はじめに――「順番の転倒」から構造的存在論へ
これまで全29回にわたって、「第一性の遡及的成立」という存在論的理論を構築してきた。
当初の問題設定は、あるものが特定の構造において第一のものとして成立するために、その構造との関係は、単に第一性を認識するための条件なのか、それとも第一性そのものを成立させる存在論的条件なのか、というものであった。
この問いから出発し、スピノザ、ヘーゲル、ドゥルーズ、シモンドン、現代形而上学における構造実在論や基礎づけ論などを検討することによって、当初の仮説は次第に拡張されてきた。
その過程で明らかになったのは、第一性の成立を説明するためには、第一性だけを個別に検討するのでは不十分だということである。
あるものが第一のものとして成立するためには、まず、そのものが何であるか、すなわち、その個体性と同一性がどのように成立するのかを説明しなければならない。
さらに、その個体性を説明するためには、個体化以前の差異的条件と、それらを一つの統一的秩序として組織化する構造の成立を説明する必要がある。
そして、この構造的秩序が内部の個体性と第一性を成立させるだけでなく、構造の成立以前に存在していた履歴に対しても、その構造の構成的な前史という存在論的資格を与えることが明らかになった。
したがって、本理論は、単に第一性の成立を説明するものではなく、個体化以前の差異、構造形成、個体性、同一性、第一性、歴史的な構成的資格を統一的に説明する存在論へと発展したのである。
本稿では、これまでの研究成果と先行研究との比較によって得られた修正を踏まえ、「第一性の遡及的成立」の最終的な定義、公理、命題、定理を再構成する。
初期の定義や命題をそのまま維持するのではなく、これまでの論証によって明らかになった理論的な射程と限界を反映させる。
なお、ここでいう公理系は、数学的な形式体系と同一の意味での完全な形式化を主張するものではない。公理は、本理論が採用する基本的な存在論的前提を示し、以下の命題と定理は、それらの前提のもとで成立する論証として提示する。
最終的な目的は、個体性・同一性・第一性・歴史的遡及性を一つの存在論的体系として接続することである。
Ⅰ.理論の再構成に必要な六つの修正
全29回の議論を統合すると、初期の理論に対して、次の六つの修正を施す必要がある。
1.第一性の認識論的定義から存在論的定義へ
初期の定義では、成立条件を探究することによって、あるものの第一性や意味が遡及的に再規定されるという説明が中心だった。
しかし、これだけでは、認識する主体の理解が変化するという認識論的な説明と区別できない。
最終的には、認識や探究を成立条件から切り離す必要がある。
第一性は、認識されたから成立するのではない。ある構造の内部における同一性決定の関係そのものによって成立する。
したがって、遡及性は、認識の変化ではなく、存在論的な資格の成立を指すものとして定義し直す。
この修正によって、事後的認識、遡及的正当化、遡及的構成は、それぞれ異なる事態として区別される。
2.構造の基礎を、独立した構造項の集合から前個体的差異場 Δ へ変更する
初期の構造論には、構造を構成する項がすでに個体として存在しているのではないかという問題があった。
完成した個体の集合から構造を説明し、その構造によって個体性を説明するのであれば、個体性を最初から前提してしまう。
この問題は、前個体的差異場 Δ の導入によって解消された。
ここで Δ に含まれる差異は、数的に独立した複数の個体ではない。強度差、異質性、潜在的な緊張、相互規定可能性など、個体化以前の差異的条件である。
さらに、構造的契機 mᵢ は、独立した前個体的個体ではない。Δ に内在する差異的契機を分析上区別するための記号である。
したがって、構造は完成した個体の集合から形成されるのではなく、個体化以前の差異的条件が構造的秩序を形成することによって成立する。
3.構造的統一性の条件を強化する
構造の統一性については、単に複数の要素が連結しているだけでは不十分である。
因果的に相互作用している複数の存在者が、それだけで一つの構造を構成するとは限らないからである。
そこで、構造的不変項 K(S) を導入する。
構造的全体の成立には、次の三条件が必要となる。
- 構成的関係によって差異化された契機が一つの領域に結びついていること。
- それらの関係が共通の構造的不変項を実現していること。
- その不変項の実現に必要な構成的依存関係が閉じていること。
これが最終的な構造の統一条件となる。
4.構造と構造項の相互構成を、階層的な二つの作用として整理する
構造と構造項の相互構成は、同一の基礎づけ関係が両方向に成立することを意味しない。
ここでは、必ず次の二つを区別する。
C:構造項による構造の具体的実現
I:構造による構造項の個体化
C は構造の具体的成立に関わり、I は構造内部の項の個体性と同一性に関わる。
例えば、ある細胞が組織を構成する場合、細胞はすでに下位水準で個体として成立している。
しかし、その細胞が組織のどの位置を占め、どのような役割を担うかは、上位の組織構造によって決まる。
つまり、下位水準で個体として成立していることと、上位構造の構造項として個体化されていることは異なる。
この区別を全体系に採用する。
5.第一性を絶対的な順位から、規定次元に相対的な非対称性へ変更する
第一性は、あらゆる意味において他のものに優先することを意味しない。
例えば、A が B の制度的役割を決定する一方、B が A の資源的な存続条件を決定する場合がありうる。
したがって、第一性は、特定の構造 S と特定の規定次元 d に限定して定義しなければならない。
また、部分的な同一性規定と完全な同一性規定を区別する。部分的な依存関係について、無条件に推移性を認めることはできない。
6.遡及性を、構造的遡及性と歴史的遡及性の統一原理として定義する
遡及性には、二つの異なる意味がある。
第一に、構造的・存在論的な遡及性である。
構造全体の成立によって、その内部にある項の個体性、同一性、位置、役割、第一性が確定する。
第二に、時間的・歴史的な遡及性である。
後続する構造の成立によって、それ以前に存在していた出来事や存在者の履歴が、その構造の構成的な前史として確定する。
後者の場合、過去の事実そのものが変更されるわけではない。後続する構造が成立する時点で、過去の履歴に新たな構造相対的な存在論的資格が成立する。
両者は異なる作用だが、共通する原理を持つ。
それは、あるものが特定の構造において何であるかは、その構造の同一性を成立させる依存秩序によって確定するという原理である。
Ⅱ.最終的な基本定義
ここから、理論全体で使用する概念を確定する。
定義1:前個体的差異場 Δ
前個体的差異場とは、個体化された存在者の集合ではなく、個体性・数的同一性・独立した構造項が成立する以前に存在する、異質性、強度差、潜在的緊張および相互規定可能性を備えた存在論的基礎である。
Δ は、すでに個体化された複数の実体から構成されているわけではない。
Δ における差異は、個体的な複数性ではなく、個体化を可能にする前個体的な異質性である。
