要旨
本稿の目的は、ある構造が成立する以前に実際に存在していた過去の履歴が、後続構造の存在論的な成立に対して、どのような構成的意味を持つのかを明らかにすることである。
本稿は、構造的個体化から第一性へ至る存在論的な論証を基礎とする。前個体的差異場Δに内在する差異的規定可能性が、実在的な構成的関係Rᶜによって組織化されることで、構造個体Sが成立する。その構造の内部では、差異的契機が特定の構成的位置と同一性条件を獲得することによって構造項として個体化される。さらに、個体化された構造項のあいだに構成的同一性依存ODの非対称性が成立する場合、構造相対的な第一性が成立する。
しかし、構造の成立を現在の内部的な構成関係だけから説明することはできない場合がある。ある構造の同一性条件が、その構造の成立以前に実際に生じた出来事、過程、関係および系譜的連続性に依存している場合、その履歴は単なる時間的先行や因果的背景ではなく、後続構造の構成的な前史として理解されなければならない。
本稿は、この問題に対して、通時的構成的依存の可能性を認める基本前提A3を導入する。
ただし、A3は、あらゆる過去の出来事が後続構造の構成的前史になることを主張するものではない。また、過去の履歴が存在するという事実だけで、その履歴の構成的資格が確定するわけでもない。
そこで本稿では、後続構造S、同一性水準D、構成的解像度α、構造的不変項K_D(S)および構造的閉包B_D^α(S)を、歴史的履歴の選別とは独立に確定する。そのうえで、過去の全履歴H(t₀)から、後続構造の構成的前史となりうる履歴H_{S,D}(t₀)を選別するための条件を提示する。
これらの条件は、時間的先行性と実在性、構成的寄与の実在、追跡可能な構成的連結、構造的不変項に対する構成的関連性、個別の出来事の代替可能性と構成的役割の必要性の区別からなるH1〜H5、および歴史的経路そのものが対象の同一性条件に組み込まれている場合の追加条件H6によって構成される。
さらに、歴史的履歴が実際に存在したことと、その履歴が後続構造に対して構成的資格を持っていたことを区別するとともに、その存在論的関係を正当に認定するための証拠条件E1・E2を設定する。
次に、選別された履歴の構成的寄与を、後続構造の構造的閉包に対応づける履歴対応写像ιを導入する。この対応は、過去の出来事そのものを現在の構成要素へ還元するものではない。歴史的な出来事が実現した構成的寄与、または歴史的連続関係を、後続構造の構成的依存秩序に位置づけるためのものである。
この区別に基づき、本稿では、歴史的前史の候補を選別する命題P5と、その構成的寄与が同一の構造的閉包B_D^α(S)に実際に包含されていることを確認する命題P6を区別する。
さらに、歴史的資格Qを、単なる過去の履歴の存在や因果的先行とは異なる、構造Sと同一性水準Dに相対的な存在論的資格として定義する。
本稿では、生物学的系統の歴史的個体性を中心的な適用事例として採用する。生物学的系統は、現在の形態や機能の類似性だけでは同一性を十分に説明できず、実際の祖先・子孫関係、系譜的連続性および分岐の履歴が、その同一性を構成する場合がある。この事例によって、個別の歴史的出来事が代替可能であることと、歴史的経路そのものが対象の同一性にとって構成的であることを区別する。
一方、組織形成の事例については、歴史的前史が構成的資格を持つ場合と、単なる因果的起源や歴史的アンカリングにとどまる場合を区別するための境界事例として位置づける。
最後に、構造内部における個体化と第一性、および本稿で扱う歴史的前史の構成的資格を、統一定理T3によって接続する。そのためには、両者が同一の構造個体、同一の同一性水準、構成的解像度、構造的不変項および構造的閉包を共有することに加え、歴史的前史から後続構造への実際の構成的依存経路、閉包への実際の包含、および個体化関係Iと構成的同一性依存ODへの接続が必要となる。
以上によって本稿は、構造内部の個体性・第一性と、歴史的前史の構成的資格を、同一の構成的依存秩序の異なる局面として統合することを目的とする。
キーワード: 歴史的遡及性、構成的前史、通時的構成的依存、歴史的個体性、構造的不変項、構造的閉包、歴史的資格、系譜的連続性、構成的同一性依存、第一性
第1章 序論――構造の成立と過去の履歴
- 1.1.構造は現在の関係だけで成立するのか
- 1.2.時間的先行性・因果的依存・構成的依存
- 1.3.構造内部の個体化と歴史的前史
- 1.4.本稿の論証構成
- 2.1.個体化根拠充足原理G
- 2.2.A1・A2a・A2b――前個体的差異場と構成的関係の可能性
- 2.3.定義D3・D4――構成的関係Rᶜと構造S
- 2.4.定義D5・D6・D7――同一性水準・構成的解像度・K・B・Π
- 2.5.定義D10b――基底的構造個体化I₀
- 2.6.命題I₀-T――基底的構造個体の成立
- 2.7.定義D10a――構造的個体化プロフィールJ_D,α(S)
- 2.8.命題P2a――構造全体の数的個体性
- 2.9.定義D8・D9――構成関係Cと個体化関係I
- 2.10.関係的識別可能性
- 2.11.命題P2――構造内部の差異的契機の個体化
- 2.12.I₀・I・Cの相違と説明上の循環
- 2.13.定義D11――構成的同一性依存OD
- 2.14.定義D12――構造相対的第一性
- 2.15.命題P3――個体化から第一性への移行
- 2.16.構造内部の定理T1
- 3.1.基本前提A3
- 3.2.A3の独立した論拠
- 3.3.A3は逆因果を意味しない
- 3.4.A3の適用範囲
- 4.1.定義D13――通時的構成的関係→_c
- 4.2.定義D14――全履歴H(t₀)
- 4.3.定義D15――選別された履歴H_{S,D}(t₀)
- 4.4.定義D17――履歴対応写像ι
- 5.1.存在論的条件と証拠条件の区別
- 5.2.条件H1――時間的先行性と実在性
- 5.3.条件H2――構成的寄与の実在
- 5.4.条件H3――追跡可能な構成的連結
- 5.5.条件H4――構造的不変項に対する構成的関連性
- 5.6.条件H5――個別の出来事の代替可能性と構成的役割の必要性の区別
- 5.7.条件H6――歴史的同一性の不可還元条件
- 5.8.証拠条件E1――歴史的事実の識別可能性
- 5.9.証拠条件E2――事後的な命名・歴史的物語からの独立性
- 5.10.H1〜H6とE1・E2の統合
- 6.1.命題P4――歴史的遡及性の可能性
- 6.2.命題P5――構成的前史の候補の選別可能性
- 6.3.命題P6――選別された履歴の構造的閉包への実際の包含
- 7.1.定義D16――歴史的資格Q
- 7.2.歴史的資格の存在論的成立と証拠的正当化
- 7.3.歴史的資格Qが示すもの
- 7.4.歴史的資格と歴史的第一性の区別
- 7.5.歴史内部の第一性とOD
- 7.6.歴史的第一性の射程
- 8.1.なぜ生物学的系統を中心事例とするのか
- 8.2.対象構造Sと同一性水準Dの確定
- 8.3.鯨類の進化的履歴
- 8.4.K_D(S)の独立判定
- 8.5.構成的閉包B_D^α(S)
- 8.6.H1――系統の歴史的実在性
- 8.7.H2――系譜的連続性の構成的寄与
- 8.8.H3――追跡可能な系譜的連結
- 8.9.H4――構造的不変項との関連性
- 8.10.H5――個別の進化的出来事の代替可能性
- 8.11.H6――系譜的連続性の歴史的不可還元性
- 8.12.E1・E2による証拠的正当化
- 8.13.鯨類の系統における履歴対応写像
- 8.14.中心事例の検証結果
- 9.1.組織形成の事例を境界事例として扱う理由
- 9.2.構成的寄与と創設者個人の区別
- 9.3.組織におけるH5とH6
- 9.4.組織の制度的権限と下位役割の構成的依存
- 9.5.歴史的な起源と後世の記憶構造
- 10.1.異なる関係の型を区別する
- 10.2.過去の履歴から構成的寄与への接続
- 10.3.Cによる下位水準の構成
- 10.4.Iによる構造内部の個体化
- 10.5.Rᶜによる統一的構成
- 10.6.ODによる非対称的な構成的依存
- 10.7.B2――歴史的前史から後続構造への構成的依存経路
- 11.1.二つの遡及性の共通基盤
- 11.2.B1――同一の構造個体を扱う条件
- 11.3.B2――歴史的前史から後続構造への構成的依存経路
- 11.4.B3――同一の構造的閉包への包含
- 11.5.Mι――履歴対応写像と個体化・第一性の接続
- 12.1.本稿の歴史的論証の依存関係
- 12.2.定理T2――歴史的前史の構成的資格と遡及的成立定理
- 12.3.定理T2の限定
- 13.1.T1とT2の並置だけでは不十分である
- 13.2.B1・B2・B3・Mιの統合
- 13.3.統一定理T3――第一性の遡及的成立
- 13.4.T3が成立しない反例
- 13.5.T3の射程
- 13.6.T3の制度的適用例――スイス連邦参事会の歴史的形成と構造内部の第一性
- 14.1.通時的基礎づけ――CorreiaとMerlo
- 14.2.構成的前史と歴史的アンカリング――Brian Epstein
- 14.3.関係的変化とケンブリッジ変化――Weberman
- 14.4.生物学的種の歴史的個体性――GhiselinとHull
- 14.5.時間的前史と構造的個体化の関係
- 15.1.過去はすでに確定しているのだから、遡及的な資格など必要ないのではないか
- 15.2.歴史的な構成的依存は、結局、因果的依存ではないのか
- 15.3.A3は恣意的な前提ではないか
- 15.4.歴史的な構成的依存が存在しているのに、それを識別する証拠がない場合はどうなるのか
- 15.5.後から作られた歴史的物語とどう区別できるのか
- 15.6.個別の出来事が代替可能ならば、構成的前史とは言えないのではないか
- 15.7.H6はH5と重複しているのではないか
- 15.8.五条件を満たせば、なぜ閉包への包含が別途必要なのか
- 15.9.歴史的資格Qが成立すれば、歴史内部の第一性も成立するのではないか
- 15.10.構造的閉包は過去の履歴を含むように設定されているだけではないか
- 15.11.T3によって時間と構造が混同されないのか
- 16.1.構造内部の個体化・第一性の論証体系
- 16.2.歴史的前史の論証体系
- 16.3.二つの論証系列の統合体系
- Ⅰ.通時的基礎づけ・現代形而上学
- Ⅱ.歴史・時間・関係的変化
- Ⅲ.社会存在論
- Ⅳ.生物学の哲学・歴史的個体性
- Ⅴ.個体化・構造・差異に関する一次文献
1.1.構造は現在の関係だけで成立するのか
ある構造が現在存在しているとき、その構造の成立条件は、現在の内部関係だけによって十分に説明できるのだろうか。
構造的個体化という観点から考えると、ある構造Sの内部には、複数の差異的契機が存在する。それらの契機は、あらかじめ完成した個体として存在しているのではなく、構造Sの構成的関係を通じて特定の位置、役割および同一性条件を持つ構造項として個体化される。
この説明によって、あるものがなぜ一つの構造項として成立するのか、また、構造項のあいだでなぜ特定の存在論的依存関係が成立するのかを説明できる。
しかし、構造の成立以前に存在していた履歴をめぐっては、さらに別の問題が残されている。
例えば、生物学的系統を考える。
現在存在する一つの系統は、現在の個体の形態的特徴や生理的機能、あるいは現在の個体間の関係だけによって、その同一性を説明できるとは限らない。
その系統が、どの祖先集団から派生したのか、どのような系譜的連続性を維持してきたのか、どのような分岐を経て現在の構造を形成したのかという過去の履歴が、その系統の同一性に関与している場合がある。
この場合、現在の構造は、その内部に存在する構成要素だけでは十分に説明できない。
その構造が成立する以前に実際に存在していた履歴もまた、その構造の同一性を説明するために必要となる。
この問題は、生物学的系統に限られない。
制度、組織、社会的関係、技術的体系、歴史的な個体などについても、現在の構造的特徴だけでは同一性を十分に説明できず、過去の成立経路が構成的な意味を持つ場合がある。
したがって、構造的個体化を存在論的に説明するためには、構造内部における個体化だけでなく、構造が成立する以前の履歴が、どのような条件のもとで後続構造の成立に構成的に関与するのかを説明する必要がある。
本稿が扱うのは、この通時的な構成的依存の問題である。
1.2.時間的先行性・因果的依存・構成的依存
ここで、三つの関係を区別する。
第一は、時間的先行性である。
ある出来事hが、別の出来事や構造Sよりも早い時点に存在していた場合、hはSに時間的に先行している。
この関係は時間的順序を表すものであり、それだけでは後続構造との存在論的な結びつきを説明しない。
第二は、因果的依存である。
過去の出来事hが、後続する構造Sの成立に因果的な影響を与えた場合、Sはhに因果的に依存している。
しかし、因果的な影響が存在することと、その出来事が後続構造の同一性を構成することは同じではない。
例えば、ある人物の発言が組織設立のきっかけになったとしても、その発言が組織の規則、権限関係、役割秩序などに組み込まれていないならば、その発言は単なる因果的背景である可能性がある。
第三は、構成的依存である。
ある過去の出来事、過程または関係が、後続構造の構成的同一性条件を成立させる実際の依存経路に組み込まれている場合、その構造は当該の履歴に構成的に依存している。
ここで重要なのは、過去の出来事が後続構造の原因になったというだけではない。
その履歴が実現した構成的寄与が、後続構造の構造的不変項を実現する構成的依存秩序に属していることである。
したがって、次の関係を区別しなければならない。
時間的先行性 ≠ 因果的依存 ≠ 構成的依存
この区別は、本稿全体の出発点となる。
1.3.構造内部の個体化と歴史的前史
本稿では、二つの異なる問題を一つの存在論的体系のなかで扱う。
第一は、構造内部の個体化と第一性の問題である。
ある構造Sが成立したとき、その内部に存在するすべての差異的契機が、自動的に個体化された構造項になるわけではない。
特定の契機が固有の構成的役割を持ち、他の契機から関係的に識別可能であり、対象となる同一性水準において安定した同一性条件を持つ場合、それは構造項として個体化される。
そして、個体化された構造項のあいだに構成的同一性依存ODが成立し、その依存関係が非対称的である場合に、構造相対的な第一性が成立する。
第二は、構造成立以前の歴史的前史の問題である。
構造Sが成立する以前に存在していた過去の出来事や過程が、その構造の同一性条件を実際に実現する構成的依存経路に属しているならば、その履歴は構成的前史としての資格を持ちうる。
この二つの問題は、同一の問題ではない。
構造内部の個体化は、成立した構造の内部における差異的契機の個体性を扱う。
歴史的前史の構成的資格は、過去の履歴と後続構造との通時的な構成的依存を扱う。
しかし、両者が同一の構造個体、同一の構成的プロフィールおよび同一の構成的閉包を共有する場合、それらは同一の構成的依存秩序の異なる局面として接続されうる。
本稿の目的は、この接続が成立する条件を明らかにすることである。
1.4.本稿の論証構成
本稿は、次の順序で議論を進める。
第一に、構造的個体化の基礎となる存在論的概念を定義し、構造全体の個体化、構造項の個体化、構成的同一性依存および第一性を説明する。
第二に、通時的構成的依存の可能性を認める基本前提A3を導入する。
第三に、通時的構成的関係、全履歴、選別された履歴および履歴対応写像を定義する。
第四に、構造的不変項と構造的閉包を形式化し、歴史的履歴を分析する以前に閉包を確定する方法を明示する。
第五に、歴史的前史の構成的資格を判定する条件H1〜H6と、証拠条件E1・E2を確定する。
第六に、履歴の選別を示す命題P5と、その構成的寄与が同一の構造的閉包Bに実際に包含されることを示す命題P6を分離して証明する。
第七に、歴史的資格Qと歴史内部の第一性を区別する。
第八に、生物学的系統の歴史的個体性を中心的な適用事例として検討し、組織形成の事例を境界事例・対照事例として検討する。
第九に、歴史的前史から構造内部の個体化およびODへの接続を形式化する。
第十に、P4〜P6を統合して歴史的前史の資格を確定するT2を証明する。
最後に、構造内部の個体化と第一性を扱うT1と、歴史的前史の構成的資格を扱うT2を接続するB1・B2・B3・Mιを導入し、統一定理T3を証明する。
第2章 構造的個体化の存在論的基盤
本章では、構造内部における個体化と第一性の成立に必要な存在論的基盤を確定する。
本稿は第一論文で確定した定義体系をそのまま引き継ぐ。したがって、両論文で同じ定義番号を使用する場合、その内容は完全に一致する。第二論文において新たな概念を導入する必要がある場合にも、既存の定義番号を別の意味に転用することはしない。
本章では、まず個体化根拠充足原理Gと基本前提A1・A2a・A2bを確認する。次に、前個体的差異場Δから基底的構造個体S₀が成立する条件を、定義D10bと命題I₀-Tによって示す。そのうえで、構造全体の数的個体性を説明する構造的個体化プロフィールJと命題P2aを導入し、構造内部の契機が構造項として個体化される条件を検討する。
さらに、個体化された構造項のあいだに成立する構成的同一性依存ODを定義し、その非対称性によって構造相対的第一性が成立することを示す。
2.1.個体化根拠充足原理G
あるものが一つの個体として成立していることを説明するためには、少なくとも三つの問題に答えなければならない。
第一は、数的統一の問題である。
複数の差異的条件が、なぜ複数のものとして分散したままではなく、一つの個体を成立させるのか。
第二は、数的差異の問題である。
成立した個体が、なぜ他の個体と区別されるのか。
第三は、個体的同一性の問題である。
対象が変化を経ても同じ個体として存続するためには、どのような構成的条件が維持されなければならないのか。
本稿では、これらの問いに対する説明責任を、個体化根拠充足原理Gとして表す。
G:個体化根拠充足原理
個体性の存在論的成立を説明対象とする理論は、数的統一、他の個体との差異、および個体としての同一性を成立させる構成的根拠を提示しなければならない。
ここで、個体性を説明するために、すでに個体化された構成要素を最初から措定してしまうならば、個体化の根拠は説明されていない。
例えば、複数の個体が集まって一つの構造を形成すると説明する場合、その複数の個体が最初から独立した個体として成立していることを前提にしている。
この説明は、成立した構造の内部に複数の個体が存在することは説明できても、その構造全体がなぜ一つの個体として成立するのかを説明できない場合がある。
また、ある構造が一つのまとまりを形成していることを示すだけでは、その構造が他の構造からどのように区別されるのかは説明されない。
そこで本稿では、個体化された項を前提としない基底的な差異の水準から構造個体の成立を説明する。
ただし、Gは、あらゆる存在論的事実に究極的な理由を要求する一般的な十分理由律ではない。
個体性そのものを説明の最終地点に置く立場は、形而上学的選択として可能である。しかし、その場合には、個体性がなぜ成立しているのかという問題が説明されないまま残される。
本稿が採用するのは、個体性を無条件の事実として措定するのではなく、その成立条件を構成的に説明する立場である。
したがって、Gは、個体性の成立を説明しようとする理論に対して、必要な構成的根拠を要求する説明論的・方法論的原理である。
2.2.A1・A2a・A2b――前個体的差異場と構成的関係の可能性
個体性の成立を構造的に説明するためには、完成した個体を最初から措定しない存在論的な出発点が必要になる。
本稿では、その出発点として前個体的差異場Δを導入する。
基本前提A1:前個体的差異場
Δは、すでに個体化された複数の存在者の集合ではなく、差異的規定可能性が成立する前個体的な場である。
Δに含まれる差異的契機は、完成した個体ではない。
それらは、後続する構造形成において特定の関係的位置や構成的役割を持ちうる差異的な規定可能性である。
したがって、Δの差異的契機を、構造成立以前から独立した個体として扱うことはできない。
ここで、第一論文の定義を引き継ぎ、次のように定義する。
定義D1:前個体的差異場Δ
前個体的差異場Δとは、個体化された複数の存在者を前提とすることなく、異質性、差異、強度差、潜在的緊張および規定可能性が内在する存在論的な場である。
Δは完成した個体の集合ではない。
そこに内在する差異的な契機は、後に成立する構造との関係において特定の位置や役割を持つ可能性を有しているが、まだ独立した構造項として個体化されてはいない。
定義D2:構造的契機mᵢ
構造的契機mᵢとは、前個体的差異場Δに内在する差異的な契機であり、構造形成に参与するものの、当該構造における独立した構造項としては、まだ個体化されていない契機である。
mᵢは、Δにおける異質性や潜在的な規定可能性を、構造形成の分析において区別したものである。
添字iは分析上の区別を示すものであって、それらが最初から数的に独立した複数の個体として存在することを意味しない。
ここでは、mᵢと、後述する構造項xᵢを区別する必要がある。
- mᵢ:個体化以前の構造的契機。
- xᵢ:構造Sにおいて個体化された構造項。
この区別によって、個体化以前の差異的契機を、すでに個体化された存在者として先取りすることを避ける。
次に、Δに内在する差異的規定可能性と、構成的関係の成立可能性を区別する。
基本前提A2a:構成的関係の可能性
