はじめに――私たちは存在の順番を取り違えているのではないか
私たちは普段、世界を次のように理解している。
まず、個々のものが存在する。
次に、それらのものが互いに関係を結ぶ。
そして、その関係によって、全体や組織や社会といったものが成立する。
例えば、会社について考えてみよう。
まず、個々の人間が存在する。
その人たちが集まり、役割を分担し、互いに協力することによって会社が成立する。
この説明は、日常的にはまったく自然なものに思える。
しかし、ここには一つの問題がある。
そもそも、ある人がその会社において何者であるかは、会社という組織と無関係に決まっているのだろうか。
ある人物は、一人の人間として会社の成立以前から存在している。しかし、その人物が社長であるか、社員であるか、経理担当者であるか、あるいは創業者であるかは、会社の組織や歴史との関係によって決まる。
つまり、その人物は個体としては会社に先立って存在していても、会社の構成員としての位置や役割は、会社という構造との関係によって成立している。
ここで、私たちが普段想定している存在の順番に疑問が生じる。
個体が先に存在し、後から関係を形成するのではなく、あるものが特定の構造において何であるかは、その構造との関係によって初めて決まるのではないか。
そして、この問題をさらに突き詰めると、もう一つの問いに行き着く。
あるものが他のものに対して第一であるということも、最初からそのものに備わっている性質なのだろうか。
それとも、ある構造の成立によって初めて、そのものが第一のものとして成立するのだろうか。
私が構築してきた「第一性の遡及的成立」は、この問いから出発する。
本稿では、この理論の専門的な定義や公理を最初から提示するのではなく、具体的な例を通じて、なぜこのような存在論が必要になるのかを説明していきたい。
最終的には、個体性、構造、第一性、歴史という一見異なる問題が、一つの原理によってどのように結びつくのかを明らかにする。
Ⅰ.個体が先なのか、それとも関係が先なのか
1.渦はどこに存在しているのか
まず、一つの簡単な例から考えてみたい。
川の中に渦ができているとする。
渦を一つの存在として考えるとき、私たちはそれを川の水とは別の物体として認識するわけではない。
渦を構成しているのは、あくまでも水である。
しかし、渦は単に水が集まっている状態ではない。
水の流れ、速度、方向、圧力などが特定の関係を形成することによって、渦という一つのまとまりが成立している。
ここで考えてみよう。
渦を構成している水の一部が入れ替わったとしても、渦の形や流れのパターンが維持されていれば、私たちは同じ渦が存在し続けていると考えることができる。
逆に、水そのものが残っていても、流れの関係が崩れれば、渦は消滅する。
つまり、渦の同一性を決めているのは、構成している水の一つひとつの物質的な同一性だけではない。
水の間に成立している関係的な秩序である。
この例から、次のことが分かる。
あるものの個体性や同一性は、それを構成する要素だけによって決まるのではなく、それらを一つのものとして成立させている関係的な秩序によって決まる場合がある。
ここで重要なのは、渦が水から独立して存在しているわけではないということである。
渦は水によって具体的に実現される。
しかし、その水が渦として何であるかは、渦を成立させる関係的な秩序によって決まる。
つまり、構成するものと、構成される全体との間には、単純な一方向の関係だけでは説明できない結びつきが存在する。
2.生命体の場合
この問題は、生命体を考えるとさらに分かりやすい。
例えば、人間の身体は、多数の細胞、組織、器官によって構成されている。
それぞれの細胞は物質的な存在として成立している。しかし、その細胞が身体のどの部分に位置し、どのような機能を担うのかは、身体全体の構造との関係によって決まる。
心臓の細胞は、単に他の細胞と同じように存在しているのではない。
身体全体の循環系に組み込まれることによって、心臓を構成する細胞としての位置と機能を持つ。
一方で、身体全体もまた、細胞や器官によって具体的に実現されている。
身体は細胞なしに成立するわけではない。
しかし、細胞の役割は、細胞だけを取り出しても十分には説明できない。
ここでは二つの方向が存在している。
- 細胞や器官が身体全体を構成する。
- 身体全体の構造が、細胞や器官の位置・役割を規定する。
この二つは矛盾しない。
なぜなら、同じ関係を反対方向から説明しているのではなく、異なる水準の成立条件を説明しているからである。
この点は、後で述べる「構造と構造項の相互構成」に関わる重要な問題である。