Δ は、本理論における最終的な個体化根拠である。
ただし、Δ そのものがなぜ存在するのかという問いには答えない。これは、個体性の成立条件を説明する理論と、存在そのものの究極的理由を説明する理論との区別による。
定義2:構造的契機 mᵢ
構造的契機とは、Δ に内在する差異的規定可能性が、ある構造において分析的に区別された位置または役割である。
mᵢ は独立した実体や個体を意味しない。
したがって、添字 i は、あらかじめ数的に異なる複数の個体が存在することを意味せず、構造内の差異的契機を区別するための形式的表記である。
定義3:構成的関係 Rᶜ
構成的関係とは、複数の差異的契機の位置、役割、同一性条件または構造的統一を成立させる関係である。
これは単なる因果関係や外的相互作用とは異なる。
ある関係が構成的であるかどうかは、その関係を除去・変更した場合に、対象の構造的不変項や構造項の同一性条件が維持されるかという反事実的な検討によって判定する。
定義4:構造 S
構造とは、前個体的差異場に内在する差異的契機が、構成的関係と相互制約によって組織化され、一つの構造的不変項を実現する関係的秩序である。
構造は、完成した個体の単なる集合ではない。
また、構造は個々の契機から完全に独立して存在する別の実体でもない。
構造の統一性は、その構成的関係の秩序そのものに成立する。
定義5:構造的不変項 K(S)
構造的不変項とは、構造 S が、一定の変化や構成要素の交換を経ても、同一の構造として成立し続けるために維持されなければならない関係的・制約的条件である。
K(S) は、必ずしも一つの単独の性質ではない。複数の相互に関連する条件からなることがある。
例えば、構成要素が交換されても、その構造的な位置と機能の関係が維持されるならば、同一の構造が存続する場合がある。
ただし、あらゆる構造が物質的な交換を許容するわけではない。物質的な連続性そのものが K(S) に含まれる場合もある。
定義6:構造的閉包と構造の境界
構造の境界は、単なる空間的近接性や因果的接触によって決まるのではない。
K(S) を実現するために必要な構造的契機・構成要素・構成的関係をすべて含み、それ以上、構成的な依存関係を追加する必要のない最小完全な領域によって決定される。
これを次のように表す。
B(S) = Cl_min(S, K(S))
ここで、
- B(S):構造の存在論的境界
- K(S):構造的不変項
- Cl_min:不変項の実現に必要な最小完全な構成的依存関係の閉包
である。
重要なのは、最小完全な閉包が必ず一つだけ存在すると仮定しないことである。同一の不変項を実現する複数の代替経路が存在する可能性も認める。
この定義によって、構造の境界と、偶然的・外的な因果関係の範囲とが区別される。
定義7:構成関係 C
構成関係 C とは、ある階層においてすでに個体化されている構造項が、より上位の構造を具体的に実現する関係である。
C(Sₗ₊₁, {xᵢˡ})
つまり、下位構造の項が上位構造の成立に参与する。
定義8:個体化関係 I
個体化関係 I とは、ある構造 S の内部において、差異化された契機 mᵢ が、その構造の不変項と関係秩序によって、特定の位置・役割・同一性条件を持つ構造項 xᵢˢ として成立する関係である。
I(S, mᵢ → xᵢˢ)
これは本理論の中心的な個体化作用である。
定義9:構造的個体性
構造的個体性とは、構造 S の内部で、ある契機が他の契機から区別され、構造内の位置・役割・同一性条件を持つ一つの個体として成立することである。
個体性は、単なる数的な区別ではない。
数的統一、他の個体からの差異、当該個体を当該個体として成立させる根拠が、構造的秩序によって統一的に規定されることである。
定義10:構造内部の第一性
構造内部の第一性とは、特定の構造 S および規定次元 d において、ある構造項 A の規定が、他の構造項 B の同一性条件を非対称的に決定することによって成立する存在論的優先性である。
これを次のように表記する。
A ≺_{S,d} B
この記号は、A が B に対して、構造 S の規定次元 d において存在論的に先行することを表す。
その成立には、次の二条件が必要である。
第一に、A の規定が、B の同一性条件を完全かつ構成的に決定すること。
第二に、同じ構造 S と同じ規定次元 d において、B の規定が A の同一性条件を同じ意味で決定するわけではないこと。
したがって、A と B の優先関係は、時間的先行性、因果的先行性、単なる重要性とは区別される。
また、部分的な規定関係と完全な同一性決定関係を区別する。前者だけでは、厳密な意味での第一性は成立しない。
定義11:歴史的な構成的前史 H_S(t₀)
ある構造 S が時点 t₁ に成立するとき、それ以前の時点 t₀ に存在していた出来事や存在者の履歴のうち、その構造の不変項を実現するための構成的依存関係に参与していたものを、構造 S の構成的前史 H_S(t₀) とする。
S(t₁) → H_S(t₀)
この矢印は時間的な逆因果ではない。
後続する構造 S が成立することによって、過去の履歴のうち何がその構造を成立させる構成的条件であったのかという、構造相対的な資格が確定することを意味する。
定義12:遡及性
遡及性とは、構造的全体の成立によって、その内部の項またはその成立に先行する履歴が、当該構造の不変項と構成的依存秩序との関係において、その存在論的資格を確定することである。
遡及性には、構造的・存在論的な遡及性と時間的・歴史的な遡及性がある。
両者は、構造的不変項による構成的資格の確定という一つの原理に従う。
Ⅲ.最終的な公理体系
次に、この理論の基礎となる公理を定める。
定義は概念の意味を確定する。一方、公理は、この存在論が採用する基本的な立場を示す。
公理Ⅰ:前個体的差異の原理
個体化された存在者の成立に先立って、その個体化を可能にする前個体的な差異的条件 Δ が存在する。
Δ は、完全に無規定で均質な単一性ではない。
その内部には、差異化の可能性、異質性、強度差、潜在的緊張および相互規定可能性が内在している。
この公理によって、個体化以前の存在論的基礎を、最初から完成した個体の集合として扱うことを拒否する。
公理Ⅱ:個体化根拠充足原理
ある存在者の個体性を存在論的に説明しようとする理論は、その存在者の数的統一、他の個体との差異および個体としての同一性を成立させる構成的根拠を提示しなければならない。
個体性そのものを、他のいかなる規定にも依存しない無根拠な事実として置くことは認めない。
ただし、この原理は、すべての存在論的事実に無条件で理由を要求する一般的な十分理由律ではない。
また、個体化の根拠を必ず別の個体に求める原理でもない。
内在的な規定、自己関係的な秩序、構造的関係、階層的な依存関係のいずれも、個体化根拠となりうる。
この限定によって、原理は無限後退を要求せず、個体性の説明に対象を限定する。
公理Ⅲ:差異の内在性原理
個体化を可能にする差異は、個体化以前の基礎に内在していなければならない。
