、まず普遍と個体の問題から考える必要がある。

例えば、ソクラテスとプラトンを考えてみよう。

二人は異なる人間である。

しかし、どちらも人間であるという共通の本性を持っている。

では、人間という共通の本性が存在しているだけで、なぜソクラテスとプラトンという二つの個体が成立するのだろうか。

人間という本性は、ソクラテスにもプラトンにも共通している。

したがって、その共通本性だけでは、なぜこの人間とあの人間が数的に異なるのかを説明することができない。

スコトゥスは、この問題を個体化の問題として扱う。

14-2-2.共通本性natura communis

スコトゥスは、共通本性(natura communis)という概念を導入する。

共通本性は、ソクラテスやプラトンのような個体において実在的に存在している。

しかし、それ自体は、特定の一個体に限定されているわけではない。

例えば、人間性はソクラテスにもプラトンにも存在している。

人間性という本性は、一人の人間にしか適用できないものではない。

この意味で、共通本性は、それ自体では複数の個体において成立しうる。

ただし、スコトゥスは、共通本性を、個体から独立した別の場所に存在する普遍的な物体のように考えているわけではない。

共通本性は、それぞれの個体において具体的に存在している。

問題は、共通本性だけでは、個体としての数的な一性を説明できないということである。

14-2-3.ハエッキタス――この個体をこの個体にするもの

そこで登場するのがハエッキタスである。

ハエッキタスは、あるものを他のものではない、この特定の個体として成立させる原理である。

例えば、ソクラテスとプラトンは、同じ人間性を持っている。

しかし、ソクラテスの人間性はソクラテス自身の個体性を持ち、プラトンの人間性はプラトン自身の個体性を持つ。

この個体化の最終的な根拠が、ハエッキタスである。

ここで重要なのは、ハエッキタスが、単なる性質ではないということだ。

ソクラテスが背が高いとか、プラトンが特定の場所にいるといった偶然的な規定ではない。

それは、その個体をその個体として成立させる非質的な個体化原理である。

この議論には、中世スコラ哲学に特有の形而上学的な精密さがある。

スコトゥスは、個体性を単に感覚的に区別できることと同一視しない。

また、あるものが単に性質の集合であるとも考えない。

個体性そのものを説明するために、共通本性とは異なる個体化の原理を要求するのである。

14-2-4.数的な一性と共通本性の一性

スコトゥスの議論を理解するうえで、さらに重要なのが一性の水準の区別である。

共通本性は、個体としての数的一性をそのまま持っているわけではない。

例えば、人間性はソクラテスにもプラトンにも共通する。

したがって、人間性の一性は、ソクラテスという個体の数的一性と同じではない。

スコトゥスは、共通本性に属する一性を数的な一性よりも弱い一性として理解する。

ここでは、共通本性が複数の個体において存在しうるということと、それぞれの個体が数的に一つであることが区別されている。

これは、本理論における構造的個体性の問題とも関係する。

あるものが特定の性質を持っていることと、それが数的に一つの個体として成立していることは別である。

個体性を説明するためには、質的な規定だけでは不十分な場合がある。

14-2-5.形式的区別と個体化

スコトゥスを理解するうえでは、「形式的区別」(distinctio formalis)も重要になる。

これは、単なる概念上の区別でも、完全に独立した物事のあいだの実在的区別でもない。

例えば、神の本質と属性、あるいは共通本性とハエッキタスのようなものについて、概念上は区別できるが、実在において完全に切り離された別個の存在者でもないという問題が扱われる。

この区別によって、スコトゥスは、共通本性と個体化原理を、単純に同一視することも、完全に別の存在者として切り離すことも避けようとする。

共通本性とハエッキタスは、それぞれ異なる形式的な側面を持ちながら、一つの具体的な個体のなかで結びついている。

14-2-6.スコトゥスと本理論の共通点

スコトゥスと本理論には、重要な共通点がある。

それは、個体性を単なる性質や分類によって説明することはできないという問題意識である。

ソクラテスとプラトンが同じ人間であるというだけでは、両者が数的に異なる理由を説明できない。

同じように、本理論でも、構造内部にある契機が特定の性質を持っているというだけでは、なぜそれが独立した構造項として成立しているのかを説明できない。

個体化を成立させる構成的な根拠が必要になる。

また、スコトゥスが共通本性と個体化原理を区別したように、本理論も、構造の内部に存在する差異的な契機と、その契機を構造項として成立させる構造的条件を区別する。

14-2-7.決定的な相違――個体化原理か、構造的な個体化か

しかし、両者には大きな違いがある。

スコトゥスは、個体をその個体として成立させるために、最終的な個体化原理としてハエッキタスを導入する。

それは、共通本性を特定の個体に限定する、非質的な個体化原理である。

これに対して、本理論では、個体化の最終的な根拠を、あらかじめ存在している個体化原理に求めるのではない。

構造内部の差異的契機が、構造との関係において固有の位置、役割、同一性条件を成立させることによって個体化される。

つまり、スコトゥスの問いが「この個体をこの個体にする究極的な原理は何か」であるのに対し、本理論の問いは「ある契機が、この構造のなかで一つの個体として成立するためには、どのような構成的条件が必要なのか」である。

さらに、本理論では、個体化された構造項のあいだにODが成立するかどうかを検討する。

ハエッキタスは個体化の問題を扱うが、構造項のあいだの構成的同一性依存の非対称性から第一性を導く理論ではない。

比較の結論:スコトゥスは、共通本性だけでは説明できない個体性をハエッキタスによって説明した。本理論は、個体化原理を構造から独立したものとして置くのではなく、構造的秩序そのものから個体化の根拠を説明しようとする。


14-3.ライプニッツ――完全個体概念・述語の内在・個体と歴史の不可分性

14-3-1.個体とは何かという問題を論理学から考える

ライプニッツの哲学では、個体的実体の概念が極めて重要である。

ライプニッツは、実体を単なる性質の担い手として理解することを超えて、個体の完全な概念という考え方を展開した。

その議論は、特に『形而上学叙説』第8節で明確に示される。

ここでは、個体的実体の概念は、その実体に属するすべての述語を含むほど完全でなければならないとされる。

例えば、アレクサンドロス大王という個体を考える。

アレクサンドロスは、ある時点で特定の戦争に勝利し、特定の人物と出会い、特定の行為を実行した。

ライプニッツによれば、これらの述語は、アレクサンドロスという個体の完全個体概念のなかに含まれている。

つまり、完全個体概念は、個体に属する過去・現在・未来の述語を含んでいる。

この考え方は、個体とその歴史を切り離すことができるのかという問題に関わっている。

14-3-2.完全個体概念とは何か

ライプニッツの議論の背景には、真なる命題の主語と述語の関係がある。

ライプニッツによれば、真なる命題では、述語の概念が主語の概念に含まれている。

例えば、「アレクサンドロスはダレイオスに勝利した」という命題を考える。

この命題が真であるならば、アレクサンドロスという個体の概念には、ダレイオスに勝利するという述語が含まれている。

このように、個体に関する真なる述語は、その完全個体概念から導かれる。

この完全個体概念が、個体の同一性を説明する。

ある個体と別の個体を区別するためには、それぞれの完全個体概念が異なっていればよい。

そのため、完全個体概念は、個体化の問題にも関与する。

14-3-3.識別不能者同一の原理

ここでライプニッツの重要な原理である「識別不能者同一の原理」(principium identitatis indiscernibilium)を説明したい。

この原理は、あらゆる規定において完全に同一である二つの存在者が、数的に異なる二つの存在者として存在することはないという考え方である。

例えば、二つの存在者が、あらゆる性質、関係、位置、履歴において完全に同じであるならば、両者が別々の個体である理由はない。

ライプニッツにとって、個体的な区別は、完全な規定の差異によって説明される。

この原理は、個体化をどのように説明するのかという問題に対する、非常に強い立場を示している。

ただし、ライプニッツの個体は、単なる性質の集合ではない。

モナドは、知覚と欲求を持つ単純実体であり、他の実体のような部分を持たない。

個体性は、完全個体概念と実体の活動性の両方に関係している。

14-3-4.個体の概念には歴史が含まれている

ライプニッツと本理論の比較において、特に興味深いのは、完全個体概念に過去と未来が含まれるという点である。

通常、私たちは個体を、現在の状態や性質によって理解しようとする。

しかし、ライプニッツでは、ある個体が何であるのかを理解するためには、その個体に属する過去・現在・未来の述語を含む完全概念が必要となる。

この意味で、個体と歴史を切り離すことはできない。

アレクサンドロスは、単に現在存在している人物であるだけではない。

ダレイオスに勝利したことや、アリストテレスに学んだことなどの述語も、その完全個体概念に含まれている。

これらの述語は、アレクサンドロスの個体性と無関係な外的情報ではない。

この議論は、第二論文の歴史的前史の問題と重要な接点を持つ。

ある個体の同一性を考えるとき、現在の構造だけではなく、その個体が持つ歴史的規定も重要になるからである。

14-3-5.偶然性と完全個体概念

ここで一つの疑問が生じる。

もし、アレクサンドロスがダレイオスに勝利したことが、アレクサンドロスの完全個体概念に含まれているのならば、その勝利は必然的なものではないのだろうか。

ライプニッツの哲学では、ここで必然的真理と偶然的真理の区別が重要になる。

個体の完全概念に述語が含まれていることと、その命題が論理的・形而上学的に必然であることは同じではない。

必然的真理は有限な分析によって反対が矛盾することが示される。

これに対して偶然的真理は、完全個体概念のなかには含まれていても、有限な分析によって必然性が導かれるとは限らない。

したがって、ライプニッツの個体論は、個体の歴史を概念に含めることと、世界の偶然性を維持することを両立させようとしている。

また、神がどの可能世界を実現するのかという問題も、個体的実体の完全概念と結びついている。

14-3-6.モナドと関係の問題

ライプニッツの哲学では、モナドは単純実体であり、他のモナドから部分を受け取ったり、他のモナドに部分を与えたりすることはない。

モナドは「窓がない」と表現される。

しかし、それはモナドが宇宙全体と無関係だという意味ではない。

それぞれのモナドは、独自の仕方で宇宙全体を表現している。

各モナドの知覚には、そのモナドの視点から見た世界全体が表現されている。

このような表現関係と予定調和によって、モナド同士の対応関係が説明される。

ここでライプニッツは、個体の独立性と宇宙全体との関係を両立させようとしている。

14-3-7.ライプニッツと本理論の共通点

本理論とライプニッツの共通点は、個体性が単なる現在の性質だけで決まるわけではないという点である。

特に第二論文が問題とする歴史的な履歴の重要性は、ライプニッツの完全個体概念と接点を持つ。

どの個体であるのかを特定するためには、その個体に固有の履歴や規定を考えなければならない場合がある。

また、完全個体概念は、個体の数的な区別を説明するための厳密な理論でもある。

この点は、本理論の個体化根拠充足原理Gとも比較できる。

14-3-8.決定的な相違――完全概念への述語包含と構成的前史

しかし、本理論とライプニッツには重要な違いがある。

ライプニッツでは、過去・現在・未来の述語が完全個体概念に含まれている。

そのため、個体の歴史は、個体の完全な概念との関係で説明される。

これに対して、本理論の第二論文では、過去の出来事が後続構造の構成的前史としての資格を持つかどうかを、独立した条件によって判定する。

過去に存在した出来事が、すべて後続構造の同一性条件に含まれるわけではない。

必要なのは、その履歴が実際に構成的寄与を実現し、後続構造の同一性条件に関わる依存経路に組み込まれていることである。

この点で、ライプニッツの完全個体概念と、本理論のQは異なる。

また、ライプニッツの個体は単純実体であり、他の実体との構成的関係によってその数的同一性が作られるわけではない。

本理論では、個体性そのものを構造的条件から説明しようとする。

比較の結論:ライプニッツは、個体の完全概念によって、その個体に属するあらゆる歴史的規定を統合する。本理論は、過去の履歴のうち、どの履歴が実際に後続構造の同一性を構成しているのかを選別し、その履歴を構造内部の個体化と第一性に接続しようとする。


