はじめに――相互構成と説明の循環を区別する
「第一性の遡及的成立」を存在論として完成させるために、最後に解決しなければならないのが、構造と構造項の相互構成の問題である。
これまでの議論では、四つの基本原理から、あらゆる個体的存在者が構造的な個体化根拠を必要とするという定理を導いてきた。
しかし、この定理を厳密に理解するためには、次の問いに答えなければならない。
構造が構造項の個体性を成立させる一方で、その構造自体も構造項によって成立しているとすれば、構造と構造項は互いを説明し合う循環に陥っているのではないか。
たとえば、構造 S が項 A の個体性を成立させるとする。しかし、構造 S が A と B の関係によって成立しているならば、A の個体性を説明するために、すでに個体化された A を前提にしているように見える。
この批判は、構造的個体化存在論の根幹に関わる。
なぜなら、構造がすでに個体化された項を必要とし、項が構造を必要とするのであれば、どちらも相手を前提にしていることになり、個体性の成立根拠をどこにも見いだせなくなるからだ。
ここで、まず結論を示しておこう。
構造と構造項の相互構成は、同一の説明関係が互いに逆方向へ成立するという意味ではない。構造は、項を個体として成立させる構成的条件であり、項は、あらかじめ完成した個体としてではなく、構造を構成する差異化された契機として、その構造の成立に参与する。両者は異なる側面から同一の存在論的秩序を構成するのであり、相互に独立した二つの存在者が互いを原因として生み出すわけではない。
ただし、この結論を「相互構成だから循環ではない」と宣言するだけでは不十分である。
説明上の循環を避けるためには、構造が項を成立させるという関係と、項が構造を構成するという関係が、どのように異なるのかを明確にしなければならない。
そのため、以下では、まず説明的な基礎づけと構成的な依存を区別する。次に、構造と項がそれぞれ何を意味するのかを厳密に定義し、両者の相互構成がどのような論理を持つのかを明らかにする。最後に、関係が項を前提にするという反論、無限後退、原始的個体性の反論まで検討し、「第一性の遡及的成立」の存在論的な基本構造を確定する。
- 1. まず、前回の議論を一段厳密に修正する
- 2. まず「構造の定義」と「構造の不可欠性の論証」を区別する
- 3. 構造項は、最初から完成した個体でなければならないのか
- 4. 差異は、すでに個体化された二つの項の関係でなければならないのか
- 5. 相互構成は、なぜ説明上の循環ではないのか
- 6. 説明上の循環を避けるための形式的な定式化
- 7. それでは、構造的な全体は何によって成立するのか
- 8. 相互構成と説明上の循環の違いを、最終的にどう確定するか
- 9. 構造的個体化は、単に原始的個体性を原始的構造に置き換えたのではないか
- 10. 対称的な構造は、構造的個体化にとって反例になるのか
- 11. 四つの基本原理から中心定理への論証を完成させる
- 12. 相互構成の論理を、最終的に定式化する
- 13. 「第一性の遡及的成立」への最終的な接続
- 14. 最終結論――相互構成は循環ではなく、構造的な全体と個体化の論理である
- 参考文献・関連する議論
- 今回の結論
1. まず、前回の議論を一段厳密に修正する
第10回の記事で、私は「構造と項の相互構成は、説明の循環と同じではない」と述べた。(「第一性の遡及的成立――構造的個体化存在論の構築⑩ 6.無限後退の問題をどう解決するか」参照。)
この方向性は正しいが、そのままでは論証として不十分だった。なぜなら、もし次の二つを同じ意味で主張しているなら、説明の循環は実際に生じるからだ。
- 構造 S が項 A の個体性を基礎づける。
- 項 A が構造 S の成立を同じ意味で基礎づける。
同じ基礎づけ関係が両方向に成立するならば、構造が項に先行し、同時に項が構造に先行することになる。これは、少なくとも通常の非対称的な形而上学的基礎づけの概念とは両立しにくい。
現代形而上学でいう grounding(基礎づけ)も、単なる因果関係とは区別される構成的な決定・説明として論じられている。そして、その関係は通常、反射性を持たず、非対称的な厳密順序として理解される。ただし、その形式的性質については異論もある。
したがって、ここで必要なのは、相互構成をそのまま相互基礎づけとして主張することではない。
構造と項の相互構成は、異なる種類の存在論的関係が、一つの構造的な事態において結びついていることとして定式化しなければならない。
この修正によって、問題は明確になる。
構造は、項を個体として成立させる。その一方で、項は、構造を構成する差異化された契機である。
この二つは同じことを逆方向から述べているのではない。
前者は、構造が項の個体的な同一性をどのように規定するかという問題である。後者は、項と関係の秩序が、どのように一つの構造を構成するかという問題である。
この区別を最後まで維持できれば、相互構成を説明上の循環と同一視する必要はなくなる。
2. まず「構造の定義」と「構造の不可欠性の論証」を区別する
提示された問題には、二つの異なる問いが含まれている。
第一は、構造とは何かという問いである。
第二は、なぜ個体化された存在者には構造が必ず存在するのかという問いである。
この二つを混同してはならない。
2.1 構造の定義は、差異と統一性の秩序を明確にする
ここで、構造を次のように定義しよう。
構造とは、複数の規定的契機が、相互の差異、関係、制約、統一の条件において組織化されている秩序である。
この定義における「複数の規定的契機」は、すでに独立した個体として完成している複数の存在者を意味しない。
それは、一つの存在者を構成する差異化された契機や、構造内の位置を意味する。
また、「秩序」とは、単にそれらが同じ場所に存在することではない。何が何と区別され、何が何と結びつき、何がどのような条件のもとで一つの統一を構成するのかが定まっていることである。
したがって、構造は単なる集合ではない。
集合が要素を含むというだけなのに対して、構造は、それらの要素ないし契機がどのような関係と制約のもとで一つのものを構成するかを含んでいる。
ここまでは、構造という概念の定義である。
この定義から、すべての個体が構造を持つという存在論的な結論が、ただちに証明されるわけではない。
2.2 構造の不可欠性は、個体性の成立条件から導く
本当の論証は、ここから始まる。
