――構造的遡及性と歴史的遡及性の存在論的接続
- はじめに――理論内部に残された最後の問題
- 1.⑩と㉒における遡及性の意味の違い
- 2.BはAから必然的に導かれるのか
- 3.反事実的依存は、歴史的な遡及的構成の十分な判定基準になるのか
- 4.David Webermanの関係的変化論との比較
- 5.現代形而上学の通時的な存在論的依存との比較
- 6.ヘーゲルの歴史的必然性との比較
- 7.組織と創設者の事例を最終的に検証する
- 8.AとBを統一する存在論的な仕組み
- 9.最終定理――遡及的構成の統一的な成立条件
- 10.最終的な定義――「遡及性」という概念をどう統一するか
- 11.今回の論証によって確定した理論の全体構造
- 12.結論――遡及性とは、存在論的な順序と歴史的な順序を接続する原理である
- 参考文献
はじめに――理論内部に残された最後の問題
これまで私は、「第一性の遡及的成立」という哲学理論を構築してきた。
第27回までの議論では、現代形而上学における優先的一元論などの先行研究との比較を通じて、構造的全体論、個体化、構造的同一性、非対称的な優先性という理論の基本的な位置づけを整理した。
しかし、先行研究との比較を終えた段階で、理論内部に一つだけ確定させておきたい問題が残っていた。
それは、「遡及性」という概念の二つの意味を、どのように統一するかという問題である。
この問題は、⑩と㉒を比較すると明確になる。
⑩では、遡及性は時間的に後から過去の存在を作り直すことではないとされていた。構造全体の関係秩序が成立することによって、何が第一なのか、何が何に依存するのかという存在論的な順序が確定することを意味していた。
これに対して、㉒では、時間的に後続して成立した構造が、それ以前の存在者の履歴を自らの構成的な前史として確定することを論じた。
両者は矛盾していない。しかし、明らかに異なる側面を持っている。
今回検討するのは、この二つの遡及性をどのように区別し、どのような原理によって接続すればよいのかという問題である。
具体的には、次の二つを区別する。
A.構造的・存在論的な遡及性
構造全体の関係秩序が成立することによって、その内部における構造項の個体性・同一性・第一性の成立条件が確定する。
これは主に⑩から㉑までで展開してきた議論である。
B.時間的・歴史的な遡及性
後続する構造が成立することによって、それ以前の存在者の履歴が、その構造の成立にとって構成的な前史として確定する。
これは㉒で明確化した議論である。
今回の中心的な問いは、BがAの単なる応用なのか、それともAからは独立した追加的な存在論的命題なのかということである。
私の結論を先に述べれば、両者は異なる存在論的作用を持つが、二つの独立した基本原理を並べる必要はない。
BはAから無条件に導かれるわけではない。しかし、Aの一般的な構成原理を時間的な履歴に拡張するための追加原理を明示することで、一つの存在論のなかに統合できる。
さらに、㉒の組織と創設者の例についても、単なる社会的な呼称の変更と、歴史的な存在論的構成とを区別する必要がある。
この問題を、反事実的依存、関係的変化論、ヘーゲルの歴史的必然性、現代形而上学における通時的な存在論的依存との比較を通じて検証する。
1.⑩と㉒における遡及性の意味の違い
1-1.⑩における遡及性――構造内部の個体性と第一性の成立
⑩で構築した存在論の中心は、個体性が構造に先立って独立に成立しているのではなく、構造的な差異と関係の秩序によって成立するという主張だった。
ここでいう構造とは、単なる部分と部分の関係ではない。
複数の差異・限定・関係・依存関係が相互に規定し合い、それによって一定の統一性と個体性を成立させる秩序である。
この構造においては、関係項と関係が、あらかじめ独立したものとして存在しているわけではない。
構造項は、構造内部における位置と規定によって特定の存在者として成立する。同時に、それらの関係も、構造項の相互規定を通じて成立する。
したがって、構造は、独立した存在者を後から結びつける外的な枠組みではない。
ここでは、次のような相互構成を想定する。
S ↔ (A, B, R)
この表記は、構造Sと構造項A・Bおよび関係Rが、同一の構造的全体において相互に構成されることを示す模式的な記法である。数学的な同値関係や、時間的な因果循環を意味するものではない。
重要なのは、ここに時間的な先後関係が存在しないという点である。
構造が先に時間的に成立し、その後で構造項が生まれるという意味ではない。構造と構造項は、異なる存在論的な規定を通じて相互に成立する。
そして、この構造的秩序によって、ある項が他の項に対して第一であるという存在論的な優先性も確定する。
例えば、ある項Aの規定が、構造の同一性を維持する許容変化の範囲において、別の項Bの構造内的な同一性条件を非対称的に限定するならば、AはBに対して基礎づけ上の優先性を持つ。
A ≺d B
この第一性は、Aが最初から独立して持っていた属性ではない。
構造Sとの関係において成立する存在論的な位置である。
したがって、⑩における遡及性の中心的な意味は、構造全体の成立によって、その内部にある構造項の個体性・同一性・第一性が確定することにある。
ここでは、時間的な逆行は必要ない。
これがAの意味である。
1-2.㉒における遡及性――先行する履歴の構成的な資格の成立
これに対して、㉒では、構造による構成作用の射程を時間的な過去にまで拡張した。
ここでは、二つの時点を考える。
- t₀:構造Sが成立する以前。
- t₁:構造Sが実在的に成立した時点。
時間的には、次の順序が成立している。
t₀ < t₁
t₀において、ある存在者bが下位水準の個体として存在しているとする。
I_L(b, t₀)
