スコトゥスのこのもの性と第一性の遡及的成立㉖――個体化の根拠は構造によって説明できるのか

当サイトはアフィリエイト広告を利用しています
  1. 今回の比較で明らかにすべき中心問題
  2. 1.スコトゥスのこのもの性は何を説明するのか
    1. 1-1.共通本性は単なる普遍概念ではない
    2. 1-2.このもの性は単なる否定ではなく、肯定的な個体化根拠である
    3. 1-3.このもの性はどのような実在なのか
    4. 1-4.スコトゥスは個体化の根拠をどこで止めるのか
  3. 2.スコトゥスと「第一性の遡及的成立」の存在論的な違い
  4. 3.第一の問い――このもの性が説明する数的単独性を、構造的個体化はどこまで説明できるのか
    1. 3-1.構造的個体化は数的単独性を説明できるのか
  5. 4.第二の問い――構造的な位置や役割が同一である場合、個体の数的な区別をどう説明するのか
    1. 4-1.第一の場合――同じ質的性質を持つが、関係によって区別できる場合
    2. 4-2.第二の場合――あらゆる関係において完全に識別不可能な場合
    3. 4-3.第三の場合――前個体的差異によって、構造的な区別そのものが形成される場合
  6. 5.第三の問い――個体化原理を構造的秩序に位置づけることで、スコトゥスをどのように乗り越えられるのか
    1. 5-1.スコトゥスが説明したこと
    2. 5-2.現在の理論が問うのは、個体化根拠の成立条件である
    3. 5-3.ただし、構造的個体化にも「隠れたこのもの性」という危険がある
  7. 6.個体化根拠充足原理の再検証――スコトゥスはこの原理を満たしているのか
    1. 6-1.第一水準――個体化されるものの根拠充足
    2. 6-2.第二水準――個体化根拠そのものの説明
  8. 7.スコトゥスとの比較によって確立される「第一性の遡及的成立」の独自性
  9. 8.最終評価――スコトゥスを乗り越えることはできるのか
  10. 今回の研究で確立した結論
  11. 主要参考文献
    1. 一次文献
    2. 二次文献・関連研究

今回の比較で明らかにすべき中心問題

今回の比較では、スコトゥスのこのもの性(haecceitas)を、単に「構造的個体化とは異なる個体化原理」として並べるだけでは不十分である。

両者がそもそも何を説明しようとしているのかを区別したうえで、現在の理論がスコトゥスの問題設定をどこまで引き受けられるのかを検証する必要がある。

特に重要なのは、次の一点である。

構造的な位置や関係がすべて同じである二つの存在者が、それでも数的に異なる二つの個体として成立する場合、その差異を「第一性の遡及的成立」は何によって説明できるのか。

