今回の比較で最も重要な問題
今回の比較対象は、現代形而上学における優先的一元論(Priority Monism)である。
中心となる哲学者は、Jonathan Schaffer(ジョナサン・シェファー)である。
特に重要なのは、2010年の論文「Monism: The Priority of the Whole」である。
シェファーは、この論文で、世界全体とその部分のどちらが存在論的に基礎的なのかという問題を検討している。
まず、優先的一元論について誤解してはならないことがある。
それは、世界全体だけが存在し、部分は存在しないという主張ではない。
優先的一元論では、部分も存在する。しかし、存在することと、存在論的に基礎的であることは異なる。
シェファーによれば、世界全体が唯一の基礎的な具体的存在者であり、その部分は世界全体に依存する派生的な存在者である。
したがって、優先的一元論の中心問題は、全体と部分のどちらが存在するかではなく、どちらが存在論的に優先するのかということである。
ここでは、存在的一元論(Existence Monism)と優先的一元論を明確に区別しておく必要がある。
| 存在的一元論 | 優先的一元論 |
|---|---|
| 唯一の具体的存在者だけが存在する | 複数の具体的存在者が存在する |
| 部分の存在そのものを認めない | 部分の存在を認める |
| 世界全体だけが存在する | 世界全体だけが基礎的である |
| 存在者の数が問題になる | 基礎的な存在者の数が問題になる |
この区別は、現在の理論との比較にとって非常に重要である。
なぜなら、「第一性の遡及的成立」も、複数の構造項が存在することを認めながら、その構造内部において存在論的な優先関係が成立すると考えているからだ。
つまり、両者には、存在することと基礎的であることを区別するという共通点がある。
しかし、両者の違いも明確である。
シェファーは、世界全体という唯一の具体的存在者を基礎的なものとして位置づける。
これに対して、現在の理論では、複数の局所的・階層的な構造が成立し、それぞれの構造内部で個体化と第一性が成立する。
したがって、今回の比較で明らかにすべきなのは、次の問いである。
世界全体を唯一の基礎的存在者として置かなくても、全体の部分に対する存在論的優先性を説明できるのか。
そして、もう一つ重要な問いがある。
複数の構造的全体がそれぞれの構造項に対して優先するという立場は、優先的一元論とは異なる、独自の全体論的存在論として成立するのか。
今回の比較では、この二つの問題を中心に検討する。
1.シェファーの優先的一元論を正確に理解する
1-1.存在することと、基礎的であることは異なる
シェファーの議論では、存在論的優先性(ontological priority)が重要な概念になる。
あるものが存在することと、それが他のものより存在論的に基礎的であることは異なる。
例えば、テーブルと、その構成部分である脚や天板を考えてみよう。
テーブルも脚も天板も存在する。
しかし、テーブルという統一された存在者が、どのようにして成立しているのかを説明するとき、二つの方向が考えられる。
部分優先の立場
脚や天板が先に存在し、それらが組み合わさることでテーブルが成立する。
この場合、部分が全体を基礎づける。
全体優先の立場
テーブルという全体的な統一が基礎的であり、脚や天板は、その全体の機能的な部分として成立する。
この場合、全体が部分を基礎づける。
シェファーは後者の立場を採用する。
ここで彼が主張するのは、単に全体が部分より大きいということではない。
全体が部分の存在論的な成立根拠であるということだ。
存在論的優先性は、非反射的かつ推移的な関係として理解され、基礎的な存在者は、他の存在者に基礎づけられていない存在者として位置づけられる。
この点は、第21回の構造的同一性規定の非対称性原理と比較できる。
ただし、シェファーの存在論的優先性と、現在の理論の第一性は、まだ同一ではない。
シェファーが問題にするのは、具体的存在者の間における基礎性である。
一方、現在の理論が問題にするのは、構造内部の項の同一性条件が、どの規定に依存しているかということである。
ここを混同してはならない。
1-2.優先的一元論は、唯一の宇宙全体を基礎的なものとする
シェファーの優先的一元論は、形式的には次のように整理できる。
宇宙全体をu、基礎的な具体的存在者であることをBとする。
∃!x B(x) ∧ B(u)
これは、基礎的な具体的存在者がただ一つ存在し、その存在者が宇宙全体であることを意味する。
これに対して、優先的多元論(Priority Pluralism)は、複数の基礎的な具体的存在者を認める立場である。
∃x∃y(B(x) ∧ B(y) ∧ x ≠ y)
両者の違いは、存在者の数ではなく、基礎的な存在者の数にある。
ここで重要なのが、シェファーの議論では、宇宙全体が唯一の基礎的な具体的存在者であり、それ以外の具体的存在者はすべて派生的なものとして位置づけられることだ。
つまり、世界全体から部分へ向かって、存在論的な説明が展開される。
この構図は、次のように表せる。
W → P₁, P₂, P₃, ...
