ドイツ語をはじめて数ヶ月。文法入門書を終え、文章読解に進もうとしていた。
幸いにもYoutubeでニーナさんという方が良質なドイツ語コンテンツを量産してくれており、それらの恩恵を大いに受けることができた。
当初はニーナさんの文章読解コンテンツで1年くらいは修行を積むつもりだった。
そのつもりで学習を進めていたもののどうしてもモチベーションが続かなくなってきていた。
このまま飽きてドイツ語自体をやめてしまうくらいなら、もういっそのことヘーゲルを読み始めてしまおう。
そう思ったのが2026年8月半ばのことである。その時点でドイツ語を始めてから4ヶ月弱経っていた。
さらに時は遡り2026年2月に中井浩一『ヘーゲル哲学を研究するとはどういうことか』が出版されていた。
そもそも2月ごろにこの本を大学図書館で見つけ、読んでみたことをきっかけとしてドイツ語を始めようと思ったのであった。
それほどまでにこの本には説得力があった。
私でも一からドイツ語を学んでいけばヘーゲルをドイツ語で読めるようになるのではないか。そのような思惑がよぎったことを覚えている。
このような経緯でヘーゲルのドイツ語原典の読解を始めた。そしてスピノザの『エチカ』同様せっかくヘーゲルの原典を読解するならその過程をブログ記事としてまとめておきたい。
方針
牧野紀之『ヘーゲル研究入門』で取り上げられているヘーゲルの原典テキストを中井浩一『ヘーゲル哲学を研究するとはどういうことか』を適宜参照しながら読解を行う。
記事の基本的なフォーマットは、各段落ごとに
- 「ドイツ語原文」
- 「自訳」
- 「語釈」
- 「解説」
の順とする。各段落で長いものに関しては適当な分量で区切る。
「ドイツ語原文」については牧野紀之『ヘーゲル研究入門』で取り上げられているものをそのまま掲載する。
「自訳」についてはできるだけ逐語訳を意識する。センテンスのまとまりごとに「|』で区切り「戻らない訳」を行うため、不自然な日本語になるがそのほうが読解という面では資することが大きいと判断した。専門用語の訳出については中井浩一『ヘーゲル哲学を研究するとはどういうことか』を参考にさせていだだき、一部自分の理解しやすいように変更する。
「語釈」についてはドイツ語文法入門を終えたレベルの私が理解に詰まったところに絞って取り上げる。特筆しておくべき文法項目は常木実『標準ドイツ語』の該当ページを適宜参照する。
「解説」についてはヘーゲル哲学の内容に関して主に上記の牧野紀之、中井浩一の著書やAIとの壁打ちから、私が補足的に説明しておいた方がいいと思うことを簡潔にまとめる。
総目次
各記事はこちらの総目次にまとめていく。
終わりに
哲学書を当時書かれたそのままの言語で読解を試みるということはどのような経験なのだろうか。
優れた翻訳書や解説書がたくさん出版されている今、わざわざその哲学者の書いた言語を学ぶところから始めてその原典に取り組む意義はあるのか。
もちろん未修得の外国語に入門するところからのスタートとなるので膨大な時間と労力がかかる。
母国語ですらつたないのに入門したての外国語でしかも難解な哲学書を読解することがはたしてできるのか。
しかも独学で。この行為に果たして意味はあるのか。
家族と過ごす時間を犠牲にし、ただ膨大な時間と労力を浪費しているだけなのではないか。
この時間でもっと他のことをしたほうが幸せになれるのではないか。
現に日々読解を行なっている最中にもこのような疑念が頻繁に脳裏をよぎる。
それでも「続けることが大事なんだ」という無根拠な信念だけでここまでやってきたし、これからも続けていくのだろう。
少なくとも日々続けていけるだけのフォーマットは確立された(時間と体調さえゆるせば)。
この行為の結果がわかるのはおそらく数十年後になるのだろう。
数十年後自分が老人になったとき、今の40歳になったばかりの私をどのように振り返るのだろう。
数十年やってもあまり進歩なく同じようなペースで遅々として進まない翻訳作業を続けているような気もするし、まったく辞めてしまっているような気もする。
途中で終わってしまったらそれはそれで「終わってしまったんだなぁ」と思ってもらえたらいい。
それも一つの記録にはなるかもしれない。

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