第一性の遡及的成立㉙――先行理論との総合比較と理論の独自性の確定

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――個体化・構造的同一性・第一性・歴史的遡及性の統一的存在論

  1. はじめに――個々の概念の新しさから、理論全体の独自性へ
  2. 1.先行理論との比較に共通する問題設定
  3. 2.六つの比較領域から見た「第一性の遡及的成立」の位置
    1. 2-1.存在論的構造実在論――関係による個体化はどこまで説明されているか
    2. 2-2.シモンドン――個体化の生成過程と個体性の成立条件
    3. 2-3.現代形而上学の基礎づけ論――依存関係と第一性の違い
    4. 2-4.スコトゥスのこのもの性――個体性の根拠をどこに置くのか
    5. 2-5.Schafferの優先的一元論――全体の優先性と構造内部の第一性
    6. 2-6.歴史的な関係的変化・通時的基礎づけ――過去の資格は後続構造によって成立するのか
      1. ① Weberman――関係的変化は実在的な変化になりうる
      2. ② CorreiaとMerlo――Cross-Temporal Grounding
      3. ③ 起源本質主義――存在者の同一性はその起源に依存するのか
      4. ④ ヘーゲル――歴史的な全体から過去を理解すること
  4. 3.先行理論との総合比較――何がすでに説明され、何が統合されていないのか
  5. 4.「第一性の遡及的成立」の独自性はどこにあるのか
    1. 4-1.独自性①――個体化以前の差異から、個体性の成立を説明する
    2. 4-2.独自性②――構造の具体的実現と構造項の個体化を区別する
    3. 4-3.独自性③――構造的同一性の決定から、規定次元相対的な第一性を導く
    4. 4-4.独自性④――第一性を階層的・局所的な存在論に位置づける
    5. 4-5.独自性⑤――歴史的な前史まで同一性決定の射程に含める
  6. 5.なぜこれは先行理論の単なる組み合わせではないのか
    1. 5-1.五つの議論を統一するのは「構造的同一性の決定」である
    2. 5-2.この統一によって初めて説明できること
  7. 6.理論全体に対する反論を最終的に検証する
    1. 6-1.Δは結局、説明されない原始的なものではないのか
    2. 6-2.完全に識別できない二つの個体はどうなるのか
    3. 6-3.CとIの相互構成は循環論法ではないのか
    4. 6-4.第一性の非対称性は、理論が勝手に仮定しているだけではないのか
    5. 6-5.局所的な構造を認めることは、存在論的な無限後退を引き起こさないか
    6. 6-6.歴史的遡及性は単なる因果説明や事後的な物語ではないのか
  8. 7.総合的な存在論の定式化
    1. 第一段階:前個体的な差異的条件Δ
    2. 第二段階:構造Sの成立
    3. 第三段階:構造的個体化I
    4. 第四段階:構造内部の第一性F
    5. 第五段階:歴史的な遡及的構成
    6. 第一性の遡及的成立――統一的存在論
  9. 8.最終的な独自性の確定
    1. 8-1.個別の概念の新規性ではなく、存在論的な説明体系の独自性
    2. 8-2.最も重要な独自性は「第一性」の再定義にある
    3. 8-3.「遡及性」の再定義が理論全体を成立させる
  10. 9.最終結論――「第一性の遡及的成立」は何を明らかにする理論なのか
    1. 第一性の遡及的成立――最終的な理論定義
  11. 10.総合比較を終えて――理論の学術的な位置づけ
  12. Ⅰ.一次文献――比較対象となる原著・理論的提案
    1. 1.存在論的構造実在論
    2. 2.個体化論
    3. 3.基礎づけ論・存在論的依存
    4. 4.個体化とこのもの性
    5. 5.全体と部分の存在論的優先性
    6. 6.関係的変化・通時的基礎づけ
    7. 7.ヘーゲルの歴史哲学
  13. Ⅱ.二次文献・関連研究――先行理論の検討・発展・比較研究
    1. 1.個体化・数学的構造主義
    2. 2.基礎づけ論・依存関係の関連研究
    3. 3.ヘーゲルの歴史哲学に関する研究
  14. 最終的な位置づけ

はじめに――個々の概念の新しさから、理論全体の独自性へ

第23回から第28回まで、私は「第一性の遡及的成立」を、既存の哲学理論や現代形而上学の主要な議論と比較してきた。

ここで改めて確認しておきたいのは、今回の研究目的である。

それは、先行研究のなかに存在しない概念を一つ見つけ、それを自分の理論の独自性として主張することではない。

むしろ、個々の概念や命題が既存の研究によってどこまで説明されているのかを明らかにし、そのうえで、既存の理論がそれぞれ別々に扱ってきた問題を、どのような一つの存在論的体系として接続できるのかを確定することである。

これまでの比較によって、すでに重要なことが明らかになっている。

存在論的構造実在論には、関係による個体化や構造的な同一性の成立を論じる研究が存在する。

シモンドンは、個体化以前の存在、準安定性、トランスダクション、個体と環境の同時的成立を説明している。

Loweは、個体化における非対称的依存を直接論じている。

FineやRosenは、本質と存在論的基礎づけの関係を精密化している。

スコトゥスは、このもの性によって個体の数的単独性と他の個体との差異を説明している。

Schafferは、部分に対する全体の存在論的優先性を論じている。

Webermanは、関係的な変化が単なる見かけ上の変化ではなく、実在的な変化になる場合を検討している。

さらにCorreiaとMerloは、時間をまたぐ基礎づけ関係を独立した問題として定式化している。

したがって、次のことは認めなければならない。

個体性を関係によって説明すること、個体化以前の差異から生成を説明すること、非対称的な依存関係によって優先性を説明すること、全体の優先性を認めること、過去の出来事が後続する存在者の成立条件になること。これらの命題を個別に取り出しても、それだけでは「第一性の遡及的成立」の独自性にはならない。

しかし、ここから理論の独自性が失われるわけではない。

むしろ、独自性を主張すべき場所が明確になった。

それは、これらの問題を、前個体的差異から構造の成立、個体化、同一性規定の非対称性、第一性、さらに歴史的遡及性に至る一連の存在論的展開として統合することにある。

今回の目的は、この独自性を先行理論との比較によって確定し、「第一性の遡及的成立」が既存の理論の単なる組み合わせではないことを論証することである。

なお、比較対象となる第23〜28回の記事は、次のとおりである。

以下では、これらの比較を一つの共通の問題設定に戻して再構成する。


1.先行理論との比較に共通する問題設定

まず、これまでの比較研究で扱ってきた問題を整理する。

それぞれの先行理論は、異なる出発点から存在者の成立や存在論的優先性を説明している。

しかし、その多くは、次の問いのいずれかを中心に据えている。

  1. 個体は何によって個体として成立するのか。
  2. 個体の同一性と他の個体との差異は、何によって成立するのか。
  3. 全体と部分のどちらが存在論的に優先するのか。
  4. ある存在者が他の存在者に依存するとは、どのような関係なのか。
  5. 時間的に先行する出来事は、後続する存在者の成立にどのように関与するのか。

これに対して、「第一性の遡及的成立」は、これらを互いに独立した問題として扱わない。

むしろ、次の一連の問いとして接続する。

  • 個体化以前には、どのような差異的条件が存在するのか。
  • その差異的条件から、どのように構造的秩序が成立するのか。
  • 構造的秩序は、どのように個体性と同一性を成立させるのか。
  • 構造内部では、何によって非対称的な第一性が成立するのか。
  • その構造を成立させた過去の履歴は、どのように構成的な前史として確定するのか。

つまり、個体化、同一性、第一性、歴史的構成を、一つの存在論的な説明系列のなかに位置づけるのである。

この違いを正確に捉えるためには、先行理論のそれぞれが、どの説明水準を担っているのかを区別する必要がある。


2.六つの比較領域から見た「第一性の遡及的成立」の位置

2-1.存在論的構造実在論――関係による個体化はどこまで説明されているか

第23回では、存在論的構造実在論(Ontic Structural Realism:OSR)を比較対象にした。

OSRの重要な主張は、存在者を関係から独立した実体として最初に措定するのではなく、構造や関係を存在論的に基本的なものとして理解する点にある。

特に、量子論における同一粒子の不可識別性などを背景として、個体の同一性や個体性を、内在的な性質だけで説明することの限界が論じられてきた。

LadymanやFrenchらの議論では、個体性を文脈的・関係的に理解する方向が示されている。

したがって、個体性が構造から独立して最初から完成しているわけではないという主張自体は、OSRとの比較によって独自性を主張できるものではない(Ladyman 1998; French and Ladyman 2003)。

さらに、AssadianとFraserの2025年の論文「The Individuation of Mathematical Objects」も重要である。

彼らは数学的対象の個体化について、内在的性質による個体化、関係による個体化、基体による個体化を区別し、数学的対象の数的同一性と差異を説明する方法を比較している。

その議論では、関係による個体化が有力な選択肢として検討される一方、三つの方法のうち基体による個体化に特有の形而上学的問題が指摘されている(Assadian and Fraser 2025)。