Δに内在する差異的規定可能性は、個体化された構造項を前提とすることなく、構成的関係Rᶜに組み込まれうる。
A2aは、個体化以前の差異的規定可能性が、後続する構造形成において構成的関係を形成しうることを認める前提である。
ただし、関係を形成しうることと、特定の対象について関係が実際に成立していることは異なる。
そこで、A2aとは別に、次の前提を設定する。
基本前提A2b:構成的関係の実在的成立
特定の同一性水準Dおよび構成的解像度αにおいて、Rᶜが実際に成立している場合がある。
A1は、個体化以前の存在論的基礎を設定する。
A2aは、その基礎に内在する差異的規定可能性が、個体化された項を先取りすることなく構成的関係を形成しうることを認める。
A2bは、そのような構成的関係が単なる可能性にとどまらず、特定のD・αにおいて実際に成立している場合があることを認める。
ここで重要なのは、A1とA2aだけでは、あらゆる前個体的差異場から必ず構造個体が生じるとは主張できないという点である。
実際の構造成立には、A2bによって認められるRᶜの実在的成立と、後述する構成的閉包の条件が必要になる。
したがって、本稿は、Δの存在からあらゆる構造の必然的な発生を演繹するものではない。
A1・A2a・A2bは、本理論が採用する存在論的前提であり、これらの妥当性そのものをGから演繹することはしない。
2.3.定義D3・D4――構成的関係Rᶜと構造S
個体化以前の差異的契機が、一つの構造を形成するためには、それらが単に並存しているだけでは不十分である。
複数の差異的契機が一つの構成的秩序を形成するためには、それらのあいだに、相互の規定可能性を組織化する関係が成立していなければならない。
本稿では、このような関係を構成的関係Rᶜと呼ぶ。
定義D3:構成的関係Rᶜ
構成的関係Rᶜとは、個体化以前の差異的規定可能性のあいだに成立し、それらの位置、役割、規定範囲、同一性条件、または構造的統一の成立に実際に関与する関係である。
Rᶜは、個体化された二つの存在者を後から結びつける外的関係ではない。
個体化以前の差異的契機そのものの規定可能性に関わる実在的な構成関係である。
Rᶜとして認められるためには、少なくとも次の四条件が必要になる。
第一:構成的規定性
一方の差異的条件の規定が、他方の差異的条件の成立可能性または規定範囲に関与していること。
第二:同一性関連性
その関係が、対象となる同一性水準Dにおける構造的秩序の成立に関与していること。
第三:非還元性
その関係を単なる外的因果関係や偶然的な相関に置き換えた場合、構成的規定関係の内容が失われること。
第四:個体化以前の成立
その関係を認めるために、差異的契機をすでに独立した個体として措定する必要がないこと。
これらの条件を満たす関係を、本稿ではRᶜとして扱う。
例えば、二つの物体が偶然接触しているだけでは、それらが一つの構造を形成しているとは言えない。
それに対して、複数の差異的条件の相互規定によって、一方の規定範囲が他方の成立条件に関与し、その関係が特定の構造的秩序を成立させている場合には、Rᶜを認めることができる。
このRᶜによって組織化された差異的契機の秩序を、構造Sとして定義する。
定義D4:構造S
構造Sとは、複数の差異的契機が、構成的関係Rᶜによって組織化され、特定の同一性水準Dにおいて、一つの統一的な制約秩序を形成しているものである。
構造は単なる集合とは異なる。
集合が複数の要素の所属関係を示すのに対して、構造は、内部の契機が相互にどのような規定関係を持ち、その関係によってどのような統一が成立するのかを示す。
したがって、構造の統一性は、内部の契機の単なる共存によって成立するのではない。
それらのあいだに成立する構成的関係の秩序によって成立する。
ここで、構造の統一性を説明するために、さらに独立した統一者を導入する必要はない。
構造の統一性は、その構造を形成する構成的関係の秩序そのものに成立するからである。
独立した統一者を追加すれば、その統一者自身がどのように個体として成立するのかという問題が新たに生じる。
本稿は、統一の根拠を別の存在者に移動させるのではなく、構造を形成する構成的秩序に求める。
ただし、これはあらゆる形而上学的立場において独立した統一者を認めることが不可能であると主張するものではない。
構造的統一性をRᶜから説明する本理論において、独立した統一者を追加する必要がないということである。
2.4.定義D5・D6・D7――同一性水準・構成的解像度・K・B・Π
構造全体が一つの構造的単位として成立するためには、何の同一性を問題にしているのかを特定しなければならない。
また、その同一性を維持するための構成的制約と、それらを具体的に実現する関係的ネットワークを区別する必要がある。
定義D5:同一性水準D
同一性水準Dとは、ある構造または構造項について、何の同一性を問題にするのかを指定する分析対象の水準である。
例えば、同一の組織についても、組織的同一性、制度的同一性、法的同一性、機能的同一性、物質的同一性などの異なる水準が考えられる。
これらの水準は、必ずしも一致するとは限らない。
ある組織が制度的には同じ組織として存続していても、構成員や物質的構成は大きく変化している場合がある。
したがって、構造的不変項や個体性を論じる際には、何の同一性を問題としているのかを先に確定しなければならない。
Dは、個体化や第一性の結論から逆算してはならない。
対象とする存在者の種類、基準事例、対照事例、許容される変化、証拠および識別手続きを独立に設定したうえで、Dを確定する必要がある。
次に、同一性水準Dと、それを分析するための構成的な解像度αを区別する。
構成的解像度α
αとは、対象となる同一性水準Dについて、その構成的秩序をどの範囲と粒度で分析するのかを定める、事前に確定される解像度である。
Dは何の同一性を問題にするのかを定める。
αは、その同一性を説明するために、どの範囲の構成的関係を分析対象にするのかを定める。
αは分析者が結果に応じて自由に変更できるものではない。
対象の種類、同一性条件および分析目的に基づいて、構造の個体化や第一性の判定に先立って確定しなければならない。
また、αをDと同一視することもできない。
同一の制度的対象について、同一性水準を維持したまま、異なる構成的解像度によって分析することが可能だからである。
したがって、本稿ではDとαを独立した分析条件として維持する。
定義D6:構造的不変項K_D(S)
構造的不変項K_D(S)とは、同一性の水準Dにおいて、構造Sがその同一性を維持するために必要となる、最小かつ完全な構成的制約の体系である。
ここでいう不変項は、個々の構成要素の単純な集合ではない。
構造を成立させる関係的制約と、それらの相互依存、補償関係を含む体系である。
例えば、ある組織では構成員の一部が交代しても、組織としての同一性が維持されることがある。
その場合、個々の構成員の数的同一性が、組織の同一性を維持するための必要条件であるとは限らない。
一方、意思決定の手続きや権限関係が失われれば、同一の組織として存続しているかどうかが問題になる。
したがって、組織的同一性を説明する際には、構成員の集合だけではなく、それらを組織として成立させる関係的制約を検討しなければならない。
K_D(S)は、次の五つの基準によって特定される。
第一:構成的関連性。
ある条件が対象となる同一性の成立に実際に関与していること。
第二:代替可能性。
ある構成要素を代替した場合にも同一性が維持されるのか、それとも特定の構成的条件が失われるのかを検討すること。
第三:反事実的識別力。
ある構成的条件を変更または除去した場合に、対象となる同一性がどのように変化するのかを検討すること。
第四:条件間の連関と補償関係。
複数の構成的条件が相互にどのように依存し、ある条件の変化を別の条件が補償できるのかを検討すること。
第五:最小性と完全性。
対象となる同一性を説明するために必要な条件を過不足なく特定すること。
ただし、K_D(S)が常に一意に確定するとは限らない。
複数の候補が存在する場合には、表現や実現方法が異なるだけで説明上同等である場合と、具体的な構造は異なっていても構成的役割や同一性条件が一致している場合と、実質的に異なる構成的役割や同一性条件を持っている場合とを区別しなければならない。
実質的に異なる候補が残る場合には、恣意的に一つを採用するのではなく、それぞれについて個体化と第一性の成立条件を個別に検討する必要がある。
必要に応じて、K_D^κ(S)と表記する。κは、実質的に異なる構造的不変項の候補を区別する記号である。
次に、構造的不変項Kを具体的に実現する関係的ネットワークを定義する。
定義D7:構成的閉包B_D^α(S)
構成的閉包B_D^α(S)とは、構造Sが同一性水準DにおいてK_D(S)を実現するために必要な、αによって確定された最小かつ完全な構成的関係ネットワークである。
Bは、構造の成立に関係する因果的出来事や外的影響をすべて含むものではない。
対象となる構造の同一性を実際に実現する構成的関係の範囲である。
Bが最小完全な構成的閉包であるためには、次の三条件が必要となる。
第一:完全性。
Bに含まれる要素と関係が、K_D(S)を実際に実現していること。
第二:依存閉包性。
Bに含まれる要素の構成的同一性条件を成立させるために、別の要素や関係が必要である場合、その依存関係と必要な対象も閉包に含まれていること。
第三:最小性。
完全性と依存閉包性を満たす部分ネットワークのうち、真部分ネットワークでは同じK_D(S)を完全に実現できないこと。
ここでいう最小性は、単に要素の数が少ないことを意味しない。
必要な構成的制約を失わずに、不要な要素と関係を除去できないという意味である。
この閉包は、型付きネットワークとしても表現できる。
G_{S,D}^α = (V_{S,D}^α, E_{S,D}^α, τ)
ここで、Vは構造的契機、構造項、役割、制度的規則などの要素を表し、Eはそれらを接続する構成的関係を表す。τは各関係の型を示す。
Eに含まれる関係には、Rᶜ、C、I、ODなどが存在する。
これらの関係は、同じ構成的依存秩序に属する場合があっても、同一の関係に還元されるものではない。
Bは、このネットワークの部分ネットワークとして表される。
B_D^α(S) ⊆ V_{S,D}^α ∪ E_{S,D}^α
複数の構成経路が同一のK_D(S)を実現する場合には、最小完全閉包の候補が複数存在する可能性がある。
その場合には、それぞれの閉包候補を区別しなければならない。例えば、B_{D,α}^κ(S)と表記できる。
複数の閉包候補が存在する場合には、個体性や第一性に関する結論も、それぞれの閉包に即して検討される必要がある。
ある閉包候補において成立する第一性を、他の閉包候補においても成立すると無条件に一般化することはできない。
さらに、構造の具体的な実現が占める配置、境界および関係的位置を、構成的配置Π_D^α(S)として表す。
Π_D^α(S)とは、構造の具体的な実現が差異場の内部において占める配置、境界および周囲との構成的な位置関係である。
Πは、構造的実現がどの範囲・境界・位置を占めるのかを説明する。
ここで、K・B・Πの役割を区別しておく。
- K:何が維持されれば同じ構造的同一性が成立するのか。
- B:その同一性が何によって具体的に実現されるのか。
- Π:その実現がどの範囲・境界・位置を占めるのか。
この三つは相互に補完するが、同じ役割を繰り返しているわけではない。
2.5.定義D10b――基底的構造個体化I₀
ここまでの議論を踏まえ、基底的構造個体化を定義する。
構造全体が一つの個体として成立するためには、差異的契機の単なる集合ではなく、統合された構成的秩序が必要である。
また、構造の統合と構造の境界形成を、別々の作用として扱うことはできない。
Rᶜによる構成的連結が成立するとき、連結された領域は一つの秩序を形成する。
これが統合である。
一方、その構成的連結が成立していない領域は、当該の構成的閉包には含まれない。
これが境界の成立である。
つまり、
構成的連結 → 統合
であると同時に、
構成的連結の限界 → 境界
でもある。
統合と境界形成は、別々の原因によって成立するのではない。
同一の構成的秩序の内的側面と外的側面として成立する。
以上を踏まえて、基底的構造個体化を定義する。
定義D10b:基底的構造個体化
基底的構造個体化とは、前個体的差異場Δに内在する差異的規定可能性が、対象となる同一性水準Dおよび構成的解像度αにおいて、実在的な構成的関係Rᶜによる最大閉包を形成し、その閉包と境界が一つの構造的単位として成立することである。
基本表記は次のとおりである。
I₀(Δ, Rᶜ_{D,α} → S₀)
ここでS₀は、個体化された下位構造項を前提とすることなく成立する基底的構造個体である。
I₀が成立するためには、次の五つの条件が必要となる。
- Δに差異的規定可能性が存在すること。
- それらのあいだに実在的なRᶜが成立すること。
- Rᶜによる非空の構成的連結成分が形成され、対象となるD・αのもとで最大閉包を形成すること。
- その閉包が対象となるDにおいて非分解的であること。
- 閉包の内部と外部を区別する構成的境界が成立すること。
ここでいう最大性とは、対象となるD・αのもとで、当該の構成的関係によってさらに拡張できる部分が存在しないことを意味する。
また、非分解性とは、単なる連結性とは異なる。
構成的連結成分Uを複数の部分に分割したとき、その分割された部分のいずれか、またはそれらの組合せによって、元の対象となる同一性水準Dの構成的制約秩序K_D(S)をそのまま維持できないことを意味する。
したがって、最大性と非分解性は別々の条件である。
最大性は閉包の範囲を確定し、非分解性はその閉包が一つの構造個体を形成していることを確定する。
さらに、構成的境界は、内部と外部を単に分析上区別することではない。
対象となるD・αにおいて、当該の構成的閉包が占める範囲と、それに含まれない差異的領域とが、構成的秩序に即して区別されていることを意味する。
したがって、連結成分が存在するという事実だけから、非分解性や境界形成を自動的に導くことはできない。
それぞれの条件を独立に確認する必要がある。
ここでいう「基底的」とは、宇宙に時間的に最初に存在したものを意味しない。
個体化された下位構造項を前提としない、存在論的・説明的な基底水準を意味する。
2.6.命題I₀-T――基底的構造個体の成立
以上の定義を踏まえ、基底的構造個体の成立を命題として定式化する。
命題I₀-T:基底的構造個体の成立
前個体的差異場Δにおいて、対象となる同一性水準Dおよび構成的解像度αに関して、実在的な構成的関係Rᶜが成立しているとする。
さらに、その構成的連結成分Uが次の条件を満たすとする。
- Uが非空であること。
- Uが対象となるD・αにおけるRᶜの最大閉包であること。
- Uが対象となる同一性水準Dにおいて非分解的であること。
- Uの内部と外部を区別する構成的境界が成立していること。
この場合、Uは一つの構造個体S₀として成立する。
証明
まず、Δに内在する差異的規定可能性のあいだに、対象となるD・αについて実在的なRᶜが成立している。
このRᶜによって、Uに含まれる差異的契機は、単なる並存ではなく、一つの構成的秩序を形成している。
これによって、Uの統合性が成立する。
次に、Uは対象となるD・αにおけるRᶜの最大閉包である。
したがって、Uに構成的に連結し、同じRᶜの条件を満たしながら、なおUに追加できる差異的契機は存在しない。
これによって、Uの構成的連結の範囲が確定する。
ただし、ここで示された最大性は、非分解性を意味しない。
非分解性は、構成的連結が維持されるかどうかとは別に、元の構成的制約秩序が分割後にも維持できるかどうかによって判定されなければならない。
そこで、次に非分解性の条件を検討する。
Uが対象となるDにおいて非分解的であるとは、Uを複数の部分に分割したとき、その部分のいずれか、またはそれらの組合せによって、元の構成的制約秩序K_D(S)をそのまま維持できないことを意味する。
したがって、Uの非分解性は、単に分割によって内部の関係が切断されることによって証明されるのではない。
分割後の各部分とその組合せが、元のK_D(S)を同じ対象となる同一性水準において完全に実現できるかどうかを検討しなければならない。
本命題では、この独立した非分解性条件が満たされている。
ゆえに、Uは、単に連結された領域であるだけではなく、元の構成的制約秩序を一つの単位として維持する構造的単位である。
さらに、Uの内部と外部を区別する構成的境界が成立している。
この境界は、最大性だけから推論されるものではない。
対象となるD・αにおいて、Uの内部に属する差異的契機と、Uの構成的閉包に属さない外部の差異的契機とを区別する構成的条件が成立していることによって確認される。
したがって、統合性、最大性、非分解性および構成的境界が、それぞれの条件に即して成立している。
以上から、Uは単なる差異的契機の集合ではなく、一つの構造個体S₀として成立する。
ゆえに、命題I₀-Tが成立する。□
この命題は、A1・A2aから、あらゆるΔについて必ず構造個体が成立することを主張するものではない。
Rᶜの実在的成立と、対象となる同一性に関する最大性・非分解性・構成的境界を含む閉包の成立条件が満たされる場合に、その閉包が構造個体となることを示す条件付き命題である。
2.7.定義D10a――構造的個体化プロフィールJ_D,α(S)
前節では、Rᶜによる構成的閉包によって、一つの構造個体S₀が成立する条件を示した。
しかし、構造が一つの構造個体として成立することと、その構造が他の構造から数的に区別されることは、完全に同じ問題ではない。
例えば、同じ目的、同じ規則、同じ権限配分を持つ二つの組織が存在していても、それらが数的に同一の組織であるとは限らない。
同じ構造的不変項K_D(S)を持つことだけでは、具体的な構造個体としての数的同一性は保証されない。
ここで必要となるのは、その構造が何によって具体的に実現され、どのような構成的な配置や境界を持っているのかという情報である。
そのため、本稿ではK・B・Πを統合した構造的個体化プロフィールJを導入する。
定義D10a:構造的個体化プロフィールJ_D,α(S)
J_{D,α}(S) = <K_D(S), B_D^α(S), Π_D^α(S)>
Jは、構造全体の個体性を成立させる条件を統合的に表現する形式的プロフィールである。
Jそのものを、K・B・Πとは別の独立した実在的構成要素として扱うわけではない。
実在的な構成条件はK・B・Πであり、Jはそれらを統合的に表現する。
K・B・Πの役割は次のように区別される。
- K:何が維持されれば同じ構造的同一性が成立するのか。
- B:その同一性が何によって具体的に実現されるのか。
- Π:その実現がどの範囲・境界・位置を占めるのか。
この三要素は相互に補完するが、同じ役割を繰り返しているわけではない。
また、Jは、個体性や第一性の結論から逆算して構成されてはならない。
K_D(S)は対象となる同一性条件に基づいて特定され、B_D^α(S)はそのKを実現する最小完全な構成的閉包として確定される。Π_D^α(S)は、その具体的実現の配置と境界および関係的位置を示す。
このように、Jは、構造がどのような構成的条件によって一つの数的個体として成立しているのかを示すプロフィールである。
なお、本稿の後続章で導入するB1において、構造内部の分析に用いるJ^{(S)}と歴史的分析に用いるJ^{(H)}は、異なる定義に基づく二つのプロフィールではない。両者は、本節で確定した定義D10aを共通の基準として、それぞれの分析に適用したものである。
したがって、B1が要求するJ^{(S)}とJ^{(H)}の一致は、単にJという記号が共通していることではなく、その構成要素がそれぞれ一致していることを意味する。
すなわち、
K_D^{(S)}(S) = K_D^{(H)}(S)
B_D^{α,(S)}(S) = B_D^{α,(H)}(S)
Π_D^{α,(S)}(S) = Π_D^{α,(H)}(S)
が成立しなければならない。
この一致は、構造内部の個体化の結論や歴史的前史の選別結果から事後的に作り出されるものではない。対象となる構造S、同一性水準Dおよび構成的解像度αに基づいて、それぞれの構成要素が独立に確定されたうえで確認されなければならない。
このようにして、構造内部の論証と歴史的論証は、同一の構造的個体化プロフィールを共有する。
2.8.命題P2a――構造全体の数的個体性
以上を踏まえ、構造全体の数的個体性をP2aとして定式化する。
命題P2a:構造全体の数的個体性
前個体的差異場Δにおいて、対象となるD・αを固定した実在的構成関係Rᶜが成立し、その関係による最大構成的閉包Uが命題I₀-Tの条件を満たしているとする。
さらに、構造Sについて、構造的不変項K_D(S)、構成的閉包B_D^α(S)および構成的配置Π_D^α(S)が、個体化や第一性の結論から独立に確定されているとする。
このとき、Uが次の条件を満たすならば、Uは一つの構造個体Sとして数的に個体化される。
- 差異的契機が一つの構成的秩序に統合されていること。
- 対象となる同一性水準Dにおいて非分解的であること。
- 構造の内部と外部を区別する構成的境界が成立していること。
- その構造の具体的な構成的配置が確定されていること。
- 同一のD・αにおける他の構造とのあいだに、非自明な構成的差異が存在し、その差異がJによって識別可能であること。
特に第五の条件は、数的個体性の説明にとって必要である。
構造が一つの統合された秩序を形成していることだけでは、他の構造から数的に区別されることは保証されない。