これはかなり厳しい問いだ。

スコトゥスは、共通本性(natura communis)と個体化原理を区別することで、個体の数的単独性を説明しようとした。

一方、現在の理論では、個体性は構造的秩序によって成立すると考えている。

したがって、もし構造的秩序が同一であれば、個体性も同一になってしまうのではないかという疑問が生じる。

この問題に答えられなければ、構造的個体化は、個体が構造内部で占める位置や機能を説明することはできても、個体そのものの数的単独性を十分に説明できない可能性がある。

今回の比較では、この点を中心に検証する。


1.スコトゥスのこのもの性は何を説明するのか

まず、スコトゥスの議論を正確に整理しておきたい。

主要文献は『オルディナティオ』第二巻第三討論第一部(Ordinatio II, d. 3, p. 1)である。

ここでスコトゥスが扱うのは、同一の種に属する複数の存在者が、なぜそれぞれ数的に異なる個体として成立するのかという問題である。

例えば、ソクラテスとプラトンを考えてみよう。

両者はともに人間である。

つまり、人間性という共通本性を共有している。

しかし、ソクラテスとプラトンは、単に人間性の二つの事例であるというだけではない。それぞれが、他の個体と交換できない一つの個体として存在している。

では、人間性という共通本性を共有しているにもかかわらず、なぜソクラテスとプラトンは数的に異なるのか。

スコトゥスの答えが、このもの性である。

ただし、ここで注意しなければならないのは、このもの性が単なる説明放棄ではないということだ。

スコトゥスは、共通本性がそれ自体として持つ統一性と、個体が持つ数的統一性を区別する。

共通本性は、数的統一性よりも弱い実在的統一性を持つ。

そのため、人間性という共通本性は、それ自体としてソクラテスでもプラトンでもない。

それが特定の個体として成立するためには、さらに個体化の原理が必要になる。

スコトゥスの議論では、共通本性は複数の個体において共有され、このもの性によってそれぞれの個体へと限定される。

ここで重要なのは、スコトゥスが個体化の問題を単なる性質の違いに還元していないことである。

個体化とは、あるものが他のものと異なる性質を持つことではなく、そもそもそれが数的に一つの個体として成立することなのである。

1-1.共通本性は単なる普遍概念ではない

スコトゥスの議論を理解するうえで、まず共通本性を正確に理解する必要がある。

人間性という共通本性は、単に人間という概念を抽象的に考えたものではない。

スコトゥスによれば、共通本性は精神の外部にも実在的な基礎を持つ。

ただし、その統一性は数的統一性ではない。

彼はこれを、数的統一性よりも小さい統一性、すなわち「数的統一性未満の統一性」(unitas minor unitate numerali)として捉える。

つまり、人間性は実在的な統一性を持つが、それ自体が一つの数的個体なのではない。

このことは、ソクラテスとプラトンが同じ人間性を共有していることを説明するために重要である。

人間性が最初から数的に一つの個体であるなら、複数の個体において同じ本性が成立することが説明できなくなる。

一方、人間性がまったく実在的な統一性を持たないなら、ソクラテスとプラトンが同じ種に属するということの存在論的根拠が失われる。

したがって、スコトゥスは、共通本性の実在性と、その数的単独性の欠如を両立させる。

これは、今回の比較において非常に重要な前提となる。

1-2.このもの性は単なる否定ではなく、肯定的な個体化根拠である

ここで、スコトゥスの議論のなかでも、今回の比較にとって最も重要な箇所を確認したい。

『オルディナティオ』第二巻第三討論第一部、第2問48節で、スコトゥスは個体化の問題を次のように限定している。

彼が問うているのは、個体が形式的に何らかの意味で一であることではない。また、単に数的統一性という性質が存在することでもない。

彼が問うのは、

この石が、それ自身と同じものとして複数の主観的部分に分割されることが不可能であるのは、この石のうちにある何によってなのか。

という問題である。

ここで重要なのは、スコトゥスが個体化の根拠を、近接的かつ内在的な根拠(fundamentum proximum et intrinsecum)として問い直していることである。

これは、⑱で検討した個体化根拠充足原理と非常に近い。

つまり、個体が存在するという事実を認めるだけでは不十分であり、なぜそれが一つの個体として成立し、他のものではなくこの個体であるのかを説明する根拠が必要だということである。

