はじめに――形式的モデルは実際の歴史を判別できるのか
前回までの研究では、「第一性の遡及的成立」の第一論文と第二論文について、外部から指摘された問題点を一つずつ検証してきた。
今回取り上げるのは、外部評価による指摘から明らかになった問題点である。
この問題は、第二論文の組織事例が、五条件H1〜H5、構造的閉包、構成的依存ネットワークを検証するためのモデルとして提示されているにもかかわらず、そのモデル自体が検証結果をあらかじめ保証しているのではないか、というものだった。
現行の第二論文第8章では、組織の成立以前に存在した履歴h1〜h5と、それぞれの履歴が実現した構成的寄与r1〜r5を設定している。
そして、それらの構成的寄与を含む構造的閉包Bを設定し、最後に履歴対応写像ιによって、過去の履歴と後続構造との関係を示している。
ここで導かれるのが、次の包含関係である。
ι[H] ⊆ B
しかし、h1〜h5とr1〜r5の対応関係が最初から設定されており、さらにBにもr1〜r5が含まれているのであれば、この包含関係はモデルの構成上、ほぼ保証されている。
つまり、この事例によって形式的な関係を示すことはできても、実際の歴史において、ある履歴が本当に後続構造の構成的前史であったのかを独立して判定できることまでは示されていない。
今回の研究では、この問題を単に指摘するだけでなく、実在する歴史的組織を用いて、歴史的資格Qの肯定例と否定例を比較することにした。
そのうえで、H1〜H6と証拠条件E1・E2が実際にどのような判別能力を持つのかを検証する。
今回の中心的な問いは、次のものである。
「第一性の遡及的成立」において、過去の履歴が後続構造の構成的前史であると認められるための条件は、実際の歴史的事例において、正しい履歴を認め、誤った履歴を排除できるのか。
この問いを検討することによって、第二論文の歴史的資格Qが単なる形式的な定義にとどまらず、実際の歴史に適用できる概念であるかを確認したい。
1.外部評価の批判に対する再評価――形式的な成立と独立した検証は異なる
まず、現行の第二論文第8章を整理しておく。
第8章では、特定の組織Sについて、次の五つの履歴が設定されている。
| 履歴 | 設定された内容 | 構成的寄与 |
|---|---|---|
| h1 | 基本目的の合意と設立規約の形成 | r1 |
| h2 | 構成員資格と加入手続きの決定 | r2 |
| h3 | 総会の決定権限と意思決定手続きの設定 | r3 |
| h4 | 財務管理機能と会計担当職の設定 | r4 |
| h5 | 規則変更・役職交代・継続手続きの採択 | r5 |
これらの構成的寄与は、組織の同一性に必要な条件K1〜K5に関係するものとして設定されている。
さらに、構造的閉包Bには、これらの寄与が含まれるように設定されている。
したがって、次の関係が成立する。
ι[H] = {r1, r2, r3, r4, r5}
B = {r1, r2, r3, r4, r5, q1, q2, q3, q4, q5}
その結果、
ι[H] ⊆ B
が導かれる。
この論証は、集合論的には正しい。
また、履歴hと構成的寄与rを同一視せず、履歴対応写像ιを通じて接続するという形式的な考え方にも意味がある。
したがって、ここで論理的な誤りが生じているわけではない。
問題は、検証したい関係をあらかじめモデルの内部に設定していることにある。
具体的には、次の四つが最初から設定されている。
- 履歴h1〜h5が存在すること。
- 各履歴がr1〜r5を実現したこと。
- r1〜r5が構造的不変項Kに関係すること。
- r1〜r5が構造的閉包Bに含まれること。
このようなモデルで包含関係を確認しても、実際の歴史において同じ関係が成立することを独立に証明したことにはならない。
ここで区別すべきなのは、形式的なモデルの内部で関係が成立することと、現実の歴史を調査した結果として関係が発見されることの違いである。
今回の問題は、循環論法と呼ぶよりも、検証対象の成立条件がモデルの初期設定に組み込まれているために、独立した検証力を持たないという方法論上の問題として理解するほうが正確である。
1-1.現行モデルに意味はあるのか
もちろん、現行モデルを削除する必要はない。
このモデルには、少なくとも次の四つの役割がある。
- 履歴hと構成的寄与rの型を区別する。
- 履歴対応写像ιの形式的な意味を示す。
- 構成的寄与と構造的閉包Bの接続方法を示す。
- 第一論文の構造的個体化と第二論文の歴史的構成関係を接続する。
したがって、現行モデルは形式的な適用モデルとして維持するべきである。
ただし、それによって五条件や証拠条件の実際の判別能力まで検証できたと考えてはいけない。
今回必要なのは、現行モデルを捨てることではなく、そのモデルでは確認できなかった判別能力を、独立した実在事例によって補うことである。
2.実在事例を検証するための方法論
実在事例を採用するにあたって、最も重要なのは、分析結果を最初から決めてしまわないことだ。