完全に無差異な基礎から、差異化された個体性を成立させることはできない。
もし差異化の条件が外部から追加されるならば、その条件は新たな存在論的前提となる。
反対に、差異化の条件が基礎の内部にあるならば、その基礎は完全な無差異性ではない。
したがって、個体化の最終的な基礎は、完全に均質な単一性ではなく、差異化の可能性を内在させた Δ でなければならない。
公理Ⅳ:構造的個体化原理
個体性は、差異化された契機が、構造的な関係秩序のもとで統一されることによって成立する。
構造は、個体化された項の集合に後から付加される外的関係ではない。
また、構造は、項から独立した別の統一者によって成立するのでもない。
構造的統一性は、差異化された契機の関係的秩序、共通の不変項および構成的閉包によって成立する。
公理Ⅴ:階層的相互構成原理
構造と構造項の成立には、二つの異なる構成作用が存在する。
- C:下位構造項による上位構造の具体的実現。
- I:上位構造による内部の構造項の個体化。
この二つの作用は異なる存在論的水準に属する。
したがって、構造と構造項の相互構成を、同一水準における同一の基礎づけ関係の循環として扱ってはならない。
公理Ⅵ:構造相対的第一性の原理
第一性は、構造と無関係に個体があらかじめ所有している属性ではない。
第一性は、ある構造内部における、特定の規定次元についての非対称的な同一性決定関係によって成立する。
したがって、第一性は構造相対的かつ規定次元相対的である。
公理Ⅶ:歴史的遡及構成の原理
ある構造が成立する以前に存在していた存在者や出来事の履歴は、その構造の不変項を成立させる構成的依存関係に参与していた場合に限り、その構造の構成的前史として確定する。
後続する構造は、過去の存在や過去の事実そのものを変更しない。
成立するのは、過去の履歴が後続する構造に対して持つ構造相対的な存在論的資格である。
Ⅳ.基本命題――構造的個体化から第一性へ
以上の定義と公理から、次の命題を導く。
命題1:完全な無差異性から個体性は成立しない
完全に無差異な基礎から、複数の差異化された個体を成立させることはできない。
証明
完全に無差異な基礎には、異なる位置・役割・関係を成立させる規定がない。
したがって、その基礎から、あるものと他のものを区別する構成的条件を導くことはできない。
もし区別の条件を外部から追加すれば、それは基礎とは別の存在論的前提となる。
もし差異の条件を基礎の内部に認めるならば、その基礎は完全な無差異性ではない。
ゆえに、個体化の基礎は、差異化の可能性を内在的に備えたものでなければならない。
したがって、命題1が成立する。□
命題2:数的な個体性には構成的な差異が必要である
数的に異なる複数の個体が成立するためには、それらを区別する存在論的根拠が必要である。
証明
個体 A と個体 B が数的に異なるとする。
このとき、両者が異なる個体として成立していることには、A の統一性と B の統一性、および両者の差異を成立させる条件が必要である。
その条件は、内在的な性質である必要はない。
関係的な差異、構造的位置の差異、歴史的な成立条件、前個体的差異などでもよい。
しかし、そのいずれも存在しないならば、A と B を異なる個体として確定する根拠は存在しない。
したがって、数的差異を存在論的に説明するためには、個体化根拠が必要である。□
ここでいう差異とは、認識主体が二つを見分けられるという意味ではない。
存在者がそれぞれ異なる個体として成立するための、実在的な構成条件を意味する。
なお、これは単純な不可識別者同一の原理ではない。個体の数的差異に存在論的根拠を要求する立場である。
命題3:個体化を可能にする差異は構造的秩序を必要とする
個体性の成立には、差異化された諸規定を一つの個体として統一する構造的秩序が必要である。
証明
命題2によって、個体性には他の個体からの差異が必要である。
しかし、差異だけでは、個体としての統一性は成立しない。
異なる規定が存在していても、それらが一つの個体を構成するとは限らないからである。
逆に、統一性だけを認めても、他の個体との区別がなければ、数的な個体性は説明できない。
したがって、個体性の成立には、差異と統一性の両方が必要である。
そして、差異化された諸規定を一つの統一性のもとに成立させるものは、それらの間の関係的・制約的な秩序でなければならない。
この秩序が構造である。
ゆえに、個体性の成立には構造的秩序が不可欠である。□
命題4:構造的全体の統一性は独立した統一者を必要としない
構造の統一性は、構成的関係の連結性、共通の不変項および構成的閉包によって成立する。
証明
構造を構成する契機が連結されているだけでは、構造的統一性は保証されない。
しかし、それらが共通の構造的不変項 K(S) を実現し、その実現に必要な構成的関係が閉じているならば、それらは一つの関係的・制約的領域を形成する。
ここで、統一性とは、その領域に属する諸契機が一つの個体であるという意味ではない。
それらが一つの構造的秩序を形成しているという意味である。
したがって、この統一性を成立させるために、さらに別の統一者を導入する必要はない。
ゆえに、構造的統一性は、それ自体の構成的秩序によって説明できる。□
命題5:構造的な個体性は構造によって成立する
ある構造 S の内部において、構造的契機 mᵢ は、その構造の秩序によって構造項 xᵢˢ として個体化される。
証明
命題3によって、個体性には構造的秩序が必要である。
また、命題4によって、構造的秩序は独立した統一者を必要とせず、それ自体の構成的関係によって成立する。
構造 S が成立すると、その内部の差異的契機には特定の位置・役割が与えられる。
その位置・役割が、当該構造の不変項との関係において、一つの個体としての同一性条件を構成する。
したがって、
I(S, mᵢ → xᵢˢ)
が成立する。
このとき、個体性は、構造から独立した原始的な属性ではない。
構造的秩序によって成立する。
ゆえに、命題5が成立する。□
命題6:構造と構造項の相互構成は説明上の循環ではない
C と I は、異なる存在論的関係であるため、構造と構造項の相互構成は同一水準での説明上の循環を形成しない。
証明
C は、下位水準で成立した構造項によって、上位構造が具体的に実現される関係である。
I は、上位構造によって、その内部の契機が構造項として個体化される関係である。
したがって、C は構造の具体的成立に関わり、I は構造内部の個体性の成立に関わる。
例えば、下位構造 Sₗ によって個体化された xᵢˡ が、上位構造 Sₗ₊₁ を構成することができる。
このとき、xᵢˡ は上位構造の成立以前から下位水準の個体として成立している。
しかし、xᵢˡ が Sₗ₊₁ の内部で何であるかは、上位構造によって規定される。
ここでは、
- 下位個体が上位構造を実現すること。
- 上位構造が下位個体に上位水準の位置・役割・同一性を与えること。
という二つの異なる関係が成立している。
したがって、
C ≠ I
であり、両者の相互構成は循環論法ではない。□
