- ――「第一性の遡及的成立」における過去の構成的資格
- 1.1.構造的遡及性だけでは説明できない問題
- 1.2.二つの遡及性の区別
- 1.3.本稿の目的と構成
- 2.1.過去の事実と過去の構成的資格
- 2.2.三つの概念の区別
- 2.3.後続する構造は過去を変更するのか
- 3.1.第一論文の基本原理
- 3.2.構造の時間的な境界
- 3.3.二方向の構成関係
- 4.1.原理の提示
- 4.2.なぜ追加原理が必要なのか
- 4.3.構造と歴史的履歴の関係
- 5.1.反事実的依存だけでは不十分である
- 5.2.歴史的遡及的構成の四つの条件
- 5.3.構成的な前史は最小完全な閉包によって決まる
- 6.1.因果的依存と構成的依存
- 6.2.通時的基礎づけとの比較
- 6.3.関係的変化とケンブリッジ変化
- 6.4.社会存在論との関係
- 7.1.組織の成立以前
- 7.2.過去の活動と構造的資格
- 7.3.創設者本人と創設的役割の区別
- 7.4.過去のすべてが組織の歴史になるわけではない
- 8.1.時間的に先に起きたことは、存在論的に第一なのか
- 8.2.時間的に広がった構造内部の第一性
- 8.3.歴史的第一性は、すべての前史に成立するわけではない
- 9.1.後続する構造が過去を規定することは逆因果ではないか
- 9.2.これは単なるケンブリッジ変化ではないか
- 9.3.後から作られた歴史的物語とどう区別できるのか
- 9.4.同じ構造が別の歴史から成立した可能性はないのか
- 9.5.構造的不変項 K(S) の設定自体が循環していないか
- 9.6.後続する構造によって歴史が目的論的に決定されるのではないか
- 10.1.定理の提示
- 10.2.証明
- 10.3.定理の存在論的意味
- 11.1.二つの遡及性を統一する共通原理
- 11.2.構造的個体化と歴史的遡及性の関係
- 11.3.第一性の遡及的成立の統一定理
- 一次・主要文献
- 関連文献
――「第一性の遡及的成立」における過去の構成的資格
要旨
本稿の目的は、構造的個体化によって個体性・同一性・第一性が成立するという存在論的原理を、時間的・歴史的な次元に拡張し、後続する構造の成立によって先行する履歴の構成的資格が遡及的に確定することを論証することである。
第一論文では、前個体的差異場 Δ から構造 S が成立し、その構造が内部の契機を個体化するとともに、構造内部の非対称的な同一性決定関係によって第一性が成立することを示した。しかし、この議論だけでは、構造の成立以前に存在していた出来事や存在者の履歴が、その構造にとってどのような意味を持つのかは説明されない。構造内部の項の個体化と、時間的に先行する履歴の存在論的資格の成立は、異なる問題だからである。
本稿では、この問題を解決するために「通時的構造編入原理」を提示する。この原理によれば、ある構造 S の同一性が、その成立以前から展開していた特定の履歴に依存している場合、その履歴のうち、構造的不変項 K(S) の実現に構成的に参与する部分は、S の成立によって、その構造を支える歴史的な構成条件として確定する。
さらに、歴史的遡及的構成を、実在的な歴史的連続性、構造的不変項への構成的参与、構造的同一性への実在的な効果、事後的認識や命名からの独立という条件によって定義する。特に、単純な反事実的依存だけでは構成的関係を判定できないことを示し、代替可能な構成経路と構造的役割を考慮する判定方法を提示する。
最後に、David Webermanの関係的変化論、CorreiaとMerloの通時的基礎づけ論、Brian Epsteinの社会存在論などと比較し、本理論の独自性を明確にする。
本稿の中心的主張は、後続する構造は過去の事実を変更しないが、その構造の成立にとって何が構成的な前史であるのかを、構造的不変項を基準として遡及的に確定するということである。この原理によって、構造内部の個体性・第一性と、時間的に先行する履歴の構成的資格を、一つの構造的存在論に統合する。
キーワード: 歴史的遡及性、通時的構造編入、構造的不変項、歴史的同一性、存在論的依存、第一性、遡及的構成
1.問題設定――構造は過去の履歴を遡及的に構成するのか
1.1.構造的遡及性だけでは説明できない問題
第一論文では、個体性と第一性が構造から独立して成立するのではなく、構造的不変項 K(S) と構成的依存秩序によって成立することを論証した。
その中心的な主張は、あるものが何であるか、また何に対して第一であるかは、そのもの自身に最初から備わっているのではなく、構造 S の成立によって遡及的に確定するということであった。
ここでいう遡及性は、構造的・存在論的な遡及性である。
しかし、この原理を確立しただけでは、理論に残されたもう一つの問題を解決したことにはならない。
それは、構造が成立する以前に存在していた出来事や存在者の履歴の問題である。
例えば、ある組織 S が成立したとする。その組織には、創設以前からの活動、参加者の協力、規則の形成、役割の分化など、さまざまな歴史的経緯が存在している。
しかし、その組織が成立する以前に起きたすべての出来事が、その組織の構成条件になるわけではない。
創設者が過去に経験した個人的な出来事の大部分は、組織の成立とは無関係である。
一方、設立時に形成された基本規則や役割分担、共同活動の一部は、その組織が何であるかを決定する構成的条件になっている可能性がある。
では、ある過去の出来事が、後続する構造の構成的な前史になるのは、どのような場合なのだろうか。
また、その出来事がその構造の構成条件であったという事実は、いつ、どのように成立するのだろうか。
本稿が明らかにしようとするのは、この問題である。
1.2.二つの遡及性の区別
まず、第一論文で扱った遡及性と、本稿で扱う遡及性を区別しておく必要がある。
第一の遡及性は、構造が成立することによって、その内部の差異的契機が特定の構造項として個体化され、その位置、役割、同一性条件が確定することである。
第二の遡及性は、後続する構造が成立することによって、その構造の成立以前に存在していた履歴のうち、何がその構造を成立させる構成的な前史であるのかが確定することである。
両者は同じではない。
前者の対象は、構造内部の個体性と第一性である。
後者の対象は、構造に時間的に先行する履歴の存在論的資格である。
したがって、構造内部の項の同一性が構造によって成立するからといって、過去の履歴まで必然的に構成されるとは限らない。
この点は、第28回で検討したように、追加の存在論的原理を必要とする。
本稿では、その原理を通時的構造編入原理と呼ぶ。
1.3.本稿の目的と構成
本稿の目的は、通時的構造編入原理を明らかにし、それが第一論文の構造的個体化と第一性の理論にどのように接続されるのかを論証することである。
まず、歴史的遡及性を事後的認識や遡及的正当化から区別する。
次に、構造の成立と過去の履歴との関係を分析し、構成的な前史がどのような条件によって選別されるのかを明らかにする。
さらに、因果的依存、構成的依存、通時的基礎づけの違いを検討し、反事実的な分析だけでは歴史的遡及的構成を十分に判定できないことを示す。
そのうえで、通時的構造編入原理を提示し、歴史的遡及的構成の成立条件と中心定理を論証する。