したがって、構造的位置や関係によって対象を個体化する考え方は、現在も具体的に研究されている。

「第一性の遡及的成立」がOSRと異なるのは、単に関係によって個体性を説明するという点ではない。

違いは、少なくとも四つある。

第一に、個体化以前の差異的条件を明示すること。

OSRが構造や関係の存在論的な優先性を論じるのに対し、今回の理論では、構造の成立以前にある差異的条件をΔとして区別する。

ここでΔは、すでに個体化された対象の集合ではない。

構造項としての同一性をまだ持たない差異的契機の場である。

そのため、次の二つを区別できる。

  • 構造を構成する関係と構造項。
  • それらが個体化される以前の差異的条件。

これは、構造の内部で対象の位置を説明することと、そもそも構造項がどのような差異から成立するのかを説明することの違いである。

第二に、構造の具体的実現と構造項の個体化を区別すること。

第23回で整理したCとIの違いがここに関係する。

Cは、下位水準の存在者や構成項が、上位水準の構造を具体的に実現する関係である。

これに対してIは、構造的秩序によって、その内部の契機が特定の構造項として個体化される関係である。

両者は、構造と構造項の関係を説明するものだが、同じ作用ではない。

第三に、構造内部の第一性を説明すること。

OSRにおける構造的優先性と、ある構造内部でAがBに対して持つ存在論的な第一性は区別される。

ある構造が構造項に対して優先することから、その構造内部で何が何に対して第一なのかが自動的に決まるわけではない。

今回の理論は、この内部的な非対称性を、構造的同一性の決定関係によって説明する。

第四に、構造の成立以前の履歴まで説明範囲に含めること。

第28回のB、すなわち時間的・歴史的な遡及性によって、後続する構造が、それ以前の履歴をどのように構成的な前史として確定するのかを説明する。

OSRの代表的な議論から、この一連の論証がそのまま導かれるわけではない。

したがって、OSRとの比較から導かれる結論は次のとおりである。

「第一性の遡及的成立」は、OSRの関係的な存在論を否定するものではない。OSRが扱う構造と対象の存在論的関係を、個体化以前の差異、構造の具体的実現、構造的個体化、非対称的な第一性、歴史的遡及性にまで展開する理論である。

これはOSRからの単純な離脱ではなく、構造実在論の問題設定を、より細かい存在論的な説明系列に再構成する試みと位置づけられる。

2-2.シモンドン――個体化の生成過程と個体性の成立条件

第24回では、ジルベール・シモンドンの個体化論を比較した。

シモンドンの議論で重要なのは、個体を完成した実体として出発点に置かないことである。

個体は、個体化以前の存在、準安定状態、潜在的なエネルギー差やポテンシャルから、トランスダクションを通じて生成する。

また、個体と環境は、独立して完成したもの同士が後から関係を結ぶのではなく、個体化の過程において共に成立する。

この点で、シモンドンは今回の理論と非常に近い問題を扱っている(Simondon 2005; 2020)。

しかし、両者の説明対象には違いがある。

シモンドンの中心的な関心は、個体がどのように生成するのかという個体化の過程にある。

これに対して、「第一性の遡及的成立」は、個体化が成立したとき、その個体の同一性条件がどのような構造的関係によって確定するのかを問題にする。

例えば、トランスダクションによって複数の契機が一つの構造を形成したとしても、それだけで、その構造内部のどの契機が他の契機の同一性条件を非対称的に規定しているかが確定するわけではない。

ここで今回の理論は、生成過程と同一性決定を区別する。

もちろん、シモンドンの理論にも生成における非対称性は存在する。

トランスダクションは、単純に対称的な相互作用を意味しない。したがって、「シモンドンには非対称性がない」という比較は正しくない。

問題は、非対称性が何を説明するために導入されているかである。

シモンドンでは、個体化の進行や構造の生成が中心となる。

今回の理論では、構造的に成立した個体の同一性条件を、どの項がどの項に対して規定しているのかという点が中心になる。

さらに、両者には前個体的な条件の理解にも違いがある。

シモンドンの前個体的なものは、個体化を生み出す準安定的なポテンシャルや未解決の差異を含む。

一方、今回のΔは、構造項が個体化される以前の差異的条件として定義される。

両者は近い問題を扱うものの、Δは今回の理論のなかで、構造形成と構造的個体化を説明するための位置を与えられている。

また、シモンドンでは個体化は一度完了して終わるものではなく、個体化以前の潜在性が個体の内部にも残り、個体と環境、さらには心理的・集合的な水準へと個体化が展開する。

したがって、今回の理論はシモンドンの生成論を置き換えるものではない。

むしろ、シモンドンが明らかにした生成的な問題を踏まえながら、個体化された存在者の同一性と第一性が成立する構造的条件を追加的に説明するものだ。

ここから導かれる比較上の結論は次のとおりである。

シモンドンが個体の生成を説明するのに対し、「第一性の遡及的成立」は、生成した個体が特定の構造において何であるか、そして何が他のものに対して第一であるかを説明する。

この違いは、生成論と存在論的な同一性決定論の違いとして理解できる。

2-3.現代形而上学の基礎づけ論――依存関係と第一性の違い

第25回では、Fine、Rosen、Bliss、Loweらの議論を中心に、現代形而上学の基礎づけ論と存在論的依存論を検討した。

ここで特に重要なのは、Loweの「Asymmetrical Dependence in Individuation」である。

Loweは、個体化における非対称的な依存関係を直接問題にしている。

したがって、非対称的依存によって個体化を説明するという発想を、そのまま今回の理論の独自性とすることはできない(Lowe 2012)。

また、Fineの本質論と基礎づけ論は、存在者の本質的な規定と、何が何を成立させるのかという関係を厳密に扱う。

Rosenの基礎づけ論は、ある事実が別の事実によって形而上学的に基礎づけられるという説明関係を検討する。

Blissは、基礎づけにおける循環や反射性の問題を論じ、基礎づけの関係が常に単純な非対称的・非循環的な関係であるとは限らないことを示している(Fine 2012; Rosen 2010; Bliss 2014)。

ここで、今回の理論には三つの区別が必要になる。

第一に、存在論的な同一性依存。

ある構造項の同一性条件が、別の構造項や構造的秩序に依存しているという関係である。

第二に、事実間の基礎づけ。

ある構造項の同一性条件が別の項によって規定されるという事態を、事実の水準で説明する関係である。

第三に、構造内部の第一性。

特定の構造Sと規定次元dにおいて、一つの項Aが別の項Bの同一性条件を非対称的に決定している場合に成立する優先性である。

この三つは相互に関係するが、同じ概念ではない。

したがって、今回の A ≺_d B を、一般的な形而上学的基礎づけ関係と無条件に同一視してはいけない。

今回の第一性は、構造的同一性の決定に限定された優先性である。

例えば、ある組織Sにおいて、AがBの役割や位置の同一性を規定しているとする。

このとき、AがBに対して第一であることは、Aがあらゆる意味でBより存在論的に根本的だということではない。

あくまで、同一の構造Sにおける規定次元dについて、Aの規定がBの同一性条件を非対称的に限定しているという意味である。

この限定は重要である。

なぜなら、ある項AがBの同一性を規定する一方で、別の規定次元においてはBがAの同一性を規定することもありうるからだ。

例えば、組織の制度的な役割についてはAがBに対して優先し、資源の配分や活動の実現条件についてはBがAに対して優先することがありうる。

この場合、両者は無条件に同時に第一なのではない。

異なる規定次元において、それぞれ異なる優先性を持つ。

したがって、第一性は次のように表記される。

F(S, xᵢ, d)

ここで、第一性は構造Sの内部で、特定の構造項xᵢが規定次元dにおいて持つ存在論的優先性である。

また、基礎づけ関係の推移性についても注意が必要である。

部分的な規定が存在するだけでは、常に推移性が成立するとは限らない。

したがって、推移性を認めるのは、同一の構造と同一の規定次元において、完全な同一性決定が成立する範囲に限定する。

さらに、構造の具体的実現を示すCと、上位構造による個体化を示すIも、一般的な基礎づけの一種類として一括してはいけない。

数学的構造主義における基礎づけ論も、この点を明確にする参考になる。

Wigglesworthは、数学的構造主義において、構造と構造項の間に対称的・反射的な依存関係が成立しうることを論じている。

つまり、あらゆる構成的依存を一律に非対称的な基礎づけとして処理することはできない(Wigglesworth 2018)。

この比較から導かれるのは、次の結論である。

「第一性の遡及的成立」は、基礎づけ論そのものを新しく発明する理論ではない。存在論的依存、事実間の基礎づけ、構造内部の非対称的な第一性を区別し、それらを個体化と同一性決定の体系に接続する理論である。