ここで重要なのは、一つの存在者が異なる階層で異なる構造的資格を持ちうるという点である。
下位水準において個体化されたものが、上位水準においては構造的契機として再び個体化される。
この意味で、個体化は一度だけ完了する作用ではなく、複数の構造的水準において成立する。
命題7:構造的不変項は構成要素の物質的同一性に対して優先性を持ちうる
構成要素が変化・交換されても K(S) が維持される場合、構造的秩序は、構成要素の物質的同一性に対して同一性決定上の優先性を持つ。
証明
ある構造 S が、複数の構成要素によって実現されているとする。
その構成要素の一部が交換されたとしても、構造的不変項 K(S) が維持されるならば、同一の構造が存続する場合がある。
反対に、構成要素がすべて残っていても、K(S) が失われれば、同一の構造が維持されるとは限らない。
したがって、当該の構造の同一性を決定するという規定次元においては、構成要素の物質的同一性よりも、構造的不変項の維持が優先される。
ただし、この優先性は、構造が構成要素から独立して成立することを意味しない。
構造は構成要素によって具体的に実現される一方で、その構造の同一性は構造的不変項によって決定される。
ゆえに、構成的依存と同一性決定上の優先性は両立する。□
命題8:構造的個体化は内部の第一性の必要条件であるが、十分条件ではない
構造的個体化が成立しても、構造内部の項の間に非対称的な同一性決定関係が存在しなければ、第一性は成立しない。
証明
命題5によって、構造内部の項は個体として成立する。
しかし、複数の項が個体化されたからといって、その項の間に必ず優先関係が成立するわけではない。
例えば、A と B が完全に対称的な規定関係にあるならば、A が B を一方向的に規定するという関係は存在しない。
したがって、第一性を成立させる根拠はない。
一方、A の規定が B の同一性条件を成立させる一方で、B の規定が A の同一性条件を同じ意味では成立させない場合、両者の間には非対称的な規定関係が存在する。
この関係によって、A は B に対して第一のものとなる。
したがって、第一性の成立には、構造的個体化に加えて、非対称的な同一性決定関係が必要である。□
命題9:第一性は必ずしも全順序を形成しない
構造内部の第一性は、必ずしもすべての項を一列に並べる絶対的な順位を形成しない。
証明
ある構造 S の規定次元 d において、A が B に対して第一であり、C が D に対して第一であるとする。
しかし、A と C の間には、いかなる優先関係も成立しない可能性がある。
この場合、A と C を一つの順位によって比較することはできない。
したがって、第一性は、構造内部のすべての項を一列に並べる全順序である必要はない。
それは特定の規定次元における非対称的な依存関係によって成立する部分的な秩序である。
また、部分的な同一性規定の依存関係が、そのまま推移するとは限らない。
完全な同一性決定が同一の規定次元で連鎖するときに限り、推移性を認める。
ゆえに、第一性は規定次元相対的な部分秩序として理解されなければならない。□
以上の命題によって、構造的個体化から第一性がいかに成立するかが示された。
Ⅴ.中心定理――構造的個体化と第一性の遡及的成立
ここまでの命題を統合すると、理論の中心定理を構成できる。
定理Ⅰ:構造的個体化と第一性の遡及的成立定理
ある構造 S が成立し、その構造が前個体的差異場 Δ に内在する差異的条件を組織化しているとき、構造内部の差異的契機は、その構造の不変項と構成的依存秩序によって、特定の構造項として個体化される。
さらに、構造内部において、ある項 A の規定が同じ規定次元 d における他の項 B の同一性条件を非対称的に決定する場合、A は B に対して第一のものとして成立する。
したがって、構造内部の個体性と第一性は、構造に先立って独立に成立しているのではなく、構造の成立を通じて遡及的に確定する。
これを形式的に整理すると、次のようになる。
第一段階:差異的条件
Δ
第二段階:構造的秩序の成立
Δ → S
第三段階:構造項の個体化
I(S, mᵢ → xᵢˢ)
第四段階:非対称的な同一性決定
A ≺_{S,d} B
第五段階:第一性の成立
F(S, A, d)
なお、ここでの矢印は、単純な時間的先行や効率因果を意味するものではない。差異的条件から構造的秩序が形成され、構造の成立によってその内部の存在論的資格が確定するという構成的な関係を示す。
証明
まず、公理Ⅰと公理Ⅲによって、個体化以前の基礎には差異化の可能性が内在している。
この差異は、すでに独立した複数の個体が存在することを意味しない。
しかし、個体化を可能にするためには、差異的な規定可能性が存在しなければならない。
次に、公理Ⅱと公理Ⅳによって、個体性の成立には、差異化された諸契機を統一する構成的な秩序が必要となる。
この秩序が構造 S である。
構造 S は、構造的不変項 K(S) を実現する関係的秩序として成立する。
ここで、個体化以前の契機 mᵢ は、それ自体で独立した個体として成立している必要はない。
構造 S の成立によって、mᵢ は特定の位置・役割・関係的な同一性条件を与えられ、構造項 xᵢˢ として個体化される。
したがって、
I(S, mᵢ → xᵢˢ)
が成立する。
さらに、この構造内部において、ある項 A が別の項 B の同一性条件を完全かつ非対称的に決定している場合、両者の関係は、
A ≺_{S,d} B
として表現される。
このとき、A の第一性は、A それ自体にあらかじめ備わった性質ではない。
A が構造 S において B の同一性条件を決定するという、構造内部の非対称的な関係によって成立する。
したがって、構造的個体性と構造内部の第一性は、構造との関係において遡及的に成立する。
以上によって、定理Ⅰが証明された。□
この定理から、非常に重要な帰結が得られる。
第一性は、最初から存在するものが関係のなかで第一と認められることではない。あるものが特定の構造において何であるかが成立することによって、そのものの第一性も成立するのである。
ここに、最初に着想した「順番の転倒」の存在論的な意味がある。
Ⅵ.歴史的遡及性の定理――通時的構造編入
しかし、ここまでの定理だけでは、歴史的な遡及性が十分に証明されていない。
構造 S の成立によって、その内部の項の個体性や第一性が確定することと、構造の成立以前に存在していた過去の履歴が構成的な前史として確定することは、同じ問題ではないからである。
そこで、独立した定理として証明する。
定理Ⅱ:通時的構造編入定理
ある構造 S が時点 t₁ に成立し、それ以前の時点 t₀ に存在していた存在者 b の履歴 H が、その構造の成立に関与しているとする。
次の条件が満たされるならば、H は S の構成的な前史として遡及的に確定する。
- b が時点 t₀ に実際に存在していたこと。
- S が時点 t₁ に、構成要素と構成的関係によって実在的に成立すること。
