「第一性の遡及的成立」をめぐる比較哲学研究

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  1. 序論 「第一性の遡及的成立」は哲学史のなかにどのように位置づけられるか
    1. 1.本研究の目的
    2. 2.比較に用いる本理論の基本構造
  2. 第1章 アリストテレス――実体と存在論的優先性
    1. 1.実体は何に対して第一なのか
    2. 2.本理論との共通点
    3. 3.決定的な相違――個別的実体を出発点にするか、構造的個体化を説明するか
    4. 4.全体と部分の優先性
    5. 5.比較から得られる意味
  3. 第2章 ドゥンス・スコトゥス――個体化原理としてのハエッキタス
    1. 1.普遍的本性と個別性の問題
    2. 2.ハエッキタスは単なる性質ではない
    3. 3.本理論との決定的な相違
    4. 4.スコトゥスとの比較が示す理論上の選択
  4. 第3章 ライプニッツ――個体概念と歴史的完全性
    1. 1.個体実体の完全概念
    2. 2.歴史的遡及性との類似
    3. 3.完全概念と歴史的資格Qは同じではない
    4. 4.ライプニッツから本理論への批判
  5. 第4章 スピノザ――複合個体と運動・静止の比率
    1. 1.個体とは何か
    2. 2.部分と全体の関係
    3. 3.K_D(S)と運動・静止の比率
    4. 4.スピノザの実体一元論との相違
    5. 5.本理論がスピノザから受け取るもの
  6. 第5章 シモンドン――前個体的なものと個体化の過程
    1. 1.個体から出発する哲学への批判
    2. 2.前個体的なものとは何か
    3. 3.メタ安定性とトランスダクション
    4. 4.Δと前個体的なものの比較
    5. 5.シモンドンにおける個体と環境の相互成立
    6. 6.本理論がシモンドンからさらに説明しようとすること
    7. 7.シモンドンとの比較から残る課題
  7. 第6章 ドゥルーズ――差異・仮想的多様体・個体化
    1. 1.同一性よりも差異を先に考える
    2. 2.仮想的なものと現実的なもの
    3. 3.シモンドンとの関係
    4. 4.Δと仮想的多様体
    5. 5.ドゥルーズの強度と構造的不変項
    6. 6.差異の哲学と第一性の関係
    7. 7.ドゥルーズからの批判可能性
  8. 第7章 ヘーゲル――反省・根拠・全体と部分
    1. 1.関係のなかで規定が成立する
    2. 2.根拠と条件
    3. 3.CとIとの比較
    4. 4.ヘーゲルの遡及的な規定
    5. 5.ヘーゲルの歴史哲学との関係
    6. 6.本理論とヘーゲルの距離
  9. 第8章 ジョナサン・シェファー――全体の優先性と部分の依存
    1. 1.優先的一元論とは何か
    2. 2.部分と全体の関係をめぐる問題
    3. 3.本理論との共通点
    4. 4.決定的な相違――全体の優先性と内部項の第一性
    5. 5.シェファーから得られる重要な問い
  10. 第9章 現代の形而上学的grounding論――存在論的依存と説明の構造
    1. 1.groundingとは何か
    2. 2.本理論のODとgrounding
    3. 3.Fineのgrounding論との比較
    4. 4.Loweの非対称的依存と個体化
    5. 5.非対称性だけで第一性は導けるのか
    6. 6.本理論の強みと限界
  11. 第10章 構造実在論――対象よりも関係を根本に置く哲学
    1. 1.構造実在論とは何か
    2. 2.関係と関係項の問題
    3. 3.本理論との類似点
    4. 4.本理論は構造実在論と同じなのか
    5. 5.構造実在論から本理論への批判
  12. 第11章 ホワイトヘッド――過去の世界を取り込む生成の哲学
    1. 1.実体ではなく生成を基本とする
    2. 2.把握と過去の継承
    3. 3.第二論文との類似点
    4. 4.生成的継承と歴史的資格Q
    5. 5.ホワイトヘッドから得られる問い
  13. 第12章 現代のcross-temporal grounding――時間をまたぐ存在論的説明
    1. 1.通時的groundingという問題
    2. 2.なぜ時間をまたぐgroundingが必要なのか
    3. 3.第二論文との類似点
    4. 4.決定的な相違――過去についての現在の事実と、後続構造の歴史的前史
    5. 5.cross-temporal groundingを本理論に取り入れる意味
  14. 第13章 マルクス――資本主義の歴史的成立と構成的前史
    1. 1.資本主義はどのように成立したのか
    2. 2.単なる起源と継続的な構成条件
    3. 3.歴史的資格Qとの類似
    4. 4.マルクスと第二論文の相違
    5. 5.マルクスとの比較から得られる具体的な研究課題
  15. 第14章 リクール――物語による過去の再構成
    1. 1.時間と物語の関係
    2. 2.三重のミメーシス
    3. 3.歴史的遡及性との類似
    4. 4.物語的な意味づけと存在論的資格の違い
    5. 5.リクールから本理論への批判可能性
  16. 第15章 コゼレック――歴史的時間と経験の構造
    1. 1.歴史的時間は単なる時計の時間ではない
    2. 2.経験空間と期待地平
    3. 3.本理論との関係
    4. 4.本理論にとっての意義
  17. 第16章 フロイトのNachträglichkeit――後から成立する過去の意味
    1. 1.Nachträglichkeitとは何か
    2. 2.歴史的遡及性との類似
    3. 3.心理的な意味と存在論的な構成的資格
    4. 4.遡及性という言葉の射程
  18. 第17章 ジョン・サール――構成的規則と制度的事実
    1. 1.制度的事実とは何か
    2. 2.役割の個体化とI
    3. 3.サールと本理論の違い
    4. 4.規則だけでなく、構造全体を考える必要性
  19. 第18章 ブライアン・エプスタイン――社会的groundingとanchoring
    1. 1.社会存在論の二つの問い
    2. 2.第二論文との近さ
    3. 3.anchoringと歴史的資格Qの相違
    4. 4.社会存在論を超える一般存在論
  20. 第19章 比較対象を横断して見えてくる共通問題
    1. 1.個体は最初から完成しているのか
    2. 2.関係や構造は個体の存在に対してどのような役割を持つのか
    3. 3.過去の出来事は後からどのように位置づけられるのか
  21. 第20章 比較一覧
  22. 第21章 「第一性の遡及的成立」の独自性はどこにあるのか
    1. 1.個々の概念の新しさを主張するべきではない
    2. 2.独自性①――個体化・同一性・第一性を分けて論証する
    3. 3.独自性②――構造の同一性条件を独立に判定する
    4. 4.独自性③――CとIによって構造と構造項の相互構成を区別する
    5. 5.独自性④――第一性を構造相対的・次元相対的に限定する
    6. 6.独自性⑤――過去の出来事と構成的寄与を区別する
    7. 7.独自性⑥――歴史的資格Qと第一性を分離する
    8. 8.独自性⑦――同一の構造的不変項と閉包による統合
  23. 第22章 Δは本当に前個体的なのか
  24. 第23章 K_D(S)はどのように独立に判定できるのか
  25. 第24章 CとIは循環問題を解決するのか
  26. 第25章 ODから第一性への橋渡しは正当化されているのか
  27. 第26章 A3と時間存在論の問題
  28. 第27章 Qは客観的に判定できるのか
  29. 第28章 T3は何を証明し、何を証明しないのか
  30. A.「第一性の遡及的成立」の基準論文
  31. B.古典哲学・近世哲学の一次文献
    1. アリストテレス
    2. ドゥンス・スコトゥス
    3. ライプニッツ
    4. スピノザ
    5. ヘーゲル
  32. C.個体化・差異・構造に関する研究
    1. シモンドン
    2. ドゥルーズ
    3. スピノザ研究
    4. 構造実在論
  33. D.存在論的依存・grounding・優先性
  34. E.時間・歴史・遡及性
    1. ホワイトヘッド
  35. F.社会存在論・制度的事実
  36. 付記 比較研究を読むための推奨順序

序論 「第一性の遡及的成立」は哲学史のなかにどのように位置づけられるか

1.本研究の目的

「第一性の遡及的成立」は、個体性と存在論的優先性が、個々のものに最初から備わっている属性ではなく、それらを成立させる構造的な関係秩序を通じて確定するという存在論を提示する。

さらに第二論文では、この説明を時間的に先行する履歴にまで拡張し、過去の出来事が後続する構造の構成的前史としての資格を持つことを論じている。

この理論を哲学史のなかに位置づける場合、少なくとも三つの大きな系譜を考える必要がある。

第一は、個体化の哲学である。

個体は最初から完成したものとして存在しているのではなく、何らかの過程や条件を通じて個体になる。この問題は、アリストテレス以来、スコトゥス、ライプニッツ、スピノザ、シモンドン、ドゥルーズなどによって異なる仕方で論じられてきた。

第二は、存在論的依存と優先性の哲学である。

あるものが別のものに依存しているとはどういうことなのか。全体と部分のどちらが存在論的に先行するのか。あるものが他のものの成立根拠となっているとき、そこから何らかの優先性を導くことができるのか。この問題は、アリストテレス、ヘーゲル、現代のgrounding論、優先的一元論などに共通している。

第三は、時間と歴史の哲学である。

過去の出来事は、後から成立するものとの関係によって、その意味や位置づけを変えることがある。歴史的な出来事が後続する社会制度や経済秩序を成立させることもある。この問題は、ヘーゲル、マルクス、リクール、コゼレック、精神分析のNachträglichkeit、そして現代の通時的grounding論などに現れる。

ただし、以上の三つは、これまで必ずしも一つの理論として統合されてきたわけではない。

個体化の哲学は、個体がどのように成立するのかを中心に考える。存在論的依存の哲学は、成立したもの同士のあいだの依存や優先性を考える。歴史哲学は、過去と現在の関係や、歴史的な意味の形成を考える。

本理論の特徴は、これらを別々の問題として扱うだけでなく、同じ構造的な存在論のなかに接続しようとするところにある。

第一論文では、構造内部の個体化と第一性を扱う。第二論文では、その構造の成立以前に存在した履歴が、どのように構成的前史として位置づけられるのかを扱う。

したがって、本研究の目的は、既存の哲学者のなかに本理論と同じ思想を探すことではない。

むしろ、各思想家が明らかにした問題と、本理論がその問題をどのように引き継ぎ、どこで異なる説明を与えているのかを明確にすることである。

2.比較に用いる本理論の基本構造

比較に入る前に、第一論文・第二論文の概念体系を整理しておく。

本理論の出発点には、個体化を説明するための二つの前提がある。

  • A1:個体化に先立つ差異的条件Δが存在する。
  • A2:個体化を可能にする差異は、その前個体的な基礎に内在する。

ここでΔとは、すでに個体化された複数のものの集合ではない。個体性や数的同一性が確定する以前の、差異を内在させた存在論的基礎である。

ただし、Δの存在は個体化根拠充足原理Gから論理的に導かれるものではない。Δは、本理論が独立に採用する存在論的前提である。この点は、シモンドンの前個体的なものとの比較でも重要になる。

Δに内在する差異的契機は、構成的関係Rᶜによって組織化され、構造Sを形成する。

Δ → Rᶜ → S

ここで構造とは、単なる要素の集合ではない。複数の差異的契機が相互に規定し合い、一定の統一性を成立させている秩序である。

次に、構造の同一性を説明するために、同一性の水準Dを指定する。

その水準において、構造の同一性を維持する構成的制約の体系を構造的不変項K_D(S)と呼ぶ。

さらに、K_D(S)を実現するために必要な構成的依存関係の最小完全な閉包を、構造的境界B_D^α(S)と呼ぶ。

この二つは、個体化や第一性の結論から逆算して決めてはならない。対象となる同一性の水準を定めたうえで、独立した比較枠と判定基準によって確定しなければならない。また、一意に定まることも最初から保証されない。

構造と構造項の関係には、二つの異なる方向がある。

  • C:下位水準ですでに個体化されている構造項が、上位構造を具体的に実現する関係。
  • I:上位構造が、その内部の差異的契機を構造項として個体化する関係。

個体化関係Iは、次のように表記する。

I(S, mᵢ → xᵢ)

これは、構造Sによって、個体化以前の差異的契機mᵢが、特定の位置・役割・同一性条件を持つ構造項xᵢとして成立することを意味する。

しかし、個体化されることと、第一になることは同じではない。

第一性が成立するためには、同一の構造S、同一性の水準D、特定の規定次元dにおいて、構成的同一性依存ODが非対称的に成立しなければならない。

その基本形は次のとおりである。

OD_{S,D,d}(B,A) ∧ ¬OD_{S,D,d}(A,B) ⇒ A ≺_{S,D,d} B

このとき、AはBに対して、指定された構造・同一性水準・規定次元において存在論的に優先している。

この第一性は、時間的に先に存在したことや、重要性が高いことを意味しない。特定の構造内部で、他の項の同一性条件を成立させる非対称的な依存関係に基づく優先性である。

第二論文では、さらに時間的に先行する履歴を扱う。

そのために、過去の履歴H(t₀)から、後続構造Sと同一性水準Dに構成的に関連する履歴H_{S,D}(t₀)を選別する。

そして、過去の出来事hと、その出来事が実現した構成的寄与rを区別するために、履歴対応写像ιを用いる。

ι_{S,D}(h) = r

過去の履歴が後続構造の構成的前史としての資格を持つためには、選別された履歴の構成的寄与が、構造的不変項を実現する構造的閉包に含まれていなければならない。

ι_{S,D}[H_{S,D}(t₀)] ⊆ B_D^α(S)

この資格を歴史的資格Qと呼ぶ。

Q_{S,D}(H_{S,D}(t₀), t₁)

第二論文では、これを成立させるために、時間的先行性と実在性、構成的寄与の実在、追跡可能な構成的連結、構造的不変項への関連性、個別の出来事の代替可能性と構成的役割の必要性の区別という五条件を設けている。

さらに、第一論文と第二論文を統合する統一定理T3では、両論文が同じ構造S、同じ同一性水準D、同じ構造的不変項K_D(S)、同じ構造的閉包B_D^α(S)を共有することなどを要求する。

以上が、今回の比較研究において固定する基準である。


第一部 個体化の哲学――個体は何によって個体になるのか

第1章 アリストテレス――実体と存在論的優先性

1.実体は何に対して第一なのか

個体性と存在論的優先性を考える際、最初に取り上げるべき思想家はアリストテレスである。

アリストテレスの形而上学において、実体(ousia)は中心的な概念である。

『カテゴリー論』第五章では、第一実体として個別的な人間や個別的な馬などが挙げられる。

例えば、ソクラテスという一人の人間は、特定の性質を持っている。彼は白いかもしれないし、哲学者かもしれない。しかし、白さや哲学者であることは、ソクラテスという個別的な存在者に属する。