したがって、他構造との非自明な差異が、構造的不変項K、具体的な構成的閉包B、構成的配置Π、またはそれらを実現する非自明な関係的位置において確認されなければならない。
この差異は、単なる分析上の名称の違いや、恣意的なラベル付けによって成立するものではない。
同一のD・αにおいて、構造の構成的実現を実際に区別する差異でなければならない。
例えば、比較対象となる構造S’とのあいだに、
K_D(S) ≠ K_D(S')
または、
B_D^α(S) ≠ B_D^α(S')
または、
Π_D^α(S) ≠ Π_D^α(S')
が成立する場合には、その差異によってJの異なるプロフィールが成立する。
ただし、K・B・Πの各構成条件が完全に一致し、それらを成立させる非自明な関係的位置まで完全に識別不能である場合には、二つの存在者があることを説明なしに認めることはしない。
証明
命題I₀-Tによって、Uは一つの構造個体S₀として成立している。
このことによって、差異的契機の単なる集合ではなく、一つの構成的秩序を持つ統合された単位が成立している。
ただし、I₀による基底的構造個体の成立だけでは、他構造との数的差異までが十分に説明されたことにはならない。
そこで、K・B・Πによる構成的個体化プロフィールを検討する。
まず、K_D(S)によって、その構造が同一の構造として成立・存続するために必要な構成的制約が定まる。
次に、B_D^α(S)によって、その制約を実際に実現している構成的ネットワークが確定される。
さらに、Π_D^α(S)によって、その具体的実現の配置、境界および関係的位置が確定される。
これらによって、
J_{D,α}(S) = <K_D(S), B_D^α(S), Π_D^α(S)>
が成立する。
ここで、数的統一と数的差異を区別する必要がある。
数的統一は、Uの構成的秩序、非分解性および境界によって説明される。
他構造との数的差異は、当該構造と比較対象とのあいだに存在する非自明な構成的差異によって説明される。
この差異は、K・B・Πのいずれか、またはそれらに具体化された関係的位置の違いとして確認されなければならない。
そして、その差異がJによって識別可能である場合には、当該構造と比較対象とを異なる数的個体として区別する根拠が得られる。
したがって、Jが成立しているという形式的事実だけから、他構造との数的差異を自動的に導くことはできない。
実際の対象について、構成的差異が独立に確認され、Jがその差異を識別できることが必要である。
さらに、個体的同一性を説明するためには、K_D(S)の維持範囲、B_D^α(S)の構成的連続性、およびΠ_D^α(S)の許容される変化が独立に確定されていなければならない。
同一性の維持を単に同じKを持つという形式的な一致に還元してはならない。
許容される変化の範囲、構成的閉包の連続性、および配置の変化が、対象となる同一性水準Dにおいて適切に対応していることが必要である。
以上から、Uは単なる構成的連結の領域ではなく、構成的個体化プロフィールJによって数的統一、他構造との差異および個体的同一性が説明される一つの構造個体Sとして成立する。
ゆえに、P2aが成立する。□
ただし、P2aは構造全体の数的個体性を説明するものである。
構造内部のすべての差異的契機が独立した構造項として個体化されることまでは意味しない。
この問題は別途検討しなければならない。
2.9.定義D8・D9――構成関係Cと個体化関係I
構造の個体化を説明する際には、下位構造項によって上位構造が具体的に実現される関係と、成立した構造の内部で差異的契機が構造項として成立する関係を区別しなければならない。
第一論文で確定した定義に従い、まず構成関係Cを定義する。
定義D8:構成関係C
構成関係Cとは、ある構造水準においてすでに個体化されている下位構造項が、より上位の構造を具体的に実現する関係である。
基本表記は次のとおりである。
C({xᵢ at Sₗ}, Rᶜ → Sₗ₊₁)
ここで、Sₗは下位水準の構造、Sₗ₊₁は上位水準の構造、xᵢは下位水準Sₗにおいて個体化された構造項である。
例えば、複数の細胞が組織を構成する場合、細胞はすでに下位水準において個体化されている。
それらの細胞が組織という上位構造を具体的に実現する関係がCに当たる。
Cは、異なる構造水準のあいだに成立する構成関係である。
Cが適用されるためには、下位構造項が上位構造の分析とは区別された下位水準において個体化されていなければならない。
したがって、Cは、下位構造項自体を最初に個体化する関係ではない。
また、CとRᶜは区別される。
Rᶜは構造形成に関わる一般的な構成的関係であり、Cは異なる構造水準のあいだに成立する、下位構造項による上位構造の具体的実現を表す関係である。
次に、成立した構造の内部における個体化関係Iを定義する。
定義D9:個体化関係I
個体化関係Iとは、すでに成立した構造Sの内部において、個体化以前の差異的契機mᵢが、構造的不変項K_D(S)と構成的関係の秩序によって特定の位置、役割および同一性条件を与えられ、一つの構造項xᵢとして成立する関係である。
基本表記は次のとおりである。
I(S, mᵢ → xᵢ)
Iは、構造そのものを成立させる関係ではない。
すでに成立している構造Sを基盤として、その内部の差異的契機が特定の構造項として個体化される関係である。
ある差異的契機が独立した構造項として個体化されるためには、次の四条件を満たす必要がある。
I-1:構成的役割の確定
mᵢが構造Sにおいて、特定の構成的役割を実際に担っていること。
I-2:関係的識別可能性
対象となるDおよびαにおいて、mᵢが他の候補となる契機から区別されること。
I-3:同一性条件の成立
mᵢが構造項として持つ同一性条件を特定できること。
I-4:構成的安定性
その契機が一時的な状態の差異ではなく、対象となる同一性水準において固有の構成的位置を維持していること。
この四条件が満たされる場合、mᵢは独立した構造項xᵢとして個体化される。
ここで、mᵢとxᵢは同一ではない。
mᵢは、個体化以前の差異的契機である。
xᵢは、構造Sにおける構成的関係と秩序のなかで成立した個体である。
したがって、個体化は、すでに完成した個体に名前を付ける操作ではない。
構造的な関係を通して、その契機が一つの個体として成立する過程である。
2.10.関係的識別可能性
ここで重要なのは、構造項の個体化を内在的性質の違いだけに限定しないことである。
二つの差異的契機m₁とm₂が同じ内在的性質を持っていたとしても、それらが構造内部において異なる関係的位置を占めている場合には、関係的な差異によって識別される可能性がある。
例えば、二つの構造項x₁とx₂のあいだに、非反射的な構成的関係Rが成立しているとする。
R(x₁,x₂)
かつ、
¬R(x₁,x₁)
である場合、x₁とx₂が同一であると仮定すれば、非反射的なRの条件に反する。
したがって、
x₁ ≠ x₂
が導かれる。
このような関係的な識別可能性によって、内在的性質の違いがない場合にも、構造的関係から個体化を説明できる。
ただし、この推論を成立させるためには、Rが実在する構成的関係であり、対象となる構造の同一性水準に関与していることが必要である。
また、構成的関係によっても区別できないものについて、無条件に数的複数性を措定することは認めない。
本稿は、単なる分析上の区別を、そのまま存在論的な数的差異に変換することを避ける。
2.11.命題P2――構造内部の差異的契機の個体化
以上を踏まえ、構造内部の個体化を次のように定式化する。
命題P2:構造内部の差異的契機の個体化
構造SがP2aによって一つの構造個体として成立し、その内部に差異的契機mᵢが存在するとする。
mᵢがI-1〜I-4を満たす場合、個体化関係Iによって、mᵢは構造項xᵢとして成立する。
I(S, mᵢ → xᵢ)
証明
P2aによって、Sは一つの構造個体として成立している。
mᵢはSの内部において特定の構成的役割を担っている。
また、対象となるDおよびαにおいて、他の差異的契機と区別される関係的位置を持っている。
さらに、その役割は対象となる同一性水準において独立した同一性条件を持ち、構成的位置にも一定の安定性がある。
したがって、mᵢは単なる状態や性質の差異ではなく、一つの構造項として成立する。
ゆえに、
I(S, mᵢ → xᵢ)
が成立する。□
これによって、P2aとP2の役割が明確になる。
P2aは構造全体の個体性を説明する。
P2は構造内部の個体化可能な契機を個別の構造項として説明する。
この二つを同一視しないことが、本理論の個体化論にとって重要である。
2.12.I₀・I・Cの相違と説明上の循環
I₀・I・Cを区別することで、構造と構造項のあいだに存在する実在的な相互構成を認めながら、説明上の循環を回避することができる。
それぞれの関係を、入力と出力によって整理すると、次のようになる。
| 関係 | 入力 | 出力 |
|---|---|---|
| I₀(D10b) | 前個体的差異場ΔとRᶜ | 基底構造S₀ |
| I(D9) | 成立した構造Sと内部契機mᵢ | 構造項xᵢ |
| C(D8) | 個体化された下位構造項 | 上位構造S⁺ |
したがって、基本的な成立関係は次のようになる。
I₀(Δ, Rᶜ → S₀)
I(S₀, mᵢ → xᵢ)
C({xᵢ}, Rᶜ → S₁)
ここでは、最初にI₀によって基底構造が成立する。
次にIによって、その内部の差異的契機が構造項として個体化される。
さらにCによって、個体化された下位構造項が上位構造を具体的に実現する。
この順序では、IとCが同一の対象を同一水準で相互に前提とすることはない。
Iの入力には、すでに成立した構造Sが含まれる。一方、Cの入力には、すでに個体化された下位構造項が含まれる。
したがって、実在的な相互規定を認めながら、説明上の循環を避けることができる。
ただし、ここでの解決は、あらゆる構造的相互依存が循環を生まないことを意味するものではない。
下位水準の個体性が実際には上位構造から逆算されている場合や、同一水準の個体性を構造と構造項が相互に説明している場合には、循環の問題が残る。
具体的な事例では、下位水準の個体化条件、上位構造のK_D(S)、および両者を接続する対応関係を独立に確認しなければならない。
2.13.定義D11――構成的同一性依存OD
個体化された構造項のあいだには、さらに存在論的な依存関係が成立しうる。
この関係を構成的同一性依存ODとする。
ODは、単なる時間的先行関係でも、認識上の優先関係でもない。
あるものが、別のものの成立条件や存在条件に対して、どのような構成的依存関係を持つのかを扱う。
定義D11:構成的同一性依存OD
構成的同一性依存ODとは、特定の構造S、同一性の水準Dおよび規定次元dにおいて、ある構造項Bの該当する同一性条件が、別の構造項Aの実在的な規定に構成的に依存している関係である。
基本表記は次のとおりである。
OD_{S,D,d}(B,A)
この表記は、構造Sの同一性水準Dにおける規定次元dにおいて、Bの同一性条件がAに構成的に依存していることを意味する。
ここで、Dとdを区別する必要がある。
- D:何の同一性を問題にするのかという同一性の水準。
- d:その同一性を構成的に決定する特定の規定次元。
例えば、Dが組織的・制度的同一性である場合、dは任命権限、意思決定秩序、権限配分などの特定の規定次元になりうる。
ODは、必ずしも非対称的に成立するわけではない。
AとBが相互に依存する場合も、BがAに一方向に依存する場合も、AがBに一方向に依存する場合も認められる。
したがって、ODそのものは第一性を意味しない。
ODは、一般的な構成的同一性依存関係を表す概念である。
ただし、ODを認めるためには、単に一方が他方に影響を与えているというだけでは不十分である。
その判定には、次の五条件が必要である。
条件1:構造項の独立した個体化
AとBは、ODの結論から逆算することなく、それぞれ独立に構造項として確定されていなければならない。
ここでいう独立とは、構造から独立して存在するという意味ではない。
ODによる非対称性の判定とは別の基準によって、それぞれの位置、役割、同一性条件が確定しているという意味である。
条件2:Bの実在的定義におけるAの構成的関与
Bの実在的定義には、Aの実在的な規定が構成条件として含まれていなければならない。
単なる言語的な言及や因果的な影響ではなく、Aの規定が実際にBの同一性条件を成立させている必要がある。
条件3:Aの実在的定義におけるBの非構成性
Aの実在的定義には、Bの存在が構成条件として含まれていてはならない。
また、Aが複合的な構造項である場合には、内部に含まれる規定のうち、Bに依存する部分を特定しなければならない。
複合体の一部分が独立しているという事実だけで、複合体全体の独立性を認めることはできない。
条件4:個体化単位の一貫性
AとBの個体化単位は、それぞれの実在的定義によって正当化されていなければならない。
Aを全体として扱う場合には、A全体の同一性条件を検討する。
Aの一部分だけを扱う場合には、その部分が独立した構造項として成立する根拠を示す。
また、複数の個体化単位が正当に成立し、それぞれで判定が異なる場合には、ODの成立を当該単位に相対的なものとして限定する。
条件5:補助的な検証
反事実的変更、代替可能性、補償関係を確認する。
ただし、これらは実在的定義に基づいて確認された構成的依存を補助するものであり、それ自体がODを成立させるわけではない。
以上の五条件によって、実在的定義、個体化単位、反事実的な検証の役割を明確に区別できる。
2.14.定義D12――構造相対的第一性
第一性は、ODの非対称性と結びつく。
定義D12:構造相対的第一性
構造S、同一性水準D、規定次元dにおいて、AがBより第一であるとは、Bの構成的同一性がAに依存している一方で、Aの構成的同一性がBに依存していないことをいう。
形式的には次のように表される。
A≺_{S,D,d}B ↔ [OD_{S,D,d}(B,A) ∧ ¬OD_{S,D,d}(A,B)]
ここで、依存関係の方向に注意する必要がある。
AがBより第一であるためには、BがAに依存していなければならない。
しかし、AがBに依存しているなら、Aが第一であるという非対称性は成立しない。
したがって、第一性は単なる時間的先行性や認識上の優先性から区別される。
ただし、D12を定義しただけでは、実際の対象について第一性が証明されたことにはならない。
対象となるAとBについて、ODの成立と非成立を独立に確認する必要がある。
2.15.命題P3――個体化から第一性への移行
以上の定義を踏まえ、個体化された構造項のあいだに第一性が成立する条件を定式化する。
命題P3:個体化された構造項のあいだに第一性が成立する条件
構造Sにおいて、構造項AとBがそれぞれ独立に個体化されており、ODの五条件によってBの実在的定義にAが構成的に関与し、Aの実在的定義にはBが構成条件として含まれないことが確認される場合、AはBに対して構造相対的な第一性を持つ。
証明
P2によって、AとBは対象となる構造Sの内部で個体化された構造項として成立している。
ODの条件2によって、Bの実在的定義にはAの規定が構成条件として含まれていることが確認される。
ODの条件3によって、Aの実在的定義にはBの存在が構成条件として含まれていないことが確認される。
さらに、個体化単位が一貫しており、反事実的変更や代替可能性による補助的検証も整合している場合、次の関係が成立する。
OD_{S,D,d}(B,A)
かつ、
¬OD_{S,D,d}(A,B)
定義D12によって、この非対称性からAの構造相対的第一性が成立する。
ゆえにP3が成立する。□
AとBが互いに依存している場合、第一性の非対称性は成立しない。
また、AとBがどちらも他方に依存していない場合も、この定義による第一性は成立しない。
2.16.構造内部の定理T1
以上の議論を統合すると、構造内部における個体化と第一性について、次の定理が成立する。
定理T1:構造内部における第一性の成立
前個体的差異場Δにおいて、対象となる同一性水準Dおよび構成的解像度αに関して、実在的な構成的関係Rᶜが成立しているとする。
さらに、その構成的連結成分がI₀によって一つの構造個体S₀として成立していること、すなわち、構成的連結の最大性、対象となる同一性に関する非分解性、および構成的境界の成立が確認されているとする。
そのうえで、構造的個体化プロフィールJ_D,α(S₀)によって、構造全体の数的個体性が確定されていることが必要である。
この数的個体性には、構造内部の統一だけでなく、他構造との非自明な差異が含まれる。
さらに、P2によって内部の差異的契機が構造項として個体化されており、その構造項のあいだにODの非対称性が独立に確認される場合、構造相対的な第一性が成立する。
論証依存関係は次のとおりである。
A1 + A2a + A2b + Rᶜの実在的成立 + I₀の成立条件 → I₀(Δ, Rᶜ_{D,α} → S₀)
I₀ + K_D(S₀)・B_D^α(S₀)・Π_D^α(S₀)の独立確定 + 他構造との差異条件 → J_{D,α}(S₀) → P2a
P2a + I-1〜I-4 → I(S₀, mᵢ → xᵢ) → P2
P2 + ODの実在的判定 + 逆方向ODの不成立 → P3 → T1
T1は、あらゆる構造において必ず第一性が成立すると主張する無条件の定理ではない。
特定の構造、同一性水準および規定次元において、基底的構造個体化、構造全体の数的個体性、内部の構造項の個体化、および構成的同一性依存の非対称性が成立する場合の条件付き定理である。
したがって、構造個体の成立から第一性が自動的に導かれるわけではない。
第一性の成立には、構造内部における個体化と、個体化された構造項のあいだの実在的な構成的同一性依存が必要となる。
以上によって、本章では、前個体的差異場から基底的構造個体が成立し、その構造全体の数的個体性が確定され、さらに構造内部の差異的契機が構造項として個体化される過程を示した。
また、個体化された構造項のあいだに成立する構成的同一性依存ODの非対称性によって、構造相対的な第一性が成立することを示した。
次章では、この構造内部の個体化を前提として、構造の成立以前に実際に存在していた履歴が、後続構造に対してどのような構成的資格を持ちうるのかを検討する。
第3章 基本前提A3――通時的構成的依存の可能性
3.1.基本前提A3
構造の成立以前に存在する履歴と、後続構造のあいだの関係を説明するため、本稿では基本前提A3を導入する。
A3:通時的構成的依存可能性
ある構造Sの構成的同一性条件は、その構造が成立する以前に実際に存在した出来事、過程または関係に、通時的に構成的依存しうる。
この前提は、構造の同一性条件が、必ずしも構造成立時点の現在的な構成関係だけによって完結するとは限らないことを認めるものである。
ある構造の成立条件は、その構造が成立する以前の時間的過程にまで及びうる。
ただし、A3は、あらゆる過去の履歴が後続構造の構成的前史になると主張するものではない。
過去の履歴が時間的に先行していたとしても、その履歴がK_D(S)を実現する構成的依存秩序に関与していなければ、構成的前史として認められない。
したがって、A3は通時的構成的依存の可能性を認める前提であって、個別の履歴の構成的資格を保証する十分条件ではない。
3.2.A3の独立した論拠
A3が必要になるのは、現在の特徴だけでは対象の同一性を十分に説明できず、実際の歴史的経路そのものがその同一性条件に関与する事例が存在するからである。
例えば、現在の形態、機能、生態的特徴などが非常によく似ている二つの生物集団AとBが存在するとする。
しかし、AとBが異なる祖先集団から分岐し、それぞれ独立した進化経路をたどってきたならば、現在の特徴が類似していることだけを理由に、両者を同一の系統とみなすことはできない。
収斂進化によって、異なる系統が類似した形態や機能を獲得することはありうる。
この場合、現在の状態を完全に記述したとしても、対象がどの系統に属するのかを確定するためには、実際の祖先・子孫関係と歴史的な分岐経路が必要になる。
つまり、次のような関係が成立する。
- 現在の特徴は類似している。
- しかし、実際の系譜的経路は異なる。
- したがって、系統個体としての同一性は異なる。
ここでは、過去の履歴を現在の特徴や機能に置き換えて説明することができない。
実際の歴史的経路そのものが、系統の同一性に関与しているからである。
このような事例を存在論的な射程に含めるためには、後続構造の同一性条件が、時間的に先行する実在的な履歴に構成的に依存しうることを認める必要がある。
これがA3を採用する理由である。
3.3.A3は逆因果を意味しない
歴史的遡及性という表現について、時間的な逆因果と混同しないようにしなければならない。
ある履歴hが時点t₀に存在し、構造Sが時点t₁に成立するとする。
t₀ < t₁
構造Sが成立したことによって、過去のhが発生したという事実が変更されるわけではない。
また、hが発生した時点で、将来Sが成立することがあらかじめ決定されていた必要もない。
過去の出来事は、当時の条件、環境、選択肢および相互作用のもとで実際に発生した。
その後、後続構造Sが成立し、その構造の同一性条件を分析することによって、hがその構成的依存経路に属していたことが確定する場合がある。
したがって、遡及的に確定するのは、過去の出来事そのものではない。
遡及的に確定するのは、その履歴が後続構造に対して持つ構成的な位置づけである。
この意味で、歴史的遡及性は逆因果ではなく、過去の実在的履歴と後続構造の成立条件とのあいだに成立する通時的な構成的依存関係を表している。
