原初的差異の存在論的基礎⑲――前個体的差異場はいかにして個体性を可能にするのか

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はじめに

「第一性の遡及的成立」の第18回では、個体化根拠充足原理を検討し、個体性の成立を存在論的に説明しようとする理論は、その個体性を構成する実在的な根拠を提示しなければならないという原理を確立した。

その際、スコトゥスのこのもの性(haecceitas)を検討し、個体化の根拠自身がさらに別の根拠を必要とするわけではないことも明らかにした。

しかし、ここで新たな問題が浮上する。

個体性の成立には個体化根拠が必要であり、その根拠を構造的な秩序に求めるのであれば、今度はその構造的秩序そのものを何が成立させているのかを説明しなければならない。

現在の理論では、個体化以前の構造的な分節を存在論的な基礎として認めている。つまり、独立した個体の集合から構造が成立するのではなく、個体化以前に存在する差異化された契機が相互に規定し合うことによって構造的秩序が成立し、その秩序の内部で個体性が成立すると考えている。

しかし、この考え方には一つの難問がある。

構造的秩序を構成する差異化された契機は、なぜ複数存在するのか。

また、個体性を原始的な事実として認めることを避けながら、個体化以前の差異を原初的な事実として認めることは、単に説明の最終地点を別の場所に移しただけではないのか。

本稿では、この問題を検討する。

まず、数的に異なる個体の多様性と、個体化以前の差異的な多様性を区別する。次に、ヘーゲルの存在論、シモンドンの前個体的存在、ドゥルーズの微分的関係を検討し、個体化以前の差異が個体性を前提とせずに成立しうることを論証する。

さらに、関係と関係項の循環という問題を検討し、原初的差異が単なる無根拠な個体の集合ではないことを明らかにする。

最終的には、構造的個体化存在論の基礎を「前個体的差異場」として定式化し、そこから構造的秩序、個体性、第一性が成立する存在論的な展開を確定する。


  1. 1. これまでの理論に潜んでいた問題
    1. 1-1. 数的多様性と前個体的な異質性を区別する
  2. 2. ヘーゲル――規定性は差異を外部から必要とするのか
    1. 2-1. 純粋有は、差異を持たないものとしては何も規定できない
    2. 2-2. 定在は、否定を含むことによって規定される
  3. 3. シモンドン――個体化以前の存在は、どのように異質性を持つのか
    1. 3-1. 前個体的存在は、未分化な一ではない
    2. 3-2. 準安定性が示す、差異の存在論的身分
    3. 3-3. 個体化以前の差異は、個体化によって消滅するのではない
  4. 4. ドゥルーズ――差異的要素は、個体に先立つことができるのか
    1. 4-1. 差異的要素は独立して存在しない
    2. 4-2. 差異は、すでに成立した項のあいだに存在するのではない
    3. 4-3. 差異的関係と個体化の関係
  5. 5. 「関係には関係項が必要ではないか」という反論への回答
    1. 5-1. 関係項と個体を同一視してはいけない
    2. 5-2. 今回の理論が採用するのは、個体以前の関係項である
  6. 6. 原初的な構造的差異は、単なる説明の最終地点の移動なのか
    1. 6-1. 説明の最終地点を移すこと自体は問題ではない
    2. 6-2. 原初的差異は、無根拠な個体の集合ではない
    3. 6-3. 原初的差異そのものは何によって根拠づけられるのか
  7. 7. なぜ完全な無差異性ではなく、原初的な差異が基礎となるのか
    1. 7-1. 完全な無差異性から差異を導くことはできるのか
    2. 7-2. それは、最初から複数の個体が存在するという意味ではない
  8. 8. 今回の議論を形式的に確定する
  9. 9. 原初的差異根拠原理の定式化
    1. 原初的差異根拠原理
  10. 10. 最終論証――なぜ個体化以前の差異は個体性を前提しないのか
  11. 11. 想定される反論と回答
    1. 反論1:原初的差異も、結局は無根拠な事実なのではないか
    2. 反論2:差異が存在するなら、すでに複数のものが存在しているのではないか
    3. 反論3:関係が関係項を個体化するなら、相互依存の循環に陥るのではないか
    4. 反論4:なぜ何もないのではなく、そもそも原初的差異が存在するのか
  12. 12. 結論――原初的差異の存在論的基礎
    1. 12-1. 今回確定した二つの原理
    2. 12-2. 理論全体の基本構造の改訂
  13. おわりに