ここで、Lは下位の存在論的水準を表す。
この段階では、bはすでに存在している。しかし、構造Sはまだ成立していない。
その後、t₁において、bを含む構成要素群Bと、それらの構成的関係Rによって構造Sが成立する。
C(B, R, t₁) → S
そして、Sが成立することによって、bはSの内部で特定の位置と役割を獲得し、構造項として個体化される。
I(S, b, mᵢ) → xᵢˢ
ここまでは、通常の構造的個体化として説明できる。
しかし、㉒で導入したのは、さらに次の関係である。
R_S(b@t₀ → xᵢˢ@t₁)
これは、t₁に成立した構造Sが、t₀に存在していたbの履歴を、xᵢˢの構成的な前史として規定することを意味する。
ここで成立するのは、単なる関係的属性の獲得ではない。
例えば、ある人物が後から組織の構成員になったというだけなら、通常の関係的規定で説明できる。
しかし、その人物の過去の活動がなければ、後続する組織が同一の組織として成立しなかったという場合には、事情が異なる。
このとき、組織の成立によって確定するのは、その人物の現在の所属だけではない。
その人物の過去の活動が、当該組織の成立にとって何であったのかという構造相対的な存在論的資格である。
重要なのは、過去の事実そのものが変更されるわけではないという点だ。
変化するのは、その過去の存在が後続する構造との関係において持つ資格である。
これがBの意味である。
1-3.二つの遡及性の比較
以上を整理すると、次のようになる。
| 比較項目 | A:構造的遡及性 | B:歴史的遡及性 |
|---|---|---|
| 主な対象 | 現在の構造項 | 先行する存在者・出来事 |
| 確定するもの | 個体性・同一性・第一性 | 過去の構造相対的な資格 |
| 時間的前後 | 必要としない | 必要とする |
| 規定の方向 | 構造から構造項へ | 後続構造から先行履歴へ |
| 存在論的作用 | 構造内部の個体化 | 構成的な前史の成立 |
この比較から分かるように、AとBは同じ作用を別の言葉で表現したものではない。
Aは構造内部の個体性と第一性の成立を説明する。
Bは後続する構造の成立によって、それ以前の履歴がその構造の成立条件として確定することを説明する。
したがって、両者を区別する必要がある。
しかし、区別することは、互いに無関係な存在論として分離することを意味しない。
2.BはAから必然的に導かれるのか
ここが今回の最も重要な論理的問題である。
結論から述べれば、AだけからBを論理的に導くことはできない。
しかし、BをAとは完全に独立した基本原理として立てる必要もない。
2-1.Aが成立してもBが成立しない場合
例えば、ある生物個体を考えてみよう。
その生物は、内部の器官や組織の相互関係によって、一つの個体として成立している。
ここでは、構造全体の成立によって内部の構成要素の個体性が確定するというAの原理が成立している。
しかし、その生物が後に経験するすべての出来事が、その生物の過去の個体性を遡及的に成立させるわけではない。
ある出来事が生じても、それが生物の構造的同一性を成立させる条件に関与しないならば、単に新しい関係や履歴が追加されるだけである。
したがって、構造的個体化が成立することから、後続する構造が必ず先行する履歴を構成的に再規定するという結論は出てこない。
論理的には、
A ⇏ B
である。
Aが成立しても、Bが成立するとは限らない。
この点を認めなければ、㉒で導入した歴史的遡及性は、単に通常の構造的個体化を言い換えただけになってしまう。
2-2.Bを導くために必要な追加原理
では、AからBへ進むために何が必要なのか。
それは、構造の成立範囲を、現在の関係秩序だけではなく、時間的に先行する構成的な履歴にまで拡張する原理である。
私はこれを、通時的構造編入原理と呼ぶことにする。
その内容は次のとおりである。
通時的構造編入原理
ある構造Sの同一性が、その成立以前から展開していた特定の履歴に依存している場合、その履歴のうち、Sの構造的不変項を実現するための構成的依存関係に含まれる部分は、Sの成立によって、その構造的同一性を支える歴史的な構成条件として確定する。
ここで重要なのは、過去の履歴すべてが構造に編入されるわけではないということだ。
⑳と㉒で論じたように、構造の境界は、構造的不変項の実現に必要な構成的依存関係の最小完全閉包によって決定される。
この原理を時間的な履歴に適用すると、構造の成立にとって必要な過去の条件と、単なる外的・偶然的な出来事とを区別できる。
例えば、ある組織の成立以前に、その創設者が経験したあらゆる出来事が、組織の成立条件になるわけではない。
重要なのは、組織の構造的不変項を実現するための構成的依存関係に参与していた出来事である。
したがって、構造の成立は、過去の履歴を無差別に取り込むのではない。
その構造の同一性にとって何が構成的な前史であるのかを確定する。
2-3.AとBの論理的な関係
ここまでの議論によって、AとBの関係は明確になる。
Aは、構造全体によって、その内部の構造項の個体性・同一性・第一性が成立するという一般的な構成原理である。
通時的構造編入原理は、その構造が時間的な履歴を持つ場合、構成的な規定の射程が先行する履歴にも及ぶことを示す。
したがって、次の関係が成立する。
A + D → B
ここでDは、通時的構造編入原理を表す。
つまり、BはAだけから無条件に導かれるわけではないが、Aの一般的な構成原理と、その時間的な適用条件を明示する追加原理によって成立する。
したがって、BはAとは異なる存在論的作用を持つ独自の命題である。
しかし、Aとは無関係な第二の存在論的基礎を必要とするものではない。
Bは、Aの構成原理を時間的な存在論へ拡張した、独自の射程を持つ派生的な命題である。