Wは世界全体、P₁、P₂、P₃はその部分である。
これは単に世界全体が部分を含んでいるということではない。
部分の存在論的な基礎性が、全体に対して従属しているという主張である。
1-3.基礎的な存在者による世界の分割――Tiling Constraint
シェファーの理論を理解するうえで、もう一つ重要なのが、基礎的な存在者による宇宙の分割という考え方である。
これをtiling constraintとして整理できる。
そこには二つの条件がある。
- No gaps:基礎的な存在者の総和が、宇宙全体を隙間なく覆う。
- No overlaps:異なる基礎的な存在者同士は、部分を重ね合わせない。
つまり、基礎的な存在者が複数ある場合、それらは宇宙全体を重なりなく分割する。
一方、基礎的な存在者が一つしかない場合、その存在者が宇宙全体になる。
この前提のもとでは、優先的一元論と優先的多元論は排他的な二つの立場になる。
ここは、現在の理論との比較で非常に重要になる。
なぜなら、「第一性の遡及的成立」では、構造は必ずしも互いに重ならない独立した部分へと分割されるものではないからだ。
複数の構造が階層的に成立し、一つの構造項が複数の構造に関与することも理論上考えられる。
その場合、世界を隙間なく、重なりなく分割する基礎的な存在者の集合というシェファーの枠組みには収まりきらない可能性がある。
この点は、後で詳しく検討する。
2.シェファーはなぜ全体が部分より優先すると考えるのか
シェファーの優先的一元論には、いくつかの重要な論拠がある。
今回の理論との比較に関係するものを中心に整理する。
2-1.量子力学における創発性と全体の優先性
まず、量子力学における量子もつれ(quantum entanglement)である。
量子もつれでは、複合系全体の量子状態が、個々の構成要素の状態の単純な組み合わせには還元できない場合がある。
例えば、複合系の状態が次のように因数分解できない場合を考える。
Ψ(system) ≠ Ψ(part₁) ⊗ Ψ(part₂)
つまり、全体の状態を、それぞれの部分の独立した状態だけから再構成できない。
シェファーは、このような量子もつれを、全体に固有の創発的性質が存在することを示す根拠として扱う。
ここから、次のような論証が導かれる。
- 全体には、部分の内在的性質と単なる時空的関係に還元できない性質がある。
- 全体に創発的性質があるなら、全体は部分に対して存在論的に優先する。
- したがって、全体は部分に対して存在論的に優先する。
これは、優先的一元論を支持する量子創発からの論証である。
ただし、量子もつれが存在することから、直ちに宇宙全体が唯一の基礎的存在者であるとは結論できない。
優先的多元論側からは、量子もつれを全体の創発的性質とみなすのではなく、個々の粒子の間に成立する新しい基礎的関係として理解する可能性が提示されている。
この場合、全体の状態は、部分の内在的性質だけでなく、それらの間の基礎的関係も含めて説明されることになる。
したがって、ここで重要なのは、全体が部分に還元できないということと、全体が唯一の基礎的存在者であるということは、別の主張だということである。
2-2.無原子論的な世界――Gunkの議論
次に重要なのが、Gunkの議論である。
Gunkとは、どのような部分を取り出しても、さらに固有の部分を持っているような存在者のことである。
つまり、最終的な原子や、それ以上分割できない究極的な部分が存在しない世界である。
シェファーは、このような世界が形而上学的に可能であるなら、部分を基礎的な存在者とする優先的多元論には問題が生じると論じる。
その論証は、概略すると次のようになる。
- 基礎的な存在者は、あらゆる可能世界において基礎的でなければならない。
- 究極的な部分が存在しないGunk世界は可能である。
- したがって、究極的な部分を基礎的なものとする立場は、すべての可能世界で基礎性を説明できない。
- 最終的な基礎性は、宇宙全体に求めるべきである。
ただし、この論証にも反論がある。
例えば、Gunk世界において、基礎的な存在者が一つも存在しないという可能性を認めることができる。
つまり、存在論的な説明が無限に下方へ続き、究極的な基礎を持たない可能性である。
Matteo Morgantiは、2009年の論文「Ontological Priority, Fundamentality and Monism」で、無限の下方的・上方的複雑性を認める形而上学的無限主義(metaphysical infinitism)の可能性を検討している。
この論点は、現在の理論にとっても重要だ。
