- ――「第一性の遡及的成立」における構造的存在論
- 1.1.第一性の問題
- 1.2.個体と構造の順番
- 1.3.本稿の目的と構成
- 2.1.個体性とは何か
- 2.2.個体化根拠充足原理
- 2.3.定義1――前個体的差異場 Δ
- 2.4.定義2――構造的契機 mᵢ
- 3.1.定義3――構成的関係 Rᶜ
- 3.2.定義4――構造 S
- 3.3.定義5――構造的不変項 K(S)
- 3.4.定義6――構造的閉包と構造の境界 B(S)
- 4.1.相互構成の問題
- 4.2.定義7――構成関係 C
- 4.3.定義8――個体化関係 I
- 4.4.CとIの適用範囲の違い
- 4.5.なぜ循環論法ではないのか
- 5.1.構造の統一性は独立した統一者を必要としない
- 5.2.定義9――構造的個体性
- 5.3.スピノザの複合個体論による検討
- 6.1.構造全体の優先性と内部の第一性
- 6.2.定義10――構造内部の第一性
- 6.3.第一性の成立条件
- 6.4.反事実的な判定基準
- 6.5.第一性は全順序を形成する必要がない
- 7.1.定理の提示
- 7.2.証明
- 7.3.定理の意味
- 8.1.シモンドン――前個体的存在と個体化
- 8.2.ドゥルーズ――差異と個体化
- 8.3.ヘーゲル――規定性と関係の内在性
- 8.4.存在論的構造実在論
- 8.5.現代形而上学の基礎づけ論と全体の優先性
- 8.6.スコトゥス――原始的個体性との相違
- 8.7.本理論の独自性
- 9.1.原始的個体性を認めてもよいのではないか
- 9.2.Δも無根拠な存在になっているのではないか
- 9.3.CとIの区別は、循環問題を定義によって回避しただけではないか
- 9.4.構造的不変項 K(S) は恣意的に設定されるのではないか
- 9.5.第一性は最初から非対称性を前提としているのではないか
- 一次文献
- 二次文献
――「第一性の遡及的成立」における構造的存在論
要旨
本稿の目的は、個体が構造に先立って独立に成立するという存在論的前提を再検討し、個体性と存在論的優先性が構造的秩序によって成立することを論証することである。
通常、個体はそれ自体として成立した存在者であり、関係や構造は、それらの個体のあいだに成立するものとして理解される。しかし、この立場では、あるものがなぜ一つの個体として成立するのか、また、なぜ他の個体から区別されるのかという問題が、十分に説明されないまま残る可能性がある。
本稿は、この問題に対して、前個体的差異場 Δ を導入する。Δ は、すでに個体化された存在者の集合ではなく、個体性が成立する以前の異質性、強度差、潜在的緊張および相互規定可能性を備えた存在論的基礎である。
本稿では、Δ に内在する差異的契機が構成的関係 Rᶜ によって組織化されることによって、構造 S が成立すると考える。その構造は、構造的不変項 K(S) と、それを実現するために必要な構成的依存関係の閉包によって統一される。
さらに、構造と構造項の相互構成を、二つの異なる関係として区別する。第一は、すでに下位水準で個体化された構造項が上位構造を具体的に実現する構成関係 C であり、第二は、構造内部の差異的契機が、その構造の位置・役割・同一性条件を持つ構造項として成立する個体化関係 I である。この区別によって、異なる存在論的水準における相互構成と、同一水準における説明上の循環とを区別する。
最後に、構造内部において成立する非対称的な同一性決定関係から、構造相対的な第一性が成立することを示す。第一性は、時間的先行性や因果的優先性ではなく、特定の構造と規定次元において、ある構造項の規定が別の構造項の同一性条件を構成的に決定することによって成立する存在論的優先性である。
以上を通じて、本稿は、個体性、同一性および第一性が、構造から独立してあらかじめ成立するのではなく、構造的秩序の成立を通じて確定するという存在論を提示する。
キーワード: 前個体的差異、構造、個体化、構造的不変項、構成的依存、同一性、存在論的優先性、遡及性
1.序論――個体と構造の存在論的な順番
1.1.第一性の問題
あるものが、特定の構造において第一のものとして成立するためには、何が必要なのだろうか。
この問いは、単に複数の存在者のあいだで、どちらが重要であるかを判断する問題ではない。問題となるのは、あるものが他のものに対して存在論的に優先すると言えるための条件である。
一般に、第一性は、時間的に最初に存在したもの、他のものを因果的に生み出したもの、あるいは他のものの存在を説明する究極的な根拠として理解されることがある。しかし、これらの意味での先行性と、特定の構造内部における存在論的優先性とは区別されなければならない。
例えば、ある法制度において、憲法上の規定が個別の法律の法的有効性を決定しているとする。この場合、憲法上の規定は、法的有効性という規定次元において、個別の法律に対して優先する。
この優先性は、憲法が時間的に先に成立したことだけによって説明されるわけではない。また、憲法が法律に因果的影響を与えているというだけでもない。
重要なのは、個別の法律が有効な法律として成立するための条件が、憲法上の規定によって決定されていることである。
本稿では、このような関係を構造内部の第一性として扱う。
しかし、ここでさらに一つの問題が生じる。
あるものが第一のものとして成立するためには、まず、そのものが何であるのか、どのような同一性を持つのかが確定していなければならない。
したがって、第一性の成立を説明するためには、第一性だけを直接検討するのでは不十分である。個体性と同一性がどのように成立するのかを、先に明らかにする必要がある。
1.2.個体と構造の順番
通常の存在論では、まず個体が存在し、その個体のあいだに関係が成立するという順序が想定される。
この立場では、個体はそれ自体として成立しており、構造は、すでに存在する個体を関係づけるものとして理解される。
しかし、この説明では、個体そのものの成立条件が問題として残る。
あるものが一つの個体であるためには、それを一つの存在者として統一する根拠と、他の個体から区別する根拠が必要である。
それにもかかわらず、個体性を最初から備わっているものとして扱うならば、個体性の成立そのものは説明の対象から除外される。
本稿は、この問題に対して、存在論的な順番を転倒させる。
すなわち、完成した個体から構造を説明するのではなく、個体化以前の差異的条件から構造の成立を説明し、その構造によって個体性が成立すると考える。
ただし、ここで主張するのは、あらゆる存在者について、構造が時間的に先に存在するということではない。
問題となるのは、個体が特定の構造に属する個体として成立するための存在論的条件である。
本稿は、個体性を説明対象とする存在論において、構造的秩序が個体性の成立条件を担うという立場を採用する。
1.3.本稿の目的と構成