最後に、先行研究との比較を通じて、本理論の独自性と存在論的射程を確定する。
2.歴史的遡及性の基本概念
2.1.過去の事実と過去の構成的資格
最初に、過去の事実と、その過去が後続する構造にとって持つ構成的資格を区別しなければならない。
ある出来事が時点 t₀ に実際に起きたとする。
その出来事が起きたという事実は、後の構造 S が成立することによって変更されるわけではない。
例えば、ある人物が過去に特定の活動を行ったという事実は、その組織が後に成立しようとしまいと、過去に生じた出来事として確定している。
しかし、その活動が特定の組織の創設にとって構成的な役割を持っていたかどうかは、組織 S が成立する前には確定していない。
なぜなら、その活動が構成していたとされる対象が、まだ存在していないからである。
ここで区別されるのは、次の二つである。
第一に、時点 t₀ において出来事 e が実際に生じたという歴史的事実。
第二に、時点 t₁ に成立した構造 S にとって、出来事 e が構成的な前史を形成しているという構造相対的な事実。
後者は、前者の単なる言い換えではない。
過去の出来事と後続する構造とのあいだに、実在的な構成的依存関係が成立していることを示す事実である。
したがって、本稿の遡及性は、過去の事実そのものが後から変化することを意味しない。
変化するのは過去の出来事が持つ内在的性質ではなく、その出来事が後続する構造に対して持つ存在論的な資格である。
2.2.三つの概念の区別
この点を明確にするため、三つの概念を区別する。
第一:事後的認識
ある出来事が過去に起きたことや、その出来事が後続する構造に関係していたことを、後の時点で認識することである。
例えば、歴史家が新しい資料を発見し、ある人物が組織の設立に関与していたことを明らかにする場合がこれに当たる。
この場合、新たに成立するのは認識であって、過去の出来事と組織との構成的関係そのものではない。
第二:遡及的正当化
後に成立した制度や組織が、自らの正当性を説明するために、過去の出来事を特定の仕方で位置づけることである。
例えば、ある政権が自らの成立を正当化するために、過去の特定の出来事を起源として強調する場合がこれに当たる。
しかし、ある出来事を起源として語ることと、その出来事が実際に組織の同一性を成立させる構成条件であったことは異なる。
第三:遡及的構成
後続する構造が成立することによって、その構造の同一性を成立させる構成的依存関係が確定し、それに参与していた過去の履歴が、その構造にとって構成的な前史として位置づけられることである。
この場合、過去の履歴が構成的な資格を持つことは、単なる認識や物語によって決まるのではない。
実際の構造的不変項と構成的依存関係によって成立する。
本稿が扱うのは、この第三の意味での遡及性である。
2.3.後続する構造は過去を変更するのか
ここで、重大な疑問が生じる。
後続する構造が成立することによって過去の履歴の資格が変化するという主張は、未来が過去に影響することを意味するのではないか。
しかし、本稿はそのような逆因果を主張しない。
時点 t₀ における出来事の発生と、その出来事が時点 t₁ に成立する構造 S にとって持つ意味は、異なる時間的・存在論的な問題である。
時点 t₀ の出来事は、その時点において生じた事実として確定している。
一方、その出来事が構造 S の構成的な前史であるという関係は、S が成立した後に初めて成立しうる。
したがって、次の二つを区別する必要がある。
- 過去の出来事が後続する構造の成立に参与する方向。
- 後続する構造が、その過去の出来事に構成的な歴史的資格を与える方向。
前者は、過去から未来への構成的な方向である。
後者は、後続構造から過去の履歴への遡及的な規定である。
両者は異なる存在論的作用を示している。
この区別によって、後続する構造が過去に戻って出来事を変更するという仮定を必要とせずに、歴史的遡及性を説明できる。
3.構造的遡及性から歴史的遡及性へ
3.1.第一論文の基本原理
第一論文では、個体性と第一性の成立を、次の構造によって説明した。
Δ → S
I(S, mᵢ → xᵢ)
A ≺_{S,d} B
ここで、Δは前個体的差異場、Sは構造、Iは構造による個体化関係、AとBは構造項、dは規定次元である。
構造 S は、その内部の差異的契機を個体化し、構造的不変項 K(S) を通じて各項の同一性条件を確定する。
さらに、同一の構造と規定次元において、ある項Aが他の項Bの同一性条件を完全かつ非対称的に決定する場合、AはBに対して第一のものとして成立する。
この原理を、以下では構造的構成原理と呼ぶ。
しかし、ここまでの議論は、基本的に一つの構造の内部で成立する関係を対象としていた。
ここで、構造の成立が時間的に先行する履歴に依存している場合を考える。
ある構造 S が時点 t₁ に成立するとき、その成立に必要な構成的条件の一部が時点 t₀ においてすでに形成されていたとする。
この場合、構造の成立条件は、現在の構造内部の関係だけでは完結しない。
その構造の成立以前に展開していた履歴まで、構成的依存関係の範囲に含めなければならない。
3.2.構造の時間的な境界
第一論文では、構造の境界 B(S) を、その構造的不変項 K(S) を実現するために必要な最小完全な構成的依存関係の閉包として扱った。
これを時間的な次元に拡張する。
ある構造 S が成立する以前に、複数の出来事や活動が存在していたとしても、それらすべてが S の構成条件になるわけではない。
構造的不変項 K(S) の実現に参与する履歴だけが、構成的な前史として認められる。
したがって、構造の時間的な境界は、構造の成立時点だけによって決まるのではない。
その構造を成立させるために必要な構成的依存関係が、どこまで過去に及んでいるのかによっても決まる。
ここで、H(t₀) を、構造 S の成立以前に存在していた実際の履歴とする。
そのうち、S の構造的不変項の実現に必要な構成的関係に含まれる履歴を H_S(t₀) とする。
つまり、
H_S(t₀) ⊆ H(t₀)
である。
H_S(t₀) は、過去の履歴全体ではない。
構造 S の同一性を成立させる構成的依存関係に参与する履歴だけを示す。
したがって、歴史的遡及性とは、過去を無制限に構造へ取り込むことではなく、構造的不変項を基準として構成的な前史を選別することである。
3.3.二方向の構成関係
ここで、ある組織の成立を例に考える。
時点 t₀ において、複数の人物が共同活動を行い、活動原理や役割分担、規則などを形成しているとする。
その後、時点 t₁ において、それらの関係が組織 S として安定した構造を形成する。
このとき、二つの異なる関係が成立する。
第一の方向は、過去の活動から組織への構成である。
H(t₀) → C → S(t₁)
過去の活動が、組織 S の具体的な成立を実現する。
第二の方向は、組織から過去への歴史的な資格づけである。
S(t₁) → H_S(t₀)
組織 S の成立によって、過去の履歴のうち、何がその組織の構成的な前史であったのかが確定する。
ここで使用している矢印は、同一の因果関係を逆向きに適用したものではない。
前者は、過去の活動が後続する構造を具体的に成立させる構成的作用を示している。
後者は、後続する構造の成立によって、過去の履歴に構造相対的な資格が成立する作用を示している。