なぜなら、Δが個体化以前の差異場であるなら、それを原子的な個体の集合として理解する必要はないからである。
むしろ、個体化以前の差異は、最初から分割不可能な個体として存在する必要がない。
したがって、現在の理論は、究極的な個体化の基礎を求めながらも、そこに究極的な個体を措定しないという方向を取りうる。
ただし、ここで一つ区別が必要になる。
Δが究極的な説明根拠として存在することと、Δが唯一の具体的存在者であることは同じではない。
シェファーの優先的一元論は、唯一の基礎的な具体的存在者を要求する。
現在の理論は、個体化以前の差異場を、必ずしも具体的な一個体として理解する必要はない。
ここに両者の違いがある。
2-3.全体の内部関係性――Internal Relatedness
シェファーは同じ2010年に「The Internal Relatedness of All Things」という論文も発表している。
そこで彼は、世界のあらゆるものが内的に関係しているなら、それらの存在者は相互に独立したものではなく、世界全体の一つの統一に属するという論証を検討している。
その基本的な考え方は次のようになる。
- 世界内部の存在者は互いに内的な関係を持つ。
- その関係によって、それぞれの存在者は独立に組み替え可能なものではなくなる。
- したがって、世界は単なる存在者の集合ではなく、一つの統合された全体である。
シェファーは、独立した存在者が自由に組み替え可能であるという考えに対し、その可能性が成立しないことを、世界全体の実質的統一を支持する根拠としている。
ここは、現在の理論との比較で興味深い。
現在の理論でも、構造項は、他の項との関係から独立したものとして個体化されるわけではない。
ある項の同一性は、構造全体の秩序における関係的な位置によって規定される。
ただし、これによってすべての構造項が、宇宙全体に対して同一の意味で依存するとは限らない。
ある項は局所的な構造S₁に属し、別の項は構造S₂に属する。
さらに、S₁とS₂が上位の構造S₃に関係づけられることも考えられる。
つまり、相互関係が存在することから、直ちに唯一の宇宙的全体が存在論的に優先すると結論する必要はない。
相互依存から全体の統一性を導くことと、その全体が唯一の基礎的存在者であることを導くことの間には、なお論証上の隔たりがある。
この点は、シェファーの論証を検討するうえで重要である。
2-4.自然法則の統合性――Nomic Integrity
さらに、シェファーは自然法則の統合性からも優先的一元論を支持しようとする。
世界全体が基礎的な自然法則によって一つの統合されたシステムとして展開するなら、世界全体を一つの実体として理解することができるという考え方である。
これを「nomic integrity」と呼ぶ。
彼の議論では、基本的な法則によって一つのシステムとして展開することが、自然的な統一性の根拠となる。
ただし、Jonathan TallantとSam Baronは、この議論に対して重要な批判を提示している。
彼らの論文「It’s One Thing to Rule Them All and Another Thing to Bind Them」では、現在の物理学が、シェファーの主張するような意味で宇宙全体を一つの統合された法則によって説明できているとは限らないと論じられている。
特に、異なるスケールで異なる物理理論が成立する可能性や、互いに独立した法則によって展開する複数の宇宙領域の可能性が問題になる。
これは、現在の理論にとって参考になる。
なぜなら、複数の構造が異なる規定や秩序を持ちながら成立することは、必ずしもそれらが一つの統一的な構造へ還元されることを意味しないからだ。
むしろ、異なる構造がそれぞれの固有の秩序を保ちながら、さらに上位の構造によって関係づけられる可能性がある。
このような階層的な統合は、単一の法則による宇宙全体の統合とは異なる。
3.優先的一元論に対する主要な反論
ここまで、シェファーの優先的一元論を支持する論拠を確認してきた。
しかし、現代形而上学では、この立場に対する重要な反論も存在する。
今回の理論との比較に必要なものを整理する。
3-1.全体の異質性はどのように説明されるのか
優先的一元論に対する古典的な問題の一つが、全体の異質性(heterogeneity)である。
世界全体が唯一の基礎的存在者であるなら、その内部に存在する質的な多様性をどのように説明するのか。
例えば、世界には物質、生命、精神、物理的な力、異なる空間的領域など、さまざまな差異が存在する。