この位置づけによって、二つの遡及性を区別したまま一つの体系に統合できる。
3.反事実的依存は、歴史的な遡及的構成の十分な判定基準になるのか
次に、㉒の組織と創設者の例に戻ろう。
㉒では、遡及的構成を通常の構造的個体化や単なる事後的な認識から区別するために、構造の同一性条件に実在的な効果を持つかどうかを判定基準として導入した。
今回の検討では、さらに反事実的依存を利用する。
しかし、ここで注意しなければならないことがある。
反事実的依存だけでは、存在論的な構成を十分に判定できない。
3-1.反事実的依存と因果的依存
ある人物Aが組織Sの設立を提案したとする。
そして、Aがその提案をしていなければ、Sは成立しなかったとする。
この場合、次の反事実的依存が成立している。
「Aがその活動を行わなかったならば、Sは成立しなかった。」
しかし、これだけではAの活動がSの存在論的な同一性を構成しているとは言えない。
なぜなら、Aの活動は単にSを成立させるための偶然的な原因だった可能性があるからだ。
例えば、Aの提案がなければSは成立しなかったとしても、別の人物が同じ内容の提案を行えば、同じ構造を持つ組織が成立したかもしれない。
その場合、Aの活動は実際の成立過程において因果的に重要だったとしても、Aという人物自身がSの同一性を成立させる固有の構成条件だったとは限らない。
ここでは、二つの問いを分ける必要がある。
第一の問い:因果的依存
その出来事がなければ、後続する構造は実際の歴史的経路において成立しなかったか。
第二の問い:存在論的構成
その出来事、あるいはその出来事を含む特定の歴史的経路が異なっていたならば、後続する構造は同じ個体として成立しえたのか。
後者の問いは、単に構造が成立したかどうかを問うものではない。
その構造が何であることによって、同じ構造として成立しているのかを問うものである。
3-2.現代形而上学における因果と構成の区別
この区別は、現代形而上学の基礎づけ論や社会存在論でも重要な論点になっている。
例えば、スタンフォード哲学百科事典の「Social Ontology」では、社会的事実の成立に関して、因果的構成と構成的構成が区別されている。
因果的構成とは、ある社会的要因が別の事実を生じさせることを意味する。
これに対して、構成的構成とは、ある要因が、その事実をそれとして成立させる条件になることを意味する。
例えば、ある行為がストライキの原因になることと、その行為や制度的条件によってストライキという社会的事実が構成されることは異なる問題である。
また、同項目では、存在論的な依存関係が必ずしも同時的なものではないことも論じられている。
例えば、記憶は、それが記憶している過去の出来事によって成立する。足跡は、かつて足が地面を踏んだという出来事に依存する。大統領という制度的資格も、先行する選挙に依存する。
これらは、時間的に先行する事実が、後続する存在者や属性の成立条件になる事例である。[2]
したがって、時間的に先行する出来事が後続する存在者の存在論的条件になること自体は、今回の理論が初めて提起する問題ではない。
しかし、これらの議論は、今回のBを考えるうえで重要な基盤になる。
3-3.反事実的依存だけでは不十分である理由
さらに、現代の基礎づけ論では、反事実的依存を存在論的基礎づけそのものの定義とすることについても議論がある。
基礎づけは、一般に因果的な産出とは異なる構成的な決定関係として理解されている。
そして、ある事実が別の事実に依存しているということと、その事実が別の事実によって基礎づけられているということは、必ずしも一致しない。[3][4]
このため、反事実的依存を唯一の判定基準にすることはできない。
また、複数の異なる原因や代替可能な構成経路が存在する場合には、ある要素を取り除いても同じ構造が成立する可能性がある。
その場合、単純な反事実条件だけでは、その要素の構成的役割を正確に判定できない。
例えば、二人の創設者が共同で組織の基本構造を設計した場合、一方の人物を取り除いても、もう一方の人物が同じ規定を実現できた可能性がある。
この場合、個々の人物の活動がそれぞれ単独で不可欠だったとは言えないかもしれない。
しかし、二人の共同活動が構成的な前史だった可能性は残る。
したがって、検討すべきなのは個々の人物の単純な有無だけではなく、どの活動や規定が、どの水準で構造的不変項を実現していたのかということである。
ここから、今回の理論に必要な判定基準を改めて整理できる。
3-4.遡及的構成を判定する四つの条件
歴史的な遡及的構成が成立するためには、次の条件を組み合わせる必要がある。
第一条件:実在的な歴史的連続性
構造が成立する以前に、その構造の実現に参与する存在者や出来事が実際に存在していたこと。
単なる架空の物語や、後から作られた説明だけでは足りない。
第二条件:構造的不変項への構成的参与
先行する履歴が、後続する構造の構造的不変項を実現する構成的依存関係に参与していること。
その履歴が単に周辺で起こった出来事であるだけでは不十分である。
第三条件:構造的同一性への実在的な効果
その履歴が異なっていた場合、同一の構造が成立・存続する条件、またはその構造的不変項の実現条件に違いが生じること。
ただし、ここでは単純な反事実条件を要求するだけではなく、代替可能な構成経路や複数の実現条件も考慮する必要がある。
第四条件:単なる事後的認識・命名からの独立
その履歴が構成的な意味を持つことが、後からの名称付与や主観的な物語によってのみ決まるのではなく、実際の構造的依存関係によって成立していること。
この四つの条件を組み合わせることで、因果的な成立への寄与、単なる社会的認定、存在論的な構成を区別できる。
ただし、因果的依存と構成的依存は排他的ではない。