本稿の目的は、前個体的差異場 Δ から構造 S が成立し、その構造によって構造項が個体化され、さらに構造内部の非対称的な同一性決定関係から第一性が成立することを論証することである。
そのために、次の順序で議論を進める。
第一に、個体性を成立させる根拠が必要であることを示し、その根拠となる前個体的差異場 Δ を定義する。
第二に、Δ に内在する差異的契機を組織化する構成的関係 Rᶜ、構造 S、構造的不変項 K(S) および構造の境界 B(S) を定義する。
第三に、構造と構造項の相互構成を、構成関係 C と個体化関係 I に区別し、それぞれの存在論的な適用範囲を明確にする。
第四に、構造的個体性と同一性の成立を検討し、スピノザの複合個体論を参照する。
第五に、構造内部における同一性決定の非対称性から、構造相対的な第一性が成立する条件を明らかにする。
最後に、中心定理を提示し、先行研究との比較および予想される反論への応答を通じて、本理論の位置づけを明確にする。
なお、本稿で扱う遡及性は、構造的・存在論的な遡及性である。後続する構造によって過去の履歴が構成的な前史として確定するという時間的・歴史的遡及性は、第二論文の対象とする。
2.基本概念――個体性と前個体的差異
2.1.個体性とは何か
本稿では、個体性を単なる数的な区別として理解しない。
あるものが一つの個体として成立するためには、少なくとも次の二つの条件が必要である。
第一に、そのものが一つの存在者として統一されていること。
第二に、それが他の存在者から区別されていること。
あるものが一つの個体であるということは、それを構成する諸契機が一つの統一を形成していることを意味する。同時に、その統一は他の存在者との区別を可能にしなければならない。
したがって、個体性を存在論的に説明するためには、数的統一と他の個体との差異の双方を説明する必要がある。
ここで重要なのは、個体の区別が認識主体による識別可能性だけに依存するのではないということである。
二つのものが異なる個体であるということは、単に私たちがそれらを見分けられるという意味ではない。それぞれが異なる個体として成立するための実在的な条件が存在するということである。
本稿では、その条件を個体化根拠と呼ぶ。
2.2.個体化根拠充足原理
個体性の存在論的成立を説明しようとする理論は、その個体性を成立させる根拠を提示しなければならない。
本稿では、これを個体化根拠充足原理と呼ぶ。
個体化根拠充足原理
個体性の存在論的成立を説明対象とする理論は、数的統一、他の個体との差異および個体としての同一性を成立させる構成的根拠を提示しなければならない。
この原理は、あらゆる形而上学的立場に対して、個体性を原始的な事実として認めることを禁止するものではない。
個体性そのものを説明の最終地点に置く立場は、形而上学的な選択として可能である。
しかし、その場合、個体性がなぜ成立しているのかという問題は、説明されないまま残される。
本稿が採用するのは、個体性を無条件の事実として置くのではなく、その成立条件を説明する立場である。
したがって、本原理は、あらゆる存在論的事実に究極的な理由を要求する一般的な十分理由律とは異なる。説明対象を個体性の成立に限定し、その成立を説明するための根拠を要求する原理である。
また、個体化根拠は、必ずしも別の個体である必要はない。内在的な規定、自己関係的な秩序、構造的関係および階層的な依存関係も、個体化根拠となりうる。
2.3.定義1――前個体的差異場 Δ
個体性を成立させる根拠を、すでに個体化された複数の存在者に求めることはできない。
なぜなら、その場合、それらがなぜ複数の個体として成立しているのかという問題が再び生じるからである。
例えば、m₁、m₂、m₃という三つの契機を最初から独立した存在者として措定すれば、それらの数的差異を成立させる根拠が別途必要になる。
この問題を避けるため、本稿では前個体的差異場 Δ を導入する。
定義1:前個体的差異場 Δ
前個体的差異場とは、個体化された存在者の集合ではなく、個体性、数的同一性および独立した構造項が成立する以前に存在する、異質性、強度差、潜在的緊張および相互規定可能性を備えた存在論的基礎である。
Δ は、すでに個体化された複数の実体から構成されているわけではない。
Δ における差異は、個体的な複数性ではなく、個体化を可能にする前個体的な異質性である。
したがって、Δ は、個体の集合でも、完成した構造の集合でもない。
それは、個体性を成立させるための差異的条件を内在させた存在論的基礎である。
なお、Δ が本理論の最終的な個体化根拠であるということは、Δ の存在そのものに究極的な説明が与えられていることを意味しない。
本稿が説明するのは、個体性がどのような条件によって成立するのかという問題であり、なぜ存在そのものがあるのかという究極的な問いではない。
2.4.定義2――構造的契機 mᵢ
Δ は個体化された存在者の集合ではない。しかし、そこには異質性や強度差など、個体化を可能にする差異的規定可能性が内在している。
これらの差異的条件が、構造の成立においてどのような位置や役割を持つのかを分析するため、本稿では構造的契機 mᵢ という概念を用いる。
定義2:構造的契機 mᵢ
構造的契機とは、前個体的差異場 Δ に内在する差異的規定可能性が、ある構造の成立に関して分析的に区別された位置または役割である。
mᵢ は、独立した実体や個体を意味しない。
また、添字 i は、あらかじめ数的に異なる複数の個体が存在していることを意味しない。
それは、個体化以前の差異的条件を分析上区別するための形式的な記号である。
したがって、mᵢ と後述する xᵢ^S は、明確に区別されなければならない。
mᵢ は個体化以前の差異的契機であり、xᵢ^S は、構造 S によって特定の位置・役割・同一性条件を与えられた構造項である。
3.構造の成立と構造的不変項
3.1.定義3――構成的関係 Rᶜ
Δ に内在する差異的契機は、単に並存しているだけでは、一つの構造を形成しない。
それらの差異的契機が、一つの構造を成立させるためには、相互に規定し合う関係と制約が必要になる。
本稿では、このような関係を構成的関係 Rᶜ と呼ぶ。
定義3:構成的関係 Rᶜ
構成的関係とは、複数の差異的契機の位置、役割、同一性条件または構造的統一を成立させる関係である。
Rᶜ は、単なる因果関係や外的相互作用とは異なる。
例えば、二つの物体が偶然接触しているというだけでは、それらが一つの構造を形成しているとは言えない。
両者の関係が、その構造の成立条件や内部の契機の位置・役割・同一性条件に関わっていなければならない。
ある関係が構成的であるかどうかは、その関係を除去または変更した場合に、構造的不変項や構造項の同一性条件が維持されるかという反事実的な検討によって確認できる。
ただし、反事実的な依存だけで構成的関係が確定するわけではない。実際の構成条件、代替可能性および複数の構成経路についても検討する必要がある。
3.2.定義4――構造 S