3.4.A3の適用範囲
A3の適用範囲は、次のように限定される。
第一に、過去の履歴が実際に存在していなければならない。
第二に、その履歴が後続構造の構成的同一性条件に関与していなければならない。
第三に、その関与は単なる時間的先行や因果的な影響とは異なるものでなければならない。
第四に、後続構造の同一性条件と履歴との関係は、対象となる同一性水準Dと構成的解像度αにおいて判定されなければならない。
これらの条件を満たさない場合、A3を根拠として歴史的資格を主張することはできない。
第4章 歴史的履歴に関する定義
4.1.定義D13――通時的構成的関係→_c
構造内部の構成的関係Rᶜは、構造を成立させる構成的関係を扱う。
これに対し、本稿では、時間的に先行する履歴と後続構造との構成的な接続を明示するため、通時的構成的関係→_cを導入する。
定義D13:通時的構成的関係→_c
通時的構成的関係→_cとは、過去の履歴に属する出来事、過程または関係が、後続構造の構成的同一性条件を実現する実際の依存経路に組み込まれている関係である。
基本表記は次のとおりである。
h →_c S
ここでhは、後続構造Sの成立以前に実際に存在した歴史的な出来事、過程または関係である。
ただし、hがSに構成的に関係していることは、単にhがSに影響を与えたことを意味しない。
より厳密には、hが実現した構成的寄与r、または歴史的連続関係ℓを通じて、後続構造の同一性条件に接続されていることが必要である。
したがって、一般的な関係は次のように表現できる。
h →_c r → S
または、歴史的連続性そのものが構成的な意味を持つ場合には、次のように表現できる。
h →_c ℓ → S
ここでrは、過去の出来事によって実現された規則、役割、関係、制度的条件などの構成的寄与である。
ℓは、過去から後続構造へ至る実際の系譜的連続性、分岐または歴史的生成経路を表す。
特に、生物学的系統などにおいては、過去の出来事によって生み出された現在的な特徴だけでなく、歴史的な連続関係そのものが構成的な意味を持つ場合がある。
この場合、履歴を現在の状態や特徴だけに還元することはできない。
また、→_cは、Rᶜ・I・C・ODのいずれとも同一ではない。
→_cは、時間的に先行する過去の履歴が、後続構造の構成的同一性条件に関与する関係である。
4.2.定義D14――全履歴H(t₀)
後続構造Sが成立する以前には、さまざまな出来事、過程および関係が存在している。
しかし、そのすべてが後続構造の構成的前史であるわけではない。
そこで、まず構造Sが成立する以前の時間的履歴全体をH(t₀)として定義する。
定義D14:全履歴H(t₀)
H(t₀)とは、後続構造Sが成立する時点t₁に先立つ時間的範囲t₀に属する、実際の出来事、過程および関係の総体である。
t₀ < t₁
ここでt₀は単一の時点を示すものではなく、構造Sが成立する以前に広がる時間的範囲を表す。
H(t₀)には、後続構造に構成的に関係する履歴だけでなく、それとは無関係な出来事も含まれる。
したがって、H(t₀)全体をそのまま構成的前史として扱うことはできない。
4.3.定義D15――選別された履歴H_{S,D}(t₀)
全履歴H(t₀)から、特定の構造Sと同一性水準Dに対して構成的に関連する履歴を選別する必要がある。
定義D15:選別された履歴H_{S,D}(t₀)
H_{S,D}(t₀)とは、後続構造Sの同一性水準Dにおける構造的不変項K_D(S)を実現する構成的依存経路に実際に参与する履歴として選別されたものである。
その選別には、H1〜H5の充足が必要であり、さらに歴史的経路そのものが対象の同一性条件に関与する場合にはH6の充足も必要となる。
基本的な関係は次のとおりである。
H_{S,D}(t₀) ⊆ H(t₀)
ここで重要なのは、構成的前史を選別する以前に、対象となるS、D、α、K_D(S)およびB_D^α(S)が独立に確定されていなければならないことである。
分析上の順序は次のようになる。
S・D・α → K_D(S) → B_D^α(S) → H_{S,D}(t₀)
この順序を逆転させてはならない。
先に特定の歴史的出来事を構成的前史として認めたいと考え、その出来事に適合するようにKやBを設定することはできない。
また、H1〜H5を満たす履歴であっても、H6が必要となる対象についてはH6の充足を確認しなければならない。
なお、選別された履歴が構造的閉包に実際に包含されることは、この定義だけでは保証されない。
その問題はP6で独立に論証する。
4.4.定義D17――履歴対応写像ι
過去の履歴と構造的閉包のあいだには、対象の型に関する違いがある。
H_{S,D}(t₀)は、過去の出来事、過程および関係からなる。
一方、B_D^α(S)は、後続構造の同一性条件を実現する構成的契機、構成要素および構成的関係からなる。
したがって、過去の出来事そのものが、そのまま構造的閉包の構成要素になると仮定することはできない。
そこで、履歴対応写像ιを導入する。
定義D17:履歴対応写像ι
履歴対応写像ιとは、選別された過去の履歴に属する出来事、過程または関係が実現した構成的寄与、あるいは歴史的連続関係を、後続構造の構成的閉包B_D^α(S)に属する対応要素または関係に対応づける写像である。
基本表記は次のとおりである。
ι_{S,D}(h) = r
ここでhは過去の履歴、rはその履歴によって実現した構成的寄与を表す。
一つの出来事が複数の構成的寄与を実現する場合には、次のように表す。
ι_{S,D}(h) = {r₁, r₂, ...}
歴史的連続関係が対象の同一性条件を構成する場合には、次のように表す。
ι_{S,D}(h) = ℓ
ここでℓは、実際の系譜的連続性、分岐または歴史的生成経路を表す。
重要なのは、ιが単なる時間的な対応や類似性を表すものではないことである。
ιは、過去の履歴と後続構造のあいだに実際に成立した構成的依存関係を保存する対応でなければならない。
また、ιは必ずしも一対一対応を要求しない。
複数の歴史的出来事が一つの構成的寄与を実現する場合もあれば、一つの履歴が複数の構成的寄与や関係を実現する場合もある。
したがって、履歴と構造的閉包のあいだで必要なのは、個々の出来事を形式的に一対一対応させることではなく、構成的役割と依存関係の方向を保存することである。
第5章 歴史的前史の構成的資格を判定する条件
5.1.存在論的条件と証拠条件の区別
歴史的前史を論じる際には、二つの問題を区別しなければならない。
第一は、ある過去の履歴が実際に後続構造の構成的依存に参与していたかどうかという存在論的問題である。
第二は、私たちがその履歴と後続構造との構成的関係を、どのような証拠によって正当に認定できるかという認識論的問題である。
この二つを混同してはならない。
例えば、ある過去の出来事が実際に後続構造の成立に構成的に関与していたとしても、その出来事を記録した資料が失われている場合がある。
その場合、構成的依存関係が存在していたという事実と、私たちがその関係を現在認識できるかどうかは別の問題である。
証拠が不足していることから、過去の構成的依存が存在しなかったと結論することはできない。
したがって、本稿では、存在論的条件H1〜H6と、証拠条件E1・E2を区別する。
H1〜H6は、履歴が構成的前史として資格を持つための存在論的条件を扱う。
E1・E2は、その資格を正当に主張するための証拠的正当化条件を扱う。
5.2.条件H1――時間的先行性と実在性
第一条件は、対象となる履歴が、後続構造の成立以前に実際に存在していたことである。
H1:時間的先行性と実在性
構成的前史に含まれる出来事、過程または関係は、後続構造Sが成立する以前に実際に発生していなければならない。
仮想的な出来事、起こりえたが実際には起こらなかった出来事、後から作られた架空の履歴を、実際の構成的前史として扱うことはできない。
H1が要求するのは、履歴の実在性と時間的先行性である。
それ以上のことは要求しない。
過去の出来事が後続構造のために発生したことや、その出来事が将来の構造をあらかじめ目的としていたことは必要ない。
この条件によって、歴史的な構成的前史と、後世に作られた起源物語を区別するための基礎が与えられる。
5.3.条件H2――構成的寄与の実在
第二条件は、過去の出来事が後続構造に対して、実際に特定の構成的寄与を実現していることである。
H2:構成的寄与の実在
過去の履歴hは、後続構造の構成的同一性条件に関係する具体的な構成的寄与r、または歴史的連続関係ℓを実際に実現していなければならない。
ここでは、出来事そのものと、その出来事によって実現した構成的寄与を区別する。
ある人物が存在していたこと自体が、後続構造の同一性を決定するとは限らない。
また、ある出来事が実際に発生したという事実だけでも、その出来事が構成的前史であるとは限らない。
重要なのは、その出来事が何を成立させたのかである。
生物学的系統の場合には、ある祖先集団の実在だけでなく、その集団から後続集団への系譜的連続性、遺伝的継承、集団間の分岐などが構成的寄与にあたる。
制度的構造の場合には、規則、権限関係、役割秩序などが構成的寄与にあたる場合がある。
このように、構成的寄与の具体的な内容は対象となるSとDによって異なる。
H2は、その具体的な寄与が実際に存在したことを要求する。
5.4.条件H3――追跡可能な構成的連結
第三条件は、過去の履歴が実現した構成的寄与と、後続構造とのあいだに、追跡可能な構成的連結が存在することである。
H3:追跡可能な構成的連結
過去の履歴が実現した構成的寄与r、または歴史的連続関係ℓと、後続構造Sとのあいだに、実際の継承、分岐、変更、再編成または生成の経路が存在しなければならない。
この連結は、過去の構成的寄与が、そのまま同一の形態で後続構造まで保存されていることを要求しない。
構成的寄与は、途中で変化したり、再編成されたり、異なる形態に変換されたりする場合がある。
しかし、その場合でも、過去の履歴と後続構造のあいだに実際の接続関係が存在する必要がある。
例えば、ある規則が一度廃止された後、過去の制度文書に基づいて再び採用された場合、その規則の形態には時間的な断絶が存在する。
しかし、後続構造が過去の規則を参照し、再採用することで現在の制度秩序を成立させたのであれば、過去の履歴と後続構造とのあいだには追跡可能な構成的連結が存在しうる。
一方、単に後続構造と似た規則が過去にも存在したというだけでは不十分である。
歴史的な接続を示す関係が実際に存在していなければならない。
5.5.条件H4――構造的不変項に対する構成的関連性
第四条件は、過去の履歴が実現した構成的寄与が、後続構造の構造的不変項K_D(S)に対して実際の構成的関連性を持つことである。
H4:構造的不変項への構成的関連性
過去の履歴が実現した構成的寄与r、または歴史的連続関係ℓは、後続構造Sの構造的不変項K_D(S)を実現する構成的依存秩序に関与していなければならない。
これは、歴史的前史の判定において中心となる条件である。
ある過去の出来事が後続構造に因果的な影響を与えたとしても、それが対象となる同一性条件を成立させる構成的役割を担っていなければ、構成的前史として認めることはできない。
例えば、ある組織の設立者が個人的な理由で組織設立を決断したとしても、その個人的理由が組織の規則や権限秩序に構成的に組み込まれていないならば、それは単なる背景条件である可能性がある。
これに対し、設立時に形成された意思決定規則が、その後の組織の権限秩序を成立させる条件として引き継がれているならば、その規則形成は構成的な意味を持つ。
H4では、次の問いを検討する。
- その履歴が実現した寄与は、K_D(S)のどの構成的制約に関係しているのか。
- その寄与は、単なる環境的・因果的背景ではなく、対象の同一性条件を実現するための関係に属しているのか。
- その寄与を構成的依存秩序から取り除いた場合、K_D(S)の実現に何が生じるのか。
これらの問いに答えられない場合、H4が満たされたとは言えない。
5.6.条件H5――個別の出来事の代替可能性と構成的役割の必要性の区別
第五条件は、個別の歴史的出来事そのものが代替可能であることと、その出来事が担った構成的役割が必要であることを区別することである。
H5:個別の出来事の代替可能性と構成的役割の必要性の区別
ある歴史的出来事hについて、その出来事が実際の構成的依存経路において担った役割rを特定し、その出来事の個体的な存在が代替可能であるかどうかと、その役割が当該経路において構成的に必要であるかどうかを区別しなければならない。
この条件が必要なのは、構成的前史に含まれる個々の出来事が、すべて唯一不可欠な出来事であるとは限らないからである。
例えば、ある制度を成立させた特定の会合が存在していたとしても、別の日時に別の会合が開催され、同じ制度的役割が実現されていた可能性はある。
この場合、特定の会合そのものは代替可能である。
しかし、その会合が担った意思決定や規則形成という構成的役割は、何らかの形で実現されなければならなかった可能性がある。
したがって、個別の出来事の代替可能性は、その出来事が実際の成立経路で担った構成的役割を無効にしない。
生物学的系統においても、個別の突然変異や環境変化のすべてが、その系統の成立にとって唯一不可欠であるとは限らない。
異なる突然変異によって類似した適応が実現した可能性もある。
しかし、そのことは、実際に成立した系譜的連続性や分岐経路の構成的意味を否定しない。
H5によって区別されるのは、次の二つである。
- 個別の出来事hが別の出来事h’によって置き換えられうるか。
- hが実際の経路において担った構成的役割rが、その経路において必要だったか。
この区別によって、個々の出来事の代替可能性を理由に、歴史的前史全体の構成的意味を否定することを避けられる。
5.7.条件H6――歴史的同一性の不可還元条件
H1〜H5によって、過去の履歴が実際に存在し、構成的寄与を実現し、後続構造との追跡可能な連結を持ち、構造的不変項に関連し、その役割が実際の経路において必要であったかを検討できる。
しかし、これだけでは、歴史的な原因やアンカリングと、歴史的経路そのものが同一性を構成する場合を十分に区別できない。
そこでH6を追加する。
H6:歴史的同一性の不可還元条件
対象となる構造Sの同一性水準Dにおいて、その歴史的経路または系譜的連続性そのものが構造の同一性条件を構成しており、現在の性質、形態、機能、関係的位置または単なる起源のアンカリングに還元できない場合、その歴史的経路を同一性の構成的条件として認める。
H6は、あらゆる歴史的前史に一律に要求される条件ではない。
歴史的経路そのものが対象の同一性条件に関与する場合に要求される追加条件である。
例えば、制度的構造において、過去の規則形成が後続構造の同一性を実現する構成的寄与を持つとしても、その個別の出来事そのものが制度の歴史的同一性にとって不可還元的であるとは限らない。
別の出来事によって同一の制度的役割が成立しうる場合もある。
これに対して、生物学的系統のように、対象が実際の祖先・子孫関係によって成立する歴史的個体である場合、系譜的経路そのものが同一性条件に関与する。
ここでは、現在の形態や機能が類似しているというだけでは、同じ系統であるとは言えない。
実際の系譜的連続性が異なれば、現在の形態や機能が非常によく似ていても、それは別個の歴史的系統でありうる。
したがって、H6が要求するのは、個々の歴史的出来事すべてが代替不可能であることではない。
要求されるのは、対象の同一性を成立させる歴史的経路そのものが、別の経路によって単純に置き換えられないことである。
ここでは、H5とH6の役割が異なる。
H5は、実際の歴史的経路において、個別の出来事とその構成的役割を区別する。
H6は、歴史的経路そのものが対象の同一性条件を構成しているかを判定する。
したがって、
H5 ≠ H6
であり、両者は相互に補完する。
5.8.証拠条件E1――歴史的事実の識別可能性
H1〜H6が存在論的な条件であるのに対して、その条件が特定の事例で実際に成立していることを主張するためには、独立した証拠が必要になる。
E1:歴史的事実の識別可能性
過去の出来事h、その出来事が実現した構成的寄与r、または歴史的連続関係ℓと、後続構造Sとの実際の接続を、独立した証拠によって裏づけられること。
証拠として利用されるものは、対象の性質に応じて異なる。
歴史的な組織の場合には、文書記録、制度的継承、物質的痕跡、複数の独立した証言などが利用されうる。
生物学的系統の場合には、化石、形態学的特徴、層序学的情報、遺伝的情報、分子系統解析などが利用されうる。
ここで、すべての歴史的出来事について直接的な記録が存在しなければならないわけではない。
重要なのは、利用可能な証拠が、どの事実をどの程度まで支持しているかを明確にすることである。
また、証拠が不足している場合には、構成的依存が存在しないと結論するのではなく、その構成的依存を正当に認定できていないと判断する必要がある。
5.9.証拠条件E2――事後的な命名・歴史的物語からの独立性
E2:事後的な命名・歴史的物語からの独立性
過去の出来事が構成的前史として位置づけられることが、後続構造による事後的な命名、自己正当化的な歴史物語、象徴的な起源伝承だけに依存していないこと。
この条件は、歴史的資格が後続構造によって自由に作り出されるわけではないことを保証する。
例えば、ある組織が自らの正統性を説明するために、特定の歴史的人物を創設者として位置づけたとしても、その伝承だけでは、当該人物が実際に組織の創設に構成的に関与したことを証明できない。
また、生物学的系統についても、後から与えられた分類名や系統図だけで、歴史的な系譜関係が成立するわけではない。
分類や名称は、実際の歴史的関係を記述するためのものであり、その関係を発生させるものではない。
E2は、歴史的資格の存在論的成立と、後続構造による事後的な物語化を区別する。
5.10.H1〜H6とE1・E2の統合
以上を整理すると、各条件の役割は次のとおりである。
| 条件 | 名称 | 判定内容 |
|---|---|---|
| H1 | 時間的先行性と実在性 | 履歴が実際に存在し、後続構造に時間的に先行していること |
| H2 | 構成的寄与の実在 | 履歴が具体的な構成的寄与または歴史的連続関係を実現したこと |
| H3 | 追跡可能な構成的連結 | 履歴と後続構造を結ぶ実際の構成的経路が存在すること |
| H4 | 構造的不変項への構成的関連性 | 履歴がK_D(S)を実現する構成的依存秩序に関与すること |
| H5 | 出来事の代替可能性と役割の必要性 | 個別の出来事とその構成的役割を区別すること |
| H6 | 歴史的同一性の不可還元性 | 歴史的経路そのものが対象の同一性を構成する場合、その不可還元性を確認すること |
| E1 | 歴史的事実の識別可能性 | 履歴と構成的寄与を独立した証拠によって裏づけること |
| E2 | 事後的物語からの独立性 | 後世の命名や伝承だけで歴史的資格を認定しないこと |
このうち、H1〜H5は一般的な歴史的前史の選別条件である。
H6は、歴史的経路そのものが対象の同一性条件に関与する場合に必要となる追加条件である。
E1・E2は、これらの条件が実際に成立していることを正当に認定するための証拠条件である。
したがって、本稿の基本的な関係は次のようになる。
H1〜H5 + (必要な場合のH6) → 構成的前史の候補
E1 + E2 → 構成的資格の証拠的正当化
ただし、この段階では、履歴が後続構造の構造的閉包に実際に含まれることまでは証明されていない。
この問題はP6で別途扱う。
第6章 命題P4〜P6――歴史的前史の選別と構成的閉包への包含
6.1.命題P4――歴史的遡及性の可能性
命題P4:通時的構成的依存の可能性
基本前提A3を採用する場合、ある構造Sの成立以前に実際に存在した履歴hが、その構造の構成的同一性条件を実現する依存経路に組み込まれている可能性が認められる。
このとき、hは構造Sに対して通時的構成的依存関係を持ちうる。
基本形式は次のとおりである。
h →_c S
直接の前提
- A3:通時的構成的依存可能性。
- D13:通時的構成的関係。
- D14:全履歴H(t₀)。
証明
A3によって、後続構造の構成的同一性条件が、構造成立以前の履歴に依存しうることが認められる。
D13によって、この関係は単なる時間的先行や因果的影響とは異なる通時的構成的関係として定式化される。
D14によって、後続構造の成立以前に存在した実際の履歴がH(t₀)として区別される。
したがって、H(t₀)に属する過去の履歴hが、後続構造Sの構成的同一性条件を実現する依存経路に組み込まれる可能性が認められる。
ゆえに、
h →_c S
が成立しうる。□
命題の限定
P4が示すのは、通時的構成的依存が成立しうるという可能性である。
具体的な履歴が実際に構成的前史としての資格を得たことまでは証明していない。
そのためには、H1〜H5、必要な場合のH6、および証拠条件E1・E2による検証が必要となる。
また、A3は独立した存在論的前提であり、P4によって演繹的に証明されるものではない。
6.2.命題P5――構成的前史の候補の選別可能性
命題P5:構成的前史の候補の選別
対象となる構造S、同一性水準D、構成的解像度α、および構造的不変項K_D(S)が、過去の履歴の選別とは独立に確定されているとする。
このとき、全履歴H(t₀)に属する過去の履歴について、H1〜H5を満たし、さらに歴史的経路そのものが対象の同一性条件に関与する場合にはH6も満たしていることを確認できるならば、その履歴を構成的前史の候補H_{S,D}(t₀)として選別できる。
