二本の論文から読み解く、新しい構造的存在論の入門
- はじめに――私たちは、存在の順番を取り違えているのではないか
- 1.一つの組織が成立するまで
- 2.個体が存在することを、最初から前提にしてよいのだろうか
- 3.個体化以前の差異――前個体的差異場Δ
- 4.差異が関係を結び、構造になる
- 5.何をもって同じ構造だと言えるのか
- 6.構造の範囲はどこまでなのか
- 7.構造が個体を成立させるとはどういうことか
- 8.構造が個体を成立させる一方で、個体も構造を成立させている
- 9.なぜこれが「遡及的」な成立なのか
- 10.個体化されたものが存在するだけでは、第一性は成立しない
- 11.第一性を決めるのは、非対称的な依存関係である
- 12.第一性は絶対的な順位ではない
- 13.第一論文が明らかにしたこと
- 14.構造は、現在の関係だけから成立するのだろうか
- 15.過去の出来事なら、何でも構造の成立条件になるのか
- 16.過去の出来事と、その出来事が実現したものを区別する
- 17.後から成立する構造によって、過去の意味が確定する
- 18.五つの条件を満たせば、それだけで十分なのか
- 19.過去の履歴が構成的前史であることと、過去の何かが第一であることは違う
- 20.構造的遡及性と歴史的遡及性
- 21.同じ構造を、内部と歴史の両方から考える
- 22.異なる関係を、一つの構成的依存秩序に接続する
- 23.二本の論文を接続する統一定理T3
- 24.第一性の遡及的成立が主張すること
- 25.この理論が主張していないこと
はじめに――私たちは、存在の順番を取り違えているのではないか
私たちは普段、ものごとを次のような順序で考えている。
まず、個々のものが存在する。
次に、それらが互いに関係を結ぶ。
そして、その関係によって一つの集まりや構造が形成される。
例えば、複数の人間が集まって会社をつくる場合を考えてみよう。
そこには、最初から個人として存在する人々がいる。その人々が協力し、役割を分担し、規則を決めることによって、一つの会社が成立する。
この説明は、ごく自然に思える。
しかし、ここには一つの問題がある。
会社を構成している人々が、会社の成立以前から独立した個人として存在していることは認められるとしても、その人々が会社のなかでどのような役割を持つのかは、会社の構造が成立しなければ決まらないのではないだろうか。
ある人物は、会社が成立する前から一人の人間として存在している。
しかし、その人物が特定の会社の社長であること、経理担当者であること、あるいは取締役であることは、その会社の制度や規則、権限関係が成立して初めて確定する。
つまり、あるものは、それ自体で存在しているだけでは、特定の構造のなかで何者であるのかまで決まっているわけではない。
ここから、もう一つの問いが生まれる。
あるものが、他のものよりも根本的であるとか、優先しているとか、第一のものであると言われる場合、その第一性もまた、そのものに最初から備わっているのだろうか。
それとも、あるものが他のものとどのような関係を結び、どのような構造を成立させているのかによって、初めて第一性そのものが成立するのだろうか。
本稿で扱う「第一性の遡及的成立」は、この問いに答えようとする哲学理論である。
その中心的な考え方は、次のように表現できる。
個体性も、第一性も、そして過去の出来事が持つ構成的な意味も、それらが属する構造との関係から独立して、最初から完全に決まっているわけではない。
むしろ、構造が成立し、その内部の関係や依存の秩序が明らかになることによって、あるものが何であるのか、何に対して第一であるのか、そして何がその構造の成立に必要だったのかが確定する。
これを「第一性の遡及的成立」と呼ぶ。
ここでいう「遡及的」とは、過去に起きた出来事を時間を逆向きに進んで変更することではない。
後から成立する構造によって、それ以前には確定していなかった存在論的な位置づけや資格が成立する、という意味である。
この理論を理解するために、まず身近な組織の成立を考えてみよう。
1.一つの組織が成立するまで
ある自治的な災害支援組織が成立する場面を想像してほしい。
この組織は、災害が発生した際に支援活動を行うことを目的としている。構成員は複数の人々であり、組織の運営には意思決定や財務管理、役職の任命、規則の変更などが必要になる。
この組織の成立を、三つの段階に分けて考えてみる。
時点t₀――まだ組織が存在しない段階
複数の人々が集まり、災害支援のための活動を始めている。
彼らは、何を目的とするのか、誰が参加できるのか、どのように意思決定するのか、資金を誰が管理するのかといった問題について話し合っている。
しかし、この段階では、まだ正式な組織は成立していない。
個人は存在しているが、組織としての正式な役職や権限、制度的な関係は確定していない。
時点t₁――組織が成立する段階
話し合いを経て、設立規則が採択される。
構成員の資格、意思決定の方法、役職の権限、財務管理の責任などが定められる。
こうして、災害支援組織Sが成立する。
時点t₂――組織が存続する段階
時間が経過し、構成員や役職者が交代する。
設立時に参加していた人々が全員いなくなったとしても、意思決定の手続きや権限関係、継続のための規則が維持されていれば、同じ組織として存続している場合がある。
ここで注目したいのは、組織を構成する人々が変わっても、組織としての同一性が維持される可能性があることだ。
これは、組織の個体性が、単純に構成員の集合によって決まっているわけではないことを示している。
組織を組織として成立させているのは、構成員の存在だけではない。
構成員のあいだに成立している関係、権限、役割、規則、そしてそれらの相互的な制約である。
この事例を使いながら、第一性の遡及的成立の基本的な仕組みを説明していこう。
なお、ここで用いる組織は、理論の仕組みを検討するための仮想事例である。特定の実在組織の歴史を記述したものではない。
第一部 個体はどのようにして成立するのか
2.個体が存在することを、最初から前提にしてよいのだろうか
通常、私たちは個体の存在を出発点にする。
例えば、テーブルの上に三つの物体があるとする。
私たちは、それぞれを別々の物体として認識し、その後で、それらの位置関係や相互作用を考える。