しかし、全体だけを基礎的なものとする場合、それらの差異をどのように存在論的に位置づけるのかが問題になる。
もっとも、シェファー側は、基礎的な全体が内部的に異質であることを認めることで応答できる。
つまり、全体が一つの存在者であることと、その内部に差異が存在することは矛盾しない。
実際に、分布的性質などを用いて、全体の内部に存在する異質性を説明しようとする立場もある。
ここから、現在の理論にとって重要なことが分かる。
全体の統一性を主張するために、内部の差異を消去する必要はない。
しかし、全体の内部に差異が存在することを説明するために、必ずしも宇宙全体を唯一の基礎的存在者として措定する必要もない。
現在の理論では、構造的秩序そのものが複数の差異によって形成される。
したがって、全体性と差異性を同時に説明することができる。
3-2.部分の内在的性質は本当に派生的なのか
もう一つの問題は、部分の内在的性質である。
例えば、ある対象が赤い、重い、ある形状を持つといった性質は、その対象自身に内在する性質として理解される。
しかし、優先的一元論では、部分は全体に存在論的に依存している。
その場合、部分の内在的性質は、どこまで独立した存在論的な基礎を持っているのかという問題が生じる。
Ted Siderの議論を踏まえ、内在的性質と外在的性質の区別が部分の基礎性を要求する可能性も検討されている。
現在の理論においても、これは無視できない問題である。
構造項が構造によって個体化されるとしても、その構造項が持つ固有の規定すべてが、構造全体から一方向的に決定されるとは限らない。
構造項の固有の性質や差異的契機が、構造の具体的実現に関わる場合もある。
ここで重要なのがC/Iの区別である。
Iは構造による個体化を表す。
Cは下位水準の構造項による上位構造の具体的実現を表す。
つまり、構造項が構造に対して完全に受動的な存在者である必要はない。
ただし、CとIが異なる存在論的関係であることを明確に維持する必要がある。
3-3.全体の優先性は必ずしも唯一の可能性ではない
さらに、全体と部分の優先関係が常に同じ方向を向いている必要があるのかという問題がある。
例えば、砂の集合では、個々の砂粒が集合体に対して優先するように見える。
しかし、生物の身体とその器官では、身体全体が器官に対して優先すると考えられる場合がある。
このように、通常の直観は、単なる集合や配置の場合には部分を優先し、機能的に統合されたシステムの場合には全体を優先するという、比較的複雑な立場を取っている。
これは、現在の理論にとって非常に重要だ。
なぜなら、現在の理論が扱う構造は、すべて同じ種類の全体ではないからである。
ある構造は上位構造の一部として成立する。
別の構造は、局所的な構造項を個体化する全体として成立する。
さらに、ある構造項は別の規定次元において異なる優先関係を持つことも考えられる。
したがって、全体と部分の優先関係を、あらゆる存在者に一律に適用する必要はない。
ここに、現在の理論の構造相対的な第一性を位置づける余地がある。
4.優先的一元論と「第一性の遡及的成立」の直接比較
ここまでの議論を踏まえると、現在の理論との比較で最も重要な違いが見えてくる。
それは、全体の優先性を認めることと、唯一の全体が存在論的に基礎的であると主張することは同じではないという点である。
4-1.両者に共通するもの――全体は部分の単なる集合ではない
まず、両者の共通点を確認しよう。
シェファーにおいて、世界全体は部分の単なる集合ではない。
全体には、部分の単純な集合としては説明できない統一性がある。
そして、その統一性が部分の存在論的な成立に関わっている。
現在の理論でも、構造Sは構造項の単なる集合ではない。
構造とは、複数の差異、規定、関係、依存が相互に規定し合い、一つの秩序を形成することで成立するものである。
したがって、構造項の同一性は、単にそれぞれが個別に持っている性質の集合によって成立するのではない。
構造的秩序によって初めて、その項が何であるかが確定する。
この点で、両者には共通する方向性がある。
全体の統一性は、部分の性質を単純に集積することによって説明されるのではない。
ただし、ここから先で両者は異なる方向へ進む。
4-2.決定的な違い――宇宙全体の一元性と局所的な構造の複数性
両者の違いを整理すると、次のようになる。
| 比較項目 | 優先的一元論 | 第一性の遡及的成立 |
|---|---|---|
| 基礎的な存在者 | 宇宙全体ただ一つ | 単一の宇宙的全体を必須としない |
| 全体性 | 宇宙全体が最終的な統一を形成する | 複数の階層的・局所的な構造が成立する |