ある存在者 x が個体であるとは、単に複数の規定が存在することではない。
それは、諸規定が一つのものに属し、そのものが他のものから区別され、一定の同一性を持つということである。
したがって、個体性には、少なくとも次の三つの条件が含まれる。
- 差異: その個体を構成する規定的契機が区別されていること。
- 統一: それらの契機が一つの個体に属するものとして結びついていること。
- 同一性条件: その統一がどのような変化を通じて維持されるのかが定まっていること。
ここで、もし差異だけが存在し、統一がなければ、そこにあるのは複数の規定であって、一つの個体ではない。
反対に、統一だけがあり、差異がなければ、そこには一定の個体を構成する規定的な内容がない。
さらに、差異と統一があるとしても、それらがどのような仕方で一つのものを構成し、どのような変化を許容するのかが定まっていなければ、その個体の同一性は成立していない。
したがって、差異と統一性は、互いに無関係な二つの事実として並んでいることはできない。
差異が一つの個体の差異であり、統一がその差異を統一するものであるためには、両者を結びつける構成的な関係が必要である。
ここで重要なのは、この関係が、外部から持ち込まれる第三の存在者である必要はないということだ。
差異と統一性が一つの個体のあり方に属するならば、それらの関係は、その個体が成立していることの内在的な秩序として理解できる。
この秩序を構造と呼ぶのである。
したがって、構造の定義が結論を先取りしているのではない。
個体性の成立条件を分析すると、差異と統一性が単に並存するだけでは不十分であり、両者が一つの個体を構成するように秩序づけられていなければならない。その必要性を示したうえで、その秩序を構造と名づけているのである。
構造の定義は概念的な整理であり、構造の不可欠性は、個体性の成立条件についての存在論的な論証である。
この二つを区別することによって、定義による循環という批判を避けられる。
3. 構造項は、最初から完成した個体でなければならないのか
相互構成の問題を解決するために、ここで「構造項」という言葉の意味を厳密に区別しなければならない。
これまでの議論では、構造が項を成立させる一方で、項が構造を構成すると述べてきた。
しかし、「項」という語には、二つの異なる意味が含まれうる。
- すでに一つの個体として成立し、その固有の同一性を持っている存在者。
- 構造の内部で区別され、一定の位置や役割を占める構造的な契機。
この二つを区別しないと、構造が個体を成立させるという主張は、最初から個体化されたものが構造を構成するという主張と衝突してしまう。
3.1 個体としての項と、構造的な契機としての項
ある構造 S のなかに、二つの項 A と B があるとする。
通常の原子論的な理解では、まず A と B がそれぞれ独立した個体として存在し、その後に両者のあいだに関係が成立する。
この理解では、関係は、すでに成立している個体に後から付け加えられるものになる。
しかし、構造的個体化存在論が採用するのは、この順序ではない。
構造の内部にある A と B は、最初から完全に独立した個体として措定されるのではない。それらは、構造の内部で区別された位置や役割として存在する。
ここでいう位置や役割は、単なる認識上の分類ではない。それぞれの位置は、他の位置との関係や、構造全体において担う機能によって規定されている。
たとえば、ある構造における A の位置は、B との関係、他の諸契機との関係、そして全体の秩序における役割によって定まる。
したがって、構造のなかにある A は、構造に先立って完全な個体性を所有している必要はない。
それは、構造のなかで一定の位置を占める契機として区別され、その位置を通じて個体としての同一性を獲得する。
ここから、次の区別が導かれる。
構造を構成する項は、構造に先立って個体として完成している必要はない。しかし、構造のなかで区別された契機として成立していなければならない。
つまり、構造的個体化は、何の差異もない未分化な一体性から、突然、複数の個体が生じると主張するものではない。
それが主張するのは、差異化された契機と、それらを一つの秩序として成立させる構造とが、相互に切り離せないということである。
3.2 構造は、未分化なものから差異を外的に付け加えるのではない
ここで、もう一つ重要な点がある。
構造が項を成立させるという表現は、構造が最初に存在し、その後で構造の内部に項を作り出すという時間的・因果的な順序を意味しない。
そのような理解では、構造は項に先立つ独立した実体になってしまう。
構造的個体化において、構造と項の関係は、時間的な生成順序として説明されるものではない。
構造は、差異化された契機が一定の秩序を形成していることとして存在する。項は、その秩序のなかで一定の位置や役割を占めることによって、個体として規定される。
したがって、構造が項を成立させるということは、項を外から作り出すという意味ではない。
また、項が構造を構成するということは、構造に先立って完成している個体が、後から構造を組み立てるという意味でもない。
両者は、時間的に前後する二つの出来事ではなく、一つの構造的な存在状況の異なる側面なのである。
ここで、構造的個体化の立場を次のように表現できる。
構造は、すでに個体化された項を外から結びつけるのではない。構造項は、構造から独立した個体として先行するのではなく、構造の内部で差異化された契機として成立する。そして、それぞれの契機は、構造内で占める位置と役割によって個体として規定される。
これによって、構造が項を成立させることと、項が構造を構成することとのあいだにある、見かけ上の矛盾を解消できる。
しかし、まだ重要な問題が残っている。
それは、構造のなかで区別された契機が、結局は構造に先立つ何らかの個体性を前提にしているのではないか、という反論である。
4. 差異は、すでに個体化された二つの項の関係でなければならないのか
構造的個体化に対する古典的な反論として、次のものがある。
関係が二つの項を区別すると主張しても、その関係が成立するためには、まず二つの項が数的に異なるものとして存在していなければならない。関係は、すでに存在する複数の項を前提にするのだから、関係によって項の個体性を説明することはできない。
これは、いわゆる「関係は項を前提する」という問題である。
