- はじめに
- 1.問題点④の確認――第二論文のA3は何を主張しているのか
- 2.現行の組織事例に何が不足していたのか
- 3.Epsteinのgroundingとanchoringによる再検討
- 4.A3が本当に必要になる事例の条件
- 5.生物学的系統の歴史的個体性――A3を支持する中心的事例
- 6.生物学的個体の同一性に関する追加的な裏づけ
- 7.Kripkeの起源本質主義との比較
- 8.美術品の来歴と真正性
- 9.候補事例の比較と最終判断
- 10.Dantoの歴史的叙述との比較
- 11.CorreiaとMerloの通時的基礎づけとの比較
- 12.A3の定義を補強する
- 13.H6「歴史的同一性の不可還元条件」の追加
- 14.歴史的資格Qの再検討
- 15.T2とT3への影響
- 16.第二論文の先行研究の位置づけを整理する
- 17.今回の検証結果と今後の改稿方針
- おわりに――構造の同一性は、その成立以前の歴史にも依存する
はじめに
前回までの研究では、「第一性の遡及的成立」の第一論文と第二論文について、定義・公理・命題・定理の整合性を検証し、両論文を一つの存在論体系として成立させるための改稿作業を進めてきた。
その過程で、外部評価による批判的評価を受け、本理論に残されている問題点を改めて洗い出すことになった。
今回取り上げるのは、第二論文に関する問題点である。
歴史部分にA3が本当に必要となる事例が示されていない。
これは、第二論文の根本に関わる問題である。
第二論文の中心的な目的は、第一論文が扱った構造内部の個体化を、時間的・歴史的な領域へと拡張することにある。
第一論文では、複数の差異的契機が構造的秩序を形成し、その構造の成立を通じて個体性や第一性が確定することを論じた。
これに対して第二論文では、後続する構造の同一性条件が、その構造の成立以前に存在していた履歴に依存する可能性を扱っている。
そのため、第二論文の基本前提A3は、単なる補助的な仮定ではない。
A3は、第一論文の構造的存在論を歴史的な生成の領域へ拡張するための重要な前提である。
しかし、現行の第二論文における組織事例では、過去の出来事が現在の規則を成立させたことは示されているものの、その過去の履歴自体が後続構造の同一性条件を構成していることまでは十分に示されていなかった。
そこで今回は、A3を必要とする具体的な事例を探し、先行研究との比較を通じて、その存在論的な必要性を再検証した。
検証の結果、A3は維持すべきであるという結論に至った。ただし、そのためには歴史的なアンカリングと歴史的な構成的依存を区別し、歴史的同一性の不可還元性を明示する必要があることが判明した。
以下、その検証過程を記録する。
1.問題点④の確認――第二論文のA3は何を主張しているのか
まず、第二論文におけるA3の内容を確認する。
A3は「通時的構成的依存可能性」として定義されている。
その基本的な主張は、ある時点t₁において成立する構造Sの構成的同一性条件が、その構造の成立以前に存在していた時間的履歴に依存しうるというものである。
ここでいう履歴には、過去の出来事、過程、関係などが含まれる。
重要なのは、この依存関係が単なる時間的先行性や因果的影響ではないという点である。
例えば、ある過去の出来事hが後続する規則rを生み出し、その規則rによって現在の組織Sが成立したとする。
この場合、
h → r → S
という因果的な関係を説明することができる。
しかし、これだけではA3が成立したことにはならない。
なぜなら、現在の組織Sの同一性を成立させているのが規則rであるならば、過去の出来事hは規則rを成立させた原因にすぎない可能性があるからだ。
A3が扱うのは、それよりも強い関係である。
過去の履歴hが、後続構造Sの同一性条件を実現する構成的依存秩序に組み込まれている場合である。
つまり、現在の構造を説明するために、現在の性質や規則だけでは不十分であり、実際にたどってきた歴史的経路そのものが必要となる場合である。
ここにA3の独自の意味がある。
A3は、すべての構造が必ず過去の履歴に依存するという主張ではない。
また、あらゆる過去の出来事が後続構造の構成的前史になるという主張でもない。
A3が認めるのは、後続構造の同一性条件が、その構造の成立以前に実在した履歴に構成的に依存する場合がありうるという可能性である。
この限定は、今回の検証でも維持することにした。