仮に、歴史的資格Qを認めたい人物がいたとして、その人物に対応するようにKやBを設定してしまえば、現行モデルと同じ問題が発生する。
したがって、実証的な検証では、次の順序を守る必要がある。
2-1.対象構造Sと同一性水準Dを先に指定する
まず、何の歴史的成立を検証するのかを決める。
例えば、ある大学全体の成立を調べるのか、大学を構成する特定のカレッジの成立を調べるのかによって、必要な条件は異なる。
また、一般的な教育機関としての機能的同一性を調べるのか、特定の歴史的組織としての同一性を調べるのかによっても、判定結果は変わる。
このため、対象構造Sと同一性水準Dを先に指定しなければならない。
2-2.構造的不変項Kを独立に検討する
次に、対象構造の同一性を維持するために必要な構造的不変項Kを検討する。
ここで用いるのは、第一論文で定めた五つの判定基準である。
- 構成的関連性
- 代替可能性
- 反事実的識別力
- 条件間の連関と補償関係
- 最小性と完全性
重要なのは、特定の人物や出来事を歴史的資格のあるものとして認めるために、その人物や出来事に都合のよいKを作らないことである。
Kは、対象構造の同一性条件から検討しなければならない。
2-3.実際の履歴Hを史料から特定する
Kを検討した後で、対象構造の成立以前に何が起きたのかを史料によって確認する。
ここでは、後世の伝承と同時代の記録を区別する必要がある。
創設者として有名な人物がいたとしても、その人物が実際に組織の成立に関与したとは限らない。
逆に、後世にはあまり知られていない人物であっても、実際には財産、規則、権限、制度などの成立に重要な寄与をしていた可能性がある。
2-4.履歴hと構成的寄与rを区別する
履歴hは、実際に生じた過去の出来事である。
構成的寄与rは、その出来事が後続構造の成立に対して実現した役割である。
この二つを同一視してはならない。
例えば、ある人物が資金を遺贈したという出来事と、その遺贈が制度の財産基盤を形成したという寄与は異なる。
また、ある人物が組織の創設を宣言したという出来事と、実際にその組織の規則や権限秩序を成立させたという寄与も異なる。
2-5.構造的閉包Bを独立に確定する
最後に、対象構造のKを実現するために必要な構造的依存関係を検討し、構造的閉包Bを確定する。
そのうえで、実際の履歴が実現した寄与がBに含まれるかを判定する。
この順序を守ることで、履歴を含めるためにBを後から変更することを防ぐことができる。
以上の方法によって、初めて次の包含関係を独立に検証できる。
ι[H] ⊆ B
ここでのポイントは、KとBを確定する作業と、履歴Hを選別する作業を区別することである。
3.肯定例としてのオックスフォード大学ユニヴァーシティ・カレッジ
今回、実在組織の肯定例として採用するのは、オックスフォード大学のユニヴァーシティ・カレッジ(University College, Oxford)である。
ここでは、大学全体と個別のカレッジを区別しておく。
オックスフォード大学全体には、特定の一人による創設という明確な起源があるわけではない。一方、ユニヴァーシティ・カレッジには、1249年のウィリアム・オブ・ダラムによる遺贈という、具体的な成立史が存在する。
今回検討するのは、後者である。
3-1.ウィリアム・オブ・ダラムの遺贈
ユニヴァーシティ・カレッジの公式アーカイブによれば、ウィリアム・オブ・ダラムは1249年に死亡し、200ポンドを少し超える財産をオックスフォード大学に遺贈した。
その目的は、財産を運用し、神学を学ぶ修士号取得者を継続的に支援することだった。
当時、オックスフォードの学者たちは自ら住居を借り、生活費を負担していた。
ウィリアムの遺贈は、学者を継続的に支援するための財産基盤を作る最初期の事例だった。
しかし、大学はこの遺贈を適切に管理できなかった。
一部の資金で住宅を購入したものの、残りの資金の半分以上を有力者に貸し付け、その資金は返済されなかった。
そのため、遺言執行者たちはウィリアムの死から約30年後に大学に対応を求めた。
その結果、1280〜1281年に最初のカレッジ規則が作成された。
この規則によって、遺贈の残余財産で取得されていた不動産が新しい教育機関に移されることになった。
当初、ウィリアムは10〜12人のフェローを支援することを期待していたが、資金の減少によって、実際には4人しか支援できなかった。
最初の規則には、フェローの給付金、財務管理、選考方法などが定められていた。
この経緯は、ユニヴァーシティ・カレッジの公式アーカイブが公開している1280〜1281年の規則に関する解説から確認できる。
3-2.対象構造Sと同一性水準D
今回の検証では、次のように設定する。
S₁ = ウィリアムの遺贈を起点として1280〜1281年に制度化されたユニヴァーシティ・カレッジ
D₁ = 特定の歴史的教育機関としての制度的・通時的同一性
ここで重要なのは、1249年の時点ですでに現在と同じ形のカレッジが存在していたと考えないことだ。
