スピノザの複合個体における構造的個体化と第一性⑭――「第一性の遡及的成立」の具体的検証

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  1. 1. 分析の出発点と、最初に確認しておくべきこと
  2. 2. 『エチカ』第二部定理13の物理学的補論――複合個体は何によって個体なのか
    1. 2.1 複合個体の定義――個体性は部分の集合ではなく、関係の秩序にある
    2. 2.2 補助定理4〜7――個体性は構成要素の変化を超えて存続する
    3. 2.3 「個体の形式」は、構成要素ではなく結合の秩序である
  3. 3. 構造的個体化は、どの意味で相互構成なのか
    1. 3.1 構造項が構造を成立させる
    2. 3.2 構造が構造項を個体化する
    3. 3.3 相互構成の成立
  4. 4. スピノザの複合個体における第一性――何が個体性を決定しているのか
    1. 4.1 構成要素の同一性よりも、構造的な不変性が優先する
    2. 4.2 第一性は、構成要素の交代可能性によって示される
    3. 4.3 構造的な優先性は、構造からの独立性を意味しない
  5. 5. 書簡32――全体と部分の関係から見る構造的個体化
    1. 5.1 血液という個体の成立
    2. 5.2 血液は全体でありながら、部分でもある
    3. 5.3 全体と部分の関係は、階層ごとに成立する
    4. 5.4 書簡32が示す相互決定
  6. 6. 書簡32における第一性の限界――スピノザは何を論証していないのか
  7. 7. 作用する身体と作用を受ける身体――相互決定の内部にある非対称性
  8. 8. スピノザの複合個体から導かれる「構造内部の第一性」
    1. 8.1 構造的第一性の二つの形態
    2. 8.2 第一性は、構造的秩序の外部に存在しない
  9. 9. 最も強い反論への応答
    1. 反論1:運動と静止の一定の関係を、個体性の根拠とするのは循環しているのではないか
    2. 反論2:運動と静止の比率は、単なる記述上の不変性にすぎないのではないか
    3. 反論3:部分と全体が相互に規定されるなら、第一性を導入する必要はないのではないか
    4. 反論4:それは第一性ではなく、単に個体の定義にすぎないのではないか
  10. 10. 「第一性の遡及的成立」による最終的な再構成
    1. 定義1:複合個体
    2. 定義2:構造的秩序
    3. 定義3:構造的個体化
    4. 定義4:同一性決定上の構造的第一性
    5. 前提I:構造項による構造の成立
    6. 前提II:構造による構造項の個体化
    7. 前提III:構造的秩序の不変性
    8. 前提IV:構造的秩序の同一性決定上の優先性
    9. 前提V:構造的秩序の非独立性
    10. 結論
  11. 11. スピノザの自然全体を、一つの個体として考えることの意味
  12. 12. 最終結論――スピノザの複合個体は、構造的個体化と第一性の両立を具体的に示している
  13. 13. 今回の分析で確定した理論的な成果
    1. スピノザのテクストとの関係についての最終的な限定
  14. 参考文献・関連する研究
    1. 一次文献
    2. 二次文献・研究

1. 分析の出発点と、最初に確認しておくべきこと

今回の分析対象として、スピノザの『エチカ』第二部定理13の後に置かれた物理学的考察(以下、物理学的補論)を選ぶことは適切だと思う。

特に重要なのは、複合個体の定義と補助定理4〜7、そして補助定理7の備考である。

ここには、個体性を物質的な部分の集合としてではなく、部分相互の運動と静止の一定の関係によって成立するものとして理解する考え方が示されている。

さらに、書簡32では、自然全体を一つの個体として考える方向が示されている。

この二つを合わせると、今回の理論にとって非常に有力な分析対象になる。

ただし、先に一つ、重要な区別をしておきたい。

スピノザの複合個体論は、構造的個体化の具体的な事例として非常に強い。しかし、そこから構造内部の非対称的な第一性までが、そのまま導かれるわけではない。

むしろ、今回の分析では、この差を正確に捉えることが重要になる。

スピノザは、部分の組織化された関係が個体の同一性を成立させることを論じている。しかし、部分相互の関係は必ずしも非対称的な優先関係として定式化されていない。

したがって、以下では、スピノザのテクストが実際に示していることと、そこから「第一性の遡及的成立」が発展的に導くことを区別する。

この区別を守ることによって、スピノザを自分の理論に都合よく読み替えることなく、具体的な存在論的事例として利用できる。

2. 『エチカ』第二部定理13の物理学的補論――複合個体は何によって個体なのか

まず、スピノザのテクストを確認しよう。

第二部定理13の後の物理学的補論では、身体について次のような議論が展開される。

補助定理1では、身体は実体によってではなく、運動と静止、速さと遅さによって区別されるとされる。

ここで、スピノザは個々の身体を、それぞれ独立した実体として理解することを拒否している。

身体はすべて同一の延長属性のもとにあり、身体のあいだに成立する差異は、実体の差異ではなく、運動と静止のあり方の差異として理解される。

続く補助定理3では、ある身体の運動と静止が、別の身体によって規定され、その身体もまた第三の身体によって規定されるという、無限に続く決定関係が示される。

さらに、その後の第一公理では、ある身体が別の身体によって変状させられるとき、その変状は、作用を受ける身体と作用する身体の双方の本性から同時に帰結するとされる。

ここで、すでに今回の理論にとって重要な二つの要素が現れている。

第一に、ある身体の状態は、その身体だけでは完結しない。他の身体との関係において規定される。

第二に、その関係には、作用するものと作用を受けるものという異なる役割がある。ただし、実際に生じる変状は、双方の本性から同時に帰結する。

つまり、身体相互の関係は、相互に関与する関係でありながら、すべての項が同じ役割を持つわけではない。

そして、ここから複合個体の定義に進む。

2.1 複合個体の定義――個体性は部分の集合ではなく、関係の秩序にある

物理学的補論の複合個体の定義では、ある身体の集合が、他の身体によって接触を維持するよう強制されるか、あるいは同じ速度もしくは異なる速度で運動しながら、互いに一定の仕方で運動を伝達し続ける場合、それらの身体は一つに結合しているとされる。