差異化された契機が Rᶜ によって組織化されるとき、それらは一つの関係的秩序を形成する。
本稿では、これを構造 S と呼ぶ。
定義4:構造 S
構造とは、前個体的差異場に内在する差異的契機が、構成的関係 Rᶜ と相互制約によって組織化され、一つの構造的不変項を実現する関係的秩序である。
構造は、完成した個体の単なる集合ではない。
また、構造は個々の契機から完全に独立して存在する別の実体でもない。
構造の統一性は、その内部の差異化された契機を相互に規定する関係の秩序そのものに成立する。
したがって、構造を成立させるために、さらに独立した統一者を想定する必要はない。
構造の統一は、構成的関係の秩序によって説明される。
ここで重要なのは、すべての相互作用が構造を形成するわけではないということである。
構造を成立させるためには、諸契機の関係が偶然的な相互作用を超えて、一つの統一的な秩序を形成しなければならない。
3.3.定義5――構造的不変項 K(S)
しかし、差異化された契機が相互に関係しているというだけでは、一つの構造が成立していることを十分に説明できない。
因果的に相互作用している存在者が、すべて同一の構造を形成するわけではないからである。
そこで、本稿では構造的不変項 K(S) を導入する。
定義5:構造的不変項 K(S)
構造的不変項とは、構成要素の交換や一定の変化を経ても、構造 S が同一の構造として成立し続けるために維持されなければならない関係的・制約的条件である。
K(S) は、必ずしも一つの単独の性質ではない。複数の相互に関連する条件から構成される場合もある。
例えば、複合的な組織において、構成員が入れ替わっても、一定の役割分担、意思決定方法および相互の依存関係が維持されるならば、同一の組織が存続することがある。
この場合、組織の同一性を維持するのは、構成員の物質的な同一性だけではなく、それらの関係的・制約的条件である。
ただし、あらゆる構造が物質的な交換を許容するわけではない。
物質的な連続性そのものが、その構造の同一性条件に含まれる場合もある。
したがって、本理論は、すべての構造に共通する一つの不変項を想定しない。
K(S) は、対象となる構造ごとに、その同一性を成立させるために何が維持されなければならないかを分析することによって特定される。
ここには、K(S) の恣意的な設定を避けるための条件が必要である。
第一に、何を一つの構造として説明するのか、その対象を明確にしなければならない。
第二に、どのような変化が許容され、どのような変化によって対象の構造的同一性が失われるのかを検討しなければならない。
第三に、構成要素自体の交換可能性と、それが担っている構造的役割の維持可能性を区別しなければならない。
第四に、構造の成立に必要な条件だけを含め、偶然的・外的な条件まで K(S) に含めてはならない。
これらの条件を満たすことによって、K(S) は研究者が恣意的に設定した特徴の集合ではなく、対象の構成的依存秩序を表す概念となる。
3.4.定義6――構造的閉包と構造の境界 B(S)
構造が成立していると認めるためには、その構造にどこまでの契機や関係が含まれるのかを明確にする必要がある。
しかし、構造の境界は、単純な空間的近接性や因果的接触によって決まるわけではない。
例えば、ある組織に因果的な影響を与えたすべての出来事が、その組織の構成要素になるわけではない。
本稿では、構造的不変項 K(S) を実現するために必要な構成的依存関係の範囲を、構造の境界として定義する。
定義6:構造的閉包と構造の境界 B(S)
構造の境界とは、K(S) を実現するために必要な構造的契機・構成要素・構成的関係をすべて含み、それ以上、構成的な依存関係を追加する必要のない最小完全な領域である。
これを次のように表す。
B(S) = Cl_min(S, K(S))
ここで、
- B(S):構造の存在論的境界
- K(S):構造的不変項
- Cl_min:不変項の実現に必要な最小完全な構成的依存関係の閉包
を意味する。
この定義において重要なのは、構造の境界が、単に研究者の便宜によって設定されるものではないという点である。
その構造の成立に必要な関係が含まれていなければならない一方、構造の成立にとって偶然的・外的な関係まで含める必要はない。
また、同一の不変項を実現する複数の構成経路が存在する可能性も認められる。
したがって、最小完全な閉包が常に一つだけ存在するとは限らない。複数の最小完全な閉包が成立する場合には、それぞれを区別して分析する必要がある。
以上によって、構造 S は、構造的不変項 K(S) と、その実現に必要な構成的依存関係の閉包によって統一される。
4.構造と構造項の相互構成――CとIの区別
4.1.相互構成の問題
構造が成立するためには、その構造を具体的に実現する契機が必要である。
しかし、それらの契機が、特定の構造の内部においてどのような個体として成立するかは、構造との関係によって規定される。
ここには一見すると循環が存在する。
構造項がなければ構造は成立しない。しかし、構造がなければ構造項も成立しない。
この問題を解決するためには、構造と構造項の相互構成を、同一の存在論的関係が両方向に成立しているものとして理解してはならない。
本稿では、二つの異なる構成作用を区別する。
第一は、構成関係 C である。
第二は、個体化関係 I である。
両者は、対象と適用される存在論的水準が異なる。
4.2.定義7――構成関係 C
定義7:構成関係 C
構成関係 C とは、ある水準においてすでに個体化されている下位構造項が、より上位の構造を具体的に実現する関係である。
これを次のように表す。
C(Sₗ₊₁, {xᵢ^{Sₗ}})
ここで、
- Sₗ:第l水準の構造
- Sₗ₊₁:その上位水準の構造
- xᵢ^{Sₗ}:第l水準の構造 Sₗ において個体化された構造項
である。
例えば、複数の細胞が組織を構成する場合、それぞれの細胞は、上位の組織が成立する以前から、細胞として一定の個体性を持っている。
その細胞が組織を具体的に実現することが、構成関係 C に当たる。
ここで重要なのは、C が、下位水準ですでに個体化された項を前提としていることである。
C は、その項を最初から個体化する関係ではない。
また、C は、上位構造内部における構造項の位置や同一性条件を直接定義するものでもない。
それは、すでに成立している下位の個体が、上位構造の成立に参与する関係を意味する。
4.3.定義8――個体化関係 I
これに対して、個体化関係 I は、構造内部の差異的契機が、その構造における個体として成立する関係である。
定義8:個体化関係 I
個体化関係 I とは、ある構造 S の内部において、差異化された契機 mᵢ が、その構造の不変項と関係秩序によって、特定の位置・役割・同一性条件を持つ構造項 xᵢ^S として成立する関係である。
これを次のように表す。
I(S, mᵢ → xᵢ^S)
