構造的個体化から第一性へ(第一論文第一稿)

当サイトはアフィリエイト広告を利用しています
  1. ――「第一性の遡及的成立」をめぐる構造的存在論
    1. 要旨
  2. 1.1.第一性の問題
  3. 1.2.個体と構造の存在論的な順番
  4. 1.3.本稿の目的と構成
  5. 2.1.個体性とは何か
  6. 2.2.個体化根拠充足原理
  7. 2.3.前個体的差異場 Δ
  8. 2.4.Δの存在論的な位置づけ
  9. 3.1.構造とは何か
  10. 3.2.構造的不変項 K(S)
  11. 3.3.構造の境界と構成的閉包
  12. 4.1.相互構成の問題
  13. 4.2.構成関係 C
  14. 4.3.個体化関係 I
  15. 4.4.なぜ循環論法ではないのか
  16. 5.1.構造の統一性は独立した統一者を必要としない
  17. 5.2.個体性は構造によって成立する
  18. 5.3.スピノザの複合個体論による検討
  19. 6.1.構造全体の優先性から内部の第一性は直接には導かれない
  20. 6.2.同一性決定の非対称性
  21. 6.3.第一性の判定条件
  22. 6.4.反事実的な判定基準
  23. 6.5.第一性は全順序を形成する必要がない
  24. 7.1.定理の提示
  25. 7.2.証明
  26. 7.3.定理の意味
  27. 8.1.シモンドン――前個体的存在と個体化
  28. 8.2.ドゥルーズ――差異と個体化
  29. 8.3.ヘーゲル――規定性と関係の内在性
  30. 8.4.存在論的構造実在論
  31. 8.5.現代形而上学の基礎づけ論と全体の優先性
  32. 8.6.スコトゥス――原始的個体性との相違
  33. 8.7.本理論の独自性
  34. 9.1.原始的個体性を認めてもよいのではないか
  35. 9.2.Δも無根拠な存在になっているのではないか
  36. 9.3.CとIの区別は、循環問題を定義によって回避しただけではないか
  37. 9.4.構造的不変項 K(S) は恣意的に設定されるのではないか
  38. 9.5.第一性は最初から非対称性を前提としているのではないか
  39. 一次文献
  40. 二次文献

――「第一性の遡及的成立」をめぐる構造的存在論

要旨

本稿の目的は、個体が構造に先立って独立に成立するという存在論的前提を再検討し、個体性と存在論的優先性が構造的秩序によって成立することを論証することである。

従来の個体論では、個体はすでにそれ自体として成立しており、関係や構造はその個体間に成立するものとして理解される。しかし、この立場では、個体が一つの個体として成立する根拠や、複数の個体が相互に異なるものとして成立する根拠が、説明されないまま残される可能性がある。

本稿は、この問題に対して、個体化以前の異質性と差異的規定可能性を備えた存在論的基礎として「前個体的差異場 Δ」を導入する。そして、Δに内在する差異的契機が構成的関係によって組織化されることで構造 S が成立し、その構造が内部の契機を個体化するという存在論的過程を提示する。

さらに、構造と構造項の相互構成を、下位構造項による上位構造の具体的実現を示す構成関係 C と、上位構造による内部の構造項の個体化を示す個体化関係 I に区別する。この区別によって、構造と個体の相互依存が同一水準における説明上の循環を形成しないことを示す。

最後に、構造的個体化によって成立した諸項の間に、特定の規定次元における非対称的な同一性決定関係が成立する場合、その関係から構造相対的な第一性が導かれることを論証する。ここで第一性とは、時間的・因果的な先行性ではなく、ある構造項が他の構造項の同一性条件を構成的に決定することによって成立する存在論的優先性である。

本稿の中心的主張は、個体性と第一性は構造に先立って独立に成立するのではなく、構造的不変項と構成的依存秩序によって遡及的に確定するということである。

キーワード: 第一性、構造的個体化、前個体的差異場、構造的不変項、存在論的依存、個体性


1.問題設定――第一性は個体に先立って存在するのか

1.1.第一性の問題

あるものが他のものに対して第一であるというとき、私たちは通常、そのものがすでに個体として成立しており、その個体が他のものよりも優先的な位置を占めていると考える。

この場合、第一性は個体に備わった性質、あるいは個体間の関係として理解される。

しかし、この理解には一つの問題がある。

あるものが第一のものとして成立するためには、それが何であるか、何に対して第一であるのか、そして両者のあいだにどのような依存関係が存在するのかが、あらかじめ確定していなければならない。

つまり、この理解では、第一性が成立する以前に、個体性と個体間の関係がすでに成立していることが前提とされる。

では、そもそも個体性は構造から独立して成立するのだろうか。

あるものが一つの個体であるためには、それが他のものから区別され、一つの存在者として統一されていなければならない。しかし、その統一と差異を成立させる根拠が、その個体自身に最初から備わっていると仮定するだけでは、個体性の成立を説明したことにはならない。

ここで問題となるのは、個体が存在するかどうかではない。個体がなぜその個体として成立しているのかということである。

本稿は、この問題から出発する。

1.2.個体と構造の存在論的な順番

本稿が検討するのは、個体と構造のどちらが存在論的に先行するのかという問題である。

個体を先に置く立場では、独立して成立した個体が相互に関係することによって構造が形成される。

これに対して、本稿は、個体が特定の構造において持つ個体性や同一性は、その構造を成立させる関係的秩序によって規定されると考える。

ここで注意しなければならないのは、あらゆる個体が時間的に構造の後から出現するという主張ではないという点である。

例えば、ある細胞はすでに下位の生物学的水準で個体として成立している。しかし、その細胞が特定の組織においてどのような位置と役割を占めるのかは、その組織の構造によって規定される。