そして、それらは一緒になって一つの身体、すなわち一つの個体を構成する。

ここで決定的なのは、個体を成立させる条件が、構成要素の物質的な同一性ではないということだ。

複合個体を構成する身体は、同じ物質であり続ける必要がない。大きさや速さも同一である必要はない。

必要なのは、それらのあいだに一定の運動伝達関係が維持されることである。

ここから、次のように整理できる。

要素複合個体における役割
構成する身体個体を構成する契機
身体相互の運動伝達諸身体を結びつける関係
一定の運動と静止の関係個体性を成立させる構成的秩序
他の複合個体との差異その結合のあり方によって成立する

これを、今回の理論の語彙に置き換えるならば、複合個体の個体性は、構造項とそれらの関係から独立したものではない。

個体性は、構造項が一定の関係を形成することによって成立する。

ここで重要なのは、個体を「複数の身体が集まったもの」として理解するだけでは不十分だということだ。

仮に、同じ身体が一つの場所に集まっていたとしても、その身体相互の運動伝達が一定の関係を保っていなければ、それらが一つの個体を構成しているとは言えない。

逆に、構成要素が変化しても、運動伝達の関係が維持されるならば、同じ個体が存続しうる。

したがって、個体性を成立させるのは、単なる部分の集合ではなく、部分相互の関係が一定の秩序を形成していることである。

これは、まさに構造的個体化の具体例になっている。

2.2 補助定理4〜7――個体性は構成要素の変化を超えて存続する

スピノザの論証が特に重要なのは、個体性と構成要素の物質的同一性を明確に切り離している点だ。

補助定理4〜7は、複合個体がどのような変化を受けても、その本性を維持できるのかを段階的に示している。

補助定理4:構成要素の交代

複合個体を構成する身体の一部が分離し、それと同じ数の同じ性質の身体がその位置を占めても、個体は以前と同じ本性を保持する。

つまり、個体を構成する具体的な身体が交代しても、結合関係が維持されているならば、個体性は維持される。

補助定理5:構成要素の大きさの変化

個体を構成する部分が大きくなったり小さくなったりしても、部分相互の運動と静止の関係が以前と同じ仕方で維持されるならば、個体はその本性を保持する。

つまり、各構成要素の量的な変化は、それだけでは個体性の消失を意味しない。

補助定理6:運動方向の変化

構成要素の運動方向が変化しても、各部分が以前と同じ関係で運動を伝達し続けるならば、個体はその本性を保持する。

つまり、運動の方向そのものよりも、運動伝達の関係が維持されることが重要になる。

補助定理7:個体全体の運動状態の変化

個体全体が運動しているか静止しているか、あるいはどの方向へ運動しているかということも、それだけでは個体性を決定しない。

各部分が以前と同じ仕方で運動を維持し、他の部分との運動伝達関係を保持している限り、個体はその本性を保持する。

これらの補助定理から、非常に重要な結論が導かれる。

複合個体の同一性を決定するものは、個々の構成要素の物質的な同一性ではない。

その個体を構成する身体が交代し、大きさが変わり、運動方向が変わっても、一定の関係が維持されているならば、その個体は同じ個体であり続ける。

ここで、個体性の成立条件としての構造が明確になる。

個体とは、特定の構成要素の集合ではなく、構成要素の変化を通じて維持される一定の関係的秩序によって成立するものなのである。

この意味で、スピノザの複合個体論は、「第一性の遡及的成立」が採用する構造的個体化を、具体的に理解するための非常に有力なモデルになっている。

2.3 「個体の形式」は、構成要素ではなく結合の秩序である

ここで、スピノザの用語についても確認しておきたい。

補助定理4の証明では、個体の「形式」を意味する forma が用いられている。

この形式は、構成要素とは別に存在する独立した実体ではない。

それは、身体が結合し、互いに運動を伝達する一定のあり方に関係している。

したがって、これをアリストテレス的な実体形相と同一視することはできない。

スピノザの複合個体は、独立した物質に外から形式が付加されることによって成立するのではない。

その個体の構成要素が特定の関係を維持することそのものが、個体の形式を構成する。

この点は、「第一性の遡及的成立」にとって非常に重要だ。

なぜなら、ここでは、構造と構造項を別々の存在者として措定する必要がないからである。

構造は、構造項とその関係の組織化として成立する。

構造項は、その組織化のなかで一定の項として成立する。

つまり、個体性の成立において、構造と構造項は互いに切り離せない。

3. 構造的個体化は、どの意味で相互構成なのか

ここから、今回の理論に直接接続しよう。

先ほどの分析を、「第一性の遡及的成立」の概念に置き換える。

ある複合個体を I とする。

それを構成する身体を p1, p2, p3, ... とする。

そして、部分相互の運動伝達の関係的秩序を R とする。

この場合、複合個体は次の三つによって成立する。

  • 構成する身体の複数性。
  • それらのあいだに成立する運動伝達関係。
  • その関係が一定の秩序として維持されること。

ここで、構造と構造項の関係を二つの方向から考える必要がある。

3.1 構造項が構造を成立させる

まず、構成する身体が存在しなければ、運動伝達関係は成立しない。

p1, p2, p3, ... が互いに一定の仕方で運動を伝達することによって、関係的秩序 R が現実に成立する。

したがって、構造は、構造項とその関係なしには成立しない。

これは、構造項から構造への構成的関係である。

3.2 構造が構造項を個体化する

次に、ある身体が、なぜ複合個体 I の部分であるのかを考えよう。

その身体が複合個体の部分であるのは、単に同じ場所に存在しているからではない。

それが、他の部分との一定の運動伝達関係に組み込まれているからである。

その関係が維持されることで、その身体は I の構成要素として位置づけられる。

つまり、構造は、個々の身体が複合個体の部分としてどのような役割を持つのかを規定する。

これは、構造から構造項への個体化関係である。

3.3 相互構成の成立

したがって、スピノザの複合個体においては、次の二つの関係が成立している。

関係方向内容
構成関係構成要素・運動伝達 → 構造身体相互の運動伝達によって関係的秩序が成立する
個体化関係構造 → 構成要素関係的秩序によって、各身体が複合個体の部分として成立する