したがって、両者は異なる対象に異なる存在論的作用を及ぼしている。
この区別によって、構造と構造項の相互構成を説明したCとIの区別を、時間的な次元に拡張できる。
4.通時的構造編入原理
4.1.原理の提示
以上の議論から、歴史的遡及性を成立させる原理を提示できる。
通時的構造編入原理
ある構造 S の同一性が、その成立以前から展開していた特定の履歴に依存している場合、その履歴のうち、S の構造的不変項 K(S) を実現する構成的依存関係に含まれる部分は、S の成立によって、その構造的同一性を支える歴史的な構成条件として確定する。
この原理には、四つの重要な意味がある。
第一に、過去の履歴は、構造の成立以前から実在していなければならない。
第二に、構造の成立は、その過去の履歴と実在的な構成的依存関係を持っていなければならない。
第三に、構造に編入されるのは、構造的不変項の実現に関わる履歴だけである。
第四に、その履歴が構成的な前史であることは、単なる事後的な認識や命名ではなく、構造の実際の成立条件によって確定する。
ここで重要なのは、構造の成立によって過去の出来事そのものが作り出されるわけではないという点である。
過去の出来事は、すでに生じたものとして存在する。
しかし、それが後続する構造の構成的な前史であるという資格は、その構造の成立によって確定する。
4.2.なぜ追加原理が必要なのか
この原理を導入する理由は、構造的遡及性から歴史的遡及性が自動的には導かれないからである。
例えば、ある構造 S が成立したことによって、その内部にある項の位置や役割が確定したとする。
しかし、それだけでは、S が成立する以前の履歴のうち、何が S の同一性を成立させたのかは明らかにならない。
S が成立する以前の履歴には、構造の形成に寄与した出来事だけでなく、偶然的な出来事や周辺的な出来事も含まれているからである。
したがって、過去の履歴を構造の存在論的な領域に含めるためには、単に時間的な連続性を認めるだけでは不十分である。
構造的不変項 K(S) を基準として、履歴のうち何が構成的であるのかを選別する原理が必要になる。
この役割を担うのが、通時的構造編入原理である。
4.3.構造と歴史的履歴の関係
この原理によって、構造の境界は時間的に拡張される。
ただし、これは構造 S が過去のすべてを自らの内部に含むことを意味しない。
構造の境界 B(S) は、あくまで K(S) を実現するために必要な最小完全な構成的依存関係によって決定される。
したがって、過去の履歴 H(t₀) のうち、S の不変項を実現する関係に参与しない部分は、S の構成的な前史には含まれない。
例えば、ある組織の創設者が過去に経験した旅行、趣味、家庭生活などが、その組織の設立に因果的な影響を与えたとしても、それだけでは組織の構成条件にはならない。
その出来事が組織の同一性を成立させる規則、役割、活動原理などを実際に形成した場合に限り、構成的な前史となる可能性がある。
したがって、歴史的遡及性は、単なる起源の発見ではない。
構造の同一性を成立させる履歴の選別と、その存在論的な資格づけである。
5.歴史的遡及的構成の成立条件
5.1.反事実的依存だけでは不十分である
ある過去の出来事が後続する構造の成立に関与しているかどうかを検討する際、反事実的な分析は有効である。
例えば、ある人物の活動が存在しなかった場合、同じ組織 S が成立していたかどうかを問うことができる。
もしその活動がなければ、同一の組織 S が成立しなかったとすれば、その活動は構造の同一性にとって重要な条件であった可能性がある。
しかし、反事実的依存だけでは十分ではない。
第一に、ある出来事が後続する構造の原因であったとしても、その構造の同一性を構成しているとは限らない。
例えば、ある人物の偶然の行動が組織の設立を促したとしても、その行動が組織の基本的な活動原理や規則を構成しているとは限らない。
第二に、ある出来事が存在しなくても、別の出来事によって同じ構成的役割が実現される可能性がある。
この場合、その特定の出来事が存在しなかったとしても、同一の構造 S が成立する可能性は残る。
しかし、そのことから、その出来事が構成的ではなかったと直ちに結論することはできない。
例えば、ある組織の創設者が一人で担っていた活動を、別の人物が代わりに実行できたとしても、その活動の内容や機能が組織の同一性条件に関わっている可能性はある。
この場合、特定の人物の活動という個別的な出来事は代替可能であっても、その活動が実現していた構成的役割は不可欠であるかもしれない。
したがって、反事実的な検討では、個別の出来事そのものと、その出来事が担っていた構成的役割を区別しなければならない。
第三に、複数の出来事が同じ構成的な役割を重複して果たしている場合、一つの出来事だけを取り除いても構造の同一性が維持されることがある。
この場合、単純な反事実的依存によっては、構成的な寄与を正しく判定できない。
したがって、必要なのは、単に「その出来事がなければ構造が成立しなかったか」という問いだけではない。
「その出来事またはそれが担っていた役割が、構造的不変項の実現にどのように参与していたのか」という問いである。
5.2.歴史的遡及的構成の四つの条件
以上を踏まえ、歴史的遡及的構成の成立条件を四つに整理する。
第一条件:実在的な歴史的連続性
構造が成立する以前に、その構造の実現に参与する存在者や出来事が実際に存在していたこと。
単なる架空の物語や、後から作られた説明だけでは不十分である。
第二条件:構造的不変項への構成的参与
先行する履歴が、後続する構造 S の構造的不変項 K(S) を実現する構成的依存関係に参与していること。
その履歴が単に周辺で起こった出来事であるだけでは不十分である。
第三条件:構造的同一性への実在的な効果
その履歴が異なっていた場合、同一の構造 S が成立・存続する条件、またはその構造的不変項の実現条件に違いが生じること。
ただし、この条件は特定の人物や出来事が唯一の可能な成立原因でなければならないという意味ではない。
代替可能な構成経路や複数の実現条件を考慮し、個別的な出来事と構成的な役割を区別しなければならない。
第四条件:事後的認識・命名からの独立
その履歴が構成的な意味を持つことが、後からの名称付与や主観的な物語によってのみ決まるのではなく、実際の構造的依存関係によって成立していること。
この四条件を組み合わせることで、単なる因果的な由来、事後的な歴史解釈、構造の存在論的な構成を区別できる。
なお、これらの条件は、構造的不変項 K(S) が対象の実際の同一性条件に即して特定されていることを前提とする。K(S)を恣意的に設定すれば、どのような過去も構成的な前史として扱えてしまうからである。
5.3.構成的な前史は最小完全な閉包によって決まる
四つの条件を満たす履歴であっても、過去のすべてを構造の構成条件に含める必要はない。
構造 S の同一性を成立させるために必要な履歴だけが、構成的な前史に含まれる。
ここで第一論文の構造的不変項 K(S) と構造の境界 B(S) の概念が重要になる。
K(S) を実現するための構成的依存関係の閉包が B(S) を定めるのであれば、その閉包に含まれる時間的に先行する履歴も、構造の成立条件として認められる。