しかし、ここで哲学的な問題が生じる。
そもそも、その三つがなぜ三つの個体として成立しているのだろうか。
なぜ一つでも二つでもなく、三つなのだろうか。
それぞれが他のものと異なることを、何が成立させているのだろうか。
個体性を説明しようとして、最初から複数の個体を前提にしてしまえば、個体性が成立する根拠をまだ説明していないことになる。
もちろん、個体性をそれ以上説明できない基本的な事実として認める立場もある。
本理論は、その立場が論理的に矛盾していると主張するわけではない。
しかし、個体性の成立そのものを説明しようとするならば、個体性を無条件の出発点として置くのではなく、それが成立する根拠を示す必要があると考える。
これを個体化根拠充足原理Gと呼ぶ。
この原理が要求するのは、次の三つである。
- あるものが一つの個体として成立するための根拠。
- そのものが他の個体と区別されるための根拠。
- そのものが特定の個体としての同一性を持つための根拠。
例えば、ある組織が一つの組織として成立するならば、単に構成員が集まっているというだけでは不十分である。
その人々がなぜ一つの組織を形成しているのか、他の組織とは何が違うのか、構成員が交代しても同じ組織であり続けるのはなぜなのか。
こうした問いに答えなければならない。
Gは、何でもかんでも究極的な理由を要求する原理ではない。
あくまで、個体性の存在論的成立を説明しようとする理論に対して、その個体化根拠を示すことを要求する原理である。
3.個体化以前の差異――前個体的差異場Δ
では、個体性が成立する以前には、何が存在しているのだろうか。
ここで本理論は、前個体的差異場Δという概念を導入する。
Δとは、すでに個体化された複数のものが集まった場所ではない。
また、何の区別も存在しない、完全に均質な状態でもない。
Δは、個体性や数的同一性が成立する以前の、差異的な条件を内在させた存在論的基礎である。
そこには、異質性、強度の違い、潜在的な緊張、相互に規定されうる可能性などが含まれる。
少し分かりやすく考えてみよう。
川の水を想像してほしい。
水が流れているとき、そこには速度の違いや圧力の違い、流れの方向の違いが存在する。
そのような差異が一定の条件のもとで組織化されると、渦が形成される。
渦は、水の分子とは別の物質として存在しているわけではない。
しかし、水の分子が単に集まっているだけでもない。
渦を渦として成立させているのは、水の流れのなかに形成される関係的な秩序である。
水の一つひとつの分子が入れ替わっても、一定の流動パターンが維持されれば、渦は同じ渦として存続しうる。
この例では、個々の水分子の存在だけから渦の個体性を説明することはできない。
渦を成立させている差異や関係の秩序を考える必要がある。
Δは、このような個体化以前の差異的条件を考えるための概念である。
ただし、Δを単なる混沌や無秩序と理解してはいけない。
もし完全に何の差異もない状態から出発するならば、そこから何かを区別する理由も、異なる位置や役割が生まれる理由も説明できない。
個体化が成立するためには、個体化以前の基礎に、差異を可能にする条件が内在していなければならない。
本理論は、次の二つを基本的な存在論的前提として採用する。
- A1:個体化に先立つ差異的条件Δが存在する。
- A2:個体化を可能にする差異は、その前個体的な基礎に内在する。
ここは重要な点である。
Δの存在が、個体化根拠充足原理Gから論理的に証明されるわけではない。A1とA2は、本理論が採用する独立した存在論的前提である。
したがって、本理論は、世界そのものがなぜ存在するのかという究極的な問いに、Δを使って答えようとしているわけではない。
本理論が説明しようとしているのは、差異を持った何かが、どのようにして一つの個体や構造として成立するのかという問題である。
4.差異が関係を結び、構造になる
Δに差異的な条件が存在しているだけでは、まだ一つの構造は成立しない。
複数の差異的な条件が、互いに関係を結び、一つの秩序を形成する必要がある。
本理論では、この関係を構成的関係Rᶜと呼ぶ。
構成的関係とは、単に二つのものが接触しているとか、互いに影響を及ぼしているということではない。
その関係が、一つの構造の成立条件や、内部のものの位置・役割・同一性を実際に成立させている場合に、構成的関係と呼ぶ。
例えば、二人の人間が偶然隣り合って座っているだけでは、一つの組織が成立しているとは言えない。
しかし、二人が共同で意思決定を行い、一方が財務管理を担当し、もう一方が活動の調整を担当するという関係を形成しているならば、その関係は組織の成立に関わっている。
つまり、構成的関係とは、あるものが単に他のものと関係しているということではなく、そのものを特定の存在者として成立させる関係なのである。
このような構成的関係によって、差異的な契機が組織化されると、一つの構造が成立する。
本理論では、これを構造Sと呼ぶ。
基本的な流れは、次のとおりである。
Δ → Rᶜ → S
前個体的な差異的条件Δが、構成的関係Rᶜによって組織化され、構造Sが成立する。
ここで、もう一つ重要なことがある。
構造の統一性を説明するために、その構造の外側に、別の統一者を置く必要はないということだ。
例えば、オーケストラには、さまざまな演奏者がいる。
弦楽器、管楽器、打楽器など、それぞれ異なる役割を持つ人々が集まっている。
オーケストラが一つのオーケストラとして成立しているのは、すべての演奏者が同じことをしているからではない。
それぞれが異なる役割を担い、それらが一つの演奏秩序を形成しているからである。
構造の統一性は、差異を消すことによって成立するのではない。
差異のあるもの同士が、一定の関係と制約のもとに置かれることによって成立するのである。
5.何をもって同じ構造だと言えるのか
構造が成立したとしても、まだ問題が残っている。
ある構造が成立していることと、その構造が時間の経過を通じて同じ構造であり続けることは、同じではない。
先ほどの災害支援組織を考えてみよう。
組織を構成する人々は、時間の経過とともに交代する。
活動内容が多少変化することもある。
それでも組織が同じ組織として存続している場合がある。