ある過去の出来事は、後続する構造の原因であると同時に、その構造の同一性を構成する条件でもありうる。
したがって、因果的であることを理由に存在論的構成を否定する必要はない。
問題は、その出来事が後続する構造を単に生じさせたのか、それともその構造が何であるかを成立させる条件にもなっているのかという点にある。
4.David Webermanの関係的変化論との比較
ここで、今回の比較対象として重要なのがDavid Webermanの論文である。
David Webermanは、1999年の論文「Cambridge Changes Revisited: Why Certain Relational Changes Are Indispensable」において、関係的属性の変化が真正な変化となる場合について論じている。[1]
4-1.ケンブリッジ変化の問題
伝統的に、ある対象の内在的性質が変化せず、他の対象との関係だけが変化した場合、それは対象自身の実在的な変化ではなく、単なるケンブリッジ変化(Cambridge change)にすぎないと考えられることがある。
例えば、ある人物の身長が変わらなくても、別の人物が成長すれば、その人物は相対的に背が低くなる。
しかし、この場合、本人の内在的性質は変わっていない。
変化しているのは、他者との比較関係である。
このような変化を、その対象自身の実在的な変化と認めてよいのかという問題が生じる。
Webermanは、この考え方に対して、創発的な性質によって同定される存在者を認める必要があると論じる。
創発的な性質とは、単なる物理的性質に還元されない性質である。
彼は、社会的現象、歴史的出来事、美術作品などを事例として、関係的な性質の変化が真正な変化になる場合と、そうでない場合とを区別する基準を検討している。[1]
4-2.関係的属性は存在者の同一性に関与しうる
Webermanの議論から重要なことが分かる。
ある存在者が何であるかは、その存在者の内在的性質だけによって決まるとは限らない。
社会的現象や歴史的出来事、美術作品のように、関係的な性質がその存在者の同定に関与する対象が存在するからである。
例えば、紙幣は単なる紙片ではない。
貨幣制度との関係によって、紙片は貨幣として成立する。
また、美術作品の一部分は、他の部分との配置関係によって、その作品のなかで持つ意味や性質が規定される。
このような対象においては、関係的性質は単なる外的な付加物ではない。
その対象が何であるかを成立させる規定の一部になっている。
この点は、今回の理論と明確に一致する。
しかし、両者を同一視することはできない。
4-3.Webermanと歴史的遡及性の違い
Webermanの問題設定は、関係的属性の変化が真正な変化になるための条件を明らかにすることにある。
これに対して、今回のBが説明しようとしているのは、後続する構造の成立によって、先行する存在者の履歴がその構造の構成的な前史として確定するという問題である。
両者の違いは三つある。
第一に、Webermanは関係的変化の真正性を問題にする。
今回の理論は、関係的な規定が個体性や同一性を成立させる構造的な依存秩序を説明する。
第二に、Webermanは関係的性質が対象の同定や個体化に関与することを論じる。
今回の理論は、さらにその関係を時間的に先行する履歴へ拡張し、後続する構造の同一性条件を成立させる構成的な前史を説明する。
第三に、今回の理論では、構造内部の非対称的な基礎づけを通じて第一性を導く。
Webermanの関係的変化論だけからは、どの構造項が他の構造項に対して第一であるかという、私たちの理論の中心問題までは導かれない。
したがって、Webermanの研究は、関係的な規定が実在的な個体化や同一性に関与しうることを示す重要な先行研究である。
しかし、今回の理論の独自性は、関係的変化を認めることだけにあるのではない。
歴史的な関係的規定を、構造の同一性、個体化、非対称的な第一性という一つの存在論的体系に統合することにある。
5.現代形而上学の通時的な存在論的依存との比較
Webermanの議論に加えて、現代の社会存在論と存在論的依存の研究も検討しておきたい。
ここで重要なのは、歴史的な要因が後続する存在者の存在論的成立に関与するという考え方は、現代形而上学においてもすでに検討されているという点である。
5-1.通時的な存在論的決定
スタンフォード哲学百科事典の「Social Ontology」では、社会的存在者の成立について、同時的な構成と通時的な構成が区別されている。[2]
特に重要なのは、存在論的な関係が必ずしも同一時点の事実だけに依存するわけではないという議論である。
例えば、記憶が記憶している過去の出来事に依存すること、足跡が過去に足によって地面が踏まれたという出来事に依存すること、大統領という地位が先行する選挙に依存することなどが挙げられる。
これらの事例では、時間的に先行する事実が、後続する存在者や属性の成立条件になっている。
つまり、存在論的な依存関係は必ずしも同時的なものではない。
この点は、Bの考え方を支持する重要な先行研究になる。
しかし、社会存在論では、歴史的要因が存在論的に作用することについても議論が分かれている。
歴史的要因の存在論的な役割を認める立場がある一方で、それに反対する立場や、中間的な立場も存在する。[2]
したがって、歴史的な依存関係を認めること自体が、すでに確立された無争点の命題であるわけではない。
今回の理論も、この議論のなかに位置づける必要がある。
5-2.通常の歴史的依存とBの違い
では、既存の通時的な存在論的依存と、今回のBは何が違うのか。
例えば、足跡は過去に足が地面を踏んだという出来事に依存している。