2.現行の組織事例に何が不足していたのか
第二論文では、組織の成立以前に存在した五つの履歴h1〜h5と、それらが実現した制度的寄与r1〜r5を設定している。
具体的には、基本目的や設立規約の形成、構成員資格の決定、総会の権限設定、財務管理機能の設定、継続や変更の手続きの採択などである。
これらの履歴は、次のような対応関係に置かれている。
ι(h1) = r1
同様に、h2〜h5についても、それぞれ対応する制度的寄与が設定されている。
そして、現在の組織の構造的閉包Bは、次のように定義されている。
B_D^α*(S) = {r1, r2, r3, r4, r5, q1, q2, q3, q4, q5}
ここでq1〜q5は、それぞれの制度的寄与を組織全体の関係秩序に接続する制度的関係である。
この設定自体には問題がない。
過去の会合や規則形成によって実現した制度的寄与が、現在の組織の構造的閉包に含まれていることは説明できている。
しかし、ここで重要な区別がある。
構造的閉包Bに含まれているのは、過去の会合や人物そのものではなく、それらが実現した現在の規則や制度的寄与である。
つまり、現行の組織事例が示しているのは、過去の出来事が現在の制度的条件を成立させたという関係である。
しかし、それだけでは、過去の履歴そのものが組織の同一性条件を構成しているとは言えない。
例えば、過去の会合によってある規則が制定されたとしても、別の会合によって同じ規則が制定され、現在と同じ制度的構造が成立したと想定することができる。
この場合、特定の過去の会合は、現在の制度的同一性にとって不可欠ではない。
必要なのは規則や制度的条件であり、それを設定した特定の歴史的出来事ではない可能性がある。
したがって、現行の組織事例は、A3が必要になることを十分に示していなかった。
この点については、Claudeの指摘が妥当であると判断した。
3.Epsteinのgroundingとanchoringによる再検討
この問題を明確にするために、Brian Epsteinの社会存在論を参照した。
Epsteinは『The Ant Trap』(2015)において、groundingとanchoringを区別している。
Groundingとは、ある社会的事実が成立するための根拠となる事実との関係である。
一方、anchoringとは、社会的事実を成立させる条件そのものを設定する事実との関係である。
この区別を組織事例に適用すると、次のようになる。
過去の会合hが現在の規則rを制定したとする。
そして、その規則rが現在の組織Sを成立させているとする。
この場合、hは規則を成立させる条件を設定したアンカーとして理解できる。
一方、rは現在の組織的事実を成立させる根拠として理解できる。
関係を整理すると、
h → Anchoring → r
r → Grounding → S
となる。
この説明では、現在の組織Sを成立させるために、過去の会合hそのものを構成的な要素として含める必要はない。
過去の会合は現在の規則を設定した事実として説明できるからである。
もちろん、Epsteinのgroundingとanchoringの区別が、そのまま本理論の歴史的資格Qと一致するわけではない。
しかし、この区別を適用することで、現在の組織事例が持っていた問題が明確になった。
それは、歴史的な原因や条件設定と、歴史的な構成的依存を混同していた可能性である。
したがって、今後の第二論文では、Epsteinを単に先行研究として紹介するだけではなく、歴史的アンカリングと歴史的構成的前史との境界を明確にするための比較対象として位置づけることにした。
4.A3が本当に必要になる事例の条件
ここまでの検証から、A3を必要とする事例には、少なくとも次の条件が必要であると考えた。
第一に、現在の構造を独立した基準によって特定できること。
第二に、その構造の同一性条件を現在の性質や規則だけでは十分に説明できないこと。
第三に、実際にたどってきた過去の履歴が、その構造の同一性条件に関与していること。
第四に、その履歴的関係を別の経路に置き換えると、現在の特徴が類似していても、同じ存在者としての同一性が維持されないこと。
第五に、その関係が単なる因果的背景や条件設定に還元されないこと。
この条件を満たす事例として、次の三つを検討した。
- 生物学的系統の歴史的個体性
- Kripkeの起源本質主義
- 美術品の来歴と真正性