2-4.スコトゥスのこのもの性――個体性の根拠をどこに置くのか

第26回では、ドゥンス・スコトゥスのこのもの性(haecceitas)を検討した。

スコトゥスの問題は、共通本性を持つものが、なぜ数的に異なる複数の個体として成立するのかということである。

例えば、同じ人間という本性を持つ二人の人物が、なぜ同一の個体ではなく、数的に異なる二人なのか。

スコトゥスは、共通本性がそれ自体では数的に一でも多でもないという考え方を採り、そこに個体化の原理としてこのもの性を導入する。

このもの性は、個体に外から付け加わる単なる性質ではなく、その個体を数的にこの個体として確定する積極的な原理である(Scotus, Ordinatio II, d. 3, p. 1)。

ここで、今回の理論との違いは明確になる。

スコトゥスは、共通本性と個体を区別し、個体の数的単独性をこのもの性によって説明する。

これに対して、「第一性の遡及的成立」は、個体性の根拠を個体に固有の個体化原理として最初から与えるのではなく、差異的条件と構造的秩序によって成立させようとする。

つまり、

  • スコトゥス:共通本性とこのもの性による数的個体化。
  • 第一性の遡及的成立:前個体的差異Δと構造Sによる個体化I。

という違いがある。

ただし、この比較では、今回の理論にとって重要な問題が一つ浮かび上がる。

それは、構造的に完全に識別できない二つの存在者をどう扱うのかという問題である。

第26回でも確認したように、構造的な位置や関係によって個体を区別できる場合、数的差異の説明は可能になる。

しかし、あらゆる構造的差異が存在せず、それでも二つの個体が数的に異なると主張される場合、構造的個体化だけではその差異を説明できない。

ここで、二つの選択肢がある。

第一に、構造的な差異がないにもかかわらず数的な差異が存在すると認め、その差異を原始的な事実として受け入れること。

第二に、数的に異なる個体として成立するためには、何らかの個体化根拠が必要であるという原理を維持すること。

今回の理論が採用するのは第二の立場である。

ただし、これは「性質がすべて同じものは必ず一つである」という無条件の識別不能者同一の法則を採用することではない。

問題は、質的性質が同じかどうかだけではない。

関係、構造的位置、前個体的差異、構成的な履歴を含め、数的な差異を成立させる存在論的根拠があるかどうかである。

もし、そのような根拠がどの水準にも存在しないならば、今回の理論では、それらを二つの個体として確定することはできない。

それらは、個体化されていない多重性として扱われるか、同一の構造的位置に属するものとして扱われる。

それでもなお、数的に異なる二つの個体が存在すると主張するならば、構造的な差異とは独立した原始的な個体化原理を追加しなければならない。

それは、今回の理論が採用する存在論とは異なる。

この比較から、次の結論が導かれる。

スコトゥスが個体の数的単独性を個体化原理によって説明するのに対し、「第一性の遡及的成立」は、数的差異を成立させる根拠そのものを構造的な秩序の内部に求める。

この意味で、両者は個体化の根拠をどこに置くのかという点で、異なる存在論的選択をしている。

2-5.Schafferの優先的一元論――全体の優先性と構造内部の第一性

第27回では、Jonathan Schafferの優先的一元論を比較した。

Schafferの優先的一元論は、宇宙という最大の全体が、その部分に対して存在論的に優先するという立場である。

ここで重要なのは、優先的一元論が存在一元論ではないことだ。

Schafferは、部分の存在を否定するのではなく、部分の存在論的な基礎が全体に依存すると考える。

つまり、宇宙という全体が存在論的に根本的であり、部分はその全体によって基礎づけられる(Schaffer 2010)。

これに対して、「第一性の遡及的成立」は、全体と部分の関係だけを問題にしているのではない。

まず、上位構造と下位の構造項の関係を考える。

さらに、その上位構造の内部において、個々の構造項がどのような非対称的な優先性を持つのかを考える。

したがって、少なくとも二つの水準を区別しなければならない。

第一の水準:構造と構造項の関係

構造Sが、その内部の構造項の個体性を成立させる。

第二の水準:構造項相互の関係

構造Sの内部で、ある項Aが別の項Bの同一性条件を非対称的に決定する。

Schafferが主に論じるのは第一の水準における全体の優先性である。

今回の理論の特徴は、第一の水準だけでなく、第二の水準における優先性を明示的に説明することにある。

また、Schafferの立場と今回の理論は、必ずしも全面的に対立するわけではない。

複数の局所的な構造が存在することだけでは、それらすべてを包含する最大の全体の存在論的優先性は否定されない。

Schafferは宇宙全体を基礎的な全体として捉えることができるため、局所的構造の存在だけを理由に優先的一元論を反駁することはできない。

したがって、今回の理論は、世界全体に唯一の基礎的な構造が存在するかどうかについて、必ずしも一つの結論を要求しない。

複数の局所的構造がそれぞれ個体性と第一性を成立させるという立場を採りながら、それらを包摂するより上位の構造が存在する可能性を排除しない。

つまり、今回の理論が確立するのは、優先的一元論に対する単純な反対命題ではない。

全体の優先性と、全体内部の構造的第一性という異なる存在論的関係を区別することである。

この比較から、次の結論が導かれる。

Schafferが全体と部分の存在論的優先性を説明するのに対し、「第一性の遡及的成立」は、階層的・局所的な構造のそれぞれにおいて、個体性と構造項相互の第一性がどのように成立するかを説明する。

したがって、今回の理論は、優先的一元論を否定する必要も、それをそのまま採用する必要もない。

2-6.歴史的な関係的変化・通時的基礎づけ――過去の資格は後続構造によって成立するのか

第28回では、Webermanの関係的変化論と、ヘーゲルの歴史的必然性、現代形而上学における通時的な存在論的依存を比較した。

ここでは、さらに二つの重要な理論を加えて位置づけたい。

一つはCorreiaとMerloの「Cross-Temporal Grounding」であり、もう一つは起源本質主義(origin essentialism)である。

この二つを検討することで、Bの独自性をより正確に確定できる。

① Weberman――関係的変化は実在的な変化になりうる

Webermanの問題は、ある対象の内在的性質が変わらず、他の対象との関係だけが変化した場合、それを実在的な変化として認められるかというものである。

彼は、社会的現象、歴史的出来事、美術作品などを検討し、関係的な性質が対象の同定や個体化に関与する場合には、その変化を単なるケンブリッジ変化として片づけられないと論じる(Weberman 1999)。

これはBと明確に共通する。

後続する構造によって先行する存在者の構造相対的な資格が成立するという考え方は、関係的な規定が実在的な意味を持つことを前提にしているからだ。

しかし、Webermanの議論だけでは、どの関係が構造の同一性条件にとって構成的なのか、また、その関係の内部で何が第一なのかまでは説明されない。

したがって、今回の理論が付け加えるのは、関係的な変化の実在性そのものではなく、構造的不変項を基準として歴史的な関係を選別し、その関係を構成的な依存秩序のなかに位置づけることである。

② CorreiaとMerlo――Cross-Temporal Grounding

特に重要なのが、Fabrice CorreiaとGiovanni Merloの論文「Cross-temporal grounding」である。

この論文は、時間をまたぐ基礎づけ関係を明示的に扱っている。

彼らが提示する問題は、例えば「カエサルは生きていた」という現在から過去について述べる事実が、過去の事実、すなわち「カエサルは生きている」という当時の事実によって、どのように基礎づけられるかというものである。

通常の基礎づけ論は、同時点の事実の間に成立する関係を中心に扱う。

これに対して、CorreiaとMerloは、現在の過去指向的な事実が過去の事実によって基礎づけられるという通時的な関係を理論化する。

この論文は『Analytic Philosophy』第65巻第3号に掲載されている(Correia and Merlo 2024)。

これは、Bにとって無視できない先行研究である。

なぜなら、時間的に異なる事実の間に存在論的な基礎づけ関係が成立しうるという点で、㉒の議論と問題領域が重なるからだ。

ただし、両者の説明対象は異なる。

CorreiaとMerloが中心的に扱うのは、現在成立している過去についての事実が、過去の事実によってどのように基礎づけられるかという問題である。

これに対してBが扱うのは、後続する構造Sの成立によって、先行する履歴Hが、その構造の同一性を成立させる構成的な前史として確定するという問題である。

つまり、Bで重要なのは、単に過去の事実が現在の事実を基礎づけることではない。

後続する構造の同一性条件が、どの過去の出来事を自らの構成的な前史として取り込むのかという点である。

この違いを表記すると、次のようになる。

CorreiaとMerloが問題にする基本的な方向は、

過去の事実 → 現在の過去指向的な事実

である。

これに対して、Bでは、

S(t₁) → H_S(t₀)