これは、前回論証した相互構成の概念と対応している。

ただし、ここで注意が必要だ。

スピノザの身体は、複合個体の一部になる以前にも、別の個体として成立しうる。

したがって、構造が構造項を個体化するということは、その身体の存在そのものを無から生み出すという意味ではない。

それは、ある身体が、特定の複合個体の部分として何であるかを成立させるという意味である。

この区別によって、階層的な個体化が可能になる。

ある身体は、一つの構造においてはそれ自体が個体でありながら、より大きな構造においては部分として成立する。

スピノザが補助定理7の備考で、複合個体の複合体、さらにその複合体からなる第三の種類の個体へと、無限に階層を拡張しているのは、この点に関係している。

ここで、「第一性の遡及的成立」が必要とする相互構成の具体的なモデルが得られる。

4. スピノザの複合個体における第一性――何が個体性を決定しているのか

ここからが今回の最重要論点だ。

構造的個体化の具体例は、すでに確認できた。

しかし、私たちがさらに明らかにしなければならないのは、構造内部の第一性が、どのような形で成立しているのかということだった。

ここでは、最初に重要な修正を加えたい。

スピノザの複合個体論から、ある特定の身体が他の身体よりも絶対的に第一である、という結論を直接導くことはできない。

むしろ、スピノザの議論が示しているのは、特定の身体ではなく、諸身体のあいだに維持される関係的な秩序が、個体の同一性を決定するうえで優先的な役割を持つということだ。

したがって、ここで確認できる第一性は、特定の身体が中心となるような第一性ではない。

それは、構造内部に成立する関係的な不変性の優先性である。

4.1 構成要素の同一性よりも、構造的な不変性が優先する

先ほどの補助定理4〜7をもう一度思い出そう。

構成する身体は、交代することができる。

その大きさも変化することができる。

運動方向も変わることができる。

個体全体の運動状態も変わることができる。

それでも、同じ個体が存続する。

では、なぜ同じ個体であり続けられるのか。

それは、構成する身体が同一であるからではない。

構成要素の変化を通じて、部分相互の運動と静止の関係が維持されているからである。

ここで、構造的な関係の不変性は、個々の構成要素の物質的同一性に対して、個体の同一性を決定する優先性を持っている。

この関係を次のように表そう。

R_I:複合個体Iを成立させる関係的秩序

P_I:Iを構成する具体的な身体の集合

このとき、身体の集合が変化しても、関係的秩序が維持されるならば、個体Iの同一性は維持される。

逆に、具体的な身体が残っていたとしても、その身体相互の関係が個体を成立させる秩序を失えば、同じ個体としての存続は保証されない。

したがって、個体の同一性を決定するという規定次元において、

R_I ≺_I P_I

という構造的な優先関係を考えることができる。

ここでの ≺ は、RがPより時間的に先に存在することを意味しない。

また、RがPとは別の実体として存在することも意味しない。

それは、個体の同一性が何によって決まるのかという構成的な次元において、関係的秩序が個々の構成要素の物質的同一性よりも優先するということである。

4.2 第一性は、構成要素の交代可能性によって示される

この優先性は、単なる概念上の定義ではない。

補助定理4〜6は、関係的秩序と構成要素のあいだに、具体的な非対称性があることを示している。

たとえば、補助定理4では、構成要素が分離し、それと同じ数の同じ性質の身体が代わりに入っても、個体は同じ本性を保持する。

ここでは、個体を構成する具体的な身体の数的同一性は、個体の存続にとって必須ではない。

しかし、その身体相互の結合関係は、維持されなければならない。

つまり、構成要素の物質的な同一性は変更可能である一方、個体性を成立させる関係的秩序は、同じ個体の存続にとって不可欠である。

この非対称性こそが重要だ。

比較対象変化・交代個体性への影響
構成要素の物質的同一性可能必ずしも個体性を失わない
構成要素の大きさ変化可能比例関係が維持されれば個体性は維持される
運動方向変更可能運動伝達関係が維持されれば個体性は維持される
関係的秩序個体性を保つ範囲で維持が必要その変化は個体の本性の変化に関わる

したがって、ここには、構成要素の物質的同一性と関係的秩序のあいだに、個体の同一性に関する非対称的な優先関係が成立している。

この第一性は、ある身体Aが別の身体Bよりも中心的であるという意味ではない。

関係的秩序という構造的な契機が、個体の同一性を決定するうえで、個々の構成要素よりも優先しているという意味である。

4.3 構造的な優先性は、構造からの独立性を意味しない

ここで、前回の研究課題に戻ろう。

構造項が構造を成立させる一方で、構造が構造項を個体化するならば、なぜ構造内部に非対称的な優先性が成立するのか。

今回のスピノザの例は、これに具体的な答えを与えている。

関係的秩序 R_I は、具体的な身体 P_I の運動伝達なしには存在しない。

したがって、RはPから独立した実体ではない。

しかし、個体Iの同一性を決定するという点では、個々の身体の物質的同一性よりも優先的な役割を担っている。

つまり、

  • PはRを実際に構成する。
  • RはPをIの構成要素として個体化する。
  • Rは、Pのどのような変化が個体性を維持するのかを規定する。
  • Pの物質的な同一性が失われても、Rが維持されるならば、Iは存続しうる。