その結果、最も有力な事例として採用することにしたのが、生物学的系統の歴史的個体性である。
5.生物学的系統の歴史的個体性――A3を支持する中心的事例
今回の検証で最も重要だったのが、生物学における系統的同一性の問題である。
Kevin de Queirozは、2007年の論文「Species Concepts and Species Delimitation」において、種を独立して進化するメタ個体群系統として理解する一般系統概念を提示している。
この考え方では、種の存在論的な基盤は、現在の形態や性質だけではなく、独立した進化を続ける系統としての連続性にある。
また、Marc Ereshefskyは、2014年の論文「Species, Historicity, and Path Dependency」において、種の同一性をその固有の進化経路に依存するものとして論じている。
この議論は、今回のA3の検証にとって非常に重要である。
5-1.現在の特徴が類似していても同じ系統とは限らない
例えば、二つの生物集団AとBが存在するとする。
両者は現在の形態、機能、生態的特徴などにおいて非常によく似ているとする。
しかし、AとBは異なる祖先集団から分岐し、それぞれ独立した進化経路をたどってきた。
この場合、現在の特徴が類似しているからといって、AとBが同じ系統であるとは言えない。
収斂進化によって、異なる系統が類似した形態や機能を獲得することはありうる。
したがって、現在の特徴だけでは、対象がどの系統に属するのかを十分に確定できない場合がある。
系統的同一性にとって重要なのは、実際の祖先・子孫関係と、そこから続く歴史的な連続性である。
5-2.過去の履歴が系統の同一性を構成する
ここで、特定の進化系統Lを考える。
その同一性を、生物学的系統としての通時的・数的同一性Dとする。
この場合、構造的不変項K_D(S)には、少なくとも次のような条件が関係する。
- 祖先集団から後続集団への系譜的連続性
- 分岐過程とその後の進化的連続性
- 他の系統から区別される独立した進化経路
- 系統個体を成立させる歴史的な関係秩序
ここで重要なのは、K_D(S)が現在の形態的特徴の一覧ではないということである。
それは、対象となる系統が何であるかを決める歴史的・構成的な条件を含んでいる。
したがって、過去の祖先集団や分岐過程、遺伝的継承関係などは、単なる背景ではなくなる。
それらは、後続する系統の同一性を成立させる構成的経路に属する。
5-3.歴史的経路を置き換えることはできるのか
ここで、A3にとって最も重要な問題が生じる。
仮に、系統Lの現在の形態、機能、生態的特徴などを完全に記述できたとする。
それでも、その記述だけから、Lがどの祖先集団から分岐し、どのような進化経路をたどったのかを確定することはできない。
現在の特徴が同じような別の系統が存在しうるからである。
つまり、
- 現在の特徴は類似している。
- しかし、実際の系譜的経路は異なる。
- したがって、系統個体としての同一性は異なる。
という事態が成立する。
ここでは、過去の履歴を現在の特徴や機能に置き換えて説明することができない。
実際の歴史的経路そのものが、系統の同一性に関与しているからである。
これこそが、A3を必要とする事例である。
5-4.本理論への適用
この生物学的事例を、第二論文の形式体系に対応させる。
| 理論上の要素 | 生物学的事例 |
|---|---|
| S | 特定の進化系統 |
| D | 系統個体としての通時的同一性 |
| K_D(S) | 系譜的連続性、分岐経路、独立した進化経路 |
| H(t₀) | 祖先集団、分岐過程、過去の進化的履歴 |
| H_{S,D}(t₀) | 対象系統の同一性に構成的に関わる実際の歴史 |
| ι | 過去の履歴と系譜的連続関係を対応づける写像 |
| B_D^α(S) | 系統の同一性を成立させる構成的関係の閉包 |
ここでは、過去の履歴を単に現在の性質に対応させてはならない。
例えば、
ι(hᵢ) = ℓᵢ
とする。
ここでℓᵢは、過去の出来事が実現した実際の系譜的連続関係、祖先・子孫関係、分岐関係などを表す。
そして、
ℓᵢ ∈ B_D^α(S)
が成立する必要がある。
この場合、構造的閉包Bに含まれるのは、過去の履歴から生じた現在の性質だけではない。
対象の系統的同一性を成立させる歴史的関係そのものである。
したがって、