1249年は遺贈が行われた時点であり、1280〜1281年は、その遺贈を基礎とする制度化が実現した時点である。
したがって、今回の対象は、一つの瞬間に完成した組織ではなく、遺贈から制度化へと続く歴史的な成立過程を含む組織である。
3-3.構造的不変項Kの候補
1280〜1281年の規則から、対象構造の同一性を支える条件を抽出する。
ここでは、次の四つのまとまりを候補とする。
| 候補 | 内容 |
|---|---|
| k1 | 神学研究を行う修士号取得者を支援する教育目的 |
| k2 | フェローの構成と資格 |
| k3 | フェローの選考秩序 |
| k4 | 財産・給付・財務管理を結びつける支援秩序 |
これらは、規則に示されている制度的な機能と関係から抽出した候補である。
ただし、ここで四つの条件をすべて独立した不変項として確定したわけではない。
例えば、フェローへの給付と財務管理は、別個の条件なのか、それとも一つの支援秩序に統合されるのかという問題が残る。
本理論では、構成的条件を増やせばよいわけではない。
Kは、構造的同一性を説明するために必要な最小かつ完全な制約体系でなければならない。
したがって、ここでは上記の条件をKの候補として扱い、最終的な構成は五つの判定基準によって評価する。
重要なのは、これらの条件をウィリアムの遺贈に都合よく設定したのではなく、制度そのものの規則と機能から抽出したことである。
3-4.実際の履歴Hと構成的寄与r
次に、ウィリアムの履歴を整理する。
H_W = {h₁, h₂, h₃}
h₁:1249年の遺贈。
h₂:遺贈資金による不動産の取得と、その後の資金運用。
h₃:遺言執行者による履行要求と、残余財産の制度への移転。
これらの履歴が実現した構成的寄与を次のように区別する。
| 履歴 | 構成的寄与 | 内容 |
|---|---|---|
| h₁ | r₁ | 教育機関を支える財産基盤の提供 |
| h₂ | r₂ | 財産を具体的な不動産・資源として形成すること |
| h₃ | r₃ | 遺贈目的と残余財産の制度化を接続すること |
ここで、履歴hと構成的寄与rは同じものではない。
ウィリアムが遺贈したという過去の出来事と、それによって組織の財産基盤が形成されたという寄与は異なる。
また、遺言執行者が大学に履行を求めたという出来事と、それによって制度化に至る歴史的連結が維持されたという寄与も異なる。
この区別によって、歴史的な出来事と、現在の構造に関係する役割をそれぞれ分析できる。
3-5.H1〜H6による肯定判定
今回の履歴について、H1〜H6を適用する。
| 条件 | 判定 | 理由 |
|---|---|---|
| H1:実在性と先行性 | 成立 | 1249年の遺贈は1280〜1281年の制度化に先行する |
| H2:構成的寄与 | 成立 | 遺贈は実際の財産基盤の形成に関与した |
| H3:追跡可能な連結 | 成立 | 遺言、財産運用、遺言執行者、規則制定という経路を確認できる |
| H4:Kとの構成的関連性 | 成立 | 教育目的とフェロー支援制度の成立に関係する |
| H5:役割の必要性 | 実際の成立経路において成立 | 遺贈とその履行過程が、現実に成立した財産基盤を担った |
| H6:歴史的同一性の不可還元性 | 対象Dの範囲で成立 | 実際の成立経路が、特定の歴史的カレッジとしての同一性に関与する |
特にH5については、代替可能性と実際の歴史的役割を区別する必要がある。
別の人物が同じような資金を寄付していれば、似たような教育機関が成立した可能性はある。
しかし、それは現実に成立したユニヴァーシティ・カレッジの歴史的経路を変更するものではない。
H5が問題にするのは、ウィリアムという人物があらゆる可能世界で代替不可能だったかどうかではない。
実際に成立した経路において、ウィリアムの遺贈がどのような役割を担ったのかである。
この意味で、彼の遺贈は現実の歴史的成立経路における構成的寄与として認められる。
3-6.H6と歴史的連続性
今回の事例で特に重要なのはH6である。
仮に、現在の制度的条件だけを見れば、別の財産によって同じような教育支援制度を作ることは可能だったかもしれない。
その意味で、ウィリアムの遺贈は、一般的な神学教育機関という機能的同一性にとって絶対的に必要なものではない。
しかし、今回のDは、単に神学を教える教育機関という機能的同一性ではない。
ウィリアムの遺贈を起点として制度化され、その後の歴史を通じて継続してきた特定のカレッジの同一性である。
別の人物が別の資金を提供して同じような制度を成立させたなら、それは機能的に類似した別の成立経路であり、現実のユニヴァーシティ・カレッジと同じ歴史的起源を持つものではない。
したがって、ここでは単なる財産や規則だけでなく、それらを成立させた歴史的連続関係を考慮しなければならない。
この連続関係をℓ_Wとする。
