――事後的認識・遡及的正当化・遡及的構成の存在論的区別
- はじめに――「遡及的」という概念に独自の存在論的意味を与える
- 1.まず、⑰の遡及性の定義に残されていた問題を確認する
- 2.三つの概念を厳密に区別する
- 3.なぜ通常の構造的個体化だけでは不十分なのか
- 4.遡及的構成を時間的・存在論的に定式化する
- 5.遡及的構成と通常の構造的個体化の決定的な違い
- 6.遡及的構成は時間的な逆行を必要とするのか
- 7.遡及的構成と第一性の関係――過去の存在にまで第一性は及ぶのか
- 8.遡及的構成を具体的に検証する――組織の成立と創設者の第一性
- 9.最も強い反論――過去の存在論的資格が後から成立するというのは矛盾ではないか
- 10.遡及的構成の存在論的な位置づけ
- 11.最終結論――遡及性とは、後続する構造が先行する存在の構造的な同一性条件を成立させることである
- 今回の論証によって確定したこと
- おわりに
はじめに――「遡及的」という概念に独自の存在論的意味を与える
今回の検討は、「第一性の遡及的成立」という理論の名称そのものに関わる問題である。
これまでの議論では、個体性が構造的秩序によって成立することを論証し、さらに構造内部の非対称的な基礎づけ関係によって、ある項が他の項に対して第一のものとして成立することを説明してきた。
特に⑰では、構造・個体性・第一性という三つの存在論的水準を統合し、構造的秩序の成立によって、その内部に位置する項の構造相対的な同一性と優先的位置が確定することを論証した。
しかし、そこにはまだ問題が残されていた。
構造が成立することによって、その内部にある項の位置や役割が決定されるという主張は、一般的な関係的存在論や構造的個体化論からも導かれる可能性がある。
したがって、単に構造が個体性を規定するというだけでは、「遡及的」という概念の独自性を十分に確立できない。
この問題を解決するためには、構造による個体化と、遡及的構成とを明確に区別しなければならない。
今回の結論を先に述べておこう。
遡及的構成とは、後に成立する構造的全体が、それ以前から存在していた構成要素の過去の存在そのものを変更することなく、その存在者が当該構造において何であるかという同一性条件を、過去にまで遡って確定することである。
ここで重要なのは、後に成立した構造が単に現在の項の位置や役割を決めるのではないという点である。
その構造は、自らの成立に先行していた存在者の履歴をも、自らの構成的な前史として位置づける。
つまり、構造の成立によって新たに確定するのは、現在の構造項としての個体性だけではない。
その構造項が成立する以前に何であったのか、どのような存在を前提として成立したのか、そしてその存在者のうち何が当該構造の同一性にとって構成的な意味を持つのかということまでが、構造との関係において確定するのである。
これを、今回の中心命題としたい。
1.まず、⑰の遡及性の定義に残されていた問題を確認する
⑰では、遡及性について次のように論じた。
構造が成立する以前に構成要素が時間的に存在していたとしても、問題はない。
第一性の遡及的成立は、時間的な前後関係や因果的な先行関係を逆転させるものではない。
また、後から得られた認識によって過去の出来事の意味が変わるという、単なる認識論的な遡及でもない。
そこで、問題になっているのは構成的順序であり、構造が成立することによって、その項の構造相対的な同一性と優先的位置が確定することを遡及的成立と定義した。
この定義には、重要な意義がある。
しかし、ここでは二つの事柄が十分に区別されていなかった。
第一は、構造が成立することによって、現在の構造項の位置や役割が確定することである。
第二は、その構造の成立によって、それ以前から存在していた構成要素の過去の存在が、当該構造における成立条件として位置づけられることである。
この二つは同じではない。
例えば、ある細胞が組織の一部になる場合を考えてみよう。
細胞は、それ自体としてすでに個体である。
しかし、組織が成立することによって、その細胞は特定の位置や役割を持つ組織項として個体化される。
これは構造的個体化の典型的な事例である。
ただし、これだけでは遡及性の固有性を示したことにならない。
通常の構造的個体化論でも説明できるからである。
