はじめに――14回の議論を、一つの存在論として統合する
これまで私は、「第一性の遡及的成立」という哲学理論を構築するために、14回にわたって議論を重ねてきた。
当初の問題意識は、あるものが特定の構造において第一のものとして成立するためには、そのものが構造に先立って独立に第一性を持っている必要があるのか、それとも第一性そのものが構造との関係を通じて成立するのか、という問いだった。
この問題を出発点として、スピノザの全体と部分の関係、ヘーゲルの論理学における規定と反省、ドゥルーズの構造論などを検討してきた。
しかし、第一性が関係や構造によって成立すると主張するためには、さらに根本的な問題を解決する必要があった。
それは、そもそも個体が一定の個体として成立するためには何が必要なのか、という問題である。
第10回では、これを構造的個体化存在論として定式化した。第11回では、個体性を無根拠な事実として措定することへの批判を通じて、個体化根拠充足原理を正当化した。第12回では、限定性、差異、統一性、同一性の相互関係から、構造的個体化の不可欠性を論証した。そして第13回では、構造と構造項が相互に構成されることと、説明上の循環に陥ることとは同じではないと示した。
さらに第14回では、スピノザの複合個体を具体的な事例として、構成要素が交代しても一定の関係的秩序が維持されるならば、複合個体は同一の個体として存続しうることを確認した。
これらの議論によって、理論の基本的な輪郭は明らかになった。
しかし、ここで最後に一つの問題が残る。
なぜ存在論的な基礎を、独立した個体の集合ではなく、差異化された契機を含む構造的全体として理解しなければならないのか。
また、仮に構造的全体を存在論的な基礎として認めるとしても、それは単に個体性の説明不能性を別の場所に移しただけではないのか。
個体性を無根拠な事実として認めることを拒否しながら、構造的全体そのものは無根拠な事実として認めてよいのだろうか。
この問題を解決しない限り、構造的個体化存在論は、その最も重要な基礎を十分に正当化できていない。
本稿では、この問題に決着をつける。
そのために、まず存在論的な基礎として何が説明されなければならないのかを明確にし、次に独立した個体を基礎とする立場の限界を示す。そのうえで、構造的全体が原始的個体性とは異なる意味で存在論的な基礎となりうることを論証する。
最後に、この存在論を「第一性の遡及的成立」の中心命題へ接続し、構造の成立、個体性の成立、第一性の成立という三つの水準を一つの理論体系として確定させたい。
1.そもそも何を基礎づけなければならないのか
最初に、今回の論証が何を説明しようとしているのかを限定しておきたい。
本稿が問題にするのは、存在一般がなぜ存在するのかという究極的な問いではない。
また、世界全体の存在を、さらに別の存在者によって説明しようとするものでもない。
ここで問題にするのは、あるものが一定の限定性を持ち、一つの個体として成立するためには、何が必要なのかという問いである。
ある存在者をXとする。
Xが一つの個体であるということは、単にXが存在しているということではない。
少なくとも、次の三つが成立していなければならない。
第一に、Xが他のあり方から区別され、一定の存在者として限定されていること。
第二に、Xを構成する諸規定が、単なる複数性ではなく、一つのものとして統一されていること。
第三に、一定の変化を経てもXが同一の個体として存続するための条件が成立していること。
ここで注意しなければならないのは、この三つが別々の事実として存在するだけでは、個体性は説明できないということである。
例えば、ある存在者に複数の性質が備わっているとしても、その性質がなぜ一つの存在者に属するのかは、それだけでは分からない。
また、その存在者が一定の性質を持っているとしても、どのような変化を経験したときに同一の存在者として存続するのかは、別の問題である。
したがって、個体性を説明するためには、限定、差異、統一、同一性を互いに結びつける成立条件が必要になる。
ここで私たちが求めているのは、すでに成立した個体を外部から分類する基準ではない。