1. これまでの理論に潜んでいた問題

これまでの構造的個体化存在論は、おおむね次のような順序を想定していた。

差異化された契機 → 構造的秩序 → 個体性 → 第一性

この順序そのものは維持できる。

しかし、「差異化された契機が複数存在する」という表現には、一つの問題が潜んでいる。

それは、個体化以前の契機を複数のものとして数えることによって、それらがすでに相互に区別可能な何らかの存在者として成立しているように見えてしまうことだ。

例えば、m₁、m₂、m₃という三つの契機を最初に措定したとする。

すると、次の問題が生じる。

  • なぜm₁とm₂は異なるのか。
  • なぜm₂とm₃は異なるのか。
  • m₁、m₂、m₃がそれぞれ異なるものとして成立する根拠は何か。

これらに答えるために、さらに別の個体化原理を導入するなら、個体化以前の契機を説明するために、再び個体化を前提することになる。

これは、明らかな循環を生じさせる。

しかし、ここで問題なのは差異そのものではない。

問題なのは、差異化された契機を、すでに個体化された複数の存在者として理解してしまうことである。

この点を修正する必要がある。

1-1. 数的多様性と前個体的な異質性を区別する

まず、二つの多様性を区別しよう。

数的多様性

AとBが、それぞれ数的に異なる個体として存在している状態。

A ≠ B

ここでは、AとBはすでにそれぞれ自己同一的な存在者として成立している。

前個体的な異質性

ある存在論的な領域が、最初から均質で無差異なのではなく、異なる方向性、強度、緊張、可能性を含んでいる状態。

ここでは、まだAやBのような個体は成立していない。

存在するのは、個体化に先立つ差異的な規定可能性である。

この違いを明確にするため、次の記号を導入する。

Δ = 個体化以前の原初的な差異可能性

mᵢ = Δにおいて差異化された契機

S = mᵢの相互規定によって成立する構造的秩序

xᵢ = Sにおいて個体化された構造項

このとき、

mᵢ ≠ xᵢ

である。

すなわち、差異化された契機は、そのまま完成した個体ではない。

また、ここでいうmᵢの複数性は、すでに自己同一的なものが複数存在しているという意味ではない。

それらは、相互の差異的な規定を通じて初めて何らかの位置や役割を獲得する契機である。

したがって、個体化以前の多様性は、数的に独立した個体の集合ではなく、個体化を可能にする異質性の場として理解されなければならない。

これによって、第一の問題に対する方向性が見えてくる。

個体化以前の差異を成立させるために、別の個体化原理を導入する必要はない。

なぜなら、ここで問題にしている差異は、個体間の数的差異ではなく、個体化に先立つ存在論的な異質性だからである。

ただし、単に「異質性」と呼び替えるだけでは十分ではない。

それがどのような意味で存在論的に実在し、どのように個体化を可能にするのかを説明しなければならない。


2. ヘーゲル――規定性は差異を外部から必要とするのか

この問題を考えるうえで、最初に参照すべきなのはヘーゲル『大論理学』の存在論である。

特に、存在論の冒頭から定在論に至る展開が重要になる。

2-1. 純粋有は、差異を持たないものとしては何も規定できない

『大論理学』第一巻存在論の冒頭で、ヘーゲルは純粋有を次のように規定する。

Sein, reines Sein, ohne alle weitere Bestimmung.