今回さらに問題にするのは、その組織が成立することによって、組織の成立以前に存在していた細胞の状態や履歴が、その組織を構成するものの前史として確定するという事態である。
もちろん、組織が成立する以前から、その組織が存在していたと主張するのではない。
その時点では、細胞は下位水準の個体として存在している。
しかし、後に組織が成立することによって、その細胞の過去の存在は、組織の構成項としての同一性を説明する履歴の一部として位置づけられる。
ここで初めて、単なる構造的個体化を超えた問題が現れる。
したがって、今回必要なのは、次の二つの論理を区別することである。
- 構造が成立することによって、項の現在の構造相対的な個体性が成立する。
- 構造が成立することによって、項の過去の存在が、その構造における同一性の成立条件として遡及的に確定する。
後者こそが、今回新たに定式化する遡及的構成である。
2.三つの概念を厳密に区別する
今回の検討では、次の三つを区別しなければならない。
| 概念 | 意味 | 何が成立するのか |
|---|---|---|
| 事後的認識 | 後から対象の状態や関係を知る | 認識 |
| 遡及的正当化 | 後続する展開によって先行する主張の正当性が確定する | 説明・正当化の資格 |
| 遡及的構成 | 後に成立した構造によって、先行する存在者の構造相対的な同一性条件が確定する | 存在論的規定 |
それぞれを確認しよう。
2.1 事後的認識
事後的認識とは、ある対象や関係がすでに成立しているにもかかわらず、それを認識するのが後になるということである。
例えば、ある構造が以前から存在していたが、研究者がその構造を発見したのは後になってからだったとする。
この場合、後に新しく成立するのは研究者の認識である。
対象の存在や構造的な同一性条件そのものが、その認識によって成立するわけではない。
つまり、認識以前と認識以後では、認識主体の知識が変化するだけである。
したがって、これは遡及的構成ではない。
2.2 遡及的正当化
次に、遡及的正当化を考える。
ある理論が、暫定的な仮説Aを出発点として展開され、その後に得られた結果Bによって、仮説Aの正当性が確立されたとする。
この場合、後に成立したBによって、先行するAの正当性が遡及的に確定する。
ここでは、後続する結果が、それ以前の出発点を正当化する。
しかし、変化しているのはAの正当化の資格である。
Aが何であるかという存在論的な同一性条件が、Bによって新たに成立するわけではない。
したがって、これも遡及的構成とは異なる。
2.3 遡及的構成
これに対して、遡及的構成では、後に成立した構造が、先行する存在者の構造相対的な同一性条件そのものを成立させる。
ここでは、後続するものは、先行するものを認識したり正当化したりするだけではない。
それ以前から存在していたものを、当該構造にとって何であるかという存在論的な資格において確定する。
例えば、ある構成要素が時間的には構造に先行して存在していたとしても、それが後に成立する構造においてどのような構造項となるのか、その位置や役割が他の項に対してどのような優先性を持つのかは、構造の成立以前には確定していない。
構造が成立することによって、その存在者の構造相対的な個体性と第一性が初めて成立する。
したがって、三つの違いは次のようにまとめられる。
事後的認識では、認識が後から成立する。
遡及的正当化では、正当性が後から成立する。
遡及的構成では、存在論的な規定そのものが、構造の成立を通じて成立する。
この区別によって、今回目指すべき遡及性の意味が明確になった。
3.なぜ通常の構造的個体化だけでは不十分なのか
ここで、今回の問題をもう一段階厳密に検討したい。
通常の構造的個体化論は、個体性が独立した実体の内部にあらかじめ備わっているのではなく、関係的な秩序によって成立することを説明する。
この点では、「第一性の遡及的成立」と共通する部分がある。
したがって、単に関係が個体性を成立させるという主張を繰り返すだけでは、独自の理論にはならない。
では、両者を区別する基準は何だろうか。
私は、ここに二つの異なる構成関係を導入する必要があると考える。
第一は、構造の成立と同時に、現在の項の構造相対的な個体性が成立する関係である。
第二は、後に成立する構造が、それ以前の存在者の履歴を、自らの構成的な前史として確定する関係である。