そもそも何があるものを一つの個体として成立させているのかという、存在論的な構成条件である。
この区別が、以下の論証全体の出発点となる。
2.独立した個体の集合を存在論的基礎にすることはできるか
まず、通常想定される存在論的な基礎を考えてみよう。
そこでは、複数の個体A、B、Cがそれぞれ独立したものとして存在し、その後に、それらのあいだに関係が成立すると考える。
順序としては、次のようになる。
- 個体Aが存在する。
- 個体Bが存在する。
- AとBのあいだに関係Rが成立する。
- それらの関係によって、一定の構造が形成される。
この考え方では、個体の存在が関係に先行している。
関係は、すでに成立した個体同士を結びつけるものとして理解される。
しかし、この立場では、今回の理論が解決しようとしている問題が最初から前提にされている。
なぜなら、AとBをそれぞれ独立した個体として措定するためには、すでにAとBの個体性が成立していなければならないからである。
ここで、次の問いが生じる。
AはなぜAであり、BはなぜBなのか。
両者が異なる性質を持つからだと答えるならば、その性質がなぜそれぞれの個体に帰属するのかを説明しなければならない。
両者が異なる関係を持つからだと答えるならば、その関係が成立するために何が必要なのかを説明しなければならない。
さらに、両者がそれ以上説明できない数的な差異によって区別されると答えるならば、その数的な差異そのものが原始的な個体性として措定されることになる。
つまり、この立場では、個体性を説明するために必要なものが、説明の出発点ですでに仮定されている。
もちろん、原始的個体性を認めること自体が形式論理的に矛盾しているわけではない。
第11回で検討したように、あるものが他のものから区別される理由を、それ以上還元できない数的な差異に求める立場は成立しうる。
しかし、それは個体性の成立条件を説明したことにはならない。
個体性を基本的な事実として認めることによって、説明を停止させているのである。
ここで問題にしているのは、説明をどこかで停止させること自体ではない。
問題は、説明しようとしている対象の成立条件を、その説明の出発点で無条件に措定してしまうことにある。
これでは、個体性を説明するという当初の課題を達成できない。
したがって、個体性を存在論的に説明する理論においては、独立した個体の集合を最終的な基礎として採用することはできない。
この結論は、個体が存在しないという意味ではない。
個体が存在することと、個体性が存在論的な説明の最終的な出発点になりうることとは、別の問題なのである。
3.関係は、すでに成立した個体を前提としなければならないのか
ここで、もう一つの反論が考えられる。
それは、関係を基礎にする立場にも同じ問題があるのではないか、という反論である。
関係Rが成立するためには、関係する二つの項AとBが必要になる。
もしAとBがすでに個体として成立していなければ、何と何のあいだに関係が成立しているのか分からない。
つまり、関係によって個体性を説明しようとしても、関係そのものが個体性を前提しているのではないか。
この反論は正当である。
もし構造を、すでに個体化された複数の対象のあいだに成立する外的関係として理解するならば、構造的個体化の理論は成立しない。
しかし、ここで区別しなければならないことがある。
関係を成立させるために必要な差異と、関係項を独立した個体として成立させるために必要な差異は同じではない。
例えば、ある構造の内部に二つの異なる位置があるとする。
この二つの位置が異なることは、それらがすでに独立した個体として存在していることを意味しない。
位置の差異は、構造の内部に成立する分節として理解できるからである。
ここで必要なのは、位置を占める個体が先に存在していることではない。
異なる位置や役割が成立しているという、構造内部の差異である。
そして、その位置に何らかの項が対応するとき、その項の構造内における同一性や役割が規定される。
したがって、次の二つを区別する必要がある。
- 構造を成立させる差異化された契機。
- その構造によって個体として成立する構造項。
前者は、すでに完成した個体の集合を意味しない。