14-4.スピノザ――複合個体・運動と静止の比率・自然全体の個体性

14-4-1.スピノザの身体論における個体化の問題

スピノザは、本理論を考えるうえで特に重要な思想家である。

『エチカ』第二部定理13以降に展開される身体論では、個体がどのような条件によって一つのものとして成立し、変化を経ても同じ個体として存続するのかという問題が扱われている。

『エチカ』第二部定理13の後に続く物理学的挿入部分では、物体の個体化について一連の定義、公理、補助定理が提示される。

ここでスピノザは、物体を単に物質の集合として理解しない。

身体の個体性は、構成部分のあいだの運動と静止の一定の関係によって成立する。

この議論は、個体の同一性を構成要素の固定性から説明するのではなく、部分相互の関係的秩序から説明している点で非常に重要である。

14-4-2.身体は物質の集合ではなく、一定の関係によって成立する

スピノザによれば、複合的な個体は、複数の身体が一定の仕方で互いに運動を伝達し合うことによって成立する。

このとき重要になるのが、運動と静止の比率(ratio motus et quietis)である。

例えば、複数の身体から構成される一つの個体があるとする。

その個体を構成する部分が一定の運動と静止の関係を維持しているならば、部分の物質的な入れ替わりが生じても、個体は同じ個体として存続することができる。

スピノザは、部分が置き換わっても、運動と静止の一定の関係が維持されるならば、その個体はその本性を維持すると考える。

ここでは、個体の同一性を決めているのは、構成要素の固定された物質的同一性ではない。

構成部分のあいだの関係的な秩序である。

14-4-3.単純個体から複合個体へ

スピノザの身体論が興味深いのは、個体化の階層性を考えていることである。

最初に、最も単純な身体のあいだの運動と静止の関係が考えられる。

そこから、複数の身体が一つの個体を構成する。

さらに、その個体同士が関係を結ぶことで、より複雑な個体が成立する。

このように、個体は別の個体を構成要素として含むことができる。

例えば、人間の身体は、さまざまな器官や組織、細胞などから構成されている。

それぞれの部分は、それ自身の個体性を持っている一方で、より大きな個体の一部分にもなっている。

この階層的な個体化の議論は、本理論が構造の水準Dを区別する際にも重要な比較対象になる。

14-4-4.自然全体も一つの個体として理解される

さらに重要なのは、補助定理7の注解である。

スピノザは、複数の個体がさらに大きな個体を形成し、その過程を無限に進めることによって、自然全体を一つの個体として理解できると述べている。

自然全体は、その部分であるすべての身体が無数の仕方で変化しても、全体としては同じ個体性を維持する。

ここでは、部分が変化することと、全体が同じ個体として存続することが両立している。

個体の同一性は、その内部を構成する部分の固定性だけでは決まらない。

部分相互の関係的秩序が重要になる。

この考え方は、本理論の個体化問題と非常に強い接点を持つ。

14-4-5.個体の持続とコナトゥス

スピノザの個体論を理解するためには、コナトゥス(conatus)の概念も欠かせない。

『エチカ』第三部定理6では、各々のものは、それ自身に可能な限り、自らの存在に固執しようと努めるとされる。

これは、個体が単に受動的に存在しているのではなく、その本性に従って自己の存在を維持しようとすることを意味している。

また、第三部定理7では、この努力が各々のものの現実的本質であるとされる。

このことから、個体の同一性と、その個体が自己の存在を維持する力とは密接に関係している。

ただし、運動と静止の比率による個体化とコナトゥスは、同一の概念ではない。

前者は身体の複合的な秩序と個体性の維持を説明する議論であり、後者は存在者一般の現実的本質に関係する議論である。

両者を区別することが重要である。

14-4-6.スピノザと本理論の共通点

本理論とスピノザの共通点は非常に明確である。

第一に、個体は構成部分の単なる集合ではない。

第二に、個体性は、構成部分のあいだの関係的秩序によって成立する。

第三に、個体を構成する要素が変化しても、同一性を維持する関係的秩序が保たれていれば、同じ個体として存続しうる。

第四に、個体はさらに大きな個体の部分となりうる。

これらは、本理論の構造的個体化の考え方と非常に近い問題を扱っている。

特に、スピノザの「部分の入れ替わりを超えた個体の同一性」は、本理論の構造的不変項Kを考えるための重要な参考になる。

ただし、スピノザが示す運動と静止の比率を、そのままKと同一視することはできない。

Kは、対象となる同一性水準Dにおいて何が維持されれば同じ構造として存続するのかを定める構成的制約である。

スピノザのratioは、身体の部分が互いに運動を伝達する一定の秩序を説明する概念であり、その哲学体系に固有の物理学的・存在論的役割を持っている。

14-4-7.スピノザの個体論に残される問題

スピノザの身体論には、現代の研究においても重要な論点が残されている。

例えば、運動と静止の比率をどのように理解すべきかという問題である。

この比率を単純な数値的な比率と理解してよいのか、それとも部分相互の運動伝達の一定のパターンとして理解すべきなのかという問題がある。

また、その比率が個体の同一性を成立させるために、具体的にどのような条件を満たさなければならないのかも検討されている。

スピノザ自身は、現代の物理学のような厳密な数学的モデルを提示しているわけではない。

そのため、運動と静止の比率をどのように定式化するのかは、解釈上の重要な問題となる。

この点は、本理論にとっても重要な教訓になる。

構造的不変項Kを導入するだけでは十分ではない。

実際の対象について、何が同一性を維持しているのかを独立した証拠や分析によって明らかにしなければならない。

14-4-8.決定的な相違――第一性と歴史的前史への展開

スピノザと本理論の違いは、個体化の説明だけでなく、第一性の問題にもある。

スピノザの複合個体論は、個体の同一性を部分相互の一定の秩序から説明する。

しかし、そのことだけから、構造内部のある個体が別の個体に対して第一性を持つという関係が自動的に導かれるわけではない。

本理論では、構造内部の個体化と、構造項間のODの非対称性を別々に論証する。

また、第二論文の歴史的前史Qでは、過去の履歴が後続構造の同一性を成立させる構成的寄与を実際に実現していたかどうかを、H1〜H6とE1・E2によって判定する。

スピノザの身体論は、個体の構成と持続について重要なモデルを提示しているが、後続構造が過去の履歴をどのような条件で構成的前史として含むのかという問題を、同じ形式では体系化していない。

比較の結論:スピノザは、部分相互の運動と静止の一定の秩序から複合個体の同一性を説明した。本理論は、この関係的な個体化の問題を参照しながら、構造の同一性条件、構造項の個体化、ODによる第一性、歴史的前史の資格までを一つの理論体系に統合しようとする。


14-5.シモンドン――前個体的なもの・個体化・転導(transduction)

14-5-1.完成した個体から出発する哲学への批判

本理論と最も深い接点を持つ思想家の一人が、フランスの哲学者ジルベール・シモンドンである。

シモンドンの主著『個体化の哲学――形相と情報の概念を手がかりに』(L’individuation à la lumière des notions de forme et d’information)は、個体化の問題を根本から捉え直そうとする研究である。

シモンドンの問題意識は、個体を最初から完成したものとして前提する哲学に対する批判から始まる。

従来の哲学では、個体が存在していることを前提に、その個体が何によって成立しているのかを説明しようとすることが多かった。

しかし、シモンドンは、そのような説明では個体化の過程そのものを理解できないと考える。

個体が成立した後の状態だけを見ていても、その個体がどのような条件のもとで成立したのかは分からない。

そのため、個体から出発するのではなく、個体化以前の状態から出発する必要がある。

ここで導入されるのが「前個体的なもの」(préindividuel)という概念である。

14-5-2.前個体的なものは、未分化な無ではない

シモンドンの前個体的なものは、単に何の区別も存在しない均質な状態ではない。

むしろ、そこには個体化を生み出すための差異や緊張、潜在的なエネルギーが存在している。

この状態は、準安定状態(métastabilité)として理解される。

準安定状態とは、完全な平衡状態ではないが、一定の条件のもとで安定性を保ちながら、変化を生み出す潜在的な可能性を持つ状態である。

例えば、過飽和溶液を考えてみよう。

過飽和溶液は、外見上は均質な液体として存在している。

しかし、その内部には結晶化を生み出すための潜在的な条件が存在している。

そこに結晶の核となるものが加わると、周囲の溶液の状態が変化し、結晶化が進行する。

結晶は、最初から完成したものとして存在していたわけではない。

溶液の準安定状態に存在していた差異や潜在的なエネルギーが、特定の条件のもとで個体化を生み出している。

この例は、シモンドンの個体化論を理解するための代表的なモデルである。

14-5-3.転導(transduction)――個体化はどのように進行するのか

シモンドンの個体化論で特に重要な概念が、転導(transduction)である。

これは、個体化が一つの完成した形を外部から押し付けられることによって起こるのではなく、ある領域で成立した構造的な秩序が、隣接する領域へと伝播しながら全体を組織化していく過程を示している。