「有、純粋有、いかなるさらなる規定も持たない有。」

純粋有は、内部にも外部にも何らの差異を持たない。

それは完全に無規定な直接性である。

しかし、ヘーゲルによれば、この純粋有は純粋無と区別できない。

なぜなら、何の規定も含まない有は、何ものでもないということと区別できないからだ。

ここで重要なのは、ヘーゲルが純粋有から出発することによって、差異を最初から複数の存在者のあいだに成立する関係として扱っていないことである。

むしろ、何の規定も持たない完全な無差異性は、それ自体として存在の規定を与えることができないことを示している。

そして、有と無の真理として生成(Werden)が現れる。

純粋有と純粋無は、単純に同一なのでも、完全に切り離された二つのものなのでもない。

両者は互いに移行し、区別されながらも切り離すことのできない運動を形成する。

この展開によって、ヘーゲルは存在の規定性を、最初から完成された存在者の集合としてではなく、区別とその統一の運動として捉えている。

『大論理学』第一巻存在論の冒頭、とりわけ純粋有・純粋無・生成の節が参照される。

2-2. 定在は、否定を含むことによって規定される

さらに重要なのが、定在(Dasein)の展開である。

ヘーゲルは、生成から定在が生じると論じる。

定在は、単なる無規定な有ではない。

それは一定の質を持ち、他のものとは異なるものとして規定されている。

ここで重要なのは、規定性が否定性を含んでいるということだ。

あるものが何かであるということは、同時に、それが他のものではないということでもある。

つまり、

規定性 = 肯定的な規定 + 否定的な差異

という構造がある。

ヘーゲルの『大論理学』では、定在の質的規定が現実性と否定性の両契機を含むものとして展開される。

この点から、一つの重要な命題を導くことができる。

あるものが一定の存在者として規定されるためには、すでに何らかの差異が成立していなければならない。

ただし、ここでヘーゲルから導けるのは、規定性と差異の概念的な不可分性である。

これによって、世界に原初的な差異が実在することまで、無条件に証明できるわけではない。

今回の理論にとって重要なのは、より限定された結論である。

規定された存在者を説明しようとする場合、その規定性を完全な無差異性から導くことはできない。

したがって、個体性の成立を説明する存在論は、個体に先立つ何らかの差異的な条件を必要とする。

この意味で、ヘーゲルの存在論は、個体化以前の差異を考えるための重要な論理的根拠を提供している。

ただし、ヘーゲルの差異は、あらかじめ用意された複数の個体の関係ではない。

むしろ、規定性が成立する運動そのものに内在している。

この点を今回の理論に取り入れる必要がある。


3. シモンドン――個体化以前の存在は、どのように異質性を持つのか

ヘーゲルの議論から、規定された存在と差異の不可分性が確認できた。

しかし、まだ問題は残っている。

規定性が差異を含むとしても、個体化以前の差異がどのような存在論的な状態にあるのかは、十分に説明されていない。

ここで最も重要な参照対象となるのが、シモンドンの個体化論である。

今回の問題について、シモンドンは非常に有効なモデルを提供している。

3-1. 前個体的存在は、未分化な一ではない

シモンドンの『形態と情報の概念に照らした個体化』において、中心的な問題となるのは、個体を最初から完成した存在者として考えてしまうことへの批判である。

彼は、実体論的な個体観と、質料と形相の結合によって個体を説明する図式を批判し、個体化の過程そのものから個体を理解しようとする。

その際に導入されるのが、前個体的存在(être préindividuel)という概念である。

ここで重要なのは、前個体的存在が、単なる未分化の物質や均質な一ではないということだ。

シモンドンが個体化のモデルとして用いる過飽和溶液を考えてみよう。

過飽和溶液は、一見すると一つの均質な液体である。

しかし、その内部には、結晶化を可能にする濃度の勾配やエネルギー的な潜在力が存在する。

そこに結晶の核が生じると、周囲の状態との相互作用によって結晶化が進行し、一定の秩序を持つ結晶が成立する。

このとき、結晶は最初から存在していた個体が単に表面化したものではない。

過飽和状態に内在していた潜在的な差異や緊張が、一定の条件のもとで組織化されることによって成立する。

したがって、結晶の個体化において重要なのは、結晶化以前の状態がすでに個体の集合だったということではない。

むしろ、個体化に先立つ状態が、個体を生み出すのに十分な異質性と潜在力を含んでいたということである。

シモンドンの前個体的存在は、このような意味で理解できる。

前個体的存在は、単なる個体化の時間的な前段階ではない。それは、個体化の成立を可能にする存在論的条件である。

3-2. 準安定性が示す、差異の存在論的身分

ここで、シモンドンの準安定性(métastabilité)という概念が重要になる。

通常、安定状態と不安定状態は区別される。

安定状態とは、内部の潜在力が一定の均衡に達し、外部からの大きな作用がない限り、その状態を維持する状態である。

不安定状態とは、均衡が崩れ、状態が変化していく状態である。

これに対して準安定状態は、単なる安定でも不安定でもない。

それは、一定の秩序を保ちながら、まだ解消されていない潜在力や緊張を内部に保持している状態である。

この状態には、新たな秩序を生み出す可能性が残されている。

ここから重要なことが分かる。

個体化以前の差異は、必ずしも完成した個体間の数的差異である必要はない。

それは、まだ個体として固定されていない潜在的な差異、あるいは一定の方向性を持つ強度的な不均衡として存在しうる。

例えば、温度や圧力の勾配は、すでに二つの独立した個体が存在することを意味しない。

しかし、そこには現実的な差異が存在し、その差異が系の変化や新しい秩序の成立を可能にする。

このような差異は、認識主体が便宜的に区別したものではない。

その差異が現実の変化や個体化を可能にするという意味で、存在論的な実在性を持つ。

したがって、個体化以前の差異は、個体を前提せずに成立することができる。

ここで注意したいのは、シモンドンの理論から「なぜ前個体的存在があるのか」という究極的な問いへの回答が直接得られるわけではないことだ。

しかし、少なくとも、個体化以前の存在が個体の集合でも均質な一でもないという存在論的モデルは得られる。

これは今回の理論にとって決定的な意味を持つ。

3-3. 個体化以前の差異は、個体化によって消滅するのではない

さらに、シモンドンの議論には、今回の理論を発展させるうえで重要な点がある。

個体化は、前個体的な潜在力をすべて消費してしまうわけではない。

個体化によって一定の秩序が成立しても、その個体の内部には、なお前個体的な潜在力が残されている。

そのため、個体は一度成立すれば完全に固定されるものではなく、さらなる個体化の可能性を保持している。

また、個体化によって個体と環境との結合も成立する。

つまり、個体は単独で成立してから環境と関係するのではない。

個体の成立と、その個体が属する環境との関係は、相互に関係しながら成立する。

これは、今回の第13回から第17回で論じてきた構造と構造項の相互構成にも通じる。

ただし、シモンドンの議論をそのまま採用する必要はない。

今回の理論にとって重要なのは、次の三点である。

  • 個体化以前の存在は、すでに完成した個体の集合ではない。
  • 個体化以前の存在は、異質性・潜在力・緊張を含んでいる。
  • 個体化は、その差異的な状態を一定の秩序へと組織化し、個体と環境の結合を成立させる。