スコトゥスは、この問いに対して、単なる否定による説明を退ける。

当時のヘンリクス・デ・ガンの立場では、個体化は二重否定によって説明できるとされた。

その二重否定とは、概略すれば、

  • 自分自身の内部で分割されないこと。
  • 他のものと同一ではないこと。

である。

一見すると、これは個体の単独性を説明できるように思える。

しかし、スコトゥスは重要な問題を指摘する。

仮にソクラテスにもプラトンにも、同じ意味で二重否定が成立するとしよう。

すると、なぜソクラテスはソクラテス自身の単独性によって個体であり、プラトンの単独性によって個体なのではないのか。

なぜ、ソクラテスに属する否定が、プラトンに属する否定ではないのか。

否定という説明を提示しただけでは、その否定がなぜこの個体に属するのかを説明できない。

スコトゥスによれば、否定がこの否定であることを成立させるには、何らかの肯定的な実在が必要になる。

そのため、第2問56〜57節では、個体化には、その個体に内在する肯定的な根拠が必要であると結論する。

ここで、非常に重要な一致が確認できる。

⑱の個体化根拠充足原理は、個体性を説明対象とする理論が、数的統一と他の個体からの差異を説明しなければならないという要求だった。

スコトゥスは、まさにこの要求を満たそうとしている。

したがって、スコトゥスのこのもの性を、単なる無根拠な個体の事実として批判することはできない。

彼は個体化の積極的な根拠を提示しているのである。

1-3.このもの性はどのような実在なのか

では、この肯定的な個体化根拠は、どのようなものなのだろうか。

第6問169節では、スコトゥスは重要な議論を展開している。

共通本性には、それ自体に固有の実在的統一性がある。

しかし、個体の数的統一性は、その共通本性だけから生じるのではない。

個体の数的統一性が実在するなら、それは共通本性とは別の何らかの肯定的な実在に基づかなければならない。

その実在が共通本性を限定し、共通本性と一つの存在者を構成する。

このようにして、個体化原理が位置づけられる。

ただし、これは共通本性に別の物体や実体を付け加えるという意味ではない。

第6問188節で、スコトゥスはこの個体化の根拠を、物質・形相・複合体のいずれかとして、それらの本性の水準で捉えるのではなく、

ultima realitas entis

すなわち、物質であるもの、形相であるもの、複合体であるものの「存在者の究極的実在性」として説明する。

ここでは、本性の実在性と個体性の実在性は形式的に区別されるが、二つの独立した物体が存在するわけではない。

したがって、このもの性は、対象に外から付け加えられる偶然的な性質でも、別個に存在する第二の実体でもない。

同一の存在者のうちにある、共通本性とは形式的に異なる個体的実在なのである。

ここで、もう一つ重要なのは、このもの性が単なる質的性質ではないということだ。

仮にソクラテスが黒髪であり、プラトンが金髪であれば、両者は質的性質によって区別できる。

しかし、仮に両者がすべての質的性質を共有していたとしても、ソクラテスとプラトンが数的に別の個体であることは説明されなければならない。

このため、スコトゥスは個体化を質的な差異に還元しない。

このもの性は非質的な個体化原理なのである。

なお、厳密な用語法についても補足しておきたい。『オルディナティオ』第二巻第三討論第一部では、スコトゥスはこの実在を主に「個体的差異」や「個体的実在」として論じており、haecceitasという用語そのものは使用していない。この用語は彼の他の著作に見られる。

1-4.スコトゥスは個体化の根拠をどこで止めるのか

ここで、スコトゥスの議論には重要な特徴がある。

第6問170節では、個体同士の差異は、最終的には「第一義的に異なるもの」(primo diversa)に還元されなければならないと論じられる。

なぜなら、差異を成立させるもの自体が、さらに別の差異によって区別されるという説明を無限に続けることはできないからである。

そして第183〜186節では、個体的実在は、それぞれ他の個体的実在と第一義的に異なるとされる。

これらの個体的実在は、何らかの共通した実在的本性を共有するわけではない。

しかし、それによって、それらの個体的実在が構成するソクラテスとプラトンまで、異なる種に属することになるわけではない。

両者は個体化原理において第一義的に異なるが、構成される個体は同じ人間性を共有できるのである。

ここに、スコトゥスの説明の到達点がある。

彼は個体化の根拠を提示している。

しかし、その個体化の根拠そのものが、なぜそれぞれ異なる個体的実在として成立するのかについては、さらに別の構造的な説明を提示するのではなく、第一義的な差異において説明を終結させる。

これはスコトゥスの理論にとって必ずしも欠陥ではない。

彼の理論は、個体化原理をそれ以上還元できない究極的な実在として位置づけることで、無限後退を止めようとしているからだ。

しかし、ここに「第一性の遡及的成立」との決定的な比較点がある。


2.スコトゥスと「第一性の遡及的成立」の存在論的な違い

ここまでの議論を踏まえると、両者の違いは、単純な「内在的な個体化」と「関係的な個体化」の対立だけではないことが分かる。

より正確には、個体化の根拠を最終的にどの水準に置くのかという違いである。

比較項目スコトゥス第一性の遡及的成立
出発点共通本性前個体的差異場Δ
個体化の根拠このもの性・個体的実在構造的秩序
個体化の形式共通本性を個体的実在が限定する構造が差異的契機を構造項として個体化する
数的統一このもの性によって成立構造的個体化によって成立することを目指す
他個体との差異個体的実在同士の第一義的差異構造的差異・関係的秩序
個体化根拠の性格内在的・非質的・究極的関係的・構成的・生成的
説明の終点個体的実在の第一義的差異個体化以前の非個体的差異場とその構造化

ここで注意したいのは、スコトゥスも共通本性と個体的実在を区別することで、単純な個体の内部だけに閉じた説明をしているわけではないことだ。

共通本性は、個体的なものに対して自然的に先行する。

その意味で、スコトゥスにも個体性が成立するための複数の存在論的契機がある。

しかし、最終的に個体化を成立させる根拠は、個体に内在する究極的な実在として位置づけられる。

これに対して、現在の理論は、個体化の根拠を個体の内部にある非質的な実在として置くのではなく、個体化以前の差異が構造的秩序を形成することによって説明しようとしている。

すなわち、

Δ → S → I(S, mᵢ → xᵢ)