つまり、一つの存在者は、ある水準ではすでに個体化されていながら、別の水準では構造的な個体化を受けることがある。

したがって、本稿が否定するのは、あらゆる水準において個体が構造から完全に独立して成立するという前提である。

個体と構造の関係を、一方向の依存関係として理解することも、単純な相互依存として理解することも十分ではない。

必要なのは、異なる存在論的水準において成立する構成作用を区別しながら、個体性と構造の成立を一つの体系において説明することである。

1.3.本稿の目的と構成

以上の問題を解決するため、本稿では次の順序で論証を進める。

第一に、個体性と第一性を説明するための前提として、前個体的差異場 Δ を導入する。

第二に、Δに内在する差異的契機が構成的関係によって組織化され、構造 S を形成する条件を明らかにする。

第三に、構造の成立と構造項の個体化を、それぞれ構成関係 C と個体化関係 I によって区別する。

第四に、構造的不変項 K(S) を基準として、構造的個体性と同一性の成立を説明する。

第五に、構造内部の諸項の間に成立する非対称的な同一性決定関係から、第一性が導かれることを論証する。

最後に、この理論を先行研究と比較し、その独自性と限界を明らかにする。

なお、本稿で扱う遡及性は、構造的・存在論的な遡及性である。後続する構造によって過去の履歴が構成的な前史として確定するという時間的・歴史的遡及性は、別個の論証を必要とするため、本稿の直接的な対象とはしない。

2.基本概念――個体性・構造・第一性

2.1.個体性とは何か

本稿では、個体性を単なる数的な区別として理解しない。

あるものが一つの個体として成立するためには、少なくとも二つの条件が必要である。

第一に、そのものが一つの存在者として統一されていること。

第二に、それが他の存在者から区別されていること。

この二つは相互に関係している。

あるものが一つの個体であるということは、それを構成する諸契機が一つの統一を形成していることを意味する。同時に、その統一は他の存在者との区別を可能にしなければならない。

したがって、個体性を存在論的に説明するためには、次の二つを説明する必要がある。

  • 数的統一の成立。
  • 他の個体との差異の成立。

ここで重要なのは、個体の区別が認識主体による識別可能性だけに依存するのではないということである。

二つのものが異なる個体であるということは、単に私たちがそれらを見分けられるという意味ではない。それぞれが異なる個体として成立するための実在的な条件が存在するということである。

本稿では、その条件を個体化根拠と呼ぶ。

2.2.個体化根拠充足原理

個体性の存在論的成立を説明しようとする理論は、その個体性を成立させる根拠を示さなければならない。

本稿では、これを個体化根拠充足原理と呼ぶ。

個体化根拠充足原理:

個体性の存在論的成立を説明対象とする理論は、数的統一と他の個体との差異を成立させる実在的な根拠を提示しなければならない。

この原理は、すべての存在論的立場が原始的個体性を論理的に否定しなければならないという意味ではない。

個体性を説明の最終地点に置く立場は、形而上学的な選択として可能である。しかし、その場合、個体性がなぜ成立しているのかという問題は説明されないまま残される。

本稿が採用するのは、個体性を無条件の事実として置くのではなく、その成立条件を説明しようとする立場である。

したがって、個体性を成立させる根拠を個体性そのものに求めることはできない。

個体性が成立する以前の基礎に、その成立を可能にする差異的条件が必要となる。

2.3.前個体的差異場 Δ

そこで本稿では、前個体的差異場 Δ を導入する。

前個体的差異場とは、個体化された存在者の集合ではなく、個体性、数的同一性、独立した構造項が成立する以前に存在する、異質性、強度差、潜在的緊張および相互規定可能性を備えた存在論的基礎である。

Δには、すでに個体化された複数の実体が存在しているわけではない。

Δにおける差異は、個体的な複数性ではなく、個体化を可能にする前個体的な異質性である。

この区別は重要である。

仮に、個体化以前の基礎を、すでに成立した複数の個体から構成されるものとして理解すれば、それらがなぜ複数の個体として成立しているのかという問題が再び生じる。

例えば、m₁、m₂、m₃という三つの契機を最初から独立した存在者として措定すれば、それらの数的差異を説明するために、別の個体化原理が必要になる。

これでは、個体性の説明を出発点に戻してしまう。

したがって、Δは個体の集合ではなく、個体化以前の差異的な規定可能性として理解されなければならない。

ここで、構造的契機 mᵢ とは、Δに内在する差異的規定可能性を、特定の構造において分析するための形式的な区別を意味する。

mᵢは独立した個体を意味しない。また、添字 i は、あらかじめ数的に異なる個体が存在していることを意味するものではない。

それは、後に構造的秩序によって位置と役割を与えられる差異的契機を識別するための記号である。

2.4.Δの存在論的な位置づけ

ここで、Δ自身も何らかの根拠を必要とするのではないかという問題が生じる。

本稿は、Δがなぜ存在するのかという究極的な問いには答えない。

Δは、本理論において個体化を可能にする最終的な存在論的基礎である。

しかし、これは個体性を原始的な事実として認めることと同じではない。

両者には明確な違いがある。

原始的個体性を認める立場では、説明対象である個体性そのものが最終的な基礎になる。

これに対して本稿では、個体性をまだ持たない差異的条件を基礎として置く。

したがって、Δが原初的なものであることは、個体化根拠充足原理と矛盾しない。

本稿が説明するのは、存在そのものの究極的理由ではなく、個体性が成立するための存在論的条件である。

この説明範囲の限定は、理論の欠陥ではなく、説明対象を明確にするための方法論的な区別である。

3.構造 S と構造的不変項 K(S)

3.1.構造とは何か

Δに内在する差異的契機は、単に並んで存在しているのではない。

それらは、相互の関係と制約によって組織化されることで、一つの構造的秩序を形成する。

本稿では、これを構造 S と呼ぶ。

構造 S:

前個体的差異場に内在する差異的契機が、構成的関係と相互制約によって組織化され、一つの構造的不変項を実現する関係的秩序。

構造は、すでに完成した個体の集合に後から付加される外的関係ではない。

同時に、構造は、その内部の契機から完全に独立して存在する別の実体でもない。

構造の統一性は、差異化された契機の相互規定的な秩序そのものに成立する。

ここで、構成的関係 Rᶜ を次のように定義する。

構成的関係とは、差異的契機の位置、役割、同一性条件または構造的統一を成立させる関係である。

この関係は、単なる因果関係や外的な相互作用とは異なる。

例えば、二つの物体が偶然接触しているというだけでは、それらが一つの構造を形成しているとは言えない。

両者の関係が、その構造の成立条件や内部の項の同一性条件に関わっている必要がある。

したがって、構造の成立には、差異化された契機、構成的関係、そしてそれらを一つの秩序として統合する条件が必要となる。

3.2.構造的不変項 K(S)