後者は、構造内部の位置や役割によって個体化されるものを意味する。
この区別によって、関係が成立するためにはすでに個体が存在しなければならないという反論を回避できる。
ここでは、構造に先立つものとして認められるのは、独立した個体の複数性ではない。
構造内部における差異化された位置の複数性である。
この複数性こそが、構造的個体化存在論における存在論的な出発点となる。
4.構造的全体は、単なる個体の集合ではない
ここまでの議論から、存在論的な基礎を独立した個体の集合に求めることには問題があると分かった。
では、代わりに何を基礎にすればよいのだろうか。
私が提案するのは、差異化された契機と、それらを規定する関係的秩序からなる構造的全体である。
ただし、ここでいう全体を、複数の個体をまとめた巨大な一個体として理解してはならない。
構造的全体とは、あらかじめ成立した個体を集めた集合ではない。
それは、異なる位置や役割を持つ諸契機が、一定の関係と制約のもとに成立している存在論的な秩序である。
第13回では、この構造を次のように形式化した。
S = 〈M, R, K, U〉
それぞれの意味は次のとおりである。
- M:構造内部において差異化された契機や位置。
- R:それらの契機を結びつける関係。
- K:関係や変化の可能性を規定する制約。
- U:それらを一つの構造的な秩序として統合する条件。
ここで、この四つを独立した部品として理解してはならない。
特にUは、構造の外部から全体に統一性を与える別の存在者ではない。
それは、M、R、Kが一つの関係的な領域を形成していることを示す統合条件である。
この点をさらに厳密にしておきたい。
ある複数の契機が一つの構造に属しているというためには、それらが同じ関係的・制約的な秩序の内部に位置していなければならない。
その所属は、直接的な関係に限られない。ある契機と別の契機とのあいだに媒介的な関係が存在する場合も含む。
重要なのは、各契機が共通の関係的領域に組み込まれ、その位置や規定が同じ制約体系のなかで相互に限定されていることである。
反対に、二つの領域のあいだに構成的な関係が存在せず、一方の変化が他方の構造的規定に何も影響を与えないならば、それらを一つの構造として扱う根拠はない。
その場合には、二つの異なる構造的領域として区別すればよい。
したがって、Uは、すでに成立した一個体の統一性を前提としているのではない。
関係と制約が一つの領域を形成しているという、構造的な統合の条件である。
ここで重要なのは、構造的全体の統一性と、個体の統一性を同じものとして扱わないことだ。
構造的全体が一つの関係的領域を形成していることは、その全体が一つの個体として成立していることを意味しない。
構造的全体の統一性は、関係的な統合の問題である。
個体の統一性は、一定の規定が一つの存在者に属し、その同一性を維持していることの問題である。
両者は異なる。
したがって、構造的全体を認めることは、個体性を説明するために、個体とは別の巨大な個体を新たに措定することではない。
むしろ、個体性が成立する以前の、差異化された契機とその関係的秩序を存在論的な基礎として認めることなのである。
5.構造的全体の存在論的な基礎性は、なぜ無根拠な個体性と同じではないのか
ここで、最も重要な反論に答えよう。
個体性を無根拠な事実として認めることを拒否しながら、構造的全体そのものは、さらに説明される必要のないものとして認めてよいのだろうか。
一見すると、これは説明の停止位置を変更しただけに見える。
個体性を原始的な事実として認める代わりに、構造的全体を原始的な事実として認めているのではないか。
この反論に答えるためには、原始的個体性と原初的な構造的秩序との存在論的な違いを明確にしなければならない。
5.1 原始的個体性は、説明対象そのものを前提している
原始的個体性を認める立場では、あるものが他のものとは異なる一つの個体として存在することが、基本的な事実として措定される。
しかし、ここで問題になっているのは、まさにその個体性がどのように成立するのかということである。
個体性を説明するためには、限定性、統一性、同一性の成立条件を明らかにする必要がある。