したがって、歴史的遡及的構成は、構造の構成的閉包を時間的な方向に拡張することで説明できる。
ただし、最小完全な閉包は、必ずしも一つだけ存在するとは限らない。
複数の構成経路が同じ構造的不変項を実現する場合、複数の構成的な前史が存在する可能性がある。
したがって、本理論は、ある構造の歴史的な成立経路が常に一つだけであるとは仮定しない。
重要なのは、複数の経路が存在する場合でも、それぞれが実際に構造的不変項を実現する構成的関係を備えていることである。
6.因果的依存・基礎づけ・歴史的遡及性
6.1.因果的依存と構成的依存
ここで、歴史的遡及性を現代形而上学の依存関係と比較する必要がある。
まず、因果的依存と構成的依存を区別する。
因果的依存は、ある出来事が別の出来事を生じさせる関係である。
これに対して、構成的依存は、あるものが何であるか、あるいはどのような同一性条件を持つかを成立させる関係である。
例えば、ある組織を設立する際に、創設者の一人が建物を借りたとする。
その行為が組織の設立を可能にしたとしても、建物を借りること自体が、その組織の同一性を構成しているとは限らない。
一方、組織の基本的な規則、目的、権限配分を決める活動は、その組織が何であるかを成立させる条件になっている可能性がある。
ただし、因果的依存と構成的依存は必ずしも排他的ではない。
ある出来事は、構造を因果的に成立させると同時に、その構造の同一性を構成する条件であることもできる。
したがって、歴史的遡及性の判定では、その出来事が原因であったかどうかだけでなく、構造的不変項の実現にどのように参与していたのかを検討しなければならない。
6.2.通時的基礎づけとの比較
CorreiaとMerloは、2024年の論文「Cross-temporal Grounding」において、通時的基礎づけを論じている。
彼らの議論では、現在における過去についての事実が、現在の別の事実によってではなく、時間的に先行する過去の事実によって説明される場合が検討される。
例えば、「カエサルが生きていた」という過去の事実に関する現在の事実は、カエサルが実際に生きていた過去の事実によって説明されうる。
この議論は、存在論的な基礎づけ関係が必ずしも同一時点の事実間に限られないことを示す重要な研究である(Correia and Merlo 2024)。
本稿の歴史的遡及性も、異なる時点に属する事実のあいだの存在論的関係を扱う。
しかし、両者の問題設定は異なる。
通時的基礎づけが、過去についての現在の事実を過去の事実によって説明することを中心に扱うのに対して、本稿が扱うのは、後続する構造の成立によって、その構造にとって何が構成的な前史であるのかが確定するという問題である。
本稿では、過去の出来事と後続する構造の両方を考慮する必要がある。
過去の出来事だけでは、それがどの構造の構成的な前史であるかは確定しない。
一方、後続する構造だけでも、その構造の成立以前に何が実際に起きていたのかは説明できない。
必要なのは、過去の実在的な履歴と後続する構造の構造的不変項とのあいだに成立する構成的関係である。
したがって、本稿の理論は通時的基礎づけの可能性を支持するが、単に過去の事実が後の事実を基礎づけるという関係に還元されない。
本稿の独自性は、構造的不変項を基準として過去の履歴を選別し、その履歴の構成的資格を個体性・同一性・第一性の成立と統一的に説明する点にある。
6.3.関係的変化とケンブリッジ変化
David Webermanは、1999年の論文「Cambridge Changes Revisited: Why Certain Relational Changes Are Indispensable」において、関係的な性質の変化が真正な変化となる場合を検討している。
伝統的な議論では、ある対象の内在的性質が変化せず、他の対象との関係だけが変化した場合、それは対象自身の実在的な変化ではなく、単なるケンブリッジ変化とみなされることがある。
例えば、ある人物の身長が変わらなくても、他の人物が成長すれば、その人物は相対的に背が低くなる。
しかし、この変化によって本人の内在的性質が変わったわけではない。
Webermanは、社会的現象、歴史的出来事、美術作品などのように、関係的な性質が対象の同定に関与する存在者を検討し、関係的な変化が実在的な変化となりうることを論じている(Weberman 1999)。
この議論は、本稿にとって重要である。
なぜなら、ある出来事が後続する構造にとって構成的な前史となることは、その出来事が持つ内在的性質の変化ではなく、後続する構造との関係による新たな存在論的資格の成立として理解できるからである。
ただし、本稿は、あらゆる関係的属性の変化を実在的な変化として認めるわけではない。
重要なのは、その関係が構造的不変項 K(S) の実現に参与し、対象の同一性条件に構成的な効果を持っているかどうかである。
したがって、Webermanの議論は関係的な規定が実在的な同一性に関与しうることを支持するが、本稿はさらに、その関係を時間的に先行する履歴にまで拡張し、構成的な前史の成立条件を明らかにする。
6.4.社会存在論との関係
社会的な存在者の成立をめぐっては、Brian Epsteinの『The Ant Trap』(2015)が重要である。
Epsteinは、社会的事実や社会的対象の成立を、個人の行為や意図だけに還元することができないと論じる。
また、社会的事実の基礎づけと、それらを成立させる枠組みの設定を区別し、社会的存在者の構成条件を分析している。
この研究は、組織や制度の成立を単なる個人の集合として理解しないための重要な手がかりになる。
本稿も、組織の個体性を、その構成員の単純な集合に還元しない。
組織が何であるかは、構成員の存在だけでなく、役割、規則、活動原理、相互関係などの構成的秩序によって決まる。
ただし、本稿がEpsteinに加える問題は、組織の構成条件が時間的にどこまで遡るのかということである。
つまり、ある組織が成立したとき、それ以前の出来事のうち何がその組織の同一性を構成する歴史的条件になるのかという問題である。
この点で本稿は、社会存在論の問題を通時的な構造の成立へと拡張する。
7.歴史的遡及性の具体例――組織の成立と創設者の活動
7.1.組織の成立以前
歴史的遡及性を具体的に検討するため、ある組織 S の成立を考える。
時点 t₀ において、人物 A を含む複数の人々が共同活動を行っているとする。
この段階では、まだ明確な組織としての同一性は成立していない。
しかし、共同活動のなかでは、活動の目的、役割分担、基本的な規則、意思決定の方法などが形成されている。
これらの活動は、後に成立する組織 S の形成に関与する。
時点 t₁ において、これらの関係が安定し、組織 S が一つの構造的秩序として成立したとする。
このとき、S の構造的不変項 K(S) を実現するために、過去のどの活動が必要であったのかを検討することができる。
例えば、組織の基本的な活動原理を定めた協議、権限配分を決めた合意、構成員の役割を定めた規則などが、その組織の同一性条件を実現している場合がある。
一方、創設者 A が過去に経験した個人的な出来事の多くは、組織 S の構成条件には含まれない。
したがって、S の成立によって、過去の履歴のすべてが構成的な前史になるのではない。