ι_{S₁,D₁}(H_W) = {r₁, r₂, r₃, ℓ_W}
ここでℓ_Wは、1249年の遺贈から財産の形成、履行、制度化に至る実際の歴史的連続関係を表す。
そして、歴史的同一性を含む構造的閉包に、この関係が含まれる。
{r₁, r₂, r₃, ℓ_W} ⊆ B_D^α*(S₁)
ここで重要なのは、過去の出来事そのものが現在の組織内部に物体のように残っているということではない。
現在の構造と、その成立に至った過去の履歴を結びつける構成的な連続関係が、歴史的同一性に関与しているということである。
以上の理由から、ウィリアム・オブ・ダラムの遺贈は、今回の対象としたユニヴァーシティ・カレッジの歴史的資格Qを認める肯定例として扱うことができる。
4.否定例としてのアルフレッド大王の創設伝承
次に、同じユニヴァーシティ・カレッジの歴史に登場するアルフレッド大王を検討する。
この事例は、今回の検証にとって非常に重要である。
なぜなら、実際の創設的寄与を確認できる人物とは別に、後世に創設者として位置づけられた人物が存在するからだ。
4-1.872年創設説
ユニヴァーシティ・カレッジの公式歴史によれば、同カレッジの起源は1249年のウィリアム・オブ・ダラムによる遺贈にある。
しかし、1380年代には、アルフレッド大王が872年にカレッジを創設したという伝承が生まれた。
この伝承は長く事実として受け入れられたが、現在ではウィリアムが本来の創設者であると認められている。
ここで、二つの事実を区別しなければならない。
第一に、アルフレッド大王は実在した人物である。
第二に、アルフレッド大王が872年にユニヴァーシティ・カレッジを創設したという主張がある。
前者が正しいことは、後者を証明しない。
今回検証するのは、アルフレッドという人物の実在性ではなく、872年にこの特定のカレッジを創設したという歴史的帰属である。
4-2.1384年の請願
ユニヴァーシティ・カレッジの公式アーカイブの解説によれば、アルフレッド創設伝承の成立に関係する重要な文書が1384年の請願である。
当時、カレッジは不動産をめぐる訴訟に直面していた。
財産を失えば、年間収入の約3分の1を失う可能性があったため、大学側は王の評議会で審理を受けようと王室に請願していた。
その1384年の請願で、マスターとフェローは、カレッジがリチャード2世の祖先であるアルフレッド大王によって創設されたと主張した。
請願には、カレッジが24人の聖職者を永続的に支援するために設立されたという説明も記されている。
この主張の背景には、リチャード2世が自分の家系の歴史に関心を持っていたため、王の祖先であるアルフレッドの名前を持ち出すことで、請願が王の関心を引くのではないかという事情があった可能性がある。
実際、請願後の1389年には王の評議会で審理が行われ、1390年には大学が財産を保持する代わりに補償を支払うことで妥協が成立した。
ただし、アルフレッドへの言及が審理の実現にどの程度寄与したのかは確定できない。
重要なのは、この1384年の請願が、現存する明確な文書としてアルフレッドとカレッジを結びつけたこと、そして後世の世代がこの創設者伝承を利用するようになったことである。
ここでは、872年の創設を証明する同時代の資料が確認されているわけではない。
確認できるのは、創設から約500年後に、カレッジ側がアルフレッドを創設者として主張したという歴史的事実である。
したがって、1384年の請願は872年の創設の証拠ではない。
それは、アルフレッド創設伝承が文書化されたことの証拠である。
4-3.H1〜H6による否定判定
ここで、872年にアルフレッドがユニヴァーシティ・カレッジを創設したという履歴をh_Aとする。
| 条件 | 判定 | 理由 |
|---|---|---|
| H1:実在性と先行性 | 立証されない | 872年に当該カレッジが創設されたことを示す史料が確認できない |
| H2:構成的寄与 | 立証されない | アルフレッドによる具体的な制度的寄与を特定できない |
| H3:追跡可能な連結 | 不成立 | 872年から1249年以降の成立過程に至る連結経路を確認できない |
| H4:Kとの構成的関連性 | 不成立 | 教育目的、フェロー制度、財産基盤などへの具体的寄与を示せない |
| H5:役割の必要性 | 不成立 | 実際の成立経路における創設的な役割を特定できない |
| H6:歴史的同一性の不可還元性 | 不成立 | 872年から後続組織に至る歴史的連続性を示せない |
証拠条件E1についても、872年の履歴と具体的な構成的寄与を独立に確認できない。
E2についても、後世の創設者帰属を、そのまま元の創設を示す証拠として採用することはできない。
したがって、アルフレッド大王による872年の創設説については、元のユニヴァーシティ・カレッジの成立に対する歴史的資格Qを認めることはできない。
ここで注意したいのは、史料が確認できないことと、論理学的な意味で過去の出来事が絶対に存在しなかったと証明することは異なるという点である。