この三点によって、個体化以前の差異を、個体の存在を前提しない存在論的基礎として位置づけることができる。


4. ドゥルーズ――差異的要素は、個体に先立つことができるのか

シモンドンが個体化以前の存在の物理的・存在論的な状態を考察しているのに対し、ドゥルーズは差異そのものの哲学的な意味をさらに深めている。

特に『差異と反復』における微分的関係と多様体の議論が重要である。

4-1. 差異的要素は独立して存在しない

ドゥルーズの『差異と反復』において、イデアあるいは多様体(multiplicité)は、微分的要素、微分的関係、特異性の相互連関として説明される。

ここで重要なのは、微分的要素が、それぞれ独立して存在するものではないという点である。

例えば、言語における音素を考えてみよう。

ある音素が特定の音素として規定されるのは、その音だけに内在する独立した性質によってではない。

他の音素との対立や差異の体系のなかで、その音素の位置が確定する。

例えば、/p/ は /t/、/b/、/d/ などとの関係によって、その言語体系の内部における差異的な位置を持つ。

つまり、各要素は最初から独立した同一性を持っているのではない。

その要素が属する体系における相互規定によって、特定の要素として成立する。

ドゥルーズの微分的要素は、個体化以前の構造的差異を考えるうえで、非常に重要な例となる。

4-2. 差異は、すでに成立した項のあいだに存在するのではない

ここで、これまでの問題に直接関わる重要な結論が得られる。

通常、差異はAとBという二つの存在者が先にあり、その後に両者を比較することで成立すると考えられやすい。

しかし、ドゥルーズの微分的関係は、その順序を転倒させる。

差異的な関係が先にあり、各要素の規定はその関係の内部で成立する。

この場合、AとBは、最初から完全に同一性を持つ二つの個体として存在しているわけではない。

むしろ、それぞれの要素が何であるかは、相互の差異的な規定によって決まる。

したがって、

AとBという個体 → AとBの差異

という順序ではなく、

差異的関係 → AとBの構造的規定

という順序が成立する。

ここでいう差異的関係は、すでに完成した個体を結びつける外的な関係ではない。

それは、各要素が何であるかを成立させる内在的な規定関係である。

この点で、ドゥルーズの議論は、シモンドンの個体化以前の異質性という考え方と接続する。

シモンドンが準安定的な潜在力や強度的な不均衡を重視するのに対し、ドゥルーズは、それらを微分的関係と特異性の問題として概念化する。

4-3. 差異的関係と個体化の関係

ドゥルーズの議論では、差異的な多様体が、そのまま完成した個体を意味するわけではない。

差異的関係は、強度的な過程を通じて具体的な個体へと現実化する。

つまり、

微分的関係 → 強度的過程 → 個体化

という生成の順序が考えられる。

この順序は、今回の理論にとっても重要である。

なぜなら、個体化以前の差異が、個体の同一性を前提にしなくても存在論的な実在性を持ちうることを示しているからだ。

ここでドゥルーズの議論から導入すべきなのは、次の命題である。

差異的要素の存在は、それぞれの要素が独立した個体として成立していることを必要としない。差異的要素の規定は、それらが属する差異的関係の体系に依存しうる。

これによって、個体化以前の差異を、既成の個体の集合として措定する必要はなくなる。

ただし、ここでもドゥルーズの理論が「なぜ差異そのものが存在するのか」という究極的な問いに答えていると解釈してはいけない。

ドゥルーズが示しているのは、差異が同一性に従属するのではなく、同一性や個体性を生成する側に位置づけられるという存在論的な構想である。


5. 「関係には関係項が必要ではないか」という反論への回答

ここで、もう一つの重要な問題を解決しなければならない。

それは、存在論的構造実在論に対しても繰り返し提起されてきた、関係項をめぐる問題である。

通常、関係が成立するためには、その関係に参与する何らかの項が必要だと考えられる。

例えば、AとBのあいだにRという関係があるとき、

R(A, B)

という表記が成立する。

しかし、もしAとBがRによって初めて成立するとするならば、Rはまだ存在していないAとBを必要とすることにならないだろうか。

これは、今回の理論にも向けられる批判である。

5-1. 関係項と個体を同一視してはいけない

この批判には、重要な前提が含まれている。

それは、関係に参与する項は、すでに個体として成立していなければならないという前提である。

しかし、ここで項と個体を区別することができる。

関係が成立するために、何らかの相関項が必要であることは認められる。

しかし、その相関項が、すでに独立した同一性を持つ個体である必要はない。

例えば、ある差異的関係を構成する二つの極があるとしても、それらの極は、それぞれ独立した存在者として成立している必要はない。

その二つの極は、関係の内部において初めて特定の位置や役割を持つことができる。

したがって、

関係項が存在する

ことから、

関係項が独立した個体として先行して存在する

ことは導かれない。

この区別は、存在論的構造実在論の議論でも検討されている。

関係には関係項が必要であるという批判に対して、関係項が存在することと、それらがすでに個体であることを区別する応答がある。すなわち、関係項は存在するが、その関係から独立した個体性を持つ必要はないという立場である。

5-2. 今回の理論が採用するのは、個体以前の関係項である

この議論を「第一性の遡及的成立」に適用すると、次の区別が成立する。

mᵢ = 個体化以前の関係項

xᵢ = 個体化された構造項

この二つは同じものではない。

mᵢ は、すでに独立した個体として成立している必要はない。

その規定は、他の契機との相互関係に依存している。

一方、xᵢ は、その構造的関係のなかで一定の同一性と位置を獲得した個体である。

したがって、

R(mᵢ, mⱼ) → I(S, mᵢ → xᵢ)

という関係を考えることができる。

これは、関係が無から個体を作り出すという意味ではない。

関係に参与するものは存在論的に認められるが、それらが独立した個体として確定しているわけではないということだ。

ここで一つ、重要な限定も加えておく。

個体化以前の関係項は、まったく何も規定されていない無であってはならない。

それらは、すでに何らかの差異的な位置や潜在的な規定可能性を持っていなければならない。

しかし、その規定可能性は、完成された個体の自己同一性とは異なる。

関係項は差異化されているが、まだ個体化されていない。

これが、今回の理論における前個体的な関係項の存在論的身分である。


6. 原初的な構造的差異は、単なる説明の最終地点の移動なのか

ここまでの議論で、個体化以前の差異が、すでに成立した個体を前提としなくても存在論的に理解できることを示した。

しかし、最初に提示した問題には、もう一つの難問が残されている。

それは、原始的個体性を認めることを批判しておきながら、今度は原初的な差異を無条件に認めているだけではないか、という反論である。

これは今回の検証の核心なので、正面から答えたい。

6-1. 説明の最終地点を移すこと自体は問題ではない

まず、存在論的な説明には、どこかに基礎的な条件を置く必要がある。

ある事実AをBによって説明し、BをさらにCによって説明する場合、さらにCの根拠を要求することができる。

しかし、この要求を無制限に続ければ、説明の系列は終わらない。

現代形而上学の基礎づけ論でも、根拠づけられた事実と根拠づけられない基礎的事実を区別する立場がある。基礎的であるとは、それ自身が他の事実に基礎づけられていないことを意味するが、それでも他の事実の基礎になることはできる。