この場合、足が地面を踏んだことは、足跡が足跡として成立するための構成的条件である。
しかし、Bで問題にするのは、それだけではない。
Bでは、後続する構造の成立によって、先行する履歴のうち何がその構造の同一性を支える構成的な条件であるのかが確定する。
つまり、単に過去の出来事が後続する存在者の成立条件になるというだけではなく、後続する構造の構造的不変項を基準として、過去の履歴が選別される。
さらに、その履歴を含む依存関係のなかで、どの項が他の項に対して非対称的な優先性を持つのかまで説明しようとする。
ここが重要な違いである。
現代形而上学における通時的な存在論的依存は、Bの成立可能性を支持する。
しかし、それだけでは、構造的不変項による履歴の選別、構造的個体化、非対称的な第一性を統一的に説明することにはならない。
今回の理論では、これらを一つの構造的依存秩序のなかで説明する。
したがって、Bの独自性は、歴史的依存という概念そのものにあるのではない。
通時的な存在論的依存を、構造的同一性と第一性の成立に接続することにある。
6.ヘーゲルの歴史的必然性との比較
次に、ヘーゲルの歴史哲学との関係を検討する。
ここでは『歴史哲学講義』における歴史的必然性の問題が中心になる。
6-1.歴史的全体から過去の意味を理解する
ヘーゲルの歴史哲学では、歴史的出来事は、それぞれ孤立した事実として理解されるのではなく、世界史というより大きな全体の展開のなかで理解される。
特に重要なのは、世界史を自由の発展として捉えることである。
ある時代や出来事が持つ歴史的な意味は、その時代だけを見ても十分には理解できない。
後続する歴史の展開を通じて、先行する出来事がどのような位置を占めていたのかが明らかになる。
この点では、Bと類似した構造が存在する。
つまり、歴史的出来事の意味を成立させるのは、個々の出来事の孤立した性質ではなく、より大きな全体の展開における位置と関係なのである。
ただし、ここで重要なのは、歴史的な必然性を、あらかじめ固定された未来へ向かう単純な宿命論として理解してはならないという点である。
Sally Sedgwickは、2023年の著作『Time and History in Hegelian Thought and Spirit』の第3章「Necessity in Hegel’s Philosophy of History」において、ヘーゲルの歴史的必然性を検討している。
彼女によれば、ヘーゲルにおいて世界史の諸出来事を統一する理念は人間の自由である。そして、歴史の必然性は、出来事があらかじめ固定された経路をたどることを意味するのではない。
むしろ、人間の理性と自由が現実的な歴史の領域に根ざしていることと、歴史の必然性とは両立するとされる。[5]
この点は、今回の理論にとって重要である。
後続する全体によって過去の意味が確定することは、過去の出来事が最初から後続する結果を目指していたことを意味しない。
6-2.歴史的な理解と存在論的な構成は異なる
しかし、ヘーゲルの歴史哲学とBは、同一の主張ではない。
ヘーゲルにおいて中心となるのは、世界史の全体的な展開を通じて、歴史の合理性と自由の発展を理解することである。
これに対して、Bが説明するのは、後続する特定の構造が、その構造自身の同一性を成立させるために必要な履歴を、構成的な前史として確定することである。
違いを整理すると、次のようになる。
| 比較項目 | ヘーゲルの歴史哲学 | 第一性の遡及的成立B |
|---|---|---|
| 対象 | 世界史の全体的展開 | 特定の構造とその歴史 |
| 中心問題 | 歴史の合理性と自由の発展 | 構造的同一性の成立条件 |
| 遡及性 | 後続する全体から過去の意味を理解する | 後続構造が過去の構成的資格を成立させる |
| 必然性 | 歴史的展開の合理的連関 | 構造の同一性を支える依存関係 |
| 判定方法 | 歴史的展開の合理的把握 | 構造的不変項と構成的依存の分析 |
したがって、ヘーゲルとの比較から導けるのは、後続する全体との関係によって過去の意味と位置が確定するという洞察である。
しかし、Bは歴史全体を一つの目的論的体系として説明するものではない。
それぞれの構造が、自らの同一性を成立させる範囲において、その構成的な前史を確定する。
この点は、第27回までに確立してきた階層的・局所的な構造全体論とも整合する。
Richard Bourkeの2025年の論文「Hegel and Historical Reasoning」も、ヘーゲルの歴史哲学に対する硬直したアプリオリズムや単純な目的論という理解を再検討している。
Bourkeは、ヘーゲルの歴史叙述において歴史的事実の正確な把握が重要であることを指摘し、歴史的な資料の検討と哲学的な意味の把握との関係を論じている。[6]
ここからも、歴史的な全体の意味を理解することと、過去の事実を自由に作り替えることは異なると分かる。
今回の理論がヘーゲルから受け取るべきなのは、後続する全体との関係から過去を理解するという洞察である。
ただし、その洞察を、特定の構造の同一性条件を成立させる存在論的な構成関係として明確化することが、今回の理論の課題である。
7.組織と創設者の事例を最終的に検証する
ここまでの議論を、㉒で取り上げた組織と創設者の例に戻して確定しよう。
この事例は、AとBを区別し、さらにBがどのような場合に成立するのかを検証するうえで非常に重要である。
7-1.単なる事後的な認定
まず、人物Aが組織Sの成立後に、創設者として認められたとする。
しかし、Aが実際にはSの成立にほとんど関与していなかったとする。
この場合、Aが創設者として認められたという事実は、社会的な承認や名称の変更によって説明できる。