このとき、ソクラテスは第一実体であり、白さや哲学者であることは、それ自体で独立した実体ではない。

アリストテレスは、第一実体が存在しなければ、その他のものも存在しえないという関係を示す。

例えば、特定の人間が存在しなければ、その人間に属する特定の白さや特定の性質も存在しない。

この意味で、個別的な実体は、性質や属性に対して存在論的に先行している。

ここには、本理論の問題と明確に重なる部分がある。

あるものが他のものに対して存在論的に優先しているとはどういうことなのか。

あるものが別のものなしには存在できないのに対し、別のものはそれなしに存在できるという非対称性が、優先性を説明する一つの基準になる。

アリストテレスの『形而上学』第五巻第十一章では、あるものが他のものなしに存在しうる一方、他のものがそれなしには存在しえない場合に、前者が自然や実体において先行するという考えが示される。

この優先性は、単なる時間的な先行性とは異なる。

あるものが時間的に先に存在したかどうかではなく、何が何なしに存在できるのかという存在論的依存の問題である。

2.本理論との共通点

このアリストテレス的な優先性は、本理論のODと比較できる。

ODは、単にあるものが他のものを因果的に生み出す関係ではない。

ある構造項の同一性条件が、別の構造項の実在的な規定に構成的に依存している関係である。

その依存関係が特定の規定次元において非対称的である場合、本理論はそこから存在論的な優先性を導く。

両者には、少なくとも次の共通点がある。

第一に、優先性を時間的な早さではなく、存在論的な依存関係から考えている。

第二に、あるものと別のものの関係を、対称的な相互作用としてではなく、何が何に依存しているのかという非対称性として捉えている。

第三に、存在論的優先性を、単なる価値判断や重要度の順位から区別している。

この意味で、アリストテレスは、本理論が扱う存在論的優先性の古典的な先行者の一人と考えることができる。

3.決定的な相違――個別的実体を出発点にするか、構造的個体化を説明するか

しかし、両者には重要な違いがある。

アリストテレスの『カテゴリー論』では、個別的な第一実体が、他の存在者を支える基礎として位置づけられている。

これに対して本理論は、その個体性そのものを説明対象にする。

つまり、アリストテレスが第一実体と非実体的なものとの依存関係を説明するのに対し、本理論は、あるものがそもそも特定の構造項として成立する条件を問題にする。

この違いは小さくない。

アリストテレスの枠組みでは、ソクラテスはすでに個別的な実体として成立している。そのうえで、白さやその他の属性がソクラテスに依存する。

本理論では、あるものが構造内部の特定の役割や位置を持つ構造項として成立すること自体が、構造との関係によって説明される。

例えば、ある人物が一人の人間であることと、特定の組織の代表者であることは、異なる同一性水準に属する。

人間としての個体性を前提にしながら、組織内部における役割としての個体性は、組織の構造によって成立すると考えることができる。

したがって、本理論は、アリストテレス的な第一実体の存在を直ちに否定するものではない。

むしろ、同一性水準を区別することによって、ある水準では第一実体であるものが、別の水準では構造によって個体化されるという関係を説明しようとする。

4.全体と部分の優先性

アリストテレスには、もう一つ重要な議論がある。

『政治学』第一巻第二章では、ポリスは個々の人間に対して自然本性上先行するという議論が展開される。

ここでアリストテレスが問題にしているのは、時間的にポリスが個人より先に成立したということではない。

人間がポリスから独立して完全な意味で自己充足的な生活を営むことができないという、全体と部分の関係である。

これは、シェファーの優先的一元論とも接続する問題である。

本理論との比較では、構造Sがその内部の構造項に対して、どの意味で先行するのかという問いに対応する。

ただし、ここでも同一視はできない。

アリストテレスの政治哲学におけるポリスの優先性は、人間の自然本性、目的、生活の完成などと結びついている。

本理論の第一性は、特定の構造・同一性水準・規定次元における構成的同一性依存の非対称性から導かれる。

そのため、アリストテレスのポリスの優先性を、そのまま本理論のODに置き換えることはできない。

5.比較から得られる意味

アリストテレスとの比較から明らかになるのは、存在論的優先性には複数の水準があるということだ。

実体と属性の優先性、全体と部分の優先性、可能態と現実態の優先性、定義や説明における優先性は、それぞれ異なる関係を含んでいる。

したがって、「何が第一なのか」を問う場合には、どの意味で第一なのかを指定しなければならない。

この点で、本理論がS・D・dを明示することには意味がある。

優先性を無条件の順位として扱わず、特定の構造、同一性水準、規定次元に限定するからである。


第2章 ドゥンス・スコトゥス――個体化原理としてのハエッキタス

1.普遍的本性と個別性の問題

アリストテレス以後の中世哲学では、個体化の問題が非常に重要な論点になった。

その代表的な思想家がドゥンス・スコトゥスである。

スコトゥスの個体化論を理解するためには、まず共通本性(natura communis)と個体化の原理を区別する必要がある。

例えば、人間という本性を考えよう。

ソクラテスもプラトンも人間である。

両者は、人間という共通の本性を持っている。

しかし、人間という本性だけでは、ソクラテスがプラトンではないことを説明できない。

人間であるという共通性を認めるだけでは、なぜ一人ひとりが数的に異なる個体として成立しているのかが分からない。

そこで必要になるのが、個体化の原理である。

スコトゥスは、この個体化原理をハエッキタス(haecceitas)として論じる。

これは通常、「このもの性」あるいは「此性」と訳される。

ハエッキタスは、あるものを単に人間という種に属するものではなく、この特定の人間として成立させる原理である。

ソクラテスが人間であることは、彼が人間という共通本性を持つことによって説明される。

しかし、彼がこのソクラテスであり、プラトンではないことは、共通本性だけからは説明できない。

そこにハエッキタスの役割がある。

2.ハエッキタスは単なる性質ではない

ここで注意しなければならないのは、ハエッキタスを、個体に追加される普通の性質と考えてはいけないということだ。

例えば、ソクラテスが背が高いという性質を持っているとする。

しかし、背の高さは他の人間も持つことができる。

したがって、背の高さはソクラテスをソクラテスにする究極的な個体化原理ではない。

ハエッキタスは、他の個体にも共有されうる一般的な性質ではなく、あるものをこの個体として成立させる究極的な個体差である。

ここには、個体化の説明において、何らかの最終的な個体化原理が必要なのかという問題がある。

本理論も、個体性を説明するための根拠を要求している。

その意味では、スコトゥスと本理論は、単に個体が存在すると認めるだけではなく、個体が他の個体から区別される根拠を求める点で共通している。

3.本理論との決定的な相違

しかし、個体化の根拠をどこに求めるのかという点で、両者は異なる。

スコトゥスは、個体化を説明するために、そのものをこの個体にする究極的な個体化原理を認める。

本理論は、個体性の根拠を、構造的な差異と関係の秩序に求める。

つまり、あるものが他のものと異なるのは、それ自体に独立した「このもの性」が備わっているからだと最初から想定するのではなく、構造のなかでどのような差異と関係を担っているのかによって説明しようとする。

この違いは、次のように整理できる。

問題スコトゥス第一性の遡及的成立
個体化の対象共通本性を持つ個別的実体構造内部の差異的契機
個体化の根拠ハエッキタス構造的な差異・関係秩序
個体差究極的な個体化原理構造内の位置・役割・同一性条件
根本問題なぜこの個体なのかどのような構造が個体性を成立させるのか

しかし、ここでスコトゥスの立場が単純に否定されるわけではない。

本理論の側にも、構造的に区別できないものを、どのように別個の個体として数えるのかという問題が残されている。

第一論文第六稿も、構造的に識別できないものを別個の構造項として区別するためには、追加の個体化原理が必要になる可能性を認めている。

この問題は、スコトゥスのハエッキタスが扱おうとした問題と接近している。

つまり、ハエッキタスとの比較は、単に本理論との違いを示すだけではない。本理論がどのような場合に構造的個体化だけでは不十分になるのかを検討するためにも重要である。

4.スコトゥスとの比較が示す理論上の選択

個体化の説明には、大きく分けて二つの方向が考えられる。

一つは、個体を個体として成立させるために、構造とは独立した個体化原理を認める方向である。

もう一つは、個体を成立させる根拠を、構造の内部における差異と関係の秩序に求める方向である。

本理論は後者を選択する。

ただし、その選択を正当化するためには、構造そのものがどのように個体化を可能にするのかを十分に説明しなければならない。

Δを導入しただけでは、スコトゥスが提起した個体差の問題は解決しない。

Δの差異がどのように関係秩序を形成し、どのような条件のもとで異なる構造項として成立するのかを示す必要がある。

この点は、シモンドンやドゥルーズとの比較で、さらに深く検討できる。


第3章 ライプニッツ――個体概念と歴史的完全性

1.個体実体の完全概念

ライプニッツの形而上学では、個体実体の完全概念が重要な位置を占める。

『形而上学叙説』第八節では、個体実体の概念は、その実体に属するすべての述語を含むという考え方が示される。

例えば、アレクサンドロスという人物を考えてみよう。

彼が王であること、特定の戦争を行ったこと、特定の都市を建設したことなど、彼に属するさまざまな事実は、アレクサンドロスという個体の完全概念に含まれる。

ここで重要なのは、個体の概念が、単に現在の性質を集めたものではないということだ。

その個体に属する過去の出来事や将来の出来事も、完全概念のなかに含まれる。

個体は、そのものに属する全述語を含む完全な概念によって把握される。

この考え方によれば、ある個体が何者であるかということは、その個体の全履歴と切り離して考えることができない。

2.歴史的遡及性との類似

ここは第二論文との比較において重要な点である。

本理論も、ある構造の同一性を説明する際に、その構造の成立以前の履歴を無視できないと考える。

ある組織が何者であるかは、現在の構造だけでなく、その構造がどのような過程を経て成立したのかとも関係している。

この意味では、ライプニッツの完全概念と本理論の歴史的遡及性には、個体の同一性を時間的な履歴から切り離さないという共通点がある。

しかし、両者の時間の扱いは異なる。

3.完全概念と歴史的資格Qは同じではない

ライプニッツにとって、個体実体の完全概念には、その個体に属する全述語が含まれている。

その個体の過去と未来は、完全概念のうちに含まれる。

これに対して本理論では、過去の出来事が後続構造にとって構成的前史としての資格を持つかどうかを、独立した条件によって検討する。

ライプニッツの理論では、完全概念は個体を構成する全体的な概念であり、神の知性において把握される個体の完全性と結びついている。

本理論では、後から成立する構造との関係によって、過去の履歴のうち何がその構造の構成的前史として位置づけられるのかが問題となる。

この違いを整理すると、次のようになる。

問題ライプニッツ第一性の遡及的成立
個体の同一性完全概念に含まれる全述語構造的不変項と構成的依存秩序
過去の役割個体概念に含まれる履歴後続構造の構成的前史としての資格
時間の位置づけ個体概念の完全性に含まれる後続構造との関係で資格が確定する
個体の成立完全概念を持つ実体構造による個体化

したがって、ライプニッツは、個体の同一性とその履歴との結びつきを考えるうえで重要な先行者ではあるが、第二論文の歴史的資格Qと同じ概念を提示しているわけではない。

4.ライプニッツから本理論への批判

ライプニッツとの比較からは、逆に本理論への問いも生まれる。

本理論は、過去の履歴のうち、後続構造の同一性を成立させるために必要なものを選別する。

しかし、個体の履歴が、その個体の同一性にどの程度まで関与するのかという問題は、簡単には決められない。

例えば、ある組織の設立者が誰であったかは、その組織の同一性にとって不可欠なのだろうか。

それとも、設立者は交代可能であり、設立時に実現された制度的役割だけが必要なのだろうか。

第二論文は、個別の出来事の代替可能性と、その出来事が担った構成的役割の必要性を区別している。

これはライプニッツとは異なる方向から、個体の履歴と同一性の関係を分析する試みである。


第4章 スピノザ――複合個体と運動・静止の比率

1.個体とは何か

スピノザの『エチカ』第二部定理13の後に置かれた物理学的考察は、個体化の哲学にとって非常に重要である。

スピノザは、物体を単純な原子の集合として考えるのではなく、複数の物体が一定の関係を形成することによって、一つの複合個体を構成すると考える。

そこで重要になるのが、運動と静止の一定の比率である。

複数の物体が互いに運動を伝達し、一定の比率を維持するように結合するとき、それらは一つの物体、すなわち一つの個体を構成する。

この説明によれば、個体の同一性は、構成する物質が完全に同じであることによって維持されるわけではない。

構成部分が入れ替わっても、運動と静止の比率が一定の仕方で維持されているならば、その個体は同じ個体として存続しうる。

これは、部品が交換されても同じ機械として存続することや、構成員が交代しても同じ組織として存続することを考える際にも参考になる。

2.部分と全体の関係

スピノザの複合個体論では、個体の部分は、それぞれ独立した完成品として集められているわけではない。

部分同士が一定の運動・静止関係を形成することによって、一つの個体が成立する。

さらに、複合個体自身も、別のより大きな複合個体の部分になることができる。

この関係は、複数の水準で繰り返される。

例えば、個々の身体が一つの人体を形成し、その人体がさらに別の複合的な秩序のなかに位置づけられる。

『エチカ』第二部定理13の系や補足的な物理学的考察で示されるように、自然全体もまた、一つの個体として考えることができる。

この点は、本理論のCとIの関係に接近している。

下位水準の個体が上位水準の構造を実現する一方で、その上位構造は、内部の部分を特定の構造項として位置づける。

ただし、CとIがスピノザにおいてそのまま定義されているわけではない。

ここでは、複合個体論が示す多層的な個体化の構造と、本理論の構造的個体化を比較しているのである。

3.K_D(S)と運動・静止の比率

スピノザとの比較で特に重要なのは、構造的不変項K_D(S)との関係である。

本理論では、ある構造が同じ構造として存続するために必要な構成的制約を、K_D(S)として表す。

スピノザの複合個体では、構成部分の物質的な入れ替わりがあっても、運動と静止の一定の比率が維持されることが、個体の持続を説明する。

この意味で、運動と静止の比率は、K_D(S)の役割に類似した働きを持つ。

両者に共通するのは、個体の同一性を、構成物質の単純な集合や固定的な属性に還元しないことである。

個体は、その部分がどのような関係秩序を維持しているかによって、同じ個体として成立しうる。

しかし、ここで一つ重要な違いがある。

スピノザの運動と静止の比率は、自然的な物体の動力学的な関係を表している。

それに対して本理論のK_D(S)は、指定された同一性水準において、構造の同一性を実現する構成的制約の体系である。

したがって、K_D(S)は、運動と静止の比率と同じものではない。

特定の物理的な個体を分析する場合には、運動と静止の比率がK_D(S)の候補になる可能性がある。しかし、社会制度や組織の同一性を説明する場合には、別の構成的制約が必要になる。

