新着記事

スピノザ

「『理解する』だけでは足りない――『エチカ』第五部定理10から考える生活信条」

前回の記事で、私はスピノザ『エチカ』第五部を読み直したことをきっかけに、自分自身の生き方について考えた。そのとき私が特に強く感じたのは、「理解する」ということの大切さだった。自分はいま何を感じているのか。なぜ、そう感じているのか。自分に何が...
スピノザ

『エチカ』第五部を読み直して、自分の生き方について考えたこと

スピノザの『エチカ』第五部をあらためて読み直した。第五部の定理21以降は、私にとってはまだまだ難しい。とりわけ精神と身体の関係や、永遠の相のもとで精神が自分自身を認識するという問題については、解釈者によってもかなり読み方が分かれるところで、...
スピノザ

『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』をスピノザの『エチカ』から読む

――コナトゥス、欲望、受動感情、そして「誰が悪いのか」という問い※以下、『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』の結末まで完全にネタバレしています。『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』を観た。ただ単純に「悪者を倒す話」ではないことはすぐにわかるだろ...
スピノザ

ラテン語で読むスピノザ『エチカ』第一部 定理一五

第一部 定理一五原文Quicquid est, in Deo est et nihil sine Deo esse neque concipi potest.自訳在るものは何であれ神の中にあり、神なしでは何もののありえず、考えられることもで...
雑記

『スピノザ主義者の哲学探究』から『西宮哲学テクスト研究室』へ

哲学を始めて10年くらい経ったのだろうか。私にとっての30代の10年間は哲学とともにあったと言ってもよいと思う。学び始めた当初はここまでのめり込むとは思っていなかった。当時哲学書に限らず読書の習慣さえなかった私が、約10年の時を経て哲学の原...
スピノザ

ラテン語で読むスピノザ『エチカ』第一部 定理一二〜定理一四

第一部 定理一二原文Nullum substantiæ attributum potest vere concipi ex quo sequatur substantiam posse dividi.自訳実体が分割されうることが出てくるよう...

スピノザ

スピノザ

「『理解する』だけでは足りない――『エチカ』第五部定理10から考える生活信条」

前回の記事で、私はスピノザ『エチカ』第五部を読み直したことをきっかけに、自分自身の生き方について考えた。そのとき私が特に強く感じたのは、「理解する」ということの大切さだった。自分はいま何を感じているのか。なぜ、そう感じているのか。自分に何が...
スピノザ

『エチカ』第五部を読み直して、自分の生き方について考えたこと

スピノザの『エチカ』第五部をあらためて読み直した。第五部の定理21以降は、私にとってはまだまだ難しい。とりわけ精神と身体の関係や、永遠の相のもとで精神が自分自身を認識するという問題については、解釈者によってもかなり読み方が分かれるところで、...
スピノザ

『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』をスピノザの『エチカ』から読む

――コナトゥス、欲望、受動感情、そして「誰が悪いのか」という問い※以下、『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』の結末まで完全にネタバレしています。『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』を観た。ただ単純に「悪者を倒す話」ではないことはすぐにわかるだろ...
スピノザ

ラテン語で読むスピノザ『エチカ』第一部 定理一五

第一部 定理一五原文Quicquid est, in Deo est et nihil sine Deo esse neque concipi potest.自訳在るものは何であれ神の中にあり、神なしでは何もののありえず、考えられることもで...

ヘーゲル

ヘーゲル

「意志の自由」に関するスピノザの矛盾をヘーゲル的に解決してみた

どうもOGKです。今回は、武市健人「ヘーゲル論理学の体系」から引用しつつ、スピノザの体系が抱える「意志の自由」に関する矛盾について、ヘーゲルの哲学においてどのように調停されているのか、いつものように私の独断と偏見により考察してみました。スピ...
ヘーゲル

「存在の本質」に関するヘーゲルとフォイエルバッハの相違について

どうも、OGKです。今回は「存在の本質」について、ヘーゲルとフォイエルバッハにおける二種類の解釈を紹介してみようと思います。レーヴィット『ヘーゲルからニーチェへ』を読む中で、両者の解釈が対立しているということに気づきましたので、知識の整理も...
ヘーゲル

ヘーゲルにおける「感覚と表象と観念の違い」について

どうもOGKです。さて今回は、牧野紀之訳ヘーゲル『小論理学』の中から、第20節 注釈「感覚と表象と観念の違い」について、自分自身の知識の整理も兼ねてまとめておきたいと思います。いつもだらだらと長くなりがちなので、今回はあまり長くならないよう...
ヘーゲル

牧野紀之訳ヘーゲル『小論理学』の感想

どうもOGKです。今回は「未知谷」から出版されていますヘーゲル『小論理学』牧野紀之訳についての読書感想文になります。内容について詳しく立ち入るほど理解できたわけではありませんので、主に1周目を読了した時点で率直に感じたことを書いてみようと思...

雑記

雑記

『スピノザ主義者の哲学探究』から『西宮哲学テクスト研究室』へ

哲学を始めて10年くらい経ったのだろうか。私にとっての30代の10年間は哲学とともにあったと言ってもよいと思う。学び始めた当初はここまでのめり込むとは思っていなかった。当時哲学書に限らず読書の習慣さえなかった私が、約10年の時を経て哲学の原...
雑記

『ヨガの喜び』沖正弘

大学時代、沖正弘『ヨガの喜び』を読んで実践していた。当時は自分の体調が整っていることは当たり前で、朝起きた一番にこの本に載っているヨガのポーズを行ってから1日を始めることが習慣になっていた。その時は自分の体調が整っていること、1日気分良く過...
雑記

伊藤計劃「ハーモニー」と人間の意志

伊藤計劃「ハーモニー」というSF小説を読んだので読書感想文を記しておく。いい作品なので多くの人に読んでもらいたい。この記事自体は「ハーモニー」という作品自体の感想というより、その世界観に触発されて自分の日々の生活を振り返るという感じの文章に...
雑記

断絶と切断

さっきから隣の席の同年代の家族連れを何となく意識している。自分と同じ時間、同じ空間に属しながら全く別の次元に存在しているようだ。どう考えても交わることのない断絶。生きている文脈がまるで違う。なにを考えているのか、日々どんなことに頭を悩ませ、...