もちろん、その承認によってAが制度上の名誉職や公式な創設者という資格を得ることはありうる。
しかし、それだけでAの過去の活動がSの存在論的な成立条件になるわけではない。
ここでは、事後的な認識や制度的な資格の付与は存在するが、歴史的な遡及的構成は成立していない。
7-2.因果的な創設への関与
次に、AがSの成立に実際に貢献していたとする。
例えば、Aの資金提供や提案がなければ、組織は成立しなかったかもしれない。
この場合、Aは組織の成立に因果的な意味で関与している。
しかし、まだ存在論的構成が成立したとは言い切れない。
なぜなら、Aの活動が単に組織の成立を可能にしただけなら、それは組織の存在を説明する原因であって、必ずしも組織の同一性を規定する条件ではないからだ。
したがって、因果的な創設への関与と、存在論的な意味での創設者としての第一性は区別されなければならない。
7-3.構成的な創設への関与
ここで、Aの活動が組織Sの基本的な構造を形成していたとする。
例えば、Aが組織の設立に際して、次のようなものを成立させていたとしよう。
- 組織の基本的な目的と活動原理。
- 組織を構成する人々の役割分担。
- 組織を継続させるための基本的な制度や規範。
- 組織が他の組織と区別されるための成立条件。
そして、これらが単なる歴史的な偶然ではなく、現在の組織Sの同一性を支える構成的な規定として継続しているとする。
この場合、Aの活動を取り除いた歴史的可能性を考えると、同じ組織Sが成立したかどうかは変わりうる。
より正確には、単に同じ種類の組織が成立するかどうかではなく、まさに同一の組織Sが、その構成的な不変項を維持したまま成立しえたかどうかが問題になる。
ただし、ここでも人物Aだけを単独で取り除く反事実的検査には注意が必要である。
別の人物がAの活動と同じ構成的役割を実現できたならば、Aという個人の活動は代替可能だった可能性がある。
その場合、構成的なのはA個人ではなく、Aが担った役割や共同活動の歴史的な実現であるかもしれない。
したがって、個人の活動、役割、複数人の共同活動を区別し、何が構造的不変項を実現していたのかを判定しなければならない。
これらを検討したうえで、Aの活動が組織Sの同一性を支える構成的な条件として位置づけられるならば、Aの過去の活動はSの歴史にとって構成的な前史となる。
ここで初めて、Bの歴史的遡及性が成立する。
7-4.創設者の第一性はどのように成立するのか
最後に、Aが組織Sに対して第一であるかどうかを検討する。
ここで、創設者という名称だけから第一性を導いてはいけない。
例えば、複数人が共同で組織を設立した場合、最初に提案した人物が必ずしも他の人物より存在論的に優先するわけではない。
重要なのは、組織の同一性を成立させる規定に対して、どの人物の活動が非対称的な依存関係を形成しているのかということである。
これは㉑で導入した構造的同一性規定の非対称性原理によって説明できる。
ある項Aの規定が、構造の同一性を維持する許容変化の範囲において、別の項Bの構造内的な同一性条件を非対称的に限定するならば、AはBに対して基礎づけ上の優先性を持つ。
A ≺d B
この原理を創設者の事例に適用すると、Aの活動が他の創設メンバーや構成要素の位置・役割・同一性を非対称的に限定している場合、Aは組織Sにおいて第一性を持つ。
したがって、次の三つは明確に区別しなければならない。
- 時間的に最初に活動した人物。
- 組織によって創設者と認定された人物。
- 組織の構造的同一性を非対称的に成立させる人物。
この三つが一致する場合もあるが、必ず一致するわけではない。
そして、第三の条件を満たす場合にこそ、今回の理論が問題にする存在論的な第一性が成立する。
7-5.組織の成立と過去の履歴の関係
ここまでの議論を整理すると、二つの異なる規定の方向が見えてくる。
第一の方向:創設者の過去の活動から組織へ
Aの活動 → C → S
Aの活動が、組織Sの具体的な成立を実現する構成的契機になる。
第二の方向:組織から創設者の過去へ
S → I → H_S(A@t₀)
組織Sの成立によって、Aの過去の活動がSの構成的な前史として確定する。
この二つは、同じ存在論的水準における相互依存ではない。
前者は、過去の活動が後続する構造を具体的に実現する関係である。
後者は、後続する構造が過去の活動の構造相対的な意味と資格を成立させる関係である。
ここに、第27回までに整理してきたC/Iの相互構成との接続がある。
構造と構造項の相互構成は、同一水準の相互依存ではなく、異なる存在論的関係を通じて成立する。
この考え方を歴史的遡及性にまで拡張すれば、時間的に前後する二つの規定も、異なる水準における構成的関係として理解できる。
ここでは、AがSの成立に寄与し、SがAの活動に歴史的資格を与える。
しかし、これはAがSを原因として生み出し、Sが過去に戻ってAを変化させるという循環ではない。
異なる対象について、異なる存在論的作用が成立しているのである。
この区別によって、Bは因果的な逆行や論理的な循環を仮定することなく説明できる。
8.AとBを統一する存在論的な仕組み
ここまでの比較と論証によって、遡及性の統一に必要な条件は確定できた。
改めて、両者を一つの存在論的な仕組みとして整理しよう。
8-1.遡及性は二つの異なる作用を持つ
AとBは、構造的な依存秩序によって存在論的な資格を成立させるという点では共通している。
しかし、その作用の方向は異なる。
Aでは、構造全体が成立することによって、その内部にある構造項の個体性と第一性が確定する。
Bでは、後続する構造が成立することによって、その構造の成立に先行する履歴が、構成的な前史として確定する。
したがって、両者を一つの関係として表現するのではなく、二つの異なる作用として区別する必要がある。