4.スピノザの実体一元論との相違

スピノザとの比較では、存在論全体の違いも見落としてはならない。

スピノザにおいて、唯一の実体は神、すなわち自然である。

個々の有限な物体は、実体そのものではなく、延長属性のもとで理解される様態である。

したがって、複合個体論は、唯一の実体の内部における様態の構成を説明するものとして位置づけられる。

これに対して本理論は、Δを導入するものの、そこからスピノザと同じ実体一元論を導いてはいない。

また、第一性の成立を、自然全体の一元的な構造から直接導くわけでもない。

本理論が扱う第一性は、指定された構造Sの内部における非対称的な構成的同一性依存である。

したがって、自然全体の内部で複合個体がどのように成立するのかという問いと、特定の構造内部で何が第一であるのかという問いは、区別される。

5.本理論がスピノザから受け取るもの

スピノザの複合個体論から本理論が受け取る重要な問題は、次の三つである。

第一に、個体の同一性を構成物質の固定性に還元しないこと。

第二に、部分と全体の関係を、複数の水準にわたる構成関係として考えること。

第三に、個体の持続を、部分の関係秩序の維持として説明すること。

ただし、本理論は、スピノザの運動・静止の比率をそのままK_D(S)に置き換えるわけではない。

本理論では、同一性の水準Dを明示し、その水準で何が不変項として必要なのかを、対象ごとに独立して判定する。

この点に、本理論の形式的な拡張がある。


第5章 シモンドン――前個体的なものと個体化の過程

1.個体から出発する哲学への批判

本理論と最も近い哲学的系譜の一つが、ジルベール・シモンドンの個体化論である。

シモンドンの主著『形態と情報の概念に照らした個体化』は、哲学において個体を最初から完成したものとして考える伝統を批判する。

通常の形而上学では、まず個体が存在し、その後で個体の関係や変化が問題にされる。

しかし、シモンドンは、この順序を逆転させる。

個体が存在する以前に、個体化の過程と条件を考えなければならない。

つまり、個体とは、最初から存在する実体ではなく、個体化の過程を通じて成立する結果なのである。

このとき重要になるのが、前個体的なもの(préindividuel)という概念である。

2.前個体的なものとは何か

前個体的なものは、個体化以前の未分化な物質や、何の差異も持たない混沌ではない。

そこには、潜在的なエネルギー、緊張、異質な条件、未解決の問題が存在している。

シモンドンが重視するのは、安定しているように見える状態の背後に、まだ解消されていない不均衡や潜在的な可能性が存在しているということである。

これを理解するために、結晶化の例を考えよう。

過冷却状態の液体は、見かけ上は均質で安定しているように見える。

しかし、その内部には、結晶化を引き起こしうる潜在的な条件が存在している。

そこに種結晶などの条件が加わると、局所的な秩序が形成され、その秩序が周囲へと伝播する。

この過程を通じて、結晶という個体的な構造が成立する。

重要なのは、結晶が、あらかじめ存在していた個体の単純な集合によって説明されるのではないということだ。

個体化以前の状態に内在する緊張が、個体化の過程を通じて解決され、新しい秩序が成立するのである。

3.メタ安定性とトランスダクション

シモンドンの個体化論を理解するためには、メタ安定性(métastabilité)とトランスダクション(transduction)が重要になる。

メタ安定的な状態とは、完全に安定した状態でも、単純に不安定な状態でもない。

ある構造を維持しながら、別の構造へと移行する可能性を内在させている状態である。

そのため、個体化は、外から完成した形式を与えられることによって成立するとは限らない。

個体化の過程そのものが、新しい秩序を形成する。

トランスダクションとは、ある領域で成立した構造化が、次の領域へと伝わりながら、全体の構造を形成していく個体化の操作を指す。

結晶化の例では、ある部分で成立した結晶構造が、隣接する部分の構造化の条件となる。

ここでは、最初からすべての部分が完成しているわけではない。

個体化の過程が進むにつれて、個体とその環境がともに成立していく。

さらに、シモンドンは、個体と環境が互いに独立したものとして最初から存在するとは考えない。

個体とその環境は、同じ個体化の過程のなかで相互に成立する。

この点は、本理論のCとIの相互構成と接近している。

4.Δと前個体的なものの比較

本理論の前個体的差異場Δは、シモンドンの前個体的なものと非常に近い問題意識を持っている。

両者とも、個体を最初から完成した存在者として置くことを避ける。

個体化以前の基礎には、個体化を可能にする差異や潜在的な条件が存在すると考える。

ただし、Δと前個体的なものを同じ概念として扱うことはできない。

シモンドンにおいて、前個体的なものは個体化の過程におけるメタ安定性や潜在的なエネルギー、未解決の問題などと結びついている。

個体化が進んでも、前個体的なものが完全に消滅するわけではない。個体化された存在者は、なお前個体的な可能性を保持し、さらなる個体化や集団的な変化に開かれている。

これに対して、本理論のΔは、個体化を可能にする差異的な存在論的基礎として定義される。

本理論では、Δから構成的関係Rᶜによって構造Sが成立し、その構造の同一性をK_D(S)によって説明する。

このように、シモンドンの前個体的なものが個体化の動的な生成過程を中心に展開されるのに対し、本理論は、個体化された構造の同一性と内部の第一性を説明するための形式的な枠組みを追加している。

5.シモンドンにおける個体と環境の相互成立

シモンドンの議論で特に注目すべきなのは、個体と環境が同時に成立するという点である。

個体がまず存在し、その後に環境との関係を結ぶという通常の順序ではない。

個体と環境の双方が、個体化の過程を通じて成立する。

これは、本理論のCとIの関係を考える際に、重要な先行的考察となる。

ただし、シモンドンの個体と環境の相互成立は、必ずしも本理論のCとIの定義と一致するわけではない。

Cは、ある水準ですでに個体化された構造項が、上位の構造を具体的に実現する関係である。

Iは、上位構造が、内部の差異的契機を構造項として個体化する関係である。

この二つは、異なる個体化水準の関係として定義されている。

したがって、シモンドンの相互生成をCとIにそのまま置き換えることはできない。

むしろ、シモンドンの議論を参照することで、CとIの具体的な対応関係をどのように説明すべきかという課題が明らかになる。

6.本理論がシモンドンからさらに説明しようとすること

シモンドンの個体化論は、個体がどのような過程を通じて成立するかを非常に豊かに説明する。

しかし、本理論が特に扱おうとするのは、個体化の過程に加えて、成立した構造の同一性と内部の第一性である。

具体的には、次の問題を追加する。

  • ある個体化の結果が、どの同一性水準において同じ個体であるのか。
  • その同一性を維持するための不変項は何か。
  • その不変項を成立させる構造的境界はどこまでか。
  • 構造内部で、どの項が他の項の同一性条件を構成的に決定しているのか。
  • その依存関係が非対称的である場合、どのような優先性が成立するのか。

この意味で、本理論はシモンドンの個体化論を否定するのではなく、個体化の哲学を、構造的同一性と第一性の理論へと接続しようとする。

7.シモンドンとの比較から残る課題

ただし、シモンドンとの比較は、本理論にとって単なる補強材料ではない。

むしろ、Δの定義に対して厳しい問いを突きつける。

もしΔが、最初から個体化された項を含んでいるならば、それは本当に前個体的な基礎なのだろうか。

また、Δの差異がどのように構成的関係Rᶜを形成し、具体的な個体化を引き起こすのか。

さらに、個体化の結果として残る未解決の差異や新しい可能性を、本理論はどのように扱うのか。

シモンドンの理論を本格的に参照するならば、Δを単なる個体化以前の領域として固定せず、個体化の進行と再個体化の可能性をどのように含むのかを検討する必要がある。


第6章 ドゥルーズ――差異・仮想的多様体・個体化

1.同一性よりも差異を先に考える

ドゥルーズの『差異と反復』は、本理論と比較するうえで欠かせない著作である。

ドゥルーズが批判するのは、哲学が差異を同一性の枠組みに従属させてきたという問題である。

伝統的な認識では、まず同一の概念や主体が存在し、そのなかで複数のものの違いが判断される。

例えば、二人の人間を比較するとき、まず人間という共通概念を認め、そのうえで身長や性格などの違いを考える。

しかし、ドゥルーズは、このような差異の扱い方では、差異そのものが新しい存在を生み出す力を十分に説明できないと考える。

差異は、すでに成立した同一性同士を比較した結果として現れるだけではない。

むしろ、現実の個体や同一性が成立するための根源的な条件として、差異を考えなければならない。

2.仮想的なものと現実的なもの

ドゥルーズの議論で重要なのは、仮想的なもの(virtual)と現実的なもの(actual)の区別である。

仮想的なものは、単なる可能性ではない。

単なる可能性であれば、現実のものと似た形で、まだ実現していない状態として考えられる。

しかし、ドゥルーズの仮想的なものは、それ自体で現実性を持つ。

仮想的な多様体は、現実の個体と同じ姿を持つのではなく、差異的な関係と特異点から構成される。

そこから現実の個体が成立することを、現実化(actualisation)と呼ぶ。

この現実化は、あらかじめ決まった形式を、素材にそのまま当てはめる過程ではない。

仮想的な差異の場が、強度的な過程を通じて、具体的な個体として現れる過程である。

この意味で、ドゥルーズは、個体の成立を、個体化以前の差異的な条件から説明しようとする。

3.シモンドンとの関係

ドゥルーズの個体化論を理解するためには、シモンドンとの関係が重要である。

ドゥルーズはシモンドンの仕事を高く評価し、前個体的なものや個体化の概念を自身の哲学と結びつけている。

両者に共通するのは、個体を最初から完成した存在者として扱わず、個体化以前の条件や差異的な過程から個体の成立を考えることだ。

ただし、シモンドンのメタ安定性やトランスダクションと、ドゥルーズの仮想的多様体や強度的な現実化は、異なる概念体系に属する。

ドゥルーズは、仮想的な差異的関係が、特異性と強度を通じて現実の個体を生み出すという、より広い形而上学を展開する。

4.Δと仮想的多様体

本理論のΔは、ドゥルーズの仮想的多様体と重要な類似性を持っている。

どちらも、完成した個体を出発点とするのではなく、個体化以前の差異的条件を重視する。

しかし、Δと仮想的多様体は同じではない。

ドゥルーズにおいて、仮想的多様体は、現実化の過程を通じて具体的な個体や状態を生み出す差異的な構造である。

本理論のΔは、個体化以前の差異的基礎として位置づけられ、構成的関係Rᶜによって構造Sを成立させる。

さらに本理論では、成立した構造の同一性をK_D(S)とB_D^α(S)によって説明する。

つまり、ドゥルーズが差異の生成力と現実化の過程を中心に論じるのに対し、本理論は、個体化の結果として成立した構造の同一性条件と、内部の依存関係をより明示的に扱う。

5.ドゥルーズの強度と構造的不変項

本理論とドゥルーズの間には、さらに重要な違いがある。

ドゥルーズは、個体化の根底にある強度的な差異を重視する。

その強度は、現実の個体が成立する過程で重要な役割を担う。

これに対して本理論のK_D(S)は、指定された同一性水準で構造が同じ構造として成立・存続するための構成的制約の体系である。

この違いは、個体化と持続の問題に関係する。

ドゥルーズの議論は、差異がどのように新しい個体を生み出すかという生成の問題に強い。

本理論は、生成された個体や構造が、どの条件によって同一のものとして成立しているかを明らかにしようとする。

したがって、ドゥルーズの強度的過程を、そのままK_D(S)に置き換えることはできない。

むしろ、強度的な差異がどのように構造的不変項を成立させるのかという、さらに具体的な分析が必要になる。

6.差異の哲学と第一性の関係

ドゥルーズは、差異を同一性に従属させる哲学を批判する。

この問題意識は、第一性を個体にあらかじめ備わった属性として扱わない本理論と接近する。

ただし、ドゥルーズが第一性という概念を本理論と同じ仕方で論じているわけではない。

本理論における第一性は、構造内部の構成的同一性依存が非対称的であることから成立する。

ドゥルーズの差異の哲学は、個体化以前の差異が現実の個体を生み出すことを説明するが、その後の構造内部で、ある項の同一性条件が別の項にどのように非対称的に依存しているかを、ODと同じ枠組みで分析しているわけではない。

