哲学を始めて10年くらい経ったのだろうか。私にとっての30代の10年間は哲学とともにあったと言ってもよいと思う。
学び始めた当初はここまでのめり込むとは思っていなかった。
当時哲学書に限らず読書の習慣さえなかった私が、約10年の時を経て哲学の原典読解を視野に入れてラテン語やフランス語、ドイツ語の学習にまで手を伸ばしていると想像できただろうか。
それでも現にスピノザ『エチカ』のラテン語テクストの翻訳を試み、フランス語、ドイツ語の学習もはじめている私が存在している。
不思議な感覚ではあるが、私なりに真剣に哲学に取り組んできたようである。
この約10年の期間で自分というものが全く根底から変わってしまったようにも思えるし、全く何も変わっていないようにも思える。
そしてそれら全てを自らの意思で選び取ってきたようにも思えるし、あらかじめ全部決まっていたかのようにも思える。
まあなんとなくの思いつきにはすぎないが、当初つけたブログタイトル『スピノザ主義者の哲学探究』を変えてみるのもいいかもしれないと思ったというわけだ。
ちょっと気持ちを入れ直すという意味も込めてブログタイトルでも変えてみれば記事更新のモチベーションが上がるかもしれないと思ったのかもしれない。
新タイトル『西宮哲学テクスト研究室』について
なぜ「哲学テクスト研究室」なの?
「哲学テクスト研究室」に関しては今後このブログでのメインコンテンツを考えてそれがしっくりきた。
基本的な軸はラテン語やフランス語、ドイツ語の哲学書の読解をメインに記事を書いていきたい。
今後10年でそれができるだけの実力をつけていきたいという願望も込めてのタイトルである。
10年後このブログタイトルに恥じないコンテンツに育っていることを願う。
また基本的に私一人で独学でやっていくというスタンスは変わらない。
タイトルを「研究会」とかにすると仲間で集まって研究するというニュアンスがでてしまうと思ったので「研究室」にした。
別に好んで孤独に研究がしたいわけではないが、私のコミュ障は根深いので他人と一緒に研究ができるとは現状思えないというだけだ。
誰か仲間が欲しいという思いは常にあるので声をかけてもらえるならすごくうれしい。一緒に哲学を学べる仲間は常に募集中である。
なぜ最初に「西宮」をつけるのか?
私自身この西宮(兵庫県西宮市)という土地で人生の多くの時間を過ごしてきた。
そしてこの西宮という土地で哲学をやってきたしこれからもやっていく。私にとってこの土地のこの環境がなければこれまでの私もなければ、今後の私もない。
それを強く感じる。
これまでの人生を振り返ってみて、大学も仕事も趣味も、集中できる空間もリラックスできる空間も全てこの場所にあった。
それほどにこの西宮という土地は私の人生と結びついており、今後も切り離すことはできず、今後一生をこの土地で過ごすことになるのだろうということが見えてきた。
それならこの土地から発信する哲学研究であるということをブログタイトルで表現してもよいのではないか。
そんな流れで新しいブログタイトルを『西宮哲学テクスト研究室』とする。
さて、新しい名前も決まった。
あとは自分がどこまでテクストを読み、考え、そして書いていくことができるか、それにかかっている。

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