したがって、構造的個体化存在論が、最終的な基礎を原初的な差異に求めること自体は問題ではない。

問題は、その基礎が何を説明できるのかという点にある。

ここで、二つの存在論を比較してみよう。

原始的個体性を最終的な基礎とする存在論

A → Aの個体性

AがAであること自体が基礎的事実である。

この場合、個体Aの個体性は、それ以上の個体化原理によって説明されない。

原初的な差異を最終的な基礎とする存在論

Δ → S → I(S, mᵢ → xᵢ)

ここでは、個体性よりも基礎的なものとして、個体化以前の異質性と相互規定可能性を認める。

そして、そこから構造的秩序と個体性が成立する。

この二つの違いは、単に説明の出発点が違うということではない。

原始的個体性は、説明対象である個体性そのものを最終的な事実として措定する。

一方、原初的差異は、個体性をまだ持たない存在論的条件を基礎として措定する。

したがって、後者は説明対象を最終地点に置いているのではない。

説明対象を成立させるための、より基礎的な存在論的条件を最終地点に置いている。

この違いが重要である。

6-2. 原初的差異は、無根拠な個体の集合ではない

ここで、原初的差異の存在論的な身分を確定しよう。

原初的差異は、次のようなものではない。

  • すでに個体化された原子的存在者の集合。
  • 独立した同一性を持つ複数の実体。
  • 完全に自己完結した個体が外部で関係を結んでいる状態。

むしろ、それは、個体化に先立って存在する異質性や潜在的な差異的規定の場である。

この場には、次の三つの特徴がある。

第一に、非個体性。

その契機は、まだ独立した個体として成立していない。

そのため、それぞれに完成された自己同一性を帰属させる必要はない。

第二に、内在的な異質性。

その場は、完全に均質な状態ではない。

そこには、異なる強度、方向性、潜在力、差異的な規定可能性が存在する。

第三に、相互規定可能性。

それぞれの契機は、他の契機から独立して確定されるのではない。

その規定は、全体の差異的な秩序に依存する。

これらの特徴から、原初的差異は、単なる名前の付け替えではないことが分かる。

それは、個体化された存在者の集合とは異なる存在論的な様態を表している。

ここで重要なのは、原初的差異が自己同一的な個体として存在しているのではなく、個体化を可能にする差異的な規定可能性として存在しているということだ。

したがって、原初的差異は原始的個体性と同じ意味での原始的事実ではない。

両者は、存在論的な階層が異なる。

6-3. 原初的差異そのものは何によって根拠づけられるのか

ここで最後の問いに答えなければならない。

原初的差異もまた、それ以上の根拠を持たないとするならば、結局は無根拠な事実を認めていることになるのではないか。

この点については、明確に認めるべき部分がある。

原初的差異は、それ自身がさらに別の存在者によって構成されるものではない。

したがって、原初的差異の存在そのものについて、さらに別の存在論的根拠を提示することはしない。

しかし、これは今回の理論が個体性を説明することを放棄するのとは異なる。

ここでは、次の三つを区別する必要がある。

水準根拠の状態説明上の役割
原初的差異 Δそれ以上の根拠を要求しない個体化を可能にする基礎
構造的秩序 SΔの差異的な規定に基礎づけられる個体化条件の組織化
個体性 ISの構成的秩序に基礎づけられる個体の成立