この点で、本理論は、ドゥルーズの個体化論とは異なる問題を設定している。

7.ドゥルーズからの批判可能性

一方、ドゥルーズの哲学から本理論に対して、次のような批判を考えることができる。

構造の同一性を維持するためのK_D(S)を明確に定めることは、個体化の生成的な差異を、固定された秩序へと回収してしまわないだろうか。

構造が変化し、新しい個体が成立する過程では、それまでのK_D(S)そのものが変化することもあるのではないか。

この問題に答えるためには、同一性の水準Dを固定した分析と、構造そのものが変化して別の構造へ移行する分析を区別する必要がある。

本理論のK_D(S)は、あらゆる時間にわたって同じ構造を固定することを要求するものではない。

ある同一性水準において、どの条件が維持されていれば同じ構造と認められるのかを指定するための概念である。

したがって、K_D(S)が変化することは、理論上排除されない。

ただし、その場合には、旧構造と新構造のあいだの関係、同一性の継続が維持されているかどうか、あるいは別の構造が成立したのかを改めて説明しなければならない。

この点は、今後の比較研究でも重要な課題になる。


第二部 構造と存在論的優先性――何が何に対して第一なのか

第7章 ヘーゲル――反省・根拠・全体と部分

1.関係のなかで規定が成立する

ヘーゲルの哲学は、本理論の「順番の転倒」を考えるうえで重要な先行研究である。

特に『大論理学』の本質論では、あるものの規定が、それ自体で完結した属性として存在するのではなく、他のものとの関係や媒介を通じて成立することが論じられる。

本質論の中心には、反省(Reflexion)の運動がある。

反省とは、単に主体が対象について考え直すことではない。

ある規定が、それ自身の直接的なあり方を超えて、他の規定との関係のなかで成立する論理的な運動である。

例えば、あるものが他のものと区別されるとき、そのものの規定は、他のものとの関係を含んでいる。

あるものが「自己」として規定されるためには、「他者」との関係が必要になる。

したがって、自己と他者は、互いに完全に独立した二つの存在者として最初から成立しているわけではない。

その規定は、相互の関係と媒介を通じて成立する。

これは、本理論が構造の内部で個体性を説明する問題と共通している。

2.根拠と条件

『大論理学』本質論の「根拠(Grund)」の章では、根拠と根拠づけられるものとの関係が論じられる。

単純に考えれば、根拠が先にあり、その結果として根拠づけられるものが成立するように見える。

しかしヘーゲルでは、根拠は、それが根拠として成立するための条件を必要とする。

根拠は条件を前提にする一方で、条件もまた根拠との関係において初めて根拠の条件として位置づけられる。

この議論は、根拠が一方的に他方を決定するという単純な図式を超えている。

また、「全体と部分」の関係では、全体は部分によって構成される一方、部分は全体の一部分としてのみ成立する。

全体は部分なしには全体ではない。

部分もまた、全体との関係なしには、その全体の部分ではない。

したがって、全体と部分は互いに前提し合う。

この議論は、本理論のCとIの相互構成を考えるうえで非常に参考になる。

3.CとIとの比較

本理論では、下位水準の構造項が上位構造を実現する関係をCと呼び、上位構造が内部の契機を個体化する関係をIと呼ぶ。

この二つは、構造と構造項の相互構成を異なる水準から表す。

この点は、ヘーゲルの全体と部分の関係に類似している。

全体は部分によって成立し、部分は全体との関係によって部分として成立する。

しかし、両者は同じではない。

ヘーゲルの全体と部分は、互いを媒介し合う論理的な関係として展開される。

本理論のCとIは、異なる構造水準に属する関係として定義されている。

Cでは、すでに個体化された下位水準の構造項が、上位構造を具体的に実現する。

Iでは、上位構造が、内部の差異的契機を構造項として個体化する。

この区別を通じて、本理論は、構造と構造項の相互成立を、異なる水準の関係として説明しようとする。

ただし、第一論文も明確にしているように、CとIを区別しただけで循環問題が完全に解決するわけではない。

具体的な事例では、下位水準の個体性、上位水準の同一性基準、両者をつなぐ対応関係を独立に示さなければならない。

ここは、ヘーゲルとの比較からも明らかになる重要な論証上の要求である。

4.ヘーゲルの遡及的な規定

ヘーゲルとの比較で、さらに重要なのは、結果がその成立条件を遡って規定するという問題である。

ある結果が成立したとき、それ以前の諸条件は、単なる無関係な先行事実ではなく、その結果を成立させた条件として位置づけられる。

この意味では、後から成立するものが、その成立以前のものの意味を規定するという遡及的な構造が見られる。

ただし、ヘーゲルの論理学における遡及的な規定は、単に後から過去の意味を解釈し直すことではない。

反省の運動を通じて、根拠と条件、前提と結果の関係が自己媒介的に成立するという論理的な問題である。

本理論の第二論文にも、後続構造の成立によって過去の履歴が構成的前史として資格を得るという遡及性がある。

しかし、両者は説明の形式が異なる。

本理論では、過去の履歴が実際に存在したこと、構成的寄与を実現したこと、後続構造との追跡可能な連結があることなどを独立に確認する。

さらに、その寄与が構造的不変項を実現する構造的閉包B_D^α(S)に含まれることを要求する。

この点で、本理論は、ヘーゲルの論理的な反省の運動をそのまま採用するのではなく、歴史的な出来事の実在と構造的な資格を判定するための条件を明示しようとしている。

5.ヘーゲルの歴史哲学との関係

ヘーゲルの歴史哲学でも、後から成立する結果によって、それ以前の出来事が持っていた意味が明らかになるという問題が重要になる。

歴史的な出来事は、それだけを孤立して眺めても、その歴史的な位置づけを十分には理解できない。

後続する展開と結びつけることによって、過去の出来事が一つの歴史的過程のなかでどのような意味を持っていたのかが見えてくる。

ただし、ここには目的論の問題がある。

ヘーゲルの歴史哲学では、歴史的過程が自由の実現という大きな方向性との関係で理解される。

これに対して、本理論は、後続構造が必ず特定の目的に向かって歴史を導いているとは考えない。

歴史的遡及性は、未来の目的が過去に向かって作用することを意味しない。

過去の出来事が、現実に後続構造の成立に寄与していた場合に、その履歴が構成的前史として位置づけられるということである。

この違いを維持しなければ、歴史的資格Qは、後から成立した制度が自分に都合のよい起源物語を作るための概念になってしまう。

6.本理論とヘーゲルの距離

ヘーゲルとの比較から、次の共通点が明らかになる。

  • あるものの規定を、他のものから独立した固定的な属性として扱わない。
  • 根拠と条件、全体と部分、自己と他者を、関係と媒介のなかで考える。
  • 結果によって、その成立条件の位置づけが明らかになるという構造を認める。

しかし、相違点も明確である。

ヘーゲルの論理学は、概念の内在的な運動と自己媒介を中心に展開する。

本理論は、構造内部の同一性条件、構成的依存、歴史的履歴を、異なる型の関係として区別する。

また、本理論では、K_D(S)やB_D^α(S)の独立判定、過去の実在的な証拠、構成的寄与の追跡可能性などが明示的な論証課題になる。

そのため、ヘーゲルは本理論にとって重要な哲学的先行者だが、同じ存在論を提示しているわけではない。


第8章 ジョナサン・シェファー――全体の優先性と部分の依存

1.優先的一元論とは何か

現代形而上学における本理論の重要な比較対象の一人が、ジョナサン・シェファーである。

シェファーの論文「Monism: The Priority of the Whole」(2010)は、全体と部分のどちらが存在論的に根本的なのかという問題を扱っている。

通常、私たちは世界を、多数の基本的な粒子や個体から構成されたものとして考えがちである。

この考え方では、部分が基本的であり、全体は部分の集合や配置によって成立するものとされる。

しかし、シェファーは、この順序を逆転させる。

彼が提案する優先的一元論では、究極的な具体的存在者として第一に位置するのは、個々の粒子ではなく、宇宙全体である。

部分は、全体に対して存在論的に依存している。

したがって、全体が部分に対して優先していると考える。

2.部分と全体の関係をめぐる問題

シェファーの問題意識には、部分が全体から独立して存在できるのかという問いがある。

例えば、円を二つの半円に分割することを考える。

円を先に与えられたものと考えるなら、半円は円を分割することによって得られる。

逆に、半円を先に与えられたものと考えるなら、円は二つの半円から構成される。

どちらを存在論的に優先させるべきなのか。

これを宇宙全体と、その内部の個々の粒子にまで拡張すると、優先性の問題が生じる。

シェファーは、部分同士が相互に内部的な関係を持ち、自由に再結合できないような統合的秩序が成立している場合、全体の優先性を考える理由になると論じる。

3.本理論との共通点

シェファーと本理論には、全体と部分の関係を、単なる集合関係ではなく、存在論的依存関係として考えるという共通点がある。

本理論でも、構造Sは、独立した構成項の単なる集合ではない。

構成項のあいだに成立する関係秩序が、構造の統一性を成立させている。

さらに、構造内部の各項は、その構造との関係によって特定の位置や役割を持つ。

この意味では、構造と構造項の関係は、全体と部分の依存関係に接近している。

また、構造の統一性が独立した統一者を必要としないという本理論の立場も、全体の統一を内部の構成的関係によって説明する方向性を持つ。

4.決定的な相違――全体の優先性と内部項の第一性

しかし、両者を混同してはいけない。

シェファーの優先的一元論は、宇宙全体とその部分のあいだの優先性を中心に考える。

本理論の第一性は、ある構造Sが与えられたとき、その内部の構造項同士のあいだに成立する非対称的な同一性依存を扱う。

つまり、シェファーが主に問うのは、全体と部分のどちらが根本的なのかという問題である。

本理論が問うのは、構造内部において、どの項の規定が他の項の同一性条件を成立させているのかという問題である。

この違いは次のように整理できる。

問題シェファー第一性の遡及的成立
中心的対象宇宙全体とその部分特定の構造Sと内部の構造項
優先性の範囲全体と部分の関係指定されたS・D・dの内部
基本的な問い全体と部分のどちらが根本的かどの項の同一性が他の項に構成的に依存するか
理論の射程優先的一元論構造内部の関係的第一性

本理論は、全体が部分よりも常に第一であるという結論を採用しない。

また、すべての構造に一つの第一項が存在するとも考えない。

ある構造ではAがBに対して第一であるかもしれない。

別の構造や規定次元では、BがAに対して第一である可能性もある。

さらに、相互依存が成立し、単一の第一項を認められない場合もある。

このため、本理論は、シェファーの優先的一元論とは異なる理論的立場に位置する。

5.シェファーから得られる重要な問い

シェファーとの比較は、構造Sそのものの優先性をどう考えるのかという問題も提起する。

本理論では、構造Sが内部の構造項によって具体的に実現されることと、構造が内部の契機を個体化することを区別する。

しかし、構造Sは、内部の構造項に対してどの意味で存在論的に優先しているのだろうか。

また、構造Sが別の上位構造の一部分である場合、S自身の第一性はどのように位置づけられるのだろうか。

この問題に答えるためには、構造の階層を一つの絶対的な序列にまとめるのではなく、各水準における同一性条件と依存関係を検討する必要がある。

本理論がS・D・dを明示することは、この問題を扱うための重要な基盤になる。


第9章 現代の形而上学的grounding論――存在論的依存と説明の構造

1.groundingとは何か

現代形而上学において、groundingは存在論的な説明関係を扱う概念として重要な位置を占めている。

一般的な因果関係は、何が何を引き起こしたのかを説明する。

例えば、火が紙を燃やすことは因果的な関係である。

しかし、groundingが扱うのは、必ずしも時間のなかで何かが別のものを引き起こすという関係ではない。

むしろ、ある事実が成立しているのは、より基礎的な事実が成立しているからである、という存在論的な説明関係を扱う。

例えば、ある物体が赤いという事実は、その物体が持つ微視的な物理的性質によって基礎づけられると考えられるかもしれない。

ある制度的事実が成立するのは、一定の規則や集団的な実践が成立しているからだと説明されるかもしれない。

groundingは、このような「何が何を成り立たせているのか」という問題に関係する。

ただし、groundingをどのように理解するかについては、現代形而上学でも議論が続いている。

groundingを事実同士の関係として理解する立場、存在者同士の依存として理解する立場、実体や本質との関係で説明する立場などがある。

また、groundingの非対称性、推移性、反射性、基礎づけの無限後退が成立するかどうかも議論されている。

2.本理論のODとgrounding

本理論の構成的同一性依存ODは、groundingと類似する部分を持つ。

どちらも、あるものが別のものに対して存在論的に依存しているという関係を扱うからである。

しかし、ODを一般的なgroundingと同一視することはできない。

ODが問題にするのは、特定の構造S、同一性水準D、規定次元dにおいて、ある構造項の同一性条件が、別の構造項の実在的な規定によって構成的に決定されているかどうかである。

つまり、ODは、一般的な存在論的基礎づけではなく、構造内部における同一性条件の構成的依存を特定する関係である。

例えば、ある制度において、会計担当職の権限や責任が、総会の決定権限によって定められているとする。

この場合、総会の規定が会計担当職の制度的な同一性条件を成立させているならば、ODが成立する可能性がある。

しかし、単に総会が会計担当職に影響を与えているだけではODとは言えない。

影響、因果、機能的な貢献、構成的同一性依存は区別されなければならない。

3.Fineのgrounding論との比較

キット・ファインは、現代のgrounding論を体系化するうえで重要な哲学者である。

ファインの議論では、groundingは、ある事実が何によって成立しているのかを説明するための関係として扱われる。

また、ファインの形而上学では、本質(essence)とgroundingの関係も重要である。

あるものが何であるのか、その本質が何であるのかという問題は、何が何を基礎づけているのかという問題と深く関係する。

本理論にとって、ファインの仕事が重要なのは、存在論的説明を単なる因果関係から区別するためである。

ODも、単にAがBを生じさせたという因果的な説明ではない。

Bの同一性条件が、Aの実在的な規定に依存しているという構成的な関係である。

しかし、本理論は、grounding一般を採用するだけでは第一性を説明できないと考える。

なぜなら、あるものが別のもののgroundであることと、それが特定の構造において第一であることは、同じ問題ではないからである。

第一性を導くためには、対象となる構造、同一性の水準、規定次元を固定し、その範囲で依存関係が非対称的であることを示さなければならない。

4.Loweの非対称的依存と個体化

E・J・ロウの「Asymmetrical Dependence in Individuation」は、本理論と特に直接的な関係を持つ先行研究である。

タイトルが示しているように、ここでは個体化における非対称的依存が問題になる。

個体化を説明する際、あるものが別のものに依存しているという関係が、個体の同一性や区別にどのように関係するかを考える必要がある。

この問題は、本理論のODと接近する。

ただし、ロウの非対称的依存と、本理論のODを同じものとみなすことはできない。

本理論のODは、同一のS・D・dにおいて、構造項の同一性条件が別の項の実在的な規定によって構成的に決定される関係として定義される。

本理論がロウとの比較から明確にすべきなのは、どのような非対称的依存を個体化の根拠と認めるのか、そしてそれを存在論的優先性へと接続するために何が必要なのかという点である。