ι_{S,D}[H_{S,D}(t₀)] ⊆ B_D^α(S)
という関係は、過去の出来事が現在の規則を作ったというだけの関係とは異なる。
実際の歴史的経路が、後続構造の同一性条件を実現する構成的依存秩序に含まれているからである。
この事例は、A3を支持する有力な存在論的根拠になると判断した。
ただし、ここでの主張は、あらゆる種概念において必ず歴史的経路が同一性を決めるということではない。
種の境界や系統の個体性については生物学・哲学の双方で議論がある。
今回採用するのは、種や生物学的集団を歴史的な系統個体として捉える立場における事例である。
この限定によって、A3の適用範囲を不必要に広げることを避けられる。
6.生物学的個体の同一性に関する追加的な裏づけ
この問題に関連して、MontévilとMossioの2020年の論文「The Identity of Organisms in Scientific Practice: Integrating Historical and Relational Conceptions」も検討した。
彼らは、生物個体の同一性を考える際に、歴史的・系譜的な理解と、関係的・組織的な理解を比較している。
歴史的・系譜的な理解では、生物個体の同一性は過去の祖先との連続性に関係する。
一方、関係的・組織的な理解では、生物個体の同一性は、その内部の諸部分や環境との関係によって理解される。
彼らは、この二つのアプローチを単純に対立させるのではなく、相互に補完するものとして捉えている。
この議論は、第一論文と第二論文の関係を考えるうえでも重要である。
第一論文が扱うのは、構造内部の関係秩序を通じた個体化である。
第二論文が扱うのは、その構造が過去の歴史的経路に依存する場合である。
生物学的個体の同一性においても、この二つの側面は相互に関係している。
例えば、現在の形態だけを見れば、ヘビは四肢を持たない生物である。
しかし、系譜的な分類では、四肢を持っていた祖先からの連続性によって、ヘビは四肢動物の系統に含まれる。
現在の形態的特徴だけでは分類できず、過去の系譜的関係が必要になる。
このことは、歴史的同一性と現在の構造的同一性が必ずしも一致しないことを示している。
同時に、両者が一つの生物個体の同一性を構成するうえで相互に補完しうることも示している。
この点は、第一論文と第二論文を一つの存在論体系として接続するうえで重要な示唆を与えている。
7.Kripkeの起源本質主義との比較
次に、Kripkeの起源本質主義を検討した。
Kripkeは『Naming and Necessity』において、ある個体が実際にどのような起源から生じたのかが、その個体の本質に関わる可能性を論じている。
例えば、ある木製テーブルが特定の木材から作られたとする。
そのテーブルとまったく同じ外見を持つ別のテーブルを、別の木材から制作することは可能である。
しかし、両者は外見が同じであっても、数的には別の個体である。
この場合、現在の形状や性質だけでは個体の同一性を十分に説明できない。
実際の起源が重要になる。
本理論に対応させると、次のようになる。
- S:特定の木製テーブル
- D:数的個体としての同一性
- K_D(S):その個体を他の個体から区別する起源条件
- H(t₀):材料となった木材や制作過程
- ι:実際の制作履歴と起源的連続関係との対応
この事例では、実際の起源が個体の同一性に関与している。
その意味で、Kripkeの起源本質主義はA3を支持する補助的な事例となる。
ただし、起源本質主義には、起源の違いをどの程度まで許容できるのかという問題がある。
例えば、制作に使われた木材の一部が異なっていた場合でも、同じテーブルでありうるのではないかという問題である。
また、起源本質主義は主として起源の問題を扱っており、過去の生成経路全体が同一性を構成するという今回の問題よりも範囲が限定されている。
したがって、KripkeをA3の中心的な根拠とするのではなく、起源と個体の同一性との関係を示す補助的な比較対象として位置づけることにした。
8.美術品の来歴と真正性
美術品の来歴についても検討した。
例えば、ある画家が特定の絵画作品を制作したとする。
その作品と、後に別人が制作した完全な複製があるとする。
両者の物理的特徴が完全に一致していたとしても、オリジナル作品と複製作品は同一ではない。
オリジナル作品には実際の制作過程と作者との歴史的連結がある。
一方、複製作品にはそれがない。