しかし、差異化された契機が相互に関係しているというだけでは、一つの構造が成立していることを十分に説明できない。

因果的に相互作用している存在者が、すべて同一の構造を形成するとは限らないからである。

そこで、本稿では構造的不変項 K(S) を導入する。

構造的不変項とは、構成要素の交換や一定の変化を経ても、構造 S が同一の構造として成立し続けるために維持されなければならない関係的・制約的条件である。

K(S)は必ずしも一つの性質とは限らない。

複数の関係や制約が組み合わさって、一つの構造の同一性を維持している場合もある。

また、物質的な構成要素の交換が許容される構造もあれば、物質的連続性そのものが同一性条件に含まれる構造もある。

したがって、すべての構造に共通する一つの不変項を想定する必要はない。

重要なのは、各構造について、その構造が同一のものとして存続するために何が維持されなければならないのかを明らかにすることである。

3.3.構造の境界と構成的閉包

構造の境界も、単純な空間的近接性や因果的接触によって決まるわけではない。

構造の境界は、その構造の不変項を実現するために必要な構造的契機、構成要素、構成的関係をすべて含む領域によって決定される。

これを次のように表す。

B(S) = Cl_min(S, K(S))

ここで、B(S)は構造の存在論的境界、Cl_minは構造的不変項を実現するために必要な最小完全な構成的依存関係の閉包を意味する。

この定式化で重要なのは、構造の境界を恣意的に設定しないことである。

その構造を成立させるために必要な関係が含まれていなければならない一方、構造の成立にとって偶然的・外的な関係まで含める必要はない。

また、同一の不変項を実現する複数の構成経路が存在する可能性も認められる。

したがって、最小完全な閉包が常に一つだけ存在すると仮定する必要はない。

この定義によって、構造の統一性と境界を、構成的依存秩序に基づいて説明できる。

4.構造と構造項の相互構成――CとIの区別

4.1.相互構成の問題

構造が成立するためには、その構造を具体的に実現する構造項が必要である。

しかし、その構造項が特定の構造においてどのような個体として成立するかは、構造との関係によって規定される。

ここには一見すると循環が存在する。

構造項がなければ構造は成立しない。しかし、構造がなければ構造項も成立しない。

この問題を解決するためには、構造と構造項の相互構成を、同一の存在論的関係が両方向に成立しているものとして理解してはならない。

本稿では、二つの異なる構成作用を区別する。

4.2.構成関係 C

第一の関係は、構成関係 C である。

Cとは、ある階層においてすでに個体化されている下位構造項が、より上位の構造を具体的に実現する関係である。

例えば、複数の細胞が組織を構成する場合、それぞれの細胞は、組織の成立以前から細胞として一定の個体性を持っている。

その細胞が組織を実現することが、ここでいう構成関係 C に当たる。

形式的には、次のように表現できる。

C(Sₗ₊₁, {xᵢˡ})

これは、下位水準の構造項が上位構造の具体的実現に参与することを意味する。

4.3.個体化関係 I

第二の関係は、個体化関係 I である。

Iとは、ある構造 S の内部において、差異化された契機 mᵢ が、その構造の不変項と関係秩序によって、特定の位置、役割、同一性条件を持つ構造項 xᵢ として成立する関係である。

これを次のように表す。

I(S, mᵢ → xᵢ)

例えば、ある細胞は、細胞としてはすでに存在していても、特定の組織の内部では、その構造との関係によって固有の位置や役割を持つ。

このとき、その細胞は、当該組織の構造項として新たな存在論的資格を獲得する。

つまり、細胞そのものが初めて存在するのではない。

上位構造の内部で、何であるかが規定されるのである。

4.4.なぜ循環論法ではないのか

以上の二つの関係を区別すれば、構造と構造項の相互構成は説明上の循環を形成しない。

Cは、下位水準ですでに成立している個体が、上位構造を具体的に実現する関係である。

これに対してIは、その上位構造によって、内部の契機が新たな構造項として個体化される関係である。

両者は異なる存在論的水準に属している。

したがって、同一の対象を同一の意味において互いに基礎づけているわけではない。

一つの存在者は、下位水準ではすでに個体化されたものとして上位構造を成立させながら、上位水準では、その構造によって新たな位置と役割を与えられることができる。

ここで成立しているのは、同一水準における循環ではなく、異なる水準における相互構成である。

また、すべての構造が必ず別の上位構造を必要とするわけではない。本稿は、階層的な構造の重なりを認めるが、あらゆる構造に対して無限に上位の構造を要求するものではない。

個体化以前の基礎としてΔを置くことによって、個体化の説明に関する無限後退を停止できる。

以上から、次の命題が成立する。

命題1:構造と構造項の相互構成は、CとIという異なる存在論的関係に属するため、必ずしも説明上の循環を形成しない。

5.構造的個体性の成立

5.1.構造の統一性は独立した統一者を必要としない

ここまでの議論を踏まえると、構造の統一性をどのように説明するかが明らかになる。

構造を形成する契機が単に連結されているだけでは、構造的統一性は成立しない。

しかし、それらの契機が共通の構造的不変項 K(S) を実現し、その実現に必要な構成的関係が閉じているならば、それらは一つの関係的・制約的領域を形成する。

ここでいう統一性は、複数の契機が一つの個体であるという意味ではない。

それらが一つの構造的秩序を形成しているという意味である。

したがって、その統一性を説明するために、構造の外部に別の統一者を導入する必要はない。

構造の統一性は、その構成的関係と不変項によって説明できる。

5.2.個体性は構造によって成立する

次に、構造的個体性の成立を考える。

Δに内在する差異的契機は、構造 S が成立する以前には、独立した数的個体として存在している必要はない。

しかし、構造 S が成立すると、それらの契機は特定の関係的位置と役割を与えられる。

その位置と役割が、構造的不変項 K(S) の実現に関わる同一性条件を形成する。

この過程を次のように整理できる。

第一に、Δに個体化以前の差異的規定可能性が存在する。

第二に、その差異的条件が構成的関係 Rᶜ によって組織化される。

第三に、その関係秩序が構造 S として成立し、構造的不変項 K(S) を実現する。

第四に、構造内部の差異的契機が、構造項として個体化される。

したがって、

I(S, mᵢ → xᵢ)