5.非対称性だけで第一性は導けるのか

ここに、本理論の最も重要な論証上の問題の一つがある。

ある関係が非対称的だからといって、直ちに存在論的な第一性が導かれるわけではない。

例えば、AがBに影響を与え、BがAには同じ影響を与えないとしても、それだけでAがBに対して存在論的に第一であるとは言えない。

必要なのは、影響や因果ではなく、Bの同一性条件がAの実在的な規定に依存しているということである。

さらに、その依存関係が、同じ構造・同じ同一性水準・同じ規定次元において成立していなければならない。

したがって、ODから第一性への移行には、構成的優先性の橋渡し原理が必要になる。

この橋渡し原理は、単なる論理記号の操作ではない。

「あるものの同一性条件を構成的に決定するものは、その関係において存在論的に優先する」という、存在論的な立場を表している。

この原理が妥当なのかどうかは、本理論に対する独立した批判・検討の対象である。

6.本理論の強みと限界

現代grounding論との比較によって、本理論の強みは明確になる。

第一に、一般的な存在論的依存を、特定の構造における同一性条件の依存へと限定している。

第二に、依存関係を構造内部の規定次元に相対化している。

第三に、個体化と第一性を区別し、個体化されたことだけでは第一性を導かない。

一方で、限界もある。

ODの成立を判定するためには、対象となる項の同一性条件を独立に確定しなければならない。

また、ODから第一性を導く橋渡し原理自体も正当化しなければならない。

この二つを曖昧にすると、結論である第一性を前提としてODを判定する循環が生じる。

したがって、本理論の比較研究では、grounding論の議論を踏まえながら、ODの独立判定と橋渡し原理の正当化をさらに明確にする必要がある。


第10章 構造実在論――対象よりも関係を根本に置く哲学

1.構造実在論とは何か

構造実在論(structural realism)は、科学的実在論をめぐる議論のなかで発展してきた立場である。

科学理論が世界の本質をどこまで捉えているのかという問題に対して、構造実在論は、個々の対象の内在的性質よりも、それらのあいだに成立する関係構造に注目する。

科学理論が変化しても、理論間で一定の関係構造が維持されていることがある。

そのため、科学が捉えている実在の核心は、個々の対象の性質よりも、対象間の関係構造にあるのではないかという考えが生まれる。

構造実在論には、認識論的構造実在論と存在論的構造実在論など、複数の立場がある。

認識論的構造実在論は、世界の内在的な性質を完全には知ることができなくても、世界の関係構造については知ることができると考える方向である。

存在論的構造実在論は、より強く、関係構造そのものを存在論的に基本的なものとして位置づける。

この立場には、対象が関係に先立つのか、それとも関係が対象を成立させるのかという問題がある。

2.関係と関係項の問題

構造実在論に対する有名な問題の一つは、関係には関係するもの、すなわち関係項が必要なのではないかということである。

例えば、AとBがある関係Rに立っているとする。

この場合、AとBが存在しているからこそ、AとBの関係が成立するのではないか。

もしそうならば、関係を対象に先立つ根本的なものとすることは難しい。

一方で、AとBがどのようなものであるかは、それぞれが成立している関係によって決まるという立場もありうる。

この問題は、個体と構造の相互構成を考えるうえで、本理論にも関係する。

3.本理論との類似点

本理論は、個体を独立した完成品として最初から置かない。

構造内部の契機は、構造との関係を通じて、特定の構造項として個体化される。

その意味で、本理論は構造を重視する立場である。

また、構造の統一性を説明するために、構造の外側に独立した統一者を導入する必要はないと考える。

構造の統一性は、構成的関係の秩序そのものに成立する。

この点でも、構造実在論との接近が見られる。

4.本理論は構造実在論と同じなのか

しかし、両者は同じではない。

本理論は、構造だけを認めて個体を消去する立場ではない。

むしろ、個体化以前の差異的契機mᵢと、構造によって個体化された構造項xᵢを区別している。

また、CとIによって、異なる水準での構造と構造項の相互成立を説明する。

この点では、関係と関係項のどちらか一方だけを絶対的に優先させる立場を採用しているわけではない。

さらに、本理論の中心は、科学理論が世界の構造をどこまで捉えられるかという認識論的な問題ではない。

あるものが特定の構造において何者として成立するのか、そしてその構造の内部で何が第一性を持つのかという存在論的な問題である。

したがって、構造実在論は本理論にとって重要な比較対象だが、本理論そのものを構造実在論と呼ぶことは適切ではない。

5.構造実在論から本理論への批判

構造実在論との比較からは、Δに対する重要な問いが生じる。

Δは、個体化以前の差異的な場として定義される。

しかし、その差異的契機がすでに区別可能な要素として存在しているならば、それらは本当に個体化以前なのだろうか。

つまり、Δの内部にある差異を説明するために、最初から個体化された関係項を密かに前提にしていないだろうか。

本理論がこの問題に答えるためには、前個体的な差異と、個体化された構造項の違いをさらに厳密に示す必要がある。

この問題は、単なる言葉の定義ではなく、理論の基礎に関わる。


第11章 ホワイトヘッド――過去の世界を取り込む生成の哲学

1.実体ではなく生成を基本とする

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの哲学は、個体化と時間的な継承を考えるうえで重要な比較対象である。

ホワイトヘッドは、完成した実体を世界の根本的な存在者とする伝統的な形而上学を批判し、生成や過程を存在論の中心に置く。

彼の哲学における基本的な存在者は、現実的存在体(actual entity)あるいは現実的機会(actual occasion)である。

現実的機会は、時間のなかに置かれた単なる物体や実体ではない。

それ自体が生成する出来事であり、多数の要素を一つに統合していく過程である。

この生成過程を、ホワイトヘッドはコンクレッセンス(concrescence)と呼ぶ。

コンクレッセンスとは、多数のものが一つに成る過程である。

2.把握と過去の継承

ホワイトヘッドの現実的機会は、過去の世界を取り込む。

そのために重要になるのが、プレヘンション(prehension)、すなわち把握という概念である。

ある現実的機会は、それ以前の世界を、単に外側から観察するのではない。

過去の現実的存在体を、自らの生成のためのデータとして取り込む。

ただし、過去の世界がそのまま現在に複製されるわけではない。

現在の現実的機会は、過去のデータを自らの生成過程のなかで統合する。

この過程によって、新しい一つの現実的存在体が成立する。

この意味で、ホワイトヘッドでは、過去は現在の生成にとって外部的なものではない。

現在の生成は、過去の世界を取り込むことによって成立している。

3.第二論文との類似点

第二論文の歴史的遡及性は、過去の出来事が後続構造の成立に構成的に関与することを説明する。

この意味で、過去の現実が後続するものの成立条件として組み込まれるという点は、ホワイトヘッドの哲学と共通している。

どちらも、現在の存在者を、過去から完全に独立したものとして考えない。

ただし、ホワイトヘッドの過去の継承は、現実的存在体の生成そのものに組み込まれている。

一方、本理論の第二論文は、ある過去の出来事が、後続構造にとって構成的前史としての資格を持つかどうかを選別する。

そのために、五つの条件と履歴対応写像ι、構造的閉包B_D^α(S)への包含を要求する。

この違いがある。

4.生成的継承と歴史的資格Q

ホワイトヘッドでは、過去の現実は、後続する現実的機会の生成に関わる。

しかし、本理論のQは、過去の出来事が後続構造にとって構成的前史としての資格を持つという、特定の関係的事実である。

つまり、過去の出来事が後続構造に影響したというだけではQは成立しない。

その出来事が実際に構成的寄与を実現し、その寄与が後続構造の同一性条件に関わり、構造的閉包に含まれている必要がある。

したがって、Qは、ホワイトヘッドのプレヘンションと同じ概念ではない。

ホワイトヘッドは、宇宙の生成そのものを、過去の現実の継承と新しい統合の過程として理解する。

本理論は、特定の構造の同一性を成立させる履歴的条件を選別し、その構成的資格を明示する。

5.ホワイトヘッドから得られる問い

ホワイトヘッドとの比較からは、本理論に対して次の問いが生まれる。

構造の同一性は、過去の構成的寄与をどの程度まで取り込むのだろうか。

構造が存続する場合、過去の寄与は一度だけ構成的資格を得て、その後は固定されるのだろうか。

それとも、後続する過程によって、構造の同一性条件や歴史的資格そのものが更新されるのだろうか。

第二論文のQは、特定の後続構造Sに対する履歴の資格を表す。

しかし、Sが時間の経過とともに変化し、新しい構造へと移行する場合、Qもまた別の水準で再検討される必要がある。

この問題は、歴史的遡及性を、単発の成立条件だけではなく、継続的な構造変化のなかで考えるために重要である。


第三部 歴史的遡及性――過去はどのように後続する構造を成立させるのか

第12章 現代のcross-temporal grounding――時間をまたぐ存在論的説明

1.通時的groundingという問題

第二論文との比較で、現代分析形而上学のなかで特に重要なのが、Fabrice CorreiaとGiovanni Merloによる「Cross-Temporal Grounding」である。

この論文は、2024年刊行の『Analytic Philosophy』第65巻第3号に掲載されている。オンラインでの初出は2023年2月22日である。

この研究が扱うのは、現在に成立している過去についての事実が、過去の事実によって基礎づけられるという関係である。

例えば、「カエサルが生きていた」という過去についての現在の事実を考える。

この事実は、現在の何らかの事実によってではなく、過去にカエサルが生きていたという事実によって説明されるのではないか。

このような、時間をまたいだgrounding関係をcross-temporal groundingと呼ぶ。

2.なぜ時間をまたぐgroundingが必要なのか

通常、groundingは同じ時間に成立する事実同士の関係として考えられがちである。

しかし、現在成立している過去についての事実を説明しようとすると、過去の事実を参照する必要がある。

例えば、ある歴史的事実が現在も真であるのは、その出来事が過去に実際に起きたからである。

現在の事実が過去の事実によって説明されることを認めるならば、groundingは時間をまたぐことができる。

CorreiaとMerloは、このような説明関係が理解可能であり、groundingの論理を時間をまたぐ関係へと拡張できることを論じている。

3.第二論文との類似点

第二論文は、過去の履歴と後続構造のあいだに、構成的な依存関係が成立しうるという前提A3を採用している。

この点で、cross-temporal groundingとの接近がある。

どちらも、存在論的な説明関係は、必ずしも同一時点に閉じていないと考える。

過去の事実が、後続するものの成立や現在の事実を説明することがありうる。

しかし、ここで両者の説明対象を正確に区別する必要がある。

4.決定的な相違――過去についての現在の事実と、後続構造の歴史的前史

CorreiaとMerloが中心的に扱うのは、現在に成立している過去についての事実が、過去の事実によってgroundされるという問題である。

これに対して本理論の第二論文が扱うのは、過去の出来事が、後続する構造の構成的前史としての資格を持つかどうかという問題である。

この違いは重要である。

例を使って整理しよう。

CorreiaとMerloの議論では、現在の「カエサルが生きていた」という事実が、過去の「カエサルが生きている」という事実によって説明される。

時間の向きは、過去の事実から現在の過去指示的事実へと向かう。

本理論では、時点t₀の設立活動が、時点t₁に成立する組織Sの構成的前史としての資格を持つかどうかが問題になる。

ここで説明したいのは、現在の過去指示的事実の真理条件ではない。

過去に実際に起きた出来事が、後続構造の同一性条件を成立させる構成的役割を担っていたかどうかである。

比較項目Correia & Merlo第一性の遡及的成立
主な対象現在の過去指示的事実後続構造の構成的前史
説明関係過去の事実が現在の過去についての事実をgroundする過去の履歴が後続構造の構成的寄与を実現する
中心的問題過去についての事実の基礎づけ履歴が構成的資格を持つ条件
形式的な特徴時間をまたぐgrounding履歴選別・履歴対応写像ι・閉包への包含
第一性との関係それ自体では歴史内部の第一性を扱わないQとODを区別し、第一性を別途判定する

したがって、cross-temporal groundingは、第二論文のA3を考えるうえで非常に重要な先行研究である。

しかし、第二論文のQと同じ概念を提示したものではない。

5.cross-temporal groundingを本理論に取り入れる意味

この比較から、本理論には二つの課題が見えてくる。

第一に、時間をまたぐ構成的依存関係がどのような論理的性質を持つのかを明確にする必要がある。

例えば、構成的依存関係は時間的に先行するものから後続するものへ向かうのか。

同じ関係が、時間方向に逆向きに成立することはあるのか。

過去の寄与が後続構造によって資格づけられることと、その寄与が後続構造を説明することは、同じ関係なのか。

第二に、時間的な依存関係と歴史的資格Qを区別しなければならない。

ある過去の事実が後続する構造を説明していても、その履歴が構成的前史としての資格を持つとは限らない。

Qが成立するためには、五条件と構造的閉包への包含が必要である。

この点に、本理論の歴史的遡及性の特徴がある。


第13章 マルクス――資本主義の歴史的成立と構成的前史

1.資本主義はどのように成立したのか

第二論文の歴史的遡及性を具体的な社会理論と比較するうえで、マルクスは重要な思想家である。

『資本論』第一巻第七篇「資本の蓄積過程」の最後には、「いわゆる本源的蓄積」が論じられている。

本源的蓄積とは、資本主義的生産様式が成立するための歴史的条件を説明する概念である。

資本主義が成立するためには、単に貨幣や商品が存在するだけでは不十分である。

労働者が生産手段から切り離され、自らの労働力を商品として売ることができる社会的条件が必要になる。

そのためには、土地や生産手段の所有関係が変化し、従来の社会的な依存関係が解体される必要がある。

マルクスは、資本主義的生産様式の歴史的な成立を、こうした社会的・経済的過程から説明する。

2.単なる起源と継続的な構成条件

本源的蓄積をめぐる議論には、二つの異なる理解がある。

一つは、本源的蓄積を、資本主義が成立するために必要だった過去の歴史的出発点と考える理解である。

もう一つは、本源的蓄積が、資本主義の成立後も、その社会関係を再生産するための構成的な条件として作用し続けると考える理解である。

Werner Bonefeldは、2011年の論文「Primitive Accumulation and Capitalist Accumulation」において、本源的蓄積を単なる資本主義の歴史的起源としてではなく、資本主義的社会関係を構成するものとして理解する。

ここでは、過去の歴史的過程は、単に現在より前に起きた出来事ではない。

資本主義的な社会関係が成立し、維持されるための条件として、その構成的な意味を持ち続ける。

3.歴史的資格Qとの類似

この考え方は、第二論文の歴史的遡及性と非常に近い問題を扱っている。

ある社会構造が成立したとき、その構造が現在どのような関係を維持しているのかは、その構造を成立させた歴史的過程と切り離して考えることができない。

過去の出来事は、単に時間的に先行したという理由だけで現在にとって重要なのではない。

その出来事が後続する社会構造の成立条件を実現したからこそ、構成的な意味を持つ。

この意味で、マルクスの本源的蓄積論は、歴史的前史の構成的な役割を考えるための重要な先行研究である。

4.マルクスと第二論文の相違

しかし、マルクスの本源的蓄積論と本理論のQは、同じものではない。

マルクスの理論は、資本主義という特定の社会的・経済的関係の歴史的成立と再生産を説明する。

本理論は、特定の構造Sについて、その同一性水準Dを維持する構成的前史が何であるかを、一般的な存在論の枠組みで説明する。

また、マルクスの議論では、資本主義の成立に関わる歴史的な強制や収奪、労働力と生産手段の分離などが、具体的な社会過程として分析される。

本理論では、過去の履歴を構成的前史として認めるために、五つの条件と、履歴対応写像ιによる構成的寄与の確認、構造的閉包への包含を要求する。

つまり、マルクスは資本主義という特定の社会構造の成立と運動を歴史的・批判的に分析するのに対し、本理論は、歴史的な構成的資格を判定するための一般的な形式を提示しようとする。