3.個体性を最初から前提にしてはいけない
ここまでの例から、ある問題が見えてくる。
私たちが普段、個体と呼んでいるものは、本当にあらゆる関係から独立して、それ自体で個体として成立しているのだろうか。
もちろん、人間の身体や細胞は、それぞれ独立した存在として認めることができる。
しかし、それらが特定の構造の内部において何であるかは、その構造との関係によって決まる。
つまり、個体として存在することと、特定の構造において一つの構造項として成立することは区別されなければならない。
この区別をしないまま、完成した個体を最初に置いてしまうと、個体性そのものがどのように成立するのかという問題が残る。
そこで、私は存在論の出発点を変更する。
個体化されたものを最初に置くのではなく、個体化以前の差異的な条件から出発する必要がある。
Ⅱ.個体化以前の差異――前個体的差異場 Δ
1.何も区別されていないところから、何かは生まれるのか
ここで、さらに根本的な問いを考えてみたい。
もし、存在の最初の状態が完全に均質で、何の差異もないものだったとする。
そこから、どうして異なる複数のものが成立するのだろうか。
完全に同一で、何の違いもないものの中には、何かを区別するための条件が存在しない。
仮に、そこから異なる二つのものが生まれたとすれば、その違いはどこから生じたのだろうか。
もし外部から違いが加わったのであれば、その外部のものが新たな存在論的前提になる。
もし最初の状態の内部に違いがあったのであれば、それはすでに完全な均質性ではなかったことになる。
したがって、個体化を説明するためには、個体化以前の段階においても、何らかの差異化の可能性が存在していなければならない。
ここで導入するのが、前個体的差異場 Δ という概念である。
2.前個体的差異場 Δ とは何か
Δ とは、個体化された複数の存在者が集まったものではない。
それは、個体性や数的な同一性が成立する以前に存在する、異質性、強度差、潜在的な緊張、相互規定可能性などを備えた差異的な基礎である。
例えば、まだ特定の形を持たない水の流れを考えてみよう。
そこには、水の速度や方向、圧力などの違いが存在している。
それらの違いが特定の条件のもとで組織化されることによって、渦という一つのまとまりが成立する。
このとき、渦が成立する以前に、水の流れの中に存在していた差異的条件が、個体化の基礎になっている。
もちろん、これは Δ のすべてを物理現象に還元できるという意味ではない。
重要なのは、個体化以前の基礎を、完全に均質な一つのものとして考える必要はないということである。
Δ には、個体化を可能にする差異的な条件が内在している。
ここで一つ注意しておきたい。
Δ に存在する差異は、すでに独立した個体の複数性ではない。
個体化以前の差異であり、まだ完成した個体として成立していない。
そのため、本理論では、これらの差異を分析上区別する場合に、構造的契機 mᵢ という記号を用いる。
mᵢ は、独立した実体ではなく、前個体的差異場に内在する差異的な契機を意味する。
3.差異から構造へ
では、前個体的差異場 Δ に存在する差異は、どのように個体性へとつながるのだろうか。
差異が存在するだけでは、まだ個体は成立しない。
なぜなら、異なる条件が存在していても、それらが一つのまとまりを形成するとは限らないからである。
必要なのは、それらの差異が特定の関係を形成し、一つの統一的な秩序を成立させることである。
これが構造の成立である。
私は、この構造を次のように定義する。
構造とは、前個体的差異場に内在する差異的契機が、相互の関係と制約によって組織化され、一つの統一的な秩序を形成したものである。
ここで重要なのは、構造が単なる要素の集合ではないということである。
構造を成立させるためには、要素同士の関係だけでなく、それらを一つの構造として維持するための条件が必要になる。
その条件を、構造的不変項 K(S) と呼ぶ。
K(S) とは、ある構造 S が一定の変化を経ても、同一の構造として成立し続けるために維持されなければならない関係的・制約的な条件である。
例えば、渦を構成する水が入れ替わっても、流れの秩序が維持されていれば、渦は存続する。
この場合、渦の同一性を支えているものは、水の一つひとつの物質的な同一性ではなく、渦を成立させる関係的な秩序である。
このように、構造の統一性は、構成要素の単純な集合ではなく、それらの関係的秩序と不変項によって成立する。
Ⅲ.構造から個体が成立する――個体化関係 I
1.構造項は、構造との関係によって何者かになる
ここまでの議論を整理すると、次の順序になる。