ここで、Δは根拠を持たないという意味で原初的である。

しかし、SやIを根拠づけるという点では、積極的な存在論的機能を持っている。

つまり、Δは「根拠のない個体」ではなく、「個体を成立させる根拠として機能する、原初的な差異的存在様態」である。

この点は、個体化根拠充足原理の改訂版とも整合する。

第18回で確認したように、根拠自身がさらに別の根拠を必要とすることは、個体化根拠充足原理の要求ではない。

したがって、原初的差異を最終的な根拠として認めることに、理論上の矛盾はない。


7. なぜ完全な無差異性ではなく、原初的な差異が基礎となるのか

ここで、今回の議論をさらに厳密にするために、二つの可能性を比較したい。

一つは、存在論的な基礎を完全に無差異な一として考える立場。

もう一つは、存在論的な基礎を原初的な差異として考える立場である。

この二つのうち、なぜ後者を採用する必要があるのだろうか。

7-1. 完全な無差異性から差異を導くことはできるのか

仮に、存在論的な基礎が完全に無差異であるとしよう。

そこには、内部の区別も、方向性も、強度差も、潜在的な規定可能性も存在しない。

すると、そこから個体化を説明するためには、何らかの差異を新たに導入しなければならない。

しかし、その差異がどこから生じたのかを説明できなければ、差異の導入は単なる追加的な措定になる。

例えば、

無差異な基礎 → 差異

という展開を提示しても、無差異な基礎に差異を生み出す条件が何もなければ、矢印の部分が説明されていないことになる。

もちろん、無差異な基礎が自らを差異化するという理論を構築することは可能である。

しかし、その場合、その基礎には、すでに自己差異化の契機が含まれていることになる。

そして、その基礎は、もはや完全な無差異性ではない。

つまり、完全な無差異性を維持する限り、それ自身から特定の差異が生じることを説明できない。

逆に、差異化を生み出す内在的な契機を認めるならば、その基礎はすでに原初的な差異可能性を備えている。

ここから、次の命題が導かれる。

命題A

完全に無差異な基礎は、それ自体の内部に差異化の条件を持たない。

命題B

差異化の条件が外部から追加されるなら、その条件は元の基礎とは別の存在論的前提となる。

命題C

差異化の条件が基礎の内部にあるなら、その基礎は完全な無差異性ではない。

結論

個体化の根拠を完全な無差異性に求めることはできない。個体化を可能にする基礎は、少なくとも差異化の可能性を内在的に備えていなければならない。

これは、ヘーゲルの純粋有の議論とも対応する。

純粋有は、いかなる規定も持たないという意味で完全な無差異性にある。しかし、そのような純粋有は、純粋無と区別することができず、生成へと移行する。

ここでヘーゲルが示しているのは、完全な無規定性から特定の規定を直接導くことができないという、論理的な問題である。

今回の理論では、これを存在論的な個体化の問題に限定して使用する。

すなわち、個体化を説明するための基礎が完全な無差異性であるならば、その基礎から個体化を生み出す差異の条件を別途必要とする。

したがって、最終的な基礎は、無差異な一ではなく、差異化の可能性を内在的に含むものでなければならない。

7-2. それは、最初から複数の個体が存在するという意味ではない

ここで誤解を避けなければならない。

原初的な差異を認めることは、最初から複数の個体が存在していると認めることではない。

ここで認めるのは、個体化以前の異質性である。

その異質性は、すでに一定の方向性や強度差を持っているが、それぞれが独立した個体として確定しているわけではない。

この違いを曖昧にすると、再び原始的個体性の問題に戻ってしまう。

そこで、次の区別を固定する。

存在論的条件何が存在しているのか
完全な無差異性何の異質性もない状態
原初的差異個体化以前の異質性・潜在力・差異化可能性
構造的秩序差異的な契機が相互規定的に組織化された状態
個体化特定の契機が構造内部で一定の同一性を獲得すること

したがって、ここでの「多様性」は数的な多様性ではない。

個体が成立する以前の、差異的な存在論的多様性である。

これを原初的な存在論的多様性(primordial ontological heterogeneity)と呼ぶことができる。


8. 今回の議論を形式的に確定する

ここまでの議論を、今後の理論で使用できるように整理する。

これまで用いてきた「差異化された契機」という表現は、すでに複数の個体が存在しているかのような誤解を生みやすい。

そこで、今後は次の五つの概念を区別する。

Δ:前個体的差異場

個体化以前の異質性、強度差、潜在的な緊張、相互規定可能性を含む原初的な存在論的基礎。

mᵢ:前個体的な差異的契機

Δの内部において分析的に区別される契機。それ自体では独立した個体性を持たず、その規定は差異的な全体との関係に依存する。

S:構造的秩序

Δに含まれる差異的な規定可能性が、一定の相互関係と制約を形成した秩序。

xᵢ:構造項

Sの内部において、特定の位置、役割、同一性を獲得した個体。

F:第一性

Sの内部で個体化された項のあいだに成立する、特定の規定次元における非対称的な優先性。

ここで重要なのは、ΔとmᵢとSを、完成した実体が順番に並ぶような段階として理解しないことである。

mᵢはΔから切り離された独立項ではない。また、SもΔとは別に付け加えられる外的な枠組みではない。

Sは、Δに内在する差異的な規定可能性が一定の秩序として組織化されたものである。

したがって、理論の基本構造は次のように表現できる。

Δ → S → I(S, mᵢ → xᵢ) → F(S, xᵢ, d)

これは、存在論的な生成・基礎づけの順序を示している。

それぞれを説明すると、

Δ → S

前個体的差異場に内在する異質性や潜在的な相互規定可能性が、構造的秩序として組織化される。

S → I(S, mᵢ → xᵢ)

構造的秩序によって、前個体的な契機が特定の位置と役割を持つ個体として成立する。

I(S, mᵢ → xᵢ) → F(S, xᵢ, d)

個体化された構造項のあいだに、特定の規定次元dにおける非対称的な優先関係が成立する。

この順序によって、原初的差異から第一性の成立までを、一貫した存在論的展開として説明できる。

ただし、最初のΔが複数の個体から構成されていると考えてはならない。

Δは、すでに個体化された存在者の集合ではなく、個体化以前の差異的な存在様態である。

また、mᵢという添字は、分析上の区別を示すものであって、個体化以前の独立した存在者をあらかじめ数え上げるものではない。

この修正によって、これまでの理論に潜んでいた「個体化を説明するために個体化された契機を前提している」という問題を回避できる。


9. 原初的差異根拠原理の定式化

ここまでの論証を踏まえ、新たな原理を導入したい。

第18回で確定した個体化根拠充足原理が、個体性を説明する理論に対する一般的な要請だったのに対し、今回の原理は、構造的個体化存在論の最終的な基礎を定めるものである。