K(S) を実現する構成的依存関係に含まれる部分だけが、構成的な前史として確定する。
7.2.過去の活動と構造的資格
この場合、Aの過去の活動は、二つの異なる意味を持つことになる。
第一に、時点 t₀ において実際に行われた活動である。
第二に、時点 t₁ に成立した組織 S の構造的不変項を実現する構成的な前史である。
第一の意味は、Aの活動が行われた時点で成立している。
第二の意味は、組織 S が成立し、その活動がSの構成的依存関係に含まれることによって確定する。
ここで重要なのは、Aの活動が後から別の活動に変わるわけではないという点である。
変わるのは、Aの活動が持つ構造 S に対する歴史的資格である。
もし、Aの活動が組織 S の基本的な構成条件を形成していたのであれば、その活動はSの構成的な前史として位置づけられる。
この関係を、次のように表すことができる。
S(t₁) → H_S(A, t₀)
この表記は、組織 S が成立することによって、Aの活動がSの構成的な前史として確定することを意味する。
7.3.創設者本人と創設的役割の区別
ただし、この例では、創設者 A そのものと、Aが担った構成的な役割を区別しなければならない。
仮にAがある活動を行わなかったとしても、別の人物が同じ活動を実現できた場合、A個人の活動は組織 S の成立にとって代替可能であった可能性がある。
その場合、Aという人物の数的個体性そのものが、組織の構造的不変項にとって不可欠だったとは言えない。
構成的だったのは、A個人ではなく、Aが担った役割や共同活動の特定の実現であるかもしれない。
一方、特定の文書や合意、意思決定の内容が組織 S の同一性条件に含まれている場合、その個別的な出来事や内容そのものが構成的である可能性もある。
したがって、歴史的遡及性を検討する際には、個人、個別的な出来事、構造的な役割、共同活動の関係を区別しなければならない。
この区別によって、過去の一人の人物に歴史的な重要性を過度に集中させることを避けられる。
また、歴史的な構成条件が複数の人物や出来事によって実現される可能性も認められる。
7.4.過去のすべてが組織の歴史になるわけではない
ここで、歴史的遡及性の重要な限定が明らかになる。
ある組織の歴史的な前史は、その組織の成立以前に起きたあらゆる出来事の集積ではない。
組織 S が成立するために必要な構成的依存関係に含まれる出来事の集合である。
例えば、創設者 A の人生におけるある出来事が、組織 S の成立に偶然的な影響を与えただけであれば、それはSの構成的な前史とは限らない。
一方、Aの活動がSの基本的な規範や役割秩序を実現し、その秩序がSの同一性条件を維持しているのであれば、その活動は構成的な前史として位置づけられる。
したがって、本理論では、歴史的な重要性と存在論的な構成性を同一視しない。
歴史上重要な出来事であっても、特定の構造の同一性を構成していない場合がある。
反対に、一般的な歴史叙述では目立たない活動であっても、特定の構造の成立にとって不可欠な構成条件になっている場合がある。
8.歴史的第一性――時間的先行性と存在論的優先性の区別
8.1.時間的に先に起きたことは、存在論的に第一なのか
ここで、本理論全体の名称に関わる問題に戻る。
ある出来事が他の出来事よりも時間的に先に起きた場合、その出来事は他の出来事に対して第一なのであろうか。
本稿は、そのような単純な同一視を認めない。
時間的先行性と存在論的優先性は、別の関係だからである。
例えば、ある組織の成立以前に、複数の人物がさまざまな活動を行っていたとする。
そのなかで、最も早く行われた活動が、必ずしも組織の同一性を決定する最も重要な構成条件であるとは限らない。
時間的に早いというだけでは、存在論的な第一性は成立しない。
重要なのは、その活動が後続する構造の不変項をどのように実現し、他の歴史的な構成条件の同一性をどの程度決定しているかである。
したがって、歴史的な第一性も、単純な時間的な順序ではなく、構造的な依存関係によって理解されなければならない。
8.2.時間的に広がった構造内部の第一性
第一論文では、ある構造 S の内部において、Aの規定がBの同一性条件を完全かつ非対称的に決定する場合、AがBに対して第一であることを示した。
この原理を、時間的に広がった構造に適用する。
構造 S の歴史的な構成過程を、複数の時間的な契機 h₁、h₂、h₃ から成るものとする。
これらの契機は、単に時間的に並んでいるのではなく、構造的不変項 K(S) を実現する構成的依存関係を形成している。
このとき、ある歴史的契機 h₁ が、特定の規定次元 dₕ において、後続する歴史的契機 h₂ の構造的な役割や同一性条件を決定しているとする。
一方、同じ規定次元において、h₂ がh₁の同一性条件を同じ意味で決定しているわけではないとする。
この場合、
h₁ ≺_{S,dₕ} h₂
が成立する。
これは、h₁がh₂より時間的に先に起きたというだけの意味ではない。
h₁がSの歴史的な構成秩序の内部において、h₂の同一性条件を非対称的に決定しているという意味である。
したがって、時間的な先行性は、第一性の成立条件そのものではない。
第一性を成立させるのは、同一の構造と規定次元における非対称的な同一性決定関係である。
8.3.歴史的第一性は、すべての前史に成立するわけではない
ここでも限定が必要である。
ある履歴が構造 S の構成的な前史として確定したからといって、その履歴のすべての項が第一性を持つわけではない。
構成的な前史に属する出来事のあいだにも、対称的な依存関係が存在する可能性がある。
例えば、二つの活動が相互に必要であり、どちらか一方だけが他方の同一性条件を決定しているわけではない場合、両者のあいだに第一性を設定することはできない。
また、ある出来事が構造の成立にとって重要であっても、それが他の歴史的契機の同一性条件を決定していない場合、必ずしも第一性を持つとは言えない。
したがって、歴史的な構成的資格と歴史的第一性は区別されなければならない。
前者は、ある履歴が後続する構造の同一性を成立させる構成条件であることを意味する。
後者は、その構成条件の内部において、特定の履歴的契機が他の契機の同一性を非対称的に決定することを意味する。
この区別によって、歴史的遡及性を、単なる起源の優先性に還元せずに説明できる。
9.予想される反論と応答
9.1.後続する構造が過去を規定することは逆因果ではないか
第一の反論は、後続する構造が過去の履歴の資格を確定するという主張は、未来から過去への因果作用を認めることになるのではないかというものである。
しかし、本稿は未来が過去を因果的に変更するとは主張していない。
時点 t₀ に生じた出来事は、その時点において生じた事実として確定している。
時点 t₁ に成立する構造 S は、その出来事の内在的性質を変化させない。
成立するのは、過去の出来事と後続する構造とのあいだにある構成的な関係についての事実である。
つまり、後続する構造は、過去の出来事を生じさせるのではなく、その構造の成立にとって何が構成的な前史であるのかを確定する。
また、この関係は、時間の順序を逆転させるものでもない。
過去の履歴は後続する構造の成立条件になりうるが、後続する構造が過去の履歴を時間的に生み出すわけではない。