この場合、現在の物理的特徴だけでは、作品の真正性や制作個体としての同一性を十分に説明できない。
ここにもA3に類似した問題が存在する。
ただし、美術品の場合には、物理的個体としての同一性と作品としての同一性を区別する必要がある。
さらに、真正性の判定には、作者の制作行為だけでなく、美術史的な文脈や社会的な認定制度も関係する。
そのため、Epsteinのanchoringに類似した制度的条件が入り込む可能性もある。
したがって、美術品の来歴はA3の応用例として有効であるものの、第二論文の中心的な事例にするには追加的な議論が必要であると判断した。
9.候補事例の比較と最終判断
以上の検証を踏まえ、各事例の論証可能性を比較した。
| 候補 | A3との適合性 | 主な問題 | 最終判断 |
|---|---|---|---|
| 現行の組織事例 | 中〜低 | 現在の規則が歴史的出来事に代わって同一性を説明できる | 境界事例として維持 |
| 生物学的系統 | 非常に高い | 種概念の複数性、系統境界の問題 | 中心事例として採用 |
| Kripkeの起源本質主義 | 高い | 起源の必然性に関する論争 | 補助事例として採用 |
| 美術品の来歴 | 中〜高 | 作品と物体の同一性、制度的認定の問題 | 応用例として位置づけ |
この比較から、A3の中心的な事例には生物学的系統の歴史的個体性を採用することにした。
一方、現行の組織事例は削除しない。
むしろ、歴史的なアンカリングと歴史的な構成的前史の違いを説明するための境界事例として残すことにした。
これによって、A3が適用される場合と適用されない場合を区別できるようになる。
10.Dantoの歴史的叙述との比較
今回の検証では、Arthur C. Dantoの歴史哲学も改めて位置づけた。
Dantoの「Narrative Sentences」(1962)では、後続する出来事を踏まえることで、過去の出来事について新たな歴史的記述が可能になるという問題が扱われている。
代表的な例が、
「三十年戦争は1618年に始まった」
という叙述である。
1618年に生きていた人々は、その出来事が後に三十年戦争の開始として記述されることを知りえなかった。
しかし、その後の歴史的展開を踏まえると、1618年の出来事を三十年戦争の開始として記述することができる。
ここでは、後続する出来事によって、過去についての歴史的記述が成立している。
この議論は、本理論の歴史的遡及性と接点を持っている。
しかし、両者は同じではない。
Dantoが主として扱うのは、後続する出来事によって過去についての歴史的記述が可能になるという問題である。
これに対して本理論が扱うのは、過去の履歴が後続構造の同一性条件を構成する前史として資格を得るという問題である。
| 比較項目 | Danto | 第一性の遡及的成立 |
|---|---|---|
| 遡及するもの | 過去についての歴史的記述 | 過去の履歴の構成的資格 |
| 成立するもの | 歴史的な意味・叙述 | 存在論的な構成的前史 |
| 中心問題 | どのように過去を記述できるか | 過去が後続構造をどう構成するか |
| 主な領域 | 歴史哲学・歴史認識論 | 存在論・形而上学 |
したがって、DantoはA3の存在論的根拠としてではなく、歴史的遡及性と歴史叙述の遡及性を区別するための比較対象として導入するのが適切である。
この区別によって、本理論が単なる歴史的意味づけや事後的な認識の問題を扱っているのではないことを明確にできる。
11.CorreiaとMerloの通時的基礎づけとの比較
第二論文には、すでにCorreiaとMerloの「Cross-Temporal Grounding」(2024)が参考文献として挙げられている。
彼らの研究は、時間をまたぐ基礎づけ関係を扱っている。
その中心的な問題は、現在における過去についての事実が、時間的に先行する過去の事実によってどのように基礎づけられるのかということである。
この研究は、存在論的な依存関係が同一時点に存在する事実間に限定されるとは限らないことを示すうえで重要である。
ただし、本理論との違いは残る。
CorreiaとMerloが扱うのは、時間をまたぐ事実間の基礎づけ関係である。
これに対して本理論が扱うのは、過去の実在的な履歴が、後続構造の同一性条件を構成する問題である。