5.マルクスとの比較から得られる具体的な研究課題

本理論にとって、マルクスの議論は、歴史的遡及性が単なる抽象的な論理ではなく、具体的な社会構造の分析に適用できることを考えるための重要な素材になる。

例えば、資本主義的な所有関係や労働関係を一つの構造Sとして捉える場合、どの歴史的過程がその構造の構成的前史となるのかを分析できる可能性がある。

この場合、単に資本主義の成立以前に起きた出来事を列挙するのではなく、どの出来事がどの構成的寄与を実現し、その寄与がどの不変項に接続しているのかを示す必要がある。

ただし、マルクスの議論を本理論によって説明し尽くせると考えるべきではない。

資本主義の歴史的成立には、権力、階級、所有、法、強制、世界市場など、多数の複雑な要因が関係する。

本理論を具体的な歴史研究に適用するならば、こうした要因を構造項や構成的寄与としてどのように特定するのかが課題になる。


第14章 リクール――物語による過去の再構成

1.時間と物語の関係

ポール・リクールの『時間と物語』は、過去の出来事が後からどのように意味づけられるのかを考えるうえで重要な著作である。

リクールが扱う中心的な問題は、時間経験と物語の関係である。

私たちは、時間を単なる出来事の連続として経験しているわけではない。

過去の出来事を関連づけ、現在の出来事と結びつけ、未来への予測や期待を形成する。

物語は、互いに異なる出来事を、一つの筋立てのなかに配置する。

このとき、個々の出来事の意味は、その出来事だけで完全に決まるわけではない。

物語全体の展開のなかで、出来事の役割や意味が明らかになる。

2.三重のミメーシス

リクールの時間論を理解するためには、三重のミメーシス(mimèsis)という構図が重要になる。

第一のミメーシスは、物語に先立つ行為や実践の世界、つまり前理解された行為の秩序に関係する。

第二のミメーシスは、物語の構成である。

異なる出来事が、筋立てによって一つの物語的全体にまとめられる。

第三のミメーシスは、物語が読者や聞き手の世界に受け取られ、再び時間経験に結びつく段階である。

この三段階によって、物語は単に過去を記録するものではなく、時間の経験そのものを構成する働きを持つ。

3.歴史的遡及性との類似

リクールの議論では、ある出来事の意味は、その出来事が属する物語全体との関係によって明らかになる。

例えば、ある人物の若い頃の行為は、その後の人生の展開を知ったとき、別の意味を持つことがある。

最初は偶然の出来事に見えた行為が、後の出来事との関係で、重要な転機として理解されるかもしれない。

このような時間的な意味の再構成は、第二論文の歴史的遡及性と類似している。

過去の出来事は、その出来事だけを取り出しても、後続する構造との関係でどのような位置を占めるのかが分からないことがある。

4.物語的な意味づけと存在論的資格の違い

しかし、ここには決定的な違いがある。

リクールが扱うのは、物語の構成を通じた時間的意味の理解である。

それに対して本理論のQは、物語のなかである出来事がどのような意味を持つかという解釈論だけではない。

過去の履歴が実際に後続構造の同一性を成立させる構成的寄与を実現していたかどうかを問題にする。

例えば、ある組織が成立した後、設立者たちが過去の会議を「歴史的な創設の瞬間」と呼ぶようになったとする。

しかし、その会議が実際に組織の同一性を成立させる構成的寄与を実現していたかどうかは、別に検討しなければならない。

後から物語のなかで重要な出来事として描かれたことだけでは、Qは成立しない。

第二論文は、この問題を避けるために、過去の出来事の実在、構成的寄与、追跡可能な連結、K_D(S)への関連性などを要求する。

したがって、リクールの物語的再構成と本理論の歴史的資格は、どちらも過去の位置づけを後続する全体との関係から考えるが、その説明対象が異なる。

5.リクールから本理論への批判可能性

リクールとの比較からは、歴史的資格Qをめぐる認識論的な問題が浮かび上がる。

どの過去の出来事が構成的前史であるかを判断するためには、必ず何らかの解釈が必要になる。

歴史的資料は断片的であり、同じ記録から複数の物語を構成することもできる。

そのため、本理論の独立した証拠条件は、どの程度まで解釈の影響を取り除くことができるのかという問題が残る。

ここでは、出来事が実際に起きたという事実と、その出来事が後続構造の成立にどのような役割を果たしたかという判断を区別しなければならない。

リクールの議論は、この後者が単なる記録の集積ではなく、時間的な理解と解釈を必要とすることを教えてくれる。


第15章 コゼレック――歴史的時間と経験の構造

1.歴史的時間は単なる時計の時間ではない

ラインハルト・コゼレックの『過去と未来――歴史的時間の意味論』は、歴史的な時間の構造を理解するために重要な著作である。

コゼレックは、歴史的な時間を、時計や暦によって測定される均質な時間に還元しない。

社会や時代によって、過去の経験と未来への期待の関係は異なる。

例えば、ある時代の人々にとって未来は、過去の経験から連続的に予測できるものだったかもしれない。

しかし、近代においては、未来が過去の経験から予測できない新しい可能性として理解されるようになる。

コゼレックは、こうした歴史的な時間経験の変化を、「経験空間」と「期待地平」という二つの概念によって分析する。

2.経験空間と期待地平

経験空間(Erfahrungsraum)とは、過去の経験が現在に蓄積され、利用可能になっている領域である。

期待地平(Erwartungshorizont)とは、未来に対して抱かれる希望や不安、予測、可能性の領域である。

この二つは関係しているが、完全に一致するわけではない。

過去の経験から予測できる範囲を超えて、新しい未来が開かれることがある。

この関係の変化が、歴史的時間の構造を形成する。

3.本理論との関係

コゼレックの議論は、第二論文の歴史的遡及性を考えるうえで重要である。

過去は、単に時間的に終了した出来事の集合ではない。

現在の社会や制度において、どの過去が経験として引き継がれ、どの過去が忘却され、どの過去が未来への期待を形成しているのかという問題がある。

しかし、ここでも本理論との違いを明確にする必要がある。

コゼレックは、歴史的時間の経験や概念、過去と未来の関係を分析する。

本理論の第二論文は、後続構造の同一性条件を成立させるために、どの過去の履歴が構成的前史として資格を持つのかを説明する。

したがって、コゼレックの経験空間をQに置き換えることはできない。

4.本理論にとっての意義

コゼレックとの比較によって、本理論は、歴史的資格を考える際に、単に過去の出来事の客観的な連結だけを分析すれば十分なのかという問いを得る。

過去の出来事が後続構造を成立させていたとしても、その構成的な寄与が社会のなかでどのように記憶され、忘却され、再解釈されてきたのかという問題は残る。

つまり、構造の存在論的な成立と、歴史的な自己理解は区別される必要がある。

Qは前者を扱う。

コゼレックの歴史的時間論は、後者を考えるための重要な視点を与える。


第16章 フロイトのNachträglichkeit――後から成立する過去の意味

1.Nachträglichkeitとは何か

精神分析において、Nachträglichkeitは、しばしば「事後性」「遅延事後性」「遡及的な作用」などと訳される。

フロイトの理論では、ある経験がその時点ですぐに十分な意味を持つとは限らない。

後に起きる出来事や経験によって、以前の経験が新しい意味を持つことがある。

例えば、幼少期のある経験が、その時点では理解されず、後の経験によって初めて強い心理的意味を帯びる場合がある。

ここでは、過去の出来事そのものが変更されるわけではない。

後の経験によって、過去の出来事が現在の心理的な意味を持つ仕方が変化する。

この意味で、Nachträglichkeitは時間の二方向性を含んでいる。

過去の出来事が後の経験に影響を与える一方で、後の経験が過去の出来事の意味を遡及的に変える。

2.歴史的遡及性との類似

この構造は、第二論文の歴史的遡及性と類似している。

第二論文でも、過去の出来事そのものが変更されるわけではない。

後続構造との関係によって、その出来事が後続構造の構成的前史として持つ資格が確定する。

したがって、両者には、過去の事実そのものと、後から成立する意味や資格を区別するという共通点がある。

3.心理的な意味と存在論的な構成的資格

しかし、両者は根本的に異なる。

Nachträglichkeitが扱うのは、主として心理的・精神分析的な時間構造である。

ある出来事が、後の経験によってどのような心理的意味を持つようになるのかが問題になる。

本理論のQは、特定の構造の同一性を成立させる構成的寄与を、過去の履歴が実際に実現していたかどうかを扱う。

つまり、過去の出来事が心理的にどのような意味を持つようになるかではなく、後続構造が成立するための構成的条件に実際に含まれているかどうかが問題である。

例えば、ある組織の設立者が後に過去の出来事を重要な原体験として語るようになったとしても、それだけでその出来事が組織の構成的前史になるわけではない。

その出来事が組織の同一性を成立させる構成的寄与を実現していたかどうかを別途確認しなければならない。

4.遡及性という言葉の射程

この比較から、遡及性という言葉には、少なくとも三つの異なる意味があることが分かる。

種類遡及的に成立するもの
精神分析的事後性過去の経験が持つ心理的な意味
物語的遡及性過去の出来事が物語全体のなかで持つ意味
本理論の歴史的遡及性過去の履歴が後続構造に対して持つ構成的資格

これらを混同しないことが重要である。

本理論の遡及性は、心理的意味や物語的意味の変化だけでは説明できない、存在論的な構成的資格の問題を扱う。


第四部 社会存在論――制度・規則・役割はどのように成立するか

第17章 ジョン・サール――構成的規則と制度的事実

1.制度的事実とは何か

ジョン・サールの『社会的現実の構成』は、制度や社会的事実がどのように成立するのかを説明する重要な著作である。

サールは、制度的事実を理解するために、構成的規則(constitutive rules)という概念を用いる。

規制的規則は、すでに存在している行為を規制する。

例えば、歩道を歩くという行為は、交通規則がなくても可能である。

一方、構成的規則は、特定の制度的な行為や事実を成立させる。

例えば、チェスの規則がなければ、チェスというゲームの手を行うことはできない。

サールは、構成的規則を次のような形式で表現する。

X counts as Y in context C

つまり、ある文脈Cにおいて、XがYとして数えられるという規則である。

例えば、特定の紙片が、一定の制度的な条件のもとで貨幣として認められる場合がある。

単なる紙片が貨幣になるわけではない。

制度的な規則や集団的な承認が、その紙片に貨幣としての地位を与える。

2.役割の個体化とI

この考え方は、本理論のIと非常に近い。

ある人物は、一人の人間としては制度の成立以前から存在している。

しかし、その人物が特定の制度における役職者であることは、制度的な規則と関係によって成立する。

例えば、ある人物が会計担当者として任命されるとする。

その人物が会計担当者として存在するためには、単に本人がその役割を自称すればよいわけではない。

組織の規則に基づいて任命され、一定の権限や責任を与えられていなければならない。

この場合、次のように考えられる。

I(S, m_treasury → x_treasurer)

ここでは、財務管理という差異的契機が、組織Sのなかで会計担当職という構造項として個体化される。

この意味では、サールの構成的規則は、制度内部の構造項がどのように成立するのかを考えるうえで重要な先行研究である。

3.サールと本理論の違い

しかし、両者は同じではない。

サールの社会存在論は、制度的事実、集合的志向性、構成的規則、地位機能、義務や権力などを中心に説明する。

本理論は、それらを含みうるが、制度的事実だけを対象にしているわけではない。

物理的な個体、生物的個体、社会的構造、制度的構造など、異なる対象を同じ構造的存在論の枠組みで扱うことを目指す。

また、サールの構成的規則による制度的地位の説明は、本理論のK_D(S)やB_D^α(S)の完全な代替ではない。

例えば、ある組織の規則が役職を成立させるとしても、その組織の同一性を維持するためには、規則だけでなく、実際の権限関係や意思決定手続き、構成員の資格、継続に関する条件などが必要かもしれない。

本理論では、こうした構成的制約を、同一性水準Dに応じてK_D(S)として特定する。

そして、それらを実現する関係の範囲をB_D^α(S)によって定める。

4.規則だけでなく、構造全体を考える必要性

サールとの比較で本理論が明確にするべきことは、制度的役割を成立させる規則と、その制度の同一性を成立させる構造全体を区別することである。

例えば、会計担当職を成立させる規則が存在していても、組織全体の意思決定手続きや権限関係が失われれば、組織そのものの同一性が維持されなくなる可能性がある。

したがって、ある制度的役割の成立条件を説明するだけでは、組織全体の個体性を説明したことにはならない。

ここで、本理論のK_D(S)とB_D^α(S)が必要になる。

サールの理論が制度的事実の成立に関する重要な説明を与えるのに対し、本理論は、制度的役割を含む構造全体の同一性と第一性を説明しようとする。


第18章 ブライアン・エプスタイン――社会的groundingとanchoring

1.社会存在論の二つの問い

ブライアン・エプスタインの社会存在論は、本理論の第一論文と第二論文を接続するうえで特に興味深い。

『The Ant Trap』(2015)や「A Framework for Social Ontology」(2016)では、社会的事実がどのように成立するのかという問題が扱われる。

エプスタインは、社会的存在論の問題を整理するうえで、groundingとanchoringを区別する。

大まかに言えば、groundingは、具体的な社会的事実が何によって成立しているのかを問題にする。

これに対してanchoringは、ある社会的なカテゴリーや原理、規則の枠組みが、どのように設定されるのかを問題にする。

例えば、ある制度が成立しているとしよう。

その制度に属する具体的な事実が何によって成立しているのかという問題と、その制度のカテゴリーや規則がどのように設定されたのかという問題は、区別できる。

2.第二論文との近さ

この区別は、本理論の第一論文と第二論文の役割分担に近い。

第一論文は、構造Sが成立した後、その内部の構造項や関係がどのように個体化され、同一性や第一性が成立するのかを説明する。

第二論文は、構造Sが成立する以前の履歴が、どのように構成的前史として資格を持つのかを説明する。

ある制度の具体的な事実が何によって成立しているのかを問うことと、その制度の枠組みがどのように設定されたのかを問うことには、区別が必要である。

この意味で、エプスタインのgroundingとanchoringの区別は、二本の論文を読むための重要な比較対象になる。

3.anchoringと歴史的資格Qの相違

しかし、anchoringとQは同じものではない。

anchoringは、社会的カテゴリーや枠組みがどのように設定されるかという問題である。

Qは、過去の履歴が後続構造の構成的前史としての資格を持つという関係的な事実である。

ある制度の枠組みが特定の会議によって設定されたとしても、その会議が後続構造の構成的前史としての資格を持つかどうかは、別に確認しなければならない。

過去の会議が実際に行われたこと、制度的な決定に寄与したこと、その寄与が後続構造の同一性条件に関係していること、さらに構造的閉包に含まれていることを示す必要がある。