今回の結論は、872年に何らかの教育活動が存在した可能性を形而上学的に否定するものではない。
当該のカレッジを創設したという主張を、歴史的資格として認定するための証拠と連結関係が存在しない、ということである。
歴史的資格Qは、創設者という称号や後世の伝承によって成立するものではない。
実際の構成的寄与と追跡可能な連結が必要なのである。
5.重要な発見――否定された伝承自体が別の歴史的構造を形成している
ここで、もう一つ重要な問題が浮かび上がる。
アルフレッド大王の872年創設説は、元のカレッジの創設史としては否定される。
しかし、その伝承自体は後世の歴史に実際の影響を与えている。
この点を見落としてはならない。
5-1.アルフレッド伝承の制度的・象徴的な展開
1384年の請願以降、アルフレッド大王とユニヴァーシティ・カレッジの関係は後世に継承された。
1720年代には、カレッジのマスター選挙をめぐる争いの中で、裁判所がアルフレッドによる創設を事実として扱い、王権を正当な訪問者とする判断が行われた。
また、1872年6月12日には、アルフレッドによる創設から1000周年を祝うミレニアム・ディナーが開催された。
一方、1899年には、ウィリアム・オブ・ダラムが真の創設者であるという認識が一般的に受け入れられていた。
この歴史的経緯から、アルフレッド伝承が単なる一時的な誤認ではなかったことが分かる。
1384年の請願によって文書化された伝承は、後世の法的判断や象徴的実践、記念行事にまで関係していた。
したがって、アルフレッド創設説が元のカレッジの創設史として誤りだったからといって、それに関係するすべての歴史的出来事が無意味になるわけではない。
5-2.対象構造を二つに分ける
ここで、二つの対象構造を区別する。
S₁ = 1280〜1281年に制度化されたユニヴァーシティ・カレッジ
S₂ = アルフレッド創設伝承を中心とする後世の記憶・象徴・自己表象の構造
S₁は、ウィリアムの遺贈を起点とする元のカレッジである。
S₂は、アルフレッドを創設者とする物語が、カレッジの自己理解や象徴的表現に組み込まれていくことによって形成された記憶構造である。
この区別を採用すると、二つの異なる判定結果が得られる。
| 履歴 | 元のカレッジS₁ | 後世の記憶構造S₂ |
|---|---|---|
| 872年のアルフレッド創設という主張 | 歴史的資格を認めない | 伝承の内容として存在する |
| 1384年の請願 | 元の創設的前史ではない | 伝承の実在する歴史的起点 |
| 1720年代の法的な採用 | 元の創設を証明しない | 伝承が制度的に扱われた証拠 |
| 1872年の記念行事 | 元の創設を証明しない | 伝承の象徴的再生産 |
つまり、元の組織の成立史については否定される履歴であっても、後世の記憶構造については構成的な意味を持ちうるのである。
5-3.1384年の請願に対する歴史的資格
この区別を踏まえると、1384年の請願については、別の判定が可能になる。
1384年の請願は、872年にアルフレッドがカレッジを創設したという証拠にはならない。
しかし、1384年に実際にカレッジ側がアルフレッドを創設者として主張したということは、文書によって確認できる。
この履歴は、アルフレッド創設伝承という記憶構造の成立に関係している。
ここで、1384年の請願から後世の伝承への連続関係をℓ_Aとする。
ι_{S₂,D₂}(h₁₃₈₄) = ℓ_A
ℓ_Aは、1384年の請願を起点とするアルフレッド伝承の実際の継承・再生産経路を表す。
そして、この記憶構造の閉包にℓ_Aが含まれる。
ℓ_A ∈ B_D^α*(S₂)
この場合、1384年の請願はS₂に対して歴史的資格を持つと判断できる。
ただし、ここで主張するのは、1384年の請願から1720年代の裁判、1872年の記念行事に至るすべての直接的な因果関係が完全に実証されたということではない。
現時点で確認できるのは、請願による伝承の文書化と、後世における法的・象徴的な採用である。
その範囲で、1384年の請願を伝承構造の歴史的な起点として位置づけることができる。
5-4.何が明らかになったのか
今回の検証で明らかになったのは、歴史的資格Qが履歴だけに絶対的に付与される資格ではないということである。
Qは、対象構造Sと同一性水準Dとの関係において判定される。
同じ履歴であっても、対象構造が異なれば、成立する資格も異なる。
今回の事例では、
- アルフレッドの872年創設説は、元のカレッジの成立史としては資格を得ない。
- 1384年の請願は、後世のアルフレッド伝承という記憶構造に対しては構成的な前史となる。
この二重の判定が重要である。
これによって、虚偽の歴史的主張を事実として認めることなく、その虚偽の主張が後世に実際の歴史的帰結を生んだという事実を説明できる。
本理論は、歴史的な物語が真実か虚偽かという認識論的な問題だけでなく、その物語が後続構造の成立にどのような関係を持ったのかという存在論的な問題も扱えるのである。