したがって、本稿の遡及性は、因果的な逆行を必要としない。
9.2.これは単なるケンブリッジ変化ではないか
第二の反論は、過去の出来事に後から新たな関係的資格が付与されるだけなら、それは単なるケンブリッジ変化にすぎないのではないかというものである。
この反論に対しては、関係的な規定のすべてが同じ存在論的意味を持つわけではないことを確認する必要がある。
例えば、ある人物の身長が変わらないまま、他人が成長することで相対的に背が低くなる場合、その変化は本人の内在的性質を変えていない。
しかし、ある過去の活動が後続する組織の構成的な前史となる場合、その関係は組織の同一性条件を成立させる役割を持つ。
したがって、単なる比較上の関係的変化とは異なる。
ただし、本稿は、すべての歴史的関係が真正な存在論的変化であるとは主張しない。
重要なのは、その関係が構造的不変項に参与し、実在的な構成的効果を持っているかどうかである。
9.3.後から作られた歴史的物語とどう区別できるのか
第三の反論は、歴史的な構成的資格は、後世の人々が作り出した物語によって恣意的に決定されるのではないかというものである。
この問題は、歴史的遡及性の第四条件によって扱われる。
後からある出来事を組織の起源として語ったとしても、その出来事が実際に組織の構造的不変項を成立させていなければ、構成的な前史とは認められない。
したがって、歴史的な物語と存在論的な構成条件を区別する必要がある。
歴史的な物語は、過去の出来事を特定の仕方で説明することができる。
しかし、説明された内容が実在的な構成関係を持っているかどうかは、別の問題である。
本理論では、実際の活動、規則、役割、構造的依存関係を分析することによって、構成的な前史を判定する。
そのため、単なる後世の正当化や歴史的な神話を、存在論的な遡及的構成と混同する必要はない。
9.4.同じ構造が別の歴史から成立した可能性はないのか
第四の反論は、ある構造が別の過去の経路から成立する可能性がある以上、特定の履歴をその構造の構成的な前史とすることはできないのではないかというものである。
この反論は、構成的な前史と唯一の成立原因を混同している。
本稿は、ある構造が一つの歴史的経路からしか成立しえないとは主張しない。
同じ構造的不変項を実現する複数の構成経路が存在する可能性を認める。
ただし、ここでは、同じ種類の構造と、数的に同一の構造を区別しなければならない。
例えば、異なる歴史から同じ種類の組織が成立することは可能である。
しかし、それらが数的に同一の組織であるとは限らない。
特定の組織 S の同一性条件に特定の歴史的連続性が含まれている場合、別の歴史から成立した同型の組織は、別の個体である可能性がある。
逆に、特定の歴史的な出来事が代替可能であり、その役割が別の出来事によって実現されても同一性が維持されるならば、その個別的な出来事は構成的な前史から除外される可能性がある。
したがって、歴史的遡及性は、歴史的経路の唯一性を前提としない。
必要なのは、実際に成立した構造 S の同一性条件にとって、その履歴がどのような構成的役割を持っていたかを明らかにすることである。
9.5.構造的不変項 K(S) の設定自体が循環していないか
第五の反論は、構造の同一性を K(S) によって説明し、その K(S) によって構成的な前史を選別するのであれば、構造の同一性を最初から前提しているのではないかというものである。
確かに、K(S)を恣意的に設定すれば、理論は循環的になる。
しかし、本稿の議論では、K(S)は単なる研究者の定義ではない。
対象がどのような変化を許容し、どのような変更によって同一性を失うのかという実際の構成条件を分析することによって確定される。
そのためには、次の点を検討する必要がある。
- どの規則や関係が維持されていれば構造は存続するのか。
- どの構成要素が代替可能なのか。
- どの変更によって構造の同一性条件が失われるのか。
- どの過去の履歴が、その同一性条件を実際に実現したのか。
これらを独立した証拠や事例によって検討することで、K(S)と構成的な前史を相互に検証できる。
もちろん、あらゆる対象について同じ方法で同一性条件を確定できるわけではない。
しかし、同一性条件の判定が困難であることと、理論が論理的に循環していることは別の問題である。
したがって、構造的不変項の設定は、実際の構成的依存関係によって制約されなければならない。
9.6.後続する構造によって歴史が目的論的に決定されるのではないか
第六の反論は、後続する構造によって過去の履歴の意味が確定するならば、過去の出来事が最初からその構造の成立を目指していたかのように理解されるのではないかというものである。
しかし、本稿は過去の出来事に未来の目的を認めない。
時点 t₀ における活動は、その時点に存在した条件や選択肢のもとで行われている。
その活動が後に成立する構造 S の構成的な前史となることは、活動が最初からSを目指していたことを意味しない。
後続する構造の成立は、過去の出来事が持っていた当時の目的を変更しない。
それは、その出来事が後続する構造の同一性を実現する条件になっていたことを確定するだけである。
したがって、本理論は歴史をあらかじめ決定された目的へ向かう過程として理解するものではない。
歴史的な過程の偶然性や複数の可能性を認めながら、実際に成立した構造とその過去の履歴との構成的な関係を説明するものである。
10.中心定理――通時的構造編入定理
10.1.定理の提示
以上の議論を統合すると、本稿の中心定理を提示できる。
定理Ⅱ:通時的構造編入定理
ある構造 S が時点 t₁ に成立し、それ以前の時点 t₀ において存在していた出来事または存在者の履歴 H(t₀) が、その構造の成立に関与しているとする。
次の条件が満たされる場合、H(t₀) のうち、構造的不変項 K(S) を実現する構成的依存関係に含まれる部分は、S の構成的な前史として遡及的に確定する。
第一に、H(t₀) が実在的な履歴であること。
第二に、S が時点 t₁ に実在的な構造として成立していること。
第三に、H(t₀) の一部が、S の構造的不変項 K(S) を実現する構成的依存関係に参与していること。
第四に、その履歴の違いが、代替可能な構成経路を考慮したうえで、S の構造的同一性条件に実在的な効果を持つこと。
第五に、その履歴が構成的な前史であるという資格が、事後的な認識や命名だけによって成立しているのではないこと。
この場合、次の関係が成立する。
S(t₁) → H_S(t₀)
ここで、H_S(t₀) は、構造 S の構造的不変項を実現する構成的な前史を意味する。
10.2.証明
まず、時点 t₀ において、構造 S の成立に関与する存在者または出来事 H(t₀) が実際に存在していたとする。
この時点では、S はまだ構造として成立していない。
したがって、H(t₀) の各契機が、後に成立する S の構成的な前史としてどのような資格を持つのかは、まだ確定していない。
次に、時点 t₁ において、H(t₀) の一部を含む構成的関係によって構造 S が成立するとする。
このとき、S の構造的不変項 K(S) が実現する。
ここで、H(t₀) の内部にある諸契機が、K(S) の実現にどのように参与しているのかが確定する。
ただし、H(t₀) のすべてがK(S) の実現に必要であるわけではない。