という展開である。

ここで、Δはすでに完成した個体の集合ではない。

構造Sも、あらかじめ個体化された項の単なる集合ではない。

差異的契機が関係的な秩序を形成し、その秩序によって初めて構造項xᵢが個体として成立する。

この違いを正確に押さえる必要がある。

スコトゥスは、共通本性を個体へと限定する究極的な個体化原理を説明する。現在の理論は、そもそも個体化原理が成立するための構造的条件を説明しようとする。

この点が、両者の最も重要な違いである。


3.第一の問い――このもの性が説明する数的単独性を、構造的個体化はどこまで説明できるのか

ここから、今回の中心問題に入る。

スコトゥスが説明しようとしたのは、同じ人間性を共有するソクラテスとプラトンが、それぞれ数的に一つの個体として成立することである。

これを現在の理論で説明するには、構造的な個体化が単なる役割の割り当てにとどまってはならない。

例えば、ある構造Sの内部に、異なる二つの位置が存在するとしよう。

一方の位置はAという関係にあり、もう一方の位置はBという関係にある。

このとき、それぞれの位置は構造内部における異なる規定を持つ。

したがって、構造的秩序によって両者を区別できる。

この場合、個体化は次のように理解できる。

I(S, m₁ → x₁)

I(S, m₂ → x₂)

ここでm₁とm₂は、個体化以前の異なる差異的契機であり、x₁とx₂は、それぞれ構造Sによって個体化された構造項である。

x₁とx₂の数的な区別は、単にそれぞれが異なる名前を持つことから生じるのではない。

構造Sにおける異なる規定によって成立する。

この場合、構造的個体化は、スコトゥスのこのもの性が説明しようとした数的単独性に応答できる。

ただし、ここで注意すべき問題がある。

構造的な位置が異なるということと、個体が数的に異なるということは、最初から同じではない。

例えば、AとBという二つの役割が存在していることが分かったとしても、それだけでは、その役割を担う個体が数的に異なることまで説明したことにはならない。

構造が個体を成立させるという理論であるなら、構造的な位置の違いが、なぜ数的な個体の違いを成立させるのかを説明しなければならない。

そのためには、構造が単なる役割の体系ではなく、構造項の数的統一と差異を成立させる存在論的秩序であることを示す必要がある。

これは、現在の理論にとって重要な条件になる。

3-1.構造的個体化は数的単独性を説明できるのか

ここで、James Ladymanの2007年の論文「Scientific Structuralism: On the Identity and Diversity of Objects in a Structure」を参照したい。

Ladymanは、構造内部の個体の同一性と多様性について、内在的な個体化と文脈的・関係的な個体化を区別している。

内在的な個体化では、このもの性や絶対的な識別可能性が問題となる。

これに対して、文脈的な個体化では、対象が持つ関係によって、その対象の同一性や他の対象との差異が成立する。

そして、構造主義は、基本的に文脈的な個体化を含むとされる。

特にLadymanは、物理学において、弱い識別可能性(weak discernibility)によって、関係的な個体化が成立する可能性を論じている。

この議論は、現在の理論にとって重要である。

なぜなら、個体の数的差異は、必ずしも個体の内在的な質的性質の差異によって成立する必要はないからだ。

例えば、二つの対象が同じ質的性質を持っていたとしても、対象同士の関係がそれぞれ異なる仕方で成立していれば、関係によって両者を区別できる可能性がある。

つまり、個体化の根拠は、個体の内部にある固有の性質だけに求められるわけではない。

関係的な秩序そのものが、数的差異を説明する根拠になりうる。

この点で、Ladymanの議論は、スコトゥスのこのもの性とは異なる方向から、構造的個体化を支持する。

ただし、ここで結論を急いではならない。

関係によって識別できる個体と、あらゆる関係的側面において完全に同一の個体とは、区別しなければならないからである。


4.第二の問い――構造的な位置や役割が同一である場合、個体の数的な区別をどう説明するのか

今回の比較で、最も厳しい問題はここにある。

仮に二つの存在者が、ある構造において同じ位置や役割を持っているとする。

その場合、構造的個体化は両者を区別できるのだろうか。

この問題については、三つの場合を区別する必要がある。

4-1.第一の場合――同じ質的性質を持つが、関係によって区別できる場合

まず、二つの存在者が同じ質的性質を持っていても、両者の間に非反射的な関係が成立する場合である。

例えば、二つの対象が同じ性質を持ちながら、両者の間にある関係Rが成立しているとする。

Rが反射的ではなく、異なる対象の間にのみ成立する関係であるなら、両者はRによって弱く識別可能になる。

この場合、両者の区別は、それぞれの対象に固有の質的性質を想定することなく説明できる。

これはLadymanが論じる弱い識別可能性と接続する。

したがって、現在の理論では、構造的差異を単なる属性の違いに限定する必要はない。

ある項の同一性を成立させる関係の違いそのものが、個体化の根拠になりうる。

この場合、スコトゥスのこのもの性を導入しなくても、数的差異を説明できる可能性がある。

4-2.第二の場合――あらゆる関係において完全に識別不可能な場合

問題は、さらに厳しい場合である。

二つの対象が、すべての質的性質を共有しているだけでなく、他のすべての対象との関係においても完全に同一の関係的特徴を持っている場合である。

ここでは、関係的な個体化だけでは差異を説明できない可能性がある。

この問題を具体的に示しているのが、Bahram AssadianとRobert Fraserの論文「The Individuation of Mathematical Objects」である。