| 部分の存在 | 認める | 認める |
| 部分の成立根拠 | 世界全体への存在論的依存 | 構造ごとの個体化条件 |
| 全体と部分の関係 | 基本的に全体から部分への基礎づけ | CとIによる異なる水準の相互構成 |
| 優先性 | 世界全体の唯一の基礎性 | 規定次元dに相対的な局所的第一性 |
| 中心問題 | 何が唯一の基礎的存在者なのか | 個体性と第一性はいかに構造的に成立するのか |
| 理論の射程 | 宇宙全体の存在論 | 構造的個体化と遡及的な同一性決定 |
ここで特に重要なのは、現在の理論では、複数の構造がそれぞれの成立条件を持つということだ。
例えば、構造S₁が存在するとき、その内部の構造項x₁、x₂、x₃は、S₁の秩序によって個体化される。
しかし、S₁自体も、さらに下位の構造項によって具体的に実現される可能性がある。
さらにS₁は、別の上位構造S₂の内部に位置づけられることも考えられる。
このように、全体と部分の関係は、一つの宇宙全体と、その内部にある部分という単一の関係に限定されない。
複数の階層において、全体と部分の関係が成立するのである。
ここに現在の理論の重要な特徴がある。
4-3.C/Iによる相互構成は、シェファーの優先性と何が違うのか
ここで、第20回までに確立したC/Iの区別に戻ろう。
現在の理論では、
C(Sₗ, bᵢ)
は、下位水準の構造項bᵢによって、上位構造Sₗが具体的に実現されることを表す。
一方、
I(Sₗ₊₁, mᵢ → xᵢ)
は、上位水準の構造Sₗ₊₁によって、前個体的な差異的契機mᵢが構造項xᵢとして個体化されることを表す。
この二つは、異なる存在論的水準に属している。
シェファーの優先的一元論では、基本的な説明方向は、全体から部分への一方向的な存在論的優先性である。
それに対して、現在の理論では、下位構造項による具体的実現と、上位構造による個体化を区別する。
ここで重要なのは、CがIと同じ意味でのgroundingではないということである。
Cは構造の具体的実現を表し、Iは構造項の個体化を表す。
したがって、CとIを同じ一つの基礎づけ関係として扱ってはならない。
この区別によって、現在の理論は、単純な一方向的な全体優先主義とは異なる存在論を構成することができる。
ただし、Cを部分から全体への完全なgroundingとして解釈する場合には、全体と部分の優先性がどのように整合するのかをさらに説明しなければならない。
この点は、現在の理論が維持すべき重要な区別である。
5.現在の理論は優先的多元論なのか
ここで、もう一つ重要な問題が生じる。
宇宙全体を唯一の基礎的存在者としないのであれば、現在の理論は優先的多元論(Priority Pluralism)になるのだろうか。
私は、現段階では、単純にそう分類するべきではないと考える。
理由は三つある。
5-1.優先的多元論は複数の基礎的存在者を要求する
優先的多元論は、単に複数の全体が存在するという立場ではない。
複数の具体的存在者が、それぞれ基礎的であるという立場である。
シェファーの定式化では、優先的一元論が唯一の基礎的具体的存在者を要求するのに対して、優先的多元論は複数の基礎的具体的存在者を認める。
しかし、現在の理論で複数の構造が成立するということだけでは、それらがすべて基礎的な具体的存在者であるとは言えない。
例えば、S₁がS₂に依存し、S₂がS₃に依存する場合、それぞれの構造は異なる水準に位置づけられる。
ここでは、複数の構造が存在していても、すべてが同じ意味で基礎的であるわけではない。
したがって、現在の理論は、優先的多元論とも単純には一致しない。
5-2.階層的な構造は、世界を隙間なく分割する必要がない
さらに重要なのは、シェファーのtiling constraintとの違いである。
シェファーの枠組みでは、基礎的な存在者が複数ある場合、それらは世界を隙間なく、重なりなく覆うことが想定されている。
しかし、現在の理論では、構造が階層的に重なり合うことが可能である。
ある構造項xが、構造S₁の内部に位置づけられると同時に、別の構造S₂の成立にも関与する可能性がある。
つまり、同じ構造項が複数の構造に参与することができる。
このような存在論では、世界を互いに重ならない基礎的存在者へと分割する必要はない。
これは重要な違いである。
現在の理論では、構造の複数性は、基礎的存在者の単純な複数性を意味しない。
また、世界全体を唯一の構造へと還元する必要もない。
この点で、現在の理論はシェファーの一元論と多元論の二分法から離れる可能性がある。