という、後続する構造から先行する履歴への構造相対的な規定が問題になる。

ただし、この矢印を時間的な因果関係と解釈してはいけない。

これは、Sの成立によって、HがSにとって何であったのかという構成的な資格が確定することを意味する。

もちろん、この二つの関係は排他的ではない。

組織Sが成立したという現在の事実は、過去の創設活動によって通時的に基礎づけられうる。

同時に、その創設活動は、Sがどのような組織として成立したのかという同一性条件に参与している場合、Sの歴史的な構成的前史となる。

したがって、今回の理論は、通時的基礎づけそのものを初めて発見したと主張することはできない。

独自性があるのは、通時的な依存を、構造的不変項、構成的履歴の選別、構造内部の第一性に接続することにある。

③ 起源本質主義――存在者の同一性はその起源に依存するのか

起源本質主義は、ある対象が同一の対象として成立するためには、その実際の起源が本質的な意味を持つという考え方である。

例えば、ある人工物が、実際に用いられた材料や製作過程とは大きく異なる起源を持っていたとしても、同一の人工物として成立したと言えるのかという問題がある。

クリプキ以降の形而上学では、対象の起源と可能世界における同一性を結びつける議論が展開されてきた(Kripke 1980)。

この議論は、Bと近い問題を扱っている。

ある存在者が何であるかは、それがどのような歴史的起源を持つかに依存する場合があるからだ。

しかし、両者は同一ではない。

起源本質主義の中心は、ある対象が可能世界をまたいで同一の対象であり続けるために、どのような起源を必要とするかという様相的な問題である。

これに対してBが扱うのは、後続する構造の成立によって、先行する履歴のうち何がその構造の同一性を支える構成的条件であったのかという、構造相対的な問題である。

したがって、Bは起源本質主義をそのまま採用するものではない。

ある存在者の起源が、その存在者自身の個体性にとって本質的である場合もあれば、後続する構造との関係で初めて特定の構成的資格を持つ場合もある。

後者の場合、問題となるのは、対象の起源がその対象にとって本質的かどうかだけではない。

その履歴が、後続する構造の同一性にとってどのような役割を果たしているかである。

この点で、今回の理論は、起源本質主義の問いを構造的な歴史的構成へと拡張している。

④ ヘーゲル――歴史的な全体から過去を理解すること

ヘーゲルとの比較では、歴史的な全体の展開を通じて、過去の出来事の意味が確定するという問題が重要になる。

ヘーゲルの歴史哲学では、歴史的な出来事は孤立した事実としてではなく、自由の発展という世界史の全体的な連関のなかで理解される。

ただし、後続する歴史から過去を理解することは、未来の結果が最初から必然的に決まっていたという意味ではない。

Sally Sedgwickは、ヘーゲルにおける歴史的必然性が、あらかじめ固定された未来を意味するのではなく、人間の自由と現実の歴史的展開に根ざしていると論じる(Sedgwick 2023)。

Richard Bourkeも、2025年の「Hegel and Historical Reasoning」において、ヘーゲルを単純なアプリオリズムや宿命論として理解することを再検討している(Bourke 2025)。

この点で、ヘーゲルはBの時間的な遡及性に重要な思想的先行例を与えている。

しかし、ヘーゲルにおける歴史的全体性と、Bにおける特定の構造の歴史的な構成的前史は区別されなければならない。

ヘーゲルが中心的に扱うのは、世界史の合理性と自由の発展である。

Bが扱うのは、個別の構造の同一性を成立させるために必要な履歴である。

したがって、Bは世界史全体に単一の目的や終着点を仮定する必要がない。

ある組織、制度、個体、社会的関係などが、それぞれの構造的同一性を成立させる範囲において、その構成的な前史を確定する。

これは、歴史全体を一つの目的論的体系に還元するものではない。

以上から、歴史的遡及性の独自性は、時間的に後続するものが過去に影響するという一般的な主張ではなく、後続する構造の同一性条件によって、過去の構成的な範囲と資格が選別されることにある。


3.先行理論との総合比較――何がすでに説明され、何が統合されていないのか

ここまでの比較を、共通する説明課題に戻して整理しよう。

重要なのは、先行理論を単純な優劣で並べないことである。

それぞれの理論は、固有の問題設定に対して有力な説明を与えている。

その説明力を認めたうえで、今回の理論がどの問題を追加的に引き受けるのかを明らかにする。

比較対象既存理論が説明する中心問題今回の理論との相違
存在論的構造実在論関係と構造による存在者の規定・個体性Δから構造形成、個体化、内部的第一性までを連結する
シモンドン前個体的な存在からの個体化過程生成過程に加え、成立した個体の同一性条件と第一性を説明する
Lowe・基礎づけ論非対称的依存、事実の基礎づけ依存・基礎づけ・構造内部の第一性を区別して接続する
スコトゥス数的個体性と個体化原理個体化の根拠を独立したこのもの性ではなく構造的秩序に求める
Schaffer全体と部分の存在論的優先性全体の優先性に加え、構造内部の項相互の優先性を説明する
Weberman関係的変化の実在性関係的規定を構造的同一性と構成的履歴に結びつける
Correia・Merlo現在の過去指向的事実と過去の事実の基礎づけ後続構造の同一性条件による過去の構成的前史の選別を説明する
起源本質主義対象の起源と可能世界をまたぐ同一性構造相対的な歴史的資格と構造内部の第一性を説明する
ヘーゲル歴史的全体から見た過去の意味と必然性特定の構造の同一性を支える局所的な歴史的構成を説明する

この比較から分かることは、今回の理論が先行研究のあらゆる問題を初めて扱っているわけではないということである。

しかし、これらの理論が説明している対象と関係を、一つの存在論的な順序に沿って接続することには、独自の理論的意味がある。

ここから、独自性の論証へ進もう。


4.「第一性の遡及的成立」の独自性はどこにあるのか

ここまでの比較を踏まえると、理論の独自性を主張すべき場所は明確になる。

それは、個体化、関係的依存、非対称的優先性、歴史的遡及性のいずれか一つにあるのではない。

これらを、構造的同一性の成立という共通の問題を通じて、一つの存在論的な説明体系に統合したことにある。

この主張を曖昧なままにしないため、独自性を五つの点に分けて定式化する。

4-1.独自性①――個体化以前の差異から、個体性の成立を説明する

第一の特徴は、個体性をあらかじめ存在するものとして前提しないことである。

個体化の説明では、すでに個体として成立した複数の対象を出発点にして、それらの関係を論じることが多い。

しかし、その場合には、説明しようとしている個体性を最初から前提にしている可能性がある。

例えば、AとBの関係によってAとBの個体性が成立すると説明するとき、AとBがすでに数的に異なる個体として存在しているならば、個体性の成立そのものは説明されていない。

そこで今回の理論では、個体化以前の差異的条件をΔとして区別する。

ここで重要なのは、Δをすでに個体化された複数の要素の集合として理解しないことだ。

Δに属するものは、個体としての数的同一性をまだ持たない差異的契機である。

それらの差異的な契機が構造的な秩序を形成することで、初めて特定の構造項として個体化される。

したがって、次の区別が成立する。

  • Δ:個体化以前の差異的条件。
  • S:差異と関係が組織化された構造的秩序。
  • xᵢ:構造Sによって個体化された構造項。

このとき、個体化は、独立した個体が後から関係を結ぶことではない。

構造的秩序の成立によって、差異的契機が個体性を獲得することである。

Δ → S → I(S, mᵢ → xᵢ)

ここでの独自性は、構造実在論の関係的個体化と、シモンドンの前個体的な生成論のどちらかを単純に採用することではない。

両者が扱う問題を、個体化以前の差異、構造的秩序の成立、構造項の個体化という異なる説明水準に分け、接続することにある。

4-2.独自性②――構造の具体的実現と構造項の個体化を区別する

第二の特徴は、CとIを区別することである。

この区別は、構造と構造項の関係を単純な一方向の依存関係として理解しないために重要になる。

まず、Cは、下位水準の構成要素によって上位構造が具体的に実現される関係である。

C(Sₗ₊₁, {xᵢˡ})

ここでは、下位水準においてすでに個体化されている存在者の集合が、上位水準の構造を具体的に成立させる。

これに対して、Iは、上位構造がその内部の契機を構造項として個体化する関係である。

I(Sₗ₊₁, mᵢ → xᵢˡ⁺¹)