この論文は2024年12月にオンラインで先行公開され、2025年刊行の『Synthese』に収録された。

彼らは数学的対象の個体化について、内在的性質、関係、基体という複数の説明形式を比較している。

特に重要なのは、無辺グラフ(edgeless graph)に二つの異なるノードだけが存在する事例である。

そこでは二つのノードは、同じ性質を持ち、他の対象との関係も存在しない。

それでも、グラフの領域において二つのノードが数的に異なるものとして扱われるなら、両者は関係的には識別できない。

著者たちは、この事例を、自己個体化あるいは原始的な個体化の可能性を支持する材料として提示している。

これは、現在の理論にとって極めて重要な反例候補になる。

なぜなら、この二つのノードには、構造内部の関係によって区別できる差異が存在しないからだ。

ここで、現在の理論には三つの選択肢がある。

第一の選択肢:二つのノードを数的に異なる個体として認めない。

構造的な位置が完全に同一であれば、存在論的にも一つの位置として扱う。

つまり、構造内部に区別の根拠がないものを、二つの個体として数えること自体を拒否する。

これは、強い構造主義的立場である。

ただし、この場合、無辺グラフの二つのノードを数的に異なるものとして扱う数学的記述を、どのように解釈するかが問題になる。

第二の選択肢:二つのノードの数的差異を原始的なものとして認める。

この場合、二つのノードは構造的には識別できないが、それでも数的に異なる存在者として成立することになる。

しかし、これは個体化の根拠を構造に求める理論から見ると問題がある。

なぜなら、構造では説明できない数的差異を、構造の外部から導入することになるからだ。

この選択肢を採用すれば、現在の理論は、少なくとも一部の個体について、スコトゥスのこのもの性に近い原始的な個体化原理を認めざるをえなくなる。

第三の選択肢:構造を成立させる前個体的差異に、数的個体化以前の差異を認める。

これが、現在の理論にとって最も重要な可能性である。

ただし、この選択肢は、そのままでは第二の選択肢と区別できない。

もしΔの内部に、最初からソクラテス固有のm₁とプラトン固有のm₂が、それぞれ独立した個体として存在しているなら、結局はこのもの性をΔの内部に移しただけになる。

そうなれば、構造的個体化によって個体化根拠の問題を乗り越えたことにはならない。

したがって、m₁とm₂は、個体化された二つの存在者であってはならない。

それらは、まだ個体として完結していない差異的契機でなければならない。

この点を厳密に維持することが、現在の理論の成立条件になる。

4-3.第三の場合――前個体的差異によって、構造的な区別そのものが形成される場合

第三の場合は、二つの差異的契機が、構造の成立以前にすでに関係的な差異を持っているものの、まだ個体として成立していない場合である。

ここでは、差異と個体を区別する必要がある。

例えば、二つの差異的契機が、異なる強度や傾向、相互作用の可能性を持っているとする。

しかし、その段階では、それらはまだ独立した個体として成立していない。

それらの差異が相互に関係することによって構造Sが成立し、その構造の内部で、それぞれが異なる構造項として個体化される。

この場合、

Δ → S → I(S, mᵢ → xᵢ)