したがって、彼らの研究はA3そのものを証明するものではないが、通時的な存在論的依存関係を検討するための重要な先行研究として位置づけられる。
12.A3の定義を補強する
今回の検証を踏まえ、A3そのものを削除したり、大幅に変更したりする必要はないと判断した。
しかし、歴史的な因果関係やアンカリングと、歴史的な構成的依存との違いを明示するため、定義を補強する必要がある。
改訂案は次のとおりである。
基本前提A3――通時的構成的依存可能性(改訂案)
ある時点t₁において成立する構造Sの構成的同一性条件は、その構造の成立以前の時間的履歴に属する出来事、過程および関係に構成的に依存しうる。
この依存は、単なる時間的先行性、因果的影響、現在の規則や条件の設定に還元されない。
過去の履歴が実現した構成的寄与、またはその履歴と後続構造を結びつける実際の歴史的連続関係が、対象となる同一性水準Dにおいて構造的不変項K_D(S)を実現する構成的依存秩序に組み込まれている場合に成立しうる。
A3は、すべての過去の出来事が後続構造を構成することを主張するものではない。
また、あらゆる構造が必ず特定の過去の履歴に依存することを主張するものでもない。
A3が認めるのは、後続構造の同一性条件が、その構造の成立以前に実在した履歴に構成的に依存する可能性である。
この補強によって、A3の適用範囲が明確になる。
特に、過去の出来事が現在の規則や条件を成立させたというだけでは、A3を適用できないことが明示された。
13.H6「歴史的同一性の不可還元条件」の追加
今回の検証で、もう一つ重要な問題が明らかになった。
それは、既存のH1〜H5だけでは、歴史的な原因やアンカーと、歴史的な同一性を構成する経路とを十分に区別できないということである。
そこで、新たにH6を追加することを提案した。
H6:歴史的同一性の不可還元条件
過去の履歴が後続構造の構成的前史として資格を得るためには、その履歴が実現した寄与が現在の規則、性質、状態または条件に還元されず、実際の歴史的連続性、系譜、生成経路などの関係それ自体が、対象となる同一性水準Dにおける構造的不変項K_D(S)の実現に関与していなければならない。
その履歴的関係を、対象となる同一性水準Dを維持したまま単なる現在的条件に置き換えることができない場合、歴史的同一性の不可還元性が成立する。
このH6は、既存のH1〜H5を置き換えるものではない。
既存の五条件を補完し、歴史的な構成的依存をより厳密に判定するための条件である。
| 条件 | 判定する問題 |
|---|---|
| H1 | 履歴が実際に存在し、時間的に先行しているか |
| H2 | 履歴が特定の構成的寄与を実現したか |
| H3 | 履歴と後続構造の間に追跡可能な連結があるか |
| H4 | その寄与がK_D(S)に構成的に関係するか |
| H5 | 出来事の代替可能性と役割の必要性を区別できるか |
| H6 | 歴史的な連続・系譜・生成経路自体が同一性条件に関与し、現在の条件に還元できないか |
ここで注意したいのは、H6が個々の過去の出来事すべての代替不可能性を要求するわけではないという点である。
生物学的系統において、個々の突然変異や環境変化のすべてが、その系統の同一性にとって不可欠というわけではない。
重要なのは、個々の出来事の代替可能性ではなく、対象となる歴史的経路と系譜的連続性が、同一性水準Dにおいて構成的に必要かどうかである。
この意味で、H5とH6は相互に補完する。
H5は、どの履歴的出来事や役割が必要なのかを識別する。
H6は、その履歴的な経路が同一性条件そのものに関与しているかを確認する。
これによって、単なる歴史的原因やアンカーを構成的前史として誤認することを防ぐことができる。
14.歴史的資格Qの再検討
H6を追加することに伴い、第二論文の歴史的資格Qについても再検討した。
既存の定義D16では、五条件と履歴対応写像ιによって、過去の履歴が構造的閉包Bに対応づけられる場合にQが成立する。
この基本的な考え方は維持できる。
しかし、今回の検証から、履歴対応写像ιが単に過去の出来事によって生み出された現在の規則や構成要素を対応づけるだけでは不十分であることが明らかになった。
例えば、
ι(hᵢ) = rᵢ
という対応だけでは、過去の履歴が現在の規則に還元されてしまう可能性がある。
これに対して、生物学的系統の事例では、
ι(hᵢ) = ℓᵢ
とし、ℓᵢを実際の系譜的連続・分岐・生成経路の関係として扱う。