原初的差異根拠原理

Principle of Primordial Differential Grounding

構造的個体化を説明する存在論は、その最終的な基礎を、すでに数的に同一化された個体の集合に求めてはならない。

その基礎は、個体的同一性や確定した境界をまだ持たないが、異質性、強度差、潜在的な緊張、および相互規定可能性を内在的に含む前個体的差異場でなければならない。

構造的秩序は、この差異場に内在する規定可能性が組織化されたものであり、個体はその秩序の内部における位置と役割を通じて成立する。

この差異場自身は、さらに別の個体や構造によって基礎づけられることを必要としない。

この原理には、四つの重要な意味がある。

  1. 構造的個体化の基礎は、原始的な個体の集合ではない。
  2. 個体化以前の差異は、数的な複数性ではなく、前個体的な異質性として存在する。
  3. 構造的秩序は、差異的な存在様態から独立した外的な枠組みではない。
  4. 前個体的差異場は、個体化を説明する存在論における最終的な基礎として位置づけられる。

これによって、第15回で提示した原初的な構造的差異という考え方は、単なる仮定ではなく、構造的個体化を説明するための明確な存在論的原理として定式化される。


10. 最終論証――なぜ個体化以前の差異は個体性を前提しないのか

ここで、今回の問題を最終的な論証としてまとめよう。

命題1

個体性の成立を説明するためには、その個体性に先立つ構成的な根拠が必要である。

これは第18回で確定した個体化根拠充足原理から導かれる。

命題2

その根拠を、すでに独立した個体として成立している複数の存在者に求めるならば、個体性を説明するために、説明対象である個体性を前提することになる。

したがって、構造的個体化の究極的な基礎は、すでに個体化された存在者の集合であってはならない。

命題3

他方、完全に均質で無差異な基礎からは、それ自体に内在する差異化の条件を導くことができない。

差異化の条件を外部から導入すれば、その条件が新たな説明対象となる。

命題4

したがって、個体化を説明する基礎は、個体性を持たない一方で、差異化の可能性を内在的に備えていなければならない。

命題5

このような基礎は、数的に独立した個体の集合ではなく、異質性、強度差、潜在的な緊張、相互規定可能性を持つ前個体的な差異場として理解される。

命題6

この差異場に内在する規定可能性が一定の秩序を形成するとき、構造的な位置と役割が成立し、それによって個体化が可能になる。

結論

構造的個体化存在論の最終的な基礎は、原始的な個体の集合でも、完全な無差異性でもなく、個体化以前の原初的な差異場でなければならない。

この論証によって、今回の中心問題に回答できる。

個体化以前の差異が個体性を前提としないのは、そこで認められる多様性が、数的に独立した個体の多様性ではなく、個体化に先立つ存在論的な異質性だからである。

また、差異の根拠については、その差異場自身が最終的な存在論的基礎となる。

これ以上別の個体や構造を根拠として要求する必要はない。


11. 想定される反論と回答

最後に、今回の論証が抱えうる反論を四つ確認し、それらに対する回答を確定しておきたい。

反論1:原初的差異も、結局は無根拠な事実なのではないか

回答

そのとおり、原初的差異場は、それ自身がさらに別の根拠によって成立することを要求しないという意味で、存在論的に原初的なものである。

しかし、原始的個体性とは異なる。

原始的個体性は、個体性そのものを説明の最終地点とする。

原初的差異場は、個体性を成立させるための条件を説明する最終的な基礎である。

重要なのは、すべての存在論的事実を説明し尽くすことではない。

説明対象を、それよりも基礎的な存在論的条件によって説明することである。

したがって、原初的差異を最終的な基礎として認めることは、今回の個体化根拠充足原理と矛盾しない。

反論2:差異が存在するなら、すでに複数のものが存在しているのではないか

回答

ここでは数的多様性と前個体的な異質性が混同されている。

AとBという二つの個体が存在するなら、それらはすでに数的な同一性を持っている。

しかし、強度差、勾配、潜在的な緊張、微分的関係は、それ自体で独立した個体を意味しない。

シモンドンの準安定性やドゥルーズの微分的関係が示すように、個体化以前に異質性が存在することは可能である。

したがって、差異を認めることは、直ちに数的に異なる複数の個体を認めることではない。

反論3:関係が関係項を個体化するなら、相互依存の循環に陥るのではないか

回答

関係項が存在することと、関係項がすでに個体として成立していることは異なる。

前個体的な契機は、差異的な関係に参与するが、独立した同一性を持つ必要はない。

関係的な秩序と関係項の規定は、前個体的な差異場の内部において相互に成立する。

したがって、ここでは完成した個体同士の相互依存を前提としていない。

反論4:なぜ何もないのではなく、そもそも原初的差異が存在するのか

回答

これは、今回の個体化論から区別されなければならない問いである。

今回証明したのは、個体化が成立しているならば、その個体化には個体性に先立つ差異的な条件が必要であるということだ。

そこから、なぜ存在そのものがあるのか、なぜ無ではなく差異が存在するのかという、存在一般の究極的な理由まで導くことはできない。

しかし、これは今回の論証に欠陥があることを意味しない。

個体化の条件を説明する問いと、存在そのものの究極的な理由を説明する問いは、説明対象が異なる。

前者については、今回の原理によって答えが確定した。

後者までを今回の理論に要求するならば、構造的個体化存在論は、あらゆる存在の究極的な理由を説明する包括的な形而上学へと拡張されることになる。