6.今回の検証によってH1〜H6とE1・E2の判別能力は確認できたのか
ここまでの二つの事例を比較すると、現行の条件がどのように機能するのかが明確になる。
6-1.H1〜H5だけで十分なのか
H1〜H5は、履歴の実在性、構成的寄与、後続構造との連結、Kとの関連性、実際の経路における役割を判定する。
今回の事例でも、これらの条件によってウィリアムとアルフレッドを区別することはできる。
しかし、H1〜H5だけでは、過去の出来事が現在の制度的条件を設定したということと、過去から現在に至る歴史的連続性自体が構造の同一性に関与するということを、常に十分に区別できるとは限らない。
例えば、ある人物が後続組織の規則や制度を設定したとしても、その人物の歴史的な経路自体が後続構造の同一性に関与しているとは限らない。
別の履歴によって同じ制度を作ることが可能であれば、その履歴は制度的アンカーである可能性がある。
したがって、実際の歴史的連続性そのものが構成的であるかを判定するH6が必要となる。
6-2.H6は追加条件として必要である
H6は、歴史的同一性の不可還元性を判定する条件として位置づけられる。
つまり、現在の規則や機能だけではなく、実際の生成経路が対象構造の同一性に関与しているかを判定する。
今回のウィリアムの事例では、特定の歴史的カレッジの成立経路を考慮することで、この条件が意味を持つ。
アルフレッドの事例では、元のカレッジの成立史としての連続性は確認できないが、後世の伝承構造については別の連続性を確認できる。
このようにH6を導入することで、歴史的なアンカーと構成的前史の違いを説明できる。
したがって、H6を削除する理由はない。
6-3.E1・E2は何を排除するのか
E1は、履歴、構成的寄与、後続構造との連結を独立した証拠によって確認することを要求する。
E2は、後世に成立した創設者伝承や象徴的帰属を、そのまま元の創設を示す証拠として扱うことを防ぐ。
今回のアルフレッドの事例では、E1によって872年の創設と構成的寄与を確認できず、E2によって1384年以降の伝承を872年の歴史的事実と混同しないようにできる。
一方、1384年の請願自体については、請願が実在したことを確認する史料が存在する。
したがって、E1・E2は、単に証拠があるかないかを判定する条件ではない。
証拠が何の存在を立証しているのかを限定する条件でもある。
この点は、今回の比較で明確になった。
6-4.新しいH7やE3を追加する必要はあるのか
今回の問題を解決するために、新たな条件を追加する必要があるかも検討した。
しかし、現時点では必要ないと判断する。
| 判定内容 | 対応する条件 |
|---|---|
| 履歴の実在性と先行性 | H1 |
| 実際の構成的寄与 | H2 |
| 後続構造との追跡可能な連結 | H3 |
| Kとの構成的関連性 | H4 |
| 実際の成立経路における役割 | H5 |
| 歴史的同一性の不可還元性 | H6 |
| 履歴と寄与の証拠 | E1 |
| 後世の伝承・帰属の誤認防止 | E2 |
今回不足していたのは、条件そのものではなく、それらを独立した実在事例によって検証する作業だった。
したがって、H7やE3を追加するよりも、すでに確定している条件を適切に適用するほうがよい。
7.実在事例の選択肢を比較する
今回の検証では、実在事例の選び方についても複数の方向性を比較した。
A:現行の分析用モデルだけを維持する
これは採用しない。
形式的な関係を説明することはできるが、実際の履歴を選別する能力を示せないからである。
B:現行モデルを実在組織の事例に置き換える
これも採用しない。
形式的なモデルには、履歴・構成的寄与・構造的閉包の関係を説明する役割がある。
実在事例に置き換えて削除する必要はない。
C:形式的モデルを維持し、実在事例による肯定例と否定例を追加する
これを採用する。
形式的モデルによって論理構造を説明し、実在事例によって判別能力を検証する。
この二つを併置することが、第二論文にとって最も適切である。
D:生物学的系統を中心事例とし、組織事例を補助事例として扱う
この方向性も採用する。
再検証記事④では、歴史的なアンカーと構成的前史を区別するために、生物学的系統の歴史的連続性をA3の中心的な事例として扱う方向がすでに示されている。
生物学的系統では、現在の生物学的個体や系統の同一性を、現在の性質の集合だけで説明することはできない。
その系譜的な連続性自体が、対象の同一性に関係するからである。
したがって、生物学的系統はA3・H6の核心的な論証に適している。
一方、今回の組織事例は、実際の履歴と後世の伝承を比較し、歴史的資格Qがどのように判別されるかを示す役割を持つ。
このように事例ごとに論証上の役割を区別すれば、両者は競合しない。
ハーバード大学の事例について
今回の検証では、ハーバード大学の成立史も比較候補として考えた。