では、何が維持されていれば同じ組織なのだろうか。
ここで必要になるのが、同一性の水準Dと構造的不変項K_D(S)である。
まず、Dとは、何の同一性を問題にするのかを指定するための概念である。
一つの組織について考える場合でも、何を同一性の対象にするかによって、判断の基準は変わる。
例えば、次のような違いがある。
- 組織としての同一性。
- 法人としての同一性。
- 活動や機能としての同一性。
活動が継続していても、法的には別の法人に承継されている場合がある。
逆に、活動内容が変化していても、法人としての同一性は維持されている場合がある。
したがって、何の同一性を説明するのかを先に指定しなければならない。
そのうえで、その同一性を維持するために必要な条件を明らかにする。
これが構造的不変項K_D(S)である。
K_D(S)とは、ある構造Sが、指定された同一性の水準Dにおいて同じ構造であり続けるために必要な、最小かつ完全な構成的制約の体系である。
例えば、先ほどの災害支援組織について、組織・制度的同一性を問題にするならば、次のような条件が候補になる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| K1 | 組織の基本目的 |
| K2 | 構成員の資格と加入規則 |
| K3 | 意思決定の秩序 |
| K4 | 権限・役割・責任の秩序 |
| K5 | 規則の変更と組織の継続に関する手続き |
この五つは、すべての組織に共通する絶対的な条件というわけではない。
あくまで、この仮想事例で組織の同一性を検討するための候補である。
また、重要なのは、これらを単純に並べればよいわけではないということだ。
意思決定の手続きがなぜ有効なのかは、権限関係と結びついているかもしれない。
構成員の資格は、加入や退会の規則と結びついているかもしれない。
それぞれの条件がどのように関係し合い、何を維持しているのかを考えなければならない。
さらに、K_D(S)は、必ず一つだけに決まるとは限らない。
対象の同一性を説明するために、実質的に異なる複数の候補が残る場合には、それらを区別し、それぞれについて論証する必要がある。
つまり、最初から自分の結論に都合のよい条件を選んではいけないのである。
何を同一性の対象にするのかを定め、独立した比較枠を用意し、そのうえで何が同一性を維持する条件なのかを判定する。
この順序が重要になる。
6.構造の範囲はどこまでなのか
K_D(S)を特定できても、まだ一つ問題がある。
その条件を実現するために、どこまでの要素や関係を考えなければならないのだろうか。
これを明らかにするために、構造的境界B_D^α(S)という概念を導入する。
K_D(S)が「何が構造の同一性を維持しているのか」を示すのに対して、B_D^α(S)は「それを実現するために、どこまでの構成的な関係を含める必要があるのか」を示す。
例えば、災害支援組織の同一性を維持するためには、設立規則だけでは不十分かもしれない。
その規則を実行する人々、意思決定を行う手続き、役職の権限、財務管理、規則を変更する仕組みなども必要になる。
一方、組織の同一性と直接関係しない偶然の出来事や、単に組織と接触しているだけの人々まで、すべて構造の一部に含める必要はない。
したがって、構造的境界とは、必要な関係を漏れなく含みながら、不必要な関係を取り除いた最小完全な範囲である。
ここで「最小」と「完全」は、どちらも重要である。
必要なものを欠いていれば、構造の同一性を説明できない。
逆に、必要のないものまで含めてしまえば、構造の範囲を適切に限定できない。
この関係を次のように表す。
B_D^α(S) = Cl_min^α(S, K_D(S))
難しく見えるが、意味は単純である。
構造的不変項K_D(S)を成立させるために必要な関係を、最小かつ完全な範囲で閉じたものが、構造的境界B_D^α(S)である。
ここでも、実質的に異なる複数の閉包候補が残る可能性は認められる。
このようにして、本理論は、構造が何によって同じ構造として維持されるのか、そしてそのためにどこまでの関係が必要なのかを区別する。
第二部 構造によって個体は成立する
7.構造が個体を成立させるとはどういうことか
ここまでで、個体化以前の差異的条件が組織化され、構造が成立する過程を見てきた。
しかし、構造が成立することと、その内部にあるものが個体として成立することは、まだ別の問題である。
例えば、オーケストラを考えてみよう。
ある人物がオーケストラに参加したとする。
その人物は、オーケストラに参加する以前から、一人の人間として存在している。
しかし、その人物が「第一ヴァイオリン奏者」であることや、「首席奏者」であることは、オーケストラの構造との関係によって成立する。
オーケストラという構造がなければ、その人物がそのオーケストラの第一ヴァイオリン奏者であるという役割も成立しない。
ここで、二つの状態を区別する必要がある。
一つは、一人の人間として存在すること。
もう一つは、特定のオーケストラにおける第一ヴァイオリン奏者として存在すること。
前者は、後者の成立以前から認められる。
しかし後者は、そのオーケストラの構造が成立することによって初めて確定する。
本理論では、このように構造内部の差異的な契機が、特定の位置や役割、同一性を持つ構造項として成立することを個体化関係Iと呼ぶ。
基本的な表記は次のとおりである。
I(S, mᵢ → xᵢ)
これは、構造Sによって、個体化以前の差異的契機mᵢが構造項xᵢとして成立することを表している。
ここで、mᵢとxᵢを混同してはいけない。
mᵢは、まだその構造における独立した構造項として成立していない契機である。
xᵢは、構造との関係によって特定の位置や役割、同一性条件を持つようになった構造項である。
例えば、組織のなかに意思決定という機能があるとする。
その機能は、組織が成立する過程で、総会という制度的な役割として確定するかもしれない。
この場合、次のように表現できる。
I(S, m_decision → x_assembly)
これは、組織Sによって、意思決定という差異的契機が、総会という構造項として個体化されることを意味する。
同様に、財務管理という機能が会計担当職として成立するならば、次のようになる。