そして、
ℓᵢ ∈ B_D^α(S)
が成立する必要がある。
したがって、改訂後のQは次のように理解できる。
歴史的資格Qとは、過去の履歴H_{S,D}(t₀)がH1〜H6を満たし、その履歴が実現した構成的寄与または歴史的連続関係が、履歴対応写像ιによって、構造的不変項K_D(S)を実現する同一の構造的閉包B_D^α(S)に実際に対応づけられることによって成立する資格である。
ここで重要なのは、過去の出来事そのものが現在の構造的閉包Bに含まれる必要はないという点である。
必要なのは、過去の出来事と後続構造を結びつける歴史的な構成関係が、Bの内部に保存されていることである。
この変更によって、歴史的資格Qの判定基準がより明確になる。
15.T2とT3への影響
今回の修正が第二論文の定理にどのような影響を与えるのかも確認した。
15-1.定理T2
T2は、A3、P4、P5、P6を通じて歴史的資格Qを確定する定理である。
今回の変更によって、P5はH1〜H5による履歴の選別から、H1〜H6による選別へと修正される。
つまり、
H1〜H6 → H_{S,D}(t₀)
という関係になる。
さらにP6では、履歴対応写像が現在の構成的寄与だけではなく、歴史的な同一性を構成する関係まで適切に対応づけていることを確認する。
この修正によって、T2の基本的な論理構造は維持できる。
ただし、A3は独立した存在論的前提であり、T2の証明によって演繹的に証明されるわけではない。
今回の生物学的系統の事例は、A3が必要となる現象を示し、その前提を具体的に支持するものである。
15-2.定理T3
T3は、第一論文と第二論文を一つの存在論体系として統一するための定理である。
その基本的な役割は維持できる。
しかし、現行の組織事例については、B3の実証が不十分であることが明らかになった。
現在のB3は、過去の履歴が実現したr1〜r5が構造的閉包Bに含まれることを確認している。
しかし、A3にとって重要な歴史的連続関係そのものが閉包に含まれることまでは確認できていない。
したがって、T3の形式的な構造は維持するが、具体的な事例に関するB3の解釈を改める必要がある。
また、今回の検証によって、歴史的資格Qと歴史的第一性ODを混同してはならないことも再確認した。
Qは、過去の履歴が構成的前史としての資格を得ることを示す。
ODは、構成的寄与のあいだに成立する同一性依存の非対称性を示す。
したがって、Qから歴史的第一性が自動的に導かれるわけではない。
この区別は維持する。
16.第二論文の先行研究の位置づけを整理する
今回の検証によって、第二論文における先行研究の役割も明確になった。
| 先行研究 | 本理論における役割 |
|---|---|
| Brian Epstein | 歴史的アンカリングと構成的前史の区別 |
| Arthur C. Danto | 歴史的叙述の遡及性との区別 |
| Correia & Merlo | 通時的な存在論的基礎づけとの比較 |
| Kripke | 起源と個体の同一性との関係 |
| Kevin de Queiroz | 生物学的系統の存在論的基盤 |
| Marc Ereshefsky | 進化経路に依存する系統的同一性 |
| Montévil & Mossio | 歴史的同一性と関係的・組織的同一性の統合 |
これらの先行研究は、それぞれ異なる問題を扱っている。
本理論は、それらを単純に統合するものではない。
本理論が独自に扱うのは、ある構造が成立する以前に実在していた履歴のうち、後続構造の同一性条件を構成するものが、どのような条件のもとで、その構造の構成的前史として資格を得るのかという問題である。
この問題設定を明確にすることによって、第二論文の独自性をより正確に説明できるようになる。
17.今回の検証結果と今後の改稿方針
今回の検証を通じて、第二論文のA3について次の結論に到達した。
第一に、A3は削除しない。
生物学的系統の歴史的個体性は、現在の性質だけでは対象の同一性を十分に説明できず、実際の歴史的経路が同一性条件に関与する事例である。
したがって、A3が認める通時的構成的依存は、単なる抽象的な可能性ではなく、具体的な存在論的問題に対応している。
第二に、現行の組織事例はA3の中心的な実証例から外す。
ただし、削除するのではなく、Epsteinのgroundingとanchoringを用いて、歴史的アンカリングと構成的前史を区別するための境界事例として維持する。