5-3.ただし、唯一の最上位構造が存在するなら一元論に接近する
ここで、理論の整合性を保つために、一つ重要な条件を付け加えたい。
複数の局所的な構造が存在することだけでは、優先的一元論を否定したことにはならない。
なぜなら、シェファーも、宇宙全体の内部に多数の派生的な構造や個体が存在することを認めているからだ。
したがって、現在の理論が本当に優先的一元論と異なるためには、さらに次の点を明確にしなければならない。
それは、すべての局所的構造を統合する、唯一の基礎的な具体的存在者SΩが存在することを、理論の必須条件としないということである。
もし、
- すべての構造が一つのSΩに存在論的に依存する。
- SΩだけが究極的に基礎的である。
- すべての具体的存在者はSΩから派生する。
という条件を採用するなら、現在の理論は優先的一元論として解釈できる。
一方、複数の構造がそれぞれの成立条件を持ち、必ずしも単一の最終的な具体的全体に還元されないなら、優先的一元論とは異なる立場になる。
ここで、Δの位置づけにも注意が必要だ。
Δが全構造に共通する一つの前個体的差異場であるとしても、それだけでシェファーのいう一つの基礎的具体的存在者になるわけではない。
Δが個体化以前の存在論的条件なのか、具体的な一個体なのかによって、議論は異なる。
単一の存在論的条件を認めることと、単一の基礎的な具体的存在者を認めることは区別しなければならない。
これは今後の理論の最終定式化でも重要になる。
6.シェファーの議論は、現在の理論にどのような課題を与えるのか
ここまでの比較を踏まえると、優先的一元論から現在の理論に対して、少なくとも四つの重要な検証条件が導かれる。
6-1.構造的全体は、単なる集合ではなく、いかに一つの統一体なのか
シェファーの議論では、単なる集合と統合された全体が区別される。
例えば、砂粒の集合と、生物の身体では、全体と部分の関係が異なる。
砂粒の集合では、部分が先に存在し、それらが集まることで全体が成立すると考えやすい。
これに対して、生物の身体では、器官の機能や位置が身体全体の組織によって規定される。
現在の理論でも、構造Sが成立するためには、単なる構成項の集まりではなく、それらの間に統合的な秩序が成立していなければならない。
そのためには、次の条件が重要になる。
- 構造項同士に相互規定的な関係が成立している。
- それぞれの項の同一性が、その構造における位置や関係によって規定されている。
- 複数の項の関係が、一つの構造的秩序を形成している。
これらの条件が成立するとき、構造Sは単なる集合ではなく、一つの構造的全体として成立する。
この点は、シェファーの全体論と共通する。
ただし、その構造的全体が宇宙全体にまで拡張されなければならないという理由はない。
6-2.構造の内部的な異質性を説明できるのか
優先的一元論に対する異質性の問題は、現在の理論にとっても重要である。
構造全体が一つの統一を持つとしても、その内部には異なる項や規定が存在する。
現在の理論では、この差異を最初から構造項の完成した個体性として前提にするのではなく、Δにおける差異的契機から説明する。
つまり、
Δ → S → I(S, mᵢ → xᵢ)
という展開によって、構造内部の多様性と統一性を同時に説明する。
ここでは、統一性は差異の消去によって成立するのではない。
差異が構造的な秩序を形成することによって成立する。
したがって、現在の理論では、全体の統一性と内部の異質性を両立させることができる。
ただし、これはシェファーの優先的一元論に対しても利用できる議論であるため、現在の理論だけの独自性として主張することはできない。
6-3.世界全体の統合性を前提とせずに、局所的な統合性を説明できるのか
今回、最も重要な問題の一つがこれである。
シェファーは、宇宙全体が一つの統合されたシステムであることを、優先的一元論の根拠としている。
しかし、現在の理論では、複数の構造がそれぞれの成立条件を持つことを認めている。
その場合、構造間の関係を説明する必要がある。
例えば、
- S₁とS₂は、それぞれ独自の内部秩序を持つ。
- S₁とS₂は、ある規定次元では独立している。
- 別の規定次元では、上位構造によって関係づけられる。
という状況が考えられる。
この場合、世界全体が一つの統合されたシステムであることを前提にせずに、局所的な統合性を説明できる。
これは、シェファーの議論に対する重要な代替案になる。
ただし、複数の構造が存在するだけでは、その間の関係を説明したことにならない。
構造S₁とS₂がどのような関係によって接続され、どのような場合に別個の構造として成立するのかを明確にする必要がある。