結晶化の例では、一つの結晶核が形成されると、その近傍に存在する溶液の状態が変化する。

その変化によって次の結晶化が起こり、さらにその周囲へと秩序が広がっていく。

ここでは、個体化は単純に一つの完成した形を与えることではない。

構造が自己を広げながら、次々と新しい領域を組織化していく過程である。

この過程において、個体は一度で完成するのではない。

個体化は連続的に進行する。

14-5-4.質料形相論への批判

シモンドンの議論が特に重要なのは、アリストテレス的な質料形相論を再検討している点である。

伝統的な質料形相論では、質料と形相が存在し、形相が質料に与えられることによって個体が成立するという説明が行われる。

シモンドンは、この説明では個体化の過程が十分に捉えられないと考える。

なぜなら、質料と形相の両方が、すでに一定の規定を受けたものとして用意されているからである。

例えば、鋳型によって金属を成形する場合、鋳型という形相と金属という質料が最初から存在している。

しかし、そもそも鋳型と金属はどのような条件によってその関係を結ぶことができるのか。

また、形がどのようにして生成し、質料がどのように変化するのか。

このような個体化の現実的な過程を説明するためには、質料と形相の組み合わせ以前の状態を考える必要がある。

シモンドンは、個体化の過程のなかで、質料と形相の両方がどのように成立してくるのかを問題にする。

この点で、シモンドンは個体化を、完成した二つの要素の結合としてではなく、前個体的な準安定状態から生じる生成過程として理解する。

14-5-5.個体と環境は同時に成立する

もう一つ重要なのが、個体とその随伴環境(milieu associé)の関係である。

シモンドンによれば、個体は、すでに存在している環境のなかに単に置かれるわけではない。

個体が成立する過程と、その個体を取り囲む環境が成立する過程は、互いに関係している。

例えば、結晶が形成される場合、その結晶だけが成立するのではない。

結晶と周囲の溶液とのあいだに、特定の関係が成立する。

さらに、生物の場合には、個体と環境との関係は、単なる外的な接触にとどまらない。

生物は環境との関係を通じて自己の活動を維持し、その環境も生物との関係によって特定の意味を持つようになる。

したがって、個体化とは、ある個体だけが独立して完成する過程ではない。

個体と環境の関係を含む過程なのである。

14-5-6.個体化は一度で完了しない――前個体的なものの残存

シモンドンの理論には、さらに重要な特徴がある。

それは、個体化が一度成立したからといって、前個体的なものが完全に消滅するわけではないということである。

個体には、個体化されていない潜在的なものが残り続ける。

この残余は、後続する新たな個体化の可能性を支える。

例えば、生物個体は、一度成立したらそれで完全に固定されるわけではない。

成長や発達、環境との相互作用などを通じて、さらに個体化を続ける。

この意味で、個体は完成した閉鎖的な存在者ではない。

常に前個体的なものを含み、さらなる生成の可能性を持っている。

また、シモンドンは個体化を心理的・集合的な水準へと拡張する。

個体化された人間は、それだけで完全に独立した存在者ではない。

他者との関係を通じて、心理的・集合的な個体化をさらに進める。

この問題は、トランスインディビジュアル(transindividuel)という概念に関係している。

個人と社会を、すでに完成した二つの存在者として捉えるのではなく、個体化の過程を通じて両者の関係を考えるのである。

14-5-7.シモンドンと本理論の共通点

シモンドンと本理論には、非常に深い共通点がある。

第一に、完成した個体から出発しないことである。

第二に、個体化以前の状態を存在論的な問題として扱うことである。

第三に、個体を単独で成立するものとして考えず、構成的な関係や環境との関係を重視することである。

第四に、個体化を生成過程として理解することである。

特にシモンドンの前個体的なものと、本理論の前個体的差異場Δには、重要な共通性がある。

どちらも、個体化以前の状態を完全に未分化な無として扱わない。

個体化を生み出す差異や関係的な可能性が、すでに存在していると考える。

また、シモンドンの転導は、差異的な条件から構造的秩序が形成されていく過程を理解するための重要な参考になる。

14-5-8.決定的な相違――個体化の過程と構造的な第一性

しかし、シモンドンと本理論は同じではない。

シモンドンの理論は、個体化がどのように生成するのかを説明することに重点を置いている。

これに対して本理論は、個体化の過程だけでなく、成立した構造個体の同一性条件をどのように確定するのかも明示的に問題とする。

具体的には、Kによって同一性を維持する構成的制約を定め、Bによってその同一性を実現する構成的関係の閉包を確定し、Πによって構成的な配置を明らかにする。

また、本理論では、構造の内部で個体化された構造項のあいだにODが成立しているかどうかを検討する。

シモンドンの個体化論から、個体が生成することは説明できる。

しかし、それだけで、ある構造項が別の構造項に対して第一性を持つという関係が導かれるわけではない。

さらに、第二論文では、個体化以前の差異場からの生成とは別に、時間的に過去に存在した出来事や過程が、後続構造の構成的前史としての資格を持つかどうかを論じている。

シモンドンの前個体的なものは、個体化の可能性を支える存在論的な状態である。

一方、本理論の歴史的前史Qは、すでに時間的に先行する実在的な履歴が、後続構造の同一性条件にどのような構成的寄与を実現していたかを判定するものである。

この二つを同じ「遡及性」としてまとめることはできない。

比較の結論:シモンドンは、個体化以前の準安定な差異場から個体が生成する過程を詳細に説明した。本理論は、その問題を受け継ぎながら、構造の同一性、構造項の個体化、第一性の成立、さらに実際の歴史的前史までを接続する体系を構築しようとする。


14-6.ドゥルーズ――差異それ自体・仮想的多様体・強度・個体化

14-6-1.同一性を第一原理とする哲学への批判

ドゥルーズの『差異と反復』は、本理論を理解するうえで非常に重要な著作である。

この著作の中心的な問題は、差異をどのように考えるべきかということである。

伝統的な形而上学では、同一性が先にあり、その同一性を持つもの同士のあいだに差異が成立すると考えられることが多い。

例えば、AとBという二つのものが存在し、それぞれが独立したものとして成立した後で、AとBの違いが問題になる。

しかし、ドゥルーズは、この順序を逆転させる。

差異は、あらかじめ完成した同一性を持つもの同士のあいだに成立するのではない。

むしろ、差異そのものが、個体や同一性を成立させる根本的な契機になっている。

この考え方は「差異それ自体」(différence en elle-même)という概念に関係する。

14-6-2.表象の四重の枠組みへの批判

『差異と反復』第一章では、ドゥルーズは、差異を同一性に従属させる伝統的な思考の枠組みを批判する。

その枠組みを、彼は表象の「四つの鉄の首輪」と呼ぶ。それは、次の四つの側面から成り立っている。

  • 概念における同一性
  • 述語における対立
  • 判断における類比
  • 知覚における類似

それぞれの内容は、次のように整理できる。

概念における同一性では、事物は一つの概念のもとで同一のものとして捉えられる。差異は、同じ概念に包摂された事物のあいだの違いとして、二次的に扱われる。

述語における対立では、差異は、同一の概念の内部で規定が対立することに還元される。有と無、白と黒のような対立がその例である。ドゥルーズは、ヘーゲルの矛盾をこの方向の極致として批判する。

判断における類比では、異なる類や領域のあいだの差異が、比例的な関係によって調停される。差異は、類と種の秩序や、存在の類比のなかに位置づけられる。

知覚における類似では、感覚されるものが類似を基準に整理される。差異は、類似の度合いの違いへと変えられてしまう。

ドゥルーズによれば、この四つは、充足理由律の四つの根として働いている。これらによって、差異は常に同一性・対立・類比・類似に媒介され、それらに従属した「媒介された差異」としてしか思考されない。

例えば、二つのものの違いを考えるとき、まず両者に共通する性質を抽出し、その共通性を基準として相違点を説明する。しかし、この方法では、差異そのものがどのように成立しているのかが見えなくなる。

ドゥルーズは、差異を同一性の否定や二次的な規定として扱うことを拒否する。差異それ自体を、存在論的な出発点に置くのである。

14-6-3.仮想的なもの――現実の反対ではない

この問題を理解するためには、「仮想的なもの」(le virtuel)という概念が重要になる。

ドゥルーズは、仮想的なものを、単に現実化されていない可能性として理解していない。

可能性と現実性の区別は、実際にはまだ存在しないものが、後から現実化されるという関係を含んでいる。

これに対して、仮想的なものは、現実的ではあるが、まだ特定の現実的な個体として現れていない存在論的な構造を示す。

例えば、ある現象を考えてみよう。

雷が発生する場合、その現象は単に何もないところから突然生まれるのではない。

雲と地面のあいだに電位差が形成され、その差異的な条件が一定の過程を通じて雷という現象を成立させる。

ドゥルーズは、現実の個体や現象を成立させるために、その背後にある差異的な関係や特異性を考える。

このような関係的な構造が、仮想的な多様体として理解される。

14-6-4.理念――問題的な構造としての多様体

ドゥルーズは、プラトンやカントが論じた「イデア(理念)」を引き継ぎながら、それを独自に再定義する。

彼のいう理念は、プラトン的な超越的モデルとは異なる。現実の個体を外部から規定する完成したモデルではなく、個体が成立するための問題的な構造として理解される。

ドゥルーズは、この理念を差異的な関係や特異点からなる多様体として説明する。

例えば、ある現象が成立するとき、そこには複数の差異的な関係や閾値、特異点が関与している。

それらは、個体として完成したものではない。

しかし、ある特定の個体化が起こるための条件となっている。

ここでは、問題が解決されることによって、ある個体が成立する。

したがって、個体は、あらかじめ完成したものとして存在しているわけではない。

問題的な構造の現実化によって成立するのである。

14-6-5.強度と個体化――現実的な個体はいかにして成立するのか

『差異と反復』第五章「感性的なものの非対称的総合」では、ドゥルーズは強度(intensité)と個体化(individuation)の関係を論じる。

第四章で検討した理念の微分的構造だけでは、具体的な個体がどのように成立するのかを十分に説明できない。

仮想的な理念の内部に微分関係や特異点が規定されているとしても、それだけで現実の個体が成立するわけではない。仮想的な構造が現実化されるためには、強度的な差異による生成の過程が必要になる。

ここで重要になるのが、強度という概念である。

強度とは、単なる量の大小ではなく、差異そのものを含む量である。

例えば、温度、圧力、電位などを考えてみよう。

これらの現象には、単純に完成した状態だけを観察するのでは捉えきれない不均衡や落差が存在する。

雷の発生を例にすれば、雲と地面のあいだに生じる電位差が、その現象を成立させる条件の一つとなっている。

ここで重要なのは、雷という現象が、あらかじめ完成した形として存在しているのではないということだ。

電気的な不均衡が存在し、その不均衡が一定の条件のもとで展開することによって、具体的な現象が生じる。

ドゥルーズは、このような生成の根底にある差異を、強度という概念によって捉えようとする。

強度は、延長的な量とは異なる性格を持つ。

延長的な量は、例えば長さや面積のように、部分へと分割して考えることができる。これに対して、強度的な量は、単純に部分へ分割しても、もとの強度的な性質がそのまま保存されるわけではない。

強度は、差異や不均衡を含んだ量であり、具体的な現象が成立する過程において重要な役割を果たす。

ドゥルーズにとって、個体化とは、この強度的な差異が具体的な生成を方向づける過程である。

つまり、個体化は、すでに完成した個体に何らかの性質を付け加えることではない。むしろ、個体そのものが成立するための生成的な過程なのである。

ここで重要なのは、個体化と個体の区別である。

私たちは通常、個体をすでに成立したものとして捉える。

例えば、一つの植物を見れば、そこには根、茎、葉という部分があり、それらが一つの植物を構成していると考える。

しかし、ドゥルーズが問うのは、それらの部分がどのような過程を通じて成立し、一つの植物として組織化されたのかという問題である。

完成した植物から出発するのではなく、植物が成立する以前の生成的な条件へと遡るのである。

このとき、強度的な差異は、個体化を進行させる原動力となる。

したがって、個体は生成の最初から完成した形で存在しているのではない。個体は、強度的な差異を含む生成の過程を通じて成立する。

ドゥルーズの議論において、個体化は現実的な質や延長的な部分が成立することに先立つ。

ただし、これは単純に時間的に先に起こるという意味ではない。個体化は、現実的な個体が成立するための存在論的・生成的な条件として、分化に先立つのである。

ここに、ドゥルーズの個体化論の重要性がある。

個体を最初から完成した同一性として想定するのではなく、個体が成立するための差異的・強度的な条件を明らかにしようとするのである。

14-6-6.微分化と分化――仮想的な理念はいかにして現実化するのか

ドゥルーズは、『差異と反復』第四章と第五章を通じて、仮想的なものが現実化される過程を説明する。

この議論を理解するうえで重要なのが、フランス語の二つの概念である。

  • 微分化(différentiation)
  • 分化(différenciation)