この二つの関係は同じではない。

構成要素が関係的秩序を成立させるという意味では、PがRの構成条件である。

しかし、関係的秩序が複合個体の同一性を決定するという意味では、RがPに対して優先する。

ここでは、相互構成と非対称的第一性が、具体的な個体の存続条件を通じて結びついている。

構成的な相互依存は、同一性を決定する基準における非対称性を排除しない。

むしろ、スピノザの複合個体論は、そのことを明瞭に示している。

ただし、ここでRを独立した何かとして措定してはならない。

Rは、身体相互の運動伝達の秩序そのものを指している。RがPより第一であるということは、独立した構造実体が物質的身体を支配しているということではない。

あくまで、同じ構造的状況において、個体の同一性を決定する役割を担う側面が、構成要素の物質的同一性よりも優先しているということだ。

5. 書簡32――全体と部分の関係から見る構造的個体化

ここで、分析を『エチカ』の物理学的補論から書簡32へ進めよう。

1665年11月20日付のオルデンブルク宛書簡32では、部分と全体の関係について、血液を例とした説明が行われている。

この書簡は、複合個体の個体化を、さらに大きな自然全体の秩序に接続するうえで重要だ。

5.1 血液という個体の成立

スピノザは、血液を構成するリンパ液や乳糜などの粒子を例に挙げる。

これらの粒子が、形状や運動のあり方において互いに適合し、一つの流体を形成している限り、それらは血液の部分として理解される。

ここで、血液の部分であるということは、その粒子が単に血液の内部に存在するということではない。

それらの粒子が互いに適合し、一つの運動的な秩序を形成していることによって、血液の部分として成立している。

スピノザは、部分相互の結合について、それぞれの部分の法則や本性が互いに適合し、可能な限り対立しないことを「cohaerentia(連関・結合)」として説明する。

したがって、ここでも個体性は、独立した部分が偶然集まったことによって成立するのではない。

部分の本性が相互に適合する関係的な秩序によって成立する。

5.2 血液は全体でありながら、部分でもある

書簡32のさらに重要な点は、同じ血液が、ある関係では全体であり、別の関係では部分であると説明されていることだ。

まず、血液の内部における粒子相互の関係だけを考え、血液の外部にある原因や身体を考慮しないとしよう。

この場合、血液は、それ自体の内部の関係によって一つの全体として理解される。

しかし、実際の血液は、外部の原因から独立しているわけではない。

血液の外部には、血液の運動を変化させる原因が存在し、血液もまた、それらの原因を変化させる。

この外部との関係を考慮すると、血液の運動は、もはや血液内部の粒子相互の関係だけから決まるものではなくなる。

血液全体と外部の原因との関係が、血液の運動や変化を規定する。

この場合、血液は全体であると同時に、より大きな秩序の一部分として理解される。

ここで、部分と全体は、絶対的に固定された区別ではなく、どの構造的関係を考慮するかによって規定される。

つまり、あるものは、

  • 内部の関係においては、一つの全体として成立する。
  • より大きな関係においては、その全体の一部分として成立する。

この二つは矛盾しない。

血液は、リンパ液や乳糜などの粒子に対しては全体である。

しかし、人間の身体や外部環境との関係においては、さらに大きな秩序の一部分である。

ここに、階層的な構造的個体化の具体例がある。

5.3 全体と部分の関係は、階層ごとに成立する

この議論は、『エチカ』第二部定理13の物理学的補論の備考とも接続する。

補助定理7の備考では、単純な身体から複合個体へ、さらに複合個体からなるより高度な個体へと、構成の階層が拡張される。

そして、最終的には自然全体を一つの個体として考えることができるとされる。

つまり、個体は、それより小さな個体を部分として持ちうる。

同時に、その個体自身も、さらに大きな個体の部分として成立しうる。

この関係を模式的に表すと、次のようになる。

自然全体

無限に変化するすべての身体を含む全体的秩序

↓

人間の身体

複数の器官・身体システムからなる複合個体

↓

血液

リンパ液・乳糜などの粒子の運動的秩序

↓

構成粒子

それぞれ独自の運動・静止のあり方を持つ身体

ここで注目すべきなのは、同じものが、ある階層では全体であり、別の階層では部分であるということだ。

この階層構造のなかで、ある個体が絶対的な意味で第一であるとは限らない。

血液は、粒子に対しては全体だが、人間の身体に対しては部分である。

人間の身体も、器官や血液に対しては全体だが、自然全体に対しては部分である。

したがって、構造内部の第一性は、絶対的な序列として理解するのではなく、特定の構造的秩序に相対的なものとして理解すべきである。

これは、前回の論証で定式化した「局所的・関係的な第一性」とよく一致する。

5.4 書簡32が示す相互決定

書簡32では、自然に存在するすべての身体は、他の身体に囲まれ、互いに一定の仕方で存在と作用を規定されると説明される。

ここで重要なのは、単に身体が他の身体に影響されるということではない。

身体は、他の身体によって規定されると同時に、他の身体の状態にも関与する。

つまり、身体の存在と作用は、孤立した内部状態によって完結せず、周囲の身体との相互決定のなかで成立する。

スピノザは、このことを自然全体にまで拡張し、全宇宙において運動と静止の一定の関係が維持されるという見方を示している。

ここで、今回の理論にとって非常に重要なことが明らかになる。

全体と部分の関係が相互的であることは、全体内部の諸部分が同じ役割を持つことを意味しない。

それぞれの身体は、他の身体との関係において個体化される。

しかし、その関係において、それぞれの身体が同じ役割を担うわけではない。

ある身体は、別の身体に対して作用する。

ある身体は、その作用を受ける。

また、ある身体は、複合個体の内部で一定の運動伝達の役割を担い、別の身体は異なる役割を担う。

したがって、全体と部分の相互決定のなかでも、局所的な方向性や役割の差異は消えない。

6. 書簡32における第一性の限界――スピノザは何を論証していないのか

ここで、非常に重要な限定を加えなければならない。

書簡32は、自然全体の相互連関を考えるうえで重要なテクストだが、スピノザはこの書簡の冒頭で、自然の各部分が全体とどのような仕方で実際に結合しているのか、その具体的なあり方は自分には分からないと述べている。