前者は、構造内部の個体化である。
後者は、構造の成立条件が先行する存在者の過去にまで遡って確定することである。
ここで重要なのは、後者が単に過去の存在者に新しい関係的属性を付け加えるだけではないという点である。
その構造は、自らの同一性を成立させるために、何を自らの構成的な前史として含むのかを確定する。
つまり、構造の成立によって、先行する存在者の履歴のうち、何が当該構造の個体性を成立させる条件として機能しているのかが定まるのである。
この点が、単なる関係的規定との違いになる。
3.1 関係的属性の獲得と、存在論的な履歴の構成は異なる
例えば、ある人物Aが組織Sに所属するようになったとしよう。
その時点で、AはSの構成員という関係的属性を獲得する。
しかし、それだけなら通常の関係的規定にすぎない。
一方、AがSの成立以前から行っていた活動が、Sの成立後に、その組織の創設過程を構成する活動として位置づけられる場合を考える。
このとき、新たに成立するのは、Aの現在の所属だけではない。
Sの成立によって、それ以前のAの活動のうち何がSの成立条件を構成していたのかが確定する。
さらに、AがSの成立において果たした役割が、他の構成員との関係のなかで非対称的に規定されているならば、AはSの内部において第一のものとして成立する可能性もある。
ここでは、後に成立したSが、Aの過去の活動の存在そのものを変更するのではない。
それらの活動がSにとって何であったのかという存在論的な規定を成立させるのである。
したがって、単なる関係的属性の獲得と、過去の存在が新たな構造の成立条件として確定することは異なる。
3.2 構造の成立は、過去のどの部分が構成的であるかを選別する
さらに重要なのは、構造が成立することによって、先行する存在者の履歴すべてが無差別に構成的になるわけではないということである。
⑳では、構造的不変項の実現に必要な構成的依存関係の最小完全閉包によって、構造の境界が決定されることを論証した。
この原理を時間的な履歴に適用すると、構造の成立によって、その構造の同一性を説明するうえで必要な過去の条件と、単なる外的・偶然的な出来事とを区別できる。
例えば、ある組織の成立以前に、その創設者が経験したあらゆる出来事が、その組織の成立条件になるわけではない。
重要なのは、組織の構造的不変項を実現するための構成的依存関係に参与していた出来事である。
したがって、構造の成立は、過去の履歴を単に取り込むのではない。
その構造の同一性にとって何が構成的な前史であるのかを決定する。
ここに、遡及的構成の存在論的な意味がある。
4.遡及的構成を時間的・存在論的に定式化する
ここまでの議論を、形式的に整理しよう。
二つの時点を考える。
- t₀:構造Sが成立する以前。
- t₁:構造Sが成立した時点。
時間的には、
t₀ < t₁
である。
まず、t₀において、ある存在者bが下位水準の個体として成立しているとする。
I_L(b, t₀)
ここで、Lは下位の存在論的水準を表す。
この段階では、bは存在している。
しかし、構造Sはまだ成立していない。
したがって、bがSの構造項として何であるかは、まだ確定していない。
次に、t₁において、bを含む複数の構成要素と、それらの構成的関係によって構造Sが成立するとする。
C(B, R, t₁) → S
ここで、
- B:構成要素群
- R:それらの構成的関係
- S:成立した構造
である。
そして、Sが成立することによって、bはSの内部で特定の位置と役割を獲得し、構造項として個体化される。
I(S, b, mᵢ) → xᵢˢ
ここまでは、⑳の議論によって確立されている構造的個体化である。
しかし、今回さらに導入するのは、次の関係である。
R_S(b@t₀ → xᵢˢ@t₁)
これは、t₁に成立した構造Sが、t₀に存在していたbの履歴を、xᵢˢの構成的な前史として遡及的に規定することを表す。
ここでの矢印は、時間的な因果作用ではない。
また、構造Sがt₀にすでに存在していたという意味でもない。
意味しているのは、後に成立した構造が、その構成項の成立条件を過去にまで遡って確定するということである。
4.1 遡及的構成の成立条件
この関係が単なる事後的な説明や認識ではなく、存在論的な構成であるためには、次の条件が必要になる。