この二つは、フランス語では一文字だけ異なる。

しかし、ドゥルーズにとって、この綴りの違いは重要な哲学的区別を表している。

第一に、微分化(différentiation)とは、仮想的な理念の内部における規定の過程である。

ドゥルーズのいう理念は、完成した個体の原型や、現実のものを外側から規定する設計図ではない。

それは、微分関係と特異点から構成される問題的な多様体である。

例えば、ある現象が成立するための条件を考えてみよう。

その現象を成立させる諸要素のあいだには、さまざまな関係が存在している。さらに、その関係のなかには、生成の方向を決定する特異点が含まれている。

これらの関係や特異点が規定されることによって、理念は仮想的なものとして完全な規定性を持つ。

ここで重要なのは、仮想的なものが未完成の現実的なものなのではないということだ。

仮想的な理念は、それ自体として十分に規定されている。ただし、その規定性は、まだ現実的な質や延長として現れているわけではない。

この仮想的な理念の内部における規定の過程が、微分化である。

第二に、分化(différenciation)とは、仮想的なものが現実的な質や延長として現れる過程である。

仮想的な理念の内部に規定された関係が、現実化されることによって、具体的な質や種、延長的な部分などが成立する。

例えば、生物の発生を考えてみよう。

生物が成立する過程では、最初から完成した身体の形が存在しているわけではない。

さまざまな生成的な条件が働くことによって、細胞や組織、器官などが形成され、具体的な生物の身体が成立していく。

ここでは、仮想的な関係の規定と、それが現実的な質や部分として現れることを区別する必要がある。

前者が微分化であり、後者が分化である。

ただし、両者は互いに無関係な二つの過程ではない。微分化された仮想的な構造が、現実化の過程を通じて分化するのである。

第三に、この二つの過程を結びつけるうえで、個体化が重要になる。

ここで第五章の強度の議論が接続される。

仮想的な理念の内部に微分関係や特異点が規定されているとしても、それだけでは現実的な個体の成立を説明できない。

その仮想的な構造が現実化されるためには、強度的な差異を含む個体化の過程が必要になる。

ドゥルーズによれば、個体化は分化に先立つ。

個体化は、強度的な差異を通じて、現実化の方向や仕方を決定する。さらに、その個体化の過程は、時空間的なダイナミズムとして展開する。

この時空間的な展開を、ドゥルーズは劇化(dramatisation)という概念によって説明する。

したがって、微分化・個体化・劇化・分化は、仮想的な構造から現実的な個体が成立する過程を理解するための異なる契機として捉えられる。

この関係を整理すると、次のようになる。

  1. 微分化(différentiation):仮想的な理念の内部で、微分関係や特異点が規定される。
  2. 個体化(individuation):強度的な差異によって、現実化の生成的な条件が形成される。
  3. 劇化(dramatisation):個体化の過程が、具体的な時空間的ダイナミズムとして展開する。
  4. 分化(différenciation):質や種、延長的な部分など、現実的な規定が成立する。

ここで示した順序は、時間的な段階を並べたものではなく、現実化の過程における論理的な秩序である。

また、微分化と分化は、どちらか一方だけで成立するものではない。

微分化は仮想的な理念の規定を説明し、分化はその仮想的なものが現実的なものとして成立することを説明する。そして、その両者の関係を具体的な生成の水準で理解するために、個体化と劇化が必要になる。

このように、ドゥルーズは、完成した個体を出発点として世界を説明するのではなく、仮想的な差異の構造と強度的な個体化の過程から、具体的な個体がどのように成立するのかを説明しようとする。

したがって、彼の存在論では、個体の同一性は生成の最初から与えられているものではない。

むしろ、差異的な関係と強度的な個体化の過程を通じて、現実的な個体が成立するのである。

14-6-7.シモンドンとの関係

ドゥルーズとシモンドンの関係も重要である。

『差異と反復』第五章では、個体化についての議論が展開される。

ここでシモンドンの個体化論は、ドゥルーズの差異哲学を理解するうえで重要な参照先になる。

特に、前個体的なものから個体化が進行するという考え方や、個体を生成の結果として理解する点に共通性がある。

ただし、ドゥルーズはシモンドンの概念をそのまま反復するのではない。

仮想的な多様体、微分関係、強度、特異点といった独自の概念体系のなかに、個体化の問題を位置づけ直している。

14-6-8.ドゥルーズと本理論の共通点

本理論とドゥルーズの共通点は、かなり明確である。

第一に、同一性を最初から存在するものとして扱わない。

第二に、差異を個体化以前の存在論的な契機として重視する。

第三に、個体を、差異的な条件から成立するものとして理解する。

第四に、個体化を単なる分類や認識の問題ではなく、実在的な生成の問題として扱う。

特に、差異から個体へという順序の転倒は、本理論のΔから構造的個体化へという流れと比較するうえで重要になる。

14-6-9.決定的な相違――差異の存在論から構造的同一性と第一性へ

しかし、本理論とドゥルーズの決定的な相違は、個体化の説明の後に何を問題とするのかにある。

ドゥルーズは、差異的な条件から現実的な個体がどのように成立するのかを説明する。

これに対して本理論では、成立した構造個体について、さらに次のことを明らかにする必要がある。

  • 何が維持されれば同じ構造個体なのか。
  • その構造を実現する関係の全体は何か。
  • その構造内部で、どの契機が独立した構造項として成立しているのか。
  • 構造項のあいだにどのような構成的同一性依存が存在するのか。
  • その依存関係は非対称的なのか。
  • その第一性は、どの同一性水準や規定次元で成立しているのか。

本理論では、これらをK・B・Π・I・ODによって明示する。

また、ドゥルーズの仮想的なものと、本理論のΔは同じではない。

Δは個体化以前の差異的規定可能性を示すが、ドゥルーズの仮想的な多様体は、微分関係や特異点からなる独自のイデア論のなかで機能している。

さらに、本理論の歴史的前史Qは、仮想的なものの現実化とは異なる。

Qが扱うのは、実際に時間的に先行して存在した履歴が、後続構造の同一性条件に構成的に関与していたかどうかである。

この意味で、本理論はドゥルーズの差異の哲学を参照しながらも、成立した構造の同一性と、その内部における第一性、歴史的前史の資格にまで理論的な射程を広げようとする。

比較の結論:ドゥルーズは、差異・仮想的多様体・強度を通じて個体の生成を説明した。本理論は、差異から個体が成立するという問題意識を共有しながら、構造の同一性条件、個体化の形式的判定、非対称的依存による第一性、歴史的前史の構成的資格を体系的に説明しようとする。


14-7.ヘーゲル――反省・否定・根拠・全体と部分、そして遡及的な規定

14-7-1.直接的な存在から本質へ

ヘーゲルの哲学は、本理論を考えるうえで最も重要な比較対象の一つである。

特に『大論理学』第二部「本質論」は、存在の規定がどのように成立するのかという問題を扱っている。

ヘーゲルの論理学は、一般的な形式論理学とは異なり、存在と思考の根本的な規定を展開する体系である。

『大論理学』は、概ね次の三つの部分から構成されている。

  • 存在論(Seinslogik)
  • 本質論(Wesenslogik)
  • 概念論(Begriffslogik)