が成立する。

このとき、xᵢは構造から独立して成立していた個体ではない。

その構造における位置、役割、同一性条件を持つ個体として成立している。

以上から、次の命題が成立する。

命題2:構造 S が成立するとき、その内部の差異的契機 mᵢ は、構造的不変項と構成的依存秩序によって、構造項 xᵢ として個体化される。

5.3.スピノザの複合個体論による検討

この考え方を具体的に検討するため、スピノザの『エチカ』第二部定理13の後に続く補助定理を参照したい。

スピノザは、複数の物体から構成される個体について、その構成部分が入れ替わっても、一定の運動と静止の関係が維持されるならば、同一の個体が存続しうることを論じている。

特に補助定理4では、ある個体を構成する物体の一部が取り除かれ、同じ性質を持つ別の物体がその位置に入っても、その個体は同一性を維持しうるとされる。

さらに補助定理7の備考では、自然全体もまた、一つの個体として理解される可能性が示される。

ここで注目すべきなのは、構成要素の物質的同一性と、複合個体の同一性とが区別されていることである。

複合個体の同一性は、構成要素が物質的に同じものであり続けることだけによって成立するのではない。

構成要素の交換を許容する関係的秩序が維持されることによって、同一の個体として存続する。

この関係的秩序は、本稿の構造的不変項 K(S) に対応するものとして理解できる。

ただし、ここからスピノザ自身が本稿と同じ構造的個体化存在論を提示していたと結論することはできない。

スピノザの議論が示しているのは、複合個体の同一性が構成要素の物質的同一性に還元されないということである。

本稿はこの洞察を個体化の一般的な存在論へと展開し、さらに構造内部の第一性という問題に接続する。

6.構造的個体化から第一性へ

6.1.構造全体の優先性から内部の第一性は直接には導かれない

ここで、理論の最も重要な問題に進む。

構造 S が構成要素の物質的同一性よりも個体の同一性を決定するということから、直ちに構造内部のある項が他の項に対して第一であるとは言えない。

例えば、三つの項 A、B、C が完全に対称的な関係にある構造を考える。

この構造では、A、B、Cをそれぞれ同じ性質を持つ別の項に置き換えても、構造全体の秩序が維持される可能性がある。

この場合、構造的秩序は個々の構成要素の物質的同一性よりも優先している。

しかし、A、B、Cのいずれかが他の項に対して第一であるとは言えない。

つまり、構造全体の優先性と構造内部の第一性は、別個の問題である。

したがって、構造的個体化から第一性を導くためには、構造内部の項のあいだに成立する非対称的な関係を明らかにしなければならない。

6.2.同一性決定の非対称性

本稿では、第一性を存在論的な優先性として定義する。

ある構造 S の内部において、特定の規定次元 d に関して、構造項 A の規定が構造項 B の同一性条件を構成的に決定しているとする。

一方、同じ構造 S と規定次元 d において、B の規定がAの同一性条件を同じ意味で決定しているわけではないとする。

この場合、AはBに対して第一である。

これを次のように表す。

A ≺_{S,d} B

ここで、Sは対象となる構造、dは第一性が成立する規定次元である。

重要なのは、第一性を絶対的な属性として理解しないことである。

AがBに対して第一であることは、Aがあらゆる存在論的次元においてBより優先することを意味しない。

ある特定の構造と規定次元において、AがBの同一性条件を非対称的に決定していることを意味する。

例えば、法制度を考える。

ある法制度 S の内部において、憲法上の規定 A が法律 B の法的有効性を決定しているとする。

この場合、Bが有効な法律として成立するためには、Aが定める規範的条件を満たさなければならない。

一方、Bが存在しないことによって、Aの憲法上の規範としての位置づけが同じ意味で失われるわけではない。

もちろん、憲法そのものも社会的実践や政治的制度などに依存しうる。しかし、それは別の構造と規定次元に関わる問題である。

当該法制度の内部における法的有効性という規定次元に限定すれば、AはBに対して第一である。

この例から分かるように、第一性は、時間的に先に存在することや、他のものを因果的に生み出すこととは異なる。

それは、ある構造の内部で、何が他のものの同一性条件を決定しているのかという問題である。

6.3.第一性の判定条件

ただし、あらゆる非対称的な関係が第一性を成立させるわけではない。

単にAがBに影響を与えているというだけでは不十分である。

必要なのは、Aの規定がBの同一性条件を構成的に決定していることである。

そこで、本稿では第一性の成立条件を次のように整理する。

第一に、AとBが、同一の構造 S に属する構造項として個体化されていること。

第二に、対象となる規定次元 d が明確であること。

第三に、Aの規定が、dにおけるBの同一性条件を完全に決定していること。

第四に、同じ規定次元において、BがAの同一性条件を同じ意味で決定していないこと。

