ヘーゲル

【方針と総目次】ヘーゲルをドイツ語で読む――牧野紀之『ヘーゲル研究入門』と中井浩一『ヘーゲル哲学を研究するとはどういうことか』

ドイツ語をはじめて数ヶ月。文法入門書を終え、文章読解に進もうとしていた。幸いにもYoutubeでニーナさんという方が良質なドイツ語コンテンツを量産してくれており、それらの恩恵を大いに受けることができた。当初はニーナさんの文章読解コンテンツで...
スピノザ

『攻殻機動隊』の電脳化はどこまで現実なのか――BCIからスピノザの心身論、人形使いまで

※この記事は生成AIを用いて作成しました。『攻殻機動隊』を見ていると、どうしても気になるのが「電脳化」という技術である。脳とコンピュータを直接接続し、ネットワークにアクセスする。身体を義体化し、脳だけを生身のまま残す。そして最終的には、人間...
スピノザ

『理解する』だけでは足りない――『エチカ』第五部定理10から考える生活信条

前回の記事で、私はスピノザ『エチカ』第五部を読み直したことをきっかけに、自分自身の生き方について考えた。そのとき私が特に強く感じたのは、「理解する」ということの大切さだった。自分はいま何を感じているのか。なぜ、そう感じているのか。自分に何が...
スピノザ

『エチカ』第五部を読み直して、自分の生き方について考えたこと

スピノザの『エチカ』第五部をあらためて読み直した。第五部の定理21以降は、私にとってはまだまだ難しい。とりわけ精神と身体の関係や、永遠の相のもとで精神が自分自身を認識するという問題については、解釈者によってもかなり読み方が分かれるところで、...
スピノザ

『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』をスピノザの『エチカ』から読む

――コナトゥス、欲望、受動感情、そして「誰が悪いのか」という問い※以下、『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』の結末まで完全にネタバレしています。『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』を観た。ただ単純に「悪者を倒す話」ではないことはすぐにわかるだろ...
スピノザ

ラテン語で読むスピノザ『エチカ』第一部 定理一五

第一部 定理一五原文Quicquid est, in Deo est et nihil sine Deo esse neque concipi potest.自訳在るものは何であれ神の中にあり、神なしでは何もののありえず、考えられることもで...
雑記

『スピノザ主義者の哲学探究』から『西宮哲学テクスト研究室』へ

哲学を始めて10年くらい経ったのだろうか。私にとっての30代の10年間は哲学とともにあったと言ってもよいと思う。学び始めた当初はここまでのめり込むとは思っていなかった。当時哲学書に限らず読書の習慣さえなかった私が、約10年の時を経て哲学の原...
スピノザ

ラテン語で読むスピノザ『エチカ』第一部 定理一二〜定理一四

第一部 定理一二原文Nullum substantiæ attributum potest vere concipi ex quo sequatur substantiam posse dividi.自訳実体が分割されうることが出てくるよう...
スピノザ

ラテン語で読むスピノザ『エチカ』第一部 定理一一

第一部 定理一一原文Deus sive substantia constans infinitis attributis quorum unumquodque æternam et infinitam essentiam exprimit,...
スピノザ

有限物の natura から存在は導かれるか ― 定理11 神の存在証明における ordo universæ naturæ corporeæ の分析

natura の訳語と存在論的位相『エチカ』第一部 定理11 別の証明 において示される次の一節を取り上げる。At ratio cur circulus vel triangulus existit vel cur non existit,...