存在論では、存在・無・生成、定在、有限性、無限性、量、尺度などが展開される。

本質論では、同一性、差異、対立、矛盾、根拠、現象、現実性などが扱われる。

概念論では、概念、判断、推理、客観、生命、認識などが展開される。

この展開は、単に異なる哲学的概念を分類して並べることではない。

ある規定を考えると、その規定がそれだけでは成立せず、別の規定を必要とすることが明らかになる。

その内在的な運動によって、次の規定が導かれる。

ヘーゲルの論理学は、このようなカテゴリーの自己展開を扱っている。

14-7-2.存在・無・生成――規定の不安定性

『大論理学』第一巻では、純粋存在と純粋無が検討される。

純粋存在は、何の限定も持たない直接的な存在として考えられる。

しかし、何の規定も持たない純粋存在は、何も特定していないという意味で、純粋無と区別できない。

この両者の真理が生成(Werden)である。

ここでヘーゲルが示そうとするのは、ある規定が完全に自己完結したものとして成立するわけではないということである。

規定は、それ自身とは異なるものとの関係において、初めて具体的な意味を持つ。

この議論は、本理論の前個体的差異場Δを考えるうえでも参考になる。

あるものが何であるかを理解するためには、そのものの内側だけでなく、他の規定との関係を考えなければならないからである。

14-7-3.本質とは反省である

『大論理学』第二巻「本質論」では、反省(Reflexion)が中心的な概念となる。

ヘーゲルにおいて本質は、単に直接的な存在の背後に隠れているものではない。

本質は、自分自身との関係を通じて、自らを規定する運動である。

この運動において、存在は単純な直接性を失い、自らの規定を他者との関係において成立させる。

ここで重要なのは、反省が単なる主観的な思考活動ではないということである。

本質論における反省は、存在の規定が自らのなかに区別と関係を含んでいることを示す論理的な運動である。

つまり、本質とは、何かを外側から眺める主体の行為ではない。

規定そのものが、自らを成立させるために他の規定との関係を持つということである。

14-7-4.同一性と差異――同一性は差異から独立しているのか

本質論では、同一性(Identität)から差異(Unterschied)へと議論が展開される。

一見すると、同一性とは、あるものがそれ自身と等しいということである。

例えば、

A = A

という命題は、同一性を表す。

しかし、ヘーゲルは、同一性を完全に抽象的なものとして固定することを批判する。

あるものがそれ自身と同一であるということを考えるためには、他のものとの差異が必要になる。

差異から切り離された同一性は、何も限定していない抽象的な同一性になってしまう。

同一性は、それ自身のなかに差異を含んでいる。

さらに差異は、多様性、対立、矛盾へと展開される。

この点は、本理論の個体化問題と関係している。

個体は、単にそれ自身と同一であるというだけでは、その個体としての規定を十分に持たない。

他のものとの関係において、何がその個体をその個体として成立させているのかを説明する必要がある。

14-7-5.根拠(Grund)――何が何を成立させているのか

本質論のなかでも、本理論との比較において特に重要なのが「根拠」(Grund)の概念である。

ヘーゲルは、反省規定としての同一性・差異・対立・矛盾の展開を経て、根拠の問題に至る。

あるものが存在するためには、そのものの根拠が問題となる。

しかし、根拠は、単にある出来事の原因を意味するのではない。

それは、あるものの成立を説明する存在論的な基礎である。

根拠と根拠づけられたもの(Begründetes)は、相互に関係している。

例えば、あるものの根拠を提示するとき、その根拠は、根拠づけられたものの規定との関係において初めて具体的な根拠として成立する。

一方、根拠づけられたものも、その根拠との関係によって説明される。

ここでは、根拠と根拠づけられたものの関係が単純な一方向の関係ではないことが問題になる。

ヘーゲルは、形式的根拠、実質的根拠、十分な根拠、絶対的根拠などを通じて、この関係をさらに展開する。

特に重要なのは、根拠がそれ自体で完結しているわけではなく、根拠づけられたものとの関係において具体的なものになるという点である。

14-7-6.全体と部分――相互に規定される存在関係

ヘーゲルの本質論には、「全体と部分」の関係も登場する。

全体と部分は、それぞれ独立したものとして存在しているように見える。

例えば、机は複数の部品から構成されている。

その部品は、それぞれ単独でも存在することができる。

しかし、ある部品が机の部分として成立するためには、机という全体との関係が必要である。

一方、机という全体も、その部分を通じて具体的な全体として成立する。

つまり、全体は部分なしには具体的な全体として存在できず、部分は全体なしにはその全体の部分として成立しない。

ここでは、全体と部分が互いに相手を必要としている。

このような相互関係は、本理論のCとIの関係を考えるうえでも重要な比較対象となる。

ただし、ヘーゲルの全体と部分の関係を、本理論の構造的個体化と同一視することはできない。

ヘーゲルにおける全体と部分の関係は、本質論における反省関係の展開の一段階であり、その後、内外、内容と形式、現実性などの関係へと進んでいく。

本理論では、構造が内部の契機を個体化するIと、個体化された下位構造項が上位構造を実現するCを区別している。

この二つの関係を、ヘーゲルの全体と部分の反省関係にそのまま還元することはできない。

14-7-7.自己関係的な規定と遡及性

ヘーゲルの議論が本理論と特に接近するのは、後続する規定が成立することで、先行していた規定の意味や位置づけが明らかになるという点である。

例えば、純粋存在は、それだけでは具体的な規定を持たない。

生成という規定が成立することで、存在と無の関係が明らかになる。

また、本質論においても、単純な同一性は、差異や対立、矛盾との関係を通じて、どのような規定であったのかが明らかになる。

このように、ある規定の意味は、それが他の規定との関係のなかでどのような位置を持つのかによって確定する。

ここには、後から成立する構造によって、以前の契機の位置づけが確定するという本理論の遡及的な問題意識との共通性がある。

ただし、ヘーゲルの遡及的な規定を、単なる事後的な認識として理解してはならない。

それは論理的なカテゴリーの自己展開のなかで、先行する規定が後続する規定の契機として位置づけ直されるということである。

14-7-8.概念論と客観的なものの成立

『大論理学』第三巻では、概念(Begriff)が扱われる。

概念は、単なる主観的な一般概念ではない。

普遍性・特殊性・個別性という三つの契機を持ち、自らを具体化する自己規定的なものとして理解される。

概念の展開は、判断や推理を通じて客観性へと進む。

客観性の領域では、機械論、化学論、目的論などが扱われ、最後には理念(Idee)へと至る。

ここで重要なのは、概念が単に外部の対象を分類する形式ではないということである。

概念は、客観的なものとの関係において、自らを実現する。

この点は、本理論が構造と構造項の関係を考える際にも重要な背景となる。

本理論では、構造は単なる外的な分類基準ではない。

その構造内部の契機の位置や役割、同一性条件を実際に成立させる。

したがって、構造と構造項の関係は、単なる認識上の関係ではない。

14-7-9.ヘーゲルと本理論の共通点

ヘーゲルと本理論には、重要な共通点がある。

第一に、あるものの規定は、それ自身だけで完結していない。

第二に、差異や他者との関係が、そのものの同一性を成立させるために重要である。

第三に、根拠と根拠づけられたものは、単純な外的関係ではなく、相互に媒介された関係を持つ。

第四に、ある規定は、後続する規定との関係を通じて、その意味や位置づけが明らかになる。

第五に、全体と部分の関係は、単に外側から並べられたものではなく、互いの成立条件を含んでいる。

これらの問題は、本理論にとって非常に重要である。

特に、構造と構造項の関係が、単純な一方向の因果関係ではなく、異なる水準で相互に成立させ合う関係であるという点は、ヘーゲルの議論と比較できる。

14-7-10.決定的な相違――弁証法的展開と構造的判定基準

しかし、ヘーゲルと本理論は、論証の方法において大きく異なる。

ヘーゲルの論理学では、各カテゴリーが自らの内在的な不十分さや矛盾を通じて、次のカテゴリーへと展開する。

これに対して本理論では、対象の個体化や第一性を判定するために、独立した定義・条件・判定基準を設定する。

例えば、構造的不変項Kや構成的閉包Bは、第一性の結論から逆算して決定してはならない。

また、ODの非対称性も、構造項の個体化とは区別して検証しなければならない。

本理論の論証は、ヘーゲルのようなカテゴリーの自己展開をそのまま採用しているわけではない。

むしろ、ヘーゲルが明らかにした規定・差異・根拠・全体と部分の問題を、特定の実在対象について検証可能な構成的関係として定式化しようとしている。

さらに、ヘーゲルの論理的な遡及性と、本理論の歴史的遡及性も同じではない。

ヘーゲルの概念展開では、先行するカテゴリーが後続カテゴリーの契機として位置づけられる。

一方、本理論のQは、実際に過去に存在した出来事や過程が、後続構造の同一性条件に構成的に関与していたかどうかを判定する。

したがって、ヘーゲルの論理的な遡及性から、歴史的前史の構成的資格をそのまま導くことはできない。

比較の結論:ヘーゲルは、同一性と差異、根拠と根拠づけられたもの、全体と部分が相互に媒介される関係を明らかにした。本理論は、その問題意識を引き継ぎながら、構造の成立と個体化、非対称的な第一性、実在的な歴史的前史を独立した条件によって定式化しようとする。


14-8.ジョナサン・シェファー――優先的一元論と全体の存在論的優先性

14-8-1.全体と部分のどちらが存在論的に根本的なのか

現代形而上学において、本理論と直接比較できる重要な議論の一つが、ジョナサン・シェファーの優先的一元論(priority monism)である。

シェファーは、2010年の論文「Monism: The Priority of the Whole」において、全体と部分の存在論的優先性を論じている。

その中心的な問いは、次のように表せる。

宇宙全体と、その部分のどちらが存在論的に根本的なのか。

例えば、円と二つの半円を考えてみよう。

円は二つの半円から構成されている。

通常の考え方では、二つの半円が先に存在し、それらが結びついて円になると考えるかもしれない。

しかし、逆に、円という全体が先にあり、半円はその全体を分割した結果として成立すると考えることもできる。

この問題を宇宙全体に拡張したものが、シェファーの優先的一元論である。

14-8-2.存在的一元論と優先的一元論の区別

ここで重要なのは、シェファーが主張する一元論が、単に一つのものしか存在しないという意味ではないことである。

存在的一元論(existence monism)では、存在する具体的なものは一つだけであり、部分は独立した実在者ではないという立場になる。

しかし、シェファーの優先的一元論は、これとは異なる。

優先的一元論は、部分が存在することを否定しない。

世界には複数の部分が存在している。

ただし、存在論的に根本的なものは全体であり、部分は全体に依存していると考える。

つまり、問題は何が存在するかではなく、何が何に対して存在論的に優先しているのかということである。

この区別は重要である。

優先的一元論は、部分の存在を否定する必要はない。

部分の存在を認めながら、全体を存在論的な基礎として位置づけることができる。

14-8-3.部分が全体に依存するとはどういうことか

シェファーの議論では、全体と部分の関係が単なる集合関係として理解されるわけではない。

重要なのは、部分の存在論的な地位が全体との関係に依存しているということである。

例えば、宇宙全体を一つの具体的な全体として考える場合、その全体を構成する部分は、全体から切り離して完全に独立したものとして理解できない。

全体は、部分から組み立てられた二次的なものなのではなく、部分の存在論的な基礎となる。

この考え方は、一般に「全体の優先性」と呼ばれる。

14-8-4.物理学との関係

シェファーは、全体の優先性を主張するために、物理学的な考察も利用している。

特に、世界の究極的な構成要素が完全に独立した部分として存在しているのかという問題が重要になる。

量子論的な非分離性や、部分を完全に独立したものとして扱うことの難しさなどは、全体の統一性を考えるための論拠として検討される。

もちろん、量子論から優先的一元論が直接証明されるわけではない。

物理学的な理論がどのような存在論的解釈を支えるのかは、さらに検討が必要である。

しかし、シェファーの議論が重要なのは、全体と部分の優先性を単なる直感的な問題にとどめず、物理学的な考察とも接続している点である。

14-8-5.内部関係論との関連

シェファーには、もう一つ重要な論文がある。

それが2010年の「The Internal Relatedness of All Things」である。

この論文では、19世紀の新ヘーゲル主義において展開された内部関係論の議論が再検討されている。

内部関係とは、あるものと他のものとの関係が、そのものの本質や性質に内在しているという考え方である。

例えば、AとBが互いに独立して成立しており、その後で外側から関係を結ぶのではなく、Aの存在そのものがBとの関係を含んでいる場合を考える。

このような関係が宇宙全体に広がっているならば、世界の各部分は互いに完全に独立しているとは言えない。

シェファーは、この内部関係論から全体の実体的統一を導く議論を再構成している。

ただし、「The Internal Relatedness of All Things」と「Monism: The Priority of the Whole」は、同じ主張を展開する一つの論文ではない。

前者は内部関係論と一元論の議論を検討する論文であり、後者は全体の存在論的優先性を主張する優先的一元論の論文である。

この二つは関連しているが、区別して読む必要がある。

14-8-6.シェファーと本理論の共通点

シェファーと本理論には、明確な共通点がある。

第一に、全体と部分の関係を、単なる外的な集合関係として扱わないこと。

第二に、部分の存在論的な地位が、全体との関係によって規定される場合があると考えること。

第三に、何が何に対して根本的であるのかを、存在論的な優先性の問題として扱うこと。

第四に、存在論的な優先性を、単なる時間的先行性と区別すること。

この点で、シェファーの理論は、本理論の第一性を考えるための重要な比較対象となる。

14-8-7.決定的な相違――全体の優先性と構造相対的第一性

しかし、両者の間には重要な違いがある。

シェファーの優先的一元論は、究極的な具体的存在者として宇宙全体が優先するという立場である。

それに対して本理論は、必ずしも宇宙全体を唯一の根本的存在者として位置づけるわけではない。

本理論が扱う第一性は、特定の構造、同一性水準、規定次元に相対的に成立する。

つまり、ある構造のなかで、複数の構造項がそれぞれ別の構造項に対して第一性を持つこともありうる。

また、全体と部分の関係だけでなく、構造内部の項同士のあいだに成立する構成的同一性依存も分析対象となる。

さらに、本理論では、第一性が成立する以前に、構造そのものがどのような差異的条件から成立しているのかを説明する。

この点でも、優先的一元論とは問題設定が異なる。

シェファーは全体と部分の存在論的優先性を論じるが、前個体的差異場から構造が成立し、その内部の契機が個体化される過程を、本理論と同じ形式では論証していない。

比較の結論:シェファーは、全体が部分に対して存在論的に優先するという優先的一元論を提示した。本理論は、全体と部分の優先性に限定せず、構造内部の構造項同士の非対称的な構成的依存から、より局所的で構造相対的な第一性を説明しようとする。