ここでは、ある構造の成立によって、それまで当該水準では個体化されていなかった差異的契機が、構造項としての同一性を獲得する。

両者は同じ関係ではない。

Cは、すでに個体化されている下位水準の存在者が、上位構造を具体的に実現することを示す。

Iは、上位構造によって、その水準における構造項の個体性が成立することを示す。

この区別によって、構造と構造項の相互構成を認めながら、同一水準での論理的循環を避けることができる。

あるものは下位水準ではすでに個体化された存在者でありながら、上位水準では別の構造的秩序によって個体化される契機となりうる。

つまり、個体性は絶対的に一度だけ決まるものではなく、どの構造的水準に属するかによって規定される。

ここで注意したいのは、数学的構造主義などにも、構造と構造項の相互依存や循環的な依存関係を認める研究が存在することだ。

したがって、相互構成を認めること自体は独自ではない。

独自性は、CとIを異なる構成作用として区別し、構造的個体化と構造の具体的実現を一つの階層的存在論に位置づけるところにある。

4-3.独自性③――構造的同一性の決定から、規定次元相対的な第一性を導く

第三の特徴が、理論の名称にもなっている「第一性」の説明である。

ここで重要なのは、第一性を時間的な先行性や、単なる因果的な優位性として理解しないことである。

また、ある項があらゆる意味で他の項より根本的であるという絶対的な順位としても理解しない。

今回の第一性は、構造Sの内部で、特定の規定次元dについて成立する非対称的な優先性である。

その成立条件は次のように定められる。

ある項Aの規定が、同一の構造Sと同一の規定次元dにおいて、項Bの構造的同一性条件を決定しており、その同じ規定次元において逆方向の決定関係が成立しない場合、AはBに対して第一である。

A ≺_d B

この関係によって、第一性は単に外部から付与された順位ではなく、構造内部の同一性決定によって成立する。

ここには二つの重要な限定がある。

第一に、同じ構造の内部でなければならない。

別々の構造に属するAとBを比較して、一方が他方より第一であると主張することはできない。

第二に、同じ規定次元について比較しなければならない。

例えば、組織の制度的役割という次元ではAがBに対して第一であっても、別の次元ではBがAに対して優先する可能性がある。

したがって、第一性は規定次元に相対的である。

さらに、第一性は必ずしも一つの項に独占されるとは限らない。

同一構造の異なる規定次元では、異なる構造項がそれぞれ第一性を持つことがありうる。

このことは、第一性を絶対的な序列として理解する見方を退ける。

ここで初めて、全体の優先性と内部の第一性を区別できる。

構造Sがその内部の項に対して優先することと、S内部のAがBに対して第一であることは、異なる存在論的関係なのである。

この区別によって、Loweの非対称的依存論や一般的な基礎づけ論を、単に言い換えるのではなく、構造内部の同一性決定に限定された第一性の説明として再構成できる。

4-4.独自性④――第一性を階層的・局所的な存在論に位置づける

第四の特徴は、第一性を世界全体に一つだけ存在する絶対的な優先性として扱わないことである。

Schafferの優先的一元論では、宇宙全体が部分に対して存在論的に優先する。

これに対して今回の理論は、複数の階層的な構造と局所的な構造が成立することを認める。

それぞれの構造は、その内部に固有の個体性と同一性条件を持ち、さらにその内部において規定次元相対的な第一性を成立させる。

ただし、複数の局所的構造が存在することは、それらを包摂する最大の全体が存在しないことを意味しない。

したがって、今回の理論は、優先的一元論を論理的に反駁するものでも、必ずしも優先的多元論を採用するものでもない。

確定するのは、存在論的な優先性が複数の階層と局所的な構造の内部で説明されうるということである。

この意味で、今回の理論は、階層的・局所的な構造全体論と呼ぶことができる。

そして、その全体論の内部に、規定次元相対的な第一性が位置づけられる。

4-5.独自性⑤――歴史的な前史まで同一性決定の射程に含める

第五の特徴は、第28回で確定した歴史的遡及性である。

構造全体の成立によって、現在の構造項の個体性と第一性が確定するだけではない。

その構造の成立にとって構成的な意味を持っていた過去の履歴も、構造の同一性との関係において確定する。

ここで、過去の出来事すべてが構造に編入されるわけではない。

構造的不変項を実現するための構成的依存関係に含まれる履歴だけが、構成的な前史となる。

この選別を、通時的構造編入原理によって説明する。

したがって、AとBの関係は次のようになる。

  • A:構造内部の個体性・同一性・第一性を成立させる。
  • D:構造の同一性を支える構成的な履歴を、時間的に先行する範囲にまで拡張する。
  • B:構造の成立によって、その履歴の構造相対的な資格を確定する。

A + D → B

このとき、歴史的遡及性は、単なる事後的な認識や因果的な由来の説明ではない。

後続する構造の同一性条件によって、どの履歴がその構造の構成的な前史となるかが確定する。

そして、その履歴のなかに存在する諸契機の関係から、構造内部の第一性も説明できる。

この点において、Weberman、CorreiaとMerlo、起源本質主義、ヘーゲルの歴史的理解がそれぞれ扱ってきた問題を、一つの構造的存在論に接続することになる。


5.なぜこれは先行理論の単なる組み合わせではないのか

ここまでで、五つの独自性を整理した。

しかし、ここで一つの反論が考えられる。

それは、今回の理論は既存の概念を組み合わせただけであり、新しい存在論を構築したことにはならないのではないか、という反論である。

この反論は重要である。

複数の先行理論の概念を一つの説明に並べるだけなら、それは概念の集合であって、独立した理論体系とは限らないからだ。

そこで、今回の理論が単なる折衷や寄せ集めではないことを示す必要がある。

そのためには、各概念を結びつける共通の存在論的原理を特定しなければならない。

5-1.五つの議論を統一するのは「構造的同一性の決定」である

今回の理論の中心には、一つの共通問題が存在する。

それは、ある存在者が、他のものではなく、まさにその存在者として成立するための根拠は何かという問題である。

この問いを個体化以前の差異に適用すると、Δの問題になる。

構造形成に適用すると、Sの問題になる。

構造項の成立に適用すると、Iの問題になる。

構造内部の優先性に適用すると、非対称的な同一性決定の問題になる。

歴史的な前史に適用すると、Bの問題になる。

つまり、それぞれの概念は、別々の問題に対して独立に追加されたものではない。

すべてが、構造的同一性の成立条件を説明するという共通の課題に従属している。

このことをより明確にするために、ある構造Sの同一性を維持する不変項を考える。

構造SがSであり続けるためには、どのような関係や規定が維持されなければならないのか。

この不変項をK(S)とする。

K(S)は、構造の同一性を成立させる規定の集合である。

ここで、Sを構成するすべての要素が同じ強さで必要だとは限らない。

ある要素は構造の同一性にとって不可欠である一方、別の要素は変更されても構造の同一性を維持できる場合がある。

したがって、K(S)を実現するために必要な構成的依存関係の範囲を明確にしなければならない。

私はこれを、構造的不変項の実現に必要な最小完全な構成的依存関係の閉包として捉える。

Cl_min(S, K(S))

ここでいう最小とは、無関係な要素を除きながら、構造的不変項を実現するために必要な構成的条件をすべて含むという意味である。

ただし、最小完全な閉包が必ず一つだけ存在すると仮定する必要はない。

複数の等価な実現経路がある場合には、複数の最小完全な閉包が成立することもありうる。その場合、どの経路が現実に実現したのかを区別しつつ、同じ構造的不変項を実現する代替可能性も考慮する。