第一条件:先行する存在の成立
構造が成立する以前に、その構造の実現に参与する存在者が、下位水準の個体として存在していること。
ただし、最下位水準においては、⑲で論じた前個体的差異のような、個体化以前の構造的契機も認められる。
第二条件:後続する構造の実在的成立
後に成立する構造が、単なる認識上の分類や概念的な設定ではなく、構成要素と構成的関係によって実在的に成立していること。
第三条件:構造的不変項による過去の選別
後続する構造の不変項が、先行する存在者の履歴のうち、何が当該構造の成立条件として構成的な意味を持つのかを規定すること。
第四条件:構造相対的同一性への実在的な効果
その規定が、単なる呼称や記述の変更にとどまらず、当該構造項の同一性条件、存続条件、位置や役割の成立条件を決定すること。
第五条件:過去の状態と後続する構造の区別
後続する構造によって先行する存在者の構造相対的な位置づけが成立するのであって、先行する時点にその構造が存在していたと仮定しないこと。
この五つの条件が満たされるとき、初めて遡及的構成が成立する。
4.2 遡及的構成の定義
以上を踏まえて、遡及的構成を次のように定義する。
遡及的構成
ある構造的全体Sが時点t₁において実在的に成立するとき、その構造の不変項が、時点t₀においてすでに存在していた構成要素bの履歴のうち、何がSの成立を構成する前史であるかを確定し、その存在者の構造相対的な同一性条件を成立させること。
ただし、t₀における存在者の下位水準の個体性や、その時点で実際に生じていた事実が、後から変更されることを意味しない。
この定義によって、遡及性の独自の意味が確定する。
遡及的構成は、後続する構造による単なる関係的個体化ではない。
後続する構造が、先行する存在者の履歴を自らの構成的な前史として規定することによって、その存在者が当該構造において何であるかを成立させるのである。
5.遡及的構成と通常の構造的個体化の決定的な違い
ここで、二つの構成関係をもう一度比較してみよう。
| 比較 | 通常の構造的個体化 | 遡及的構成 |
|---|---|---|
| 構造の役割 | 項の現在の位置・役割を規定する | 現在の位置・役割に加え、過去の成立条件を規定する |
| 対象 | 構造内の項 | 構造内の項とその過去の履歴 |
| 成立するもの | 構造相対的な個体性 | 構造相対的な個体性と、その存在論的な前史 |
| 規定の方向 | 構造から現在の項へ | 後続する構造から先行する存在の構造相対的な資格へ |
| 遡及性 | 必ずしも必要ではない | 本質的な条件 |
| 存在論的な効果 | 現在の項の個体化 | 過去の存在を含む構造的同一性条件の確定 |
この比較から、重要なことが分かる。
通常の構造的個体化は、構造の内部にある項が何であるかを説明する。
しかし、遡及的構成は、さらに、その項が成立する以前に存在していたものが、現在の構造項の成立にとって何であったのかを説明する。
つまり、後者には、時間的に先行する存在と、時間的に後続する構造とのあいだに成立する、独特の存在論的な規定関係がある。
5.1 遡及性は、単なる後付けの関係的属性ではない
ここで、一つの反論を考えておきたい。
「結局、後から成立した構造が過去の存在者に新しい関係的属性を与えるというだけではないか。それなら通常の関係的存在論で説明できるのではないか。」
この反論には、重要な部分がある。
確かに、後に成立した構造と過去の存在者とのあいだに新しい関係が成立すること自体は、関係的存在論と両立する。
したがって、遡及的構成が関係的存在論と原理的に無関係な別の存在論であると主張する必要はない。
しかし、今回の理論の独自性は、単に過去に向かう関係を認めることにはない。
問題は、その関係が何を成立させるのかである。
通常の外的関係であれば、あるものと別のものとの関係が成立しても、それぞれの同一性条件が変わるとは限らない。
例えば、AとBが後に出会ったとしても、そのことだけでAやBの同一性条件が決定されるわけではない。
これに対して、遡及的構成においては、後に成立する構造が、その構造項の同一性を維持するために必要な過去の条件を規定する。
つまり、その関係は、単なる外的な属性ではなく、当該構造項が何であるかを成立させる構成的関係である。