14-9.現代形而上学の基礎づけ論――Grounding・存在論的依存・説明の非対称性

14-9-1.現代形而上学における「何が何を根拠づけるのか」という問題

ここまで取り上げてきた哲学者たちとは別に、現代形而上学において本理論と直接比較しなければならない研究領域がある。

それが、grounding論である。

Groundingは、日本語では一般に「基礎づけ」「根拠づけ」「存在論的基礎づけ」などと訳される。

この議論は、あるものが何によって成立しているのか、何が何の根拠になっているのかという問題を扱う。

例えば、ある事実が別の事実によって成立している場合を考えてみよう。

部屋に赤い花が存在しているという事実が、そこに赤い花びらが存在しているという事実によって基礎づけられているとする。

この場合、花が赤いという事実は、花びらの色や構成的な特徴によって説明される。

ここでは、花が赤いという事実と、花びらの特徴とのあいだに、単なる因果関係ではない存在論的な説明関係が存在している。

このような関係をgroundingと呼ぶ。

14-9-2.因果関係と基礎づけ関係の違い

Groundingを理解するためには、因果関係との区別が重要である。

例えば、火がついたことによって紙が燃えたとする。

この場合、火は紙が燃えることの原因である。

しかし、原因と結果の関係は、時間的な順番を持つ。

一方、groundingは、ある事実が別の事実を存在論的に成立させているという関係である。

例えば、ある複合物体が複数の部分から構成されているという事実は、その部分が存在することや、それらの関係に依存しているかもしれない。

この場合、部分が全体の原因になったという説明とは異なる。

部分の存在や配置が、全体の成立を構成的に説明しているのである。

このため、groundingは一般に、因果的な説明とは区別される非因果的な形而上学的説明として理解される。

14-9-3.キット・ファインと基礎づけの問題

現代のgrounding論を考える際に重要な論者の一人が、キット・ファイン(Kit Fine)である。

ファインは、形而上学において、何が何によって成立しているのかという根拠の問題が重要であることを論じている。

特に、存在者の本質的な規定と、それが成立するための根拠をどのように理解するのかという問題を扱っている。

ファインの議論では、単にあるものが存在していると述べるだけでは、形而上学的な説明として十分ではない場合がある。

何がそのものを成立させているのかを明らかにしなければならない。

この考え方は、本理論の個体化根拠充足原理Gとも接点を持つ。

個体性を説明しようとするならば、単に個体が存在すると述べるだけではなく、その個体をその個体として成立させている根拠を提示しなければならないからである。

14-9-4.Groundingの非対称性

Grounding論において特に重要なのが、根拠づけ関係の非対称性である。

通常、ある事実が別の事実を基礎づける場合、その逆方向の基礎づけは成立しないと考えられる。

例えば、花びらの色や性質が花全体の色を基礎づけている場合、花全体が花びらの色を基礎づけているという逆方向の関係が同じ意味で成立するとは限らない。

このような非対称性は、あるものが別のものに対して存在論的に優先することを理解するために重要である。

ここで本理論のODとの共通性が見えてくる。

本理論でも、AがBの同一性条件を成立させており、BがAの同一性条件を成立させていない場合、AはBに対して第一性を持つ。

つまり、両者とも非対称的な存在論的依存を重視している。

14-9-5.Groundingの形式的な問題

Grounding論には、いくつかの理論的な問題がある。

例えば、次のような問題である。

  • Groundingは事実同士の関係なのか、存在者同士の関係なのか。
  • Groundingは必ず非対称的なのか。
  • Groundingには推移性があるのか。
  • Groundingと本質的依存はどのように異なるのか。
  • Groundingはどのような意味で説明関係なのか。
  • 形而上学的な根拠と因果的な根拠はどのように区別されるのか。

特に、Groundingの非対称性や推移性については、現代形而上学でも議論がある。

ある事実が別の事実を基礎づけるということを認めても、その関係があらゆる場合に単純な一方向の秩序を形成するとは限らない。

また、相互に依存する関係がどのような場合に許容されるのかという問題もある。

このような論点は、本理論がODを定義する際にも重要な検討対象となる。

14-9-6.Groundingと本理論の共通点

本理論と現代のgrounding論には、明確な共通点がある。

第一に、存在論的な成立関係を、因果関係と区別して扱うこと。

第二に、あるものの存在や同一性が、別のものによって構成的に説明される可能性を認めること。

第三に、その依存関係の方向性を問題にすること。

第四に、存在論的な説明には、説明されるものと説明するものの区別が必要となる場合があること。

これらは、本理論のODを位置づけるうえで重要である。

14-9-7.決定的な相違――一般的な基礎づけと構造相対的な同一性依存

ただし、本理論のODは、一般的なgroundingそのものではない。

Grounding論は、事実や存在者のあいだに成立する形而上学的な基礎づけ関係を広く扱う。

それに対して、本理論のODは、特定の構造S、同一性水準D、規定次元dにおいて、ある構造項の実在的な規定が、別の構造項の同一性条件を構成しているかどうかを問題にする。

つまり、一般的な基礎づけ関係を扱うのではなく、個体化された構造項の同一性に限定された構成的依存関係を定式化している。

また、本理論では、ODを判定する以前に、構造そのものが成立していなければならない。

さらに、その構造の内部において、構造項がI-1〜I-4の条件を満たして個体化されていなければならない。

この点で、ODは孤立した基礎づけ関係ではない。

Δから構造が成立し、Iによって構造項が個体化され、その内部でODの非対称性が成立するという体系のなかに位置づけられている。

さらに第二論文では、時間をまたぐ通時的構成的依存を考える。

この点も、一般的なgrounding論との比較において重要になる。

比較の結論:現代のgrounding論は、あるものが何によって成立しているのかという存在論的な説明関係を明らかにした。本理論は、その問題を構造的個体化の水準に限定し、個体化された構造項のあいだに成立する構成的同一性依存の非対称性をODとして定式化する。


14-10.マルクス――具体的な全体・社会的関係・抽象から具体への方法

14-10-1.社会的な個体を孤立した存在として理解できるのか

本理論の歴史的な問題を考えるうえでは、マルクスも重要な比較対象となる。

特に『経済学批判要綱』の1857年「序説」は、社会的な全体や歴史的な構造をどのように理解するのかという問題を扱っている。

マルクスは、社会に存在する個人を、それ自体で完全に独立した存在者として理解することを批判する。

人間は、社会的な関係のなかで生産活動を行う。

例えば、資本主義社会における労働者は、単に労働能力を持つ一人の人間として存在しているだけではない。

労働力の商品化、賃金関係、資本、所有関係などの社会的な構造のなかで、特定の位置を占めている。

このような関係を無視して、個人だけを取り出してしまうと、その個人が社会のなかでどのような位置を持っているのかを十分に理解できない。

ここには、個人を関係的な全体のなかで理解しようとする問題意識がある。

14-10-2.『経済学批判要綱』序説――具体的なものは多くの規定の統一である

マルクスの方法論を考えるうえで、特に重要なのが「具体的なものは、多くの規定の集中であり、したがって多様なものの統一である」という考え方である。

私たちは通常、具体的なものから考え始める。

例えば、人口という具体的な全体を考える。

しかし、人口を単に一つの集合として捉えるだけでは、それが何によって成立しているのかを十分に理解できない。

人口を理解するためには、そのなかに存在する階級や生産関係、労働、資本、交換などを考えなければならない。

さらに、それぞれの概念も、他の概念との関係において理解される必要がある。

マルクスは、まず具体的な全体を直接的に捉え、その後で分析によって抽象的な規定へと進み、さらにそれらの規定を統合することで、具体的な全体を思考のなかで再構成する方法を示している。

ここでは、現実に存在する具体的な全体と、それを思考によって再構成する過程が区別されている。

具体的な全体は、現実には出発点である。

しかし、認識においては、抽象的な規定から再び具体的な全体へと上昇することによって理解される。

14-10-3.抽象から具体への上昇は、現実そのものの生成ではない

この議論で非常に重要なのが、マルクスがヘーゲルの方法を批判している箇所である。

マルクスは、抽象的な概念から具体的な全体を思考によって再構成することと、現実の具体的なものが実際に生成する過程を区別する。

つまり、私たちの思考のなかで、抽象から具体へと概念が展開したからといって、現実の具体的な存在者が思考によって生み出されたことにはならない。

現実の対象は、思考の外部において独立して存在している。

この区別は、本理論を考えるうえでも重要である。

本理論が遡及性を主張するとき、それは後から思考することによって過去の存在者を作り出すという意味ではない。

現実に存在していた構造的な条件や歴史的な関係が、後続構造の成立との関係でどのような構成的な位置を持っていたのかを明らかにするのである。

したがって、認識論的な再構成と、存在論的な構成を区別しなければならない。

これは、マルクスの方法論から学ぶことができる重要な点である。

14-10-4.社会的な全体と構成要素の相互関係

マルクスの社会分析では、社会を単に個人が集まったものとして理解しない。

生産、分配、交換、消費などは、それぞれ異なる契機でありながら、一つの社会的な全体を構成している。

これらは互いに関係し、社会的な構造のなかで特定の位置を持つ。

例えば、資本主義社会では、資本と労働の関係が、生産や分配、交換などのあり方に関与している。

ここでは、社会的な諸契機は完全に独立したものではない。

それぞれが他の契機との関係において成立し、社会的な全体を形成している。

この点は、本理論の構造と構造項の相互構成を考えるうえで重要な比較対象となる。

14-10-5.現実の歴史的な形成過程と資本主義の構造

マルクスの歴史分析では、後続する社会構造の成立が、過去の社会形態を理解するための重要な手がかりになる。

例えば、資本主義社会が成立すると、それ以前の社会的な生産関係や経済的カテゴリーは、新しい社会構造との関係において理解されるようになる。

マルクスの「人間の解剖は猿の解剖の鍵である」という有名な表現も、この問題に関係している。

より発展した社会構造を理解することで、それ以前の社会的な関係の意味を明確に捉えられる場合がある。

しかし、ここで重要なのは、後続する構造が過去の構造を実際に作り出すわけではないということである。

過去の社会形態は、それ自身の歴史的条件のもとで存在していた。

後続する社会構造によって変わるのは、過去の出来事そのものではなく、歴史的な関係のなかでの位置づけや、後続構造に対する説明上の意味である。

14-10-6.マルクスと本理論の共通点

本理論とマルクスには、重要な共通点がある。

第一に、個体や社会的な存在者を、孤立したものとして理解しないこと。

第二に、具体的なものを、多様な規定が関係し合う全体として理解すること。

第三に、構造的な関係を通じて、個々の契機の位置や意味が確定する場合があること。

第四に、後続する社会構造の分析によって、過去の社会的な条件を新たな仕方で理解できること。

第五に、現実の形成過程と、思考による再構成を区別する必要があること。

これらは、本理論の構造論と歴史的遡及性を考えるうえで非常に参考になる。

14-10-7.決定的な相違――社会的歴史分析と構成的前史Q

しかし、マルクスの歴史分析と本理論のQは同じではない。

マルクスの歴史分析は、社会的な生産関係、階級関係、経済的構造などを対象としている。

これに対して本理論のQは、過去の履歴が後続構造の同一性条件を成立させる構成的前史としての資格を持つかどうかを判定する一般的な枠組みである。

したがって、マルクスの歴史分析から、そのままH1〜H6やE1・E2が導かれるわけではない。

また、マルクスが述べる具体的な全体の思考による再構成と、本理論の歴史的遡及性も区別する必要がある。

本理論が問題にするのは、後続構造の成立によって、過去の履歴が単なる背景ではなく、その構造の同一性を成立させる実際の構成的依存経路として認定されるということである。

この点で、マルクスの方法論は、本理論の認識論的・構造論的な背景を考えるために重要だが、Qと同一の理論ではない。

比較の結論:マルクスは、社会的な全体を多様な規定の統一として捉え、歴史的・社会的な関係のなかで個々の契機を理解した。本理論は、その構造的な問題意識を参照しながら、過去の履歴が後続構造の同一性を成立させるための資格を、独立した存在論的条件によって定式化しようとする。


14-11.フロイト――Nachträglichkeit・事後性・過去の意味の遡及的な成立

14-11-1.過去の出来事は、後から意味を持つことがあるのか

歴史的遡及性を考えるうえで、もう一人重要な思想家がいる。

それがフロイトである。

フロイトの精神分析には、Nachträglichkeitという概念がある。

一般には、「事後性」「遅れての作用」「事後的な意味づけ」などと訳される。

この概念は、過去の出来事が、その出来事が起こった時点では十分に理解されていなかったとしても、後続する経験によって新たな意味や心理的な作用を持つようになるという問題を扱う。