この表記において、mᵢ は個体化以前の差異的契機であり、xᵢ^S は構造 S において個体化された構造項である。
したがって、この二つを同一の意味で扱ってはならない。
mᵢ が構造的契機として分析上区別されていることは、それがすでに独立した個体として成立していることを意味しない。
他方、xᵢ^S は、構造 S の内部で特定の位置、役割、同一性条件を持つ個体として成立している。
ここで上付きの S を付すのは、一つの対象が異なる構造水準に属する場合、それぞれの構造における個体性を区別するためである。
同一の対象が、下位水準ではすでに個体化された存在者でありながら、上位水準では別の構造的な位置と役割を持つ構造項となることがあるからである。
4.4.CとIの適用範囲の違い
以上の定義から、CとIの違いを明確にすることができる。
Cは、下位水準で成立している構造項が、上位構造を具体的に実現する関係である。
これに対してIは、構造内部の差異的契機が、その構造によって個体化された構造項として成立する関係である。
両者の関係を整理すると、次のようになる。
C(Sₗ₊₁, {xᵢ^{Sₗ}})
下位水準で成立した構造項による上位構造の具体的実現。
I(Sₗ₊₁, mⱼ → xⱼ^{Sₗ₊₁})
上位構造による内部契機の個体化。
この区別によって、同じ対象に関して二つの異なる個体化水準が成立することを説明できる。
例えば、ある細胞は、下位水準において細胞としてすでに個体化されている。その細胞が組織を構成する場合、Cが成立する。
一方、その細胞が特定の組織においてどのような位置と役割を担うのかは、上位構造との関係によって規定される。この場合、Iによって上位水準の構造項としての個体性が成立する。
つまり、下位水準の個体性と上位水準の構造的個体性は、同一の問題ではない。
一つの対象が、下位水準ではすでに個体化されていても、上位水準における構造項としての個体性は、上位構造によって成立する。
4.5.なぜ循環論法ではないのか
CとIを区別すれば、構造と構造項の相互構成は、直ちに説明上の循環を形成するわけではない。
循環論法が成立するためには、同一の対象が同一の意味において、互いに相手を成立させるという関係になっていなければならない。
しかし、本稿におけるCとIは、異なる存在論的水準に属している。
Cに参加する構造項は、下位水準においてすでに個体化されている。
一方、Iによって個体化されるのは、上位構造の内部でその項が持つ位置、役割および同一性条件である。
したがって、両者は同じ対象の同じ個体性を相互に基礎づけているわけではない。
この水準の区別によって、階層的な相互構成と同一水準における説明上の循環を区別することができる。
また、最初の構造については、すでに個体化された下位構造項を無条件に前提する必要はない。
個体化以前の差異的基礎である Δ に内在する差異的規定可能性が、構成的関係 Rᶜ によって組織化されることによって、最初の構造が成立する。
この場合、Cではなく、Δから構造への構成的な組織化が出発点となる。
したがって、CとIによる階層的な相互構成は、最初から完成した個体を無限に必要とするものではない。
本理論では、Δを個体化以前の最終的な基礎として置くことによって、個体化の説明に関する無限後退を停止する。
5.構造的個体性と同一性の成立
5.1.構造の統一性は独立した統一者を必要としない
構造が一つの統一体として成立するためには、内部の契機を統一する別の存在者が必要なのだろうか。
本稿は、そのような独立した統一者を必要としない立場を採用する。
なぜなら、構造の統一性は、構成的関係の秩序そのものに成立するからである。
構造が統一されているということは、その内部の契機が、共通の不変項 K(S) を実現する相互制約のもとにあるということである。
仮に、この統一を説明するために、別の統一者を導入すると、その統一者自身がどのように個体として成立しているのかという問題が生じる。
さらに、その統一者を統一する別の原理が必要になる可能性もある。
このような説明は、統一の根拠を別の存在者へ移動させるだけである。
本稿は、構造の統一性を、その構造を形成する関係的秩序に求める。
したがって、構造そのものを、個々の契機から独立した別の実体として想定する必要はない。
5.2.定義9――構造的個体性
ここまでの議論から、構造的個体性を定義できる。
定義9:構造的個体性
構造的個体性とは、ある構造 S の内部において、差異化された契機が他の契機から区別され、構造内の特定の位置・役割・同一性条件を持つ一つの個体として成立することである。
個体性は、単なる数的な区別ではない。
数的統一、他の個体からの差異および当該個体を当該個体として成立させる根拠が、構造的秩序によって統一的に規定されることである。
この意味で、構造的個体性は、構造から独立して最初から存在しているものではない。
それは、構造の内部における個体化関係 I によって成立する。
5.3.スピノザの複合個体論による検討
この考え方を具体的に検討するため、スピノザの『エチカ』第二部定理13の後に続く補助定理を参照したい。
スピノザは、複数の物体から構成される個体について、その構成部分が入れ替わっても、一定の運動と静止の関係が維持されるならば、同一の個体が存続しうることを論じている。
特に補助定理4では、ある個体を構成する物体が取り除かれ、同じ性質を持つ別の物体がその位置に入っても、その個体は同一性を維持しうるとされる。
さらに補助定理7の備考では、自然全体もまた、一つの個体として理解される可能性が示される。
ここで注目すべきなのは、構成要素の物質的同一性と、複合個体の同一性とが区別されていることである。
複合個体の同一性は、構成要素が物質的に同じものであり続けることだけによって成立するのではない。
構成要素の交換を許容する関係的秩序が維持されることによって、同一の個体として存続する。
この関係的秩序は、本稿の構造的不変項 K(S) に対応するものとして理解できる。
ただし、スピノザの複合個体論と本稿の理論を、完全に同一のものとみなすことはできない。
本稿が問題とするのは、複合個体の同一性だけではなく、その個体性が成立するための差異的条件、構造の境界および構造内部の第一性である。
スピノザの議論は、構成要素の物質的同一性と複合個体の同一性を区別するうえで重要な参照点となる。
6.構造内部の第一性
6.1.構造全体の優先性と内部の第一性
ここまでの議論によって、構造が内部の項の個体性を成立させるという立場が示された。
しかし、構造全体が内部の項に対して優先することから、直ちに内部の項どうしの第一性が導かれるわけではない。
例えば、ある構造 S において、AとBがともに個体化されているとする。
この場合、SがAとBの双方の成立条件であるとしても、それだけではAがBに対して第一であるとは言えない。
AとBのあいだに非対称的な同一性決定関係が成立しているかどうかは、別途検討されなければならない。