この点が決定的に異なる。
さらに、遡及的構成が実在的な構成であるためには、その過去の規定が、当該構造の同一性や存続に対して反事実的な効果を持たなければならない。
過去の条件が異なっていれば、同じ構造項として成立したかどうかが変わる。
あるいは、その構造の同一性が維持される条件が異なる。
このような効果が存在する場合、遡及的な規定は単なる記述の問題ではない。
構造的同一性を成立させる実在的な条件なのである。
したがって、今回の理論は、関係的存在論を否定することで独自性を獲得するのではない。
関係的存在論のなかでも、特に後続する構造が先行する存在の同一性条件を構成するという、非対称的な遡及構成の形式を明らかにすることによって独自性を獲得するのである。
6.遡及的構成は時間的な逆行を必要とするのか
ここで、もう一度、時間との関係を確認しておこう。
今回の理論では、遡及性という名称を使用しているため、時間的な逆行や過去への因果作用を想定していると誤解される可能性がある。
しかし、そのような主張は必要ない。
むしろ、次の三つの順序を厳密に区別する必要がある。
第一に、時間的順序。
構成要素が構造に先行して存在することがある。
t₀ < t₁
第二に、構成的順序。
構造が成立することによって、その内部の項の同一性条件が確定する。
S(t₁) → I_S(x)
第三に、遡及的規定の方向。
後に成立した構造が、先行する存在者の履歴を当該構造の成立条件として規定する。
S(t₁) → H_S(b@t₀)
ここで、最後の矢印は、構造Sが過去の存在者を時間的に変化させることを意味しない。
構造Sが成立した時点において、その存在者の過去の履歴に新しい構造相対的な資格が成立することを意味している。
つまり、遡及性は時間的な因果方向の逆転ではない。
構成的な規定が、時間的には先行する存在の履歴にまで及ぶことなのである。
6.1 過去の事実は変更されない
ここは特に重要なので、明確にしておきたい。
t₀における存在者bの性質や出来事は、その時点で成立していた事実として維持される。
t₁に構造Sが成立したからといって、t₀におけるbの物質的な状態や行為が変更されるわけではない。
変化するのは、その過去の存在が、Sとの関係においてどのような存在論的資格を持つのかということである。
例えば、ある活動がt₀において単独の個人の活動として存在していたとする。
その後、t₁において組織Sが成立し、その活動がSの成立にとって構成的な役割を果たしていたことが、実際の組織構造によって確定するとしよう。
このとき、その活動がt₀において組織Sの一部だったということにはならない。
しかし、t₁に成立したSにとって、その活動は自らの構造的な前史を構成する活動となる。
ここで、過去の出来事そのものは変更されていない。
しかし、その出来事が後に成立した構造にとって何であったかは、構造との関係において確定している。
これが遡及的構成である。
7.遡及的構成と第一性の関係――過去の存在にまで第一性は及ぶのか
ここで、今回の論証を理論全体の目的に戻して接続したい。
「第一性の遡及的成立」が説明しようとしているのは、単に個体性が構造によって成立することではない。
最終的な目的は、構造内部のある項が、どのようにして他の項に対して第一のものとして成立するのかを説明することである。
前回の㉑では、構造的同一性規定の非対称性原理を導入した。
その原理によれば、構造の同一性を維持する許容変化の領域において、ある項Aの規定が別の項Bの構造内的な同一性条件を非対称的に限定するならば、AはBに対して基礎づけ上の優先性を持つ。
A ≺d B
今回の遡及的構成の議論は、この第一性の成立に、さらに時間的な射程を与える。
つまり、ある項AがBに対して第一であることは、構造が成立した時点におけるAとBの関係だけで確定するわけではない。
構造の成立によって、AとBがそれぞれどのような履歴から成立したのか、そしてその履歴のうち何が構造的な同一性を成立させる条件になっているのかも確定する。
したがって、Aの第一性は、構造成立以前からAに備わっていた属性ではない。
構造成立以前のAの存在は、Aの下位水準における個体性として認められる。
しかし、AがSにおいて第一であるという存在論的な位置は、Sの成立によって初めて確定する。