ここでは、単純な時間の順番だけでは説明できない心理的な時間構造が問題となっている。

14-11-2.二段階の時間構造

Nachträglichkeitを理解するためには、過去の出来事と後続する経験の関係を考えなければならない。

例えば、幼少期にある出来事を経験したとする。

その時点では、その出来事が持つ意味を十分に理解できない。

しかし、成長した後で、別の経験を通じて、その出来事の記憶が再活性化される。

すると、過去の出来事は、当時とは異なる心理的な意味を持つようになる。

ここでは、二つの時間的な契機が存在している。

第一は、過去の出来事が経験される時点である。

第二は、その経験が後続する出来事によって再び活性化され、新たな意味や作用を持つ時点である。

重要なのは、後続する経験が過去の出来事そのものを変更するわけではないということである。

変化するのは、その出来事の記憶や心理的な作用、現在における意味である。

14-11-3.エマの事例

この問題を説明する代表的な事例が、フロイトの「エマ」の症例である。

これは1895年の『科学的心理学草稿』に登場する事例である。

フロイトは、エマの症例を通じて、ある経験が後続する経験によって遡及的に意味を持つようになる過程を説明しようとした。

この議論では、過去に経験した出来事が、その時点では十分に心理的な意味を持たなかったとしても、後の出来事によって再び想起されることで、新たな心理的作用を持つ場合がある。

フロイトにとって、トラウマ的な作用は、必ずしも最初の出来事だけで完結しているわけではない。

後続する経験との関係によって、過去の出来事が新たな仕方で作用することがある。

ここでは、時間的に後の出来事が、過去の記憶に新たな意味を与えるという構造が存在している。

14-11-4.Nachträglichkeitは単なる回想ではない

この概念を単なる回想と混同してはならない。

回想は、過去に起こったことを現在思い出すことである。

しかし、Nachträglichkeitでは、後続する経験によって過去の出来事の心理的な意味や作用そのものが変化する。

そのため、過去から未来へ向かう時間的な方向だけではなく、未来から過去の記憶へ向かう作用も問題になる。

この時間構造は、単純な線形時間では捉えにくい。

ただし、フロイトのNachträglichkeitは、現在の哲学における一つの完成した時間存在論として体系化された概念ではない。

フロイトの著作や症例のなかで複数の仕方で用いられ、その後、ラカンやラプランシュなどによって再解釈・展開されてきた。

したがって、フロイトの概念と後続する精神分析理論を区別する必要がある。

14-11-5.ラカンとラプランシュによる展開

ラカンは、フロイトのNachträglichkeitに含まれる遡及的な時間構造を、精神分析の理論のなかで重要な問題として扱った。

特に、過去の経験が後続する経験や象徴的な位置づけによって、遡及的に意味を持つようになるという問題が重要になる。

また、ジャン・ラプランシュは、フロイトの事後性の概念をさらに詳しく検討し、時間的な遡及性と心理的な意味の成立を分析した。

ここでは、単純に過去の記憶が後から解釈されるというだけではない。

主体の発達や、他者から与えられる意味、後続する経験との関係のなかで、過去の出来事の心理的な作用が成立する。

このように、Nachträglichkeitは、精神分析における時間の問題を考えるうえで重要な概念となっている。

14-11-6.フロイトと本理論の共通点

フロイトと本理論には、興味深い共通点がある。

第一に、過去の出来事が、時間的に先行しているという理由だけで、その意味や位置づけが完全に確定しているわけではないということ。

第二に、後続する出来事や構造との関係によって、過去の出来事の意味が新たな仕方で確定する場合があること。

第三に、時間的な順番と、意味や規定が成立する順番を区別する必要があること。

この点は、本理論の歴史的遡及性と比較することができる。

14-11-7.決定的な相違――心理的な事後性と存在論的な構成的前史

しかし、フロイトと本理論の相違は非常に大きい。

フロイトのNachträglichkeitが扱うのは、過去の経験や記憶が、後続する経験によって心理的な意味や作用を持つようになることである。

それに対して、本理論の歴史的遡及性は、ある過去の履歴が、後続構造の同一性条件を成立させる構成的な依存経路に含まれているかどうかを扱う。

例えば、ある組織が成立する以前の会議や規則の制定が、その組織の制度的な同一性を成立させていたとする。

この場合、後からその出来事をどのように理解するかとは独立して、実際の構成的依存関係が成立していたことが重要になる。

つまり、本理論は、主体が過去をどのように経験し直すのかを問題にしているわけではない。

過去の履歴そのものが、後続構造の存在論的な成立にどのように関与しているのかを問題にしている。

この違いを明確にする必要がある。

フロイトの事後性は、過去の意味の心理的・時間的な再編成を扱う。

本理論の歴史的遡及性は、過去の履歴が後続構造の同一性に対して持つ構成的資格を扱う。

比較の結論:フロイトは、後続する経験によって過去の記憶や心理的な作用が遡及的に意味づけられるという時間構造を明らかにした。本理論は、その遡及性を心理的な意味の再編成とは区別し、過去の実在的な履歴が後続構造の同一性を構成する存在論的関係として定式化しようとする。


14-12.比較研究の総括――先行研究は何を説明し、本理論は何を追加するのか

ここまで、アリストテレス、スコトゥス、ライプニッツ、スピノザ、シモンドン、ドゥルーズ、ヘーゲル、シェファー、現代のgrounding論、マルクス、フロイトを取り上げてきた。

これらの哲学者は、同じ問題を同じ仕方で扱っているわけではない。

しかし、それぞれが、本理論の成立にとって重要な問いを提示している。

そこで、各理論の主要な問題と、本理論との関係を整理しておきたい。

思想家・研究領域中心的な問題代表的な概念本理論との主な接点
アリストテレス実体と統一の根拠形相・質料・可能態・現実態・優先性存在論的統一と優先性
スコトゥス個体性の最終根拠共通本性・ハエッキタス個体化の根拠
ライプニッツ個体と完全な規定完全個体概念・識別不能者同一個体と歴史の関係
スピノザ複合個体の同一性運動と静止の比率・コナトゥス関係的な個体化と持続
シモンドン個体化以前の生成前個体的なもの・準安定性・転導前個体的差異と個体化
ドゥルーズ差異から個体への生成仮想的多様体・強度・特異点差異の存在論
ヘーゲル規定の自己成立反省・差異・根拠・全体と部分相互構成と遡及的な規定
シェファー全体と部分の優先性優先的一元論存在論的優先性
現代grounding論何が何を基礎づけるのかGrounding・非対称性構成的依存OD
マルクス社会的全体と歴史具体的な全体・生産関係構造と歴史的分析
フロイト過去の意味の遡及性Nachträglichkeit時間的遡及性

この比較から、本理論の位置づけが見えてくる。

14-12-1.個体化の問題について

アリストテレスは、形相によって質料が一つの存在者として統一されることを論じた。

スコトゥスは、共通本性だけでは説明できない個体性を、ハエッキタスによって説明した。

ライプニッツは、完全個体概念によって個体に属する述語や履歴を統合した。

スピノザは、部分相互の運動と静止の一定の秩序によって複合個体の同一性を説明した。

シモンドンは、個体化以前の準安定な状態から個体が生成する過程を論じた。

ドゥルーズは、差異的な多様体や強度を通じて個体の成立を説明した。

これらはすべて、個体が何であるのか、どのような条件で個体として成立するのかという問題に関係している。

本理論は、これらの議論を参照しながら、個体化以前の差異場Δから構造が成立し、その内部の契機が構造項として個体化されるという一連の関係を明示する。

14-12-2.構造と優先性の問題について

ヘーゲルは、同一性や差異、根拠、全体と部分の関係を通じて、規定が相互に媒介される構造を明らかにした。

シェファーは、全体が部分に対して存在論的に優先するという優先的一元論を提示した。

現代のgrounding論は、あるものが別のものを存在論的に基礎づける関係を分析した。

本理論は、これらの問題を参照しながら、特定の構造の内部において、個体化された構造項のあいだに成立する構成的同一性依存ODを定式化する。

そして、その非対称性によって構造相対的第一性を説明する。

14-12-3.歴史的遡及性の問題について

マルクスは、社会的な全体や歴史的な関係のなかで個々の契機を理解する方法を示した。

フロイトは、後続する経験によって過去の記憶や心理的作用が遡及的に意味づけられることを論じた。

ライプニッツは、個体の完全概念に過去・現在・未来の述語が含まれることを論じた。

本理論は、これらの議論を参照しながら、過去の履歴が後続構造の同一性条件を成立させる構成的前史としての資格を持つための条件を定式化する。

ここでは、単なる時間的先行性や因果的影響、心理的な意味づけとは異なる、存在論的な構成的依存が問題になる。

14-12-4.本理論の独自性をどこに求めるのか

以上の比較から、本理論の独自性を、単に「関係を重視すること」や「個体化を問題にすること」に求めることはできない。

これらの問題は、哲学史のなかで長く議論されてきたからである。

むしろ、本理論の独自性を検討する際には、次の一連の論証が重要になる。

第一に、個体化以前の差異場Δから出発し、構成的関係によって構造が成立すること。

第二に、K・B・Πによって構造の同一性条件を独立に確定すること。

第三に、構造内部の差異的契機が、I-1〜I-4の条件を満たすことによって、構造項として個体化されること。

第四に、個体化された構造項のあいだにODが成立し、その非対称性によって第一性が成立すること。

第五に、時間的に先行する履歴について、H1〜H6およびE1・E2によって構成的前史の資格を判定すること。

第六に、B1・B2・B3・Mιによって、構造内部の論証と歴史的論証を同一の構成的依存秩序に接続し、T3として統合すること。

本理論が目指しているのは、これらの問題を一つずつ扱うだけではなく、個体化・第一性・歴史的遡及性を一つの存在論的体系として接続することである。


15.本理論が主張すること、主張しないこと

ここまでの説明を読んで、読者のなかには、次のような疑問を持つ人もいるかもしれない。

結局、本理論は、すべてのものが関係や構造によって成立していると主張するのだろうか。

あるいは、個体は存在せず、関係だけが存在していると主張するのだろうか。

この点は明確にしておきたい。

本理論は、個体の存在そのものを否定するものではない。

また、すべての存在者が、必ず同じ仕方で構造から成立すると主張するものでもない。

本理論が主張するのは、個体性や第一性の存在論的成立を説明しようとする場合、それらを最初から完成した事実として置くのではなく、構成的な根拠を示す必要があるということである。

そのため、対象によって、構造の成立条件や個体化の条件、同一性の基準は異なる。

例えば、渦の個体性を成立させる条件と、オーケストラの制度的な役割を成立させる条件は同じではない。

また、生物学的な系譜の歴史的同一性と、組織の歴史的同一性も同じではない。

本理論は、これらを一つの具体的な条件に押し込めるのではなく、共通する存在論的な問題を、対象ごとの適切な水準において説明しようとする。

15-1.第一性は、重要性や権力の序列ではない

あるものが他のものより重要であることと、存在論的に第一であることは同じではない。

例えば、ある組織で実際の業務を担う人々がいなければ、その組織は活動できないかもしれない。

しかし、特定の役職の権限を決定する制度的な規則が、その役職の同一性を成立させているならば、その規則や権限関係には、特定の制度的な次元で第一性が成立する可能性がある。