ここに本理論の歴史的遡及性の特徴がある。

4.社会存在論を超える一般存在論

本理論がエプスタインから学べるのは、社会的事実の成立条件を一種類の関係に還元してはいけないということである。

社会的事実の成立、カテゴリーの設定、制度的規則の形成、具体的な役割の個体化、歴史的な前史の成立は、それぞれ異なる問題を含んでいる。

本理論では、これらをRᶜ、C、I、OD、→_cという異なる関係として区別する。

そして、これらの関係を同じ構造的不変項と構造的閉包に接続することで、一つの存在論的な説明体系を形成しようとする。

また、本理論は社会的事実だけに限定されない。

物理的個体や生物的個体にも適用可能な一般的な構造的個体化の理論を目指している。

この点で、社会存在論は本理論の具体的な適用領域の一つである。


第五部 比較の総括――類似性と独自性

第19章 比較対象を横断して見えてくる共通問題

ここまで取り上げた哲学者と研究領域を振り返ると、いくつかの共通問題が明らかになる。

1.個体は最初から完成しているのか

この問題は、シモンドン、ドゥルーズ、スピノザ、本理論に共通している。

個体は、独立した完成品として存在し、後から関係を結ぶだけのものではない。

個体を成立させる差異や関係、秩序、過程が必要である。

ただし、それぞれの思想家が個体化の根拠と過程をどのように説明するかは異なる。

アリストテレスは実体と形相の関係を中心に考える。

スコトゥスはハエッキタスによって個体差を説明する。

スピノザは運動と静止の比率によって複合個体を説明する。

シモンドンは前個体的なメタ安定性とトランスダクションによって個体化を説明する。

ドゥルーズは仮想的多様体と強度的な現実化によって個体化を説明する。

本理論は、前個体的差異場Δ、構成的関係Rᶜ、構造S、構造的不変項K_D(S)、構造的境界B_D^α(S)によって、個体化と構造の同一性を一つの枠組みで説明しようとする。

2.関係や構造は個体の存在に対してどのような役割を持つのか

この問題は、アリストテレス、ヘーゲル、シェファー、現代のgrounding論、構造実在論に共通している。

あるものの存在が他のものに依存している場合、それは単なる影響関係なのか、存在論的な依存なのか、構成的な依存なのかを区別しなければならない。

本理論は、構造内部の同一性依存をODとして定義し、その非対称性から限定的な第一性を導こうとする。

3.過去の出来事は後からどのように位置づけられるのか

この問題は、ヘーゲル、マルクス、リクール、コゼレック、フロイト、ホワイトヘッド、CorreiaとMerloに、それぞれ異なる形で現れる。

過去は単なる時間的な先行事実ではない。

後続するものとの関係によって、その過去が持つ意味や説明上の位置、構成的な役割が明らかになる場合がある。

本理論は、これを歴史的資格Qとして明示し、過去の履歴が後続構造の構成的前史となる条件を定める。

第20章 比較一覧

以下の表は、今回の比較を一望するためのものである。

思想家・理論中心概念本理論との主な共通点決定的な相違点
アリストテレス実体・存在論的優先性非対称的依存と優先性個別的実体を基本的出発点にする
スコトゥスハエッキタス個体化の根拠を問う個体化原理を構造的関係に求めない
ライプニッツ完全概念個体の同一性と履歴の結びつき完全概念による個体規定であり、Qのような後続構造との資格関係ではない
スピノザ運動・静止の比率関係秩序による複合個体の同一性実体一元論と物理的比率が中心
シモンドン前個体的なもの・メタ安定性・トランスダクション個体化以前の差異的条件動的な個体化過程が中心で、ODによる第一性の形式化とは異なる
ドゥルーズ仮想的多様体・強度・個体化差異を個体化の生成条件として捉える構造的不変項や歴史的資格Qを同じ形式では扱わない
ヘーゲル反省・根拠・条件・全体と部分相互媒介と遡及的な規定概念の自己媒介と本理論の型別の構成的依存・歴史証拠条件は異なる
シェファー優先的一元論全体と部分の存在論的依存宇宙全体の優先性と構造内部の第一性は異なる
ファインgrounding・本質非因果的な存在論的説明ODは特定構造内の同一性依存に限定される
ロウ非対称的依存と個体化個体化と依存の関係ODの構造・同一性水準・規定次元の限定は独自の定式化
構造実在論関係構造の存在論的役割関係が個体のあり方に関与する科学的理論構造の問題と、構造的個体化・第一性の問題は異なる
ホワイトヘッドコンキレッセンス・プレヘンション過去の現実の後続生成への関与過去の継承一般と歴史的資格Qの選別は異なる
Correia & Merlocross-temporal grounding時間をまたぐ存在論的説明現在の過去指示的事実のgroundingと、後続構造の構成的前史は異なる
マルクス本源的蓄積過去の社会過程が現在の構造を構成する資本主義の歴史分析と一般的な構成的資格の理論は異なる
リクール物語的構成・時間経験後続する全体による過去の意味づけ物語的意味と存在論的な構成的資格は異なる
コゼレック経験空間・期待地平過去と後続する時間構造の関係歴史的時間の意味論と構成的前史の存在論は異なる
フロイトNachträglichkeit後の経験による過去の意味の遡及的規定心理的意味の事後性と構造の構成的資格は異なる
サール構成的規則・制度的事実構造による役割や地位の成立制度的規則の理論と一般的な構造的個体化は異なる
エプスタインgrounding・anchoring社会的枠組みの設定と具体的事実の成立の区別社会存在論の枠組みと本理論のQ・Bによる履歴資格の判定は異なる

