- 要旨
- 1.1.第一性の問題
- 1.2.個体と構造の順番
- 1.3.本稿の目的と構成
- 2.1.個体性とは何か
- 2.2.個体化根拠充足原理 G
- 2.3.基本前提 A1・A2
- 2.4.定義D1――前個体的差異場 Δ
- 2.5.定義D2――構造的契機 mᵢ
- 3.1.定義D3――構成的関係 Rᶜ
- 3.2.定義D4――構造 S
- 3.3.定義D5――同一性の水準 D
- 3.4.定義D6――構造的不変項 K_D(S)
- 3.5.定義D7――構造的境界 B_D(S)
- 3.6.基本概念の論理的な順序
- 4.1.相互構成の問題
- 4.2.定義D8――構成関係 C
- 4.3.定義D9――個体化関係 I
- 4.4.C と I を具体的に接続するための条件
- 4.5.なぜ C と I は直ちに循環論法を形成しないのか
- 5.1.構造の統一性は独立した統一者を必要としない
- 5.2.定義D10――構造的個体性
- 5.3.構造的不変項と構造項の同一性
- 6.1.構造全体の優先性と内部の第一性
- 6.2.定義D11――構成的同一性依存 OD
- 6.3.定義D12――構造内部の第一性
- 6.4.構成的同一性依存から第一性への橋渡し原理
- 6.5.第一性の成立条件
- 6.6.反事実的な判定基準
- 6.7.第一性は全順序を形成する必要がない
- 7.1.命題P1――個体性の成立には、差異を統一する構造的秩序が必要である
- 7.2.命題P2――構造的個体性は、階層的な構成関係と個体化関係を通じて成立する
- 7.3.命題P3――非対称的な構成的同一性依存から第一性が成立する
- 7.4.定理T1――構造的個体化と第一性の遡及的成立定理
- 8.1.シモンドン――前個体的なものと個体化
- 8.2.ドゥルーズ――差異と個体化
- 8.3.ヘーゲル――規定性と関係の内在性
- 8.4.スピノザ――複合個体と構成要素の交代
- 8.5.存在論的構造実在論――構造の存在論的重要性
- 8.6.基礎づけ・存在論的依存――Fine と Lowe
- 8.7.シェファー――全体の優先性と構造内部の第一性
- 8.8.スコトゥス――このもの性と個体性の根拠
- 8.9.本理論の独自性
- 9.1.個体性を原始的な事実として認めればよいのではないか
- 9.2.前個体的差異場 Δ の存在は正当化されていないのではないか
- 9.3.C と I の区別は、循環問題を定義によって回避しただけではないか
- 9.4.K_D(S) の判定は恣意的ではないか
- 9.5.第一性は最初から非対称性を前提としているのではないか
- 9.6.構造的に区別できない二つのものはどうなるのか
- 9.7.構成要素が交代可能であれば、第一性は成立しないのではないか
- Ⅰ.一次文献
- Ⅱ.現代形而上学・存在論に関する研究
要旨
本稿の目的は、個体性と存在論的優先性が、個体にあらかじめ備わった属性として成立するのではなく、構造的秩序を通じて成立することを説明することである。
通常の存在論では、まず個体が独立して存在し、その個体のあいだに関係や構造が成立すると考えられる。しかし、この説明では、そもそも個体がなぜ一つの存在者として成立するのか、また、なぜ他の個体から区別されるのかという問題が残る。本稿は、この問題を個体化根拠充足原理によって明示し、個体化以前の存在論的基礎として前個体的差異場 Δ を導入する。
本稿では、Δ に内在する差異的契機が構成的関係 Rᶜ によって組織化されることで、構造 S が成立すると考える。さらに、対象となる同一性の水準 D を指定し、その水準において構造の同一性を維持する構成的制約の体系を構造的不変項 K_D(S) として定義する。また、K_D(S) を実現するために必要な構成的依存関係の最小完全な閉包を、構造的境界 B_D(S) として定義する。
ただし、K_D(S) の判定は、個体化や第一性の結論から逆算してはならない。また、K_D(S) が常に一意に決定されるとは限らず、構造的不変項の同一性が数的同一性を保証するわけでもない。
次に、構造と構造項の相互構成を、異なる構造水準における構成関係 C と、構造内部の契機を個体化する関係 I とに区別する。C は、下位水準ですでに個体化された構造項が上位構造を具体的に実現する関係である。これに対して I は、個体化以前の差異的契機が、構造の関係秩序と構造的不変項によって、特定の位置・役割・同一性条件を持つ構造項として成立する関係である。
最後に、構造内部において、ある項の規定が他の項の同一性条件を構成的に決定する関係を、構成的同一性依存 OD として定義する。そして、同じ構造・同じ同一性水準・同じ規定次元において、その依存が一方向にのみ成立する場合に、構造相対的な第一性 ≺ が認められることを論じる。