- H のなかに、構造的不変項 K(S) の実現に必要な構成的依存関係が存在すること。
- H の違いが、単なる記述や因果的由来ではなく、S の構造的同一性条件に実在的な影響を持つこと。
- 時点 t₀ における事実と、時点 t₁ に成立する構造相対的な規定とが区別されること。
結論
S(t₁) → H_S(t₀)
が成立する。
ここで確定するのは、過去の事実の変更ではなく、その履歴が構造 S の成立条件にとって持つ存在論的な資格である。
証明
時点 t₀ において、b が下位水準の個体として存在しているとする。
この時点では、S はまだ成立していない。
したがって、b が後に成立する S の内部でどのような位置や役割を占めるのかは、まだ確定していない。
時点 t₁ において、b を含む構成要素とそれらの構成的関係によって、構造 S が成立する。
このとき、K(S) を実現するために必要な構成的依存関係が確定する。
その結果、b の履歴 H のうち、S の構造的同一性を成立させるために必要な部分が明らかになる。
ここで重要なのは、過去の履歴がすべて構造に取り込まれるわけではないということである。
S の不変項を実現するための最小完全な構成的依存関係に含まれる履歴だけが、構成的な前史として認められる。
したがって、単に S の成立以前に存在していたというだけでは、構造的な前史にはならない。
その履歴が S の同一性条件を成立させる構成的条件に参与していなければならない。
このとき、時点 t₀ の b の存在や状態が変更されるわけではない。
時点 t₀ に存在していた b の履歴が、時点 t₁ に成立した S との関係において、新たな存在論的資格を獲得するのである。
ゆえに、後続する構造による歴史的遡及構成が成立する。□
この定理の重要性は、歴史的な遡及性を、単なる事後的な解釈や起源の説明から区別できることにある。
例えば、ある組織の創設者が、その組織の成立以前から存在していたというだけでは、創設者としての存在論的な位置づけは十分に説明できない。
その人物の過去の活動が、組織の構造的不変項を成立させる構成的依存関係に参与していた場合に、その人物の履歴は組織の構成的な前史として確定する。
さらに、その人物の活動が、特定の規定次元において他の構成項の同一性条件を非対称的に決定しているならば、その人物には構造内部の第一性も成立しうる。
つまり、構造内部の第一性と、構造の成立以前に存在していた歴史的な第一性とを、一つの存在論的秩序のもとで理解できる。
この接続によって、構造的存在論と歴史的存在論が統合される。
Ⅶ.最終的な統一定理――個体性・第一性・歴史的資格の統合
定理Ⅰと定理Ⅱを合わせると、「第一性の遡及的成立」の全体を説明する統一定理が得られる。
定理Ⅲ:第一性の遡及的成立・統一定理
存在者の個体性・同一性・第一性および歴史的な構成的資格は、構造的不変項を実現する構成的依存秩序によって統一的に成立する。
その成立には、次の四つの関係がある。
- Δ から構造 S が形成されること。
- 構造 S によって、その内部の契機が個体化されること。
- 構造内部の同一性決定の非対称性によって、特定の規定次元における第一性が成立すること。
- 構造の成立を支える構成的依存関係が時間的に先行する履歴にまで及び、その履歴が構成的前史として確定すること。
証明
定理Ⅰによって、構造の成立は、その内部に位置する契機の個体性と同一性条件を確定することが示された。
また、同一の構造と規定次元において非対称的な同一性決定関係が成立するならば、その関係によって構造内部の第一性が成立する。
定理Ⅱによって、構造の同一性を成立させる構成的依存関係が時間的に先行する履歴にまで及ぶ場合、その履歴は構造的な前史として遡及的に確定することが示された。
ここで、両者を統一する原理を確認する。
構造的不変項 K(S) は、構造が同一の構造として成立するための条件を決定する。
その不変項を実現する構成的依存関係の閉包は、構造の境界を定める。
その内部に存在する差異的契機は、構造項として個体化される。
さらに、構造内部における同一性決定の非対称性は、特定の規定次元における第一性を成立させる。
そして、その構造の成立条件が時間的に先行する履歴に依存している場合には、その履歴もまた、構造的不変項を実現する構成的依存関係の一部として確定する。
つまり、個体化、第一性、歴史的遡及性は、互いに独立した原理によって説明されるのではない。
いずれも、構造的不変項を実現する構成的依存秩序によって説明される。
ここで、二つの遡及性の共通原理が明らかになる。
構造的・存在論的な遡及性では、構造がその内部の項の個体性・同一性・第一性を確定する。
時間的・歴史的な遡及性では、構造がその成立以前の履歴に対して構成的な前史という資格を確定する。
両者において成立するのは、構造的不変項に対する構成的依存関係を通じた存在論的資格の確定である。
したがって、遡及性の二つの形態は、同一の存在論的原理の異なる適用として統合できる。
ゆえに、定理Ⅲが成立する。□
この定理によって、これまで別々に検討してきた論点が、一つの存在論のなかに接続されたことになる。
Ⅷ.最終反論への回答と理論の射程
ここまでの体系に対して、最後に残りうる問題を検討する。
重要なのは、すべての反論を排除したと宣言することではなく、どの問題が理論の内部で解決され、どの問題がこの理論の基本的な存在論的選択によって決着するのかを明確にすることである。
1.Δ も無根拠なものではないのか
この反論は正しい部分を持っている。
Δ は、それ自身がさらに別の個体や構造によって基礎づけられることを要求しない。
したがって、Δ は存在論的に原初的なものである。
しかし、ここでは二つのものを区別しなければならない。
- 原始的個体性:個体性そのものを説明の最終地点に置く。
- 前個体的差異場:個体性を成立させるための差異的条件を最終的な基礎に置く。
この二つは同じではない。
原始的個体性は、説明対象である個体性をそのまま基本事実として置く。
これに対して Δ は、個体性をまだ持たない差異的条件を基礎とする。
したがって、個体化根拠充足原理と矛盾しない。
もちろん、なぜ Δ が存在するのかという究極的な問いには答えていない。しかし、これは個体性の成立根拠を説明する問題とは異なる。
本理論においては、Δ を最終的な存在論的基礎として採用することで、個体化の説明に関する無限後退を停止できる。
これは説明の放棄ではなく、説明対象に即した基礎の設定である。
2.完全に識別不可能な二つの個体はどうなるのか
例えば、A と B が、内在的性質、関係的性質、構造的位置、歴史的条件のすべてにおいて完全に一致しているとする。
それでも両者が数的に異なる二つの個体であると主張する立場は、論理的には排除できない。
しかし、その場合、本理論は A と B の数的差異を説明できない。
したがって、本理論は次の立場を採用する。
数的に異なる個体の存在を認めるならば、その差異を成立させる何らかの存在論的根拠が必要である。