まず、個体化以前の差異的条件 Δ が存在する。
その差異的条件が相互に組織化され、構造 S が成立する。
そして、この構造の内部に存在する差異的契機が、特定の位置や役割を持つものとして成立する。
ここで重要なのは、構造の内部にある契機が、最初から完成した個体として存在しているわけではないという点である。
構造の成立によって、その契機が何であるかが決まる。
この関係を、個体化関係 I と呼ぶ。
その基本的な表記は次のとおりである。
I(S, mᵢ → xᵢ)
これは、構造 S が、差異的契機 mᵢ を構造項 xᵢ として個体化することを意味する。
つまり、構造が成立することによって、それまで個体として確定していなかった契機に、特定の位置、役割、同一性条件が与えられるのである。
2.オーケストラの例
このことを、オーケストラで考えてみよう。
オーケストラには、弦楽器、管楽器、打楽器など、さまざまな演奏者がいる。
それぞれの演奏者は、オーケストラに所属する以前から、一人の人間として存在している。
しかし、その人物が「第一ヴァイオリン奏者」であるとか、「首席奏者」であるとか、「特定のパートの構成員」であるということは、オーケストラの構造との関係によって成立する。
同じ人物であっても、別のオーケストラに所属すれば、異なる役割を担うことがある。
つまり、その人物の人間としての個体性は変わらなくても、オーケストラの構成員としての個体性や位置づけは、構造によって規定される。
ここでは、次の二つを区別しなければならない。
- 一人の人間として存在すること。
- 特定のオーケストラの構造項として存在すること。
後者は、構造との関係によって初めて成立する。
このように、あるものは、それ自体として存在することと、特定の構造の内部において何者かとして成立することの両方を持つ。
本理論が問題にしているのは、後者の存在論的な成立条件である。
3.構造の統一性を、別の統一者によって説明する必要はない
ここで、さらに重要な問題がある。
構造を一つのまとまりとして理解するとき、そのまとまりを成立させている何か別の存在者が必要なのではないか、という問題である。
しかし、もし構造を統一するために、さらに別の統一者を導入するならば、その統一者の統一性もまた説明しなければならなくなる。
これでは、説明が無限に後退してしまう。
そこで本理論では、構造の統一性を、構造の外部にある別の実体によって説明しない。
構造の統一性は、構成的な関係の連結性、共通の不変項、そしてそれを実現するための構成的依存関係の閉包によって成立する。
つまり、構造は、別の統一者によって一つにまとめられるのではなく、その構成的な秩序そのものによって一つの全体を形成するのである。
Ⅳ.構造と構造項は互いに成立させ合う
1.一方向の関係では説明できない
ここまでの説明では、構造が構造項を個体化するという方向を中心に考えてきた。
しかし、実際には、構造もまた、その内部にある構造項によって具体的に実現されている。
例えば、オーケストラは、演奏者によって具体的に成立している。
演奏者が存在しなければ、実際の演奏は成立しない。
一方で、演奏者がオーケストラの内部でどのような役割を持つかは、オーケストラの構造によって決まる。
ここには、双方向の関係が存在する。
この問題を説明するために、本理論では二つの関係を明確に区別する。
C:構造項による構造の具体的実現
I:構造による構造項の個体化
C は、すでに成立している構造項が、より上位の構造を具体的に実現する関係である。
I は、構造が内部の契機に特定の位置や役割を与え、構造項として個体化する関係である。
2.なぜ循環論法ではないのか
ここで、次のような疑問が生じるかもしれない。
構造項が構造を成立させる一方で、構造が構造項を成立させるのであれば、説明が循環しているのではないか。
この問題は、構造の階層を区別することで解決できる。
例えば、細胞が組織を構成し、その組織が身体という上位の構造に組み込まれる場合を考える。
細胞は、組織に組み込まれる以前から、下位水準の個体として成立している。
その細胞が組織を構成することによって、組織という上位構造が具体的に実現する。
しかし、その細胞が組織の内部でどのような位置や機能を持つかは、組織の構造によって規定される。
つまり、
- 下位水準の個体が上位構造を成立させる。
- 上位構造が、下位個体に対して上位水準での位置や役割を与える。
という二つの異なる関係が存在する。
ここで、同じ対象を同じ意味で互いに説明しているわけではない。
下位水準での個体性と、上位構造内部での個体性は異なる。