彼がここで提示しようとしているのは、各部分が全体と適合し、他の部分と結合していると考える理由であって、その完全な仕組みそのものではない。

その具体的なあり方を知るためには、自然全体とそのすべての部分を知る必要がある、としている。

この点は、今回の分析にとって決して小さな注意ではない。

つまり、書簡32だけから、自然全体の相互構成的な秩序がどのように具体的に成立しているのか、あるいはその内部の第一性がどのように配置されているのかを、完全に再構成することはできない。

さらに、スピノザは、部分相互の関係について、可能な限り対立が小さくなるように、それぞれの本性が互いに適合すると説明している。

これは相互的な適合の説明であって、ある部分が他の部分より本質的に第一であるという説明ではない。

したがって、書簡32から直接導けるのは、次の二点である。

  1. 個体性は、他の身体との関係から独立して成立するものではない。
  2. 部分と全体は、相互に適合し、相互に規定される関係のなかで成立する。

これに対して、第一性の非対称性を導くには、別の分析が必要になる。

ここで重要なのが、物理学的補論の第一公理にある、作用する身体と作用を受ける身体の区別である。

7. 作用する身体と作用を受ける身体――相互決定の内部にある非対称性

物理学的補論の第一公理では、ある身体が他の身体によって変状させられる場合、その変状は、作用を受ける身体と作用する身体の双方の本性から同時に帰結するとされる。

ここには、二つの異なる側面がある。

第一に、変状は双方の本性に依存する。

第二に、作用する身体と作用を受ける身体は、同じ役割を担っているわけではない。

たとえば、ある身体Aが身体Bに作用する場合、Bの変状は、Aの本性だけから決まるのではない。B自身の本性も、その変状のあり方を規定する。

したがって、ここでの作用は、AからBへの単純な一方向の決定ではない。

Aの作用とBの本性が、同じ変状の成立に同時に関与する。

しかし、このことは、AとBの役割が同一であることを意味しない。

Aは作用する身体として、Bは作用を受ける身体として、その関係において異なる位置を占めている。

ここで、相互的な成立と非対称的な役割が一つの関係のなかに共存している。

ただし、さらに厳密に区別しなければならないことがある。

作用する身体と作用を受ける身体の区別は、第一性そのものではない。

それは、まず因果的・動態的な役割の非対称性である。

ある身体が別の身体に作用することは、その身体が、相手の個体性そのものを構成的に決定することと同じではない。

したがって、作用する身体が常に存在論的に第一であると結論してはならない。

しかし、ここで示されているのは、相互に関与する複合的な秩序の内部に、方向性を持つ関係が成立しうるということだ。

この方向性が、一定の構造的秩序のなかで個体性の維持や規定に関与するならば、単なる因果的な非対称性から、構成的な非対称性への接続が可能になる。

今回の分析では、次のように区別するのが適切だ。

関係スピノザのテクストにおける根拠「第一性の遡及的成立」との関係
相互的な構成部分相互の運動伝達構造と構造項の相互構成
個体化一定の運動と静止の関係の維持構造的個体化
作用・被作用作用する身体と作用を受ける身体内部的な役割の非対称性
同一性の決定関係的秩序の維持構造的な優先性の基礎

ここで、スピノザのテクストが示すものと、そこから今回の理論が発展的に構成するものの境界が明確になる。

8. スピノザの複合個体から導かれる「構造内部の第一性」

ここまでの分析を統合すれば、スピノザの複合個体には、今回の理論にとって重要な構造が見いだされる。

まず、個体性は構成要素の物質的同一性によって成立するのではない。

それは、構成要素の相互的な運動伝達関係によって成立する。

次に、その関係的秩序は、構成要素によって実現される一方、構成要素が複合個体の部分としてどのような位置を占めるのかを規定する。

さらに、その関係的秩序が維持される限り、構成要素の交代や変化を超えて個体の同一性が維持される。

ここで、関係的秩序は、個体の同一性を決定するうえで、個々の構成要素の物質的同一性に対して優先的な役割を担う。

この優先性は、独立した実体が構成要素を支配しているという意味ではない。

構造項が構造を成立させることと、構造が構造項を個体化することが相互に成立しているにもかかわらず、個体の同一性を決定するという側面において、構造的な関係の不変性が優先しているということである。