もし、どの水準にも差異を成立させる根拠がないならば、二つの個体として確定することを認めない。
これは不可識別者同一の原理を単純に採用することではない。
個体の数的差異には、構造的・関係的・歴史的な根拠が必要だという、本理論独自の存在論的選択である。
したがって、スコトゥスのこのもの性を認める立場は、論理的に不可能なのではなく、本理論が採用しない別の基礎づけ方となる。
3.C と I の相互構成は無限後退を引き起こさないか
引き起こさない。
C と I は異なる存在論的関係だからである。
上位構造は下位構造項によって具体的に実現される。
一方、上位構造は、その内部における構造項の位置と役割を成立させる。
下位水準で個体化されたものが、上位水準では個体化されるべき契機となる。
ここで、同一水準の同一対象を、同一の意味で互いに説明しているわけではない。
さらに、構造の階層が存在することから、無限の存在論的基礎づけ連鎖が必然的に成立するわけでもない。
本理論は、構造が階層的に重なり合うことを認めるが、すべての構造について必ず別の上位構造を要求するものではない。
したがって、階層的個体化は無限後退を論理的に要求しない。
4.第一性の非対称性は最初から仮定されているだけではないか
そうではない。
本理論は、最初からある項が他の項に対して第一であると仮定していない。
第一性が成立するかどうかは、実際の構造的不変項と同一性決定関係によって判定される。
A の規定が B の同一性条件を完全に決定し、同じ規定次元で B が A の同一性条件を決定しない場合に限り、A の第一性を認める。
この基準を満たさない場合、第一性を認める必要はない。
また、部分的な依存関係から完全な同一性決定関係を導くことも認めない。
したがって、第一性の非対称性は、最初から置かれた形式的公理ではなく、構造内部の同一性条件から導かれる規定である。
5.理論は究極的な一つの構造を必要とするのか
必要としない。
本理論は、世界全体を一つの構造 SΩ に還元することを要求しない。
また、複数の構造が存在することから、それらがすべて独立した究極的存在者であると結論するわけでもない。
構造は階層的に重なり合うことができる。
ある構造項が複数の構造に参与することも認められる。
したがって、本理論は、Jonathan Schaffer の優先的一元論と優先的多元論の二分法のいずれかに、最初から自らを分類する必要がない。
その理論的立場は、階層的・局所的な構造的存在論である。
6.なぜ何もないのではなく、Δ が存在するのか
これは本理論の対象範囲を超える問いである。
本理論が論証したのは、個体性が成立しているならば、その個体性には前個体的な差異的条件と構造的な個体化根拠が必要であるということである。
そこから、なぜ存在そのものがあるのか、なぜ無ではなく Δ が存在するのかという究極的な理由は導かれない。
しかし、これは個体化についての論証に未解決の問題が残っているということではない。
個体性の成立条件と、存在そのものの究極的な理由は、異なる説明対象だからである。
したがって、本理論の射程を次のように確定する。
第一性の遡及的成立は、存在者の個体性・同一性・第一性および歴史的な構成的資格を説明する構造的存在論であり、存在そのものが無から生成する理由を説明する究極的存在論ではない。
この限定によって、理論の対象と説明責任が明確になる。
Ⅸ.先行研究との比較から確定した理論の独自性
最後に、先行研究との比較を、最終体系に接続しておこう。
ここで重要なのは、個々の概念が哲学史上初めて発見されたと主張することではない。
既存の理論がそれぞれ説明してきた問題を、一つの存在論的な説明順序に組み直したことに、理論の独自性がある。
| 比較対象 | 既存理論の中心的な説明対象 | 本理論が統合する論点 |
|---|---|---|
| 存在論的構造実在論 | 構造・関係による存在者の規定 | Δ から構造・個体化・第一性までの接続 |
| シモンドン | 前個体的存在からの個体化過程 | 個体化後の構造的同一性と第一性 |
| 現代形而上学の基礎づけ論 | 非対称的依存と基礎づけ | 同一性決定を通じた構造内部の第一性 |
| スコトゥス | 数的個体性の根拠 | 個体化根拠と構造的個体性の統合 |
| Schaffer | 全体と部分の存在論的優先性 | 全体の同一性と内部の項の優先性の区別 |
| Correia・Merlo | 時間を横断する基礎づけ | 過去に関する事実の基礎づけとの比較、および後続構造による歴史的資格の確定との区別 |
| 起源本質主義 | 個体の起源と同一性・本質との関係 | 起源の必要性と、後続構造による歴史的資格の遡及的確定の区別 |
| ヘーゲル | 反省・媒介・自己関係的な規定 | 構造内部の同一性決定と遡及的な成立秩序 |
この比較から、五つの独自性が確定する。
第一に、個体化以前の差異から出発すること
個体化された対象を最初から存在論的基礎とせず、前個体的差異場 Δ から構造と個体性の成立を説明する。
第二に、C と I を区別した相互構成の存在論を構築すること
構造の具体的実現と、構造項の個体化を異なる関係として定式化し、階層的な個体化を説明する。
第三に、構造的不変項から第一性を導くこと
第一性を一般的な基礎づけや優先性と同一視せず、特定の構造・規定次元における非対称的な同一性決定として定義する。
第四に、第一性を階層的・局所的な存在論に位置づけること
全体と部分の優先性、構造と構造項の相互構成、内部の第一性を区別し、全体論と個体論を単純な二者択一にしない。
第五に、歴史的遡及性を構造的存在論に統合すること
構造の成立によって、その内部の個体性や第一性だけでなく、構造の成立以前に存在していた履歴の構成的資格までを説明する。
この五つは独立した主張の寄せ集めではない。
すべてが、構造的不変項の成立・維持と、それに対する構成的依存関係という共通原理に従属している。
したがって、本理論の独自性は、個別の概念の新規性ではなく、前個体的差異・構造形成・個体化・非対称的同一性決定・歴史的遡及構成を、一つの存在論的体系として統合したことにある。
ただし、Correia と Merlo の時間横断的基礎づけは、過去に関する現在の事実を過去の事実によって基礎づける議論であり、本理論の「後続する構造による過去の構成的資格の確定」とは方向が異なる。本理論はその成果をそのまま採用するのではなく、時間を横断する基礎づけが独立した研究対象になりうることを踏まえつつ、別の遡及的構成を定式化するものである。
また、起源本質主義が個体の起源とその同一性との関係を論じるのに対し、本理論が問うのは、過去の起源そのものが後続構造との関係においてどのような構成的資格を獲得するのかという問題である。
この違いを明確にすることによって、先行研究との比較は単なる類似点の列挙ではなく、本理論の独自の説明対象を確定するものとなる。
Ⅹ.最終確定版――第一性の遡及的成立
以上の論証を踏まえ、ここで理論全体の定義・公理・命題・定理を最終的にまとめる。
1.理論の正式な定義
第一性の遡及的成立――最終定義