したがって、構造と構造項の相互構成は、単純な循環論法ではない。
この区別によって、構造的な個体化は、階層的に成立することが説明できる。
一つの存在者が、ある構造においては個体として成立し、別の構造においては個体化されるべき構造項として成立するのである。
Ⅴ.第一性とは何か――時間的な先行ではなく、存在論的な優先性
ここまでの議論によって、構造内部の個体性がどのように成立するのかを説明できた。
しかし、ここからが本理論の中心的な問題である。
複数の個体が構造内部で成立したとして、そのなかで、あるものが他のものに対して第一であるとは、どういうことなのだろうか。
1.第一であることは、最初に存在したことではない
私たちは「第一」という言葉を聞くと、時間的に最初に登場したものや、順位の一番目に位置するものを想像するかもしれない。
しかし、本理論における第一性は、時間的な先行性を意味しない。
例えば、ある会社の創業者は、会社の成立以前から存在していた。
しかし、その人物が会社に対して第一であるということは、単にその人が時間的に先に存在していたという意味ではない。
重要なのは、その人物が会社の構造を成立させるうえで、他の構成要素の位置や役割を決定するような関係を持っているかどうかである。
つまり、第一性とは、単に時間的に早いことではなく、存在論的に何が何を成立させているかという優先性の問題なのである。
2.法制度の例――なぜ憲法は法律に対して第一なのか
この違いを理解するために、法制度を考えてみよう。
ある社会に憲法と個々の法律が存在するとする。
憲法は、法律がどのような条件を満たせば有効な法として成立するのか、その基本的な枠組みを定める。
個々の法律は、憲法や法体系の規則に従って制定され、その有効性を判断される。
この意味で、憲法は、個々の法律が法として成立するための条件を規定している。
一方、個々の法律が存在するからといって、それによって同じ意味で憲法の法的な位置づけが決まるわけではない。
ここでは、憲法と法律の間に、法的な有効性という規定次元における非対称的な関係が存在している。
これが、本理論における第一性の一つの例である。
ただし、憲法があらゆる意味で法律に優先するということではない。
憲法の成立や実効性は、政治的な制度、社会的な承認、歴史的な経緯などにも依存する。
つまり、法的有効性という規定次元では憲法が第一であっても、別の規定次元では異なる依存関係が成立しうる。
ここが重要である。
第一性は、あらゆる意味での絶対的な優位性ではなく、特定の構造と特定の規定次元における存在論的な優先性である。
3.第一性を決めるのは、同一性を規定する非対称的な関係である
ここで、第一性の成立条件をもう少し厳密に考えてみたい。
ある構造 S の内部に A と B が存在するとする。
A が B に対して第一であるというためには、単に A が B に影響を与えているだけでは不十分である。
必要なのは、A の規定が B の同一性条件を成立させる一方で、B の規定が A の同一性条件を同じ意味では成立させないことである。
この関係を次のように表記する。
A ≺_{S,d} B
ここで、
- A:第一性を持つ構造項
- B:A によって規定される構造項
- S:両者が属する構造
- d:第一性が成立する規定次元
を意味する。
例えば、法制度においては、憲法の規定が個々の法律の法的有効性を決定するという関係が、これに対応する。
ただし、これは法制度のあらゆる側面について憲法が絶対的に先行するという意味ではない。
重要なのは、第一性が成立する規定次元を限定することである。
さらに、A が B に何らかの影響を与えるだけでは第一性とはいえない。
A の規定が、B を B として成立させる同一性条件を完全かつ構成的に決定している必要がある。
この条件を満たさない部分的な影響関係と、第一性を成立させる同一性決定関係は区別されなければならない。
4.すべての構造に第一のものが存在するわけではない
ここで、もう一つ重要なことを確認しておきたい。
構造が成立しているからといって、必ずその内部に第一のものが存在するとは限らない。
例えば、二つの要素が完全に対称的な関係を形成している場合、どちらか一方が他方の同一性条件を一方向的に決定するとはいえない。
この場合、両者は構造内部で個体化されているが、第一性は成立していない。
また、ある項が別の項に対して第一であっても、さらに別の項との間には優先関係が存在しない場合もある。
したがって、本理論では、第一性が構造内部のすべての項を一列に並べる絶対的な順位を形成するとは考えない。