そのため、構造的不変項を実現する構成的依存関係の閉包に含まれる部分だけが、構成的な前史として認められる。
さらに、反事実的な検討と代替可能性の検討によって、その履歴がSの同一性条件にどのような効果を持っているのかを確認する。
この際、個別的な出来事と、その出来事が担っている構成的役割を区別しなければならない。
特定の出来事が代替可能であれば、その出来事自体は必須ではない可能性がある。
しかし、その出来事が担っていた役割が構造的不変項の実現に不可欠であれば、その役割を実現する履歴は構成的な前史として認められる。
以上の条件が満たされるとき、H(t₀) のうち、K(S) を実現する構成的依存関係に含まれる部分が、S の構成的な前史として確定する。
この関係は、過去の出来事を後から変更するものではない。
過去の履歴と後続する構造とのあいだに、構造的な同一性を成立させる実在的な関係が確定することを意味する。
したがって、
S(t₁) → H_S(t₀)
が成立する。
以上によって、定理Ⅱが証明された。
10.3.定理の存在論的意味
この定理が示すのは、構造の成立が時間的に先行する履歴の構成的資格を決定しうるということである。
ここで重要なのは、すべての過去が後続する構造によって規定されるわけではないという点である。
規定されるのは、構造的不変項を実現する構成的依存関係に参与する履歴だけである。
したがって、歴史的遡及性は、過去を無制限に現在の構造へ取り込む原理ではない。
構造の同一性条件に基づいて、その構造の成立にとって構成的な前史を確定する原理である。
また、この定理は、過去の出来事が後続する構造によって因果的に変化することを意味しない。
過去の出来事は過去の出来事としてそのまま確定している。
成立するのは、その出来事が後続する構造の成立条件にとって持つ存在論的な資格である。
11.構造的遡及性と歴史的遡及性の統合
11.1.二つの遡及性を統一する共通原理
ここまでの議論によって、二つの遡及性を区別したまま統一することができる。
第一論文で論証した構造的遡及性は、構造 S の成立によって、その内部の項の個体性、同一性、第一性が確定することである。
本稿で論証した歴史的遡及性は、構造 S の成立によって、時間的に先行する履歴のうち、何がその構造の構成的な前史であるのかが確定することである。
両者は、異なる対象に作用している。
しかし、その基本原理は共通している。
それは、構造的不変項 K(S) を実現する構成的依存秩序によって、個体性・同一性・歴史的資格が成立するという原理である。
構造の内部にある差異的契機は、K(S)を実現する関係秩序によって構造項として個体化される。
また、構造が成立する以前に存在していた履歴は、その不変項を実現する構成的依存関係に含まれることによって、構成的な前史として確定する。
したがって、構造的不変項は、現在の構造内部だけを規定するものではない。
その構造の成立を支えた時間的な履歴にも、その作用範囲を広げることができる。
11.2.構造的個体化と歴史的遡及性の関係
この関係を整理すると、次のようになる。
第一段階:個体化以前の差異
前個体的差異場 Δ に、個体化以前の異質性と差異的規定可能性が存在する。
第二段階:構造の成立
差異的契機が構成的関係によって組織化され、構造 S と構造的不変項 K(S) が成立する。
第三段階:構造内部の個体化
I(S, mᵢ → xᵢ)
によって、構造内部の契機が構造項として個体化される。
第四段階:構造内部の第一性
A ≺_{S,d} B
によって、構造内部の非対称的な同一性決定関係から第一性が成立する。
第五段階:歴史的な構成的前史の成立
S(t₁) → H_S(t₀)
によって、構造の成立以前の履歴が、その構造の構成的な前史として確定する。
この五段階は、時間的・因果的に単純な一方向の系列を示すものではない。
それぞれ異なる存在論的関係を示している。
しかし、これらはすべて構造的不変項 K(S) を実現する構成的依存秩序に基づいている。
したがって、個体化・第一性・歴史的遡及性は、別々の原理によって説明されるのではなく、一つの構造的存在論のなかで統一的に説明される。
11.3.第一性の遡及的成立の統一定理
以上の二つの論文を統合すると、最終的な統一定理を提示できる。
定理Ⅲ:第一性の遡及的成立・統一定理
存在者の個体性・同一性・第一性および歴史的な構成的資格は、構造的不変項 K(S) を実現する構成的依存秩序によって統一的に成立する。
その成立には、次の四つの関係がある。
第一に、前個体的差異場 Δ に内在する差異的条件から構造 S が成立すること。
第二に、構造 S によって、その内部の差異的契機が構造項として個体化されること。
第三に、構造内部における非対称的な同一性決定関係によって、特定の規定次元における第一性が成立すること。
第四に、構造 S の成立を支える構成的依存関係が時間的に先行する履歴にまで及ぶ場合、その履歴が構成的な前史として確定すること。
証明
定理Ⅰによって、構造の成立は、その内部に位置する契機の個体性と同一性条件を確定することが示された。
さらに、同一の構造と規定次元において非対称的な同一性決定関係が成立する場合、その関係によって構造内部の第一性が成立する。
また、定理Ⅱによって、構造の同一性を成立させる構成的依存関係が時間的に先行する履歴にまで及ぶ場合、その履歴は構造的な前史として遡及的に確定することが示された。
ここで、両者を統一する原理を確認する。
構造的不変項 K(S) は、構造が同一の構造として成立するための条件を決定する。
その不変項を実現する構成的依存関係の閉包は、構造の境界を定める。
その内部に存在する差異的契機は、構造項として個体化される。
さらに、構造内部における同一性決定の非対称性は、特定の規定次元における第一性を成立させる。
そして、その構造の成立条件が時間的に先行する履歴に依存している場合には、その履歴もまた、構造的不変項を実現する構成的依存関係の一部として確定する。
つまり、個体化、第一性、歴史的遡及性は、互いに独立した原理によって説明されるのではない。
それらは、構造的不変項を実現する構成的依存秩序の異なる作用として成立する。
以上によって、定理Ⅲが証明された。
12.結論――個体性・第一性・歴史的資格の統一
本稿では、構造的個体化によって個体性と第一性が成立するという存在論的原理を、時間的・歴史的な次元へ拡張した。
最初に、構造内部の項の個体性が成立することと、時間的に先行する履歴の構成的資格が成立することは、異なる問題であることを示した。
構造が成立することによって、その内部の項の位置や役割が確定するだけでは、過去の履歴のうち何がその構造の成立を支えたのかは説明されない。
そこで、通時的構造編入原理を導入した。
この原理によれば、ある構造 S の同一性が、その成立以前から展開していた特定の履歴に依存している場合、その履歴のうち、構造的不変項 K(S) の実現に必要な構成的依存関係に含まれる部分は、S の成立によって、その構造を支える歴史的な前史として確定する。
さらに、歴史的遡及的構成を成立させる条件として、実在的な歴史的連続性、構造的不変項への構成的参与、構造的同一性への実在的な効果、事後的認識や命名からの独立を示した。