現代の構造実在論の議論でも、関係が個体性を成立させるという主張に対して、関係が成立するためには数的に異なる項がすでに必要なのではないか、という批判が重要な論点になっている。
この反論を軽視してはならない。
もし構造を、すでに個体化された二つの対象のあいだに成立する外的関係として理解するならば、確かにこの批判を免れない。
したがって、構造的個体化存在論は、関係の成立を、独立した個体の複数性から説明する立場を採用してはならない。
4.1 数的差異と構造的差異を区別する
ここで、二つの差異を区別しよう。
数的差異とは、あるものと別のものが、数的に異なる二つの個体であるということである。
構造的差異とは、一つの構造的秩序の内部に、異なる規定や位置、役割が成立しているということである。
この二つは同じではない。
数的差異は、すでに複数の個体が成立していることを前提にする。
それに対して、構造的差異は、複数の独立した個体を前提にする必要がない。一つの構造的な全体が、その内部に異なる規定的な契機を含んでいるということだからだ。
たとえば、一つの存在者の内部に、相互に異なる規定が存在するとする。
それらは、二つの独立した存在者ではない。しかし、それぞれが異なる役割や規定を持つ以上、同一の契機として扱うこともできない。
このような差異は、一つの個体の内部に成立する差異である。
したがって、差異を成立させるために、必ずしもあらかじめ個体化された複数の存在者を必要とするわけではない。
ここで重要なのは、構造的個体化が、差異を関係の結果としてのみ理解しているのではないということだ。
構造的個体化では、差異は、構造的な全体が内部に持つ分節や対立として成立する。
関係は、その差異化された契機を外から結びつけるのではなく、それらがどのような契機として区別されるのかを規定する秩序の一部なのである。
4.2 関係に先立つのは、個体ではなく、構造的な分節である
ここで、構造的個体化の存在論的な順序を明確にしよう。
原子論的な存在論では、次の順序が想定される。
- 個体が独立して存在する。
- 個体同士が区別される。
- 個体同士のあいだに関係が成立する。
- それらの関係によって全体が形成される。
これに対して、構造的個体化存在論では、次の順序が想定される。
- 一つの構造的な存在状況が、内部に差異化された契機を持つ。
- それらの契機は、構造内の位置や役割によって規定される。
- 差異化された契機は、構造的秩序のなかで一つの個体として統一される。
- それぞれの項の個体的な同一性は、その構造内での位置と役割に即して成立する。
ここでは、構造的分節が、個体の数的な独立性に先行する。
ただし、この先行は時間的な先行ではない。存在論的な構成関係における先行である。
つまり、構造的な分節は、個体化された項が関係を結ぶことによって初めて生じるのではない。むしろ、項が個体として成立するためには、構造的な分節と関係の秩序が必要なのである。
ここで、関係が項を前提するという反論は、関係を外的関係として理解するかぎりでのみ成立する。
構造的個体化が採用するのは、そのような外的関係ではない。
それは、差異化された契機が一つの存在論的な秩序を形成しているという、内在的な構造関係なのである。
ただし、この回答は、あらゆる構造がその内部の項を完全に一意に識別できることまで主張するものではない。構造的な対称性が残り、二つの位置をさらに区別できない場合、その数的差異をどう扱うかという問題は別に残る。
構造的個体化存在論が採用するのは、そのような構造的差異を超えた原始的な「このものであること」を、個体の成立根拠として追加しないという立場である。
5. 相互構成は、なぜ説明上の循環ではないのか
ここまでの区別を踏まえると、相互構成の論理を明確に定式化できる。
構造と項の相互構成には、二つの異なる関係が含まれている。
5.1 第一の関係:項による構造の構成
構造は、何もない空虚な秩序ではない。
そこには、差異化された契機、諸契機の関係、関係を制約する秩序、そしてそれらを一つに統一する条件が含まれている。
その意味で、構造は、構造的な契機とその関係によって構成される。
ただし、ここでいう項は、すでに個体として独立しているものではない。
それらは、構造の内部で区別された契機である。
したがって、構造が項によって構成されるという主張は、完成した個体が構造を組み立てるという意味ではない。
構造は、差異化された契機が一つの秩序を形成していることによって構成される。
5.2 第二の関係:構造による項の個体化
一方、構造は、内部の契機を単に並べているわけではない。
各契機は、構造内の位置、他の契機との関係、全体における役割によって、一定の個体的な同一性を持つ。
したがって、構造は、項がどのような個体として成立するのかを規定する。
これは、項をすでに成立した個体として受け取るのではなく、その個体性の成立条件を、構造的な位置と役割に求めることである。
構造は、構造項を個体として成立させる個体化根拠である。
5.3 二つの関係は、同一の基礎づけ関係ではない
ここで重要なのは、第一の関係と第二の関係を混同しないことである。
第一の関係では、構造的な契機と関係の秩序が、一つの構造を構成する。
第二の関係では、その構造が、各契機の個体的な同一性を規定する。
したがって、次のように整理できる。
| 関係 | 内容 | 存在論的な意味 |
|---|---|---|
| 構成関係 | 差異化された契機と関係が構造を構成する | 構造の成立 |
| 個体化関係 | 構造が項の位置・役割・同一性条件を規定する | 項の個体化 |
この二つは、同じ関係が両方向に働いているのではない。
構造は、項によって構成される。しかし、項は、構造によって個体として規定される。
ここでいう「項によって構成される」とは、項が独立した個体として先に存在するという意味ではない。構造的な契機が、その関係とともに一つの秩序を成すという意味である。
また、「構造によって個体として規定される」とは、構造が項を因果的に生み出すという意味ではない。項の個体的な同一性が、その構造内での位置と役割によって定まるという意味である。
したがって、相互構成は、次のように理解される。
構造は、差異化された契機と関係の秩序によって構成される。項は、その構造の内部で占める位置と役割によって個体化される。この二つの関係は異なる存在論的関係であり、同一の基礎づけ関係が相互に逆方向へ成立しているわけではない。
これによって、相互構成と説明上の循環を区別することができる。