したがって、本稿では、構造全体の部分に対する優先性と、構造内部の項どうしの優先性を区別する。
6.2.定義10――構造内部の第一性
第一性は、時間的な先行性でも因果的な先行性でもない。
本稿における第一性は、ある構造内部で、特定の項の規定が別の項の同一性条件を非対称的に決定することによって成立する。
定義10:構造内部の第一性
構造内部の第一性とは、特定の構造 S および規定次元 d において、ある構造項 A の規定が、他の構造項 B の同一性条件を完全かつ構成的に決定し、同じ規定次元において逆方向の同一性決定が成立しない場合に成立する存在論的優先性である。
これを次のように表記する。
A ≺_{S,d} B
ここで、
- A:第一性を持つ構造項
- B:第一性との関係を検討される構造項
- S:対象となる構造
- d:第一性が成立する特定の規定次元
である。
この記号は、AがBに対して、構造 S の規定次元 d において存在論的に優先することを表す。
重要なのは、第一性を絶対的な属性として理解しないことである。
AがBに対して第一であることは、Aがあらゆる存在論的次元においてBより優先することを意味しない。
ある特定の構造と規定次元において、AがBの同一性条件を非対称的に決定していることを意味する。
6.3.第一性の成立条件
あらゆる非対称的な関係が、第一性を成立させるわけではない。
単にAがBに影響を与えているというだけでは不十分である。
必要なのは、Aの規定がBの同一性条件を構成的に決定していることである。
本稿では、第一性の成立に次の条件を要求する。
第一に、AとBが、同一の構造 S に属する構造項として個体化されていること。
第二に、対象となる規定次元 d が明確であること。
第三に、Aの規定が、dにおけるBの同一性条件を完全かつ構成的に決定していること。
第四に、同じ規定次元において、BがAの同一性条件を同じ意味で決定していないこと。
この四条件が満たされる場合に限り、Aの第一性を認める。
特に重要なのは、完全な同一性決定と部分的な影響を区別することである。
例えば、AがBの機能の一部に影響を与えているとしても、それだけではBの同一性条件全体を決定しているとは言えない。
また、AとBが相互に依存しているというだけでも、どちらか一方が第一であるとは言えない。
さらに、ある特定の物質的な構造項が交換可能である場合、その項自体ではなく、その項が占めている構造的な位置や役割が第一性を担っている可能性もある。
したがって、第一性の判定においては、特定の個体と、その個体が担う構造的な役割を区別しなければならない。
6.4.反事実的な判定基準
この非対称性を検討するためには、反事実的な分析が有効である。
具体的には、次の二つの問いを立てる。
- Aの規定を除去または変更した場合、Bは同じ規定次元において同一性を維持できるか。
- Bの規定を除去または変更した場合、Aは同じ規定次元において同一性を維持できるか。
もし、Aの規定の変更によってBの同一性条件が成立しなくなる一方、Bの規定の変更によってAの同一性条件が維持されるならば、非対称性が存在する可能性がある。
ただし、反事実的な分析は、それだけで第一性を証明するものではない。
必要なのは、その変化が単なる因果的影響ではなく、構造的不変項 K(S) に関わる構成的条件の変化であることを確認することである。
また、ある構造項を別のものに置き換えた場合でも、同じ役割を果たす代替項が存在するならば、その項の物質的個体性そのものが第一であるとは限らない。
その場合、第一性を持つのは特定の物質的な項ではなく、その項が占める構造的な位置や役割である可能性がある。
この点を考慮しなければ、反事実的依存をそのまま存在論的優先性とみなす誤りが生じる。
6.5.第一性は全順序を形成する必要がない
本稿は、第一性が必ずしも構造内部の全項を一列に並べる絶対的な順位を形成するとは考えない。
ある構造 S の規定次元 d において、AがBに対して第一であり、CがDに対して第一であるとしても、AとCのあいだに優先関係が存在するとは限らない。
また、相互に同一性条件を決定する対称的な項については、第一性を認める必要がない。
したがって、第一性は、構造内部のすべての項を一列に並べる全順序ではなく、規定次元に相対的な部分的な優先関係として理解されなければならない。
推移性についても、無条件に仮定することはできない。
AがBの一部の規定を決定し、BがCの一部の規定を決定するというだけでは、AがCの同一性条件を完全に決定するとは言えない。
同一の規定次元において、完全な同一性決定関係が連鎖する場合に限り、推移性を認めることができる。
この限定によって、第一性は、実際の構造的依存関係に即した存在論的優先性として理解される。
7.中心定理――構造的個体化と第一性の遡及的成立
7.1.定理の提示
ここまでの議論を統合すると、本稿の中心定理を提示できる。
定理Ⅰ:構造的個体化と第一性の遡及的成立定理
前個体的差異場 Δ に内在する差異的規定可能性が、構成的関係 Rᶜ によって組織化され、構造的不変項 K(S) を実現する構造 S が成立するとき、その内部の差異的契機 mᵢ は、構造的な位置・役割・同一性条件を持つ構造項 xᵢ^S として個体化される。
さらに、その構造内部において、ある項 A の規定が、特定の規定次元 d における他の項 B の同一性条件を完全かつ構成的に決定し、同じ規定次元において逆方向の同一性決定が成立しない場合、A はBに対して第一のものとして成立する。
したがって、構造内部の個体性と第一性は、構造から独立してあらかじめ成立しているのではなく、構造の成立を通じて遡及的に確定する。
7.2.証明
まず、個体化根拠充足原理によって、個体性の成立には、数的統一と他の個体との差異を説明する実在的な根拠が必要である。
この根拠を、すでに個体化された複数の存在者の集合に求めることはできない。
なぜなら、それらが複数の個体として成立していること自体が説明されなければならないからである。
そこで、個体化以前の差異的条件を備えた存在論的基礎としてΔを置く。
次に、Δに内在する差異的契機が構成的関係 Rᶜ によって組織化されることによって、構造 S が成立する。
この構造は、構造的不変項 K(S) を実現し、その実現に必要な構成的依存関係の閉包によって統一される。
この段階では、Δに内在する差異的契機は、独立した数的個体として成立している必要はない。
しかし、構造 S が成立すると、それらの契機には構造的な位置と役割が与えられる。
その結果、
I(S, mᵢ → xᵢ^S)
が成立し、構造項 xᵢ^S の個体性と同一性条件が確定する。
ここまでで、構造的個体化が成立する。
次に、構造内部における第一性を考える。
構造的個体化が成立したとしても、すべての項が相互に対称的な関係にあるならば、特定の項が他の項に対して第一であるとは言えない。