第三に、生物学的系統の歴史的個体性をA3の中心事例として採用する。
第四に、H6「歴史的同一性の不可還元条件」を追加し、歴史的な原因やアンカーと、歴史的な同一性を構成する経路を区別する。
第五に、A3、D16、T2、T3に今回の変更を反映する。
改稿箇所を整理すると、次のようになる。
| 第二論文の箇所 | 修正内容 |
|---|---|
| 3.1 A3 | 歴史的連続・系譜・生成経路への構成的依存を明確化 |
| 5章 H1〜H5 | 基本的に維持 |
| 5章 新条件 | H6を追加 |
| 7.1 D16 | H6と履歴対応写像の修正を反映 |
| 8章 組織事例 | 歴史的アンカリングの境界事例として再位置づけ |
| 8章 新事例 | 生物学的系統の歴史的個体性を追加 |
| 9章 | 歴史的連続関係と構造内部の依存関係を明確化 |
| 10章 | Epstein、Danto、CorreiaとMerlo、Kripke、Ereshefskyらとの比較を整理 |
| T2 | H6を反映 |
| T3 | B3における歴史的関係の包含を明確化 |
おわりに――構造の同一性は、その成立以前の歴史にも依存する
今回の検証で明らかになったのは、第二論文のA3が単なる歴史的な因果関係を説明するための前提ではないということである。
問題となるのは、現在の構造を成立させる規則や条件と、その構造を成立させた実際の歴史的経路との違いである。
ある組織が現在の規則によって成立している場合、その規則を制定した過去の会合は、歴史的なアンカーとして説明できるかもしれない。
しかし、生物学的系統の場合、過去の系譜的連続性は単に現在の性質を生み出した原因ではない。
その系統が何であるのかを成立させる、実際の歴史的経路の一部である。
現在の特徴が類似していても、異なる系譜をたどった系統は同一の系統個体にはならない。
ここでは、過去の履歴を現在の構造的条件に置き換えることはできない。
この違いによって、A3が必要になる理由が明確になった。
また、この検証は第一論文と第二論文の関係を考えるうえでも重要な意味を持つ。
第一論文では、差異的契機が構造的秩序を形成し、その構造の成立を通じて個体性や第一性が確定することを論じた。
第二論文では、その構造自体が、現在的な関係秩序だけによって成立するとは限らないことを論じる。
ある構造の同一性は、その構造の成立以前に実際に存在していた履歴に依存する場合がある。
したがって、個体化の根拠は現在の構造内部だけに限定されない。
その構造を成立させる歴史的な生成経路まで含めて考えなければならない場合がある。
ここで、二つの遡及性が一つの存在論的方向性を持つことが、さらに明確になる。
構造的遡及性
差異的契機が、構造の成立を通じて構造項として確定する。
歴史的遡及性
過去の履歴が、後続構造の成立を通じて構成的前史としての資格を確定する。
両者に共通するのは、あるものがあらかじめ独立した同一性や位置づけを持っていると考えるのではなく、構成的な関係秩序を通じて、その存在論的な位置づけが成立するという方向性である。
ただし、歴史的遡及性は、過去の出来事そのものが後から変化することを意味しない。
過去の履歴は、あくまで実際に存在していた。
後続構造の成立によって遡及的に確定するのは、その過去の履歴自体ではなく、後続構造に対して持つ構成的な位置づけである。
今回の検証によって、この区別もより明確になった。
今回の検証で確定した結論
- A3は維持する。
- A3の中心的な事例として、生物学的系統の歴史的個体性を採用する。
- 現行の組織事例は、歴史的アンカリングと構成的前史を区別する境界事例として維持する。
- H6「歴史的同一性の不可還元条件」を追加する。
- A3、D16、T2、T3に今回の修正を反映する。
- Danto、Epstein、CorreiaとMerlo、Kripke、Ereshefskyらとの比較を整理する。
今回の検証を通じて、第二論文の核心は以前よりも明確になった。
構造は、現在的な関係秩序だけによって成立するとは限らない。ある構造が何であるかは、その構造を成立させた実際の歴史的経路に依存する場合がある。
これが、第一論文の構造的存在論に対する第二論文の独立した存在論的貢献である。
今回の問題点の検証は、以上をもって一つの結論に到達したと判断する。



コメント