この四条件が満たされる場合に限り、Aの第一性を認める。

特に、第三の条件における完全な決定と、単なる部分的な影響を区別しなければならない。

例えば、AがBの機能の一部に影響を与えているとしても、それだけではBの同一性条件全体を決定しているとは言えない。

また、AとBが相互に依存しているというだけでも、どちらか一方が第一であるとは言えない。

したがって、第一性は、単なる依存関係ではなく、完全かつ非対称的な同一性決定関係によって成立する。

6.4.反事実的な判定基準

この非対称性を検討するためには、反事実的な分析が有効である。

具体的には、次の二つの問いを立てる。

  1. Aの規定を除去または変更した場合、Bは同じ規定次元において同一性を維持できるか。
  2. Bの規定を除去または変更した場合、Aは同じ規定次元において同一性を維持できるか。

もし、Aの規定の変更によってBの同一性条件が成立しなくなる一方、Bの規定の変更によってAの同一性条件が維持されるならば、非対称性が存在する。

ただし、ここでの反事実的分析は、それだけで第一性を証明するものではない。

必要なのは、その変化が単なる因果的影響ではなく、構造的不変項 K(S) に関わる構成的条件の変化であることを確認することである。

また、ある構造項を別のものに置き換えた場合でも、同じ役割を果たす代替項が存在するならば、その項の物質的個体性そのものが第一であるとは限らない。

その場合、第一性を持つのは特定の物質的な項ではなく、その項が占める構造的な位置や役割である可能性がある。

したがって、第一性を判定する際には、物質的な個体、構造的な位置、機能的な役割を区別しなければならない。

6.5.第一性は全順序を形成する必要がない

さらに、本稿は第一性が必ずしも構造内部の全項を一列に並べる絶対的な順位を形成するとは考えない。

ある構造 S の規定次元 d において、AがBに対して第一であり、CがDに対して第一であるとしても、AとCのあいだに優先関係が存在するとは限らない。

また、相互に同一性条件を決定する対称的な項については、第一性を認める必要がない。

したがって、第一性は、構造内部のすべての項を一列に並べる全順序ではなく、規定次元に相対的な部分的な優先関係として理解されなければならない。

推移性についても、無条件に仮定することはできない。

AがBの一部の規定を決定し、BがCの一部の規定を決定するというだけでは、AがCの同一性条件を完全に決定するとは言えない。

同一の規定次元において、完全な同一性決定関係が連鎖する場合に限り、推移性を認めることができる。

この限定によって、第一性は過度に強い階層秩序ではなく、実際の構造的依存関係に即した存在論的優先性として理解される。

7.中心定理――構造的個体化と第一性の遡及的成立

7.1.定理の提示

ここまでの議論を統合すると、本稿の中心定理を提示できる。

定理Ⅰ:構造的個体化と第一性の遡及的成立定理

前個体的差異場 Δ に内在する差異的規定可能性が、構成的関係 Rᶜ によって組織化され、構造的不変項 K(S) を実現する構造 S が成立するとき、その内部の差異的契機 mᵢ は、構造的な位置・役割・同一性条件を持つ構造項 xᵢ として個体化される。

さらに、その構造内部において、ある項 A の規定が、特定の規定次元 d における他の項 B の同一性条件を完全かつ構成的に決定し、同じ規定次元において逆方向の同一性決定が成立しない場合、A は B に対して第一のものとして成立する。

したがって、構造内部の個体性と第一性は、構造から独立してあらかじめ成立しているのではなく、構造の成立を通じて遡及的に確定する。

7.2.証明

まず、個体化根拠充足原理によって、個体性の成立には数的統一と他の個体との差異を説明する実在的な根拠が必要である。

この根拠は、すでに個体化された複数の存在者の集合に求めることはできない。

なぜなら、それらが複数の個体として成立していること自体が説明されなければならないからである。

そこで、個体化以前の差異的条件を備えた存在論的基礎としてΔを置く。

次に、Δに内在する差異的契機が構成的関係によって組織化されることによって、構造 S が成立する。

構造 S は、構造的不変項 K(S) を実現し、その実現に必要な構成的依存関係の閉包によって統一される。

この段階では、Δに内在する差異的契機は、独立した数的個体として成立している必要はない。

しかし、構造 S が成立すると、それらの契機には構造的な位置と役割が与えられる。

その結果、

I(S, mᵢ → xᵢ)

が成立し、構造項 xᵢ の個体性と同一性条件が確定する。

ここまでで、構造的個体化が成立する。

次に、構造内部における第一性を考える。

構造的個体化が成立したとしても、すべての項が相互に対称的な関係にあるならば、特定の項が他の項に対して第一であるとは言えない。

しかし、構造的不変項 K(S) を実現する依存秩序の内部に、特定の規定次元 d に関する非対称的な同一性決定関係が存在する場合、その関係によって第一性が成立する。