しかし、構造的不変項 K(S) を実現する依存秩序の内部に、特定の規定次元 d に関する非対称的な同一性決定関係が存在する場合、その関係によって第一性が成立する。
すなわち、Aの規定がBの同一性条件を完全かつ構成的に決定し、同じ規定次元においてBがAを同じ意味で決定しないならば、
A ≺_{S,d} B
が成立する。
この関係は、Aが構造とは無関係に第一性を所有していることを意味しない。
Aが第一であるのは、特定の構造 S の内部において、その構造が実現する同一性決定の非対称性に参与しているからである。
したがって、Aの第一性は構造的個体化と独立に成立しているわけではない。
構造 S が成立し、その内部の項が個体化され、さらに非対称的な同一性決定関係が確定することによって、初めて第一性が成立する。
以上によって、本定理が示された。
7.3.定理の意味
本定理の重要な点は、構造的個体化と構造内部の第一性を、同一の依存秩序のもとに位置づけたことである。
第一に、個体性は、個体化以前の差異的条件と、それを組織化する構造的秩序によって成立する。
第二に、構造内部の第一性は、個体化された項の間に、特定の規定次元における非対称的な同一性決定関係が成立する場合に限って成立する。
第三に、構造的個体化は第一性の成立に必要であるが、それだけで十分ではない。
この三点を区別することによって、個体性と第一性を、構造から独立した原始的な属性として扱う必要がなくなる。
ここでいう遡及性は、時間的な逆転や、過去に存在した事実の変更を意味しない。
それは、ある契機が構造的な項としてどのような個体性と同一性を持つのか、また、他の項に対してどのような優先性を持つのかが、構造の成立を通じて確定することを意味する。
したがって、本稿の中心的な主張は、次のようにまとめられる。
個体性と第一性は、構造から独立してあらかじめ成立するのではなく、構造的不変項と構成的依存秩序によって、構造の成立を通じて遡及的に確定する。
8.先行研究との比較と本理論の独自性
8.1.シモンドン――前個体的存在と個体化
前個体的な差異から個体の成立を説明する試みとして、最も重要な先行研究の一つが、ジルベール・シモンドンの個体化論である。
シモンドンは『形相と情報の概念に照らした個体化』において、個体を最初から完成された存在として扱うのではなく、個体化の過程から理解しようとする。
特に、前個体的なもの、準安定性、潜在的な緊張および個体化の過程における変化は、個体を既成のものとして前提しない存在論を考えるうえで重要である。
この点で、本稿の前個体的差異場 Δ は、シモンドンの前個体的なものと理論的な親近性を持つ。
しかし、本稿の目的は、個体化の動的な過程を記述することだけではない。
本稿は、構造的不変項 K(S) を通じて個体の同一性条件を明らかにし、さらに構造内部の非対称的な同一性決定関係から第一性を導こうとする。
したがって、本稿の独自性は、個体化の前個体的条件を導入することそのものではなく、それを構造的同一性と存在論的優先性の説明へと接続することにある。
8.2.ドゥルーズ――差異と個体化
ドゥルーズの『差異と反復』も、本稿にとって重要な参照点となる。
ドゥルーズは、同一性を最初の原理として置く思考を批判し、差異それ自体の存在論的な役割を明らかにしようとする。
また、微分的関係、理念および強度的な差異を通じて、個体化に先立つ条件を論じている。
この点で、個体性を前提せず、差異を個体化の条件として捉える本稿の立場とは共通する部分がある。
しかし、本稿は、差異を個体化の基礎として置くだけでは十分ではないと考える。
個体性を成立させる構造的秩序がどのような不変項を持ち、どのように内部の同一性条件を規定するのかを明らかにしなければならない。
そのため、本稿では、ΔからSへの移行だけでなく、K(S)、Rᶜ、CおよびIを導入し、それらを通じて個体性と第一性の成立を説明する。
したがって、ドゥルーズとの比較においても、本稿の独自性は、前個体的差異の概念そのものではなく、構造的同一性と第一性の統一的な説明にある。
8.3.ヘーゲル――規定性と関係の内在性
ヘーゲルの『大論理学』における規定性の展開も、本稿にとって重要な理論的背景となる。
ヘーゲルの論理学では、あるものの規定は、それだけで独立して完結するものではなく、他者との関係および否定性を通じて成立する。
この点は、個体性を他のものとの関係から独立した属性として扱わない本稿の立場と接点を持つ。
特に、規定性が他者との関係を含んで成立するという考え方は、個体の同一性を関係的な条件から説明するための重要な背景となる。
ただし、本稿は、ヘーゲルの論理学をそのまま採用するものではない。
本稿では、構造的不変項 K(S) と構成関係 C、個体化関係 I を区別することによって、構造の成立と構造項の個体化を独自の存在論的体系として整理する。
8.4.存在論的構造実在論
存在論的構造実在論も、本稿と比較すべき重要な立場である。
Ladyman は、存在論において個々の対象や実体よりも、構造や関係を重視する立場を展開している(Ladyman 1998; Ladyman et al. 2007)。
この点で、本稿は、存在者をその関係や構造から独立して理解しないという方向性を共有する。
しかし、本稿の関心は、単に構造が存在論的に重要であると主張することではない。
本稿は、個体化以前の差異的条件から構造が成立し、その構造が内部の項の個体性と同一性を成立させる過程を説明しようとする。
さらに、構造内部に非対称的な同一性決定関係が成立する場合には、そこから第一性が生じることを示す。
したがって、構造の存在論的な優先性だけではなく、構造内部における個体化と第一性の成立条件までを扱う点に、本稿の特徴がある。
8.5.現代形而上学の基礎づけ論と全体の優先性
現代形而上学では、存在論的な基礎づけ関係や非対称的依存関係が重要な問題となっている。
Fine は、grounding の概念的な分析を通じて、存在論的依存関係の構造を明らかにしている(Fine 2012)。
また、Lowe は、個体化における非対称的依存関係を検討している(Lowe 2012)。
本稿の第一性の議論は、こうした非対称的な依存関係と関係する。
しかし、本稿で扱う同一性決定関係は、一般的な基礎づけ関係と完全に同一ではない。
本稿が問題にするのは、ある構造項の規定が、同一の構造に属する別の項の同一性条件を、特定の規定次元においてどのように成立させるかということである。
さらに、Schaffer の優先的一元論も重要な比較対象となる。
Schaffer は、全体が部分に対して存在論的に優先する立場を論じている(Schaffer 2010)。
しかし、全体の部分に対する優先性と、構造内部の項どうしの第一性とは区別されなければならない。
本稿は、構造全体の優先性から、内部の項どうしの非対称的な優先性を直接導くのではない。
構造内部の第一性は、個々の項の同一性条件を決定する関係を分析することによって導かれる。
8.6.スコトゥス――原始的個体性との相違