I(S, m_financial → x_treasurer)
この二つの例から分かるように、個体化とは、単に既に存在しているものを見つけることではない。
構造が成立することによって、ある契機が、その構造において何であるのかが確定することなのである。
8.構造が個体を成立させる一方で、個体も構造を成立させている
ここで、少し奇妙な問題が生じる。
今までの説明では、構造が内部の契機を個体化すると述べてきた。
しかし、そもそも構造は何によって成立しているのだろうか。
オーケストラは演奏者なしに成立するのだろうか。
組織は構成員なしに成立するのだろうか。
当然、そうではない。
構造は、それを実現する構成要素によって成立している。
つまり、ここには二つの方向が存在する。
第一に、構造項が構造を実現する方向。
第二に、構造が内部の契機を構造項として個体化する方向である。
本理論では、前者を構成関係C、後者を個体化関係Iと呼ぶ。
Cは、ある水準ですでに個体化されているものが、より上位の構造を具体的に実現する関係である。
例えば、複数の人間が共同して災害支援組織を成立させる場合、人間という水準で個体化された人々が、組織という上位の構造を実現している。
これを次のように表せる。
C(S, {p₁, p₂, ..., pₙ})
一方、Iは、その組織の内部で意思決定や財務管理などの差異的な機能が、特定の制度的役割として成立する関係である。
この二つの関係を区別することが重要である。
人間が組織を実現することと、組織が人間に組織内部での特定の役割を与えることは、同じことではない。
人間は組織の成立以前から、人間として存在している。
その人間が、組織の構成員として、あるいは会計担当者として何者であるかは、組織の構造との関係によって確定する。
このように、下位の構造における個体性と、上位の構造における個体性を区別すれば、構造と構造項の相互構成は、単純な循環論法ではないことが分かる。
もちろん、CとIを区別しただけで、あらゆる循環問題が自動的に解決するわけではない。
具体的な事例では、下位水準の個体が実際に存在していること、上位構造の同一性条件が独立に確定していること、そして下位の担い手と上位の契機との対応関係が示されなければならない。
それでも、この区別によって、構造が構造項によって実現されることと、構造が構造項を個体化することを、異なる水準の問題として説明できるようになる。
9.なぜこれが「遡及的」な成立なのか
ここで、第一性の遡及的成立の最も重要な部分に到達する。
もう一度、オーケストラの例に戻ろう。
ある人物がオーケストラに参加する以前から、その人物は一人の人間として存在している。
しかし、その人物が特定のオーケストラの第一ヴァイオリン奏者であることは、そのオーケストラの構造が成立して初めて確定する。
つまり、構造が成立する以前から存在していた人物に対して、構造が成立することによって、新しい存在論的な位置づけが与えられる。
これは、過去に存在していた人間が、時間を逆向きに進んで別の人間になるということではない。
人間としての存在は変わっていない。
変化するのは、その人間が特定の構造の内部で何者であるかという点である。
この区別が、遡及性を理解するために重要になる。
構造の成立によって、内部の契機は、特定の位置や役割、同一性条件を持つ構造項として成立する。
その構造項としての資格は、構造に先立って独立に成立していたわけではない。
構造が成立することによって初めて確定するのである。
これが構造的遡及性である。
したがって、本理論は、時間的に存在していたものが後から認識されるという、単なる認識論の問題を扱っているのではない。
あるものが特定の構造において何であるかという、そのものの存在論的な資格が、構造の成立によって確定することを扱っている。
第三部 第一性はどのようにして成立するのか
10.個体化されたものが存在するだけでは、第一性は成立しない
ここまでの議論によって、構造内部の個体性がどのように成立するのかを説明できた。
しかし、これだけでは、まだ本理論の中心的な問題には到達していない。
それは、あるものが、他のものに対して第一であるとはどういうことなのか、という問題である。
例えば、ある組織の内部に総会と会計担当職が存在しているとする。
両者は、それぞれ組織の構造によって個体化された構造項である。
しかし、総会と会計担当職が存在しているというだけで、総会が会計担当職に対して第一であるとは言えない。
どちらも同じ組織に属しているという事実だけでは、優先関係は成立しない。
また、総会が会計担当職に影響を与えているというだけでも不十分である。
影響を与えることと、相手の同一性を成立させることは違うからだ。
ここで必要になるのが、構成的同一性依存ODという関係である。
11.第一性を決めるのは、非対称的な依存関係である
構成的同一性依存とは、ある項の同一性条件が、別の項の実在的な規定に構成的に依存している関係である。
例えば、災害支援組織において、次の二つを考えよう。
A:構成員総会の最終決定権限、および会計担当職を任命・監督する権限。
B:会計担当職の制度的な役割。
会計担当職が何をするのか、どのような権限を持つのか、どのような責任を負うのかは、総会が定める制度的な規則に依存している。
総会がその役割を任命し、監督し、権限を与えているからこそ、会計担当職はその組織において特定の制度的役割を持つ。
一方、会計担当職が存在していることによって、総会の最終決定権限が成立するわけではない。
この事例では、次のような非対称性が成立している。
Aの規定がBの同一性条件を成立させている。
しかし、同じ制度的な規定次元において、BがAの同一性条件を成立させているわけではない。
この関係を表すために、次の記号を用いる。
OD_{S,D,d}(B,A)
これは、構造Sの同一性水準Dにおいて、規定次元dに関するBの同一性条件が、Aに依存していることを意味する。
逆方向の依存が成立しないことは、次のように表す。
¬OD_{S,D,d}(A,B)
この二つが成立するとき、構成的同一性依存は非対称的である。
そして、本理論は、このような非対称的な構成的同一性依存を、存在論的な優先性として認めるための橋渡し原理を採用する。
その結果、次の関係が導かれる。