第一性は、特定の規定次元において成立する部分的な秩序なのである。
Ⅵ.なぜ第一性は遡及的に成立するのか
ここまでの議論を踏まえて、ようやく本理論の中心概念である「遡及性」を説明することができる。
1.構造が成立して初めて、構造項の意味が確定する
もう一度、オーケストラの例に戻ろう。
ある人物がオーケストラに参加したとする。
その人物は、参加する以前から一人の人間として存在している。
しかし、その人物が特定のオーケストラの第一ヴァイオリン奏者として何者であるかは、そのオーケストラの構造が成立して初めて確定する。
オーケストラの構造が存在しなければ、その人物がその組織においてどのような役割を担っているかという事実も成立しない。
つまり、個人が時間的に先に存在していても、その人物の構造内部での同一性や位置づけは、構造の成立によって確定する。
この意味で、構造は、内部の項の存在論的な資格を遡及的に成立させる。
ここでいう遡及とは、時間を逆向きに進んで過去を書き換えることではない。
構造が成立することによって、それ以前には確定していなかった構造内部での位置や役割が成立するという意味である。
私は、この作用を構造的・存在論的な遡及性と呼ぶ。
2.歴史もまた、後から成立する構造によって位置づけられる
さらに重要なのは、この遡及性が、構造内部の項だけでなく、構造の成立以前の履歴にも及ぶことである。
例えば、ある会社が設立されたとする。
設立以前に、数人の人間が集まって事業の構想を練り、試作品を作り、顧客を獲得していたとする。
その段階では、まだ会社という組織は存在していない。
しかし、その後、会社が正式に設立され、その事業や組織が継続していくと、以前の活動は単なる個人の活動ではなく、その会社の創業過程や成立の前史として位置づけられる。
もちろん、会社の設立以前に起きた出来事そのものが変化したわけではない。
以前の活動は、当時の出来事としてそのまま存在している。
しかし、会社という構造が成立することによって、その過去の活動が会社の成立にとってどのような意味を持っていたのかが確定する。
ここで重要なのは、過去の出来事なら何でも後から会社の歴史になるわけではないということである。
例えば、創業者が会社の設立以前に旅行したという事実があっても、その旅行が会社の成立や同一性に構成的に関係していなければ、会社の構成的な前史とはいえない。
一方、会社の基本的な事業構想を生み出した活動や、会社の成立条件を形成した共同作業は、その後の会社の構造的同一性に関わる前史となりうる。
したがって、歴史的遡及性には条件がある。
過去の履歴が後続する構造の構成的な前史として成立するためには、その履歴が構造の不変項を実現するための構成的依存関係に参与していなければならない。
単に時間的に先行しているというだけでは不十分なのである。
3.過去の事実と、過去の存在論的資格を区別する
ここで、もう一つ注意が必要である。
後続する構造によって過去が遡及的に確定すると言っても、過去の事実そのものが変更されるわけではない。
例えば、会社が設立されたからといって、設立以前の活動の内容が変わるわけではない。
変化するのは、その履歴が後続する構造に対して持つ存在論的な資格である。
ある出来事は、単なる過去の出来事として存在していた。
しかし、後続する構造との関係によって、その出来事は、その構造の成立に不可欠な前史として位置づけられる。
この区別が、歴史的遡及性を単なる後付けの解釈から区別する。
後から意味づけられたというだけでは不十分であり、実際に構造の同一性条件を成立させる構成的関係に参与している必要がある。
Ⅶ.二つの遡及性を統合する
ここまでの議論から、遡及性には二つの異なる形態が存在することが分かる。
第一は、構造的・存在論的な遡及性である。
構造の成立によって、その内部の項の個体性・同一性・位置・役割・第一性が確定する。
第二は、時間的・歴史的な遡及性である。
後続する構造の成立によって、それ以前に存在していた履歴が、その構造の構成的な前史として確定する。
一見すると、この二つは別々の問題に見える。
しかし、両者の根底には一つの共通原理が存在する。
それは、あるものが特定の構造において何であるかは、その構造の同一性を成立させる構成的な依存秩序によって確定するという原理である。
構造的・存在論的な遡及性では、その構造の内部にある項の個体性や第一性が確定する。
時間的・歴史的な遡及性では、その構造よりも前に存在していた履歴が、その構造の成立にとって持つ資格が確定する。
どちらの場合にも、構造の成立によって、それ以前には確定していなかった存在論的な位置づけが成立している。