この基準によって、各議論は次のように接続される。

第一に、Δは、構造的不変項を成立させる以前の差異的条件を説明する。

個体化以前の差異的契機が、どのような構造を成立させうるのかを説明する。

第二に、Sは、その差異的条件を一定の関係秩序として組織化する。

ここで構造的不変項が成立する。

第三に、Iは、構造的秩序によって構造項の個体性と同一性を成立させる。

ここで、構造的不変項との関係によって、ある契機が特定の存在者になる。

第四に、第一性は、構造内部の同一性決定の非対称性を説明する。

どの項が他の項の同一性条件を規定しているのかが明らかになる。

第五に、Dは、その構成的依存関係の範囲を時間的に先行する履歴にまで拡張する。

これによって、後続する構造が、その成立に必要だった過去の前史を確定する。

つまり、すべての概念が、構造的不変項の成立と維持という一つの問題を中心に組織されているのである。

5-2.この統一によって初めて説明できること

この体系の重要性は、個々の概念が存在することだけではない。

それらを一つの理論に統合することで、単独の理論では説明対象として明確に扱われない問題の接続が可能になることである。

例えば、次の問いを考えてみよう。

ある人物が組織の創設者として成立するためには、その人物は単に組織の成立以前に存在していればよいのだろうか。

答えは否である。

その人物の過去の活動は、組織の成立にとって構成的な意味を持たなければならない。

では、なぜその活動は構成的なのか。

それは、組織の構造的不変項を成立させる依存関係のなかに、その活動が位置づけられているからである。

では、なぜその人物が他の人物に対して第一なのか。

それは、その人物の活動が、特定の規定次元において、他の構成項の同一性条件を非対称的に限定しているからである。

つまり、過去の活動の歴史的資格と、組織内部の第一性は、同じ構造的不変項に対する構成的依存関係を通じて説明される。

ここで初めて、個体化、同一性、第一性、歴史的資格が一つの説明構造に収まる。

単に関係的変化を認めるだけでも、歴史的な基礎づけを認めるだけでも、この一連の説明は自動的には成立しない。

今回の理論では、これらが共通の存在論的基準によって結びついている。

したがって、これは先行研究の概念を並べたものではなく、構造的同一性の成立を共通の説明原理として、それぞれの存在論的関係を体系化したものである。


6.理論全体に対する反論を最終的に検証する

ここまでの比較によって独自性の所在は明らかになった。

しかし、理論の独自性を確定するには、理論内部に残されている可能性のある論理的な問題も整理しておく必要がある。

そこで、これまでの議論から重要な反論を六つ取り上げる。

6-1.Δは結局、説明されない原始的なものではないのか

最初の反論は、個体性を構造によって説明するとしても、構造の基礎にあるΔ自体は説明されていないのではないかというものである。

これは重要な問題である。

もしΔが、すでに個体化されたものの集合であるならば、今回の理論は個体化の問題をΔの内部に移しただけになる。

しかし、今回の理論におけるΔは、すでに個体化されたものの集合ではない。

Δは、個体化以前の差異的条件である。

したがって、Δの内部にある契機について、あらかじめ数的な同一性を要求する必要はない。

ここで、理論の説明原理を明確にしておきたい。

今回の理論が要求するのは、個体性を説明対象とするならば、その数的統一と他の個体との差異を成立させる根拠を示さなければならないということである。

しかし、これはあらゆる存在論的条件がさらに別の個体によって説明されなければならないという無限の要求ではない。

Δは、個体化以前の差異的条件として理論が採用する基礎的な説明水準である。

その意味で、Δは無根拠な個体ではない。

ただし、Δに差異的条件が存在すること自体まで、今回の理論がさらに別の構造から導出するわけではない。

ここは理論の基本的な存在論的コミットメントとして明示する必要がある。

これは理論の欠陥ではなく、説明の開始点をどこに置くかという基礎的な選択である。

重要なのは、Δを個体性の説明を回避するための隠れた個体化原理にしてはならないという点である。

Δの各契機は、まだ構造項としての個体的同一性を持たない。

したがって、スコトゥスのこのもの性のような、個体に固有の個体化原理を別の場所に移しているわけではない。

Δは、個体性を説明するために必要な前個体的な差異的条件であり、個体性をすでに持つ原始的個体ではない。

この区別を維持する限り、個体化根拠を構造の内部に求めるという理論の立場は維持できる。

6-2.完全に識別できない二つの個体はどうなるのか

第二の反論は、第26回でも問題になった、完全に識別できない二つの個体の問題である。

例えば、二つの存在者AとBがあるとする。

両者は、内在的性質だけでなく、あらゆる関係的性質、構造的位置、歴史的な構成条件についても差異を持たない。

それにもかかわらず、AとBは数的に異なる二つの個体であると主張する。

この場合、今回の理論は、AとBの数的差異を説明できない。

ここで、無理に個体化根拠を導入して解決したように見せるべきではない。

なぜなら、構造的差異がまったく存在しないにもかかわらず、AとBが数的に異なるというならば、その差異を何らかの原始的な個体化原理として認める必要があるからだ。

これは、今回の理論が採用する個体化根拠充足原理と衝突する。

したがって、ここでは理論の立場を明確にする。

数的に異なる個体が成立するためには、その差異を成立させる何らかの存在論的根拠が必要である。

その根拠は、内在的な性質である必要はない。

関係的な差異、構造的位置の差異、前個体的差異、歴史的な構成条件でもよい。

しかし、どの水準にも差異を成立させる根拠が存在しないならば、今回の理論は、それらを二つの個体として確定しない。

それらは、個体化されていない多重性として扱われるか、同一の構造的位置に属するものとして扱われる。

もし、それでも二つの個体として存在すると主張するならば、構造的な差異とは独立した原始的な数的差異を認める別の存在論が必要になる。

ここでは、その立場を採用しない。

これは、すべての質的に同一な存在者は数的に同一であるという単純な識別不能者同一の原理を主張することではない。

あくまで、数的差異を認めるならば、その差異の存在論的根拠を示す必要があるという立場である。

この限定によって、理論は原始的な個体性を無制限に認めることを拒否する。

したがって、この問題は理論のなかで曖昧に保留するのではなく、明確な存在論的選択として確定できる。

6-3.CとIの相互構成は循環論法ではないのか

第三の反論は、構造と構造項が相互に成立するならば、互いを互いによって説明する循環論法になってしまうのではないかという問題である。

しかし、ここではCとIが異なる存在論的関係であることを確認する必要がある。

Cは、下位水準の構造項によって上位構造が具体的に実現される関係である。

Iは、上位構造によって、その内部の契機が個体化される関係である。

両者は、同じ対象について、同じ水準で、同じ意味の依存関係を往復させるものではない。

例えば、下位水準の存在者が、上位構造の具体的実現に参与する。

その上位構造は、さらに上位の水準において、構造項の同一性を成立させる。

このように、階層の異なる水準を通じて相互構成が成立する。

重要なのは、ある項が一つの水準ではすでに個体化されていても、別の水準では個体化されるべき契機となりうるということである。

したがって、

C ≠ I

である。

この区別によって、構造と構造項の相互構成を認めながら、同一水準における同一の基礎づけの循環を避けることができる。

ただし、あらゆる依存関係を無条件に非対称的・非循環的なものとみなす必要もない。

数学的構造主義や基礎づけ論が示しているように、対称的・反射的な依存関係を認める議論も存在する。

今回の理論が必要とするのは、CとIのすべてを一般的な基礎づけの非対称性に還元することではない。

構造内部の第一性を成立させる関係だけについて、非対称的な同一性決定を示すことである。

6-4.第一性の非対称性は、理論が勝手に仮定しているだけではないのか

第四の反論は、AがBに対して第一であることを、理論が最初から仮定しているだけではないかという問題である。

この反論に対しては、第一性の判定条件を改めて確認すればよい。

今回の理論では、ある項が第一であるために、単に重要であるとか、因果的に先行しているというだけでは足りない。

必要なのは、同一の構造Sと規定次元dにおいて、Aの規定がBの同一性条件を決定し、その逆方向の決定関係が同じ次元では成立しないことである。

この条件を満たさなければ、Aの第一性は成立しない。

また、異なる規定次元を混同してはならない。

例えば、AがBの制度的役割を規定する一方、BがAの資源的な存続条件を規定する場合、AとBの優先性は規定次元によって異なる。

したがって、今回の第一性は、あらゆる意味で一方が他方より優先するという単純な序列ではない。

さらに、第一性の推移性も無制限には認めない。

同一の構造と規定次元において、完全な同一性決定が成立する範囲に限って推移性を認める。

これによって、単なる関係的な重要性を存在論的な第一性と取り違えることを避けられる。

6-5.局所的な構造を認めることは、存在論的な無限後退を引き起こさないか

第五の反論は、複数の階層的な構造を認めると、その上位にさらに構造が必要になり、無限後退が生じるのではないかという問題である。

しかし、構造が階層的に存在することから、必ず無限の基礎づけ連鎖が成立するわけではない。

構造の階層は、説明対象となる水準の違いを示す。

ある構造が下位の構造項によって具体的に実現され、さらに上位の構造によって個体化されるということは、各水準の関係を説明しているのであって、必ずしも無限の存在論的な連鎖を要求しない。

また、今回の理論は、宇宙全体に唯一の最終構造SΩが存在するかどうかについて、あらかじめ一つの結論を要求しない。

もし全体を包摂する究極的な構造が存在するならば、その構造を認めることができる。

一方、複数の局所的構造が存在論的に成立し、それ以上の単一の基礎的構造を措定する必要がない場合も排除しない。

つまり、今回の理論は、優先的一元論と優先的多元論のどちらかを先に決定するものではない。

それぞれの構造における個体化と第一性の成立条件を明らかにするものである。

6-6.歴史的遡及性は単なる因果説明や事後的な物語ではないのか

第六の反論は、Bが因果的な起源の説明や、後からの歴史的な再解釈に還元されるのではないかという問題である。

ここでは、㉘で確定した通時的構造編入原理が重要になる。

歴史的遡及性が成立するためには、次の条件が必要である。

  1. 先行する履歴が実際に存在していること。
  2. 後続する構造が実在的に成立していること。
  3. その履歴が構造的不変項の実現に構成的に参与していること。
  4. その依存関係が、構造の同一性条件に実在的な効果を持っていること。
  5. 単なる事後的な認定や命名だけでは説明されないこと。