E1・E2は、この資格判定を行うための証拠的正当化を与える。
ただし、P5は、選別された履歴が実際に構造的閉包B_D^α(S)に包含されていることまでは証明しない。
直接の前提
- P4:通時的構成的依存の可能性。
- S、Dおよびαの独立した確定。
- K_D(S)の独立した確定。
- B_D^α(S)の独立した確定。
- H1〜H5の充足。
- 必要な場合におけるH6の充足。
- E1・E2による証拠的正当化。
証明
まず、H1によって、対象となる履歴が後続構造Sの成立以前に実際に存在していたことが確認される。
次に、H2によって、その履歴が実際に構成的寄与rまたは歴史的連続関係ℓを実現していたことが確認される。
H3によって、その寄与と後続構造Sとのあいだに追跡可能な構成的連結が存在することが確認される。
H4によって、その履歴が実現した寄与が、構造的不変項K_D(S)を実現する構成的依存秩序に関与していることが確認される。
H5によって、個別の出来事そのものの代替可能性と、その出来事が実際の経路において担った構成的役割の必要性が区別される。
さらに、対象の同一性条件が歴史的経路そのものに依存する場合には、H6によって、その経路が単なる因果的起源や歴史的アンカリングに還元できないことが確認される。
E1によって、これらの歴史的事実と構成的寄与が独立した証拠によって支持される。
E2によって、歴史的資格が後続構造による事後的な命名や自己正当化的な歴史物語だけに依存していないことが確認される。
以上の条件によって、対象となる履歴を、単なる時間的背景や偶然的な因果的条件から区別できる。
したがって、H(t₀)の内部から、構造Sと同一性水準Dに関係する構成的前史の候補を選別できる。
その関係は次のとおりである。
H_{S,D}(t₀) ⊆ H(t₀)
ゆえに、P5が成立する。□
命題の限定
P5は、構成的前史の候補を選別できることを示す。
しかし、候補として選別されたことと、その構成的寄与が後続構造の最小完全な構造的閉包に実際に包含されていることは別である。
また、H1〜H6が実際に満たされているにもかかわらず、その履歴についての証拠が不十分な場合、存在論的な構成的依存を否定することはできない。
その場合には、その履歴についてのQの具体的な主張は、証拠上まだ確定していないと判断する必要がある。
したがって、P5だけから歴史的資格Qを導くことはできない。
6.3.命題P6――選別された履歴の構造的閉包への実際の包含
命題P6:歴史的前史の構造的閉包への包含
P5によって選別された履歴H_{S,D}(t₀)について、履歴対応写像ιが実際の構成的寄与rまたは歴史的連続関係ℓを、後続構造Sについて独立に確定された構造的閉包B_D^α(S)の対応要素または関係に正しく対応づけ、構成的依存関係を保存することが確認される場合、その履歴の構成的寄与は当該の閉包に包含される。
形式的には、次の包含関係が成立する。
ι_{S,D}[H_{S,D}(t₀)] ⊆ B_D^α(S)
直接の前提
- P5:構成的前史の候補H_{S,D}(t₀)が選別されていること。
- K_D(S)が独立した基準によって確定されていること。
- B_D^α(S)がK_D(S)を実現する最小完全な構成的閉包として独立に確定されていること。
- 履歴と後続構造とのあいだに実際の通時的構成的経路が存在すること。
- 履歴対応写像ιが、過去の構成的寄与または歴史的連続関係を、B_D^α(S)の要素または関係に正しく対応づけていること。
- 対応関係が構成的依存の方向と役割を保存していること。
証明
P5によって、H1〜H5および必要な場合のH6を満たす履歴H_{S,D}(t₀)が選別されている。
しかし、履歴が構成的前史の候補であることは、その履歴が後続構造の構造的閉包に実際に含まれていることを意味しない。
この点を確認するには、構造Sについて独立に確定されたB_D^α(S)を用いなければならない。
B_D^α(S)は、構造的不変項K_D(S)を実現するために必要な構成的契機および構成的関係を含む最小完全な閉包である。
一方、H_{S,D}(t₀)は過去の出来事、過程および関係からなる。
両者は異なる型の対象を含んでいる。
したがって、過去の出来事そのものがBに含まれると仮定するのではなく、その出来事によって実現した構成的寄与、または歴史的連続関係をιによってBの要素または関係に対応づける必要がある。
その対応が実際の構成的依存関係を保存している場合、次の包含関係が成立する。
ι_{S,D}[H_{S,D}(t₀)] ⊆ B_D^α(S)
ここで、特に重要なのは、Bを履歴の選別に都合よく事後的に拡張してはならないことである。
Bは、K_D(S)、Dおよびαに基づいて履歴の選別以前に独立に確定されなければならない。
そのうえで、その閉包の内部に、履歴が実現した構成的寄与が実際に対応づけられることを証明しなければならない。
この確認は、少なくとも次のことを要求する。
- 選別された履歴のどの出来事が対象となるのか。
- その出来事が実現した構成的寄与は何か。
- その寄与はB_D^α(S)のどの要素または関係に対応するのか。
- その関係はK_D(S)のどの制約を実現するのか。
- 当該寄与を含めるためにB_D^α(S)の境界を事後的に変更していないこと。
以上が確認されるならば、選別された履歴の構成的寄与は、後続構造の最小完全な構成的依存閉包に実際に含まれる。
ゆえに、P6が成立する。□
命題の限定
P6は、すべての構造について選別された履歴が自動的にB_D^α(S)に含まれると主張するものではない。
その包含は、個別の構造と履歴について独立に確認されなければならない。
五条件を満たしていても、履歴対応写像による構成的寄与の閉包包含が確認できない場合、その履歴は構成的前史の候補にとどまり、歴史的資格Qが確定したとは言えない。
また、P6は閉包包含が確認された場合の論理的帰結を示すものである。具体的な歴史事例における包含そのものは、当該事例の証拠と構造分析によって立証されなければならない。
第7章 歴史的資格Qと歴史的第一性
7.1.定義D16――歴史的資格Q
ここまでの議論によって、過去の履歴が後続構造の構成的前史として資格を得る条件が明らかになった。
本稿では、この資格を歴史的資格Qと呼ぶ。
定義D16:歴史的資格Q
歴史的資格Qとは、構造Sの成立以前に実際に存在した履歴H_{S,D}(t₀)が、H1〜H5を満たし、歴史的経路そのものが対象の同一性条件に関与する場合にはH6も満たし、さらに、その構成的寄与または歴史的連続関係が履歴対応写像ιによって、構造的不変項K_D(S)を実現する同一の構造的閉包B_D^α(S)に実際に対応づけられることによって、その構造の構成的前史として認められる資格である。
基本表記は次のとおりである。
Q_{S,D}(H_{S,D}(t₀), t₁)
この表記は、選別された履歴H_{S,D}(t₀)が、時点t₁に成立した構造Sに対して、同一性水準Dにおける構成的前史としての資格を持つことを示す。
Qは、過去の履歴に最初から備わっている絶対的な性質ではない。
同じ履歴であっても、異なる構造や異なる同一性水準に対しては、異なる構成的意味を持つ場合がある。
例えば、ある組織の創設過程は、その組織の制度的同一性にとって構成的な前史となる場合がある。
しかし、その履歴が同じ組織の法的同一性を成立させる決定的条件であるとは限らない。
同様に、生物学的系統のある祖先集団に関する履歴は、系統的同一性にとって構成的であっても、現在の個々の生物個体の数的同一性を直接構成するわけではない。
したがって、Qは構造Sと同一性水準Dに相対的な資格である。
7.2.歴史的資格の存在論的成立と証拠的正当化
ここでは、歴史的資格の存在論的成立と、その資格を私たちが正当に認定できるかどうかを、さらに明確に区別する。
歴史的な構成的依存関係が実際に成立していることを、存在論的資格Qᴼとする。
一方、その資格がE1・E2によって証拠的に正当化されていることをW(Qᴼ)とする。
したがって、次の二つは異なる。
Qᴼ(H,S)
W(Qᴼ)
前者は歴史的資格そのものの成立を示し、後者はその資格についての認識論的な正当化を示す。
証拠が不足していることから、過去の構成的依存関係が存在しなかったと結論することはできない。
ただし、証拠が不足している場合には、その歴史的資格を認定することができないという認識上の制約が残る。
7.3.歴史的資格Qが示すもの
歴史的資格Qが成立したということは、過去の履歴が単なる時間的背景ではないことを意味する。
その履歴は、後続構造の同一性条件を実現する構成的依存秩序の一部に属している。
ただし、Qが成立しても、過去の履歴が唯一の可能な構成経路であったことまでは意味しない。
また、Qは、履歴に含まれるすべての出来事が等しく構成的な重要性を持つことも意味しない。
構成的資格を持つのは、H1〜H5を満たし、必要な場合にはH6も満たし、その構成的寄与が同一の構造的閉包に対応づけられた履歴である。
したがって、Qは、過去のすべてを後続構造に従属させる概念ではない。
過去の履歴がそれ自体として実際に存在していたことを維持したまま、その履歴が特定の後続構造に対して持つ構成的な位置を明らかにする概念である。
7.4.歴史的資格と歴史的第一性の区別
ここでは、歴史的資格Qと歴史的第一性を区別する必要がある。
Qは、歴史的前史が後続構造の構成的依存秩序に含まれていることを示す。
しかし、歴史的な履歴に複数の構成的契機が存在していたとしても、それらのあいだに必ず第一性が成立するとは限らない。
歴史的な時間的先行性と、存在論的な第一性は異なるからである。
例えば、ある履歴h₁が別の履歴h₂よりも時間的に先行していたとしても、そのことだけでh₁がh₂に対して第一性を持つとは言えない。
必要なのは、構造項として個体化された対象のあいだに、実在的かつ非対称的なODが成立していることである。
したがって、次の関係を区別しなければならない。
歴史的資格Q ⇏ 歴史的第一性
Qは歴史的前史の構成的資格を示す。
歴史的第一性は、その前史に属する個体化された構造項のあいだにODの非対称性が成立する場合に限って認められる。
7.5.歴史内部の第一性とOD
歴史内部の第一性を認めるためには、過去の履歴に含まれる構成的契機が、単に時間的に先行しているだけでは不十分である。
それらの契機が、前章で定めた個体化条件を満たす構造項として確定されていなければならない。
そのうえで、それらの構造項のあいだにODが成立しているかどうかを判定する必要がある。
ここでは、過去の履歴h₁とh₂が存在する場合を考える。
それぞれの履歴が構成的寄与r₁とr₂を実現していたとする。
ι(h₁) = r₁
ι(h₂) = r₂
しかし、これだけではr₁とr₂がODによって結びついているとは言えない。
必要なのは、それぞれの寄与が個体化条件に照らして構造項として成立し、ODの判定基準に従ってその構成的同一性依存が確認されることである。
このとき、歴史的な構成的依存と構造内部の第一性が同一の秩序に接続される可能性が生じる。
7.6.歴史的第一性の射程
歴史的第一性は、歴史的前史に含まれるすべての出来事に適用されるものではない。
また、すべての歴史的系統や組織に必ず成立するものでもない。
歴史的な構成的寄与のあいだに、構造的な個体化とODの非対称性が成立する場合に限って認められる。
したがって、本稿の主張は次のように限定される。
第一に、歴史的前史は、後続構造に対して構成的資格を持ちうる。
第二に、歴史的前史の構成的寄与は、構造的閉包に実際に包含されなければならない。
第三に、歴史的資格が成立しても、第一性が自動的に成立するわけではない。
第四に、歴史的な構成的寄与が構造内部の個体化とODに接続される場合に限って、歴史的前史と構造内部の第一性を同一の構成的依存秩序に統合できる。
第8章 中心的適用事例――生物学的系統の歴史的個体性
8.1.なぜ生物学的系統を中心事例とするのか
歴史的前史が構造の同一性を構成するという主張を検証するためには、現在の構造的特徴だけでは対象の同一性を十分に説明できず、実際の歴史的経路が同一性条件に関与する事例が必要となる。
この点で、生物学的系統は適切な事例である。
生物学的系統の同一性は、現在存在する個体の形態、機能または生態的特徴の類似性だけによって決まるわけではない。
その系統が、どの祖先集団から派生したのか、どのような遺伝的・系譜的連続性を維持してきたのか、どのような分岐を経て成立したのかという歴史的な経路が、系統の個体性を構成する場合がある。
この点は、生物学の哲学において重要な問題として論じられてきた。
Ghiselinは、種を単なる性質の集合や普遍者として扱うのではなく、進化過程のなかで成立する具体的な個体として理解する立場を提示した。
Hullも、生物学的種が進化の単位として成立するためには、構成個体間の類似性よりも、実際の系譜的連続性が重要であると論じている。
これらの議論は、対象の同一性が現在的な特徴だけでなく、その対象がどのような歴史を経て成立したのかに依存しうることを示している。
本稿では、この歴史的個体性を構造的個体化の観点から再構成する。
ここで注意すべきなのは、生物学的系統のすべての種類を同一の存在者として扱うわけではないことである。
種、属、系統、クレードなどには、それぞれ異なる分類上・存在論上の問題が存在する。
したがって、個別の事例では、何を一つの構造個体として扱うのかというDをあらかじめ限定しなければならない。
8.2.対象構造Sと同一性水準Dの確定
具体例として、鯨類の進化的系統を考える。
ここで分析対象とするSは、現在の鯨類の個体を単純に集めた集合ではない。
また、現在の鯨類が共有する形態的特徴の集合でもない。
分析対象は、実際の祖先・子孫関係と分岐を通じて成立してきた鯨類の歴史的な系統構造である。
対象となる同一性水準Dは、鯨類を一つの系統的な歴史的個体として扱う水準に限定する。
構成的解像度αについては、系譜的連続性、集団の生成および分岐、遺伝的継承など、対象となる系統の同一性を実現する構成的関係を判定できる水準を先に固定する。
ここで、Dとαの一般的定義を変更しているわけではない。
本稿の定義に従って、個別事例における分析対象と解像度を指定している。
この指定によって、形態的類似性だけを根拠とする分類と、実際の系譜的連続性に基づく系統的同一性を区別できる。
8.3.鯨類の進化的履歴
鯨類の進化は、陸上生活を営んでいた祖先集団から、水中生活に適応した系統へと移行した重要な進化的事例として知られている。
初期の鯨類の化石は、約5250万年前の始新世初期にまで遡るとされる。
Uhenによる研究では、化石、形態、地層、分子生物学などの複数の証拠を通じて、陸上生活から水中生活への移行過程が再構成されている。
Thewissenらの研究も、陸上性の祖先に近い形態を持つ初期鯨類から、水陸両方の環境に適応した形態、さらに高度に水中生活へ適応した形態へ至る多様な化石記録を整理している。
ここで重要なのは、これらの化石が単純な一本の直線的な祖先系列を構成していると考える必要はないという点である。
個々の化石分類群が、現在の鯨類の直接的祖先であったと断定できるわけではない。
実際の進化史には、複数の系統の分岐や絶滅、適応の違いが含まれている。
したがって、本稿では、個々の化石種をすべて直接の祖先として位置づけることはしない。
問題となるのは、それらの化石記録、形態学的情報、地層学的情報および分子系統学的情報によって支持される、実際の系譜的連続性と分岐の歴史である。
現生鯨類の系統も、過去の鯨類の進化と分岐を経て成立した歴史的な構造として理解される。
ここでは、現在の鯨類がどのような形態的特徴を持っているかだけでなく、実際にどのような進化的経路を通って成立したのかが重要になる。
この意味で、鯨類の系統は、歴史的経路そのものが個体性に関与する事例となる。
8.4.K_D(S)の独立判定
ここで、鯨類の系統における構造的不変項K_D(S)を考える。
K_D(S)は、個々の化石や現在の鯨類の形態的特徴を単純に列挙するものではない。
対象となる系統的同一性を維持する構成的制約を示すものである。
系統的同一性の水準では、少なくとも次の構成的条件が問題となる。
K1:系譜的連続性
対象となる系統が、実際の祖先・子孫関係によって歴史的に連続していること。
K2:歴史的な生成関係
対象となる系統の各構成的段階が、実際の世代交代、集団の継承および生成過程に接続されていること。
K3:分岐関係
対象となる系統が、他の系統から区別される実際の分岐関係を持つこと。
K4:歴史的な同一性の維持
形態、機能および生態的特徴が変化しても、系譜的連続性によって同一の歴史的系統として追跡できること。
K5:他の系統との非同一性
現在の特徴が類似している別の系統と、実際の祖先・子孫関係の違いによって区別できること。
これらは、特定の過去の出来事をあらかじめ構成的前史として認めるために設定したものではない。
対象となるD、αおよび系統的同一性の性質から、Kの候補を独立に確定するための構成的制約である。
また、ここで列挙したK1〜K5は、すべての生物学的系統にそのまま適用される普遍的な不変項の完全な一覧ではない。
あくまで、鯨類の系統的同一性を分析するための候補である。
これらの最小性と完全性は、実際の対象の範囲を限定したうえで検討されなければならない。
8.5.構成的閉包B_D^α(S)
次に、K_D(S)を具体的に実現する構造的閉包を考える。
ここでBは、単に過去の化石や現在の鯨類個体を集めた集合ではない。
Bは、鯨類の系統的同一性を成立させる実際の構成的依存ネットワークである。
その内部には、系譜的連続性、世代間の継承、集団の生成、分岐、遺伝的伝達などの構成的関係が含まれる。
特に、本事例で重要なのは、歴史的連続関係ℓがBの内部に含まれることである。
ℓᵢ ∈ B_D^α(S)
この関係は、ある過去の履歴が現在の状態を生み出したという因果的関係だけを表すものではない。
実際の系譜的連続性が、対象となる系統の個体性を成立させる構成的依存秩序に含まれていることを表す。
ただし、この包含は、歴史的履歴を含めるためだけにBを事後的に拡張して成立させるものではない。
Bは、K_D(S)を実現する最小完全な閉包として、歴史的履歴の選別に先立って独立に確定されなければならない。
その結果として、歴史的連続関係がBに含まれることが確認される必要がある。
8.6.H1――系統の歴史的実在性
鯨類の進化的履歴には、実際の祖先集団、集団間の継承、分岐および形態的変化が存在していた。
これらは、現在の分類や名称によって作り出されたものではない。
化石、地層、形態および分子系統学的証拠によって、過去に実在した進化過程として研究されている。
したがって、H1は対象となる具体的な履歴について、独立した証拠によって検討できる。
ただし、すべての祖先集団について直接的な化石が見つかっているわけではない。
H1は、すべての過去の個体を直接確認することを要求するものではない。
実在した歴史的過程と、その時系列的な位置づけが、合理的な証拠によって支持されることを要求する。
8.7.H2――系譜的連続性の構成的寄与
次に、過去の履歴が実際にどのような構成的寄与を実現したのかを検討する。
鯨類の進化において、過去の祖先集団から後続集団への遺伝的継承や繁殖を通じた集団の連続性が存在する。
これらの過程は、単に過去の集団が現在の集団に似ていたということではない。
実際の系譜的関係によって、後続集団が生成されたことを意味する。
したがって、構成的寄与として重要なのは、個別の形態的特徴だけではなく、世代間の継承と系譜的連続性である。
この連続性が、対象となる系統の同一性条件に関与している場合、H2が満たされる。
8.8.H3――追跡可能な系譜的連結
H3では、過去の履歴が後続構造にどのように接続されるかを検討する。
鯨類の進化に関しては、初期の化石記録、形態学的特徴、地層学的情報および分子系統学的証拠を組み合わせることによって、陸上生活を営んでいた祖先に近い系統から水中生活に適応した系統への移行が再構成されている。
この過程は、単一の化石個体を現在の鯨類へ直接つなぐものではない。
複数の系統の分岐、絶滅および適応を含む歴史的な連続関係である。
したがって、H3にとって必要なのは、すべての個体を直接追跡できることではなく、過去の集団と後続集団をつなぐ実際の系譜的経路が存在することである。
この点で、化石記録の不完全性は、直ちに系譜的連続性の不存在を意味しない。
ただし、具体的な履歴の一部が証拠によって支持されていない場合、その部分についての構成的資格の主張は限定されなければならない。
8.9.H4――構造的不変項との関連性
H4においては、系譜的連続性が対象となる構造的不変項K_D(S)を実現する構成的関係であることが重要になる。
鯨類の系統が一つの歴史的個体として成立しているのは、現在の生物が特定の形態を共有しているからだけではない。
それらが実際の祖先・子孫関係および分岐を通じて結びついているからである。
仮に、現在の形態や生態的特徴が非常に類似した別の生物集団が存在したとしても、その集団が鯨類の系統と異なる祖先から独立に成立していたならば、同一の系統とは認められない。
したがって、系譜的連続性は、対象の分類上の特徴に付け加えられた単なる歴史的情報ではない。
対象が何であるかを成立させる構成的条件に属している。
この点で、H4が満たされる可能性が認められる。
8.10.H5――個別の進化的出来事の代替可能性
H5については、個別の進化的出来事と、系統全体の構成的役割を区別する必要がある。