すなわち、Aの規定がBの同一性条件を完全かつ構成的に決定し、同じ規定次元においてBがAを同じ意味で決定しないならば、

A ≺_{S,d} B

が成立する。

この関係は、Aが構造とは無関係に第一性を所有していることを意味しない。

Aが第一であるのは、特定の構造 S の内部において、その構造が実現する同一性決定の非対称性に参与しているからである。

したがって、Aの第一性は構造的個体化と独立に成立しているわけではない。

構造 S が成立し、その内部の項が個体化され、さらに非対称的な同一性決定関係が確定することによって、初めて第一性が成立する。

以上によって、定理Ⅰが証明された。

7.3.定理の意味

この定理が示しているのは、第一性が個体にあらかじめ備わった属性ではないということである。

あるものが第一のものであるためには、それが特定の構造において何であるのか、そして他のものの同一性条件をどのように決定しているのかが成立していなければならない。

第一性は、その関係的・構成的な秩序において成立する。

また、構造的個体化は第一性の必要条件であるが、十分条件ではない。

構造によって個体化された諸項のあいだに非対称的な同一性決定関係が存在しない場合、第一性は成立しない。

したがって、本定理はすべての構造に第一の項が存在すると主張するものではない。

それは、構造内部における非対称的な同一性決定関係が存在する場合に、その関係から第一性が導かれることを示している。

ここに、本稿のいう「第一性の遡及的成立」の第一の意味がある。

構造が成立することによって、その内部の項が何であるか、その個体性と同一性がどのように規定されるか、そして何が何に対して第一であるかが確定するのである。

8.先行研究との比較と本理論の独自性

8.1.シモンドン――前個体的存在と個体化

前個体的な差異から個体の成立を説明する試みとして、最も重要な先行研究の一つが、ジルベール・シモンドンの個体化論である。

シモンドンは『形相と情報の概念に照らした個体化』において、個体を最初から完成された存在として扱うのではなく、個体化の過程から理解しようとする。

特に、前個体的なもの、準安定性、潜在的な緊張、個体化の過程における変化は、個体を既成のものとして前提しない存在論を考えるうえで重要である。

この点で、本稿のΔはシモンドンの前個体的なものと理論的な親近性を持つ。

しかし、本稿の目的は個体化の動的な過程を記述することだけではない。

本稿は、構造的不変項 K(S) を通じて個体の同一性条件を明らかにし、さらに構造内部の非対称的な同一性決定関係から第一性を導こうとする。

したがって、本稿の独自性は、個体化の前個体的条件を導入することそのものではなく、それを構造的同一性と存在論的優先性の説明へと接続することにある。

8.2.ドゥルーズ――差異と個体化

ドゥルーズの『差異と反復』も、本稿にとって重要な参照点となる。

ドゥルーズは、同一性を最初の原理として置く思考を批判し、差異それ自体の存在論的な役割を明らかにしようとする。

また、微分的関係や理念、強度的な差異を通じて、個体化に先立つ条件を論じている。

この点で、個体性を前提とせず、差異を個体化の条件として捉える本稿の立場とは共通する部分がある。

しかし、本稿は、差異を個体化の基礎として置くだけでは十分ではないと考える。

個体性を成立させる構造的秩序がどのような不変項を持ち、どのように内部の同一性条件を規定するのかを明らかにしなければならない。

そのため、本稿ではΔからSへの移行だけでなく、K(S)、C、Iを導入し、それらを通じて個体性と第一性の成立を説明する。

したがって、ドゥルーズとの比較においても、本稿の独自性は、前個体的差異の概念そのものではなく、構造的同一性と第一性の統一的な説明にある。

8.3.ヘーゲル――規定性と関係の内在性

ヘーゲル『大論理学』の存在論的な意義は、規定された存在が他のものとの関係や否定性から独立して成立するわけではないことを示している点にある。

特に『大論理学』の存在論では、規定性、有限性、他者との関係が、存在するもののあり方そのものに関わる問題として展開される。

この議論は、個体を完全に自己完結した存在として捉える立場を再検討するための重要な手がかりとなる。

本稿も、あるものが何であるかは、それ自身の内部に固定された性質だけによって決定されるのではなく、構造的な関係と差異によって規定されると考える。

ただし、本稿の議論をヘーゲルの論理学から直接導出することはしない。

ヘーゲルの存在論的妥当性をどこまで認めるかという問題と、本稿の構造的個体化存在論が成立するかという問題は、区別されなければならない。

ヘーゲルの議論は、本稿が取り組む存在論的問題の哲学的背景を明らかにするものとして位置づける。

8.4.存在論的構造実在論

現代の形而上学においては、存在者の個体性や同一性を関係的構造によって説明しようとする立場が存在する。

特に、ラディマンらの存在論的構造実在論は、独立した個体の存在論的優先性を疑い、構造や関係をより基本的なものとして理解する点で、本稿と重要な接点を持つ。

しかし、本稿は構造の優先性を主張するだけでは終わらない。

第一に、前個体的差異場を設定することによって、構造の成立以前に個体化された複数の個体を前提としない。

第二に、CとIを区別することによって、構造と構造項の相互構成を異なる存在論的水準から説明する。

第三に、構造的不変項 K(S) を通じて、構造内部の個体性と同一性条件を明らかにする。

第四に、構造内部の非対称的な同一性決定関係から第一性を導く。

したがって、本稿は存在論的構造実在論と問題意識を共有する一方、個体化と第一性の成立を統一的に説明する枠組みを提示する。

8.5.現代形而上学の基礎づけ論と全体の優先性

現代形而上学における基礎づけ論は、ある事実や存在者が別の事実や存在者にどのように依存するのかを分析する。

特に、キット・ファインやファブリス・コレアらの研究は、基礎づけの概念とその構造を検討するうえで重要である。

また、E・J・ロウは個体化における非対称的依存を扱っている。

これらの研究は、本稿が導入する非対称的な同一性決定関係を検討するための重要な理論的背景となる。

しかし、本稿は、既存の基礎づけ関係を単に適用するだけではない。

基礎づけ関係が成立する以前に、そもそもその関係項がどのように個体化されるのかという問題を提示する。

つまり、本稿では、個体化と非対称的依存を別々の問題として扱わない。

構造的不変項を通じて個体性を成立させ、その構造内部に成立する非対称的な同一性決定関係から第一性を導く。

この点に、本稿の理論的な特徴がある。

また、ジョナサン・シェーファーの優先的一元論は、全体が部分に対して存在論的に優先する可能性を論じている。

しかし、全体が部分に優先することと、構造内部のある項が別の項に対して第一であることは同じではない。

本稿は、全体と部分の優先関係だけでは説明できない、構造内部の第一性を独立した問題として扱う。

8.6.スコトゥス――原始的個体性との相違

個体化の根拠をめぐっては、ドゥンス・スコトゥスのこのもの性(haecceitas)も重要な比較対象となる。

スコトゥスは、あるものがこの個体であることを説明するために、このもの性を論じた。

この立場では、個体化の根拠そのものが、さらに別の個体化根拠を必要とするとは限らない。

本稿は、このような原初的な個体化根拠を認める立場が論理的に不可能であるとは主張しない。

問題は、その根拠がどのような存在論的性格を持つかである。

スコトゥスのこのもの性は、すでに個体であるものの数的単一性を説明する原理として理解される。

これに対して、本稿では個体化以前の差異的条件を基礎として置き、その構造的秩序から個体性を説明する。

したがって、本稿は個体化の根拠を必要とするという点では共通するが、その根拠を個体化以前の構造的条件に求める点で異なる。

8.7.本理論の独自性

以上の比較から、本稿の独自性を明確にできる。

本稿は、前個体的差異、構造、個体化、同一性、非対称的依存、存在論的優先性という個々の概念を、すべて初めて導入したと主張するものではない。

これらの概念には、それぞれ重要な先行研究が存在する。

本稿の独自性は、それらを次の一つの説明構造へと統合したことにある。

前個体的差異場 Δ に内在する差異的条件から構造 S が形成され、その構造が構造項を個体化する。さらに、その構造内部において非対称的な同一性決定関係が成立する場合、その関係から第一性が導かれる。

これを整理すると、次のようになる。

Δ → S

I(S, mᵢ → xᵢ)