OD_{S,D,d}(B,A) ∧ ¬OD_{S,D,d}(A,B) ⇒ A ≺_{S,D,d} B
ここで、A ≺_{S,D,d} Bは、AがBに対して、特定の構造S、同一性の水準D、規定次元dにおいて存在論的に優先していることを表す。
少し難しく見えるかもしれないが、言っていることは明確である。
あるものが別のものを成立させる条件を決定しており、その依存関係が逆方向には成立していないとき、そのものは相手に対して第一である。
これが本理論における第一性の基本的な定義である。
12.第一性は絶対的な順位ではない
ここで、誤解してはいけないことがある。
本理論における第一性は、あるものがあらゆる意味で他のものより優れているとか、すべての存在者の頂点に位置するという意味ではない。
第一性は、特定の構造、同一性の水準、規定次元に相対的に成立する。
例えば、総会は会計担当職の制度的な権限や役割を決定しているかもしれない。
しかし、組織の財務活動が成立するためには、会計担当職による実際の業務が必要かもしれない。
このとき、制度的な権限配分という規定次元と、実際の活動の遂行という規定次元では、依存関係が異なる。
つまり、ある関係においてAが第一であっても、別の関係においてもAが第一であるとは限らない。
また、すべての構造項について、必ず一つの第一項が存在するわけでもない。
複数の項が相互に依存している場合もあれば、複数の項が共同して別の項を成立させている場合もある。
したがって、本理論は、あらゆるものに一つずつ順位を与える絶対的な序列を想定していない。
第一性は、関係のなかに成立する限定的な存在論的優先性なのである。
13.第一論文が明らかにしたこと
ここまでの議論を整理してみよう。
第一論文が説明しようとしているのは、次の一連の過程である。
最初に、個体化以前の差異的条件Δが存在する。
その差異的条件が構成的関係Rᶜによって組織化され、構造Sが成立する。
構造の同一性を説明するために、同一性の水準Dを指定し、構造的不変項K_D(S)と構造的境界B_D^α(S)を確定する。
そのうえで、CとIによって、構造と構造項が異なる水準において相互に成立することを説明する。
構造内部の契機が構造項として個体化された後、その項同士のあいだに構成的同一性依存ODが成立する場合には、非対称的な依存関係から第一性が認められる。
これを簡単にまとめれば、次のようになる。
Δ → Rᶜ → S
I(S, mᵢ → xᵢ)
OD_{S,D,d}(B,A) ∧ ¬OD_{S,D,d}(A,B)
A ≺_{S,D,d} B
この過程が、第一論文の中心的な考え方である。
ただし、これらの関係が常に自動的に成立するわけではない。
個体化には、構造の関係秩序と不変項によって実際に位置・役割・同一性条件が確定することが必要である。
第一性には、構成的同一性依存が実際に成立し、その非対称性が確認されることが必要である。
本理論は、単に「構造が大切である」と主張しているのではない。
個体性が成立することと、第一性が成立することを、それぞれ異なる論証によって説明しようとしているのである。
第四部 過去はどのようにして後から位置づけられるのか
14.構造は、現在の関係だけから成立するのだろうか
ここまでは、構造の内部にある差異的契機が、どのように個体化され、第一性が成立するのかを考えてきた。
しかし、もう一つの問題が残っている。
それは、構造が成立する以前の過去の出来事についてである。
先ほどの災害支援組織を、もう一度考えてみよう。
正式な組織が成立したのは時点t₁だった。
しかし、その組織が成立する以前から、人々は話し合いを行い、目的を決め、規則を作り、役割分担を考えていた。
これらの出来事は、組織が成立する以前に実際に起きている。
では、その過去の出来事は、単に組織の成立以前に存在したというだけなのだろうか。
それとも、後から成立した組織の同一性を成立させるために必要だったという意味で、組織の構成要素としての資格を持つのだろうか。
この問いに答えるのが第二論文である。
第二論文は、第一論文の構造的存在論を、時間的に先行する過去の履歴にまで拡張する。
そのために、新たな基本前提A3を導入する。
A3:時間的に離れた契機のあいだにも、実在的な構成的依存関係が成立しうる。
これは、後から成立する構造の同一性条件が、その構造の成立以前に存在した出来事や過程に依存する可能性を認める前提である。
ここでも注意が必要である。
A3は、すべての過去の出来事が後から成立する構造を構成していると主張するものではない。
また、あらゆる構造が必ず特定の過去に依存していると主張するものでもない。
認めるのは、時間的に離れた過去の出来事と後続構造とのあいだにも、構成的な依存関係が成立しうるという可能性である。
また、A3はGやA1・A2から演繹されるものではない。
歴史的遡及性を説明するために、本理論が追加的に採用する独立した存在論的前提なのである。
15.過去の出来事なら、何でも構造の成立条件になるのか
ここで、重大な問題が生じる。
ある組織が成立する以前には、実にさまざまな出来事が起きている。
設立者が誰かと食事をしたこともあるだろう。
設立会議の前日に雨が降ったかもしれない。
設立規則を考えるために何冊もの本を読んだかもしれない。
しかし、こうした出来事が、すべて組織の構成的前史に含まれるわけではない。
組織が成立する以前に存在していたというだけでは、その組織の成立条件になったとは言えないからである。
そこで第二論文では、過去の履歴を選別するために、五つの条件を設けている。
第一の条件:時間的先行性と実在性
その出来事は、後続する構造が成立する以前に、実際に起きていなければならない。
実際には起きていなかった出来事や、後から作られた架空の起源物語を、現実の構成的前史として扱うことはできない。
第二の条件:構成的寄与の実在
その出来事は、後続構造の成立に対して、具体的な構成的寄与を実際に実現していなければならない。
単に関係があったというだけでは不十分である。
例えば、設立会議で組織の基本目的が合意されたなら、その会議は基本目的の形成という寄与を実現している。
第三の条件:追跡可能な構成的連結
過去の出来事と後続構造とのあいだには、実際のつながりがなければならない。