このように、構造的遡及性と歴史的遡及性は、異なる時間的・存在論的水準における同一原理の適用として統合できる。
これが、本理論の大きな特徴である。
Ⅷ.「第一性の遡及的成立」が主張する七つの原理
ここまで説明してきた内容を、改めて整理しておきたい。
「第一性の遡及的成立」は、次の七つの基本的な立場から構成されている。
1.前個体的差異の原理
個体化された存在者に先立って、個体化を可能にする差異的条件が存在する。
それは完成した個体の集合ではなく、差異化の可能性を内在させた前個体的差異場 Δ である。
2.個体化根拠充足原理
個体性を存在論的に説明するならば、その数的統一と他の個体との差異を成立させる根拠を提示しなければならない。
個体性そのものを無根拠な事実として置くことは認めない。
3.差異の内在性原理
個体化を可能にする差異は、個体化以前の基礎に内在していなければならない。
完全な無差異性から差異化された個体が成立することはできない。
4.構造的個体化原理
個体性は、差異化された契機が構造的な関係秩序のもとで統一されることによって成立する。
個体性は構造の絶対的な前提ではない。
5.階層的相互構成原理
構造は構造項によって具体的に実現され、構造項は構造によって個体化される。
この二つの関係は異なる存在論的水準に属するため、単純な循環論法ではない。
6.構造相対的第一性の原理
第一性は、あるものにあらかじめ備わっている絶対的な属性ではない。
特定の構造と規定次元において、ある項が他の項の同一性条件を非対称的に決定するときに成立する。
7.歴史的遡及構成の原理
後続する構造は、それ以前に存在していた履歴のうち、その構造の成立に構成的に参与していたものを、構成的な前史として確定する。
過去の事実が変わるのではなく、過去の履歴が後続する構造に対して持つ存在論的資格が確定する。
Ⅸ.この理論は何を説明できるのか
ここまでの議論から、「第一性の遡及的成立」が説明する対象を整理できる。
第一に、個体性の成立である。
なぜあるものが一つの個体として成立するのか。なぜ他の個体と区別されるのか。
本理論は、それを前個体的差異と構造的個体化によって説明する。
第二に、構造の成立である。
なぜ複数の差異的契機が一つの統一的な全体を形成するのか。
それは、構成的関係、構造的不変項、構成的閉包によって説明される。
第三に、第一性の成立である。
なぜあるものが他のものに対して第一なのか。
それは、構造内部の非対称的な同一性決定関係によって説明される。
第四に、歴史的な位置づけの成立である。
なぜ過去のある出来事が、後続する構造の成立にとって重要な前史となるのか。
それは、その履歴が構造的不変項を実現する構成的依存関係に参与していたからである。
これらは、それぞれ独立した問題ではない。
すべてが、構造的不変項を実現する構成的な依存秩序という共通原理によって接続されている。
Ⅹ.先行研究との関係――何がこの理論の特徴なのか
ここまでの内容を読むと、構造や関係によって個体を説明する考え方は、すでに哲学史のなかに存在しているのではないかと思うかもしれない。
実際、個体化、構造実在論、存在論的依存、全体と部分の優先性、歴史的基礎づけについては、さまざまな先行研究が存在する。
例えば、シモンドンは前個体的な存在から個体化が成立する過程を論じた。
現代の構造実在論は、存在者を独立した実体としてではなく、構造や関係との結びつきから捉える。
また、現代形而上学の基礎づけ論は、あるものが別のものにどのように依存するか、そしてその依存関係にどのような非対称性があるかを分析している。
ジョナサン・シェーファーは、全体と部分の存在論的優先性を論じている。
さらに、時間を横断する基礎づけや起源と同一性の関係を扱う研究も存在する。
したがって、本理論の独自性を、単に「構造が個体に先立つ」という主張だけに求めることはできない。
重要なのは、これらの論点をどのように接続するかである。
本理論の特徴は、次の五つに集約できる。
第一に、個体化以前の差異から構造形成を説明すること。
個体化された存在者を最初から基礎とせず、前個体的差異場 Δ から出発する。
第二に、構造と構造項の相互構成を二つの異なる関係として定式化すること。
構造項による構造の具体的実現と、構造による構造項の個体化を区別する。
第三に、構造的不変項から第一性を導くこと。
第一性を一般的な重要性や時間的先行性と同一視せず、特定の構造と規定次元における非対称的な同一性決定として定義する。
第四に、第一性を階層的・局所的な存在論に位置づけること。