さらに、その第一性を成立させる構成的条件は、Aの構造成立以前の履歴にまで遡って位置づけられる。
ここで重要なのは、第一性が遡及的に成立するということが、二つの意味を持つようになった点である。
第一の意味:構造相対的な第一性の成立
構造が成立することによって、ある項が他の項に対して第一のものとして成立する。
第二の意味:第一性の成立条件の遡及的確定
その第一性を成立させる条件が、構造の成立以前に存在していたものの履歴にまで遡って確定する。
この二つが結びつくことによって、理論の名称に含まれる「遡及的成立」の意味がより明確になる。
第一性は、構造の内部で成立する。
しかし、その第一性を成立させる構造的な同一性条件は、構造が成立する以前の存在にまで遡って規定される。
このようにして、第一性の遡及的成立は、現在の構造内部の優先性だけでなく、その優先性の成立条件そのものがどのようにして確定するのかを説明する理論となる。
8.遡及的構成を具体的に検証する――組織の成立と創設者の第一性
ここまでの議論を、具体的なモデルによって検証しよう。
ある複数の人間が、組織を設立する以前から、独立して活動していたとする。
時点t₀では、彼らはそれぞれ独立した個人として存在し、様々な活動を行っている。
この段階では、組織Sはまだ成立していない。
したがって、彼らはSの構成員でもなければ、Sにおける特定の役割を持つ構造項でもない。
次に、時点t₁において、彼らの活動や関係が統合され、一定の規約や役割分担を持つ組織Sが成立したとする。
このとき、各人はSの構成員として個体化される。
さらに、組織の成立以前に行われていた活動のうち、どれが組織Sの成立条件を構成していたのかも、組織の構造的不変項との関係において確定する。
例えば、ある人物Aが、組織の設立以前から、その目的や活動原理を定めるうえで不可欠な役割を担っていたとする。
一方、人物Bは、組織の成立に参加したものの、その組織の基本的な方向性や成立条件を規定してはいなかったとする。
組織Sが成立した後、Aは単に構成員の一人として存在するのではなく、組織の成立を規定した第一の契機として位置づけられる。
この場合、
A ≺d B
という第一性が成立する可能性がある。
しかし、この第一性は、t₀においてAがすでに組織Sの第一の構成員だったことを意味しない。
その時点では、組織Sは存在していなかった。
Aは独立した個人として活動していたのである。
ところが、t₁において組織Sが成立することによって、Aの過去の活動が、Sの成立を規定した構成的な前史として確定する。
そして、その前史とSの内部の非対称的な依存関係によって、Aの第一性が成立する。
ここで重要なのは、Aの過去の活動に対する評価が変わるだけではないということだ。
仮にAの活動が組織の基本原理を規定しておらず、単に偶然的な協力にとどまっていたならば、Aを第一の構成者として位置づけることはできない。
したがって、Aの第一性は、後から付けられた称号や認識ではなく、組織Sの同一性を成立させる実在的な構成関係に基礎づけられている。
また、組織の規約や制度が、Aの以前の活動を創設過程として扱う場合には、その過去の位置づけは、現在の組織の権利・責任・継承関係にも影響しうる。
この例では、次の三つが区別される。
- t₀におけるAの独立した個体性。
- t₁における組織Sの成立と、Aの構造項としての個体化。
- Sの成立によるAの過去の活動の構成的な前史としての確定。
第三の段階が、遡及的構成に固有の部分である。
この例はあくまで説明モデルであるが、そこで示されている存在論的な構造は、一般化できる。
つまり、後に成立した構造が、自らの成立に先行する存在の履歴を、自らの同一性条件の一部として確定するのである。
9.最も強い反論――過去の存在論的資格が後から成立するというのは矛盾ではないか
ここで、今回の理論に対する最も強い反論を検討したい。
それは、次のようなものである。
「時点t₀において存在していたものが、時点t₁に成立した構造によって規定されるというのであれば、未来のものが過去のものを構成することになるのではないか。それは時間的な因果関係の逆転を意味するのではないか。」
この反論は、今回の理論の根幹に関わる。
しかし、ここでは、過去の存在そのものを構成することと、過去の存在の構造相対的な資格を構成することを区別しなければならない。