ところが、原始的個体性の立場は、それらの成立条件を説明の対象から外してしまう。
つまり、個体性の成立を説明するという課題に対して、その課題の対象を最終的な前提として置いている。
この意味で、原始的個体性は説明されるべきものを説明の出発点に持ち込んでいる。
5.2 構造的全体は、個体性そのものを前提としていない
これに対して、構造的全体を存在論的な基礎として認める場合には、そもそも個体性を最初から前提する必要がない。
構造的全体に含まれるのは、差異化された位置、関係、制約、およびそれらが形成する統合的な秩序である。
ここでは、差異化された契機が、すでに独立した個体として存在しているとは想定されていない。
また、構造的全体そのものも、個体と並ぶ一つの巨大な存在者として扱われない。
そのため、構造的全体に対して、個体性を説明するためと同じ意味での個体化根拠を要求する必要はない。
構造的全体は、個体性を持つ別の対象ではなく、個体性が成立するための存在論的な条件だからである。
ここには、決定的な違いがある。
原始的個体性は、個体としての同一性を前提にする。
原初的な構造的秩序は、個体としての同一性を前提にせず、差異化された契機の関係的な秩序を基礎として認める。
したがって、両者を単に「説明されないもの」という観点だけで同一視することはできない。
問題は、何が説明されずに残っているか、その存在論的な資格が何であるかということなのである。
5.3 構造的全体の統一性は、別の統一原理を必要としない
ここで、Uの問題に戻ろう。
構造的全体が一つの秩序として成立しているということは、すでに何らかの統一性を仮定しているのではないか。
しかし、先ほど確認したように、Uは個体の統一性ではない。
Uが示しているのは、差異化された契機が共通の関係的・制約的な領域を形成しているということにすぎない。
この統合を成立させるために、構造の外部にさらに別の統一原理を置く必要はない。
なぜなら、その統合は、諸契機のあいだに成立する関係と制約によって実現しているからである。
仮に、その統合を成立させるために、構造とは別の統一者を措定したとしよう。
すると、その統一者がなぜ一つの統一された存在者なのかという問題が生じる。
その統一者にもさらに別の統一者が必要だとすれば、説明は無限に後退する。
しかし、構造的全体を個体とは別の存在論的な秩序として捉えるならば、そのような追加の存在者を必要としない。
Uは、構造の外部にあるものではなく、M、R、Kが一つの統合された関係的領域を形成していることを表す形式的条件だからである。
したがって、構造的全体の統一性は、別の統一者によって説明される必要がない。
ここで必要なのは、統一された個体をさらに別の個体によって説明することではなく、何が一つの構造的領域を形成しているのかを明確にすることである。
5.4 構造的全体を基礎にすることは、説明不能性の移動ではない
ここまでの議論を踏まえると、原始的個体性と原初的な構造的秩序との違いは、次のように整理できる。
| 原始的個体性 | 原初的な構造的秩序 |
|---|---|
| 個体としての同一性を基本事実とする | 差異化された位置と関係を基本とする |
| 個体性の成立条件を説明の対象から外す | 個体性を構造内部の秩序によって説明する |
| 複数の個体の独立性を最初から仮定する | 独立した個体を最初から仮定しない |
| 個体の同一性を最終的な前提とする | 個体の同一性を構成的な結果として扱う |
構造的全体を認めることによって、説明されるべき個体性を別の場所へ移したわけではない。
説明の基礎を、個体としての同一性から、個体性に先立つ構造的な差異と関係へ移したのである。
そして、この転換には明確な理論的理由がある。
個体性を説明するためには、個体性をすでに備えたものを最終的な基礎として置くことはできない。
一方、構造的な差異は、個体としての同一性を前提としない。
したがって、構造的全体は、個体性を説明するための存在論的な基礎として、原始的個体性よりも適切な位置を占める。
6.原初的な構造的差異は、何を原初的なものとして認めるのか
ここまでの議論から、構造的個体化存在論の出発点は、独立した個体の集合ではなく、差異化された契機を含む構造的全体であることが示された。