6-4.構造の階層性は、基礎性の無限後退を意味するのか
もう一つ、Gunkの議論と関連する問題がある。
現在の理論では、構造がさらに上位の構造に位置づけられ、その上位構造も下位の構造項によって具体的に実現されるという階層を認める。
しかし、この階層は無限に続くのだろうか。
もし無限に続くなら、どこにも最終的な基礎が存在しないのではないか。
逆に、どこかで階層が終結するなら、そこに究極的な基礎性を置かなければならないのではないか。
ここで、Δの役割が重要になる。
Δは、個体化された最小の部分ではない。
個体化以前の差異的条件である。
したがって、個体化以前の差異から構造が形成されるという理論は、究極的な個体化の基礎を説明しながら、究極的な個体化以前の原子を置く必要がない。
ただし、Δ自体を無条件に最終的な基礎として措定するのではなく、なぜΔが個体化以前の条件として説明の終点になりうるのかを示す必要がある。
この点は、第25回のmeta-groundingの議論とも接続する。
7.今回の比較によって見えてきた独自性――階層的・局所的な構造全体論
ここまでの議論から、現在の理論をどのように位置づけるべきかが見えてきた。
私は、現段階では、これを仮に階層的・局所的な構造全体論と呼ぶのが適切だと考える。
もちろん、これは既存の確立された学説名としてではなく、現在の理論の特徴を表すための暫定的な呼称である。
その理由は三つある。
7-1.全体の優先性を認めながら、唯一の全体を要求しない
現在の理論では、構造Sがその構造項の個体化条件になる。
この意味で、全体は部分に対して構成的な優先性を持つ。
しかし、その優先性は宇宙全体において一度だけ成立するものではない。
複数の構造において、それぞれ局所的に成立する。
したがって、現在の理論は、全体の優先性を否定するのではなく、その成立領域を複数化する。
7-2.個体性は構造の内部で成立する
シェファーの優先的一元論では、部分は全体に依存する。
しかし、現在の理論は、単に部分が全体に依存するというだけではない。
構造が、前個体的な差異的契機を特定の構造項として個体化する。
つまり、全体の優先性は、個体化の成立と直接結びついている。
この点で、現在の理論は単なる全体論ではない。
構造的個体化の理論なのである。
7-3.全体と部分の関係を、異なる存在論的水準で再構成する
現在の理論では、構造と構造項が相互に構成し合う。
ただし、その関係は一つの同一水準における相互依存ではない。
CとIという異なる存在論的関係を通じて、構造と構造項の成立が説明される。
これによって、単純な部分優先論にも、単純な全体優先論にも還元されない存在論が構成される。
8.最終評価――優先的一元論を乗り越えられるのか
今回の比較を総合すると、次のように評価できる。
| 評価項目 | 優先的一元論 | 第一性の遡及的成立 |
|---|---|---|
| 全体の優先性 | 世界全体が部分に優先する | 各構造内部で局所的な優先性が成立する |
| 全体の数 | 唯一の基礎的全体 | 複数の構造的全体を認める |
| 個体化 | 全体への存在論的依存 | 構造による個体化 |
| 部分の同一性 | 全体に依存する派生的存在者 | 規定次元に相対的な構造的同一性 |
| 全体と部分の関係 | 基本的に全体から部分への基礎づけ | C/Iによる異なる水準の相互構成 |
| 異質性 | 基礎的な全体の内部的差異として説明 | 前個体的差異から構造的に成立 |
| 基礎性 | 一つの宇宙的全体に集約 | 単一の宇宙的全体を必須としない |
ここから、私の最終的な判断を述べる。
「第一性の遡及的成立」は、優先的一元論とは異なる、複数の階層的・局所的な構造における存在論的優先性を説明する理論として展開できる。
ただし、複数の構造が存在するというだけでは、優先的一元論を否定したことにはならない。
それらすべてを統合する唯一の基礎的な具体的存在者が存在する可能性は残る。
したがって、現在の理論の独自性を明確にするには、次の三つを区別しなければならない。
- 構造内部の局所的な第一性。
- 複数の構造の間に成立する階層的な存在論的依存。
- 宇宙全体を唯一の基礎的存在者とするグローバルな優先性。
現在の理論は、第一と第二を説明しようとしている。
しかし、第三を必須の原理として採用してはいない。
このことは、優先的一元論との重要な違いになる。
今回の比較によって確立したこと
今回の研究によって、次の点が明確になった。
第一に、全体の優先性と優先的一元論は同一ではない。