6. 説明上の循環を避けるための形式的な定式化
ここまでの議論を、もう少し厳密な形式で表現しよう。
構造 S を、次の四つの契機から成るものとして表す。
S= 〈M,R,K,U 〉
ここで、
- M:構造を構成する差異化された契機。
- R:それらの契機のあいだに成立する関係。
- K:諸契機の結びつきや変化を規定する制約。
- U:それらを一つの構造として統一する条件。
この表記は、構造が四つの独立した部品から組み立てられるという意味ではない。それぞれは、構造的秩序を分析するための異なる側面である。
ここで、二つの関係を区別する。
6.1 構成関係
C(M,R,K,U;S)
これは、差異化された契機とその関係・制約・統一条件が、一つの構造 S を構成していることを示す。
この関係において、M は、すでに独立した個体として完成した対象の集合ではない。構造の内部において区別される契機である。
したがって、この構成関係は、先に存在する個体が後から構造を作るという時間的・因果的な関係ではない。
6.2 個体化関係
I(S, mᵢ → xᵢ)
これは、構造 S の内部で、契機 mᵢ が一定の位置や役割を占めることによって、個体 xᵢ としての同一性条件を持つことを示す。
この関係において、構造は、項の個体的な同一性を規定する。
したがって、構造と項の関係は、次のようになる。
構造的な契機と関係の秩序
↓
構造 S の構成
構造 S
↓
各項の個体的な同一性条件
ここで、矢印は同一の意味での基礎づけを表していない。
上段は、構造がどのような契機と関係から成るのかという構成の問題である。
下段は、構造の内部にある契機が、どのような個体として成立するのかという個体化の問題である。
したがって、ここには、
S → x
と
x → S
という同一の基礎づけ関係が相互に成立しているわけではない。
むしろ、
C(M,R,K,U;S)
という構成関係と、
I(S, mᵢ → xᵢ)
という個体化関係が、一つの存在論的な事態において結びついているのである。
6.3 何が循環していないのか
ここで、説明上の循環をより正確に定義しておこう。
ある事実 P を説明するために Q を前提し、さらに Q を説明するために、最初の P をそのまま前提にするならば、そこには説明の循環がある。
今回の問題に当てはめれば、
- 項の個体性を説明するために、構造が必要である。
- 構造を説明するために、すでに個体化された項が必要である。
- したがって、構造は項の個体性を説明できない。
という循環になる。
しかし、構造的個体化の理論が主張するのは、第二の段階において、すでに個体化された項を前提にすることではない。
構造を構成するのは、個体化された項ではなく、構造内で区別された契機である。
そして、それらの契機が個体としてどのような同一性を持つかは、構造によって規定される。
したがって、構造を構成する契機と、構造によって個体化される項とは、同じ存在論的資格において扱われているわけではない。
構造が項を個体化するという主張は、項が構造に先立ってすでに個体であることを前提にしていない。構造を構成する契機は、個体として完成した項ではなく、構造の内部において区別された契機だからである。
ここで、説明の循環は解消される。
ただし、これは構造と項が互いに無関係であるということではない。両者は相互に構成的に関係している。しかし、その相互関係は、同じ説明関係を互いに逆向きに適用したものではない。
7. それでは、構造的な全体は何によって成立するのか
ここで、さらに根本的な反論が現れる。
構造を構成するのが、あらかじめ個体化された項ではなく、構造内で区別された契機だとしても、その契機が区別されていること自体は、何によって成立するのか。結局、構造的な全体がすでに成立していることを前提にしているのではないか。
この問いは、相互構成の論理を完成させるために避けられない。
ここでは、一つの重要な決断が必要になる。
構造的個体化存在論は、最も基礎的な存在論的水準において、独立した個体の集合ではなく、内部に差異を持つ構造的な全体を出発点として採用する。
これは、構造が個体とは別の巨大な実体として存在するという意味ではない。
また、何の差異もない一つのものが、後から二つや三つの項に分裂するという意味でもない。
それは、現実の存在論的な基本単位を、孤立した個体ではなく、差異化された契機とその関係が一つの秩序を形成している事態として捉えるということである。
7.1 全体の差異は、すでに存在する個体の差異ではない
ここで重要なのは、構造的な全体の内部にある差異を、すでに独立した個体同士の差異として理解しないことだ。
たとえば、一つの構造的な全体に、異なる二つの契機があるとする。
この二つの契機は、独立した二つの個体として存在しているのではない。
それらは、全体の内部において、異なる位置や役割を占める契機である。
したがって、全体の差異は、独立した個体の複数性から導かれるのではない。
むしろ、差異化された契機を含む一つの全体が、個体性の成立に先行する存在論的な出発点となる。
ここでいう「先行」は、時間的な先行ではなく、構成的な先行である。
この考え方では、構造的な全体が、個体性の成立にとって基本的な水準になる。
7.2 構造的な全体は、項の集合に還元されない
ここで、構造的な全体を、項の集合として理解してはならない。
集合であれば、その要素が何であるかは、集合とは独立に定まっている。
しかし、構造的な全体における契機は、全体とは独立して完全に個体化されているわけではない。
その契機がどのようなものであるかは、全体のなかで占める位置や役割によって定まる。
したがって、構造的な全体は、すでに完成した個体を集めて作られたものではない。
それは、差異化された契機と、それらの関係が一つの秩序を形成している存在論的な全体である。
この点で、構造的個体化存在論は、個体を存在論的な出発点とする原子論的な立場とは異なる。
原子論では、個体が先に存在し、関係や全体はその後に成立する。
構造的個体化存在論では、構造的な全体が、個体化の成立条件を含む基本的な存在論的秩序となる。
7.3 これは構造を原始的な事実に置き換えただけなのか
ここで、最も率直な反論を考えよう。
個体性を原始的な事実として認めることを拒否したのに、今度は構造的な全体を原始的な事実として認めているだけではないか。
この反論には、一定の正しさがある。