しかし、ここでさらに一つの区別を明確にしておきたい。
構造的個体化存在論は、あらゆる差異をさらに別のものから説明しなければならないとは主張しない。
もしそうであれば、差異を成立させる別の差異が必要となり、説明は無限後退に陥る。
本理論が存在論的な基礎として認めるのは、個体に先立つ構造的な分節そのものである。
ここでいう分節とは、すでに成立した個体を二つに分けることではない。
ある構造的領域の内部に、異なる位置や役割が成立していることを意味する。
例えば、構造内に二つの対称的な位置が存在するとしよう。
その二つの位置は、互いに完全に交換可能であり、質的には区別できないかもしれない。
それでも、その構造に二つの位置が存在するという複数性は認められる。
ここでは、一方をA、他方をBとして独立した個体の同一性を最初から措定する必要はない。
構造的全体が二つの位置を持つように分節されていることが、複数性の根拠となる。
したがって、構造的個体化存在論は、存在論的な多様性を消去する理論ではない。
むしろ、多様性を認めながら、その多様性がどのような条件のもとで個体性を形成するのかを説明する理論なのである。
ここで、原初的なものとして認められるのは、独立した個体の「このものであること」ではない。
個体化以前の構造的な分節と、その分節を形成する関係的秩序である。
この区別によって、個体性を原始的な事実として措定することなく、存在論的な複数性を認めることができる。
なお、この立場は、なぜ差異そのものが存在するのか、あるいはなぜ何もないのではなく何かが存在するのかという問いに答えようとするものではない。
それは、存在一般の究極的な理由を説明する理論ではなく、個体性の成立条件を説明する理論だからである。
この限定は理論の弱点ではない。
むしろ、何を説明する理論なのかを明確にするために必要な限定である。
あらゆる存在論的事実に説明を要求する一般的な充足理由律と、個体性の成立条件を説明する個体化根拠充足原理とは、区別されなければならない。
本理論が要求するのは、後者である。
したがって、構造的全体を存在論的な基礎として認めることは、説明の停止位置を恣意的に変更することではない。
個体性を説明するという問題に対して、その説明対象を前提に含まない、異なる種類の存在論的基礎を採用することなのである。
7.構造的個体化存在論の中心定理
以上の議論を、ここで一つの定理として定式化しよう。
基本原理
原理Ⅰ:限定性の原理
ある存在者が一定の存在者として成立するためには、何らかの規定を持たなければならない。規定を持つことは、他のあり方との差異を含む。
原理Ⅱ:個体性の原理
ある存在者が一つの個体として成立するためには、その諸規定が単に複数存在するだけではなく、一つのものとして統一されていなければならない。
原理Ⅲ:同一性の原理
ある存在者が同一の個体として存続するためには、どのような変化がその個体の同一性と両立するのかを規定する条件が必要である。
原理Ⅳ:個体化根拠充足原理
個体性を存在論的に説明する理論は、個体性を原始的な事実として無条件に措定するのではなく、その個体性を成立させる構成的な根拠を明らかにしなければならない。
原理Ⅴ:構造的内在性の原理
個体性を成立させる根拠は、すでに個体化された別の存在者から外的に与えられる必要はない。差異化された契機とそれらの関係が形成する内在的な秩序によって成立しうる。
定理:構造的個体化の存在論的基礎
ある存在者が限定性を持つ一つの個体として成立するためには、その限定性、差異、統一性、同一性を相互に規定する構造的秩序が必要である。
さらに、その構造的秩序は、すでに個体化された存在者の集合を前提とする必要はない。
したがって、個体性を説明するための存在論的な基礎は、独立した個体の集合ではなく、差異化された契機とその関係からなる構造的全体でなければならない。
証明
ある存在者Xが一定の個体として成立していると仮定する。
原理Ⅰによれば、Xは一定の規定を持ち、それによって他のあり方から限定されている。
しかし、限定された規定が存在することだけでは、Xが一つの個体として成立していることは説明されない。