という展開は、単に既存の個体の関係を整理しているのではない。

個体化以前の差異から、個体の数的な区別そのものが成立する過程を説明している。

ここでのポイントは、個体化以前の差異を、そのまま個体の数的な区別と同一視しないことである。

差異的契機は存在する。

しかし、それが何であるか、どのような個体として成立するかは、構造の成立によって確定する。

これなら、スコトゥスのこのもの性とは異なる説明が可能になる。

ただし、これを成立させるためには、Δの内部にある差異が、どのような意味で非個体的でありながら、複数の個体へと展開できるのかを説明しなければならない。

ここが、構造的個体化の最も重要な存在論的条件である。


5.第三の問い――個体化原理を構造的秩序に位置づけることで、スコトゥスをどのように乗り越えられるのか

ここまでの比較を踏まえると、現在の理論がスコトゥスに対してどのような独自性を主張できるのかが見えてくる。

まず、誤解してはならないことがある。

現在の理論は、単にスコトゥスのこのもの性を否定することで成立するわけではない。

むしろ、スコトゥスが明確に提示した個体化根拠の要求を引き受けたうえで、その根拠がどのように成立するのかをさらに説明しようとするのである。

5-1.スコトゥスが説明したこと

スコトゥスの理論は、次のような構造を持つ。

  1. 共通本性は、それ自体として数的に一つではない。
  2. 個体の数的単独性は、共通本性だけから成立するわけではない。
  3. そのため、共通本性を特定の個体へと限定する肯定的な個体化原理が必要である。
  4. その原理は個体に内在する個体的実在であり、他の個体的実在とは第一義的に異なる。

ここでは、個体化の根拠は明確に提示されている。

したがって、スコトゥスの理論に対して、個体化根拠が不足していると批判することはできない。

むしろ、彼は個体化根拠を徹底して追究した哲学者の一人である。

しかし、彼の理論では、個体化原理そのものが、最終的には究極的な個体的実在として位置づけられる。

つまり、ソクラテスの個体性を説明するために、このもの性が導入される。

しかし、そのこのもの性がなぜ他のこのもの性と異なるのかについては、さらなる関係的・構造的な生成の説明は与えられない。

ここで説明の終点が設定されている。

5-2.現在の理論が問うのは、個体化根拠の成立条件である

これに対して、現在の理論では、個体化原理を最初から個体に内在する究極的な実在として置かない。

むしろ、個体化原理自体が成立するための条件を説明しようとする。

ここで、Δの存在論的な意味が重要になる。

Δは、すでに個体化されたものの集合ではない。

そこには、個体化以前の差異的契機が存在している。

そして、その差異的契機が構造的な秩序を形成することによって、個体化の根拠が成立する。

したがって、個体化の説明は、

「この個体には、このもの性がある」

というところで終わらない。

むしろ、

「その個体の個体性を成立させる構造的秩序は、どのような差異から形成されるのか」

という問題にまで遡る。

ここが、現在の理論の射程である。

スコトゥスが個体化原理を個体の内部に位置づけたのに対して、現在の理論は、個体化原理を構造の成立過程に位置づける。

この違いは、単なる説明方法の違いではない。

個体性が成立する存在論的な水準そのものを異なる仕方で捉えているのである。

5-3.ただし、構造的個体化にも「隠れたこのもの性」という危険がある

ここは厳しく確認しなければならない。

現在の理論がΔに複数の差異的契機を認めるとき、その差異的契機がすでに個体としての同一性を持っているなら、理論はスコトゥスと実質的に変わらなくなる。

例えば、

  • m₁はソクラテスを成立させる固有の契機である。
  • m₂はプラトンを成立させる固有の契機である。
  • m₁とm₂は、それぞれ最初から他のものとは異なる個体的実在である。

という説明になってしまえば、Δにこのもの性を置き直しただけである。

これでは、個体化根拠の構造的生成を説明したことにならない。

そのため、現在の理論では、次の区別が不可欠になる。

前個体的差異的契機個体化された構造項
個体として完結していない数的に一つの個体として成立する
独立した同一性条件を持たない構造Sにおける同一性条件を持つ
構造的秩序の形成に参与する構造的秩序によって位置づけられる
他の契機との関係によって規定される構造内部の項として確定する