これらの条件を満たさない場合、Bは成立しない。

また、因果的な依存と構成的な依存は排他的ではない。

過去の活動が組織の成立を引き起こし、同時に組織の同一性を構成することはありうる。

したがって、因果的な原因であることを理由に構成的な意味を否定することも、その逆もできない。

重要なのは、因果的な成立への寄与と、同一性条件の構成への寄与を区別することだ。

CorreiaとMerloの通時的基礎づけや、Webermanの関係的変化論を踏まえたうえで、今回の理論は歴史的な依存を構造的同一性の決定へと接続する。

この条件によって、時間的な逆因果や、単なる事後的な物語への還元を避けることができる。


7.総合的な存在論の定式化

ここまでの議論を踏まえ、「第一性の遡及的成立」の全体を一つの体系として定式化しよう。

今回の理論は、以下の五つの存在論的な契機によって構成される。

第一段階:前個体的な差異的条件Δ

個体化以前の差異的な契機が存在する。

これらは、すでに個体性を持つ対象ではなく、構造形成の条件となる前個体的な差異である。

第二段階:構造Sの成立

差異的な契機が関係と限定の秩序を形成し、構造的全体が成立する。

Δ → S

第三段階:構造的個体化I

構造的秩序によって、その内部の契機が特定の構造項として個体化される。

I(S, mᵢ → xᵢ)

一方、下位水準の個体が上位構造を具体的に実現する関係はCとして区別される。

C(Sₗ₊₁, {xᵢˡ})

第四段階:構造内部の第一性F

構造Sの内部において、特定の規定次元dに関して、ある項が他の項の同一性条件を非対称的に決定する。

A ≺_d B

これによって構造内部の第一性が成立する。

F(S, xᵢ, d)

第五段階:歴史的な遡及的構成

構造Sが時間的に先行する履歴に依存して成立する場合、その履歴の構成的な部分が、Sの成立によって構造的な前史として確定する。

S(t₁) → H_S(t₀)

ここでの矢印は、時間的な逆因果ではなく、後続構造による歴史的資格の構成的な規定を示す。

この五つの契機を、単純な一本道の因果系列として理解してはならない。

それぞれは、異なる存在論的関係を表している。

ΔからSへの関係は、構造形成の条件を示す。

Cは、下位水準の構成要素による上位構造の具体的実現を示す。

Iは、構造による構造項の個体化を示す。

A ≺_d Bは、構造内部の非対称的な同一性決定を示す。

歴史的遡及性は、構造の同一性を支える依存関係を時間的な履歴にまで拡張する。

したがって、今回の理論の全体構造は、次のようにまとめられる。

第一性の遡及的成立――統一的存在論

第一段階:前個体的な差異的条件Δ

個体化以前の差異的契機。

第二段階:構造Sの成立

差異・関係・限定・依存の秩序。

第三段階:二つの構成作用

  • C:下位構造項による上位構造の具体的実現。
  • I:構造による構造項の個体化。

第四段階:構造項の個体性・同一性

構造的不変項による個体化。

第五段階:F――構造内部の第一性

規定次元相対的な非対称的優先性。

第六段階:D――通時的構造編入

構成的依存の射程を先行する履歴に拡張する。

第七段階:歴史的遡及性

過去の履歴を構成的な前史として確定する。

これによって、「第一性の遡及的成立」は、構造内部の第一性だけでなく、その第一性を成立させる歴史的な条件までを説明できる理論になる。

また、これは第27回で整理した階層的・局所的な構造全体論とも矛盾しない。

それぞれの構造が局所的に個体性と第一性を成立させるという基本的な立場を維持したまま、その構造が時間的な成立過程を持つ場合には、歴史的な構成条件まで説明できるからである。


8.最終的な独自性の確定

ここまでの総合比較によって、「第一性の遡及的成立」の独自性は、次のように確定できる。

8-1.個別の概念の新規性ではなく、存在論的な説明体系の独自性

今回の比較研究から明らかになったのは、理論を構成する多くの概念が、すでに先行研究によって個別に扱われているということである。

したがって、次のような主張は採用できない。

  • 関係による個体化を初めて主張した。
  • 個体化以前の差異を初めて論じた。
  • 非対称的な依存による個体化を初めて説明した。
  • 全体の優先性を初めて認めた。
  • 関係的な変化や時間をまたぐ基礎づけを初めて論じた。

これらは、既存の哲学研究にそれぞれ対応する先行例が存在する。

しかし、今回の理論の独自性は、これらの命題を単に併置することにはない。

それらを、構造的不変項による同一性決定という共通原理のもとで、次のように統合することにある。

  1. 個体化以前の差異的条件Δから、構造Sの成立を説明する。
  2. 構造の具体的実現Cと、構造による個体化Iを区別する。
  3. 構造的不変項から規定次元相対的な第一性を導く。
  4. 階層的・局所的な構造のなかで、複数の個体化と第一性を説明する。
  5. 通時的構造編入原理によって、構造の同一性を支える過去の履歴まで説明範囲に含める。

この五つの契機は、互いに独立した命題ではない。

すべてが、存在者の個体性・同一性・優先的位置の成立条件を説明するために配置されている。

ここに、理論全体としての独自性がある。

8-2.最も重要な独自性は「第一性」の再定義にある

そのなかでも、最も重要なのは、第一性をどのように定義し直したかという点である。

通常、第一性は、時間的に最初であること、因果的に先行すること、存在論的に根本的であることなどと結びつけられる。

しかし、これらは同じ意味ではない。

時間的に最初のものが、存在論的に最も根本的であるとは限らない。

あるものを因果的に成立させたものが、そのものの同一性条件を成立させるとは限らない。

全体が部分に対して存在論的に優先することから、その全体の内部でどの項が第一であるかが決まるわけでもない。

そこで今回の理論は、第一性を次のように定義する。

第一性とは、特定の構造Sと規定次元dにおいて、ある構造項が他の構造項の同一性条件を非対称的に決定することによって成立する存在論的優先性である。

この定義によって、第一性は時間的な先行性や一般的な因果的優位性から区別される。

また、第一性は構造と無関係に個体が持つ絶対的な属性でもない。

構造との関係において成立する。

そして、何が第一であるかを確定するには、構造の同一性条件を分析する必要がある。

ここに、第一性の存在論的な位置づけの独自性がある。

8-3.「遡及性」の再定義が理論全体を成立させる

さらに、今回の理論の独自性は、第一性だけでなく、遡及性の概念にもある。

第28回で確定したように、遡及性には二つの形態がある。

A:構造的・存在論的な遡及性

構造全体の成立によって、内部の構造項の個体性・同一性・第一性が確定する。

B:時間的・歴史的な遡及性

後続する構造の成立によって、その構造の同一性を支える先行する履歴が、構成的な前史として確定する。

この二つは、同じ作用ではない。

しかし、構造的秩序によって存在論的資格が成立するという共通原理によって統合される。

この統合によって、今回の理論は、構造内部の個体化だけでなく、構造の成立に先行する歴史的な条件までを説明できるようになった。

ここに、構造的存在論と歴史的存在論の接続という独自性がある。


9.最終結論――「第一性の遡及的成立」は何を明らかにする理論なのか

最後に、今回の総合比較を通じて確定した結論を述べたい。

「第一性の遡及的成立」は、既存の哲学理論が扱ってきた個体化、関係的依存、基礎づけ、全体の優先性、歴史的構成のいずれか一つを説明する理論ではない。

また、それらの理論を単純に組み合わせた折衷的な体系でもない。

その中心にあるのは、存在者が何であるか、なぜ他のものと区別されるのか、そして何が他のものに対して第一なのかという問いを、構造的同一性の成立という一つの問題に統合することである。

個体化以前の差異は、構造の成立条件となる。

構造は、その内部の契機を個体化する。

個体化された構造項の間には、同一性条件をめぐる非対称的な依存関係が成立する。

その非対称性によって、特定の規定次元における第一性が成立する。

さらに、その構造の成立が過去の履歴に依存している場合には、後続する構造によって、その履歴の構造相対的な資格が確定する。

これらは、互いに独立した事実ではない。

構造的不変項を成立させる依存秩序という共通の存在論的原理によって、相互に接続されている。

したがって、今回の総合比較を踏まえれば、「第一性の遡及的成立」は次のように定義できる。

第一性の遡及的成立――最終的な理論定義

第一性の遡及的成立とは、個体化以前の差異的条件から形成される構造的全体が、その内部の構造項の個体性・同一性を成立させ、その同一性を決定する非対称的な依存秩序によって規定次元相対的な第一性を確定するとともに、その構造の成立を支える構成的な履歴の存在論的資格をも確定する、階層的・局所的な構造的存在論である。