原理Ⅱによれば、Xを構成する諸規定は一つのものとして統一されていなければならない。
さらに、原理Ⅲによれば、Xが同一の個体として存続するためには、その統一性を維持する条件が必要である。
したがって、Xの個体性を説明するためには、限定された諸規定がどのような関係と制約のもとで一つのものとして成立し、その同一性を維持するのかを明らかにしなければならない。
これらの条件は、互いに無関係な事実として並んでいるだけでは個体性を説明できない。
それらは、一つの統合された規定の秩序を形成していなければならない。
この秩序が構造である。
次に、この構造がすでに個体化された複数の存在者を前提としているかを考える。
もし構造の構成項が、すでに独立した個体として成立していなければならないならば、個体性は構造に先立って措定されることになる。
しかし、原理Ⅴによれば、個体性を成立させる根拠は、すでに個体化された存在者を外的に必要とするものではない。
構造を構成するのは、独立した個体ではなく、構造内部において差異化された契機や位置である。
これらの契機は、その構造における位置や役割を通じて、個体としての同一性を規定される。
したがって、構造の成立と項の個体化は、異なる存在論的関係として理解される。
構造は差異化された契機とその関係によって構成される。
一方、構造項は、その構造の内部で占める位置と役割によって個体として成立する。
この二つの関係は、同一の基礎づけ関係が相互に成立することを意味しない。
また、構造的全体を個体と並ぶ別の存在者として措定する必要もない。
構造的全体は、差異化された契機が統合された関係的秩序を形成していることそのものである。
したがって、個体性を説明するために、独立した個体の集合を存在論的な基礎とする必要はない。
むしろ、そのような個体の集合を基礎とすれば、説明すべき個体性を最初から前提することになる。
以上より、個体性を説明するための存在論的な基礎は、独立した個体の集合ではなく、差異化された契機とその関係からなる構造的全体でなければならない。
証明終。
8.構造・個体性・第一性の三水準を確定する
ここまでの論証によって、構造的個体化存在論の存在論的基礎は明確になった。
しかし、これだけでは「第一性の遡及的成立」という理論全体が完成したわけではない。
なぜなら、構造的個体化が成立することと、その構造の内部で第一性が成立することは、同じ問題ではないからである。
ここで、これまでの議論を三つの水準に分けて整理しよう。
第一水準:構造の成立
最初の水準は、構造そのものの成立である。
構造は、独立した個体の集合から後に作られるものではない。
差異化された契機、関係、制約、統合条件が、一つの構造的な秩序を形成することによって成立する。
この水準では、構造的な複数性が存在論的な基礎となる。
ここで成立するのは、個体ではなく、個体化を可能にする関係的な領域である。
第二水準:個体性の成立
次の水準は、構造内部における個体性の成立である。
構造内部の位置や役割を占める契機が、一定の限定性、統一性、同一性を備えた個体として成立する。
この水準では、構造が項の個体化根拠となる。
ここで初めて、あるものが一定の個体として何であるのかが規定される。
ただし、構造が個体を成立させるということは、構造が個体を無から生成することではない。
構造によって規定されるのは、ある契機がその構造において占める位置、役割、同一性である。
したがって、構造的個体化は、構成要素の存在と、その構成要素が特定の個体として成立することとを区別する。
第三水準:第一性の成立
最後の水準が、第一性の成立である。
構造の内部では、個体化された項のあいだに、さまざまな関係や依存関係が成立する。
そのうち、特定の規定次元において非対称的な優先関係が成立する場合、ある項は他の項に対して第一のものとして位置づけられる。
例えば、構造Sの内部で、AがBに対して、同一性決定上の優先性を持つとする。
これを次のように表す。
A ≺ₛ B
これは、構造SにおいてAがBに対して優先的な位置を持つことを意味する。
このとき、Aの第一性は、Aが単独で所有する属性ではない。