構造的個体化存在論は、あらゆる存在論的事実を別の事実によって説明し尽くすという立場ではない。
それは、存在一般の成立理由を説明する包括的な充足理由律を採用するものではない。
今回の理論が拒否するのは、個体性を、構造的な成立条件とは無関係な独立した原始的事実として措定することである。
これに対して、構造的な全体は、個体とは別の存在者として追加されるものではない。
それは、差異化された契機と関係が一つの秩序を形成しているという、存在論的な事態そのものである。
したがって、ここでの理論的な転換は、原始的個体性を原始的構造という別の存在者で置き換えることではない。
個体性の説明の終点を、孤立した個体の「このものであること」から、差異化された契機を含む構造的な全体の成立へと移すことである。
ここでは、構造的な全体の存在そのものを、さらに別の構造によって説明する必要はない。なぜなら、構造を個体とは別の独立した実体として扱っていないからだ。
構造的な全体とは、何かを担う別個の存在者ではなく、諸契機が一つの秩序として成立していることを意味する。
したがって、ここで説明の終点となるのは、個体の孤立した同一性ではなく、存在者を個体として成立させる構成的な秩序である。
ただし、これによって「なぜ何かが存在するのか」という問いまで説明されたわけではない。
構造的個体化存在論は、存在者が存在すること一般の理由を説明するのではなく、存在者が一定の個体として成立する条件を説明する理論だからである。
この射程の限定は、理論を弱めるものではない。何を説明し、何を説明しないのかを明確にすることで、個体化根拠充足原理の適用範囲を確定するものである。
8. 相互構成と説明上の循環の違いを、最終的にどう確定するか
ここまでの議論から、相互構成と説明上の循環の違いを、より厳密に確定できる。
両者の違いは、単に「同時に成立するから循環ではない」ということではない。
重要なのは、構造を構成することと、構造によって個体化されることは、異なる存在論的関係であるという点だ。
その違いを整理しよう。
| 問題 | 構造の側 | 項の側 |
|---|---|---|
| 構成関係 | 差異化された契機と関係から構成される | 構造を構成する契機として参与する |
| 個体化関係 | 項の位置・役割・同一性条件を規定する | 構造内の位置・役割によって個体化される |
| 存在論的な意味 | 差異化された統一の秩序 | その秩序において成立する個体 |
ここでは、構造と項が、互いに同じ意味で存在論的に基礎づけ合っているのではない。
構造は、項によって構成される。しかし、その項が個体として何であるかは、構造内での位置や役割によって決まる。
したがって、構造を構成する契機が、あらかじめ完成した個体として存在する必要はない。
このことから、相互構成について、次のような命題を導くことができる。
相互構成とは、二つの独立した存在者が、同一の基礎づけ関係によって互いに成立させ合うことではない。それは、構造的な全体が差異化された契機によって構成されることと、それらの契機が全体の内部で個体として規定されることとの、二つの異なる構成関係の統一である。
この定義によって、相互構成は、説明上の循環とは区別される。
ここで改めて、説明上の循環を避けるための条件を三つに整理しよう。
- 構造を構成する項を、すでに独立した個体として措定しない。
- 構造による個体化を、項の存在を因果的に生み出すこととは区別する。
- 構造の構成関係と、項の個体化関係を、同一の基礎づけ関係として扱わない。
この三条件を満たすかぎり、構造と項の相互構成は、説明上の循環にはならない。
ただし、ここで重要な留保がある。
仮に構造を構成する項が、すでに独立した個体として成立していると主張するならば、今回の論証は成立しない。また、構造による項の個体化と、項による構造の成立を、まったく同じ意味の基礎づけ関係として扱うならば、循環の問題は再び生じる。
したがって、構造的個体化存在論は、これらの解釈を明確に拒否しなければならない。
9. 構造的個体化は、単に原始的個体性を原始的構造に置き換えたのではないか
ここまでの議論を踏まえて、もう一つの反論に答えよう。
それは、構造的個体化存在論が、原始的個体性を拒否しながら、結局は構造そのものを原始的なものとして認めているだけではないかという反論である。
この問題については、二つの水準を区別する必要がある。
9.1 原始的個体性と原初的な構造的秩序の違い
原始的個体性の立場では、個体の同一性は、構造的な関係によって説明される必要のない基本的事実として認められる。
つまり、ある個体がなぜその個体であるのかという問いに対して、構造的な成立条件を示す必要はない。
これに対して、構造的個体化存在論では、個体の同一性は、構造とは独立した事実として認められない。
個体性は、構造的な秩序における位置や役割によって成立する。
ここで、確かに構造的な秩序それ自体は、さらに別の個体化根拠によって説明される必要はない。
しかし、それは構造が個体とは別の原始的な実体であるという意味ではない。
構造は、個体とは別に存在する何かではなく、差異化された契機が一つの秩序として成立していることそのものである。
したがって、両者の違いは、次のように整理できる。
- 原始的個体性の立場:個体の同一性を、構造から独立した基本的事実として認める。
- 構造的個体化の立場:個体の同一性を、構造的な秩序のなかで成立するものとして理解する。
構造的個体化存在論は、すべての存在論的な事実を説明し尽くすことを目指しているわけではない。
それは、個体性を基本的事実として追加する代わりに、個体を成立させる構造的秩序を存在論的な基礎として採用するのである。
この意味で、両者の違いは、単に何を原始的と呼ぶかという言葉の問題ではない。
個体性を説明の終点とするのか、それとも個体性を構成する構造的秩序を説明の基礎とするのかという、存在論的な優先順位の違いである。
9.2 構造そのものの存在理由は、なぜ説明されなくてよいのか
ここで、次の問いが生じる。
構造が個体性の成立根拠であるならば、なぜその構造自体の成立根拠は要求されないのか。
この問いに答えるためには、今回の理論が何を説明するものなのかを、もう一度確認する必要がある。
個体化根拠充足原理が要求するのは、個体性の成立条件についての説明である。
それは、あらゆる存在者の存在理由について説明を要求する一般的な充足理由律ではない。