例えば、鯨類の進化における個々の突然変異、個別の環境変化、特定の生物個体の繁殖などは、それぞれ別の出来事によって置き換えられた可能性がある。
同じ適応的機能が、別の遺伝的変化によって実現した可能性もある。
また、実際に存在した特定の祖先個体が、同じ集団の別個体に置き換わったとしても、より広い水準では同じ系統的連続性が維持されていた可能性がある。
したがって、個々の進化的出来事のすべてが唯一不可欠だったとは言えない。
しかし、そのことは、実際に成立した系譜的連続性が構成的寄与を持つことを否定しない。
ここでは、個別の突然変異や繁殖イベントの代替可能性と、系統を一つの歴史的個体として成立させる系譜的連続性の必要性を区別する。
したがって、H5は、歴史的前史を構成するすべての個別的出来事の唯一性を要求するものではない。
要求されるのは、実際の経路において構成的に必要だった役割を識別することである。
8.11.H6――系譜的連続性の歴史的不可還元性
鯨類の系統をH1〜H5によって検討した場合、歴史的経路そのものが対象の同一性条件に関与している可能性が認められる。
ここでH6を検討する。
系統の個体性が、現在の形態的・機能的特徴だけで決まるならば、異なる歴史的経路を通じて成立した二つの集団であっても、現在の特徴が一致する場合には同一の系統として認められることになる。
しかし、系統的同一性はそのようには成立しない。
対象となる系統が実際にどの祖先集団から派生し、どのような系譜的連続性を経て成立したのかは、その系統が何であるかに関係している。
仮に、現在の形態や機能が完全に同じである二つの生物集団が存在していたとしても、一方が鯨類の系譜に属し、他方が別の系譜から独立に成立したならば、両者は同一の歴史的系統ではない。
形態的な類似性や機能的な一致によって、実際の祖先・子孫関係の違いを消去することはできない。
ここでは、個々の歴史的出来事の代替可能性と、歴史的経路全体の代替不可能性が区別される。
鯨類の系統においては、個別の突然変異や個々の繁殖イベントが別の出来事に置き換えられていた可能性はある。
しかし、実際に成立した系譜的経路を、無関係な別の系譜に置き換えたならば、それは同じ歴史的系統ではない。
この意味で、歴史的経路そのものが同一性条件に関与している。
したがって、鯨類の系統はH6の適用を検討する適切な事例である。
ただし、特定の系統分類における同一性の範囲は、対象となる分類水準Dと構成的解像度αを明示して判断しなければならない。
8.12.E1・E2による証拠的正当化
鯨類の系統的同一性は、単一の種類の証拠だけによって説明されるわけではない。
化石、形態、地層および分子生物学的証拠が相互に利用される。
Uhenの研究は、初期鯨類の化石記録と陸上から水中への移行を、複数の証拠を通じて整理している。
Thewissenらの研究も、初期鯨類の多様な化石群を検討し、形態的な変化を通じて進化の過程を再構成している。
さらに、分子系統学的研究は、現生鯨類の系統関係を検討するための独立した情報を提供している。
これらの証拠は、H1〜H6の充足を検討するための基礎となる。
しかし、ここでは証拠の範囲を超えた主張を避けなければならない。
ある化石が発見されたという事実だけで、その化石個体が現在の鯨類の直接的祖先だったと結論することはできない。
また、化石記録に空白があることから、系譜的連続性が存在しなかったと結論することもできない。
必要なのは、利用可能な証拠によって支持される実際の歴史的関係を特定し、その範囲内で構成的資格を認定することである。
E2についても同様である。
後世に成立した分類名や系統図は、実際の歴史的経路を記述するための理論的・科学的表現である。
名称そのものが、系譜的連続性を成立させるわけではない。
したがって、証拠に基づく歴史的再構成と、後から与えられた分類上の名称は区別される。
8.13.鯨類の系統における履歴対応写像
以上の検討を履歴対応写像ιに接続する。
鯨類の系統の成立に関わる実際の履歴hᵢについて、それぞれの履歴が実現した構成的寄与をrᵢ、系譜的連続関係をℓᵢとする。
制度的な履歴などとは異なり、本事例では、個々の出来事によって生み出された現在的特徴だけではなく、歴史的連続関係そのものが重要になる。
したがって、履歴対応写像は次のように表される。
ι_{S,D}(hᵢ) = ℓᵢ
この場合、ℓᵢは、祖先・子孫関係、世代間の継承、分岐および系譜的連続性を実現する関係である。
そして、P6が成立するためには、これらの関係が、独立に確定された構造的閉包B_D^α(S)に実際に含まれていることを示さなければならない。
ℓᵢ ∈ B_D^α(S)
したがって、
ι_{S,D}[H_{S,D}(t₀)] ⊆ B_D^α(S)
が成立する場合、歴史的前史は後続構造の構成的依存秩序の一部として位置づけられる。
ここで、過去の出来事hᵢそのものが現在の構造項に変換されるわけではない。
写像ιが対応づけるのは、実際の履歴が実現した系譜的連続関係である。
この点において、鯨類の系統は、歴史的な前史を現在の性質や構成要素に還元せず、歴史的経路そのものを構成的依存秩序の内部に位置づける事例となる。
8.14.中心事例の検証結果
鯨類の系統を対象とする本章の検討を整理する。
| 条件 | 判定の方向 | 理由 |
|---|---|---|
| H1 | 肯定 | 過去の集団および進化過程が実在したことを化石等から検討できる |
| H2 | 肯定 | 世代間の継承や系譜的連続性が実際の構成的寄与を実現する |
| H3 | 肯定 | 複数の独立した証拠から歴史的連結を再構成できる |
| H4 | 肯定 | 系譜的連続性が系統の同一性条件に関与する |
| H5 | 肯定 | 個別の出来事の代替可能性と系統的役割の必要性を区別できる |
| H6 | 肯定 | 歴史的経路そのものが系統的同一性を構成する |
| E1 | 肯定 | 化石・形態・層序・分子系統学的証拠を利用できる |
| E2 | 肯定 | 後世の名称だけでなく独立した証拠から系統を再構成できる |
この判定は、鯨類のあらゆる祖先個体や個別の進化的出来事について完全な史料的証明が得られたという意味ではない。
個別の履歴については証拠の強さに応じた限定が必要である。
しかし、歴史的な系譜的連続性が、対象となる系統的同一性を成立させる構成的条件であることは、本稿の理論が扱う歴史的遡及性の中心的な適用例となる。
第9章 組織形成の事例――歴史的資格の境界と対象相対性
9.1.組織形成の事例を境界事例として扱う理由
歴史的前史の構成的資格を判定する場合、ある過去の出来事が後続構造の成立に実際に寄与したことと、その出来事が対象の歴史的同一性にとって不可還元的であることは区別されなければならない。
この区別を明確にするため、組織形成の事例を検討する。
組織の現在的な制度秩序が、過去の規則形成や権限設定によって成立していたとしても、その特定の歴史的出来事が組織の歴史的同一性にとって不可還元的であるとは限らない。
ある会合が規則を制定したとしても、別の会合によって同じ規則が制定されていた可能性がある。
したがって、その会合は組織の実際の成立経路において構成的寄与を実現したとしても、歴史的経路そのものが不可還元的であるとは限らない。
この意味で、組織形成の事例は、H1〜H5による構成的資格の選別と、H6による歴史的同一性の不可還元性を区別するために有効である。
9.2.構成的寄与と創設者個人の区別
ある組織の成立以前に、複数の人物が実際に関与していたとする。
その履歴には、基本目的の設定、規則の形成、構成員資格の決定、意思決定手続きの成立、権限関係の確定などが含まれる。
ここでは、特定の人物が存在していたこと自体と、その人物が実現した制度的寄与を区別しなければならない。
例えば、ある人物が最初の会計担当者だったとしても、その人物の数的同一性が組織の同一性を構成するとは限らない。
構成的に重要なのは、その人物が実現した役割、権限関係および制度的条件である。
したがって、履歴対応写像は次のように表される。
ι(h₁) = r₁
ι(h₂) = r₂
ここでr₁・r₂は、それぞれの歴史的出来事によって実現した構成的寄与である。
この対応は、特定の人物の個体性を、そのまま組織の個体性へと転換するものではない。
9.3.組織におけるH5とH6
組織の場合、実際の創設的な出来事が代替可能であっても、その出来事が担った役割は組織の同一性にとって必要である可能性がある。
例えば、ある組織の意思決定手続きは、特定の会合で採択されたかもしれない。
しかし、別の会合で同じ手続きが採択されていたとしても、組織の制度的同一性は維持されていた可能性がある。
この場合、特定の会合そのものは代替可能であるが、意思決定手続きの成立という構成的役割は必要であった可能性がある。
この点でH5は満たされうる。
しかし、H6については別の問題がある。
その組織の同一性が、特定の歴史的経路そのものを必要としているかどうかを検討しなければならない。
もし別の歴史的経路によって同一の制度的同一性が成立しうるのであれば、当該の経路はH6を満たさない可能性がある。
したがって、組織形成の事例は、H1〜H5による歴史的資格と、H6による歴史的同一性の不可還元性が異なることを明確に示す。
9.4.組織の制度的権限と下位役割の構成的依存
ここで、組織内部の制度的権限と下位役割の関係を具体的に考える。
対象Aを、組織の総会に帰属する、組織内部の下位役割を設置・定義・変更・廃止する一般的な制度的権限とする。
対象Bを、その制度的権限のもとで設置・規定される会計担当職の制度的役割とする。
この場合、AとBは異なる制度的構造項である。
Aは、特定の会計担当職に対する任命権限や監督権限だけに限定されない。
組織内部の下位役割一般について、その成立条件や権限・責任の範囲を定め、必要に応じて変更・廃止できる継続的な制度的権限である。
一方、Bは、個人としての会計担当者ではなく、組織内部に成立している会計担当職という制度的役割である。
対象となる同一性水準Dは組織の制度的同一性であり、規定次元dは組織内部の制度的権限配分と下位役割の構成である。
Aの実在的定義には、総会という機関の成立条件、構成員資格、意思決定手続き、制度的権限の範囲および下位役割を設定・変更・廃止する権限が含まれる。
重要なのは、Aの成立が特定の会計担当職Bの存在を必要としないことである。
会計担当職が存在しない場合でも、総会は別の下位役割を設定する権限を保持できる。
また、会計担当職が廃止された場合にも、その権限は維持されうる。
これに対して、Bの実在的定義には、任務、権限、責任、任命手続き、監督関係、変更・廃止の手続きなどが含まれる。
この制度的役割が有効なものとして成立するためには、総会の一般的な制度的権限Aによって、その成立条件や権限・責任の範囲が設定・維持されなければならない。
したがって、Bの制度的同一性はAの実在的規定に構成的に依存する。
OD_{S,D,d}(B,A)
一方、Bが廃止されても、総会の一般的な役割設定権限Aは維持されうる。
このため、逆方向の依存関係は成立しない。
¬OD_{S,D,d}(A,B)
したがって、定義D12によって、AはBに対して構造相対的な第一性を持つ。
この事例は、構成的同一性依存ODが、単なる時間的先行や過去の因果的影響ではなく、現実の制度的定義に基づく依存関係であることを示す。
9.5.歴史的な起源と後世の記憶構造
歴史的資格の対象相対性を明確にするため、アルフレッド大王に関するユニヴァーシティ・カレッジの創設者伝承を考える。
アルフレッド大王が872年に当該カレッジを創設したという歴史的主張と、その後に成立した創設者伝承とを区別する必要がある。
872年の創設を裏づける独立した証拠や、その後の組織に至る構成的連結を確認できないならば、その履歴を元の組織の構成的前史として認めることはできない。
H1〜H6による検討において、当該の創設履歴が実際に成立したことを裏づける証拠がない以上、元の組織の構成的前史としての資格は認定されない。
しかし、ここで重要なのは、後世に成立したアルフレッド大王の創設者伝承そのものまで、存在しなかったことになるわけではないという点である。
創設者伝承が実際に形成され、その後の組織の自己理解や歴史的記憶に影響したのであれば、その伝承形成の履歴は、別の構造Sに対して構成的な意味を持つ可能性がある。
例えば、対象を「後世に成立した創設者伝承という記憶構造」として設定した場合、伝承の形成過程は、その記憶構造の成立に関係する歴史的前史となりうる。
つまり、同じ歴史的記述であっても、対象となるSが異なれば、構成的資格の判定は異なる。
この事例によって、Qが履歴に絶対的に備わっている性質ではなく、特定の構造と同一性水準に相対的な資格であることが確認できる。
第10章 過去の履歴から構造内部の個体化・第一性への接続
10.1.異なる関係の型を区別する
歴史的前史と構造的個体化を統合するためには、両者で扱われる関係の型を区別しなければならない。
本稿で扱う関係は、少なくとも四つに区別される。
第一は、通時的構成的関係→_cである。
これは、過去の履歴が後続構造の構成的同一性条件を実現する関係である。
第二は、構成的関係Rᶜである。
これは、差異的契機が構造を形成する関係である。
第三は、個体化関係Iである。
これは、構造内部の差異的契機を構造項として成立させる関係である。
第四は、ODである。
これは、個体化された構造項のあいだに成立する構成的同一性依存関係である。
これらを同一の関係として扱うことはできない。
それぞれは異なる対象と異なる論証段階を扱っている。
しかし、対象となる構造、同一性水準D、構成的解像度α、および構成的閉包Bが共通している場合、それらは同一の構成的依存秩序の異なる局面として接続されうる。
10.2.過去の履歴から構成的寄与への接続
まず、過去の履歴hが実際に構成的寄与r、または歴史的連続関係ℓを実現したとする。
この場合、履歴対応写像ιによって、その寄与または関係を構造的閉包Bに対応づけることができる。
h →_c r → S
または、
h →_c ℓ → S
ここで、過去の履歴が後続構造に構成的に関与することが示される。
しかし、この段階では、履歴から構造内部の個体化が直接導かれるわけではない。
それらを接続するには、構造的閉包の内部において、当該の寄与がどのような構成的役割を担っているのかを明らかにする必要がある。
10.3.Cによる下位水準の構成
構造内部の個体化と具体的実現について考える。
例えば、ある生物学的系統を複数の下位集団からなる上位構造として分析する場合、下位集団が上位の系統構造を具体的に実現する関係をCによって表すことができる。
C({xᵢ}, Rᶜ → S⁺)
ここで、Cは下位構造項が上位構造を具体的に実現することを表す。
一方、ある下位集団が過去の集団から派生してきたという時間的・系譜的関係は→_cによって扱う。
したがって、Cと→_cは異なる関係である。
前者は構造水準間の具体的実現を扱い、後者は時間的に先行する履歴から後続構造への構成的依存を扱う。
10.4.Iによる構造内部の個体化
次に、構造Sの内部に存在する差異的契機mᵢについて、I-1〜I-4を適用する。
これらの条件を満たす場合、mᵢは構造項xᵢとして個体化される。
I(S, mᵢ → xᵢ)
ここで重要なのは、過去の履歴hᵢがそのまま構造項xᵢになるわけではないことである。
過去の履歴は、後続構造の構成的依存秩序に関与する。
その構造内部に存在する差異的契機は、Iによって構造項として個体化される。
したがって、通時的構成的関係と個体化関係は異なる役割を持ちながら、一つの構造的閉包の内部で接続されうる。
10.5.Rᶜによる統一的構成
過去の履歴によって実現された構成的寄与と、構造内部で個体化された構造項が、同一の構造的閉包Bに含まれている場合、それらはRᶜによる統一的な構成的秩序に位置づけられる。
ここで、過去の履歴と現在の構造項が、すべて同一の対象型を持つと考える必要はない。
重要なのは、異なる型の対象が、同一の構造的不変項K_D(S)を実現する構成的依存ネットワークに属していることである。
この点で、Bは履歴の単純な集合でも、現在の構成要素の単純な集合でもない。
Bは、K_D(S)を実現する最小完全な構成的依存閉包である。
10.6.ODによる非対称的な構成的依存
最後に、個体化された構造項のあいだにODが成立するかどうかを検討する。
ODの判定基準に従い、対象となる構造項AとBの間で、構成的同一性依存が一方向にのみ成立する場合、AはBに対して構造相対的な第一性を持つ。
ここで、歴史的前史が構造的閉包に包含されていることと、ODが非対称的に成立していることは別の事実である。
歴史的前史が含まれていても、ODの非対称性が成立していなければ、第一性を導くことはできない。
反対に、ODが非対称的に成立していても、歴史的前史がそれと同一の依存秩序に属していなければ、歴史的遡及性と第一性を統合したことにはならない。
この二つを結びつけるために必要なのが、次節で定式化するMιである。
10.7.B2――歴史的前史から後続構造への構成的依存経路
構造内部の論証と歴史的論証を接続するため、まず歴史的前史から後続構造への構成的依存経路を確認する。
B2:通時的構成的依存経路
過去の履歴H(t₀)から後続構造S(t₁)へのあいだに、実際の通時的構成的依存経路が成立していること。
基本形式は次のとおりである。
H(t₀) →_c S(t₁)
この条件は、単なる時間的先行や因果的影響を保証するものではない。
必要なのは、履歴が実現した構成的寄与または歴史的連続関係を通じて、後続構造の同一性条件に実際に接続されていることである。
B2によって、構造内部の構成的依存秩序と歴史的な依存秩序を接続する基礎が与えられる。
第11章 構造内部の個体化と歴史的前史の接続条件
11.1.二つの遡及性の共通基盤
構造内部の個体化と第一性、および歴史的前史の構成的資格は、それぞれ異なる種類の遡及性を持つ。
構造内部の遡及性では、構造Sが成立することによって、その内部の差異的契機が構造項として個体化される。
また、個体化された構造項のあいだにODが成立することで、構造相対的な第一性が確定する。
これを構造的遡及性と呼ぶ。
歴史的遡及性では、構造Sが成立した後、その構造の同一性条件を検討することによって、過去の履歴Hがその構成的前史として位置づけられる。
両者の共通点は、あるものが最初から独立した意味や位置づけを持っているのではなく、構造的または通時的な依存関係の成立によって、その位置づけが確定することである。
しかし、二つの遡及性が同時に成立しているというだけでは、両者を統合したことにはならない。
必要なのは、両者が同一の構造個体と同一の構成的依存秩序を対象としていることである。
そのため、次の四つの条件を設ける。
- B1:同一の構造個体と同一の構成的プロフィール。
- B2:歴史的前史から後続構造への実際の構成的依存経路。
- B3:歴史的前史の構成的寄与が、両論証で共有される同一の構造的閉包に包含されること。
- Mι:履歴対応写像による構成的寄与が、個体化と第一性に接続されること。
11.2.B1――同一の構造個体を扱う条件
B1:共通の構造個体と構成的プロフィール
構造内部の論証と歴史的論証は、同一の構造個体S、同一性水準D、構成的解像度α、構造的不変項K_D(S)、構造的閉包B_D^α(S)、構成的配置Π_D^α(S)および構成的依存関係の判定基準dを共有しなければならない。
その関係は次のように表される。
J_{D,α}^{(S)}(S) = J_{D,α}^{(H)}(S)
ここで、上付きの(S)と(H)は、それぞれ構造内部の分析と歴史的分析で使用する構成的プロフィールを表す。
B1が要求するのは、単に二つの議論で同じ記号Sを使うことではない。
実際に同一の構造個体について論じていることを保証することである。
したがって、構造内部の分析がS₁について個体化を論じ、歴史的分析が別の構造S₂について歴史的前史を論じている場合、B1は成立しない。
また、Dやαが異なる場合にも、同一の構成的プロフィールを共有しているとは言えない。
B1によって、二つの論証が同一の存在論的対象を扱っていることが保証される。
ただし、B1自体が数的同一性を証明するわけではない。
数的個体性は、I₀・J・P2aに関する論証によって独立に説明されていなければならない。
11.3.B2――歴史的前史から後続構造への構成的依存経路
B2は、第10章で定義したとおり、歴史的前史から後続構造への実際の構成的依存経路が存在することを要求する。
H(t₀) →_c S(t₁)
ここで重要なのは、歴史的分析で選別された履歴が、単に時間的にSより前に存在していたということではない。
その履歴が実現した構成的寄与または歴史的連続関係が、Sの構成的同一性条件に実際に関与している必要がある。
B2は、歴史的前史と後続構造との存在論的な接続を保証する。
11.4.B3――同一の構造的閉包への包含
B3:同一の構造的閉包への実際の包含
選別された履歴の構成的寄与が、構造内部の分析と歴史的分析で共有される同一の構造的閉包B_D^α(S)に実際に包含されていること。
その基本形式は次のとおりである。
ι_{S,D}[H_{S,D}(t₀)] ⊆ B_D^α(S)
ここで、P6とB3は異なる役割を持っている。
P6は、歴史的分析において履歴の構成的寄与が構造的閉包に包含されることを証明する。
B3は、その包含先が構造内部の個体化を扱う分析と、歴史的前史を扱う分析で共有される同一のBであることを保証する。
したがって、歴史的分析で独自に確定したB’を、構造内部の分析におけるBと同一視することはできない。