AとBがどのような関係に置かれ、何が両者の同一性や依存関係を規定しているのかによって成立する。
ただし、すべての構造に必ず第一性が存在するわけではない。
構造が成立し、各項が個体化されていても、その内部に非対称的な優先関係が存在するとは限らない。
第一性の成立には、構造の内部に、特定の規定次元における非対称的な優先秩序が存在することが必要である。
したがって、構造の成立は第一性の必要条件ではあるが、それだけで第一性を十分に導くわけではない。
ここに三つの水準の論理的な依存関係がある。
| 水準 | 成立するもの | 成立条件 |
|---|---|---|
| 第一水準 | 構造 | 差異化された契機と関係的秩序 |
| 第二水準 | 個体性 | 構造内部の位置・役割による個体化 |
| 第三水準 | 第一性 | 構造内部における非対称的な優先関係 |
この三水準は、相互に無関係なものではない。
第一性は個体性を前提とし、個体性は構造的秩序を前提とする。
しかし、それぞれは異なる成立条件を持っている。
この違いを明確にすることによって、第一性の問題を、個体化の問題や構造の成立の問題に還元することなく、独自の存在論的な水準として確立できる。
9.何が遡及的に成立するのか
ここで、最初の問いに戻ろう。
「第一性の遡及的成立」は、いったい何を遡及的に成立させるのだろうか。
これまでの議論では、遡及的成立という概念が、時間的な逆行や、後から得られた認識による過去の解釈の変更を意味しないことを確認してきた。
しかし、今回の三水準の区別によって、遡及的成立の対象をさらに正確に定義できる。
それは、次の三つの区別に関わっている。
第一に、構造そのものの成立である。
差異化された契機と関係が、一つの構造的秩序を形成する。
第二に、その構造における項の個体性である。
ある契機が、その構造内部で特定の位置や役割を占めることによって、一定の個体として規定される。
第三に、その構造内部における第一性である。
個体化された項のあいだに非対称的な優先関係が成立することによって、ある項が第一のものとして位置づけられる。
ここで、遡及的に成立するものは、構成要素の素材的な存在そのものではない。
また、構造が成立する以前の時間的な過去が変更されるわけでもない。
遡及的に規定されるのは、ある契機が特定の構造において何であるのかという、その個体としての位置と役割、そして構造内部で占める第一性である。
例えば、ある項Aが存在しているとする。
Aが特定の構造Sに組み込まれる以前に、Aの存在そのものが時間的に消滅していたわけではない。
しかし、AがSにおいて何を意味し、どのような役割を持ち、他の項に対してどのような優先的位置を占めるのかは、Sの成立条件を明らかにしなければ確定しない。
つまり、Aの存在そのものと、AがSにおける第一の項として成立していることとは異なる。
前者はAの存在に関わる。
後者はAの構造的な規定に関わる。
この違いによって、第一性の遡及的成立は、単に「後になって第一性が認識される」という認識論的な説明から区別される。
第一性は、認識する主体が後から見いだす属性なのではない。
その第一性を成立させる構造的秩序そのものが、ある項の位置や役割を規定しているのである。
したがって、構造的秩序が成立することによって、その項の第一性もまた、構造との関係において成立する。
ここで「遡及的」と呼ばれるのは、第一性の成立根拠が、そのものの独立した属性に先立って与えられているのではなく、構造的な成立関係を通じて確定するからである。
これは時間的な前後関係ではなく、構成的な順序の転倒である。
10.「第一性の遡及的成立」の中心命題を再定式化する
以上の論証を踏まえて、ここで理論全体の中心命題を改めて定式化したい。
これまでの議論では、第一性の関係的成立、構造的個体化、構造内部の非対称的優先性が、それぞれ異なる論点として扱われてきた。
しかし、本稿によって、それらの論理的な依存関係が明らかになった。
まず、構造的個体化存在論が示すのは、個体性が独立した個体の原始的な同一性によって成立するのではなく、差異化された契機とその関係的秩序によって成立するということである。