ジョン・ハーバードは、1636年の学校設立決定より後にマサチューセッツに到着したが、その後に自分の財産と蔵書を遺贈し、大学の発展に大きく貢献した。
この事例は、創設者という称号と実際の制度的寄与を区別するために有効である。
ただし、ジョン・ハーバードは実際に大きな構成的寄与を行った人物であるため、単純な否定例にはならない。
むしろ、創設者という称号の歴史的正確性と、制度的寄与の実在性が部分的に異なる、複合的な事例である。
今回のように明確な肯定例と否定例を同一組織の成立史から取り出して比較する目的では、オックスフォードのユニヴァーシティ・カレッジのほうが適している。
したがって、今回はオックスフォードの事例を主事例として採用する。
8.第二論文への反映――形式的モデルと実証的検証を分ける
今回の検証結果から、第二論文に反映すべき内容を整理する。
最も重要なのは、現行の形式的モデルを維持しながら、実在事例による検証を追加することである。
8-1.現行8.1〜8.6は維持する
現行の分析用モデルは削除しない。
ただし、その役割を明確にする。
このモデルによって達成されるのは、次の内容である。
- 履歴hと構成的寄与rの区別
- 履歴対応写像ιの形式的導入
- 構成的寄与と構造的閉包Bの対応
- 歴史的資格Qを判定するための論理的構造の提示
これらを、実在史料による独立した検証と混同してはならない。
8-2.実在事例を追加する
第二論文の第8章には、以下の構成を採用する。
8.7.実在組織における歴史的資格の検証――ユニヴァーシティ・カレッジの成立史
ウィリアム・オブ・ダラムの遺贈を肯定例として、H1〜H6とE1・E2を適用する。
8.8.創設者伝承の否定的検証――アルフレッド大王の872年創設説
後世の創設者伝承が、元の組織の構成的前史としては成立しないことを示す。
8.9.虚偽の創設伝承が形成した別の歴史的構造
1384年の請願を起点とするアルフレッド伝承について、対象構造の違いによって歴史的資格の判定が変わることを示す。
8.10.形式的モデルと実在史による検証の統合
形式的モデルが説明することと、実在事例で確認できたことを区別し、歴史的資格Qの適用可能性を総括する。
この構成であれば、現行の第二論文の論理を損なうことなく、実証的な適用能力を補強できる。
8-3.H6とQの改訂を統合する
次に、第二論文第六稿と再検証記事④の間に存在する定義体系の差を解消する必要がある。
第二論文第六稿では、H1〜H5を中心に歴史的資格Qを規定している。
しかし、再検証記事④では、歴史的同一性の不可還元性を示すH6が追加され、Qの改訂が提案されている。
このため、最終統合改稿では、H6を含む定義体系を採用しなければならない。
改訂後のQは、次のように整理できる。
歴史的資格Qとは、過去の履歴HがH1〜H6を満たし、その履歴が実現した構成的寄与または歴史的連続関係が、履歴対応写像ιによって、構造的不変項K_D(S)を実現する同一の構造的閉包B_D^α*(S)に実際に対応づけられることによって成立する資格である。
従来の単純化された接続では、履歴と構成的寄与の関係を次のように表していた。
ι(hᵢ) = rᵢ
しかし、H6を含めた改訂後の枠組みでは、単なる構成的寄与だけでなく、歴史的連続関係も明示する必要がある。
ι(hᵢ) = ℓᵢ
ここでℓᵢは、過去の履歴と後続構造を結びつける実際の歴史的連続性・生成経路を表す。
そして、
ℓᵢ ∈ B_D^α*(S)
が成立する必要がある。
重要なのは、過去の出来事が単に現在の規則を設定したというだけではなく、その過去から現在に至る連続性自体が、対象の歴史的同一性に関与していることである。
8-4.A3の基本命題は変更しない
今回の検証によって、A3の基本命題を変更する必要はない。
A3は、あらゆる過去の出来事が後続構造の構成的前史になると主張しているわけではない。
また、後続構造が必ず一つの特定の歴史的履歴に依存すると主張しているわけでもない。
主張しているのは、後続構造の同一性条件が、その成立以前に実在した履歴に構成的に依存しうるということである。
今回の組織事例は、この可能性を実際の歴史に適用する方法を示した。
したがって、A3の基本命題は維持し、H6と改訂版Qを第二論文に統合する方針を採用する。
9.今回の検証の限界と、その意味
最後に、今回の検証で何が証明され、何が証明されていないのかを区別しておきたい。
まず、今回のオックスフォードの事例によって、H1〜H6やE1・E2があらゆる歴史的事例において常に正しく機能することまで証明されたわけではない。
一つの組織について肯定例と否定例を比較しただけで、本理論の普遍的な妥当性を確定することはできない。
また、今回参照したのは主としてユニヴァーシティ・カレッジの公式アーカイブや歴史解説であり、完全な史料批判を伴う中世史研究の代わりになるものではない。
特に、K_D(S)の最小性・完全性や、H5の反事実的な必要性、H6の歴史的不可還元性については、対象となる同一性水準Dを厳密に限定する必要がある。