A ≺_{S,d} B

この一連の過程は、単に構造が個体よりも優先するという主張ではない。

個体性と第一性が成立するための条件そのものを、構造的な依存秩序によって説明することである。

この統一的な説明体系こそが、本稿の独自性である。

9.予想される反論と応答

9.1.原始的個体性を認めてもよいのではないか

第一の反論は、個体性を原始的な事実として認める立場も可能なのだから、個体化根拠充足原理を採用する必然性はないというものである。

この反論は正しい部分を持っている。

本稿は、原始的個体性を認める立場が形式的に矛盾しているとは主張しない。

しかし、個体性の存在論的成立を説明しようとするのであれば、個体性を成立させる条件を明らかにしなければならない。

個体性を原始的な事実として認めることは、説明の出発点を設定する一つの方法である。

しかし、それによって個体性の成立が説明されたことにはならない。

本稿は、個体性を説明対象とする存在論として、個体化根拠充足原理を採用する。

この意味で、本原理はあらゆる形而上学的立場に論理的に強制されるものではないが、個体性の成立を構造的に説明しようとする理論にとって不可欠な原理である。

9.2.Δも無根拠な存在になっているのではないか

第二の反論は、個体性に根拠を要求する一方で、Δを最終的な基礎として置くことは、説明の最終地点を別のものに移しただけではないかというものである。

この反論に対しては、説明対象を区別する必要がある。

本稿は、Δがなぜ存在するのかという究極的な問いに答えるものではない。

説明するのは、個体性がどのような条件によって成立するかという問題である。

個体性を持たない差異的条件を最終的な基礎とすることは、個体性そのものを無条件の事実として置くこととは異なる。

もちろん、Δの存在論的地位は、本稿が引き受ける基本的な前提である。

しかし、それは個体化を説明するために必要な前提であり、個体性の成立を未説明のまま置くこととは異なる。

したがって、この反論は本稿の説明範囲を超える究極的な存在理由を要求するものであり、個体化根拠充足原理との直接的な矛盾を示すものではない。

9.3.CとIの区別は、循環問題を定義によって回避しただけではないか

第三の反論は、CとIを異なる関係として定義しただけでは、構造と構造項の相互依存が循環する可能性を排除できないというものである。

この反論に対しては、異なる存在論的水準を区別する必要がある。

Cに参加する構造項は、下位水準においてすでに個体化されている。

一方、Iによって個体化されるのは、その項が上位構造の内部で持つ位置、役割、同一性条件である。

したがって、下位水準における個体性と、上位構造における構造的個体性は異なる。

ある細胞が細胞として存在することと、その細胞が特定の組織の内部でどのような構造項となるかは、同じ問題ではない。

この水準の区別によって、CとIは同じ対象を同じ意味で相互に基礎づける関係ではなくなる。

したがって、階層的な相互構成は、必ずしも説明上の循環を形成しない。

9.4.構造的不変項 K(S) は恣意的に設定されるのではないか

第四の反論は、構造的不変項を研究者が恣意的に設定すれば、どのようなものでも一つの構造として説明できてしまうのではないかというものである。

この問題を避けるためには、K(S)を単なる理論的な定義として与えるのではなく、対象が実際にどのような変化を許容し、どのような変化によって同一性を失うのかという分析を通じて確定しなければならない。

例えば、構成要素が交換されても構造が存続する場合、その交換を許容する関係的秩序が同一性条件に関わっている。

反対に、特定の関係が失われたときに構造全体が成立しなくなるのであれば、その関係は不変項の実現にとって構成的な意味を持っている可能性が高い。

ただし、反事実的な検討だけで構成的関係を機械的に判定できるわけではない。

対象の実際の構成条件、代替可能性、変化に対する応答を合わせて検討する必要がある。

したがって、K(S)は恣意的に設定するものではなく、対象の構成的依存秩序を分析することによって明らかにされなければならない。

この方法は個別の事例について具体的な検証を必要とするが、それは理論の欠陥ではなく、構造的存在論を実際の存在者に適用するための条件である。

9.5.第一性は最初から非対称性を前提としているのではないか

第五の反論は、第一性を非対称的な同一性決定関係として定義することによって、結論を最初から前提しているのではないかというものである。

この反論に対しては、構造的個体化と第一性を区別する必要がある。

本稿は、構造的個体化が成立すれば、必ず第一性が成立すると主張しているわけではない。

構造内部の項が対称的な同一性決定関係にある場合、第一性は成立しない。

また、ある項が他の項に部分的な影響を与えるだけの場合も、厳密な意味での第一性は成立しない。

第一性が成立するかどうかは、構造的不変項 K(S) と、その内部における同一性決定関係を分析することによって判定される。

つまり、本稿は第一性を無条件に仮定しているのではない。

構造内部において特定の非対称性が成立する場合に限り、その関係を第一性として認めるのである。

したがって、非対称性の定義は結論の先取りではなく、第一性と単なる影響関係や部分的依存関係とを区別するための条件である。

10.結論――第一性は構造の成立を通じて遡及的に確定する

本稿では、第一性が個体に先立って独立に存在するという存在論的前提を再検討し、個体性と第一性が構造的秩序によって成立することを論証した。

まず、個体性の成立を説明するためには、数的統一と他の個体との差異を成立させる根拠が必要であることを示した。

そのうえで、個体化以前の異質性と差異的規定可能性を備えた存在論的基礎として、前個体的差異場 Δ を導入した。

次に、Δに内在する差異的契機が構成的関係によって組織化されることで構造 S が成立し、その構造の同一性を維持する条件として構造的不変項 K(S) を導入した。

また、構造と構造項の相互構成については、下位構造項による上位構造の具体的実現を示す構成関係 C と、上位構造による内部の構造項の個体化を示す個体化関係 I を区別した。

この区別によって、構造と構造項の相互依存が同一水準における説明上の循環を形成しないことを示した。

さらに、構造 S が成立すると、その内部の差異的契機は構造的な位置、役割、同一性条件を持つ構造項として個体化されることを論証した。

最後に、構造内部の諸項のあいだに特定の規定次元における完全かつ非対称的な同一性決定関係が成立する場合、その関係から第一性が導かれることを示した。

ここで重要なのは、構造的個体化が第一性の必要条件ではあるが、十分条件ではないという点である。

すべての構造に第一の項が存在するわけではない。

しかし、構造が内部の項を個体化し、その同一性条件を非対称的に規定する場合、第一性はその構造的依存秩序の内部に成立する。

以上の議論によって、本稿は次の結論に到達した。

あるものが何であり、なぜそれ自身として成立し、何に対して第一であるのかは、そのものが構造から独立して存在することによって先に決まるのではない。そのものを成立させる構造的不変項と構成的依存秩序によって、構造の成立を通じて遡及的に確定する。