ここで、時間的順序、構成的順序、歴史的な遡及規定の方向を整理すると、次のようになる。
| 順序 | 内容 | 方向 |
|---|---|---|
| 時間的順序 | 過去の存在から後続する構造へ | t₀ → t₁ |
| 構成的順序 | 構造から内部の構造項へ | S → I_S(x) |
| 歴史的な遡及規定 | 後続構造から先行履歴へ | S(t₁) → H_S(t₀) |
これらは、同じ順序を別の言葉で表現したものではない。
時間的順序は出来事の発生順を示す。
構成的順序は、何が何の成立条件になるのかを示す。
歴史的な遡及規定は、後続する構造によって、先行する履歴のうち何がその構造にとって構成的であったのかが確定することを示す。
したがって、存在論的な規定の方向が時間的な順序と一致しないことは、矛盾ではない。
8-2.BはAの時間的な拡張であるが、Aと同じ作用ではない
今回の中心的な問題に対する最終的な答えを、もう一度厳密に述べよう。
Bは、Aとは異なる対象に作用する。
しかし、Bが作用するためには、構造がその内部の項の同一性を成立させるというAの基本的な考え方が必要である。
ただし、Aだけでは、時間的に先行する履歴まで構造的な依存秩序に含まれることは保証されない。
そのため、通時的構造編入原理が必要になる。
この関係は、次のように定式化できる。
第一性の遡及的成立の統一構造
- 基本原理:構造的秩序によって存在者の個体性・同一性・第一性が成立する。
- 通時的拡張原理:構造が時間的な履歴を含む場合、その履歴のうち構造的不変項を成立させる構成的条件が、構造の成立によって確定する。
- 帰結:構造内部の第一性と、先行する履歴の構成的な資格が、一つの構造的存在論のなかで説明される。
ここで重要なのは、通時的拡張原理が独立した存在論的基礎を追加しているわけではないということだ。
その役割は、構造の時間的な射程と、その射程に含まれる履歴の構成条件を明示することにある。
したがって、BはAから独立した根本原理ではないが、Aから論理的に自動導出される単なる応用でもない。
Bは、Aの一般的な構成原理と、通時的構造編入原理との結合によって成立する、独自の存在論的命題である。
9.最終定理――遡及的構成の統一的な成立条件
最後に、ここまでの議論を一つの存在論的定理としてまとめたい。
今回の検討によって、AとBの区別、両者の接続条件、そして通常の因果的・歴史的な基礎づけとの違いは確定できた。
これを理論全体に組み込める形で定式化しよう。
9-1.遡及的構成の統一定理
ある構造Sが時点t₁において成立し、それ以前の時点t₀に存在していた存在者bの履歴Hが、Sの成立に関係しているとする。
このとき、以下の条件が満たされるならば、bの履歴はSの構成的な前史として遡及的に確定する。
条件1:先行する存在の成立
構造が成立する以前に、その構造の実現に参与する存在者や出来事が実際に存在していること。
条件2:後続する構造の実在的成立
後に成立する構造が、単なる認識上の分類や概念的な設定ではなく、構成要素と構成的関係によって実在的に成立していること。
条件3:構造的不変項による履歴の選別
後続する構造の不変項が、先行する存在者の履歴のうち、何が当該構造の成立条件として構成的な意味を持つのかを規定すること。
条件4:構造的同一性への実在的な効果
その規定が、単なる呼称や記述の変更にとどまらず、当該構造項の同一性条件、存続条件、位置や役割の成立条件に関与していること。
条件5:時間的な事実と後続する構成的規定の区別
後続する構造によって先行する存在者の構造相対的な位置づけが成立するのであって、先行する時点にその構造が存在していたと仮定しないこと。
これらの条件が満たされる場合、次の結論が得られる。
結論:
時点t₁においてSが成立することによって、時点t₀におけるbの履歴Hは、Sの構造的同一性を支える構成的な前史として確定する。
ただし、t₀におけるbの存在や個体性は変更されない。
成立するのは、bの履歴がSとの関係において持つ存在論的な資格である。
さらに、その履歴に含まれる項の規定が、S内部の他の項の同一性条件を非対称的に限定するならば、その項には構造内部の第一性が成立する。
これが、AとBを統合した遡及的構成の統一定理である。
9-2.この定理によって何が確定したのか
この定理から、三つのことが確定する。
第一に、遡及性は時間的な逆因果を意味しない。
後続する構造が過去に物理的・因果的に作用する必要はない。
過去の出来事は、その時点で成立していた事実として維持される。
第二に、遡及性は単なる事後的な認識や再解釈ではない。
後続する構造との関係が、その構造の同一性条件に実在的に関与しているとき、先行する履歴の構造相対的な資格が成立する。
第三に、歴史的遡及性は、構造的な第一性の成立と一体的に理解できる。
後続する構造によって過去の履歴が構成的な前史として確定するとき、その履歴に含まれる諸契機の間にも非対称的な依存関係が成立しうる。
したがって、歴史的な遡及性は、単に過去の意味を変化させるだけではない。
その構造を成立させた履歴のなかで、何が他のものに対して構成的に優先していたのかを明らかにすることができる。
10.最終的な定義――「遡及性」という概念をどう統一するか
ここで、理論全体の中心概念である「遡及性」の定義を改めて確定しよう。
これまでは、構造内部の第一性の成立と、過去の履歴の構成的な再規定が、二つの異なる意味で論じられていた。
今回の検討によって、それらを一つの上位概念のもとで統一できる。
私が提案する最終的な定義は次のとおりである。
遡及性の統一定義