しかし、今回の検証の目的は、本理論のあらゆる命題を一つの歴史的事例で証明することではない。
問題点③の核心は、現行の分析用モデルが、H1〜H5などの条件を実際に判別できることを示していないという点にあった。
これに対して、今回の比較では次の三つを区別することができた。
- 実際の組織成立に関与した歴史的前史。
- 後世に創設者として位置づけられたが、元の組織の成立には関与していない歴史的伝承。
- その伝承自体が後世に形成した、別の歴史的・象徴的構造。
この区別ができたことは、今回の検証にとって重要な成果である。
単に「正しい創設者」と「間違った創設者」を区別しただけではない。
同じ歴史的な主張が、対象構造によって異なる存在論的な位置づけを持ちうることを示したのである。
アルフレッド大王は、元のカレッジの創設者ではない。
しかし、アルフレッド創設伝承は、後世のカレッジの記憶構造を形成する歴史的な契機となった。
この二つを同時に認めることができるのは、対象構造Sと同一性水準Dを区別する本理論の枠組みがあるからである。
10.最終結論――問題点の解決
今回の研究では、第二論文の組織事例に関する問題を、形式的モデルの限界と実証的な適用能力という二つの側面から検討した。
その結果、次の結論に到達した。
第一に、現行の分析用モデルは維持する
履歴h、構成的寄与r、構造的閉包B、履歴対応写像ιの関係を形式的に示す役割は失われていない。
ただし、構成上保証された包含関係を、独立した実証的検証として扱ってはならない。
第二に、実在事例による肯定例と否定例を追加する
ウィリアム・オブ・ダラムの遺贈を肯定例とし、アルフレッド大王の872年創設説を否定例とする。
同一の組織の歴史において、実際の構成的寄与と後世の創設者伝承を比較することによって、歴史的資格Qの判別能力を示す。
第三に、後世の伝承が形成した別の構造を区別する
アルフレッド大王の創設説は、元のカレッジの成立史としては認められない。
しかし、1384年の請願を起点とする創設者伝承は、後世の記憶・象徴・自己表象の構造に対して、実際の歴史的な意味を持つ。
これによって、歴史的資格Qが対象構造Sと同一性水準Dに相対的な資格であることを確認できた。
第四に、H6と改訂版Qを統合する
H1〜H5に加えて、歴史的同一性の不可還元性を扱うH6を第二論文に組み込む。
さらに、履歴対応写像ιには、単なる構成的寄与だけではなく、歴史的連続関係も含める。
第五に、新しい条件は追加しない
今回の問題は、H7やE3のような新しい条件の不足ではない。
既存の条件が独立した実在事例で検証されていなかったことが問題だった。
したがって、定義体系に新たな条件を追加する必要はない。
おわりに――歴史的な起源と、歴史的な資格の違い
今回の検証で最も重要だったのは、創設者という名称と、実際の構成的前史を区別できたことである。
ある人物が後世に創設者として称えられているからといって、その人物が実際に組織の成立を構成したとは限らない。
また、後世に創設者としての資格を否定された人物や物語であっても、その人物をめぐる伝承が後続の歴史的構造を実際に形成したのであれば、その伝承自体は別の水準で構成的な意味を持つ。
この違いを説明するためには、過去の出来事だけを見るのでは不十分である。
その出来事が何を実現し、どの構造に接続し、どのような同一性を形成したのかを検討しなければならない。
ここで、第一性の遡及的成立という理論の基本的な考え方に戻ることができる。
あるものが何であるのか、また、ある履歴が何に対して第一のもの、あるいは構成的な前史となるのかは、その対象の成立条件や構造的関係を理解することによって確定される。
過去の出来事が、それ自体で絶対的な歴史的資格を持っているわけではない。
それがどのような構造を成立させ、その構造の同一性にどのように関与したのかという関係によって、初めてその資格が確定する。
今回のオックスフォードの事例は、この考え方を具体的に示している。
ウィリアム・オブ・ダラムの遺贈は、特定の歴史的カレッジの成立に関与した。
一方、アルフレッド大王の872年創設説は、その成立を構成した履歴としては認められなかった。
しかし、1384年以降のアルフレッド伝承は、後世のカレッジの記憶構造を形成する歴史的な契機となった。
同じ過去の人物や出来事に関係する物語であっても、対象となる構造と同一性水準が異なれば、その存在論的な意味も異なるのである。
今回の研究によって、第二論文の形式的モデルと実在組織の歴史を接続する方法が明確になった。
歴史的資格Qは、単なる時間的な先行性でも、後世の伝承によって付与される称号でもない。それは、実在する履歴が後続構造の構成的条件と歴史的同一性に関与していることによって成立する、構造に相対的な資格である。
以上を、問題点の検証結果とする。



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