全体と部分の優先性、構造と構造項の相互構成、内部の第一性を区別し、単純な全体論と個体論の二者択一を避ける。
第五に、歴史的遡及性を構造的存在論に統合すること。
構造内部の個体性や第一性だけでなく、その構造の成立以前に存在していた履歴の構成的資格までを説明する。
したがって、本理論の独自性は、一つひとつの概念を単独で発見したことにあるのではない。
前個体的差異、構造形成、個体化、非対称的同一性決定、歴史的遡及構成を、一つの存在論的な説明体系として統合したことにある。
Ⅺ.この理論にも限界はある
ここまで説明してきた理論について、最後にその射程を明確にしておきたい。
「第一性の遡及的成立」は、個体性・構造・第一性・歴史的資格の成立条件を説明する存在論である。
しかし、あらゆる哲学的問題を解決するものではない。
例えば、前個体的差異場 Δ がなぜ存在するのかという問いには答えていない。
Δ は、本理論における最終的な個体化根拠として採用される。
つまり、個体性をさらに別の個体によって説明する無限後退を避けるために、個体化以前の差異的基礎を設定しているのである。
したがって、なぜ存在そのものがあるのか、なぜ無ではなく Δ が存在するのかという究極的な問いは、本理論の射程外となる。
また、シモンドンのような個体化の具体的な生成機構を、本理論が完全に置き換えたわけでもない。
本理論が明らかにするのは、構造形成の条件を踏まえた個体性・同一性・第一性・歴史的資格の存在論である。
さらに、公理の妥当性をすべての形而上学的立場に対して強制したわけではない。
特に、個体化根拠充足原理と Δ の採用は、本理論が引き受ける基本的な存在論的前提である。
しかし、こうした射程の限定は、理論の価値を損なうものではない。
むしろ、何を説明でき、何を説明対象としていないのかを明確にすることで、理論の存在論的な位置づけが確定する。
Ⅻ.結論――あるものが第一になるのは、構造が成立した後である
最初に提示した問いに戻ろう。
あるものが特定の構造において第一であるために、その構造との関係は、単に第一性を認識するための条件なのか。
それとも、第一性そのものを成立させる条件なのか。
「第一性の遡及的成立」は、後者を主張する。
あるものが第一であるということは、そのものが最初から第一性という属性を持っていることではない。
ある構造の内部で、そのものが他のものの同一性条件を非対称的に決定するという関係が成立することによって、第一性そのものが成立するのである。
そして、その第一性を説明するためには、まず個体性の成立を説明しなければならない。
個体性を説明するためには、さらに前個体的差異と構造の成立を説明しなければならない。
こうして、私たちが普段想定している存在の順番は転倒する。
個体が最初に存在し、後から関係を形成するのではない。
前個体的な差異的条件から構造が形成され、その構造によって個体性が成立し、その内部における非対称的な同一性決定によって第一性が成立する。
さらに、その構造の成立によって、それ以前に存在していた履歴もまた、構成的な前史として確定する。
ここに、三つの大きな転換がある。
第一の転換は、個体から構造へ。
個体性は構造の前提ではなく、構造的秩序によって成立する。
第二の転換は、第一性という属性から、第一性という関係へ。
あるものが第一であることは、それ自体に備わった絶対的属性ではなく、特定の構造と規定次元における非対称的な同一性決定によって成立する。
第三の転換は、過去の先行性から、歴史的資格の遡及的成立へ。
時間的に先行していたという事実だけでは、その存在が後続する構造にとって何であったかは決まらない。その構造の成立によって、初めて構成的な前史として確定する。
最初は、あるものが第一であるとはどういうことなのか、という小さな疑問だった。
しかし、その問いを突き詰めていくと、個体性とは何か、構造とは何か、存在者の同一性は何によって成立するのか、そして過去とはどのような存在論的な資格を持つのか、という問題にまで行き着いた。
「第一性の遡及的成立」が最終的に主張するのは、次のことである。
あるものが何であり、なぜそれ自身として成立し、何に対して第一であるのかは、そのものが独立して存在することによって先に決まるのではない。それを成立させる構造的な依存秩序によって遡及的に確定する。
これが、「第一性の遡及的成立」の中心原理である。
個体から構造へ、属性から関係へ、過去の先行性から歴史的資格の遡及的成立へ。
この順番の転倒こそが、本理論の出発点であり、到達点でもある。



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