一方の重要性と、他方の構成的な優先性は区別しなければならない。

15-2.時間的に先に存在するものが、必ず第一なのではない

あるものが別のものよりも先に存在していたとしても、それだけで第一性が成立するわけではない。

第一性は、時間的な順番ではなく、構成的同一性依存の非対称性によって決まる。

また、歴史的前史についても、過去に存在したというだけで後続構造の構成的条件になるわけではない。

その履歴が実際に後続構造の同一性を成立させていたことを示さなければならない。

15-3.後から名前を与えただけでは、構造や歴史は成立しない

あるものを後から構造の一部として分類したり、過去の出来事を重要な起源として語ったりすることはできる。

しかし、命名や解釈によって、存在論的な構成関係そのものが生み出されるわけではない。

構造の同一性条件や、歴史的な構成的前史の資格は、実際に存在する関係や過程に基づいて判定しなければならない。

この点で、本理論は、単にものごとをどのように理解するのかという認識論の問題にとどまらず、何が実際に何を成立させているのかという存在論の問題を扱っている。

15-4.第一性の成立は、個別の対象について論証しなければならない

本理論の形式的な体系が成立していることと、あらゆる具体的な対象について第一性が証明されていることも同じではない。

例えば、ある組織において総会の権限が会計担当職の同一性を成立させていると主張するならば、その組織の規則や権限関係を実際に調べなければならない。

また、ODの非対称性を示すためには、逆方向の依存が成立していないことも確認しなければならない。

歴史的前史についても、過去の履歴が構造的閉包Bに含まれていることを、独立した基準と証拠によって示す必要がある。

このように、本理論は、形式的な定義を作ることだけで完結するものではない。

個別の実在対象について、その定義と条件が実際に成立していることを示す必要がある。


16.二本の論文が示す存在論の全体像

最後に、第一論文と第二論文を通じて、本理論が何を明らかにしようとしているのかを改めて整理したい。

第一論文の中心にあるのは、個体性と第一性の成立順序を問い直すことである。

通常、私たちは、個々のものが最初から完成した個体として存在し、それらのあいだに関係が成立すると考えがちである。

しかし、本理論では、個体化以前の差異から出発し、その差異が構成的関係によって組織化されることで、構造が成立すると考える。

さらに、その構造の内部で差異的な契機が構造項として個体化され、構成的同一性依存の非対称性によって第一性が成立する。

第二論文では、この説明を時間的に先行する歴史的履歴にまで拡張する。

構造が成立する以前に実際に存在していた履歴が、後続構造の同一性条件を成立させる構成的前史としての資格を持つ場合がある。

しかし、その資格は、単なる時間的先行性や因果的影響、事後的な物語によって決まるわけではない。

実際の構成的寄与、追跡可能な連結、構造的不変項との関連性、歴史的経路の必要性などを確認しなければならない。

さらに、その歴史的前史が構造内部の個体化と第一性の論証に接続されるためには、同じ構造個体、同じ同一性水準、同じ構成的閉包が共有されていなければならない。

この二つの論文を統合すると、次のような一つの存在論的な構図が見えてくる。

第一に、個体は、必ずしも個体化以前から完成した存在者として成立しているわけではない。

個体性は、前個体的差異と構成的関係の秩序を通じて成立する。

第二に、構造の成立によって、その内部に存在する差異的契機の個体性と位置づけが確定する。

構造項は、単独であらかじめ完成しているのではなく、構造との関係によって特定の役割や同一性条件を持つ。

第三に、構造項のあいだの非対称的な構成的同一性依存によって、第一性が成立する。

ある構造項が別の構造項の同一性条件を構成的に成立させ、その逆方向の依存が存在しない場合、前者は後者に対して構造相対的第一性を持つ。

第四に、構造の成立以前に存在した歴史的履歴も、後続構造の構成的前史としての資格を持ちうる。

ただし、そのためには、実際の構成的寄与と歴史的連続性、構造的不変項との関連性を確認しなければならない。

第五に、構造内部の個体化と歴史的前史は、同一の構成的依存秩序に接続される場合に統合される。

これによって、個体化、第一性、歴史的な生成という三つの問題が、一つの存在論的体系のなかで結びつく。


おわりに――存在の順番をもう一度考える

私が「第一性の遡及的成立」という理論を考え始めたとき、最初に問題となったのは、あるものが第一であるということの意味だった。

あるものが最初に存在していることと、あるものが存在論的に第一であることは、本当に同じなのだろうか。

あるものを第一のものとして理解するためには、そのものが成立する条件や、他のものとの関係を考えなければならないのではないか。

しかし、考察を進めるうちに、問題は第一性だけではないことが明らかになった。

そもそも、あるものが一つの個体として成立するためには何が必要なのか。

その個体を成立させている構造は、どのようにして一つの構造として成立しているのか。

構造と構造項は、どのような関係によって互いに成立させ合っているのか。

そして、その構造が成立する以前の過去の出来事は、後続する構造の同一性にどのような意味を持つのか。

これらは、互いに独立した問題のように見える。

しかし、共通する問いがある。

それは、あるものが何であるのか、なぜそれが一つのものとして成立しているのか、そして何に対して第一であるのかということは、そのものの成立条件や、他のものとの構成的な関係から独立して決まるわけではないのではないか、という問いである。

私たちは、何かを認識するとき、しばしば目の前にあるものを完成した個体として捉え、そこから考え始める。

しかし、そのものを成立させている条件を詳しく調べていくと、最初に出発点としていたものの位置づけが変化することがある。

最初に独立したものとして考えていたものが、実際にはより広い構造のなかで初めて特定の個体として成立していたことが分かる場合がある。

また、最初は単なる過去の出来事だと思っていたものが、後続する構造の同一性を成立させるための不可欠な構成的前史だったと分かる場合もある。

ここでは、最初に見えていたものと、実際にそれを成立させているものとの順番が転倒している。

私が「第一性の遡及的成立」において考えたいのは、この順番の転倒である。

それは、単に私たちの認識の仕方を変更することではない。

何が何を成立させているのかという、存在そのものの秩序を問い直すことである。

個体から関係へではなく、個体化以前の差異と構成的関係から個体へ。

個体化されたという事実から直ちに第一性を認めるのではなく、構成的同一性依存の非対称性から第一性へ。

時間的に先行した過去をそのまま前史とみなすのではなく、後続構造との実際の構成的連結から歴史的資格へ。

そして、これらを一つの構成的依存秩序のなかで理解すること。

このようにして、私たちが当然のものとして受け入れている個体、関係、構造、歴史の順番を改めて考えることができる。

「第一性の遡及的成立」とは、何が第一であるかを最初から決めるのではなく、何が何を成立させているのかを明らかにすることによって、第一性そのものの成立根拠を示そうとする構造的存在論なのである。


参考論文・関連研究

本記事で説明した理論の正式な定義、命題、証明、反論への応答については、以下の二本の論文を参照してほしい。

第一論文

構造的個体化から第一性へ――「第一性の遡及的成立」における構造的存在論

前個体的差異場Δ、構成的関係Rᶜ、構造的個体化I₀、構造項の個体化I、構成的同一性依存OD、構造相対的第一性を扱う。

第二論文

歴史的前史の構成的資格と第一性の遡及的成立――構造的個体化の通時的拡張

通時的構成的依存、歴史的前史の資格Q、H1〜H6、E1・E2、命題P5・P6、統一定理T3を扱う。

比較哲学研究

「第一性の遡及的成立」をめぐる比較哲学研究

個体化、構造的優先性、grounding、歴史的遡及性などの問題を通じて、先行研究との比較を行っている。

理論形成の過程

第一性の遡及的成立①――スピノザ・ヘーゲル・ドゥルーズを横断する哲学的仮説

第一性の遡及的成立②――スピノザの個体論における全体と部分の関係

第一性の遡及的成立③――第一性は関係や構造から独立して成立するのか

第一性の遡及的成立㉛――個体・関係・構造の順番を転倒させる存在論

これらの連載記事では、理論の初期仮説から、個体化の根拠、構造と構造項の相互構成、第一性の成立、歴史的遡及性、先行研究との比較、最終的な論証体系の構築に至るまでの研究過程を記録している。

本記事は、その研究過程を踏まえ、現在の第一論文・第二論文の改稿版に基づいて理論全体を初学者向けに再構成した入門編である。

第14節の研究上の参照文献

思想家原典・主要研究文献
アリストテレス『カテゴリー論』、『形而上学』Γ・Δ・Ζ・Θ巻、『自然学』、『政治学』第一巻・第三巻。Stephen Makin, “What Does Aristotle Mean by Priority in Substance?”
スコトゥスOrdinatio II, d.3, p.1, qq.1–6。Richard Cross, Duns Scotus。SEP “Medieval Theories of Haecceity”
ライプニッツ『形而上学叙説』第8〜9節、『モナドロジー』、『神学と理性の一致について』。SEP “Gottfried Wilhelm Leibniz”
スピノザ『エチカ』第二部定理13・物理学的挿入部分・第三部定理6〜7。SEP “Spinoza’s Physical Theory”
シモンドンL’individuation à la lumière des notions de forme et d’information。David Scott, Gilbert Simondon’s Psychic and Collective Individuation。The Edinburgh Companion to Gilbert Simondon(2025)
ドゥルーズ『差異と反復』第一・二・五章。SEP “Gilles Deleuze”
ヘーゲル『大論理学』第一巻「存在論」・第二巻「本質論」・第三巻「概念論」。Cambridge University Press, The Science of Logic, “Ground”
シェファー“Monism: The Priority of the Whole” (2010)。 “The Internal Relatedness of All Things” (2010)
現代grounding論Kit Fine, “The Question of Realism” (2001), “Guide to Ground” (2012)。SEP “Metaphysical Grounding”
マルクス『経済学批判要綱』1857年「序説」。Marcello Musto, “History, Production and Method in the ‘1857 Introduction’”
フロイト『科学的心理学草稿』(1895年)。Friedrich-Wilhelm Eickhoff, “On Nachträglichkeit: The Modernity of an Old Concept” (2006)

オンライン研究資料

アリストテレスの形相質料論と実体の優先性については、Stanford Encyclopedia of Philosophy: Form vs. Matter および Aristotle’s Metaphysics が参考になる。特に形相が質料を一つの個体として統一する議論と、実体・現実態の優先性を確認できる。

スコトゥスの共通本性とハエッキタスについては、Medieval Theories of Haecceity が、数的一性と共通本性の一性の区別まで詳しく扱っている。

スピノザの身体の個体化については、Spinoza’s Physical Theory が、運動と静止の比率、個体の存続、複合的な個体の階層性を扱っている。

シモンドンとドゥルーズの関係については、Simondon: Individuation in Light of Notions of Form and Information、The Edinburgh Companion to Gilbert Simondon、Gilles Deleuze が重要である。

ヘーゲルの本質論・根拠論については、Georg Wilhelm Friedrich Hegel および Cambridge University Press: Ground が参考になる。

シェファーの優先的一元論については、Monism: The Priority of the Whole、内部関係論についてはThe Internal Relatedness of All Things を参照できる。

現代のgrounding論については、Stanford Encyclopedia of Philosophy: Metaphysical Grounding が全体的な研究の出発点になる。

マルクスの方法論については、1857年『経済学批判要綱』序説、フロイトの事後性については、Eickhoff, On Nachträglichkeit がそれぞれ参考になる。

コメント

タイトルとURLをコピーしました