それは別種の課題であり、第一性の成立条件を明らかにするという今回の理論の目的には必要ない。

したがって、この問いは未解決の個体化問題として残るのではなく、理論の対象範囲を超える究極的な存在論的問いとして明確に区別される。


12. 結論――原初的差異の存在論的基礎

今回の検討によって、構造的差異の存在論的な基礎について、次の結論が確定した。

第一に、個体化以前の差異は、数的に異なる個体の複数性を前提としない。

それは個体的同一性に先立つ異質性、強度差、潜在的な緊張、相互規定可能性として成立する。

第二に、構造的秩序は、独立した個体の集合に後から付加される外的な関係ではない。

それは前個体的差異場に内在する規定可能性が組織化されたものである。

第三に、原初的差異は、原始的個体性とは異なる存在論的な基礎である。

原始的個体性は説明対象をそのまま基礎的事実として措定するが、原初的差異は、個体性が成立する以前の条件を基礎として措定する。

第四に、原初的差異は、それ自身がさらに別の根拠を必要としない。

これは、個体化根拠充足原理の改訂版と整合する。個体化の根拠を要求することは、その根拠の根拠まで無限に要求することを意味しない。

第五に、完全な無差異性を個体化の根拠とすることはできない。

個体化を生み出すためには、基礎そのものに差異化の可能性が内在していなければならない。

12-1. 今回確定した二つの原理

ここで、第18回と今回の検証結果を並べておこう。

原理役割
個体化根拠充足原理個体性の説明には実在的な個体化根拠が必要である
原初的差異根拠原理構造的個体化の最終的な基礎は、個体化以前の差異場である

前者は、個体性を説明するための一般原理である。

後者は、その原理を構造的個体化存在論に適用したとき、最終的な根拠がどのような存在論的性格を持たなければならないかを規定する。

両者を組み合わせることによって、個体化根拠充足原理から構造的個体化へと進む論理が明確になった。

12-2. 理論全体の基本構造の改訂

今回の検証を踏まえると、「第一性の遡及的成立」の基本構造は、次のように改訂される。

第一段階:原初的差異

Δ

個体化以前の異質性、強度差、潜在的な緊張、相互規定可能性が存在する。

第二段階:構造的秩序

Δ → S

原初的差異場に内在する規定可能性が、一定の構成的秩序として組織化される。

第三段階:構造的個体化

I(S, mᵢ → xᵢ)

構造内部の差異的契機が、位置・役割・関係的な同一性を持つ個体として成立する。

第四段階:非対称的な基礎づけ

A ≺₍d₎ B

個体化された構造項のあいだに、特定の規定次元における非対称的な優先関係が成立する。

第五段階:第一性の遡及的成立

F(S, A, d)

構造の成立を通じて、ある項がその構造において第一のものとして存在論的に確定する。

これによって、理論の全体像は次のようになる。

原初的差異 → 構造的秩序 → 個体化 → 非対称的基礎づけ → 第一性

ただし、これは時間的な生成順序を意味しない。

ここで表現されているのは、存在論的な基礎づけの順序である。


おわりに

今回の弱点②について、私の結論は、構造的差異の存在論的な基礎を確定できたというものである。

特に重要なのは、第15回で原初的な構造的差異を認めるという方向性を提示しただけだったのに対し、今回は、その差異が個体性を前提しない理由を明確に論証できたことである。

その成果は、次の一点に集約される。

個体化以前の差異は、数的に異なる個体の複数性ではなく、個体的同一性を生み出す前個体的な異質性である。

この命題によって、構造的個体化存在論は、個体性を説明するために原始的な個体を前提するという問題を回避できる。

また、個体化根拠充足原理との関係も明確になった。

個体性を説明するためには個体化根拠が必要であり、構造内部の個体性を説明するためには構造的な個体化根拠が必要である。そして、その構造的個体化の最終的な基礎は、完成した個体の集合ではなく、前個体的な差異場に求められる。

ここで、原初的差異そのものがなぜ存在するのかという問いは、存在一般の究極的な理由を問う問題として、今回の理論の射程から区別された。

これは個体化の論証を未完のまま放置することではない。説明の最終地点を明示し、何を説明し、何を基礎的条件として採用しているのかを確定したということである。

したがって、弱点②については、個体化の根拠として何を採用するのかという問題に、これ以上の基礎づけを要求する必要はない。

今回、構造的個体化存在論の最終的な存在論的基礎を「原初的な構造的差異」から「前個体的差異場」へと精密化することができた。

そして、ここから一つの重要なことが見えてくる。

「第一性の遡及的成立」は、個体が成立した後に、その個体のあいだに第一性を見つける理論ではない。

そもそも個体的同一性が成立する以前の差異的な存在様態から出発し、構造的秩序と個体性、そして第一性がどのように成立するかを説明する理論なのである。

この点で、今回の検証は、理論を単なる構造論から、より明確な生成的存在論へと前進させたと考える。

今回の理論的成果を一文にまとめる。

個体化以前の構造的差異は、すでに成立した個体の数的多様性を前提とするものではなく、個体的同一性に先立つ原初的な異質性と相互規定可能性として存在し、その差異場が構造的秩序と個体性を成立させる最終的な存在論的基礎となる。

これをもって、第19回の検証を完了する。

「第一性の遡及的成立」は、個体化の根拠を個体の外部にある別の個体に求めるのではなく、個体そのものが成立する以前の差異的な存在様態に求める段階に到達した。

これは、理論全体の基礎を確定するうえで、大きな前進である。

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