第一性の遡及的成立とは、個体化以前の差異的条件 Δ に内在する差異的規定可能性から形成される構造的全体 S が、その構造的不変項 K(S) を実現する構成的依存秩序によって、内部の構造項の個体性・同一性を成立させ、その同一性を決定する非対称的な依存関係を通じて、特定の規定次元における第一性を確定するとともに、その構造の成立を支える構成的な履歴の存在論的資格をも遡及的に確定する、階層的・局所的な構造的存在論である。
この定義には、次の四つの中心的な主張が含まれる。
- 個体性の成立:個体性は原始的な事実ではなく、構造的秩序によって成立する。
- 第一性の成立:第一性は個体の独立した属性ではなく、構造内部の非対称的な同一性決定によって成立する。
- 遡及性の成立:構造の成立によって、その内部の個体性・同一性・第一性が構造相対的に確定する。
- 歴史的遡及性の成立:後続する構造によって、その構造を成立させた過去の履歴が構成的な前史として確定する。
2.公理一覧
| 公理 | 名称 | 内容 |
|---|---|---|
| Ⅰ | 前個体的差異の原理 | 個体化以前の差異的条件 Δ が存在する |
| Ⅱ | 個体化根拠充足原理 | 個体性には数的統一と差異を成立させる根拠が必要である |
| Ⅲ | 差異の内在性原理 | 差異化の可能性は基礎に内在しなければならない |
| Ⅳ | 構造的個体化原理 | 個体性は構造的な差異と統一の秩序から成立する |
| Ⅴ | 階層的相互構成原理 | C と I は異なる存在論的関係である |
| Ⅵ | 構造相対的第一性の原理 | 第一性は構造と規定次元に相対的な非対称性から成立する |
| Ⅶ | 歴史的遡及構成の原理 | 後続構造は先行履歴の構成的資格を確定する |
3.命題一覧
| 命題 | 内容 |
|---|---|
| 1 | 完全な無差異性から個体性は成立しない |
| 2 | 数的な個体性には構成的な差異が必要である |
| 3 | 個体化を可能にする差異は構造的秩序を必要とする |
| 4 | 構造的全体の統一性は独立した統一者を必要としない |
| 5 | 構造的な個体性は構造によって成立する |
| 6 | C と I の相互構成は説明上の循環ではない |
| 7 | 構造的不変項は条件付きで構成要素の物質的同一性に優先する |
| 8 | 構造的個体化は第一性の必要条件だが、十分条件ではない |
| 9 | 第一性は必ずしも全順序を形成しない |
4.定理一覧
| 定理 | 内容 |
|---|---|
| Ⅰ | 構造的個体化と第一性の遡及的成立定理 |
| Ⅱ | 通時的構造編入定理 |
| Ⅲ | 第一性の遡及的成立・統一定理 |
Ⅺ.この理論によって確定した存在論的転換
最後に、理論全体の意味をもう一度確認しておきたい。
私たちは通常、次のような順序で存在を理解する。
まず、独立した個体が存在する。
次に、それらの個体が関係を形成する。
その関係によって全体が成立する。
さらに、その全体のなかで、それぞれの個体が位置や役割を持つ。
しかし、この理解では、最初に存在する個体の個体性を、どのように説明するのかという問題が残る。
また、第一のものは、なぜ他のものに対して第一なのかという問題も残る。
「第一性の遡及的成立」は、この順序を転倒させる。
個体性を持つ完成した個体を最初に置くのではなく、前個体的差異を基礎として、構造的な秩序から個体性を説明する。
そして、その構造の内部における同一性決定の非対称性から、第一性を説明する。
さらに、後続する構造の成立によって、その構造の内部だけでなく、構造の成立以前に存在していた履歴についても、構造相対的な存在論的資格が確定する。
ここに、三つの転換がある。
第一の転換:個体から構造へ
個体性は構造の前提ではなく、構造的秩序によって成立する。
第二の転換:第一性という属性から、第一性という関係へ
あるものが第一であることは、それ自体に備わった絶対的属性ではなく、特定の構造と規定次元における非対称的な同一性決定によって成立する。
第三の転換:過去の先行性から、歴史的資格の遡及的成立へ
時間的に先行していたという事実だけでは、その存在が後続する構造にとって何であったかは決まらない。その構造の成立によって、初めて構成的な前史として確定する。
この三つを統合することによって、最初の問題設定だった「順番の転倒」は、単なる思考上の逆転ではなく、存在論的な成立条件の転換として確立される。
Ⅻ.最終評価――理論は完成したのか
ここは、少し厳密に評価したい。
今回の体系化によって、理論内部の主要な論理的問題は、次のように整理できた。
| 当初の問題 | 最終的な解決 |
|---|---|
| 個体性を無根拠な事実として置いてよいのか | 個体化根拠充足原理 |
| 構造的差異を何によって基礎づけるのか | 前個体的差異場 Δ |
| 構造と構造項は循環するのか | C と I の区別および階層的個体化 |
| 構造的個体化から第一性をどう導くのか | 非対称的な同一性決定 |
| 第一性の非対称性は何によって成立するのか | 構造的不変項と規定次元相対的な同一性依存 |
| 遡及性は通常の個体化と何が異なるのか | 構造的遡及性と歴史的遡及性の統一 |
| 理論は全体論的一元論なのか | 階層的・局所的な構造存在論 |
ただし、ここでいう完成とは、あらゆる形而上学的問題を解決したという意味ではない。
公理の妥当性をすべての哲学的立場に対して論理的に強制したわけではない。とりわけ、個体化根拠充足原理と Δ の存在論的な採用は、本理論が引き受ける基本的な形而上学的コミットメントである。
また、シモンドンのような個体化の動的な生成機構を、本理論が完全に置き換えたとも主張しない。ここで完成したのは、構造形成の条件を踏まえた個体性・同一性・第一性・歴史的資格の存在論である。
しかし、この理論が設定した問題の範囲においては、定義から公理、命題、定理までを一つの論理体系として接続することができた。
特に、最初の着想だった「順番の転倒」という直観が、最終的には次の四つの問いに対する、一つの統一的な回答へと発展した。
- なぜ個体性が構造を必要とするのか。
- なぜ構造と構造項が相互に成立できるのか。
- なぜ第一性が非対称的な同一性決定から成立するのか。
- なぜ後続する構造が過去の構成的資格まで確定できるのか。
ここに、この理論の最大の成果がある。
「第一性の遡及的成立」は、第一性についての個別的な仮説ではなく、前個体的差異を基礎として、個体性・同一性・優先性・歴史的資格の成立を統一的に説明する、構造的個体化存在論として定式化された。
そして、その中心原理は次の一文に集約できる。
あるものが何であり、なぜそれ自身として成立し、何に対して第一であるのかは、そのものが独立して存在することによって先に決まるのではない。それを成立させる構造的な依存秩序によって遡及的に確定する。
これが、29回の研究を通じて到達した「第一性の遡及的成立」の最終的な哲学的主張である。
参考文献