次に、その構造の内部で、個体化された項のあいだに特定の非対称的な優先関係が成立する場合、ある項はその構造において第一のものとして規定される。
したがって、第一性は、その項にあらかじめ備わった独立の属性ではない。
それは、構造的個体化によって成立した項が、さらに構造内部の優先秩序に位置づけられることによって成立する。
ここから、理論の中心命題を次のように定式化できる。
第一性の遡及的成立の中心命題
あるものが特定の構造において第一のものとして成立するためには、そのものが構造に先立って独立した個体性や第一性を所有している必要はない。
存在論的な基礎は、独立した個体の集合ではなく、差異化された契機とその関係的秩序からなる構造的全体である。構造項は、その構造内部の位置と役割によって個体として成立し、さらに、その構造内部に成立する非対称的な優先関係によって第一のものとして規定される。
したがって、第一性は、個体にあらかじめ内在する属性ではなく、構造と構造項の相互構成によって成立する関係的・非対称的な規定である。その意味と根拠は、構造全体の成立条件を通じて遡及的に確定する。
これが、現時点における「第一性の遡及的成立」の最も正確な中心命題である。
結論――個体が先にあるのではなく、個体性が構造のなかで成立する
今回の議論によって、これまで残されていた構造的個体化存在論の根本問題に、一つの決着をつけることができた。
第一に、独立した個体の集合を存在論的な基礎とする立場は、個体性を説明するために必要な同一性を、最初から前提としている。
第二に、関係による個体化を単に外的な関係として理解すると、関係する項がすでに個体として成立していなければならないという循環が生じる。
第三に、この循環は、構造を独立した個体の集合ではなく、差異化された位置と関係からなる構造的全体として捉えることによって回避できる。
第四に、構造的全体の統一性は、個体の統一性と同じではない。構造は、別の個体化された存在者ではなく、差異化された契機が一つの関係的・制約的な秩序を形成していることそのものである。
第五に、個体性を無根拠な事実として措定することと、構造的な差異を存在論的な基礎として認めることは、同じ種類の存在論的な措定ではない。前者は説明対象そのものを前提するが、後者は個体性を前提せずに、その成立条件を与える。
これによって、構造的個体化存在論は、単に個体性の説明不能性を別の場所に移したものではないことが示された。
今回の論証が確立したのは、存在論的な基礎を独立した個体の集合に求めるのではなく、差異化された構造的全体に求めなければならないという、個体化の問題に関する存在論的な必然性である。
もちろん、なぜ何かが存在するのか、なぜ差異そのものが存在するのかという問いまで、今回の理論が解決したわけではない。
しかし、それらは個体性の成立条件を説明するという本理論の課題とは異なる。
ここで、説明の対象とその基礎は明確に区別された。
そして、構造的個体化存在論と「第一性の遡及的成立」の関係も確定した。
構造的個体化存在論は、第一性の遡及的成立を可能にする存在論的な基礎理論である。
それは、個体が独立して成立した後に構造へと組み込まれるという通常の理解を転倒させる。
個体性は構造的秩序の内部で成立し、第一性もまた、その構造内部に成立する非対称的な優先関係を通じて規定される。
つまり、存在論的な順序は次のようになる。
構造の成立 → 個体性の成立 → 第一性の成立
ここで、時間的に構造が個体に先行するという意味ではない。
構造が個体性の成立条件であり、個体性が第一性の成立条件であるという、構成的な順序を示している。
第一性は、最初から第一のものとして存在しているのではない。
何が第一であるのかは、そのものが成立する構造的な秩序のなかで初めて確定する。
この意味で、第一性は遡及的に成立する。
第一のものが先に存在するのではない。第一のものを第一のものとして成立させる構造があり、その構造の内部で初めて第一性が成立するのである。
これが、ここまでの14回の研究を統合した、「第一性の遡及的成立」の存在論的な基礎である。



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