ここに「第一性の遡及的成立」の中心的な存在論的意味がある。

ただし、本稿で論証したのは、構造の内部における個体性・同一性・第一性の成立である。

構造が成立する以前に存在していた出来事や存在者の履歴が、後続する構造によってどのように構成的な前史として確定するのかという問題は、これとは区別して論証されなければならない。

なぜなら、構造内部の項の存在論的資格が成立することと、時間的に先行する履歴の存在論的資格が成立することは、同一の問題ではないからである。

したがって、次の研究では、本稿で確立した構造的不変項と構成的依存秩序を時間的な次元へと拡張し、後続構造による歴史的遡及構成の可能性とその成立条件を検討する必要がある。

その論証によって初めて、構造的・存在論的遡及性と時間的・歴史的遡及性が、一つの存在論的原理のもとに統合されることになる。


注

注1 本稿の「第一性」は、時間的な最初のもの、因果系列の最初の原因、あるいはチャールズ・サンダース・パースのカテゴリーとしての Firstness を意味しない。本稿では、特定の構造と規定次元において成立する存在論的優先性を意味する。

注2 個体性を原始的なものとして認める立場については、スコトゥスのこのもの性(haecceitas)が重要な比較対象となる。参照:Duns Scotus, Ordinatio II, d. 3, p. 1, q. 4, n. 76. 本稿は、この立場の論理的可能性を否定するのではなく、個体性の成立を説明対象とする場合に何が必要となるのかを問題としている。

注3 個体化根拠充足原理は、ライプニッツの充足理由律と同一の原理ではない。本稿は、あらゆる存在者について究極的な理由を要求するのではなく、個体性の成立を説明対象とする理論に対して、その個体化根拠を要求している。

注4 シモンドンの前個体的なものについては、特に『形相と情報の概念に照らした個体化』序論および第一部を参照。シモンドンの個体化論と本稿の構造的個体化存在論は、個体を完成した出発点としない点で接点を持つが、両者を同一の理論とみなすことはできない。

注5 ヘーゲルの規定性に関する議論については、『大論理学』存在論「規定性(質)」、特に「定在」「何かと他者」の展開を参照。本稿は、その議論を直接的な証明として使用するのではなく、規定と他者との関係を存在論的に考えるための背景として参照する。

注6 スピノザの複合個体については、『エチカ』第二部定理13の後の補助定理4〜7および補助定理7の備考を参照。特に、構成要素の交代と個体の同一性の維持に関する議論が、本稿の構造的不変項 K(S) の検討に関係する。

注7 ドゥルーズの差異と個体化の関係については、『差異と反復』第一章および第四章、特に差異それ自体と微分的な理念に関する議論を参照。

注8 存在論的構造実在論については、Ladyman(1998)および Ladyman et al.(2007)を参照。本稿は構造の存在論的な重要性を共有するが、科学哲学上の構造実在論そのものを採用するわけではない。

注9 基礎づけ関係の概念的整理については、Fine(2012)、Correia and Schnieder(2012)、および Lowe(2012)を参照。本稿の同一性決定関係は、一般的な基礎づけ関係と完全に同一ではなく、構造内部における個体化と第一性を説明するための関係である。

注10 シェーファーの優先的一元論については Schaffer(2010)を参照。全体の部分に対する優先性と、構造内部における項どうしの第一性は区別されなければならない。

注11 反事実的な検討は、構成的関係を識別するための方法の一つであり、因果関係の検討と同一ではない。構成的関係であるかどうかは、当該関係が構造的不変項と構造項の同一性条件をどのように成立させているかに基づいて判断される。

注12 本稿の「遡及的成立」は、時間的な逆因果を意味しない。構造の成立によって、その内部の項が持つ構造相対的な個体性・同一性・第一性が確定するという構造的・存在論的な意味で用いている。歴史的遡及性については、別稿で検討する。


参考文献

一次文献

Deleuze, Gilles. 1968. Différence et répétition. Paris: Presses Universitaires de France.

Deleuze, Gilles. 1994. Difference and Repetition. Translated by Paul Patton. New York: Columbia University Press.

Hegel, Georg Wilhelm Friedrich. 1812–1816. Wissenschaft der Logik.

Hegel, Georg Wilhelm Friedrich. 2010. The Science of Logic. Edited and translated by George di Giovanni. Cambridge: Cambridge University Press.

Simondon, Gilbert. 2005. L’individuation à la lumière des notions de forme et d’information. Grenoble: Jérôme Millon.

Simondon, Gilbert. 2020. Individuation in Light of Notions of Form and Information. Translated by Taylor Adkins. Minneapolis: University of Minnesota Press.

Spinoza, Benedictus de. [1677] 1925. Ethica. In Spinoza Opera, vol. II, edited by Carl Gebhardt. Heidelberg: Carl Winter.

Duns Scotus, John. 1973. Ordinatio. Liber Secundus. Distinctiones 1–3. In Ioannis Duns Scoti Opera Omnia, vol. VII. Vatican City: Typis Polyglottis Vaticanis.

二次文献

Correia, Fabrice, and Benjamin Schnieder, eds. 2012. Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality. Cambridge: Cambridge University Press.

Fine, Kit. 2012. “Guide to Ground.” In Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality, edited by Fabrice Correia and Benjamin Schnieder, 37–80. Cambridge: Cambridge University Press.

Ladyman, James. 1998. “What Is Structural Realism?” Studies in History and Philosophy of Science Part A 29 (3): 409–424.

Ladyman, James, Don Ross, David Spurrett, and John Collier. 2007. Every Thing Must Go: Metaphysics Naturalized. Oxford: Oxford University Press.

Lowe, E. J. 2012. “Asymmetrical Dependence in Individuation.” In Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality, edited by Fabrice Correia and Benjamin Schnieder, 214–233. Cambridge: Cambridge University Press.

Schaffer, Jonathan. 2010. “Monism: The Priority of the Whole.” The Philosophical Review 119 (1): 31–76.

コメント

タイトルとURLをコピーしました