したがって、構造的個体化存在論は、ある個体の個体性を、その構造的な秩序によって説明することを目指すが、その秩序が現実に存在すること自体を、さらに別の個体によって説明することまでは要求しない。
なぜなら、構造は、個体と並んで存在する独立した個体ではないからだ。
構造を別の存在者として扱えば、その構造自身にも個体化根拠が必要になり、さらに別の構造を要求する無限後退が生じる。
しかし、構造を、差異化された契機が一つの秩序を形成している存在論的な事態として捉えるならば、構造そのものを新たな個体として措定する必要はない。
ここで、構造的個体化存在論の説明は、個体性が成立する条件において完結する。
「なぜこの世界に構造的な秩序が存在するのか」という問いは、それとは別の存在一般についての問いである。
この問いに対する答えを持たないことは、個体性の成立条件についての説明が循環していることを意味しない。
したがって、構造的個体化存在論は、存在一般の究極的な存在理由を説明する理論ではないという限定を受け入れる。
この限定によって、説明の連鎖を無理に終わらせるのではなく、そもそも説明すべき対象の範囲を明確にできる。
10. 対称的な構造は、構造的個体化にとって反例になるのか
ここで、さらに厳しい問題を検討しよう。
ある構造の内部に、完全に対称的な二つの位置が存在するとする。
たとえば、ある二つの契機が、すべての関係や役割において互いに入れ替え可能であるとする。
その場合、構造は両者を二つの異なる位置として含んでいるとしても、どちらがどちらであるかを一意に特定できないかもしれない。
これは、構造的個体化が、すべての項の数的同一性を構造だけから完全に説明できるのかという問題を提起する。
現代の構造実在論でも、構造内の項が関係によって識別される場合と、構造全体の同一性や多様性が原始的な特徴を持つ場合とが論じられている。特に、関係による識別可能性と、構造的に対称な位置の問題は、構造的個体化にとって重要な論点である。
この問題を解決するためには、二つの主張を区別しなければならない。
第一に、構造は、項の個体化に必要な条件であるという主張。
第二に、構造は、あらゆる項の数的な差異を、常に一意に識別できるという主張。
第一の主張から、第二の主張が必ず導かれるわけではない。
構造的個体化存在論が必要とするのは、第一の主張である。
10.1 構造的な区別が成立していても、個体の識別が一意とは限らない
ある構造に二つの対称的な位置が存在する場合、構造は、その内部に二つの位置があることを含んでいる。
しかし、それらが完全に対称的であるならば、一方の位置を他方から質的に区別する追加的な特徴は存在しないかもしれない。
この場合、構造的個体化存在論は、二つの位置に、それぞれ独立した原始的な「このものであること」を追加する必要はない。
むしろ、構造の内部に二つの位置が存在することと、その位置のどちらがどちらであるかを一意に指定できることとは、区別される。
構造の対称性が許すならば、二つの位置は、構造内の交換可能な契機として成立している。
この場合、構造的な個体化は成立しているが、個々の位置の質的な識別は成立していない。
10.2 数的差異そのものが構造的全体の特徴となる
ここで、もし二つの位置が数的に異なると主張するならば、その複数性自体は、構造的な全体の特徴として認めなければならない。
この場合、二つの位置の差異は、それぞれの項が独立した原始的個体性を持っていることによって説明されるのではない。
構造的な全体が、二つの位置を持つように分節されていることによって成立する。
したがって、構造的個体化存在論では、個体性の根拠は個々の項に原始的に備わっているのではなく、構造全体の内部における分節にある。
ここでは、構造の側にある複数性を認める必要がある。
これは、構造的個体化存在論が、いかなる意味でも原始的な差異を認めないということではない。
その立場は、個体に固有の「このものであること」を構造から独立した基礎として認めない一方で、構造的全体が差異化された複数の位置を含むことを認める。
この違いは重要である。
なぜなら、構造的個体化存在論は、存在論的な多様性を消去する理論ではないからだ。
それは、多様性がどのような秩序のなかで成立するのかを問う理論である。
したがって、構造的に完全に対称的な位置が存在する場合にも、構造的個体化の理論は、個々の位置に原始的な個体性を追加する必要はない。
その位置の複数性は、構造的全体の分節として認められる。
ここで、構造的個体化の理論が説明するのは、個体の識別可能性を超えた、個体性の構成条件である。
11. 四つの基本原理から中心定理への論証を完成させる
ここまでの議論を踏まえて、最初に提示した四つの基本原理を整理し直そう。
基本原理I:存在者の規定性
ある存在者が一定の存在者として成立するためには、何らかの限定的な規定を持たなければならない。
限定性とは、あるものが何であり、何ではないかを定める構成条件である。
基本原理II:規定性における差異
あるものが一定の規定を持つことは、他のあり方を排除する差異を含んでいる。
したがって、限定性と差異は切り離せない。
基本原理III:個体性の根拠要求
あるものが一つの個体として成立するためには、諸規定が一つのものとして統一されていなければならない。
個体性を存在論的に説明する理論は、この統一性や同一性を、独立した原始的事実として無条件に措定してはならない。
基本原理IV:構造的内在性
差異化された諸規定が一つの個体を形成するためには、それらの関係、制約、統一条件を含む秩序が必要である。
この秩序は、すでに個体化された項に外から付け加えられるものではなく、個体性を構成する内在的な構造である。
ここで重要なのは、基本原理IVを、単に「差異と統一性を成立させるものを構造と呼ぶ」という定義にとどめないことである。
その内容は、次のような論証にある。
- 差異だけでは、複数の規定が存在することしか示されず、一つの個体は成立しない。
- 統一だけでは、何がその個体を一定のものとして規定しているのかが明らかにならない。
- したがって、一つの個体が成立するためには、差異と統一性が同時に成立しなければならない。
- 差異と統一性が同時に成立するためには、どの規定がどのような関係で一つの個体に属するのかを決める構成的な秩序が必要である。
- その秩序は、外部の個体を前提にする必要はなく、差異化された契機が一つの全体を構成する内在的な秩序として成立する。