第21章 「第一性の遡及的成立」の独自性はどこにあるのか

1.個々の概念の新しさを主張するべきではない

ここまでの比較から、一つのことが明らかになる。

「第一性の遡及的成立」を構成する概念の多くには、哲学史上の先行例がある。

個体化以前の差異的条件は、シモンドンやドゥルーズに見られる。

構造による個体の成立は、スピノザの複合個体論や構造実在論と比較できる。

構成的な依存や優先性は、アリストテレスや現代grounding論に見られる。

全体と部分の相互依存は、ヘーゲルやシェファーに見られる。

後続するものによる過去の意味の規定は、ヘーゲル、リクール、フロイトなどに見られる。

過去の事実が後続するものを説明する関係は、CorreiaとMerloのcross-temporal groundingと比較できる。

制度的役割が規則によって成立するという問題は、サールやエプスタインによって論じられている。

したがって、本理論の独自性を、これらの概念を最初に発見したことに求めるべきではない。

重要なのは、それらをどのような論証構造に統合し、どの説明課題を一つの理論によって扱えるようにしたのかという点である。

2.独自性①――個体化・同一性・第一性を分けて論証する

本理論の第一の特徴は、個体化、同一性、第一性を、一つの曖昧な問題にまとめないことである。

あるものが構造によって個体化されたことと、そのものが他のものに対して第一であることは異なる。

構造項として成立していても、その項が他の項の同一性条件を決定しているとは限らない。

第一性を導くためには、ODの非対称性が必要になる。

この区別によって、個体化されたものすべてに第一性を認めるという過剰な結論を避けることができる。

3.独自性②――構造の同一性条件を独立に判定する

第二の特徴は、K_D(S)とB_D^α(S)を、第一性や歴史的資格の結論から逆算しないことにある。

ある構造が何によって同一性を維持しているのかは、対象となる同一性水準を明示したうえで、独立に判定しなければならない。

これは、理論の結論に合わせて構造の範囲を都合よく選ぶことを防ぐための重要な条件である。

また、K_D(S)やB_D^α(S)が必ず一意に決定されるとは限らないことも認めている。

候補が複数残るなら、それぞれの候補を独立に論証する必要がある。

4.独自性③――CとIによって構造と構造項の相互構成を区別する

第三の特徴は、構造と構造項の関係を、CとIという異なる関係に分けることである。

Cは、下位水準の個体が上位構造を実現する関係である。

Iは、上位構造が内部の契機を構造項として個体化する関係である。

この区別によって、構造が構造項によって成立することと、構造が構造項の位置や役割を成立させることを、同一の循環に押し込めずに説明できる。

ただし、CとIの定義だけで循環問題が完全に解決したと主張してはならない。

実際の事例で、下位水準の同一性、上位構造の同一性基準、両者の具体的な対応関係を示す必要がある。

5.独自性④――第一性を構造相対的・次元相対的に限定する

第四の特徴は、第一性を絶対的な順位として扱わないことである。

第一性は、同じ構造S、同じ同一性水準D、特定の規定次元dにおいて成立する。

そのため、ある規定次元における第一性から、別の規定次元における第一性を推論することはできない。

また、すべての構造に第一項が存在するとも限らない。

この限定は、優先的一元論や一般的な基礎づけ論との比較で、特に重要になる。

6.独自性⑤――過去の出来事と構成的寄与を区別する

第五の特徴は、第二論文で導入された履歴対応写像ιにある。

過去に起きた出来事そのものと、その出来事が後続構造に対して実現した構成的寄与は、同じものではない。

この区別を維持することで、過去の出来事をそのまま現在の構造に含めるという混乱を避けられる。

また、個別の出来事が代替可能であっても、その出来事が担った構成的役割が必要である場合を区別できる。

この点は、ライプニッツの完全概念、マルクスの本源的蓄積、リクールの物語的構成、cross-temporal groundingなどと比較するうえでも重要である。

7.独自性⑥――歴史的資格Qと第一性を分離する

第六の特徴は、歴史的資格Qと歴史内部の第一性を同一視しないことである。

ある過去の履歴が後続構造の構成的前史として認められたとしても、その履歴の内部に第一項が存在するとは限らない。

歴史内部で第一性を主張するためには、ODの非対称性を別途示す必要がある。

つまり、第二論文は第一論文の第一性概念を歴史にそのまま適用するのではなく、まず歴史的資格の成立条件を独立に定義し、そのうえで第一性を扱う。

この区別は、二本の論文を一つの体系に統合するうえで不可欠である。

8.独自性⑦――同一の構造的不変項と閉包による統合

最後の特徴は、統一定理T3である。

第一論文と第二論文が、別々の構造や同一性条件を使っていれば、それらを一つの存在論として統合することはできない。

T3は、両論文が同じ構造S、同じ同一性水準D、同じK_D(S)、同じB_D^α(S)を共有し、異なる関係が同一の構成的依存秩序に接続されていることを要求する。

この意味で、T3は単なる総括ではない。

構造内部の個体化・第一性と、過去の履歴の構成的資格を、一つの構造的存在論に位置づける統合条件である。

ただし、T3は条件付きの統合定理である。

A1・A2・A3の真理や、ODから優先性を導く橋渡し原理そのものを、自動的に証明するわけではない。

この限定を維持することが、理論の独自性を正確に評価するうえで重要である。


第六部 批判的検討――比較研究から明らかになる課題

第22章 Δは本当に前個体的なのか

最初の重要な問題は、Δの存在論的な身分である。

本理論は、Δを個体化以前の差異的基礎として定義する。

しかし、Δに内在するとされる差異的契機が、すでに区別可能な複数の要素として成立しているならば、それらはすでに個体化されているのではないかという疑問が生じる。

この問題は、構造実在論における関係項の問題とも接続する。

関係が成立するためには関係項が必要なのか。

関係項が成立するためには関係が必要なのか。

本理論は、Δを導入することによって、この問題をすぐに解決したことにはならない。

Δの差異は、構造項のように数的に区別された存在者なのか。

それとも、まだ個体性を持たない差異的な条件なのか。

この違いを明確にする必要がある。

ここで、Δを個体化された要素の集合として説明すると、理論の出発点が崩れてしまう。

したがって、Δの存在論的な説明は、今後も継続して検討すべき基礎問題である。

第23章 K_D(S)はどのように独立に判定できるのか

第二の問題は、構造的不変項K_D(S)の判定である。

本理論は、K_D(S)を第一性や歴史的資格から逆算してはならないと定めている。

しかし、それでは何を基準にK_D(S)を判定するのだろうか。

この問題は、構造の同一性を説明するあらゆる理論に共通する難点である。

例えば、ある組織について、構成員が変わっても同じ組織として存続することを説明したいとする。

そのとき、何が維持されていれば同じ組織と言えるのか。

基本目的なのか。

規則なのか。

権限関係なのか。

実際の活動なのか。

法的な継続なのか。

これらの条件のどれを必要とするかは、何の同一性を説明するのかによって異なる。

したがって、Dの指定と、K_D(S)の独立判定は、理論の実際の適用において非常に重要になる。

また、複数のK_D(S)候補が成立する場合には、その候補を一つに決めるための追加基準が必要になる。

本理論がこの非一意性を認めていることは適切である。

しかし、非一意性を認めることと、何を選んでもよいということは違う。

候補間の比較基準を明示し、どの候補がどの理由によって採用されるのかを論証しなければならない。

第24章 CとIは循環問題を解決するのか

第三の問題は、構造と構造項の相互構成である。

本理論はCとIを区別する。

しかし、CとIが具体的な事例でどのように成立しているのかを示さなければ、単に二つの記号を定義しただけになってしまう。

例えば、組織Sが人間を構成員として個体化するとする。

一方で、その組織Sは、人間という個体によって実現される。

ここでは、人間としての個体性と、組織内部の構成員としての個体性を区別する必要がある。

人間としての個体性が、組織の成立以前に確立しているならば、組織が人間を構成員として個体化することは、その人間の全体的な存在をゼロから作ることではない。

組織という特定の同一性水準において、その人間の位置や役割を成立させることである。

このように異なる水準を区別すれば、CとIの相互構成を説明できる。

ただし、実際の事例では、その水準の区別が本当に成立していることを示さなければならない。

この点で、シモンドンやヘーゲルの相互構成の議論は、今後も重要な比較対象になる。

第25章 ODから第一性への橋渡しは正当化されているのか

第四の問題は、ODから第一性を導く橋渡し原理である。

本理論は、特定の構造・同一性水準・規定次元において、構成的同一性依存が非対称的に成立する場合、存在論的優先性が認められるとする。

しかし、なぜ非対称的な同一性依存が、存在論的優先性を意味するのだろうか。

これは、単なる定義の問題ではない。

優先性とは何かという存在論的な立場に関わる。

アリストテレスの優先性、現代grounding論、ロウの非対称的依存などを参照しながら、この橋渡し原理がどのような意味で成立するのかをさらに説明する必要がある。

特に重要なのは、因果的な非対称性と、構成的な非対称性を区別することだ。

あるものが他のものに影響を与えているだけでは、第一性は成立しない。

他方の同一性条件が、当該のものの実在的な規定に構成的に依存している必要がある。

この限定を維持することによって、第一性は単なる重要度の順位から区別される。

第26章 A3と時間存在論の問題

第五の問題は、A3の存在論的な意味である。

A3は、時間的に離れた契機のあいだにも、実在的な構成的依存関係が成立しうるという前提である。

しかし、過去の出来事と現在の構造の関係を説明するためには、過去の存在論的な身分をどう考えるかという問題がある。

例えば、過去の出来事は、現在には存在していない。

それにもかかわらず、過去の出来事が現在の構造の構成的前史として資格を持つということを、どのように説明するのか。

ここでは、現在主義、永遠主義、成長ブロック説などの時間存在論との関係を検討する必要がある。

ただし、本理論がA3を採用することによって、特定の時間存在論をただちに採用しなければならないわけではない。

第二論文は、歴史的資格を説明するために、過去の出来事が実際に存在したことと、後続構造への構成的寄与を区別している。

それでも、A3の存在論的な根拠と時間存在論との整合性については、さらなる説明が必要である。

第27章 Qは客観的に判定できるのか

第六の問題は、歴史的資格Qの客観性である。

第二論文は、過去の履歴を選別するために五条件を設け、履歴対応写像ιによって過去の出来事と構成的寄与を区別している。

これは、後から成立した構造が自分の都合に合わせて起源物語を作ることを防ぐために重要である。

しかし、現実の歴史研究では、証拠が不完全であったり、複数の解釈が成立したりする。

例えば、ある制度の設立に複数の人物が関与しており、どの会議で何が決定されたのかについて、資料が一致しない場合がある。

このとき、どの履歴が構成的前史として資格を持つのかをどのように判定するのか。

本理論は、存在論的な資格と、それを識別するための証拠条件を区別している。

この区別は適切だが、実際の歴史分析に適用するためには、資料の信頼性、反証可能性、複数の履歴候補の比較などを、具体的な方法論としてさらに整備する必要がある。

第28章 T3は何を証明し、何を証明しないのか

最後の問題は、二本の論文を統合するT3の射程である。

T3は、第一論文と第二論文の結論を、同じ構造S、同じ同一性水準D、同じ不変項K_D(S)、同じ閉包B_D^α(S)に接続する。

しかし、T3の成立は、理論の全前提を証明することではない。

特に、次の点は区別しなければならない。

  • A1・A2:前個体的差異場と個体化以前の差異に関する前提。
  • A3:時間的に離れた構成的依存に関する前提。
  • ODから優先性を導く橋渡し原理。
  • K_D(S)とB_D^α(S)の独立判定。
  • 履歴の実在と構成的寄与を確認する証拠条件。

T3は、これらを前提としたうえで、二本の論文が同じ存在論的構造に属することを示す。

したがって、T3を「理論のすべてを証明した定理」と理解してはいけない。

その役割は、第一論文と第二論文の関係を統合的に説明することにある。

この限定を明確にすることは、理論の価値を下げることではなく、何が証明され、何が独立の前提として採用されているのかを明確にすることである。


結論 「第一性の遡及的成立」はどのような哲学なのか

本研究では、「第一性の遡及的成立」を、個体化、構造的依存、存在論的優先性、歴史的遡及性という四つの問題領域から比較してきた。

その結果、本理論が哲学史上の複数の系譜と接近しながらも、それらのいずれか一つに還元されないことが見えてきた。

シモンドンとドゥルーズは、個体を完成した存在者として最初から置くことを避け、個体化以前の差異的条件から個体の成立を考えた。

スピノザは、複合個体の同一性を、部分の固定的な集合ではなく、運動と静止の関係秩序から説明した。

アリストテレスやロウ、ファインは、存在論的な依存や優先性を考えるための重要な議論を提供した。

ヘーゲルは、根拠と条件、全体と部分の相互媒介、結果による前提の規定を考えるうえで重要な先行者である。

シェファーは、全体と部分の存在論的優先性をめぐる現代的な議論を展開した。

CorreiaとMerloは、時間をまたぐgroundingという問題を明確にした。

マルクスは、過去の社会的過程が後続する社会構造の構成条件となることを歴史的に分析した。

リクール、コゼレック、フロイトは、後続する経験や物語、歴史的時間によって過去が異なる意味を持つことを考えた。

サールとエプスタインは、制度的規則や社会的枠組みが、具体的な社会的事実や役割を成立させる仕組みを明らかにした。

これらの思想は、それぞれ異なる問題を扱っている。

本理論の特徴は、それらを単純に一つの概念へ還元することではない。

むしろ、異なる種類の関係を維持したまま、個体化・同一性・第一性・歴史的資格を、一つの構造的存在論のなかで説明することにある。

その中心的な構成は、次のようにまとめられる。

Δ → Rᶜ → S

I(S, mᵢ → xᵢ)

OD_{S,D,d}(B,A) ∧ ¬OD_{S,D,d}(A,B) ⇒ A ≺_{S,D,d} B

ι_{S,D}[H_{S,D}(t₀)] ⊆ B_D^α(S)

Q_{S,D}(H_{S,D}(t₀), t₁)

これらの関係は、それぞれ異なる問題を扱っている。

ΔとRᶜは、構造の成立を説明する。

Iは、構造内部の個体化を説明する。

ODは、構造内部の非対称的な同一性依存を説明し、限定された第一性を導く。

ιとQは、過去の履歴が後続構造に対して持つ構成的資格を説明する。

T3は、これらを同じ構造的不変項と構造的閉包に接続する。

このように考えるならば、「第一性の遡及的成立」は、単に個体を関係から説明する理論でも、単に全体を部分より優先させる理論でも、単に過去の意味が後から変わるという理論でもない。

それは、あるものが何であるか、何に対して第一であるか、そして過去の何がその成立条件であったのかを、構成的な関係秩序から説明する存在論である。

その中心的な問いは、次の一つに集約される。

あるものが第一のものとして成立するために、そのもの自身の存在だけで十分なのか。それとも、そのものを成立させる構造と、その構造を可能にした履歴までを考えなければならないのか。

本理論は、後者の立場を採用する。

第一性は、個体に最初から備わった性質ではない。

個体性は、構造を通じて成立する。

構造内部の第一性は、非対称的な構成的同一性依存によって成立する。

過去の履歴は、後続構造との関係によって構成的前史としての資格を持つ。

この一連の説明によって、存在の順番を、個体から関係へ、関係から構造へと進む一方向の順序として理解するのではなく、構造の成立を通じて、個体のあり方や第一性、過去の資格が確定するという順番へと転倒させる。

それが「第一性の遡及的成立」の哲学的な位置である。


参考文献

以下では、一次文献と二次文献を分けて整理する。比較対象を本格的に研究する際には、二次文献だけでなく、必ず一次文献の該当箇所に戻る必要がある。

A.「第一性の遡及的成立」の基準論文

B.古典哲学・近世哲学の一次文献

アリストテレス

  • Aristotle, Categories, especially Chapter 5.
  • Aristotle, Metaphysics, Book V, Chapter 11.
  • Aristotle, Politics, Book I, Chapter 2.
  • Aristotle, Physics, Book II.
  • Aristotle, De Anima.

ドゥンス・スコトゥス

  • Duns Scotus, Ordinatio, Book II, distinction 3.
  • Duns Scotus, Reportatio Parisiensis, relevant discussions of individuation and haecceity.

ライプニッツ

  • Leibniz, Gottfried Wilhelm. Discourse on Metaphysics (1686), especially §§8, 9, 13, 14.
  • Leibniz, Monadology (1714), especially §§8–9, 56–57, 61.
  • Leibniz, New Essays on Human Understanding (1704).

スピノザ

  • Spinoza, Baruch. Ethica (1677), Part II, Proposition 13 and its physical digression, especially the lemmas and scholium concerning composite individuals.
  • Spinoza, Ethica, Part II, Proposition 7.
  • Spinoza, Ethica, Part III, Proposition 6 and following propositions on conatus.

ヘーゲル

  • Hegel, Georg Wilhelm Friedrich. Wissenschaft der Logik (1812–1816), Doctrine of Essence.
  • Hegel, Science of Logic, translated by George di Giovanni, Cambridge University Press, 2010.
  • Hegel, Grundlinien der Philosophie des Rechts (1821).
  • Hegel, Vorlesungen über die Philosophie der Geschichte.

C.個体化・差異・構造に関する研究

シモンドン

  • Simondon, Gilbert. L’individuation à la lumière des notions de forme et d’information. Grenoble: Jérôme Millon, 2005.
  • Simondon, Gilbert. Individuation in Light of Notions of Form and Information. Translated by Taylor Adkins. University of Minnesota Press, 2020.
  • Simondon, Gilbert. L’individuation psychique et collective. Aubier, 1989.

ドゥルーズ

  • Deleuze, Gilles. Différence et répétition. Paris: Presses Universitaires de France, 1968.
  • Deleuze, Gilles. Difference and Repetition. Translated by Paul Patton. Columbia University Press, 1994.
  • Deleuze, Gilles. Logique du sens. Paris: Éditions de Minuit, 1969.

スピノザ研究

  • Garrett, Don. “Spinoza’s Theory of Metaphysical Individuation.” In Necessity and Nature in Spinoza’s Philosophy, 2018, pp. 295–320.
  • Spinoza’s Physical Theory. Stanford Encyclopedia of Philosophy.
    https://plato.stanford.edu/entries/spinoza-physics/

構造実在論

D.存在論的依存・grounding・優先性

  • Correia, Fabrice, and Benjamin Schnieder, eds. Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality. Cambridge University Press, 2012.
  • Fine, Kit. “Guide to Ground.” In Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality, edited by Fabrice Correia and Benjamin Schnieder, 2012.
  • Lowe, E. J. “Asymmetrical Dependence in Individuation.” In Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality, edited by Fabrice Correia and Benjamin Schnieder, 2012, pp. 214–233.
  • Schaffer, Jonathan. “Monism: The Priority of the Whole.” The Philosophical Review 119, no. 1 (2010): 31–76.
  • Schaffer, Jonathan. “The Internal Relatedness of All Things.” Mind 119, no. 474 (2010): 341–376.
  • Corkum, Phil. “Ontological Dependence and Grounding in Aristotle.” In The Oxford Handbook of Topics in Philosophy, 2016.
  • Edelhoff, Ana Laura. Aristotle on Ontological Priority in the Categories. Cambridge University Press, 2020.

E.時間・歴史・遡及性

  • Correia, Fabrice, and Giovanni Merlo. “Cross-Temporal Grounding.” Analytic Philosophy 65, no. 3 (2024): 333–352.
    https://doi.org/10.1111/phib.12287
  • Koselleck, Reinhart. Vergangene Zukunft: Zur Semantik geschichtlicher Zeiten. 1979.
  • Koselleck, Reinhart. Futures Past: On the Semantics of Historical Time. Translated by Keith Tribe. Columbia University Press, 2004.
  • Ricoeur, Paul. Temps et récit. 3 vols. Paris: Seuil, 1983–1985.
  • Ricoeur, Paul. Time and Narrative. 3 vols. Translated by Kathleen McLaughlin and David Pellauer. University of Chicago Press, 1984–1988.
  • Bonefeld, Werner. “Primitive Accumulation and Capitalist Accumulation: Notes on Social Constitution and Expropriation.” Science & Society 75, no. 3 (2011): 379–399.
    https://doi.org/10.1521/siso.2011.75.3.379
  • Eickhoff, Friedrich-Wilhelm. “On Nachträglichkeit: The Modernity of an Old Concept.” The International Journal of Psycho-Analysis 87, no. 6 (2006): 1453–1469.
    https://doi.org/10.1516/ekah-8uh6-85c4-gm22

ホワイトヘッド

  • Whitehead, Alfred North. Process and Reality: An Essay in Cosmology. Corrected Edition. Edited by David Ray Griffin and Donald W. Sherburne. Free Press, 1978.

F.社会存在論・制度的事実

  • Searle, John R. The Construction of Social Reality. Free Press, 1995.
  • Hindriks, Frank. “Constitutive Rules, Language, and Ontology.” Erkenntnis 71 (2009): 253–275.
  • Epstein, Brian. The Ant Trap: Rebuilding the Foundations of the Social Sciences. Oxford University Press, 2015.
  • Epstein, Brian. “A Framework for Social Ontology.” Philosophy of the Social Sciences 46, no. 2 (2016).

付記 比較研究を読むための推奨順序

本稿で取り上げた思想家をすべて同時に読み始める必要はない。比較研究として理解を深めるなら、まず本理論の論証に近いものから読むのがよい。

第一段階:個体化の問題

  1. スピノザ『エチカ』第二部定理13と物理学的考察。
  2. シモンドン『形態と情報の概念に照らした個体化』。
  3. ドゥルーズ『差異と反復』。

この順番では、複合個体の同一性、前個体的なもの、差異からの生成という問題を理解できる。

第二段階:存在論的依存と第一性

  1. アリストテレス『カテゴリー論』第五章、『形而上学』第五巻第十一章。
  2. ファイン「Guide to Ground」。
  3. ロウ「Asymmetrical Dependence in Individuation」。
  4. シェファー「Monism: The Priority of the Whole」。

この順番では、依存関係と優先性の概念を区別しながら、ODから第一性を導く問題を検討できる。

第三段階:構造と歴史的遡及性

  1. ヘーゲル『大論理学』本質論。
  2. Correia & Merlo, “Cross-Temporal Grounding.”
  3. マルクス『資本論』第一巻、本源的蓄積の章。
  4. リクール『時間と物語』。

この段階では、結果と条件の関係、時間をまたぐgrounding、歴史的な構成的前史、物語的な過去の再構成を比較できる。

第四段階:制度と社会存在論

  1. サール『社会的現実の構成』。
  2. エプスタイン『The Ant Trap』。
  3. エプスタイン「A Framework for Social Ontology」。

この段階では、制度的役割や社会的カテゴリーがどのように成立するのかを、本理論のI・K_D(S)・Qとの関係で検討できる。

この順番で学ぶと、比較対象を単に知識として蓄積するのではなく、本理論のどの概念を理解するために、どの思想家の議論が必要なのかを把握しやすくなる。

本稿の最終的な目的は、既存の思想家を本理論の説明に利用することではない。

それぞれの哲学が持つ固有の問題設定を尊重したうえで、それらとの対話を通じて「第一性の遡及的成立」が何を説明でき、何をまだ説明しなければならないのかを明確にすることである。

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