ある出来事が起きた後、その寄与が規則や手続きとして採用され、それが組織の成立に関係したというように、構成的な接続経路を示す必要がある。
第四の条件:構造的不変項への関連性
その寄与は、対象となる構造の同一性を維持するための条件に関係していなければならない。
例えば、組織の意思決定秩序を成立させる過程は、組織・制度的同一性に関係する可能性がある。
しかし、設立者が会議の前日に何を食べたのかということは、通常、その組織の同一性を説明するための条件にはならない。
第五の条件:出来事そのものと、構成的役割の区別
最後の条件は、少し複雑だが、とても重要である。
ある出来事そのものは、別の出来事によって代替できたかもしれない。
例えば、設立規則を書いた人物がAだったとしても、別の人物Bが同じ規則を書いていた可能性はある。
この場合、Aという人物のその行為自体が、絶対に必要だったとは限らない。
しかし、組織の意思決定秩序を形成するという役割は、何らかの形で実現されなければならない。
ここでは、個別の出来事の代替可能性と、その出来事が担った構成的役割の必要性を区別する必要がある。
この五つの条件によって、過去の履歴のなかから、後続構造の構成的前史となる候補を選び出すことができる。
しかし、ここで話はまだ終わらない。
五つの条件を満たしたとしても、それだけで、その履歴が本当に構造の構成的前史として成立したとは言えないからである。
16.過去の出来事と、その出来事が実現したものを区別する
ここで第二論文は、もう一つ重要な区別を導入する。
それは、過去に起きた出来事と、その出来事が実現した構成的寄与は同じものではないということである。
例えば、組織が成立する以前に、設立メンバーが話し合いを行ったとする。
その会議という出来事は、過去に実際に起きた出来事である。
一方、その会議によって形成された基本目的や設立規則は、後続する組織の構造を成立させるための構成的寄与である。
会議そのものと、会議によって実現した規則は、同じ種類のものではない。
この区別をしないと、過去の出来事が、そのまま現在の構造の一部になるという不自然な説明になってしまう。
そこで本理論では、過去の出来事を、それが実現した構成的寄与に対応づける仕組みを導入する。
これを履歴対応写像ιと呼ぶ。
その基本表記は次のとおりである。
ι_{S,D}(h) = r
ここで、hは過去の出来事、rはその出来事が実現した構成的寄与である。
先ほどの災害支援組織の例では、次のようになる。
| 過去の出来事 | 実現した構成的寄与 |
|---|---|
| 基本目的についての合意 | 組織の基本目的と設立規則 |
| 構成員資格の話し合い | 加入条件と構成員の境界 |
| 意思決定方法の決定 | 総会の権限と決定手続き |
| 財務管理の検討 | 会計担当職の権限と責任 |
| 継続方法の決定 | 規則の変更と役職交代の手続き |
ここで重要なのは、過去に行われた会議や人物そのものを、現在の組織の構成要素として扱うのではないということである。
過去の出来事が現実に実現した構成的寄与が、後続構造の構成的依存秩序に接続されているのである。
17.後から成立する構造によって、過去の意味が確定する
さて、ここで「遡及的」という言葉の意味を、改めて考えてみよう。
ある組織が成立する以前に、設立メンバーが話し合いを行っていたとする。
その会話は、後から組織が成立したからといって、過去に遡って新しく発生するわけではない。
会話が実際に行われたという事実は、最初から過去の事実として存在している。
しかし、その会話が何のためのものであり、どのような組織的意味を持っていたのかということは、その後の組織の成立と関係して確定する。
ある会話が単なる雑談だったのか。
あるいは、組織の意思決定秩序を成立させるための重要な協議だったのか。
その違いは、後続する構造と実際にどのような構成的連結が成立したのかによって明らかになる。
つまり、過去の出来事そのものは変更されないが、その出来事が後続構造に対してどのような構成的な資格を持つのかは、後続構造の成立によって確定する。
この資格を歴史的資格Qと呼ぶ。
基本的な表記は次のとおりである。
Q_{S,D}(H_{S,D}(t₀), t₁)
これは、時点t₀に存在した選別済みの履歴が、時点t₁に成立した構造Sに対して、同一性の水準Dにおける構成的前史としての資格を持つことを意味する。
ここで、三つの概念を区別しておきたい。
| 概念 | 意味 |
|---|---|
| H(t₀) | 過去に実際に存在したすべての履歴 |
| H_{S,D}(t₀) | 後続構造に対して構成的に関連する履歴として選別されたもの |
| Q_{S,D} | その履歴が構成的前史としての資格を持つという関係的事実 |
この区別によって、過去の事実そのものと、後続構造に対する過去の存在論的な意味を混同せずに済む。
これが歴史的遡及性である。
18.五つの条件を満たせば、それだけで十分なのか
ここで、第二論文の論証をもう一段階進めよう。
先ほどの五つの条件を満たす履歴が見つかったとしても、それだけではまだ不十分だった。
なぜなら、その履歴が実現した構成的寄与が、本当に構造の同一性を成立させるために必要な範囲に含まれているのかを確認しなければならないからである。
例えば、ある会議が実際に行われ、組織の設立規則について話し合われたことが分かったとする。
しかし、その会議が実際に採用された規則とどうつながっているのか、あるいは、その会議で決定された内容が本当に組織の同一性を成立させる条件になっているのかが確認できなければ、構成的前史としての資格を認めることはできない。
そこで、第二論文では、第一論文で定義した構造的境界B_D^α(S)を引き継ぐ。
そして、過去の出来事が実現した構成的寄与が、その同じ構造的境界に含まれていることを確認する。
形式的には、次のようになる。
ι_{S,D}[H_{S,D}(t₀)] ⊆ B_D^α(S)
これは、選別された過去の履歴が実現した構成的寄与が、構造の最小完全な構成的閉包に含まれていることを表す。
つまり、過去の出来事が、単に後続構造と関係しているというだけではなく、その構造の同一性を実現するための構成的依存秩序のなかに実際に位置づけられていることが必要になる。