時点t₀において、bが存在していたという事実は、t₁に成立する構造Sによって変更されない。
また、bがt₀において持っていた下位水準の個体性も変更されない。
t₁において成立するのは、bがSにおいて何であるかという関係的・構成的な規定である。
したがって、構造Sが過去に作用する必要はない。
むしろ、次のように考えるべきである。
- t₀では、bは下位水準の個体として存在する。
- t₁では、構造Sが成立する。
- Sの成立によって、bの過去の履歴がSの成立条件との関係において規定される。
ここで、t₁に新たな存在論的関係が成立するのであって、t₀に存在していた事実が変更されるわけではない。
したがって、これは時間的な逆因果ではない。
過去の存在を変更することなく、その過去の存在が後続する構造にとって何であったかを、後続する構造によって確定することなのである。
9.1 過去の規定と、過去の事実の変更は異なる
もう一つ、重要な点がある。
過去の存在者の構造相対的な資格は、t₀においてすでに成立していた事実ではない。
それは、t₁に構造Sが成立したことによって、初めて成立する。
したがって、次の二つは区別される。
事実(b, t₀)
これは、t₀におけるbの存在や状態を表している。
構成的規定(S, b, t₀, t₁)
これは、t₁に成立した構造Sが、t₀におけるbの存在を、その構造にとって何であるかという観点から規定することを表している。
後者は、過去の事実そのものではない。
後に成立した構造との関係によって、新たに成立する存在論的な規定である。
この区別によって、時間的な矛盾を避けることができる。
9.2 これは単なる歴史の再記述ではない
さらに、次の反論も考えられる。
「それなら、後から過去の出来事を特定の文脈に位置づけ直しているだけではないか。それは歴史の再記述と何が違うのか。」
この反論に対する回答は、遡及的構成が、構造の同一性条件そのものに関与するという点にある。
歴史の再記述であれば、出来事の説明の仕方が変わるだけである。
しかし、遡及的構成では、構造的不変項の実現条件や構造項の存続条件が、先行する存在の履歴に依存している。
仮にその履歴が異なっていれば、当該構造項が同一のものとして成立したかどうかが変わる。
したがって、ここで問題になっているのは、単に過去の解釈ではない。
その構造の同一性を成立させる実在的な条件である。
この点を判定基準とすれば、遡及的構成と単なる歴史的再記述を区別できる。
10.遡及的構成の存在論的な位置づけ
ここまでの議論によって、遡及的構成が何を意味するのかは明確になった。
最後に、理論全体における位置づけを確定しておきたい。
これまでの議論では、次のような存在論的な展開を構築してきた。
第一に、個体化以前の差異が存在する。
第二に、その差異と関係的な規定によって構造的秩序が成立する。
第三に、その構造的秩序によって構造項が個体化される。
第四に、構造内部の非対称的な基礎づけ関係によって、ある項が第一のものとして成立する。
これに対して、今回の遡及的構成は、この展開を時間的な履歴にまで拡張する。
その論理は、次のように表現できる。
第一段階:先行する存在の成立
I_L(b, t₀)
下位水準の個体としてbが成立する。
第二段階:構造的全体の成立
C(B, R, t₁) → S
構成要素と構成的関係によって構造Sが成立する。
第三段階:構造項の個体化
I(S, mᵢ → xᵢˢ)
構造Sが、その内部の契機を構造項として個体化する。
第四段階:内部の第一性の成立
x_Aˢ ≺d x_Bˢ
構造内部の非対称的な基礎づけ関係によって第一性が成立する。
第五段階:過去の構成的な再規定
R_S(b@t₀ → H_S(xᵢˢ))
構造Sが成立することによって、それ以前のbの履歴が、構造項xᵢˢの構成的な前史として確定する。
この第五段階によって、構造的個体化と第一性の成立は、単に構造成立時点の問題にとどまらず、構造が成立する以前の存在にまで射程を持つことになる。
ここに、遡及的構成の理論的な位置がある。
11.最終結論――遡及性とは、後続する構造が先行する存在の構造的な同一性条件を成立させることである
今回の論証を、一つの命題としてまとめたい。
遡及的構成の存在論的定理