遡及性とは、ある構造的全体の実在的な成立によって、その全体の内部または歴史的射程に属する存在者・出来事が、その全体との関係において何であるかという構造相対的な個体性・同一性・優先的位置・歴史的資格を、構成的依存の秩序に従って確定することである。
ここでいう遡及性は、二つの異なる形態を持つ。
第一の形態:構造的・存在論的な遡及性
構造全体の関係秩序が成立することによって、その内部の構造項の個体性・同一性・第一性が確定する。
第二の形態:時間的・歴史的な遡及性
後続する構造の成立によって、それ以前の存在者の履歴のうち、当該構造の同一性を成立させる構成的条件が、その構造の歴史的な前史として確定する。
重要なのは、この二つが別々の存在論的基礎を必要としないという点である。
どちらも、構造的秩序が存在者の存在論的資格を成立させるという一つの原理に基づいている。
ただし、前者は構造内部の同一性決定を扱い、後者はその構造の歴史的な成立条件まで扱う。
このように理解すれば、「第一性の遡及的成立」という理論の名称は、以前よりもはるかに広い意味を持つことになる。
それは、単に構造の内部で何が第一なのかを説明する理論ではない。
構造が成立することによって、現在の存在者の個体性と第一性が成立し、さらにその構造を成立させた過去の履歴までもが、構成的な意味を持つものとして確定することを説明する理論なのである。
11.今回の論証によって確定した理論の全体構造
最後に、これまでの第1回から第27回までの議論と今回の結論を接続しておこう。
今回の成果は、新しい命題を一つ追加しただけではない。
これまでの理論のなかで、遡及性がどの範囲に作用するのかを確定したことである。
理論全体を整理すると、次のようになる。
第一性の遡及的成立――統一された存在論の構造
第一段階:前個体的な差異的条件
個体化以前の差異的な契機が存在する。
第二段階:構造的秩序の形成
差異・関係・限定・依存関係が相互に規定し合い、構造的全体Sが成立する。
第三段階:構造項の個体性・同一性の成立
構造全体の成立によって、その内部の項が特定の存在者として個体化される。
I(S, mᵢ → xᵢ)
ここにA、すなわち構造的・存在論的な遡及性が成立する。
第四段階:構造内部の第一性の成立
構造的同一性規定の非対称性によって、ある項が他の項に対して存在論的な優先性を持つ。
A ≺d B
第五段階:通時的構造編入
構造の同一性が時間的に先行する履歴に依存する場合、その履歴のうち構成的な部分が、構造の同一性を支える条件として確定する。
ここにB、すなわち時間的・歴史的な遡及性が成立する。
第六段階:統一的な構造的存在論
構造・個体性・第一性・歴史的資格が、一つの構造的な依存秩序のなかで説明される。
これによって、「第一性の遡及的成立」は、構造内部の第一性だけでなく、その第一性を成立させる歴史的な条件までを説明できる理論になる。
また、これは第27回で整理した階層的・局所的な構造全体論とも矛盾しない。
それぞれの構造が局所的に個体性と第一性を成立させるという基本的な立場を維持したまま、その構造が時間的な成立過程を持つ場合には、歴史的な構成条件まで説明できるからである。
12.結論――遡及性とは、存在論的な順序と歴史的な順序を接続する原理である
今回の論証で、「第一性の遡及的成立」の中心概念である遡及性について、次の結論に到達した。
遡及性は、単に構造の成立によって内部の第一性が確定することでも、単に後続する出来事によって過去の意味が変わることでもない。
その本質は、存在者の個体性・同一性・優先的位置が、それらを成立させる構造的秩序との関係において確定するという存在論的原理にある。
そして、その構造的秩序が時間的な広がりを持つ場合には、その規定は構造の成立以前に存在していた履歴にまで及ぶ。
ここで、当初の「順番の転倒」が、一つの体系的な意味を持つことになる。
通常、私たちは、まず存在者があり、その後にそれらの関係や歴史が形成されると考える。
しかし、第一性の遡及的成立では、あるものが特定の構造において何であるかということは、その構造の成立によって確定する。
さらに、その構造が成立する以前に何が存在し、何がその成立を支えていたのかについても、後続する構造の成立によって構造相対的な資格が確定する。
つまり、存在論的な順序だけでなく、歴史的な順序についても、私たちが通常想定する先行性と優先性の関係を転倒させることができる。
ただし、これは過去が未来によって作り直されるという意味ではない。
過去の出来事は過去の出来事として存在していた。
しかし、それが後続する構造にとって何であったのかは、その構造が成立することによって初めて確定する。
ここに、今回の二つの遡及性を統一する原理がある。
存在者は、単に時間的に先行することによって、ある構造における第一のものになるのではない。その存在者が第一のものとして成立する根拠は、後続する構造を含めた関係的・構成的な秩序のなかで確定するのである。
そして、この原理は現在の構造内部だけにとどまらない。
構造の成立を支えた過去の履歴にまで、その射程を広げることができる。
したがって、最終的に「第一性の遡及的成立」は、次のような理論として確定できる。
構造的全体の成立が、その内部の個体性・同一性・第一性を成立させるとともに、その構造を成立させる構成的な履歴の存在論的資格をも確定する、階層的・局所的な構造的存在論である。
これが今回の到達点である。
参考文献
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[8] Hegel, G. W. F. Vorlesungen über die Philosophie der Geschichte(『歴史哲学講義』).



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