ここが第二論文の重要な部分である。
五条件は、構成的前史の候補を選別するための条件である。
それに対して、構造的閉包への包含は、その履歴が実際に構成的資格を持つことを確定するための、別の論証課題である。
この二つを混同してはいけない。
また、理論上の条件を満たすことと、現実の歴史においてその条件が満たされていたことを証明することも異なる。
実際の事例を扱う場合には、同時代の文書、制度的な継承関係、物質的な記録、独立した証言などによって、過去の出来事と構成的寄与の実在を確認しなければならない。
後から作られた起源物語だけで、歴史的資格を認めることはできないのである。
19.過去の履歴が構成的前史であることと、過去の何かが第一であることは違う
ここでもう一つ、重要な区別がある。
ある出来事が後続構造の構成的前史として認められたからといって、その出来事が他の出来事よりも第一であるとは限らない。
例えば、組織の設立過程に、基本目的を決定した出来事Aと、意思決定の方法を決定した出来事Bがあったとする。
両方が組織の構成的前史として認められていたとしても、AとBのどちらが第一であるのかは、別に検討しなければならない。
AがBの成立条件を決定している場合もあれば、BがAの成立条件に関与している場合もある。
あるいは、両者が相互に依存している場合もある。
したがって、歴史的資格Qから第一性が自動的に導かれるわけではない。
第一性を主張するためには、第一論文で検討したODの非対称性を、歴史的な対象に対しても別途確認する必要がある。
この区別を維持することによって、本理論は、過去の履歴が構造にとって重要であることと、その履歴内部で何が第一であるのかという問題を、混同せずに扱うことができる。
第五部 二本の論文はどのように一つの理論になるのか
20.構造的遡及性と歴史的遡及性
ここまで、二つの異なる遡及性を見てきた。
第一論文が扱ったのは、構造的遡及性である。
構造の成立によって、その内部にある差異的契機が、特定の構造項として個体化される。
つまり、あるものが特定の構造において何であるのかが、構造との関係によって確定する。
第二論文が扱ったのは、歴史的遡及性である。
後続構造の成立によって、それ以前に実際に存在した履歴が、その構造の構成的前史としての資格を持つ。
つまり、過去の出来事が、後続構造にとってどのような構成的意味を持つのかが、構造の成立によって確定する。
この二つは、異なる対象を扱っている。
第一論文は、構造内部の契機や構造項を扱う。
第二論文は、構造成立以前の時間的履歴を扱う。
しかし、両者には共通点がある。
それは、どちらも、あるものが何であるか、どのような資格を持つのかを、それ自体に備わった固定的な属性だけから説明するのではなく、構成的な依存関係のなかで説明しようとしていることである。
そして、この共通点を明確にするために、二本の論文を一つの理論体系として接続する必要があった。
21.同じ構造を、内部と歴史の両方から考える
第一論文と第二論文を統合するためには、両者が同じ構造を対象としている必要がある。
例えば、第一論文では、ある災害支援組織の構造Sを考え、その内部で総会や会計担当職がどのように個体化され、どのような依存関係を持つのかを検討する。
第二論文では、同じ組織Sについて、その成立以前の設立活動がどのように構成的前史となるのかを検討する。
このとき、第一論文と第二論文で、別々の同一性条件を都合よく設定してはいけない。
両者が共有する必要があるのは、次の三つである。
- 同じ構造S。
- 同じ同一性の水準D。
- 同じ構造的不変項K_D(S)。
さらに、その不変項を実現する構造的閉包B_D^α(S)も共有されなければならない。
つまり、第一論文で構造の同一性を成立させると認めた条件と、第二論文で過去の履歴を選別するために用いる条件は、同じものでなければならない。
そうでなければ、二本の論文は、単に似た考え方を使っているだけで、一つの存在論を説明していることにはならない。
22.異なる関係を、一つの構成的依存秩序に接続する
ここで、もう一つ重要な問題がある。
二本の論文には、さまざまな関係が登場する。
- Rᶜ:差異的契機を組織化する構成的関係。
- C:下位水準の構造項による上位構造の具体的実現。
- I:構造による内部契機の個体化。
- OD:構造内部における構成的同一性依存。
- →_c:過去の履歴と後続構造のあいだの構成的依存。
これらは、同じ意味の関係ではない。
例えば、過去の設立会議と組織の成立を結ぶ関係と、総会が会計担当職の権限を決定する関係は、同じものではない。
しかし、それらが同じ構造的不変項を実現するための構成的依存秩序のなかで、異なる役割を担っていることは示せる。
これが、二本の論文を統合するために必要なことである。
したがって、本理論は、すべての関係を一つの関係にまとめてしまうのではない。
異なる関係の種類を維持したまま、それらが同じ構造の成立にどのように接続しているのかを説明する。
23.二本の論文を接続する統一定理T3
ここまでの議論を受けて、第一論文と第二論文を一つの体系として接続するのが統一定理T3である。
T3は、第一論文と第二論文の結論を、単純に並べただけのものではない。
また、第一性や歴史的資格を新たに生み出す、第三の基本原理でもない。
T3の役割は、第一論文と第二論文で導かれた結果が、同じ構造的不変項と同じ構造的閉包を共有する一つの構成的依存秩序に属していることを示すことである。
そのためには、三つの条件を確認する必要がある。
B1:共通する構造的不変項
第一論文と第二論文が、同じ構造S、同じ同一性水準D、同じ構造的不変項K_D(S)を用いていること。
B2:異なる関係の具体的な接続
Rᶜ、C、I、OD、→_cという異なる関係が、具体的な対象と接続先を持ち、同じ構造的不変項を実現する経路のなかで結びついていること。
B3:過去の構成的寄与の実際の包含
第二論文で選別された過去の履歴が実現した構成的寄与が、第一論文と第二論文で共有する同一の構造的閉包B_D^α(S)に実際に含まれていること。
これら三つの条件が満たされるとき、構造内部の個体化・第一性と、過去の履歴が持つ構成的資格は、一つの構成的依存秩序の異なる領域として統一的に説明される。