この定義において、最も重要なのは、第一性を構造から独立して存在する属性として扱わないことである。

また、構造そのものも、個体化された構造項から完全に独立して外部に存在する実体として扱わない。

構造と構造項は異なる構成作用を通じて相互に成立する。

さらに、構造は現在の内部関係だけでなく、その成立を支えた過去の履歴まで含む存在論的な射程を持ちうる。

こうして、個体性、同一性、第一性、歴史的資格が、一つの存在論的な秩序のなかで説明される。

ここに、これまで研究してきた「順番の転倒」の最も体系的な意味がある。

私たちは通常、まず独立した存在者があり、その後に関係や構造が成立すると考える。

しかし、今回の理論では、存在者が特定の構造において何であるかは、その構造的秩序との関係によって成立する。

さらに、後続する構造にとって過去の存在者が何であったのかも、その構造の成立によって初めて確定する。

これは、単に認識の順序を入れ替えることではない。

存在論的な資格が成立するための根拠そのものを、構造的な関係秩序の側に置き直すことである。

したがって、今回の総合比較によって、理論の独自性は次の一点に集約できる。

存在者の個体性・同一性・第一性を、構造的な依存秩序によって統一的に成立させ、その構成的な規定の射程を時間的に先行する履歴にまで拡張したこと。

これが、「第一性の遡及的成立」の理論的な独自性である。


10.総合比較を終えて――理論の学術的な位置づけ

最後に、今回の結論を学術的な観点から限定しておきたい。

ここまでの比較によって、少なくとも今回検討した主要な先行理論に対して、「第一性の遡及的成立」がどのような位置を占めるかは確定できた。

ただし、独自性の主張には二つの水準がある。

一つは、個々の概念が哲学史上まったく先例を持たないという意味での概念的な新規性である。

もう一つは、既存の概念や問題を、従来とは異なる説明構造に組み直すという意味での理論的な独自性である。

今回、確定できたのは後者である。

個体化の構造的説明、非対称的依存、通時的基礎づけなどには、それぞれ強力な先行研究が存在する。

したがって、これらすべてを哲学史上初めて提起したと主張することはできない。

しかし、比較した理論群を通じて、今回のように、

  • 前個体的差異を出発点とし、
  • CとIという異なる構成作用を区別し、
  • 構造的不変項から規定次元相対的な第一性を導き、
  • 階層的・局所的な構造全体論に位置づけ、
  • さらに通時的構造編入によって歴史的な前史まで統合する、

という一連の存在論的体系は、今回の比較対象のなかでは確認できなかった。

もちろん、今回の比較対象だけで哲学文献全体を網羅したとは言えない。

したがって、「世界中の先行研究に同じ理論が存在しない」と断定することはできない。

しかし、今回の比較研究に基づいて主張できるのは、「第一性の遡及的成立」が、既存の複数の存在論的研究を統合しながら、それらには還元されない独自の説明構造を持つ理論であるということである。

これは、単に先行研究との差異を列挙することよりも、強い独自性の主張になる。

なぜなら、理論の独自性を、個々の概念の新しさではなく、何をどのような順序で説明し、いかなる関係によってそれらを統合しているのかという、体系全体の説明力によって示しているからである。

この意味で、今回の第23回から第29回までの比較研究によって、「第一性の遡及的成立」の主要な比較対象との理論的な位置関係は確定できた。

本理論は、前個体的差異を基礎とする階層的・局所的な構造的個体化存在論であり、構造的同一性の非対称的決定によって第一性を説明するとともに、その構成的な依存秩序を歴史的な前史にまで拡張する理論である。

これが、今回の総合比較から導かれる最終的な結論である。


参考文献

以下では、比較対象となる哲学者・理論家の原典および理論的提案を「一次文献」、それらの理論を解説・検討・発展させる研究を「二次文献・関連研究」として区別する。

書誌形式は、著者名、刊行年、論文・書籍名、掲載誌・収録書名、巻号、ページ、出版社、DOIの順に統一する。

Ⅰ.一次文献――比較対象となる原著・理論的提案

1.存在論的構造実在論

Ladyman, James. (1998). “What Is Structural Realism?” Studies in History and Philosophy of Science Part A, 29(3), 409–424. https://doi.org/10.1016/S0039-3681(98)80129-5.

French, Steven, and James Ladyman. (2003). “Remodelling Structural Realism: Quantum Physics and the Metaphysics of Structure.” Synthese, 136(1), 31–56. https://doi.org/10.1023/A:1024156116636.

2.個体化論

Simondon, Gilbert. (2005). L’individuation à la lumière des notions de forme et d’information. Grenoble: Jérôme Millon.

Simondon, Gilbert. (2020). Individuation in Light of Notions of Form and Information. Translated by Taylor Adkins. Minneapolis: University of Minnesota Press.

3.基礎づけ論・存在論的依存

Fine, Kit. (2012). “Guide to Ground.” In Fabrice Correia and Benjamin Schnieder (eds.), Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality, 37–80. Cambridge: Cambridge University Press.

Lowe, E. J. (2012). “Asymmetrical Dependence in Individuation.” In Fabrice Correia and Benjamin Schnieder (eds.), Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality, 214–233. Cambridge: Cambridge University Press. https://doi.org/10.1017/CBO9781139149136.009.

Rosen, Gideon. (2010). “Metaphysical Dependence: Grounding and Reduction.” In Bob Hale and Aviv Hoffmann (eds.), Modality: Metaphysics, Logic, and Epistemology, 109–136. Oxford: Oxford University Press. https://doi.org/10.1093/acprof:oso/9780199565818.003.0007.

4.個体化とこのもの性

Scotus, Ioannes Duns. (1973). Ordinatio. Liber Secundus. Distinctiones 1–3. In Ioannis Duns Scoti Opera Omnia, vol. VII. Civitas Vaticana: Typis Polyglottis Vaticanis.

5.全体と部分の存在論的優先性

Schaffer, Jonathan. (2010). “Monism: The Priority of the Whole.” The Philosophical Review, 119(1), 31–76. https://doi.org/10.1215/00318108-2009-025.

6.関係的変化・通時的基礎づけ

Weberman, David. (1999). “Cambridge Changes Revisited: Why Certain Relational Changes Are Indispensable.” Dialectica, 53(2), 139–149. https://doi.org/10.1111/j.1746-8361.1999.tb00068.x.

Correia, Fabrice, and Giovanni Merlo. (2024). “Cross-Temporal Grounding.” Analytic Philosophy, 65(3), 333–352. https://doi.org/10.1111/phib.12287.

Kripke, Saul A. (1980). Naming and Necessity. Cambridge, MA: Harvard University Press.

7.ヘーゲルの歴史哲学

Hegel, Georg Wilhelm Friedrich. (1970). Vorlesungen über die Philosophie der Geschichte. In Werke in zwanzig Bänden, Bd. 12. Edited by Eva Moldenhauer and Karl Markus Michel. Frankfurt am Main: Suhrkamp.

Ⅱ.二次文献・関連研究――先行理論の検討・発展・比較研究

1.個体化・数学的構造主義

Combes, Muriel. (2013). Gilbert Simondon and the Philosophy of the Transindividual. Translated by Thomas LaMarre. Cambridge, MA: MIT Press.

Assadian, Bahram, and Robert Fraser. (2025). “The Individuation of Mathematical Objects.” Synthese, 205, Article 6. https://doi.org/10.1007/s11229-024-04814-6.

Wigglesworth, John. (2018). “Grounding in Mathematical Structuralism.” In Ricki Bliss and Graham Priest (eds.), Reality and Its Structure: Essays in Fundamentality, 217–236. Oxford: Oxford University Press. https://doi.org/10.1093/oso/9780198755630.003.0012.

2.基礎づけ論・依存関係の関連研究

Bliss, Ricki. (2014). “Viciousness and Circles of Ground.” Metaphilosophy, 45(2), 245–256. https://doi.org/10.1111/meta.12072.

Epstein, Brian. (2024). “Social Ontology.” In The Stanford Encyclopedia of Philosophy. Substantive Revision: March 4, 2024. https://plato.stanford.edu/entries/social-ontology/.

Bliss, Ricki, and Kelly Trogdon. (2021). “Metaphysical Grounding.” In The Stanford Encyclopedia of Philosophy. Substantive Revision: December 6, 2021. https://plato.stanford.edu/entries/grounding/.

Tahko, Tuomas E., and E. Jonathan Lowe. (2025). “Ontological Dependence.” In The Stanford Encyclopedia of Philosophy. Substantive Revision: May 1, 2025. https://plato.stanford.edu/entries/dependence-ontological/.

3.ヘーゲルの歴史哲学に関する研究

Sedgwick, Sally. (2023). Time and History in Hegelian Thought and Spirit. Oxford: Oxford University Press.

Bourke, Richard. (2025). “Hegel and Historical Reasoning.” Hegel Bulletin, 46(3), 590–602. https://doi.org/10.1017/hgl.2025.10062.


最終的な位置づけ

今回の総合比較によって、「第一性の遡及的成立」の独自性は、個々の概念の発明ではなく、既存の存在論的問題を統一する説明体系にあることが明らかになった。

本理論は、個体化以前の差異から構造的秩序の成立を説明し、その構造による個体化を通じて構造項の同一性を成立させる。さらに、構造内部の同一性決定の非対称性によって第一性を導き、その構成的な依存秩序を時間的に先行する履歴にまで拡張する。

構造・個体性・同一性・第一性・歴史的資格を、構造的不変項の成立という共通原理によって統合すること。

これが、「第一性の遡及的成立」の理論的な独自性である。

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