また、履歴の包含に都合よくBを事後的に拡張することもできない。
B3は、歴史的前史と構造内部の個体化が、同一の構成的閉包に属していることを保証する条件である。
11.5.Mι――履歴対応写像と個体化・第一性の接続
B1・B2・B3によって、歴史的前史が構造内部の分析と同一の構成的閉包に属していることを確認できる。
しかし、これだけでも十分ではない。
なぜなら、歴史的前史がBに含まれていたとしても、その履歴が構造内部の個体化や第一性に何の関係も持たない可能性があるからである。
また、構造内部でODの非対称性が成立していたとしても、その非対称性と歴史的前史が無関係である可能性がある。
そこで、履歴対応写像ιが、個体化と第一性に接続されるための条件Mιを導入する。
Mι:歴史的前史と構造内部の個体化・第一性を接続する条件
Mιは、次の四条件からなる。
M1:対応の実在性
歴史的前史に属する諸契機と、Bの内部にある構成的寄与または歴史的連続関係とのあいだに、実際の履歴対応関係ιが成立していること。
単なる形式的な対応表を作成するだけでは不十分である。
その対応は、実際の構成的依存関係によって支持されていなければならない。
M2:関係保存
履歴対応写像ιによって、歴史的前史の構成的依存関係がBの内部に対応づけられるとき、その依存の方向と構成的役割が保存されていること。
歴史的前史の依存関係を、現在の構造のなかで無関係な対応に置き換えてはならない。
対応づけられた構成的寄与は、元の歴史的な依存関係を正しく保存していなければならない。
M3:個体化との接続
履歴対応写像ιによって対応づけられた構成的寄与が、個体化関係Iによって成立する構造項の同一性条件と実際に関係していること。
つまり、歴史的前史がBに包含されているだけではなく、その寄与が構造内部の個体化に関与していなければならない。
M4:第一性との接続
履歴対応写像ιによって対応づけられた構成的寄与が、構造内部の分析において第一性を判定した構造項A・Bの構成的依存関係を実現するネットワークに接続されていること。
ここでは、歴史的前史とODの非対称性が、単に同一の構造に属しているだけでは不十分である。
歴史的前史の構成的寄与が、ODの非対称性を成立させる同一の構成的依存秩序に位置づけられている必要がある。
Mιの限定
Mιは、必ずしも履歴と現在の構成的寄与との一対一対応を要求しない。
複数の過去の出来事が一つの構成的寄与を実現する場合もあれば、一つの履歴が複数の構成的寄与を実現する場合もある。
重要なのは、構成的依存関係の方向と役割が保存され、個体化と第一性に接続されることである。
したがって、Mιは、歴史的前史の包含と構造内部の第一性を、同一の構成的依存秩序に接続するための条件である。
第12章 定理T2――歴史的前史の構成的資格と遡及的成立
12.1.本稿の歴史的論証の依存関係
ここまでの議論を整理すると、本稿の歴史的論証の証明構造は次のとおりである。
P4:可能性の確立
A3によって、過去の履歴と後続構造のあいだに通時的構成的依存が成立しうることを示す。
P5:履歴の選別
H1〜H5、および必要な場合のH6によって、過去の履歴のうち、構成的前史となる候補を選別する。
E1・E2によって、その資格判定に必要な証拠的正当化を行う。
P6:閉包包含の確認
履歴対応写像ιによって、選別された履歴の構成的寄与または歴史的連続関係が、構造的閉包B_D^α(S)に実際に含まれていることを確認する。
T2:歴史的資格の確定
以上の条件が満たされた場合に、歴史的資格Qが成立することを示す。
ここでP5とP6を統合してはならない。
履歴の選別は、構成的前史としての候補を特定する段階である。
閉包包含は、その履歴が後続構造の同一性条件を実現する構成的依存秩序に実際に属していることを確認する段階である。
12.2.定理T2――歴史的前史の構成的資格と遡及的成立定理
定理T2:歴史的前史の構成的資格と遡及的成立定理
基本前提A3を採用する。
対象となる構造S、同一性水準D、構成的解像度α、構造的不変項K_D(S)および構造的閉包B_D^α(S)が、過去の履歴の選別とは独立に確定されているとする。
このとき、構造Sの成立以前の全履歴H(t₀)に属する過去の出来事、過程および関係について、H1〜H5が満たされ、歴史的経路そのものが対象の同一性条件に関与する場合にはH6も満たされており、E1・E2によってその履歴の構成的寄与が正当に認定され、さらにP6によってその寄与または歴史的連続関係が履歴対応写像ιを通じて同一の構造的閉包B_D^α(S)に実際に包含されていることが確認されるならば、その履歴は後続構造Sに対する歴史的資格Qを持つ。
基本形式は次のとおりである。
A3 + P4 + P5 + P6 → T2
より具体的には、
P4 + H1〜H5 + (必要な場合のH6) + E1・E2 → P5
P5 + ι + Bの独立確定 + 実際の閉包包含 → P6
P5 + P6 → Q → T2
証明
A3によって、後続構造Sの同一性条件が、その成立以前に実際に存在した履歴に通時的に構成的依存する可能性が認められている。
P4によって、この可能性は通時的構成的関係→_cとして定式化されている。
次に、P5によって、構造S、同一性水準D、構成的解像度αおよび構造的不変項K_D(S)が独立に確定されたうえで、H1〜H5を満たす履歴が選別される。
歴史的経路そのものが対象の同一性条件に関与する場合には、H6も満たされなければならない。
また、E1・E2によって、当該の履歴が実際に存在し、その構成的寄与が事後的な命名や歴史的物語に依存せずに認定される。
この段階で、構成的前史の候補H_{S,D}(t₀)が選別される。
しかし、P5だけでは、その履歴の構成的寄与が後続構造の構造的閉包に実際に含まれることは保証されない。
そこでP6によって、履歴対応写像ιが、履歴の構成的寄与または歴史的連続関係を構造的閉包B_D^α(S)に正しく対応づけ、構成的依存関係を保存していることが確認される。
このとき、
ι_{S,D}[H_{S,D}(t₀)] ⊆ B_D^α(S)
が成立する。
したがって、その履歴の構成的寄与は、後続構造Sの構造的不変項K_D(S)を実現する最小完全な構成的依存閉包の一部となる。
定義D16によって、この履歴は構造Sに対して歴史的資格Qを持つ。
よって、T2が成立する。□
12.3.定理T2の限定
T2は、すべての構造に歴史的資格Qが成立すると主張するものではない。
また、すべての過去の履歴が後続構造の構成的前史になると主張するものでもない。
T2が示すのは、以下の条件が個別の構造について独立に確認された場合に限り、歴史的資格Qが成立するということである。
第一に、対象となる構造Sとその同一性水準Dが確定していること。
第二に、構成的解像度αと構造的不変項K_D(S)が独立に確定していること。
第三に、履歴の選別によってK_D(S)を実現する実際の構成的経路が特定されること。
第四に、H1〜H5と、必要な場合のH6が満たされること。
第五に、E1・E2によって、その履歴についての構成的資格の主張が証拠的に正当化されること。
第六に、履歴対応写像ιによる構成的寄与の閉包包含が実際に確認されること。
これらを満たさない場合、Qの主張は成立しないか、あるいは証拠上未確定となる。
また、T2はA3そのものを証明する定理ではない。
A3は独立した存在論的前提であり、T2はその前提のもとで、個別の歴史的前史が構成的資格を得る条件を示す。
第13章 T1とT2の統合――定理T3
13.1.T1とT2の並置だけでは不十分である
構造内部のT1は、構造内部における個体化と第一性を説明する。
歴史的なT2は、構造成立以前の履歴が後続構造の構成的前史として資格を得る条件を説明する。
しかし、T1とT2がそれぞれ成立しているというだけでは、両者が同一の存在論的秩序に属しているとは限らない。
例えば、T1が構造S₁について成立し、T2が別の構造S₂について成立している場合がある。
また、歴史的前史が単なる因果的背景にとどまり、構造内部の第一性を成立させる構成的依存秩序と無関係である場合もある。
さらに、歴史的前史の構成的寄与がBに包含されていても、その寄与が構造内部の個体化やODの非対称性に接続されていない場合もある。
したがって、T1とT2を単純に並置しても、第一性の遡及的成立という統一的な説明は完成しない。
必要なのは、両者を同一の構造個体、同一の構成的閉包および同一の構成的依存秩序に接続する追加条件である。
13.2.B1・B2・B3・Mιの統合
ここで、第11章で確定した四つの接続条件を整理する。
| 条件 | 保証する内容 |
|---|---|
| B1 | 構造内部の論証と歴史的論証が同一の構造個体と同一の構成的プロフィールを扱うこと |
| B2 | 歴史的前史から後続構造への実際の構成的依存経路が存在すること |
| B3 | 履歴の構成的寄与が両論証で共有される同一の構造的閉包Bに含まれること |
| Mι | 履歴対応写像による構成的寄与が、個体化Iと第一性ODに接続されること |
これらは相互に代替可能な条件ではない。
B1だけでは、歴史的な依存経路があることを保証できない。
B2だけでは、その依存経路が同一の閉包に含まれることを保証できない。
B3だけでは、歴史的前史が個体化と第一性に接続されていることを保証できない。
Mιだけでは、両論証が同一の構造個体を扱っていることを保証できない。
したがって、四つの条件がそれぞれ独立に満たされる必要がある。
13.3.統一定理T3――第一性の遡及的成立
統一定理T3:第一性の遡及的成立
構造内部の定理T1と歴史的資格の定理T2が成立し、B1・B2・B3・Mιが満たされ、さらにD・α・dの判定基準が整合している場合、構造内部の個体化と第一性、および構造に先行する歴史的前史は、同一の構成的依存秩序において統合される。
基本形式は次のとおりである。
T1 + T2 + B1 + B2 + B3 + Mι + D・α・dの整合 → T3
証明
T1によって、構造S内部における差異的契機の個体化と、個体化された構造項のあいだに成立する構成的同一性依存ODの非対称性が確立されている。
これによって、構造相対的な第一性が成立している。
T2によって、構造Sの成立以前に存在していた履歴Hが、後続構造Sに対する構成的前史として資格Qを持ち、その構成的寄与が構造的閉包Bに含まれている。
しかし、この二つがそれぞれ成立しているだけでは、両者が同一の構成的依存秩序に属していることは保証されない。
そこでB1によって、構造内部の分析と歴史的分析が同一の構造個体S、同一性水準D、構成的解像度α、構造的不変項K_D(S)、構造的閉包B_D^α(S)、構成的配置Π_D^α(S)および依存関係の判定基準dを共有していることが保証される。
これによって、両論証の対象が一致する。
次に、B2によって、歴史的前史から後続構造Sへの実際の通時的構成的依存経路が存在することが保証される。
これによって、歴史的前史が単なる時間的背景や因果的起源ではなく、後続構造の構成的同一性条件に関与していることが確認される。
さらに、B3によって、歴史的履歴の構成的寄与が、構造内部の分析と歴史的分析で共有される同一の構造的閉包Bに含まれていることが保証される。
この条件によって、歴史的前史と構造内部の個体化が、異なる閉包に属するものとして分離されることを防げる。
しかし、ここまでの条件だけでは、歴史的前史が構造内部の個体化と第一性に実際に接続されていることは十分に示されない。
そこでMιが必要になる。
M1によって、歴史的前史とB内部の構成的寄与の間に実際の対応関係が存在することが保証される。
M2によって、その対応関係が歴史的な構成的依存関係の方向と役割を保存していることが保証される。
M3によって、履歴対応写像によって対応づけられた構成的寄与が、個体化関係Iによって成立する構造項の同一性条件に接続されていることが保証される。
M4によって、その構成的寄与が、構造内部の定理T1で第一性を判定した構造項A・BのODの非対称性を成立させる同一の構成的依存ネットワークに接続されていることが保証される。
以上によって、歴史的前史は、構造内部の個体化と第一性とは無関係な付随的要素ではなく、同一の構成的依存秩序の歴史的な局面として位置づけられる。
したがって、構造内部における個体化・第一性と、構造に先行する歴史的前史は、同一の構成的依存秩序の異なる局面として統合される。
ゆえに、統一定理T3が成立する。□
13.4.T3が成立しない反例
T3の各接続条件が必要であることを明確にするため、T3が成立しない場合を検討する。
反例A:対象構造が異なる場合
構造内部のT1がS₁について成立し、歴史的なT2がS₂について成立している場合である。
この場合、B1が成立しない。
両者がそれぞれ成立していたとしても、異なる構造についての議論である以上、統一的な構成的依存秩序を説明したことにはならない。
反例B:歴史的前史が単なる因果的起源の場合
過去の出来事が後続構造の成立に影響したとしても、その履歴が構造的不変項を実現する構成的依存秩序に属していない場合である。
この場合、B2が成立しない。
したがって、歴史的前史と構造内部の第一性を同一の構成的依存秩序に接続できない。
反例C:包含先が異なる場合
歴史的分析で使用される閉包B’と、構造内部の分析で使用される閉包Bが異なる場合である。
この場合、B3が成立しない。
歴史的前史が何らかの構造に構成的に関与していたとしても、その寄与が個体化と第一性を成立させる閉包に含まれなければならない。
反例D:履歴が個体化に接続していない場合
歴史的前史の構成的寄与がBに含まれていたとしても、その寄与が個体化関係Iによって成立する構造項の同一性条件と関係していない場合である。
この場合、M3が成立しない。
歴史的前史は同一の構造的閉包に含まれているとしても、構造内部の個体化とは独立した要素にとどまる。
反例E:履歴がODの非対称性に接続していない場合
歴史的前史が個体化関係Iに関係していたとしても、その履歴が、第一性を判定した構造項A・BのODの非対称性を実現する構成的依存ネットワークと接続していない場合である。
この場合、M4が成立しない。
したがって、歴史的前史と第一性は同一の構成的依存秩序に統合されていない。
以上の反例によって、T1とT2の並置だけではT3が成立しないことが確認される。
B1・B2・B3・Mιは、統一定理を成立させるために異なる役割を担っている。
13.5.T3の射程
T3は、あらゆる歴史的前史が第一性を成立させると主張するものではない。
また、あらゆる構造的個体化が歴史的な前史に依存すると主張するものでもない。
T3が示すのは、次の条件が満たされる場合に、構造内部の個体化と第一性、および構造に先行する歴史的前史を、同一の構成的依存秩序に統合できるということである。
第一に、構造Sの個体性が構造内部の個体化論証によって説明されていること。
第二に、構造Sの成立以前に存在した履歴が、歴史的資格の条件によって構成的前史として認められていること。
第三に、両論証が同一の構造個体と同一の構成的プロフィールを共有していること。
第四に、歴史的前史から後続構造への通時的構成的依存経路が成立していること。
第五に、履歴の構成的寄与が同一の構造的閉包に実際に包含されていること。
第六に、その履歴対応が構造内部の個体化Iと第一性ODの非対称性に接続されていること。
以上の条件が成立する場合に限り、構造的遡及性と歴史的遡及性は、同一の構造的個体化存在論に統合される。
13.6.T3の制度的適用例――スイス連邦参事会の歴史的形成と構造内部の第一性
本節では、歴史的前史の構成的資格と構造内部の第一性が、同一の構造個体において接続されうる事例として、スイス連邦参事会を検討する。
対象Sは、1848年に設立され、現在まで継続するスイス連邦参事会とする。同一性水準Dは、その制度的・憲法的同一性とし、構成的解像度αは、連邦参事会の内部的な憲法上の組織・役職構造に設定する。
現在の憲法第175〜177条によれば、連邦参事会は七人の構成員からなり、構成員は連邦議会によって選出される。また、大統領は構成員の中から一年間選出され、連邦参事会の議長を務める。連邦参事会の決定は合議体として行われる。
この現行制度を基準として、構造的不変項と構造的閉包の候補を独立に整理すると、次のようになる。
K*_{D}(S) = {七人の合議体、構成員の制度的資格、大統領の内部選出、合議制}
B*_{D}^{α}(S) = {構成員選出、構成員資格、大統領選出、大統領の議長職、合議体としての決定}
Π*_{D}^{α}(S) = 連邦参事会の合議体境界と、その内部に配置された構成員資格・大統領職の関係的位置
ただし、Kが最小かつ完全な構成的制約の体系であり、Bがその最小かつ完全な実現ネットワークであることは、さらに独立した反事実的検証を必要とする。そのため、本節では両者を暫定的な構成的プロフィールとして扱う。
歴史的前史としては、1848年憲法の制定と、それに基づく最初の連邦参事会の制度的成立を取り上げる。
同憲法第83条は、連邦参事会を七人からなる最高執行機関として設置した。第86条は、大統領を連邦参事会の構成員の中から一年間選出し、同機関の議長とする制度を定めた。さらに第91条は、部局への事務分担があっても、決定は連邦参事会という権威から発せられることを規定していた。
この制度関係は、1874年憲法第98条を経て、現行憲法第176条に引き継がれている。
このことから、1848年の制度形成は、H1の時間的先行性と実在性、H2の構成的寄与の実在、H3の追跡可能な構成的連結、H5の個別的出来事と構成的役割の区別を満たす有力な候補となる。また、憲法条文と制度的継承記録によってE1の証拠的正当化が得られ、後世の象徴的な起源物語のみに依存しないという点でE2も支持される。
ただし、H4については、歴史的寄与が今回のDにおける構造的不変項K_D(S)を実際に実現しているかどうかを独立に確定する必要がある。特に、大統領職と構成員資格の関係が、連邦参事会全体の同一性条件にとって必要なのか、それとも内部の特定の役職構造を規定するにとどまるのかを区別しなければならない。
次に、構造内部の個体化と第一性を検討する。
Aを特定人物の連邦参事会構成員資格、Bを同じ人物の連邦大統領資格とする。AとBは、異なる選出条件、役割および同一性条件を持つ制度的地位として個別に識別される。
大統領は構成員の中から選出されるため、
OD_{S,D,d}(B,A)
が成立する。
一方、構成員であることに大統領資格は必要ない。27年間連邦参事会に在任し、大統領は1853年に一度だけ務めたWilhelm Matthias Naeffの事例は、この逆方向の依存が成立しないことを支持する。
したがって、
¬OD_{S,D,d}(A,B)
となり、構成員資格Aは大統領資格Bに対して構造相対的第一性を持つ。
ここでは、歴史的寄与と現在のODの接続が重要である。1848年憲法が実現した「構成員資格を前提として大統領職を成立させる」という関係は、現在のODの非対称性と同じ方向を持つ。したがって、歴史的前史は、構造内部の第一性とは無関係な単なる起源ではなく、同一の制度的関係秩序に接続されている可能性が高い。
この対応は、M1の対応の実在性、M2の関係保存、M4の第一性との接続を強く支持する。また、歴史的寄与がA・Bの制度的地位の成立条件に関与する点で、M3も役割水準では支持される。
しかし、この事例だけでは、前個体的差異場Δから構成的関係Rᶜを通じて連邦参事会という構造個体が成立する過程全体を立証できない。また、K_D(S)およびB_D^α(S)の最小完全性も確定していない。そのため、P5・P6、B1・B3およびT1の全前提については、なお独立した検証が必要である。
以上から、本事例は、歴史的前史と構造内部の第一性が同じ構成的依存秩序に接続される可能性を示す、強い制度的適用例として位置づけられる。ただし、T3の全条件が一つの実在対象において完全に充足されたことを示す決定的な証明例とは、現段階ではいえない。
第14章 理論的比較と本稿の位置づけ
14.1.通時的基礎づけ――CorreiaとMerlo
CorreiaとMerloは、2024年の「Cross-Temporal Grounding」において、時間的に異なる存在者のあいだに成立する基礎づけの問題を検討している。
この議論は、基礎づけが同時点に存在する事実のあいだだけでなく、時間的に異なる存在者のあいだにも成立しうるかという問題を扱う点で、本稿と重要な接点を持つ。
本稿も、構成的依存関係を現在の構造内部だけに限定せず、過去の履歴と後続構造とのあいだに認める。
しかし、本稿の→_cは、一般的な通時的基礎づけと同一の関係ではない。
本稿が特に問題にするのは、過去の出来事が後続構造を基礎づけるかどうかだけではない。
その履歴が、後続構造の構造的不変項K_D(S)を実現する構成的依存秩序に属し、歴史的前史としての資格Qを持つかどうかである。
そのためには、H1〜H6による履歴の選別と、P6による同一の構造的閉包への実際の包含を確認する必要がある。
したがって、本稿の独自性は、通時的構成的依存の可能性を主張することだけではなく、その構成的資格が成立する条件を、構造的個体化の体系のなかで明示することにある。
14.2.構成的前史と歴史的アンカリング――Brian Epstein
社会存在論における重要な比較対象として、Brian Epsteinの『The Ant Trap』がある。
Epsteinは、社会的事実や社会的対象の成立を、個人の行為や意図だけに還元せず、社会的対象を成立させる基盤と、その基盤を設定する枠組みを区別している。