このことをT3は示している。
ここで特に重要なのは、第一性と歴史的資格を混同しないことだ。
過去の履歴が構成的前史として認められることと、その履歴内部のある出来事が他の出来事よりも第一であることは、別の問題である。
T3は、両者を無理に同一化する定理ではない。
異なる関係が、同一の構造的存在論のなかでどのような位置を占めているのかを説明する定理なのである。
第六部 この理論は何を主張し、何を主張しないのか
24.第一性の遡及的成立が主張すること
ここまでの内容を、初めて読む人のために改めて整理してみよう。
本理論が主張するのは、次のようなことである。
第一に、個体性を最初から説明不要の出発点にしてはならない。
あるものが一つの個体として成立しているならば、その統一性や他のものとの差異を成立させる根拠を説明する必要がある。
第二に、個体化以前の差異的条件が存在する。
個体化は、完全に無差異な基礎から突然発生するのではない。個体化を可能にする差異的条件が、前個体的な基礎に内在している。
第三に、差異は構成的関係によって組織化され、構造を形成する。
構造は、完成した個体の単なる集合ではない。差異化された契機が相互に規定し合う関係的な秩序である。
第四に、構造が成立することによって、その内部の契機が特定の構造項として個体化される。
ある人物が特定の組織の役職者になることや、ある要素が複合個体の特定の部分として位置づけられることは、構造との関係によって成立する。
第五に、第一性は、構成的同一性依存の非対称性によって成立する。
あるものが他のものの同一性を成立させる条件を決定し、その依存関係が逆方向には成立していない場合、特定の規定次元において第一性が認められる。
第六に、構造の成立以前に存在した履歴も、後続構造にとって構成的な資格を持ちうる。
ただし、実際の過去の出来事であること、構成的寄与が実在すること、後続構造までのつながりが確認できることなど、厳密な条件を満たさなければならない。
第七に、構造的遡及性と歴史的遡及性は、一つの構成的依存秩序の異なる領域として理解できる。
第一論文と第二論文は、別々の存在論を提示しているのではなく、同じ構造的存在論を、構造内部と時間的履歴という二つの領域に適用しているのである。
25.この理論が主張していないこと
一方で、本理論を正確に理解するためには、主張していないことも確認しておく必要がある。
まず、時間を逆向きに進んで過去を変更するという主張ではない。
過去の出来事は、実際に起きたとおりに存在している。後から成立する構造によって変化するのは、その出来事が後続構造に対して持つ構成的な資格である。
次に、すべての関係が構成的であるという主張でもない。
単に影響を与えたとか、偶然同じ場所に存在したというだけでは、構成的関係とは認められない。
また、すべての構造に必ず一つの第一の項が存在するという主張でもない。
構造によっては、相互依存や複数の項による共同的な決定が成立し、単一の第一項を認められないこともある。
さらに、すべての過去の出来事が後続構造の構成的前史になるわけでもない。
過去の履歴には厳密な選別条件が必要であり、構造的閉包への実際の包含も確認されなければならない。
最後に、Δそのものがなぜ存在するのかという究極的な問題まで説明しているわけではない。
本理論は、個体化の根拠を説明するための存在論を構築しているのであり、存在そのものの究極的な理由をすべて説明しようとしているわけではない。
このように、理論の主張する範囲を明確にしておくことは、理論を弱めることではない。
むしろ、何を説明できるのか、どの条件のもとで結論が成立するのかを明確にすることで、哲学理論としての精度を高めることにつながる。
おわりに――存在の順番を転倒させる
最初の問いに戻ろう。
私たちは通常、個体が先に存在し、その個体が関係を結び、最後に構造が形成されると考える。
しかし、ここまで見てきたように、その順序は必ずしも正しくない。
あるものが特定の構造において何であるかは、その構造が成立して初めて確定する。
構造の内部にある差異的な契機は、構造との関係によって特定の位置や役割、同一性を持つ構造項として成立する。
そして、その構造項のあいだに非対称的な構成的依存関係が成立するとき、初めてあるものが別のものに対して第一であることが認められる。
さらに、構造が成立する以前の過去の履歴についても、同じことが言える。
ある出来事は、単に後続構造よりも時間的に先に起きたというだけではない。
その出来事が後続構造の同一性を成立させるための構成的寄与を実際に実現していた場合、その履歴は後続構造の成立によって構成的前史としての資格を持つ。
このように考えると、存在の順番は、私たちが普段考えているものとは違って見えてくる。
時間的に先に存在したものが、必ずしも構造内部で第一であるわけではない。
また、構造の成立以前から存在していたものが、その構造においても最初から同じ資格を持っていたとは限らない。
個体性は、構造的な秩序を通じて成立する。
第一性は、構造内部の非対称的な依存関係を通じて成立する。
そして、過去の履歴が持つ構成的な資格は、後続構造との関係を通じて確定する。
これらのことを一つの存在論として説明するのが、「第一性の遡及的成立」である。
その中心にあるのは、次のような考え方だ。
あるものが何であるかは、そのものだけを取り出しても十分には説明できない。そのものを成立させている関係と構造を明らかにすることによって、初めてそのものの個体性、同一性、第一性、そして歴史的な位置づけが確定する。
それは、個体から関係へ、関係から構造へと考えるだけではなく、構造の成立によって個体のあり方そのものが確定するという、存在論的な順番の転倒である。
私たちが最初に存在すると考えていたものが、実は、それを成立させる構造との関係を通じて初めて何者かになる。
そして、私たちが過去に存在していたと考える出来事も、後から成立する構造によって、その構造の成立にとって何であったのかを確定する。
「第一性の遡及的成立」が問い直そうとしているのは、まさにこのような存在のあり方なのである。



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