- この内在的な秩序が構造である。
したがって、基本原理IVは、単なる定義ではなく、基本原理I〜IIIから導かれる構成的な帰結として正当化される。
中心定理:構造的個体化根拠の不可欠性
限定性と差異を持つ存在者が一つの個体として成立するためには、その差異化された諸契機を一つのものとして統一し、各項の個体的な同一性を規定する内在的な構造的秩序が必要である。したがって、個体性は構造的個体化根拠を必要とする。
証明
任意の個体的存在者を x とする。
基本原理Iによれば、x は一定の規定を持つ。
基本原理IIによれば、その規定は、他のあり方を排除する差異を含む。
しかし、限定された規定が存在するだけでは、x が一つの個体であることは説明されない。
基本原理IIIによれば、個体性が成立するためには、諸規定が一つのものとして統一され、その統一が個体としての同一性を持たなければならない。
ここで、差異化された諸規定が一つの個体を構成するためには、それらがどのような関係と制約のもとで一つのものに属するのかが定まっていなければならない。
なぜなら、その秩序がなければ、諸規定は単なる複数性として存在するだけであり、一つの個体として統一される理由が与えられないからである。
また、その秩序を、個体とは独立した外的な存在者として措定する必要もない。差異化された契機とその関係が、一つの全体を構成する内在的な秩序として理解できるからである。
したがって、個体性の成立には、差異化された諸契機を統一し、その同一性を規定する内在的な構造的秩序が必要である。
この構造は、すでに個体化された項を前提にするのではなく、構造内の契機を個体として成立させる根拠である。
よって、任意の個体的存在者 x は、構造的個体化根拠を必要とする。
以上によって定理が証明された。
12. 相互構成の論理を、最終的に定式化する
ここまでの議論から、構造と構造項の相互構成について、最終的な命題を導くことができる。
命題I:構造の構成
構造は、差異化された契機と、それらの関係・制約・統一条件によって構成される。
ただし、構造を構成する契機は、構造に先立って独立した個体として成立している必要はない。
命題II:項の個体化
構造項は、構造内で占める位置と役割によって、個体としての同一性を規定される。
したがって、項の個体性は、構造から独立した原始的な事実ではない。
命題III:相互構成の非対称性
構造と項は、構成の水準では相互に関係しているが、それは同一の基礎づけ関係が両方向に成立していることを意味しない。
構造は、差異化された契機と関係の秩序によって構成される。一方、項の個体的な同一性は、その構造によって規定される。
したがって、構造と項の相互構成は、説明上の循環ではない。
命題IV:存在論的な基礎の転換
構造的個体化存在論では、存在論的な出発点は、独立した個体の集合ではない。
それは、差異化された契機を含む一つの構造的な全体である。
個体性は、この全体の内部で成立する構成的な秩序によって説明される。
したがって、存在論的な基礎は、個体の原始的な同一性から、差異化された構造的全体へと移行する。
以上をまとめると、次のように定式化できる。
構造と構造項は、相互に独立した二つの存在者として成立するのではない。構造は差異化された契機と関係の秩序によって構成され、項はその構造の内部で占める位置と役割によって個体化される。この二つは異なる存在論的関係であるため、相互構成は説明上の循環ではない。
これが、相互構成の論理についての最終的な結論である。
13. 「第一性の遡及的成立」への最終的な接続
ここで、今回の論証を「第一性の遡及的成立」全体に接続しよう。
これまでの議論によって、個体性と構造の関係は明らかになった。
個体性は、限定性と差異を持つ諸契機が、内在的な秩序のなかで統一されることによって成立する。
また、構造と構造項の相互構成は、説明上の循環ではないことも示された。
しかし、第一性の遡及的成立が扱うのは、個体性だけではない。
その中心問題は、あるものが、特定の構造において第一のものとして成立するためには、その第一性がどのような条件を必要とするのかということである。
ここでは、次の三つの水準を区別する必要がある。
13.1 構造の成立
まず、差異化された契機とその関係が、一つの構造的な全体を形成する。
この水準では、構造と構造項は、相互に構成的な関係にある。
13.2 個体性の成立
次に、各項は、構造内で占める位置や役割によって、一定の個体として成立する。
この水準では、構造が項の個体化根拠となる。
13.3 第一性の成立
さらに、構造の内部には、項同士の優先関係や依存関係が成立する。
この関係が非対称的な秩序を形成するとき、ある項は、その構造において第一のものとして位置づけられる。
ここで、第一性は、個体性と同じ意味で成立するのではない。
個体性は、あるものが一つの個体として成立することに関わる。
第一性は、その個体が特定の構造において、他の項に対してどのような優先的な位置を占めるかに関わる。
したがって、第一性を説明するためには、構造の成立と個体性の成立を踏まえたうえで、さらに優先関係の非対称性を説明する必要がある。
ここで重要なのは、構造と項の相互構成が、第一性の非対称性を破壊するものではないということだ。
構造そのものは、差異化された契機によって構成され、項は構造によって個体化される。
その一方で、構造の内部で成立する優先関係は、非対称的でありうる。
たとえば、
A ≺ₛ B
という関係が成立する場合、これは、構造 S において A が B に対して優先的な位置を持つことを示す。
ここで、A が第一であるという規定は、構造 S から独立した原始的な性質ではない。
その第一性は、構造の内部に成立している非対称的な秩序によって規定される。
しかし、そのことは、B が同じ意味で A に優先することを意味しない。
つまり、構造と項の相互構成は、構成の水準における相互性であり、第一性は、構造内部の優先関係における非対称性である。
この二つは異なる水準の関係なのである。
ここに、第一性の遡及的成立の重要な特徴がある。
あるものが第一であることは、そのものが構造に先立って第一性を所有していることを意味しない。
むしろ、そのものが第一であるという規定は、そのものが個体として成立する構造的な秩序と、その構造の内部に成立する非対称的な優先関係によって成立する。
したがって、第一性は、構造から独立して存在する原始的な属性ではなく、構造的な秩序において成立する位置である。