特に、反事実的依存だけでは構成的関係を判定できないことを明らかにし、代替可能な構成経路や構造的役割を考慮する必要性を示した。
この議論によって、歴史的遡及性は、単なる因果的由来や事後的な歴史解釈から区別される。
また、第一論文で確立した構造的遡及性との関係も明らかになった。
構造的遡及性は、構造内部の項の個体性・同一性・第一性を確定する。
歴史的遡及性は、その構造を成立させる時間的に先行する履歴の構成的資格を確定する。
両者は異なる対象に作用するが、その成立を支える原理は共通している。
それは、構造的不変項を実現する構成的依存秩序である。
この原理によって、個体性、第一性、歴史的資格を一つの存在論的体系に統合することができる。
本理論の結論は、次のようにまとめられる。
あるものが何であり、なぜそれ自身として成立し、何に対して第一であるのかは、そのものが構造から独立して存在することによって先に決まるのではない。また、そのものを成立させる履歴の意味も、時間的に先行しているというだけでは確定しない。個体性・第一性・歴史的資格は、それらを成立させる構造的不変項と構成的依存秩序によって遡及的に確定する。
ここに「第一性の遡及的成立」の最終的な存在論的意味がある。
本理論が目指しているのは、単に個体より関係を優先することでも、全体を部分より優先することでもない。
個体が何であるか、構造内部で何が第一であるか、そして時間的に先行する履歴のうち何が構成的な前史であるかを、同じ存在論的原理によって説明することである。
したがって、本理論は、個体・関係・構造のいずれか一つを無条件に第一の存在として措定する立場ではない。
むしろ、それらの存在論的な位置づけそのものが、構造的不変項を実現する構成的依存秩序によって成立することを示すものである。
この意味で、「第一性の遡及的成立」は、個体性・同一性・存在論的優先性・歴史的資格を統一的に説明する、階層的かつ通時的な構造的存在論として位置づけられる。
注
注1 本稿は、二論文構成の第二論文として、第一論文「構造的個体化から第一性へ――『第一性の遡及的成立』をめぐる構造的存在論」で提示した概念と論証を前提とする。特に、前個体的差異場 Δ、構造 S、構造的不変項 K(S)、構成関係 C、個体化関係 I、および構造相対的な第一性の定義を参照する。
注2 本稿でいう履歴 H(t₀) は、特定の時点における単独の出来事だけではなく、構造の成立以前に展開していた複数の出来事、活動、関係、制度的形成過程を含む。したがって、歴史的遡及性は、単一の創設行為に限定されない。
注3 S(t₁) → H_S(t₀) の矢印は、後続構造が過去の出来事を因果的に生み出すことを意味しない。構造 S の成立によって、履歴 H(t₀) のうち何が S の構成的な前史であるかが確定するという、構造相対的な資格づけを表している。
注4 反事実的依存を構成的依存の判定に利用する際には、代替可能性、過剰決定、複数の実現経路を考慮する必要がある。特定の出来事が欠けても同じ構造が成立しうる場合、その出来事が担っていた構成的役割まで不要であるとは限らない。
注5 構造的不変項 K(S) は、研究者が任意に設定できるものではない。対象の同一性条件、構成要素の代替可能性、構造の存続条件などを分析することによって確定されなければならない。
注6 Weberman(1999)の関係的変化論は、社会的現象や歴史的出来事などについて、関係的な属性が実在的な変化に関与する可能性を示す。本稿はその議論を踏まえながら、関係的規定が後続構造の同一性を成立させる構成的前史にまで及ぶ条件を明らかにする。
注7 Correia and Merlo(2024)の通時的基礎づけは、過去についての事実と過去の事実との説明関係を扱う。本稿の歴史的遡及性は、過去の事実と後続構造との構成的関係を扱う点で異なる。両者は時間をまたぐ存在論的説明を認める点で接点を持つが、同一の理論ではない。
注8 本稿は、時間の存在論について、現在主義・永遠主義のいずれかを前提としない。過去の出来事が実際に生じたという歴史的事実と、後続構造に対する構成的資格の成立を区別することが、ここでの主要な論点である。
注9 歴史的遡及性は、後続する構造が最初から予定されていたという目的論を意味しない。過去の出来事は当時の条件と選択肢のもとで生じ、その後、実際に成立した構造との関係において構成的な前史として位置づけられる。
参考文献
一次・主要文献
Correia, Fabrice, and Guilherme Merlo. 2024. “Cross-Temporal Grounding.” Analytic Philosophy 65 (3): 333–352. https://doi.org/10.1111/phib.12287.
Epstein, Brian. 2015. The Ant Trap: Rebuilding the Foundations of the Social Sciences. Oxford: Oxford University Press.
Weberman, David. 1999. “Cambridge Changes Revisited: Why Certain Relational Changes Are Indispensable.” Dialectica 53 (2): 139–149. https://doi.org/10.1111/j.1746-8361.1999.tb00068.x.
関連文献
Correia, Fabrice, and Benjamin Schnieder, eds. 2012. Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality. Cambridge: Cambridge University Press.
Fine, Kit. 2012. “Guide to Ground.” In Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality, edited by Fabrice Correia and Benjamin Schnieder, 37–80. Cambridge: Cambridge University Press.
Lowe, E. J. 2012. “Asymmetrical Dependence in Individuation.” In Metaphysical Grounding: Understanding the Structure of Reality, edited by Fabrice Correia and Benjamin Schnieder, 214–233. Cambridge: Cambridge University Press.
Schaffer, Jonathan. 2010. “Monism: The Priority of the Whole.” The Philosophical Review 119 (1): 31–76.
Sedgwick, Sally. 2023. Time and History in Hegelian Thought and Spirit. Oxford: Oxford University Press.



コメント