ここで重要なのは、前個体的差異を認めることと、前個体的な個体を認めることは異なるという点である。

Δの差異的契機は、個体化の素材となる独立した個体ではない。

それらの差異が構造化されることによって、初めて個体性が成立する。

この区別を維持できるなら、現在の理論は、スコトゥスが個体化の究極的根拠として置いたものを、さらに構造的な生成の水準から説明しようとすることができる。


6.個体化根拠充足原理の再検証――スコトゥスはこの原理を満たしているのか

ここで、⑱で検証した個体化根拠充足原理に戻ろう。

今回の比較によって、この原理には、少なくとも二つの水準があることが明らかになった。

6-1.第一水準――個体化されるものの根拠充足

まず、個体化される対象についてである。

個体化を説明する理論は、少なくとも次の二点を説明しなければならない。

① 数的統一

なぜ、その存在者は複数の存在者に分割されない、一つの個体として成立しているのか。

② 数的差異

なぜ、その存在者は他の個体と同一ではなく、この個体として成立しているのか。

さらに、スコトゥスの第2問48節を踏まえるなら、単に一般的な個体性を説明するだけでは足りない。

特定の個体が、なぜ他の個体ではなく、この個体として成立しているのかを説明しなければならない。

この水準において、スコトゥスは個体化根拠充足原理を満たしている。

彼は、共通本性とは別の肯定的な個体化原理を導入し、個体の不可分性と数的差異を同時に説明しようとしているからだ。

したがって、今回の比較からは、スコトゥスを個体性を無根拠な事実として扱う立場に分類することはできない、という結論が導かれる。

6-2.第二水準――個体化根拠そのものの説明

しかし、ここでさらに一歩進めることができる。

個体化されるものの根拠を提示したとしても、その根拠がどのように成立しているのかという問題は残る。

例えば、スコトゥスのこのもの性が、ソクラテスの数的単独性を説明するとしよう。

では、そのこのもの性が、なぜソクラテスに固有の個体的実在として成立しているのか。

スコトゥスは、それぞれの個体的実在が第一義的に異なることによって、説明の無限後退を止める。

しかし、現在の理論では、ここで説明を終結させない。

個体化根拠そのものが、個体化以前の差異場Δから、どのような構造的秩序を通じて成立するのかを問題にする。

そこで、⑱の個体化根拠充足原理を今回の比較に応じて再定式化すると、次のようになる。

個体化根拠充足原理(再定式化)

個体性の存在論的成立を説明する理論は、次の二つの説明責任を負う。

  1. 個体化される対象について、数的統一性と他の個体からの数的差異を説明しなければならない。
  2. 個体化の根拠について、それがすでに完成した個体性を前提としているのか、それとも個体化以前の非個体的な条件から成立するのかを明らかにしなければならない。

この再定式化によって、スコトゥスと現在の理論の違いが明確になる。

検証水準スコトゥス第一性の遡及的成立
個体の数的統一説明する説明対象とする
個体の数的差異説明する説明対象とする
個体化根拠の提示このもの性構造的秩序
個体化根拠の成立条件第一義的に異なる個体的実在において終結Δから構造が成立する過程を説明する
個体化以前の存在論共通本性を前提とする前個体的差異場Δを導入する

ここで大切なのは、第二の水準を追加することによって、スコトゥスの説明が無効になるわけではないという点である。

スコトゥスは第一の水準で重要な説明を成立させている。

現在の理論は、それに加えて、個体化根拠の生成条件まで存在論的に説明しようとしているのである。

ただし、Δ自体がどのような存在論的差異を持つのかは、理論内部で明確に定義されなければならない。


7.スコトゥスとの比較によって確立される「第一性の遡及的成立」の独自性

ここまでの比較を総合すると、今回の研究によって、現在の理論の独自性をどこに求めるべきかが明確になった。

それは、単なる関係的個体化ではない。

Ladymanの構造主義や数学的構造主義にも、関係による個体化は既に存在する。

また、個体化の非対称性そのものについても、Loweが直接論じている。

したがって、現在の理論の独自性を、

「個体化の根拠を内在的な個体化原理ではなく、関係に求めたこと」

だけに置くことはできない。

今回の比較によって、より限定された、しかし重要な独自性の候補が見えてきた。

それは次の三点である。

第一に、個体化根拠を個体化以前の非個体的差異から成立させること。

スコトゥスのこのもの性は、共通本性を個体へと限定する肯定的な実在である。

これに対して、現在の理論では、その個体化原理に相当する構造的秩序そのものが、Δから形成される。

したがって、個体化根拠を究極的な個体的実在として措定するのではなく、その成立過程を説明することが目指される。

第二に、個体性と構造内部の第一性を統一的に説明すること。

スコトゥスのこのもの性は、個体の数的単独性を説明する。

しかし、現在の理論では、個体が成立することだけでなく、その個体が構造内部で他の項に対してどのような優先性を持つのかまで説明しようとする。

つまり、

I(S, mᵢ → xᵢ)