ある存在者bが、時点t₀において下位水準の個体として存在し、その後、時点t₁において構造Sが実在的に成立するとする。
このとき、Sの構造的不変項が、bの履歴のうち何がSの構造的同一性を成立させる構成的条件であるかを規定し、その規定がSにおける構造項の個体性や第一性の成立条件に実在的に関与するならば、bの構造相対的な同一性条件は、Sの成立によって遡及的に構成される。
ただし、この構成は、t₀におけるbの存在や下位水準の個体性を変更するものではない。
それは、t₁に成立した構造との関係において、t₀に存在していたbの履歴が、当該構造の成立を支える存在論的な前史として確定することを意味する。
したがって、遡及的構成は、事後的認識や遡及的正当化とは異なる、構造的同一性条件の存在論的な成立形式である。
今回の論証によって確定したこと
今回の研究成果を整理しておこう。
第一に、通常の構造的個体化と遡及的構成を区別した。
構造的個体化は、構造によって現在の項の位置と役割が成立することを説明する。
これに対して遡及的構成は、後に成立する構造が、それ以前から存在していたものの履歴を、自らの構成的な前史として確定することを説明する。
第二に、事後的認識・遡及的正当化・遡及的構成を区別した。
事後的認識では認識が成立する。
遡及的正当化では正当性が成立する。
遡及的構成では、構造相対的な同一性条件そのものが成立する。
第三に、遡及性と時間的な逆因果を区別した。
構造は過去の存在を変更しない。
後に成立した構造が、過去の存在者の履歴を、自らの同一性条件との関係において規定するのである。
第四に、遡及的構成の成立条件を確立した。
後続する構造の実在的成立、構造的不変項による過去の選別、構造相対的な同一性条件への実在的な効果が必要である。
第五に、第一性の遡及的成立との接続を確立した。
構造内部の非対称的な基礎づけ関係によって第一性が成立するだけではなく、その第一性を成立させる条件そのものが、構造成立以前の存在の履歴にまで遡って規定されることを論証した。
おわりに
今回、特に重要だったのは、「遡及的」という概念を、単なる構造的個体化の言い換えにしないことである。
当初の理論では、あるものが最初から第一なのではなく、構造が成立することによって第一のものとして確定する、という問題意識から出発した。
しかし、それだけでは、通常の構造的個体化論との違いが十分に明確ではなかった。
今回の検討によって、その違いをもう一段階深く説明できるようになったと思う。
構造が成立することによって、ある項は特定の構造における個体として成立する。
そして、その構造は、単に現在の項の位置や役割を規定するだけではない。
その構造の成立以前に存在していたものの履歴を、自らの構成的な前史として位置づける。
つまり、後に成立する構造が、それ以前に存在していたものの存在論的な資格を確定するのである。
ここで、改めて強調したいことがある。
それは、遡及的に成立するのは、過去の存在そのものではないということだ。
過去の存在は、その時点で成立していた事実として維持される。
しかし、その存在が、後に成立する構造において何であったのかということは、その構造が成立することによって初めて確定する。
この区別によって、遡及性は単なる時間的な逆行でも、認識上の後付けでもなくなる。
遡及性とは、後に成立した構造的全体が、その成立以前に存在していたものの構造相対的な同一性条件と第一性を、その存在の履歴にまで遡って構成することである。
そして、このことによって「第一性の遡及的成立」という名称にも、独自の存在論的な意味が与えられる。
第一性は、構造の成立によって初めて成立する。
しかし、その第一性を成立させる構造的な条件は、構造の成立以前に存在していたものにまで遡って確定する。
つまり、第一性は、構造の内部で成立すると同時に、その成立の前史をも遡及的に規定するのである。
今回の論証によって、「第一性の遡及的成立」は、単に構造的個体化によって個体性や優先性が成立することを説明する理論ではなく、後続する構造が先行する存在の同一性条件をいかにして遡及的に成立させるのかを説明する存在論として、その固有性を確立した。



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