これが、第一性の遡及的成立の存在論的な意味である。
14. 最終結論――相互構成は循環ではなく、構造的な全体と個体化の論理である
今回の議論によって、最後の研究課題に対する答えが得られた。
構造と構造項が相互に成立しているという主張は、同一の基礎づけ関係が両方向に成立していることを意味しない。
構造は、差異化された契機と関係の秩序によって構成される。
一方、項は、その構造の内部で占める位置と役割によって個体として成立する。
この二つは、異なる存在論的関係である。
したがって、相互構成は、説明上の循環ではない。
この結論を導くために、今回の論証では、次の点を明らかにした。
第一に、構造の定義と、構造の不可欠性の論証を区別した。
構造を差異と統一性の秩序として定義するだけでは、すべての個体に構造が存在することは証明されない。
しかし、個体性の成立条件を分析すると、差異だけでも統一だけでも個体性は成立せず、両者が一つの個体を構成する秩序が必要になる。
第二に、構造項と個体としての項を区別した。
構造を構成する契機は、すでに独立した個体として成立している必要はない。それらは、構造の内部で差異化された位置や役割として成立している。
第三に、構造の構成関係と項の個体化関係を区別した。
構造は、差異化された契機によって構成されるが、その契機の個体的な同一性は構造によって規定される。この二つは同一の基礎づけ関係ではないため、説明上の循環を形成しない。
第四に、構造的な全体を、すでに個体化された項の集合としてではなく、差異化された契機を含む一つの存在論的な秩序として捉えた。
これによって、関係が成立するためには、すでに独立した個体が必要であるという批判に対して、関係に先立つのは個体ではなく、構造的な分節であるという回答が与えられた。
第五に、構造的個体化存在論が、存在一般の究極的な理由を説明する理論ではないことを明確にした。
この理論が説明するのは、個体性の成立条件であり、なぜ何かが存在するのかという問いそのものではない。
以上から、今回の最終的な命題を次のように定式化できる。
相互構成の原理
構造は、差異化された契機とその関係の秩序によって構成される。一方、構造項は、その構造の内部で占める位置と役割によって個体として規定される。この二つの関係は異なる存在論的関係であり、同一の基礎づけ関係が相互に循環することを意味しない。したがって、構造と構造項の相互構成は、説明上の循環ではなく、構造的な全体と個体化の相互に関係する構成的な論理である。
これによって、今回の研究課題は、論証上の位置づけを得た。
そして、「第一性の遡及的成立」は、次のような一連の存在論的な構想として整理できる。
- 存在者の限定性: あるものが一定の存在者として成立するためには、規定性と限界が必要である。
- 個体化根拠の必要性: 個体性は、原始的な事実として無条件に措定されるのではなく、その成立条件を説明されるべきである。
- 構造的個体化の不可欠性: 限定された差異が一つの個体を形成するためには、それらを統一し、同一性を成立させる構造的秩序が必要である。
- 相互構成の論理: 構造は差異化された契機によって構成され、項は構造によって個体化される。この関係は説明上の循環ではない。
- 第一性の遡及的成立: ある項が第一であるという規定は、構造から独立した原始的な属性ではなく、構造内部の非対称的な優先関係において成立する。
ここで、最も重要なことを最後に述べておきたい。
「第一性の遡及的成立」が最初に提示したのは、順序の転倒という着想だった。
通常、私たちは、あるものがまず個体として存在し、その後に他のものとの関係に入ると考える。また、あるものが最初から第一のものとして存在し、その後に構造のなかに位置づけられると考える。
しかし、この理論では、その順序を問い直す。
個体性は、構造的な秩序において成立する。第一性もまた、その構造の内部で成立する。
したがって、個体や第一のものが、構造に先立ってそれぞれ独立した同一性を所有しているという理解は、存在論的な説明の出発点にはならない。
個体性は構造的な秩序によって成立し、第一性はその秩序の内部における非対称的な関係によって成立する。
この命題によって、最初の「順番の転倒」は、単なる認識上の順序変更ではなく、個体性と第一性の成立条件を再構成する存在論的な原理となる。
これが、構造的個体化存在論を基礎とする「第一性の遡及的成立」の結論である。
参考文献・関連する議論
- James Ladyman, “Scientific Structuralism: On the Identity and Diversity of Objects in a Structure,” Aristotelian Society Supplementary Volume, 81(1), 2007, pp. 23–43. 構造内の対象の同一性・差異、内在的個体化と関係的個体化の問題を扱う。
- “Structural Realism,” Stanford Encyclopedia of Philosophy. 特に、関係が項の数的差異を前提するという批判、構造内の個体性、構造全体の原始的な特徴をめぐる議論。
- “Metaphysical Grounding,” Stanford Encyclopedia of Philosophy. 構成的な基礎づけと説明の関係、基礎づけの非対称性、循環性、無限後退をめぐる議論。
これらの文献は、今回の理論をそのまま証明するものではない。しかし、構造と項の関係が独立した形而上学的論争を形成していること、また、相互構成をどのような関係として理解するかが、構造的存在論の成否に関わる問題であることを確認するための重要な参照先となる。
今回の結論
今回の結論を一文に凝縮すれば、こうなる。
構造と構造項は、互いを独立した存在者として説明し合うのではなく、差異化された契機による構造の構成と、構造による項の個体化という異なる存在論的関係を通じて、同一の構造的な存在状況を成立させる。したがって、その相互構成は説明上の循環ではなく、個体性を構造的に成立させるための構成的な論理である。
これによって、個体化根拠充足原理、構造的個体化の不可欠性、相互構成の論理という三つの課題が、一つの存在論的構想のなかで接続された。



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