特に、groundingとanchoringの区別は、社会的構造の成立条件を分析するうえで重要である。
本稿も、組織の個体性を、構成員の単純な集合に還元しない。
組織が何であるかは、構成員の存在だけではなく、規則、権限、役割および相互関係を含む構成的秩序によって決まる。
しかし、本稿がさらに扱うのは、社会的構造の成立以前に存在した履歴のうち、何がその後の構造の同一性条件を実現する構成的前史になるのかという問題である。
ここでは、歴史的アンカリングと構成的前史を区別する必要がある。
ある過去の出来事が、後続構造の成立条件を設定する役割を果たしていたとしても、その出来事が後続構造の同一性を直接構成しているとは限らない。
また、歴史的な起源が後続構造によって認識され、命名されたことだけで、その履歴が構成的前史になるわけでもない。
H1〜H6とE1・E2は、この区別を明確にするために導入されている。
14.3.関係的変化とケンブリッジ変化――Weberman
Webermanは、関係的変化とケンブリッジ変化を再検討し、対象の内在的性質が変化しなくても、他の対象との関係の変化によって、その対象に関する変化が成立する可能性を論じている。
本稿の歴史的遡及性も、過去の出来事そのものが変化するのではなく、後続構造との関係において、その出来事が持つ構成的資格が確定するという点で、関係的変化の問題と接点を持つ。
しかし、本稿は、あらゆる関係的な資格の成立を、実在的な存在論的変化とみなすわけではない。
問題となるのは、後続構造の同一性条件に関して、実際の構成的依存関係が成立している場合である。
したがって、単に後世の評価が変化したというだけでは、歴史的資格Qは成立しない。
14.4.生物学的種の歴史的個体性――GhiselinとHull
本稿にとって特に重要なのは、生物学的種や系統を歴史的個体として捉える議論である。
Ghiselinは、生物学的種を単なる類や普遍者としてではなく、個々の生物個体が実際の進化過程を通じて関係づけられた具体的な個体として理解する立場を提示した。
Hullも、種が進化の単位として成立するためには、その構成個体が単に類似しているだけではなく、実際の系譜的連続性によって結びついていることが必要であると論じている。
この立場は、本稿のH6と強い接点を持つ。
生物学的系統の個体性が、現在の性質の類似性だけではなく、実際の歴史的経路に依存するという点で、歴史的経路そのものが同一性条件に関与しうることが示されている。
ただし、本稿は、種を歴史的個体として扱う立場そのものを新たに主張することを目的としているわけではない。
本稿が追加的に扱うのは、歴史的個体性を成立させる過去の履歴が、どのような条件のもとで後続構造の構成的前史として資格を得るのかという問題である。
そのため、H1〜H6、E1・E2、P5およびP6によって、歴史的な履歴と構造的閉包との関係を形式的に明示する。
14.5.時間的前史と構造的個体化の関係
以上の比較から、本稿の立場を整理できる。
通時的基礎づけの議論は、時間的に異なる存在者のあいだに成立する基礎づけの可能性を扱う。
社会存在論は、社会的対象を成立させる構成的条件と、その条件がどのように設定されるかを扱う。
関係的変化の議論は、対象と他の対象との関係が変化することによって生じる変化を扱う。
生物学的個体性の議論は、種や系統が単なる性質の集合ではなく、歴史的な連続性を持つ具体的な個体として成立する可能性を扱う。
これらに対して、本稿は、過去の履歴が後続構造の構成的前史として資格を得るための条件を、構造的個体化の存在論に接続して説明する。
特に、歴史的前史を構成的資格Qとして定式化し、その候補選別と閉包包含を別々の命題P5・P6によって証明する点に、本稿の独自の論証構造がある。
さらにT3によって、歴史的前史を構造内部の個体化と第一性の成立に接続することで、時間的な過去と構造的な存在論的依存を同一の体系のなかで扱う。
第15章 想定される反論と応答
15.1.過去はすでに確定しているのだから、遡及的な資格など必要ないのではないか
この反論は、過去の出来事そのものが、後から変更されるわけではないという点を指摘している。
この点については、本稿も同意する。
本稿の歴史的遡及性は、過去の出来事が後から変更されたり、新たに発生したりすることを意味しない。
問題となるのは、過去の出来事が、特定の後続構造の同一性条件を実現する構成的依存秩序に属していたかどうかである。
ある履歴が実際に発生していたとしても、その履歴がどの構造にとって構成的な意味を持つのかは、その構造との関係によって異なる。
したがって、本稿のQは、過去の出来事の実在性を後から成立させる概念ではない。
過去の履歴が特定の後続構造に対して持つ存在論的な資格を確定する概念である。
15.2.歴史的な構成的依存は、結局、因果的依存ではないのか
この反論は、過去の履歴が後続構造に関与する場合、実際には因果的な影響を述べているだけではないかという疑問を提起する。
しかし、因果的依存と構成的依存は異なる。
ある出来事が後続構造の成立に因果的な影響を与えたとしても、その出来事が後続構造の同一性条件を実現しているとは限らない。
本稿では、H4によって、履歴が構造的不変項K_D(S)を実現する構成的依存秩序に関与していることを要求する。
また、P6によって、その構成的寄与が実際に構造的閉包B_D^α(S)に包含されていることを要求する。
したがって、単なる因果的影響だけでは、歴史的資格Qは成立しない。
15.3.A3は恣意的な前提ではないか
A3は、構造内部の個体化から単純に演繹されるものではない独立した存在論的前提である。
しかし、独立した前提であることは、それが恣意的であることを意味しない。
歴史的な系統の同一性や、過去の制度形成が後続構造の同一性条件に関与する事例は、現在の内部構造だけでは説明できない存在論的問題を提示している。
特に生物学的系統では、現在の特徴の類似性だけでは系統的同一性を十分に説明できず、実際の祖先・子孫関係が重要になる。
A3は、このような現象を理論の射程に含めるための前提である。
ただし、A3を採用したことから、個々の履歴の構成的資格が自動的に成立するわけではない。
その資格はP5とP6によって個別に確認されなければならない。
15.4.歴史的な構成的依存が存在しているのに、それを識別する証拠がない場合はどうなるのか
この場合、存在論的な構成的依存と、その依存を正当に認定できるかどうかを区別する必要がある。
証拠が存在しない、あるいは不足していることによって、過去の構成的依存関係そのものが存在しなかったことになるわけではない。
ただし、証拠が不十分であるならば、その履歴についてQが成立していると積極的に主張することはできない。
この場合には、Qの不成立ではなく、Qの認識論的な未確定と判断する必要がある。
これによって、存在論的な真理と歴史研究の証拠上の限界を区別できる。
15.5.後から作られた歴史的物語とどう区別できるのか
この問題に対してはE1とE2が必要になる。
E1は、歴史的事実と構成的寄与を独立した証拠によって裏づけることを要求する。
E2は、後続構造による事後的な命名や自己正当化的な歴史物語だけで、構成的資格を認めないことを要求する。
例えば、ある組織が自らの正統性を説明するために過去の人物を創設者として位置づけたとしても、その伝承だけでは当該人物が実際に組織を創設したことは証明できない。
また、生物学的系統についても、現在の分類名称だけで系譜的連続性が成立するわけではない。
したがって、後から作られた歴史的物語と、実際に成立していた構成的前史は区別される。
15.6.個別の出来事が代替可能ならば、構成的前史とは言えないのではないか
この反論は、特定の過去の出来事が別の出来事で置き換えられた可能性があるならば、その出来事を構成的前史として扱うことはできないというものである。
しかし、ここでは個別の出来事の代替可能性と、出来事が担った構成的役割の必要性を区別する必要がある。
実際の歴史的経路において、ある出来事が構成的な役割を果たしたことと、その出来事が唯一可能な出来事だったことは同じではない。
別の出来事によって同じ構成的役割が実現される可能性があったとしても、実際に成立した履歴が後続構造に構成的に関与した事実は消えない。
したがって、H5は個別の出来事の絶対的な不可代替性を要求しない。
また、歴史的経路そのものが同一性条件に関与する場合には、H6によって、個別の出来事と歴史的経路全体を区別する。
15.7.H6はH5と重複しているのではないか
H5とH6は、どちらも歴史的な必要性を扱うため、似ているように見える。
しかし、両者の対象は異なる。
H5は、個別の出来事が実際の経路において担った構成的役割の必要性と、その出来事自体の代替可能性を区別する。
H6は、歴史的経路そのものが対象の同一性条件に関与しているかを判定する。
例えば、生物学的系統では、個別の突然変異が代替可能であっても、対象の系譜的連続性は同一性条件に不可還元的に関与する場合がある。
H5だけでは、この歴史的経路全体の不可還元性を十分に表現できない。
したがって、H6はH5と重複するものではなく、H5の検討だけでは不十分となる事例に対する追加条件である。
15.8.五条件を満たせば、なぜ閉包への包含が別途必要なのか
H1〜H5および必要な場合のH6が満たされても、それだけでは、履歴の構成的寄与が後続構造の最小完全な構造的閉包Bに属していることは証明されない。
歴史的な出来事が後続構造と強く関係していたとしても、その関係が構造的不変項K_D(S)を実現する構成的依存秩序の内部に属していない場合がある。
そのため、P5とP6を分離する必要がある。
P5は履歴の選別を扱い、P6は閉包包含を扱う。
この区別によって、構成的前史としての資格を主張するための論証が明確になる。
15.9.歴史的資格Qが成立すれば、歴史内部の第一性も成立するのではないか
Qは、過去の履歴が後続構造の構成的依存秩序に属していることを示す。
しかし、歴史的な出来事のあいだにODの非対称性が成立することまでは示さない。
時間的に先行していることと、存在論的に第一であることは異なる。
歴史内部の第一性を認めるためには、過去の構成的寄与が構造項として個体化され、その間にODの非対称性が実際に成立する必要がある。
したがって、
Q ⇏ 第一性
である。
第一性は、Qに加えて、構造内部の個体化とODの条件が成立する場合にのみ認められる。
15.10.構造的閉包は過去の履歴を含むように設定されているだけではないか
この反論は、Bに履歴を含めることが目的となり、そのためにBが事後的に拡張されているのではないかという疑問を提起する。
これに対しては、K・B・Πの独立確定を要求することが重要である。
Bは、対象となるK_D(S)、Dおよびαによって、履歴の選別以前に確定される。
そのうえで、選別された履歴の構成的寄与がBに含まれているかどうかをP6によって検証する。
この順序を逆転させることはできない。
もし歴史的履歴を含めるためだけにBを変更したならば、それはP6の独立した証明とは言えない。
したがって、本稿は、歴史的前史を含む閉包を先に設定するのではなく、独立に確定された閉包に履歴の構成的寄与が実際に含まれることを要求している。
15.11.T3によって時間と構造が混同されないのか
本稿は、歴史的な時間的先行性と、構造内部の存在論的第一性を同一視しない。
また、通時的構成的関係→_cと、Rᶜ・I・C・ODを同一の関係として扱わない。
T3は、それぞれ異なる関係が、同一の構造個体、同一の構成的閉包および同一の構成的依存秩序に属する場合に、それらを統合する定理である。
したがって、時間的順序が存在論的第一性を自動的に生み出すわけではない。
また、構造内部の非対称的な依存関係が、過去の履歴を遡及的に発生させるわけでもない。
T3は、異なる型の関係を維持したまま、共通の構成的依存秩序に統合する条件付き定理である。
第16章 最終的な公理体系と論証依存関係
16.1.構造内部の個体化・第一性の論証体系
構造内部の個体化と第一性について、本稿で確定した論証依存関係は次のとおりである。
A1 + A2a + A2b → Rᶜ → I₀ → S₀
S₀ → J_{D,α}(S₀) → P2a
P2a + I-1〜I-4 → I(S₀, mᵢ → xᵢ) → P2
P2 + ODの実在的判定 → P3 → T1
この体系では、構造全体の個体性と、構造内部の構造項の個体化を区別する。
また、個体化された構造項のあいだにODの非対称性が成立する場合に限り、構造相対的第一性が認められる。
16.2.歴史的前史の論証体系
歴史的前史の構成的資格について、本稿で確定した論証依存関係は次のとおりである。
A3 → P4
P4 + H1〜H5 + (必要な場合のH6) + E1・E2 → P5
P5 + ι + Bの独立確定 + 実際の閉包包含 → P6
P5 + P6 → Q → T2
ここでP5は履歴の選別、P6は構造的閉包への実際の包含を扱う。
H6は、歴史的経路そのものが対象の同一性条件に関与する場合に必要な追加条件である。
E1・E2は、存在論的条件とは別に、歴史的資格の主張を証拠的に正当化する。
16.3.二つの論証系列の統合体系
最終的な統一体系は次のとおりである。
構造内部の個体化・第一性:
A1 + A2a + A2b → Rᶜ → I₀ → S₀
S₀ → J_{D,α}(S₀) → P2a
P2a + I-1〜I-4 → I(S₀, mᵢ → xᵢ) → P2
P2 + ODの実在的判定 → P3 → T1
歴史的前史:
A3 → P4
P4 + H1〜H5 + (必要な場合のH6) + E1・E2 → P5
P5 + ι + Bの独立確定 + 実際の閉包包含 → P6
P5 + P6 → Q → T2
統合:
T1 + T2 + B1 + B2 + B3 + Mι + D・α・dの整合 → T3
この依存関係によって、二つの論証系列の役割が明確に区別される。
構造内部の論証は、前個体的差異から構造個体が成立し、その内部の構造項が個体化され、ODの非対称性によって第一性が成立することを説明する。
歴史的論証は、構造成立以前の実在的な履歴が、どのような条件で後続構造の構成的前史として資格を得るのかを説明する。
そしてT3は、両者が同一の構成的依存秩序を共有する場合に、それらを統一的に説明する。
第17章 結論――構造的個体化の歴史的拡張と第一性の遡及的成立
本稿の目的は、構造的個体化と第一性を説明する存在論を、構造の成立以前に存在した実在的な履歴にまで拡張し、その履歴が後続構造に対して持つ構成的資格を明らかにすることであった。
そのために、まず基本前提A3を導入し、時間的に先行する履歴が後続構造の構成的同一性条件に依存的に関与しうることを認めた。
しかし、A3は、あらゆる履歴に構成的資格を与えるものではない。
過去の履歴は、後続構造との関係において個別に検証されなければならない。
このため、本稿ではH1〜H5によって、過去の履歴の実在性、構成的寄与、追跡可能な連結、構造的不変項との関連性、個別の出来事の代替可能性と構成的役割の必要性を区別した。
さらにH6によって、歴史的経路そのものが対象の同一性条件に含まれる場合の不可還元性を明確にした。
この条件は、すべての歴史的前史に一律に要求されるものではない。
しかし、生物学的系統の歴史的個体性のように、実際の祖先・子孫関係や系譜的連続性そのものが同一性条件に関与する事例では重要になる。
また、歴史的な構成的依存の存在論的条件と、その依存を証拠によって正当に認定するための条件を分離するため、E1・E2を導入した。
これによって、歴史的資格の存在と、その資格に関する証拠上の確実性を区別できるようになった。
次に、履歴の選別と構造的閉包への包含を、P5とP6によって独立に論証した。
P5は、構成的前史の候補を選別する。
P6は、その履歴が実現した構成的寄与または歴史的連続関係が、構造的閉包Bに実際に包含されていることを確認する。
この二段階を区別することで、歴史的な履歴に合わせて構造的閉包を事後的に変更するという循環を避けることができた。
さらに、歴史的資格Qを定義することによって、ある履歴が単に過去に存在していたという事実と、その履歴が特定の後続構造に対して構成的前史としての資格を持つことを区別した。
ただし、歴史的資格Qが成立しても、第一性が自動的に成立するわけではない。
第一性を導くためには、構造内部の個体化関係IとODの非対称性を、同じ構造個体、同じ同一性水準および同じ構成的依存秩序のなかで確認しなければならない。
この問題を解決するため、本稿ではB1・B2・B3・Mιの四つの接続条件を導入した。
B1は、構造内部の分析と歴史的分析が同一の構造個体と同一の構成的プロフィールを共有することを保証する。
B2は、歴史的前史から後続構造への実際の構成的依存経路を保証する。
B3は、履歴の構成的寄与が、両論証で共有される同一の構造的閉包に含まれていることを保証する。
Mιは、履歴対応写像による構成的寄与が、個体化関係IとODの非対称性に実際に接続されることを保証する。
以上によって、構造内部の個体化と第一性、および歴史的前史の構成的資格は、単に並置されるのではなく、同一の構成的依存秩序の異なる局面として統合される。
これを示すのが、統一定理T3である。
T1 + T2 + B1 + B2 + B3 + Mι + D・α・dの整合 → T3
この統合によって、「第一性の遡及的成立」の意味も、より明確になる。
第一に、構造内部における差異的契機の個体性は、構造の成立を通じて確定する。
第二に、構造項のあいだの第一性は、ODの非対称性を通じて確定する。
第三に、構造成立以前の履歴は、後続構造との構成的依存関係を通じて、構成的前史としての資格Qを持つ。
第四に、これらの関係が同一の構造的閉包および構成的依存秩序に属する場合、それらはT3によって統一される。
ここで遡及的に成立するのは、過去の出来事そのものではない。
過去の履歴が、後続構造の構成的同一性条件に対して占める位置である。
したがって、本理論における遡及性は、時間的な逆因果ではなく、構造内部の個体化と歴史的前史の構成的資格が、関係の成立を通じて確定する存在論的過程を意味する。
構造内部の議論は、構造個体の成立と、その内部における個体化および第一性を説明した。
歴史的な議論は、その構造が成立する以前の歴史的前史を、同一の構成的依存秩序に接続した。
これによって、構造的個体化存在論は、現在の構造内部だけで完結する説明から、時間的に先行する実在的な履歴までを含む存在論へと拡張される。
以上によって、構造内部の個体化・第一性と、歴史的前史の構成的資格を統合する論証体系が、T3を中心として確定される。
注
注1 本稿における歴史的遡及性は、時間的な逆因果や過去の事実の変更を意味しない。実際に存在していた過去の履歴が、後続構造との関係において構成的前史としての資格を得ることを意味する。
注2 D・α・K・B・Π・I・ODは、本稿の内部で定義した構造的個体化の概念である。それぞれの概念は異なる論証上の役割を持ち、相互に還元されない。
注3 本稿の→_cは、Rᶜ・C・I・ODとは異なる関係である。過去の履歴と後続構造との通時的な構成的依存を示すために導入している。
注4 H1〜H5は一般的な歴史的前史の選別条件であり、H6は歴史的経路そのものが対象の同一性条件に関与する場合に必要な追加条件である。
注5 E1・E2は存在論的な構成的資格の条件ではなく、その資格を正当に認定するための証拠的条件である。証拠が不十分であることから、構成的依存そのものが存在しなかったと結論してはならない。
注6 構造的閉包B_D^α(S)は、構造的不変項K_D(S)を実現する最小完全な構成的依存閉包である。履歴の選別に都合よく事後的に変更してはならない。
注7 履歴対応写像ιは、過去の出来事そのものを構造的閉包の要素に変換するものではない。過去の出来事が実現した構成的寄与、または歴史的連続関係を構造的閉包の内部に対応づけるものである。
注8 歴史的資格Qは構造Sおよび同一性水準Dに相対的な資格である。同じ履歴であっても、異なる構造や同一性水準に対しては異なる構成的意味を持ちうる。
注9 歴史的第一性は、歴史的前史に属するすべての出来事に適用されるものではない。ODの非対称性が、同一の構造・同一性水準・構成的解像度において確認される場合に限って適用される。
注10 鯨類の進化的事例は、歴史的個体性の構成条件を検討するための中心的な適用事例である。個々の化石分類群が、現生鯨類の直接的祖先であると一律に主張するものではない。実際の系譜的連続性と分岐関係を、複数の証拠から再構成することを前提とする。
注11 T3は、構造内部の個体化・第一性の論証T1と、歴史的前史の構成的資格の論証T2を統合する条件付き体系統合定理である。T3自体がT1・T2の前提を新たに証明するものではなく、両者が共通する構造的個体性と構成的依存秩序を共有することを示す。
注12 構造的不変項K_D(S)に複数の候補が残る場合には、構造内部の分析と歴史的分析が同一候補を共有するか、候補ごとに独立した証明を行わなければならない。ある候補で成立した歴史的資格を、別の候補に無条件に一般化することはできない。
注13 本稿は、現在主義・永遠主義など特定の時間論的立場を無条件に前提としない。ただし、A3によって時間的に異なる契機のあいだにも構成的依存が成立しうることを認めるため、個別の時間論との整合性については追加的な検討の余地がある。
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