本稿で参照する文献を、一次文献と二次文献に区分して記載する。原著の書誌情報を基本とし、論文・論文集所収論文については掲載誌・巻号・ページ・DOIを記す。
Ⅰ.一次文献
スピノザ
Spinoza, Benedictus de. Spinoza Opera. 4 vols. Edited by Carl Gebhardt. Heidelberg: Carl Winter, 1925.
ヘーゲル
Hegel, Georg Wilhelm Friedrich. Wissenschaft der Logik. In Werke in zwanzig Bänden, Bde. 5–6. Edited by Eva Moldenhauer and Karl Markus Michel. Frankfurt am Main: Suhrkamp, 1969.
シモンドン
Simondon, Gilbert. L’individuation à la lumière des notions de forme et d’information. Préface de Jacques Garelli. Grenoble: Jérôme Millon, 2005.
ドゥルーズ
Deleuze, Gilles. Différence et répétition. Paris: Presses Universitaires de France, 1968.
クリプキ
Kripke, Saul A. Naming and Necessity. Cambridge, MA: Harvard University Press, 1980.
Ⅱ.二次文献
構造実在論・構造的存在論
Ladyman, James, Don Ross, David Spurrett, and John Collier. Every Thing Must Go: Metaphysics Naturalized. Oxford: Oxford University Press, 2007. https://doi.org/10.1093/acprof:oso/9780199276196.001.0001
個体化論・存在論的依存関係
Lowe, E. J. “Asymmetrical Dependence in Individuation.” In Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality, edited by Fabrice Correia and Benjamin Schnieder, 214–233. Cambridge: Cambridge University Press, 2012. https://doi.org/10.1017/CBO9781139149136.009
現代形而上学の基礎づけ論
Correia, Fabrice, and Benjamin Schnieder, eds. Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality. Cambridge: Cambridge University Press, 2012. https://doi.org/10.1017/CBO9781139149136
Fine, Kit. “Guide to Ground.” In Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality, edited by Fabrice Correia and Benjamin Schnieder, 37–80. Cambridge: Cambridge University Press, 2012.
Audi, Paul. “A Clarification and Defense of the Notion of Grounding.” In Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality, edited by Fabrice Correia and Benjamin Schnieder, 101–121. Cambridge: Cambridge University Press, 2012. https://doi.org/10.1017/CBO9781139149136.004
Schaffer, Jonathan. “Grounding, Transitivity, and Contrastivity.” In Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality, edited by Fabrice Correia and Benjamin Schnieder, 122–138. Cambridge: Cambridge University Press, 2012. https://doi.org/10.1017/CBO9781139149136.005
Schaffer, Jonathan. “On What Grounds What.” In Metametaphysics: New Essays on the Foundations of Ontology, edited by David J. Chalmers, David Manley, and Ryan Wasserman, 347–383. Oxford: Oxford University Press, 2009.
Schaffer, Jonathan. “Monism: The Priority of the Whole.” The Philosophical Review 119, no. 1 (2010): 31–76. https://doi.org/10.1215/00318108-2009-025
時間・歴史と基礎づけ
Correia, Fabrice, and Giovanni Merlo. “Cross-Temporal Grounding.” Analytic Philosophy 65, no. 3 (2024): 333–352. https://doi.org/10.1111/phib.12287
Robertson, Teresa. “Possibilities and the Arguments for Origin Essentialism.” Mind 107, no. 428 (1998): 729–750. https://doi.org/10.1093/mind/107.428.729
本稿の位置づけ
本稿は、「第一性の遡及的成立」シリーズ全29回の研究成果を統合し、理論の最終的な定義・公理・命題・定理を体系的に再構成したものである。
これまでの個別的な論証と先行研究との比較を踏まえ、構造的個体化存在論としての全体像を提示することを目的とする。



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