ここから、今回の理論に必要な概念を、もう一段階精密に定義できる。

8.1 構造的第一性の二つの形態

これまでの論証では、第一性を、ある構造項の位置や役割が他の構造項の位置や役割を非対称的に限定する関係として定義してきた。

しかし、スピノザの複合個体を分析すると、第一性には少なくとも二つの形態があることが分かる。

第一の形態:項相互の位置的第一性

ある構造項が、特定の規定次元において、他の構造項の位置や役割を構成的に限定する場合である。

これは、前回定義した第一性に当たる。

たとえば、構造内部でAの規定がBの役割を限定し、逆方向の限定が同じ仕方では成立しない場合、AはBに対して第一である。

第二の形態:構造的秩序の同一性決定上の第一性

構造を構成する諸項の物質的同一性が変化しても、構造的な不変性が維持されることで個体の同一性が存続する場合である。

この場合、第一性は、特定の構造項が他の項より優れているという意味ではない。

関係的秩序そのものが、個体性の同一性を決定するという意味で優先している。

スピノザの複合個体論が、特に強く示しているのは第二の形態である。

これを前回の理論に追加するならば、第一性は、必ずしも一つの身体が他の身体より優先するという仕方で現れる必要はない。

構造内部の関係的な契機が、他の構成的契機に対して同一性決定上の優先性を持つこともありうる。

ただし、これは新しい独立実体を追加することではない。

関係的秩序とは、構成要素の外部にある何かではなく、構成要素相互の関係そのものだからである。

8.2 第一性は、構造的秩序の外部に存在しない

ここで、今回の理論にとって最も重要な命題が導かれる。

スピノザの複合個体では、関係的秩序が構成要素とは独立した実体として存在しているわけではない。

その秩序は、構成要素の運動と静止の関係として存在する。

しかし、その同じ秩序が、個体の同一性を決定する条件になる。

つまり、構造的秩序は、それを構成する諸項なしには成立しないが、それらの諸項が一定の個体の部分として成立する条件を規定する。

ここに相互構成と第一性の結合がある。

第一性は、構造を構成するものに対して構造が持つ、同一性決定上の非対称的な優先性として成立する。

この意味で、第一性は、構造に先立って存在するものではない。

構造的秩序が成立することによって、その内部において、何が個体の同一性を決定するのかという優先性が成立する。

これが、スピノザの複合個体を通じて具体的に理解できる「第一性の遡及的成立」の一つの形態である。

9. 最も強い反論への応答

ここまでの分析を、さらに厳密にするため、考えられる反論を検討しよう。

反論1:運動と静止の一定の関係を、個体性の根拠とするのは循環しているのではないか

これは、スピノザの複合個体論に対する重要な批判である。

身体相互の運動と静止の関係によって個体を定義する場合、そもそも運動と静止を担う身体が、すでに個体として区別されていなければならないのではないか。

つまり、個体性を関係によって説明しながら、その関係の構成要素として、すでに個体化された身体を前提にしているのではないかという問題だ。

実際、スピノザの物理学的補論には、この問題が残されている。

スタンフォード哲学百科事典の「Spinoza’s Physical Theory」も、運動と静止による身体の区別が、それ自体で身体の個体化を十分に説明できるのかという問題を指摘している。

特に、単純な身体の区別も運動と静止によって説明されるため、運動と静止の規定が身体の個体化を前提としているのではないかという疑問が生じる。また、Gabbeyは、固定された比率の数学的表現や、それを維持する法則がスピノザ自身によって十分に説明されていないと批判している。

この批判は正当なものだ。

しかし、今回の理論からは、この問題に対して一つの重要な整理を与えることができる。

それは、次の二つを区別することだ。

  • ある身体が、それ自体で一つの個体として成立すること。
  • ある身体が、特定の複合個体の部分として成立すること。

ある身体が複合個体の部分となるためには、その身体がその複合個体の内部でどのような位置と役割を持つのかが規定されなければならない。

しかし、その身体が別の複合個体として成立していることは、必ずしも否定されない。

つまり、同じ身体は、ある構造においては一つの個体でありながら、別の構造においては部分として成立する。

この階層的な個体化を認めれば、複合個体の構造項が、すべて最初から完成した個体でなければならないという要求を避けることができる。

さらに、構造項を、完成した個体ではなく、構造を構成する差異化された契機として捉えることも可能になる。

この場合、構造項は、構造に先立って個体として完成している必要はない。

ただし、ここで循環問題が完全に消滅したと主張することはできない。

スピノザの理論において、単純な身体の区別をどのように十分に説明するかという問題は残る。

今回の理論が示せるのは、個体性を階層的・相互構成的に説明する方向であり、スピノザの物理学的補論に残るすべての問題を解消することではない。

反論2:運動と静止の比率は、単なる記述上の不変性にすぎないのではないか

構造的な関係が維持されているというだけでは、それが個体の同一性を実際に成立させているとは限らない。

単に、同一性を持つ個体に対して、その特徴を記述しているだけかもしれない。

これに対しては、補助定理4〜7の役割を確認すればよい。

スピノザは、構成要素が交代しても個体性が維持されること、大きさや方向が変化しても個体性が維持されることを論じている。

つまり、関係的秩序は、単に個体が持つ特徴の一つではない。

何が変化しても同じ個体であり続けることができるのかを決定する条件として扱われている。

ここには、記述的な不変性と構成的な不変性の違いがある。

記述的な不変性とは、すでに成立している個体について、ある性質が維持されていることを意味する。

構成的な不変性とは、その性質や関係が維持されることによって、その個体が同じ個体として成立し続けることを意味する。

スピノザの補助定理4〜7が示そうとしているのは、後者である。

この点で、運動と静止の関係は、単なる観察上の特徴ではなく、個体の同一性を規定する構成的条件として位置づけられる。

ただし、固定された関係がどのような形で数量的に表現されるのかについては、前述のとおり、スピノザ自身の説明は十分ではない。

そのため、「運動と静止の比率」という語を、単純な数値比として読むことには慎重であるべきだろう。

反論3:部分と全体が相互に規定されるなら、第一性を導入する必要はないのではないか

この反論は、今回の理論にとって特に重要だ。

スピノザの書簡32では、部分と全体は相互に適合し、相互に規定される関係にある。

したがって、そこに第一性という非対称的な関係を導入する必要はないのではないか。

これに対しては、相互構成と同一性決定上の優先性を区別することで応答できる。

複合個体を構成する身体は、全体の成立に関与している。

しかし、その全体が同じ個体として存続するかどうかは、構成要素の物質的同一性ではなく、部分相互の関係的秩序が維持されているかどうかによって決まる。

したがって、構成要素が全体を成立させるという相互構成関係と、関係的秩序が個体の同一性を決定するという優先関係は異なる。

この優先関係は、全体と部分の相互依存を否定しない。

むしろ、相互依存の内部に、何が個体の同一性を決定するのかという非対称性があることを示している。

反論4:それは第一性ではなく、単に個体の定義にすぎないのではないか

確かに、複合個体を一定の運動関係によって定義し、その関係が個体の同一性を決定すると述べるだけなら、第一性という概念を使う必要はないかもしれない。

しかし、ここで重要なのは、構造と構造項のあいだに成立する相互構成関係との結合である。

具体的な構成要素は、構造を成立させる。

しかし、その構成要素の物質的同一性は、個体の同一性を決定する最終的な条件ではない。

構造的秩序が維持されることによって、異なる構成要素が同一の個体の部分として成立し続ける。

つまり、関係的秩序は、構成要素によって成立する一方で、構成要素がどのような個体の部分として成立するかを規定している。

ここに、構成関係と個体化関係の非対称な結合がある。

第一性を導入する意義は、この非対称性を明示することにある。

10. 「第一性の遡及的成立」による最終的な再構成

ここまでの分析を踏まえて、今回のスピノザの複合個体論を、「第一性の遡及的成立」の観点から最終的に再構成しよう。

定義1:複合個体

複合個体とは、複数の構成項が一定の関係的秩序を形成することによって、一つの個体として成立するものをいう。

定義2:構造的秩序

構造的秩序とは、構成項のあいだに成立し、それらの位置・役割・相互関係を規定する内在的な関係の組織化をいう。

定義3:構造的個体化

構造的個体化とは、構成項が構造内部の位置と役割によって、特定の個体の部分として成立することである。

定義4:同一性決定上の構造的第一性

同一性決定上の構造的第一性とは、構造項が構造を構成する一方で、構造的秩序が構成項の交代や変化を通じて、何が同一の個体として存続するのかを規定するという、個体の同一性に関する非対称的な優先関係である。