によって個体が成立し、

A ≺_d B

によって、その構造内部における規定次元dに相対的な第一性が成立する。

個体性と第一性が、構造的秩序を共通の成立根拠として接続されるのである。

第三に、個体化と遡及的な同一性決定を統合すること。

現在の理論では、ある構造が成立することによって、それ以前の差異的契機の位置や意味が確定する。

つまり、個体化は単に共通本性に個体化原理を加えることではない。

構造の成立によって、個体化の根拠そのものが確定される。

この点において、現在の理論は、個体化を静的な構成関係としてだけではなく、遡及的な構成過程として捉える。


8.最終評価――スコトゥスを乗り越えることはできるのか

今回の比較によって、重要な結論が得られた。

まず、スコトゥスのこのもの性は、個体化根拠充足原理に対する強力な先行理論である。

彼は、個体の数的単独性を単なる否定や認識上の区別に還元せず、共通本性を個体として成立させる肯定的な内在的根拠を提示している。

さらに、個体の不可分性と他の個体からの数的差異を、同じ個体化原理によって説明しようとする。

したがって、現在の理論は、スコトゥスが扱った数的単独性の問題を、単に構造という言葉に置き換えるだけでは乗り越えられない。

そのうえで、今回の比較から、次の評価が導かれる。

評価項目現時点での判断
スコトゥスが個体化根拠を説明しているか説明している
このもの性が単なる無根拠な個体の事実かそうではない。肯定的な個体化原理である
構造的個体化が数的単独性を説明できるか構造的に識別可能な場合には説明できる
完全に識別不可能な個体を説明できるか現在の定式化だけでは不十分
Δから個体化根拠を生成する可能性理論の有力な独自性の候補
個体性と第一性の統一的説明理論の重要な独自性の候補
スコトゥスを全面的に乗り越えたかまだそこまでは主張できない

ここで、私の最終的な判断を述べたい。

「第一性の遡及的成立」は、スコトゥスのこのもの性を単に否定するのではなく、スコトゥスが要求した個体化根拠の充足を維持しながら、その根拠が成立する存在論的条件をさらに説明する理論として位置づけるべきである。

ただし、完全に対称的で、あらゆる関係において識別不可能な二つの存在者が、それでも数的に異なるものとして存在する場合、現在の理論はその差異を構造だけから説明できるとは限らない。

この場合には、

  • その二つを一つの構造的な位置として扱うのか。
  • 前個体的差異から別々の構造的な位置が生成されることを示すのか。
  • それでも残る数的差異を、原始的なものとして認めるのか。

という存在論的な選択が必要になる。

ここで重要なのは、第三の選択肢を安易に採用しないことだ。

なぜなら、それを認めた瞬間、現在の理論は個体化根拠を構造から説明するという当初の方向性を、一部放棄することになるからである。

一方で、すべての数的差異を関係によって説明できると無条件に主張することも避けなければならない。

この限定を受け入れることによって、現在の理論の説明可能な範囲が明確になる。

今回の研究で確立した結論

今回の比較を通じて、私は次のように整理する。

  1. スコトゥスは、個体化根拠充足原理を満たす先行理論として評価しなければならない。
  2. このもの性は、共通本性を特定の個体として成立させる肯定的・内在的・非質的な個体化原理である。
  3. 現在の理論の独自性は、個体化根拠を個体の内部にある究極的な実在として措定するのではなく、前個体的差異場Δから構造的秩序を通じて成立させようとすることにある。
  4. 構造的個体化は、関係的に識別可能な個体の数的差異を説明できる可能性がある。
  5. しかし、完全に関係的な識別が不可能な個体の数的差異については、現在の理論には明確な説明上の限界がある。
  6. したがって、Δにおける差異的契機が、あらかじめ個体化された実在ではなく、構造の成立によって初めて個体化される契機であることを厳密に維持しなければならない。

今回の比較で一番大きな成果は、個体化根拠充足原理の意味が、より深い水準にまで拡張されたことだと思う。

個体化されるものの数的統一と差異を説明するだけではなく、その個体化の根拠自体が、どのようにして個体化以前の差異から成立するのかを説明すること。

これが、現在の理論がスコトゥスとの比較から獲得できる、最も重要な存在論的課題である。

そして、この論点は第25回で検討した現代形而上学のgrounding論とも接続する。

個体化根拠が何であるかだけではなく、その根拠が成立すること自体を何が説明するのか。

この問いに対して、Δから構造への展開を位置づけることで、現在の理論は、個体化の根拠をめぐる存在論をさらに一段深い水準へ進めることができる。


主要参考文献

今回、特に重要だった文献をまとめておく。

一次文献

二次文献・関連研究

  • Stanford Encyclopedia of Philosophy, “John Duns Scotus.”
  • Stanford Encyclopedia of Philosophy, “Medieval Theories of Haecceity.”
  • James Ladyman (2007), “Scientific Structuralism: On the Identity and Diversity of Objects in a Structure.”
  • Bahram Assadian and Robert Fraser (2025), “The Individuation of Mathematical Objects,” Synthese.

特にLadymanの研究は、関係による個体化を理解するうえで重要であり、AssadianとFraserの研究は、完全に識別不可能な複数の対象を構造主義がどこまで説明できるのかを検証するうえで有用である。

コメント

タイトルとURLをコピーしました