個体化の根拠をめぐっては、ドゥンス・スコトゥスのこのもの性(haecceitas)も重要な比較対象となる。
スコトゥスは、あるものがこの個体であることを説明するために、このもの性を論じた。
この立場では、個体化の根拠そのものが、さらに別の個体化根拠を必要とするとは限らない。
本稿は、このような原初的な個体化根拠を認める立場が論理的に不可能であるとは主張しない。
問題は、その根拠がどのような存在論的性格を持つかである。
スコトゥスのこのもの性は、すでに個体であるものの数的単一性を説明する原理として理解される。
これに対して、本稿では、個体化以前の差異的条件を基礎として置き、その構造的秩序から個体性を説明する。
したがって、本稿は、個体化の根拠を必要とするという点では共通するが、その根拠を個体化以前の構造的条件に求める点で異なる。
8.7.本理論の独自性
以上の比較から、本稿の独自性を明確にできる。
本稿は、前個体的差異、構造、個体化、同一性、非対称的依存および存在論的優先性という個々の概念を、すべて初めて導入したと主張するものではない。
これらの概念には、それぞれ重要な先行研究が存在する。
本稿の独自性は、それらを一つの説明構造へと統合したことにある。
第一に、個体化以前の差異的条件を前個体的差異場 Δ として位置づける。
第二に、差異的契機を構造的関係 Rᶜ によって組織化し、構造的不変項 K(S) を実現する構造 S を成立させる。
第三に、構成関係 C と個体化関係 I を区別することで、階層的な相互構成を説明する。
第四に、構造的不変項によって個体性と同一性の成立を説明する。
第五に、構造内部の非対称的な同一性決定関係から、規定次元に相対的な第一性を導く。
この一連の過程は、単に構造が個体よりも優先するという主張ではない。
個体性と第一性が成立するための条件そのものを、構造的な依存秩序によって説明することである。
9.予想される反論と応答
9.1.原始的個体性を認めてもよいのではないか
第一の反論は、個体性を原始的な事実として認める立場も可能なのだから、個体化根拠充足原理を採用する必然性はないというものである。
この反論は正しい部分を持っている。
本稿は、原始的個体性を認める立場が形式的に矛盾しているとは主張しない。
しかし、個体性の存在論的成立を説明しようとするのであれば、個体性を成立させる条件を明らかにしなければならない。
個体性を原始的な事実として認めることは、説明の出発点を設定する一つの方法である。
しかし、それによって個体性の成立が説明されたことにはならない。
本稿は、個体性を説明対象とする存在論として、個体化根拠充足原理を採用する。
この意味で、本原理はあらゆる形而上学的立場に論理的に強制されるものではないが、個体性の成立を構造的に説明しようとする理論にとって必要な原理である。
9.2.Δも無根拠な存在になっているのではないか
第二の反論は、個体性の根拠をΔに求めても、今度はΔそのものがなぜ存在するのかという問題が残るのではないかというものである。
この反論に対しては、説明対象を区別する必要がある。
本稿は、個体性の成立条件を説明しようとしているのであって、存在そのものの究極的な理由を説明しようとしているのではない。
Δは、個体化以前の差異的条件を備えた存在論的基礎として置かれる。
それは、個体性そのものを原始的な事実として置く立場とは異なる。
原始的個体性は、説明対象である個体性そのものを説明の最終地点に置く。
これに対してΔは、個体性をまだ持たない差異的条件を最終的な基礎に置く。
もちろん、なぜΔが存在するのかという究極的な問いには答えていない。
しかし、それは個体性の成立根拠を説明する問題とは異なる。
本理論においては、Δを最終的な存在論的基礎として採用することで、個体化の説明に関する無限後退を停止する。
9.3.CとIの区別は、循環問題を定義によって回避しただけではないか
第三の反論は、CとIを異なる関係として定義しただけでは、構造と構造項の相互依存が循環する可能性を排除できないというものである。
この反論に対しては、異なる存在論的水準を区別する必要がある。
Cに参加する構造項は、下位水準においてすでに個体化されている。
一方、Iによって個体化されるのは、その項が上位構造の内部で持つ位置、役割および同一性条件である。
したがって、下位水準における個体性と、上位構造における構造的個体性は異なる。
ある細胞が細胞として存在することと、その細胞が特定の組織の内部でどのような構造項となるかは、同じ問題ではない。
また、最初の構造は、下位水準の完成した個体を前提とするCから成立するのではない。
前個体的差異場 Δ に内在する差異的規定可能性が構成的関係によって組織化されることによって成立する。
したがって、CとIの区別は単なる記号上の区別ではなく、それぞれの関係が成立する存在論的水準と対象の違いに基づいている。
9.4.構造的不変項 K(S) は恣意的に設定されるのではないか
第四の反論は、構造的不変項を研究者が恣意的に設定すれば、どのようなものでも一つの構造として説明できてしまうのではないかというものである。
この問題を避けるためには、K(S)を単なる理論的な定義として与えるのではなく、対象が実際にどのような変化を許容し、どのような変化によって同一性を失うのかという分析を通じて確定しなければならない。
例えば、構成要素が交換されても構造が存続する場合、その交換を許容する関係的秩序が同一性条件に関わっている。
反対に、特定の関係が失われたときに構造全体が成立しなくなるのであれば、その関係は不変項の実現にとって構成的な意味を持っている可能性が高い。
ただし、反事実的な検討だけで構成的関係を機械的に判定できるわけではない。
対象の実際の構成条件、代替可能性、変化に対する応答を合わせて検討する必要がある。
したがって、K(S)は恣意的に設定するものではなく、対象の構成的依存秩序を分析することによって明らかにされなければならない。
なお、同一の構造を何として同定するかという分析対象の設定と、その構造の同一性条件を明らかにすることとは区別しなければならない。この区別がなければ、K(S)を単に説明したい結論に合わせて設定する危険が残る。
9.5.第一性は最初から非対称性を前提としているのではないか
第五の反論は、第一性を非対称的な同一性決定関係として定義することによって、結論を最初から前提しているのではないかというものである。
この反論に対しては、構造的個体化と第一性を区別する必要がある。
本稿は、構造的個体化が成立すれば、必ず第一性が成立すると主張しているわけではない。
構造内部の項が対称的な同一性決定関係にある場合、第一性は成立しない。
また、ある項が他の項に部分的な影響を与えるだけの場合も、厳密な意味での第一性は成立しない。
第一性が成立するかどうかは、構造的不変項 K(S) と、その内部における同一性決定関係を分析することによって判定される。