前提I:構造項による構造の成立

複合個体の構造は、構成項とその相互関係によって成立する。

前提II:構造による構造項の個体化

構成項は、構造内部の位置と役割によって、特定の複合個体の部分として個体化される。

前提III:構造的秩序の不変性

構成項の物質的同一性や状態が変化しても、構造的秩序が維持されるならば、複合個体の同一性は維持されうる。

前提IV:構造的秩序の同一性決定上の優先性

構成項の物質的同一性よりも、構造的秩序の維持が複合個体の同一性を決定するという点で、構造的秩序は構成項に対して優先的な役割を持つ。

前提V:構造的秩序の非独立性

構造的秩序は、構成項とその関係なしには現実に成立しない。したがって、その優先性は、構成項からの独立性を意味しない。

結論

したがって、複合個体においては、構造項が構造を構成し、構造が構造項を個体化するという相互構成関係が成立する一方で、個体の同一性を決定するという規定次元において、構造的秩序は構成項の物質的同一性に対して非対称的な優先性を持つ。

この優先性は、構造に先立って独立に存在するものではない。

それは、構造項と構造の相互構成によって成立した構造的秩序の内部において、個体の同一性を規定する関係として成立する。

以上が、スピノザの複合個体を通じて導かれる、「第一性の遡及的成立」の具体的なモデルである。

11. スピノザの自然全体を、一つの個体として考えることの意味

最後に、今回の分析を自然全体に拡張しよう。

『エチカ』第二部定理13の補助定理7の備考では、スピノザは、より複雑な個体が、異なる性質を持つ複数の個体から構成されることを考える。

さらに、その複合体を構成する各部分が、それ自身も複数の身体から構成されていると考えるならば、個体は、より多くの仕方で変化しながらも、その本性を維持することができる。

このような構造を無限に拡張することで、自然全体を一つの個体として考えることができる。

その個体の部分、つまりすべての身体は無限の仕方で変化するが、個体全体には変化が生じない。

ここで、今回の理論にとって決定的な意味が生じる。

自然全体を一つの個体として考えるならば、自然の内部にある有限な個体は、それぞれ独立した存在者として完結しているわけではない。

各個体は、より大きな構造の内部に位置づけられ、他の個体との関係において存在し、作用する。

そして、自然全体においては、個々の身体が無限に変化しても、全体的な個体性は維持される。

この構想は、個体性を構成要素の物質的同一性から切り離し、構造的秩序によって理解する方向を徹底している。

ただし、ここで自然全体における第一性についても限定が必要だ。

自然全体が一つの個体であるということは、自然全体の内部に、ある有限な身体が絶対的に第一であることを意味しない。

有限な個体は、それぞれ異なる構造的秩序に属し、その秩序の内部で異なる位置と役割を持つ。

したがって、第一性は、自然全体において一つの絶対的な中心として存在するのではなく、局所的な構造の内部に、関係的な優先性として成立する。

ここで、今回の理論が最初から主張してきたことが、明確な形で現れる。

第一性は、自然全体の外部にある絶対的な第一原理として存在するのではない。個体性が構造的に成立する自然の内部において、それぞれの構造に相対的な優先関係として成立する。

この意味で、自然全体を一つの個体として考えるスピノザの構想は、「第一性の遡及的成立」が採用する存在論的な方向性と深く接続する。

12. 最終結論――スピノザの複合個体は、構造的個体化と第一性の両立を具体的に示している

今回の分析によって、スピノザの複合個体論が「第一性の遡及的成立」にとってどのような意味を持つのかが明らかになった。

まず、第二部定理13の物理学的補論では、複合個体の個体性が、構成要素の物質的同一性によってではなく、部分相互の運動と静止の一定の関係によって成立することが示されている。

補助定理4〜7では、構成要素の交代、大きさの変化、運動方向の変化、個体全体の運動状態の変化を通じても、関係的秩序が維持される限り、個体性が保持されることが論じられている。

ここから、個体性が構造的な秩序によって成立するという、構造的個体化の具体的なモデルが得られた。

次に、書簡32では、部分と全体が相互に適合し、相互に規定される関係のなかで成立することが示される。

血液は、内部の粒子との関係においては一つの全体であるが、人間の身体や外部環境との関係においては一つの部分となる。

つまり、個体性は、特定の階層において固定された絶対的なものではない。

それは、関係的な秩序のなかで、全体と部分の異なる位置を占めながら成立する。

さらに、作用する身体と作用を受ける身体の区別からは、相互に関与する秩序の内部に、異なる役割と方向性が成立しうることが確認できる。

ただし、ここでの因果的な役割の非対称性を、そのまま存在論的第一性と同一視することはできない。

今回、第一性として明確に取り出せたのは、複合個体の同一性を決定するうえで、関係的秩序が個々の構成要素の物質的同一性よりも優先するという、同一性決定上の非対称性である。