構造がその構造項に対して優先することを認めても、唯一の宇宙的全体を基礎的存在者として措定する必要はない。
第二に、現在の理論は単純な優先的多元論でもない。
複数の構造が存在することは、複数の基礎的な具体的存在者が同じ水準で並立することを意味しない。
階層的な構成関係や、重なり合う構造的関係を認めるからである。
第三に、構造的な全体性は、単なる部分の集合とは異なる。
構造の内部で成立する差異と関係の秩序が、構造項の個体性を成立させる。
第四に、C/Iによる相互構成は、全体優先性を一方向的な基礎づけに還元しない。
下位水準の具体的実現と上位水準の個体化という異なる関係によって、構造と構造項の成立が説明される。
第五に、Δはシェファーの宇宙全体と同一視してはならない。
Δは個体化以前の存在論的条件であり、唯一の基礎的具体的存在者を措定することとは異なる。
9.参考文献
今回の比較で特に重要な文献を整理しておく。
Jonathan Schaffer
- (2010) “Monism: The Priority of the Whole,” The Philosophical Review, 119(1), pp.31–76.
- (2010) “The Internal Relatedness of All Things,” Mind, 119(474), pp.341–376.
- (2013) “The Action of the Whole,” Proceedings of the Aristotelian Society, 113(3), pp.347–379.
優先的一元論への反論・関連研究
- Matteo Morganti (2009), “Ontological Priority, Fundamentality and Monism,” Dialectica, 63(3), pp.271–288.
- Jonathan Tallant and Sam Baron (2021), “It’s One Thing to Rule Them All and Another Thing to Bind Them,” Synthese, 198, pp.105–115.
- Jamie Taylor (2024), “Monism and Heterogeneity: A Plural Grounding Solution,” Inquiry, 67(6), pp.1552–1569.
基礎資料
- Stanford Encyclopedia of Philosophy, “Monism.”
- Stanford Encyclopedia of Philosophy, “Metaphysical Grounding.”
10.最終的な位置づけ
今回の比較によって、「第一性の遡及的成立」の存在論的な射程は、さらに明確になったと思う。
これまでの比較では、主として個体化の根拠、構造的同一性、非対称的な第一性を検討してきた。
今回のシェファーとの比較によって、それらが成立する全体性の範囲についても検討できた。
特に重要なのは、全体が部分に対して優先することを認めながら、存在論的な基礎性を一つの宇宙的全体に集中させる必要はないという点である。
シェファーは、世界全体を唯一の基礎的存在者として位置づける。
それに対して、現在の理論では、構造的全体性は複数の水準で成立し、それぞれの構造において個体性と第一性が確定する。
そして、その構造自体も、下位の構造項によって具体的に実現される。
ここでは、全体と部分の関係は、単純な一方向の依存関係ではない。
構造の成立、構造項の個体化、構造内部の第一性という異なる存在論的契機が、階層的に接続されている。
私は、今回の比較によって、現在の理論の特徴を次のように整理できると考える。
優先的一元論が「世界全体はいかにして唯一の基礎的存在者となるのか」を問うのに対して、第一性の遡及的成立は「複数の構造的全体が、それぞれの内部で個体性と第一性をいかに成立させるのか」を問う。
この違いは、単なる規模の違いではない。
存在論的な優先性を、唯一の宇宙的全体の問題から、複数の構造における同一性決定の問題へと転換しているのである。
今回の比較で、特に今後も維持すべきなのは、構造内部の局所的な第一性と、世界全体の唯一の基礎性を混同しないことである。
この区別によって、「第一性の遡及的成立」は、単純な一元論にも多元論にも還元されない、階層的・局所的な構造全体論としての方向性を明確にすることができる。



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