つまり、本稿は第一性を無条件に仮定しているのではない。
構造内部において特定の非対称性が成立する場合に限り、その関係を第一性として認めるのである。
さらに、本稿でいう第一性は、存在一般についての絶対的な先行性ではない。
特定の構造と規定次元における同一性決定の優先性である。
そのため、第一性の成立条件は、対象とする規定次元を限定することによって明確になる。
ただし、どの構造にも非対称的な同一性決定関係が必ず存在するとは主張しない。本稿が説明するのは、そのような関係が成立する場合に、なぜそれが構造相対的な第一性となるのかということである。
10.結論――第一性は構造の成立を通じて遡及的に確定する
本稿では、第一性が個体に先立って独立に存在するという存在論的前提を再検討し、個体性と存在論的優先性が構造的秩序によって成立することを論じた。
まず、個体性の成立を説明するためには、数的統一と他の個体との差異を成立させる実在的な根拠が必要であることを示した。
そのうえで、個体化以前の異質性と差異的規定可能性を備えた存在論的基礎として、前個体的差異場 Δ を導入した。
次に、Δ に内在する差異的契機が構成的関係 Rᶜ によって組織化されることで構造 S が成立し、その構造の同一性を維持する条件として構造的不変項 K(S) を導入した。
さらに、構造の境界 B(S) を、構造的不変項の実現に必要な最小完全な構成的依存関係の閉包として定義した。
また、構造と構造項の相互構成については、下位構造項による上位構造の具体的実現を示す構成関係 C と、上位構造による内部の構造項の個体化を示す個体化関係 I を区別した。
この区別によって、異なる存在論的水準における相互構成と、同一水準における説明上の循環を区別した。
さらに、構造 S が成立すると、その内部の差異的契機は構造的な位置、役割および同一性条件を持つ構造項として個体化されることを示した。
最後に、構造内部の諸項のあいだに、特定の規定次元における完全かつ非対称的な同一性決定関係が成立する場合、その関係から第一性が導かれることを示した。
ここで重要なのは、構造的個体化が第一性の必要条件ではあるが、十分条件ではないという点である。
すべての構造に第一の項が存在するわけではない。
しかし、構造が内部の項を個体化し、その同一性条件を非対称的に規定する場合、第一性はその構造的依存秩序の内部に成立する。
以上の議論によって、本稿は次の結論に到達した。
あるものが何であり、なぜそれ自身として成立し、何に対して第一であるのかは、そのものが構造から独立して存在することによって先に決まるのではない。
そのものを成立させる構造的不変項と構成的依存秩序によって、構造の成立を通じて遡及的に確定する。
ここに「第一性の遡及的成立」の中心的な存在論的意味がある。
ただし、本稿で論証したのは、構造の内部における個体性・同一性・第一性の成立である。
構造が成立する以前に存在していた出来事や存在者の履歴が、後続する構造によってどのように構成的な前史として確定するのかという問題は、これとは区別して論証されなければならない。
なぜなら、構造内部の項の存在論的資格が成立することと、時間的に先行する履歴の存在論的資格が成立することは、同一の問題ではないからである。
したがって、第二論文では、本稿で確立した構造的不変項と構成的依存秩序を時間的な次元へと拡張し、後続構造による歴史的遡及構成の可能性とその成立条件を検討する。
その論証によって初めて、構造的・存在論的遡及性と時間的・歴史的遡及性を、一つの存在論的原理のもとに統合することができる。
注
注1 本稿でいう第一性は、時間的に最初のもの、因果系列の最初の原因、あるいはチャールズ・サンダース・パースのカテゴリーとしての Firstness を意味しない。特定の構造と規定次元において成立する存在論的優先性を意味する。
注2 個体性を原始的なものとして認める立場については、スコトゥスのこのもの性(haecceitas)が重要な比較対象となる。参照:Duns Scotus, Ordinatio II, d. 3, p. 1, q. 4, n. 76。本稿は、この立場の論理的可能性を否定するのではなく、個体性の成立を説明対象とする場合に何が必要となるのかを問題としている。
注3 個体化根拠充足原理は、ライプニッツの充足理由律と同一の原理ではない。本稿は、あらゆる存在者について究極的な理由を要求するのではなく、個体性の成立を説明対象とする理論に対して、その個体化根拠を要求している。
注4 シモンドンの前個体的なものについては、特に『形相と情報の概念に照らした個体化』序論および第一部を参照。シモンドンの個体化論と本稿の構造的個体化存在論は、個体を完成した出発点としない点で接点を持つが、両者を同一の理論とみなすことはできない。
注5 ヘーゲルの規定性に関する議論については、『大論理学』存在論「規定性(質)」、特に「定在」「何かと他者」の展開を参照。本稿は、その議論を直接的な証明として使用するのではなく、規定と他者との関係を存在論的に考えるための背景として参照する。
注6 スピノザの複合個体については、『エチカ』第二部定理13の後の補助定理4〜7および補助定理7の備考を参照。特に、構成要素の交代と個体の同一性の維持に関する議論が、本稿の構造的不変項 K(S) の検討に関係する。
注7 ドゥルーズの差異と個体化の議論については、『差異と反復』第四章を中心に参照。本稿は、ドゥルーズの個体化論をそのまま採用するのではなく、前個体的差異から構造的同一性と第一性への接続を問題としている。
注8 存在論的構造実在論については、Ladyman(1998)および Ladyman et al.(2007)を参照。本稿は構造の存在論的重要性を共有するが、科学哲学上の構造実在論そのものを採用するわけではない。
注9 基礎づけ関係の概念的整理については、Fine(2012)、Correia and Schnieder(2012)および Lowe(2012)を参照。本稿の同一性決定関係は、一般的な基礎づけ関係と完全に同一ではなく、構造内部における個体化と第一性を説明するための関係である。
注10 シェーファーの優先的一元論については Schaffer(2010)を参照。全体の部分に対する優先性と、構造内部における項どうしの第一性は区別されなければならない。
注11 反事実的な検討は、構成的関係を識別するための方法の一つであり、因果関係の検討と同一ではない。構成的関係であるかどうかは、当該関係が構造的不変項と構造項の同一性条件をどのように成立させているかに基づいて判断される。
注12 本稿の「遡及的成立」は、時間的な逆因果を意味しない。構造の成立によって、その内部の項が持つ構造相対的な個体性・同一性・第一性が確定するという構造的・存在論的な意味で用いている。歴史的遡及性については第二論文で検討する。
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