この優先性は、構造が構造項から独立して存在することを意味しない。

構造は構造項によって成立する。

しかし、構造項が特定の個体の部分として何であるか、また、何が変化しても同じ個体であり続けるのかは、構造的秩序によって規定される。

したがって、構造と構造項の相互構成は、構造内部の第一性を排除しない。

むしろ、構造的秩序が個体性の成立条件であるからこそ、その内部に、個体の同一性を決定する非対称的な優先関係が成立する。

以上から、今回の分析の結論を次のように定式化できる。

複合個体は、構成要素の物質的同一性によってではなく、それらのあいだに維持される関係的秩序によって成立する。この秩序は、構成要素の相互的な運動伝達によって構成される一方、構成要素が一つの個体の部分として成立する条件を規定する。したがって、構造と構造項は相互構成的に成立するが、個体の同一性を決定するという規定次元においては、構造的秩序が構成要素の物質的同一性に対して非対称的な優先性を持つ。この優先性は、構造から独立した原始的な属性ではなく、相互構成的な構造の内部に成立する関係的な第一性である。

これが、スピノザの複合個体を通じて具体的に示された、「第一性の遡及的成立」の存在論的モデルである。

13. 今回の分析で確定した理論的な成果

今回の分析を、これまでの研究課題との関係で整理しておこう。

理論上の問題スピノザの複合個体による具体化「第一性の遡及的成立」への意味
個体性の成立運動と静止の一定の関係による複合個体の成立個体性は原始的事実ではなく、構造的秩序によって説明できる
構造と構造項の相互構成身体が関係的秩序を構成し、その秩序が各身体を部分として個体化する相互構成の具体的なモデルが得られる
個体の同一性構成要素が交代・変化しても、関係的秩序の維持によって個体が存続する構造的秩序が同一性決定上の優先性を持つ
第一性の非対称性関係的秩序が構成要素の物質的同一性より優先する構造内部の第一性を具体化できる
階層的個体化血液・人間の身体・自然全体という全体と部分の関係第一性は構造に相対的に成立する
局所的な非対称性作用する身体と作用を受ける身体の区別相互的な秩序の内部に方向的な役割の差異が存在する

ここで、理論について一つ重要な精密化が得られた。

第一性は、必ずしも特定の構造項Aが、別の構造項Bよりも中心的であるという意味で成立する必要はない。

複合個体の事例では、むしろ、構成要素の物質的同一性よりも、それらを一つの個体として成立させる関係的秩序が、同一性決定上の優先性を持つ。

つまり、第一性には、少なくとも二つの形態がある。

  1. 構造項相互のあいだに成立する位置的・役割的な第一性。
  2. 構成要素の物質的同一性に対して、構造的な不変性が持つ同一性決定上の第一性。

この二つは、同一の原理の異なる現れとして理解できる。

どちらも、構造的秩序の内部に成立する非対称的な関係であり、構造から独立した属性ではない。

スピノザの複合個体論が特に明確に示しているのは、第二の形態である。

この精密化によって、「第一性の遡及的成立」は、構造内の特定の項が他の項を限定する場合だけでなく、構造的な不変性が構成要素の同一性を決定する場合も扱えるようになる。

スピノザのテクストとの関係についての最終的な限定

最後に、今回の分析がスピノザ自身の哲学と、どのような関係にあるのかを明確にしておく。

スピノザが複合個体の構造的個体化を論じていることは、テクストに直接確認できる。

また、部分と全体の相互的な適合や、自然全体における相互決定も、書簡32に明確に示されている。

しかし、スピノザ自身が「第一性の遡及的成立」と同じ理論を構築していたと主張することはできない。

特に、構造内部の非対称的な第一性を、独立した存在論的原理として定式化したわけではない。

今回の分析で行ったのは、スピノザの複合個体論が示す構造的個体化を、私たちの理論の観点から再構成し、そこから同一性決定上の非対称的な優先関係を取り出すことだ。

また、スピノザの運動と静止の関係をめぐる解釈には、量的な規定や個体化の循環性など、先行研究で指摘されている問題が残る。したがって、これをもって「第一性の遡及的成立」全体の妥当性が証明されたとすることもできない。

それでも、今回の事例分析には明確な成果がある。

これまで抽象的に論じてきた構造的個体化と第一性の関係が、複合個体という具体的な存在論的事例のなかで、一つの分析として示されたからだ。

個体性は、構成要素の物質的同一性ではなく、構造的秩序によって成立する。そして、その構造的秩序は、構成要素によって相互構成されながら、個体の同一性を決定するという点で非対称的な優先性を持つ。

これが、今回の分析によって得られた最も重要な結論である。

「第一性の遡及的成立」は、ここで初めて、スピノザの具体的な存在論的事例を用いて、個体性と第一性の成立を一つの構造的な説明として提示できるようになった。


参考文献・関連する研究

一次文献

  • Spinoza, Ethica, Pars II, Propositio 13, Lemma 1–7, Scholium, Postulata.
  • Spinoza, Epistola 32, ad Henricum Oldenburgium, 20 Novembris 1665.

二次文献・研究

  • Don Garrett, “Spinoza’s Theory of Metaphysical Individuation,” in Necessity and Nature in Spinoza’s Philosophy, Oxford University Press, 2018, pp. 295–320. 運動と静止の一定の比率による個体化、個体の存続、コナトゥスとの関係を論じる。
  • Beth Lord, “Spinoza and the Galenic Idea of the Human Body,” in Spinoza on the Human Perspective, Oxford University Press, 2026, pp. 169–184. 人間の身体における運動と静止の比率、部分と全体、外部環境との相互作用を分析する。
  • Emanuele Costa, “To Build a World: Individuals, Composition, and the Universe as a Whole,” in The Structure of Spinoza’s World, Oxford University Press, 2025, pp. 149–184. 個体性と同一性を構造的な概念として捉え、部分と全体の関係を分析する。
  • Kevin S. Jobe, “Spinoza and the Reciprocity of Nature,” Topoi, published May 6, 2026. 『エチカ』、書簡32、デカルト哲学原理を通して、自然の相互決定性と複合個体の関係を論じる。
  • Stanford Encyclopedia of Philosophy, “Spinoza’s Physical Theory.” 運動と静止による個体化の解釈、循環性、比率の量的規定をめぐる論争を整理する。

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