本稿の中心的な主張は、個体化と第一性を同一の段階で説明しないことである。構造の成立は個体化の条件を与えるが、すべての契機が自動的に個体化されるわけではない。また、個体化された項が存在することだけでは、第一性は成立しない。第一性には、独立に確認された構成的同一性依存と、その非対称性が必要となる。
以上を通じて、本稿は、個体性・構造的同一性・第一性が、構造から独立してあらかじめ成立するのではなく、構造的秩序を通じて遡及的に確定するという存在論を提示する。
キーワード: 前個体的差異、構造、個体化、構造的不変項、構成的依存、構造的同一性、存在論的優先性、遡及的成立
1.序論――個体と構造の存在論的な順番
1.1.第一性の問題
あるものが、特定の構造において第一のものとして成立するためには、何が必要なのだろうか。
ここで問題となるのは、複数の存在者のうち、どれが重要であるかを判断することではない。問題は、あるものが他のものに対して存在論的に優先すると言えるための条件である。
一般に、第一性や優先性は、時間的に最初に存在したこと、他のものを因果的に生み出したこと、あるいは他のものの存在を説明する究極的な根拠であることと結びつけられる。しかし、時間的先行性、因果的先行性、説明上の先行性、存在論的優先性は、必ずしも同じではない。¹
例えば、ある法秩序において、承認規則 A が個別の法規範 B の法的有効性を決定しているとする。この場合、B が有効な法規範として成立する条件は、A の規定に依存している。他方、A の同じ法的有効性条件が、個別の B によって構成されているわけではない。この関係が実際に成立しているならば、A は B に対して、法的有効性という特定の規定次元において優先していると考えられる。
この優先性は、A が時間的に先に存在したという事実だけによって説明されるものではない。また、A が B に因果的な影響を与えているというだけでもない。重要なのは、B がその構造の内部で有効な法規範として成立するための同一性条件が、A の規定によって構成されていることである。
本稿では、このような優先性を構造内部の第一性として扱う。
しかし、ここでさらに一つの問題が生じる。
あるものが第一のものとして成立するためには、まず、そのものが何であるのか、どのような同一性を持つのかが確定していなければならない。したがって、第一性だけを直接検討しても、その成立条件を十分に説明することはできない。第一性を説明するためには、それに先立って、個体性と同一性がどのように成立するのかを明らかにする必要がある。
1.2.個体と構造の順番
通常の存在論では、まず個体が存在し、その個体のあいだに関係が成立するという順序が想定される。この立場では、個体はそれ自体として成立しており、構造は、すでに存在している個体を関係づけるものとして理解される。
しかし、この説明には問題がある。
あるものが一つの個体として成立するためには、それを一つの存在者として統一する根拠と、他の個体から区別する根拠が必要である。それにもかかわらず、個体性を最初から備わっているものとして扱うならば、個体性の成立そのものは説明の対象から除外される。
本稿は、この問題に対して、存在論的な順番を転倒させる。
すなわち、完成した個体から構造を説明するのではなく、個体化以前の差異的条件から構造の成立を説明し、その構造によって個体性が成立すると考える。
ただし、ここで主張するのは、あらゆる存在者について構造が時間的に先に存在するということではない。問題となるのは、ある契機が特定の構造に属する構造項として成立するための存在論的条件である。
本稿における「遡及的成立」は、過去の出来事を変更することでも、未来から過去へ因果作用が及ぶことでもない。構造が成立したとき、その内部の差異的契機が、当該構造における特定の位置・役割・同一性条件を持つ構造項として確定することを意味する。構造の成立以前に、完成した構造項がそのまま存在していたと考えるのではない。構造の成立によって、先行する差異的契機が、その構造における項としての存在論的資格を得るのである。
したがって、ここでの遡及性は、時間的な逆向きの作用ではなく、構造的な成立条件による存在論的な規定である。時間的に先行する履歴が後続構造によって構成的前史として確定する問題は、第二論文で別に扱う。
1.3.本稿の目的と構成
本稿の目的は、前個体的差異場 Δ に内在する差異的条件が構造 S を成立させ、その構造によって内部の契機が個体化され、さらに構造内部の非対称的な構成的同一性依存から第一性が成立する条件を明らかにすることである。
議論は次の順序で進める。
第一に、個体性を存在論的に説明する理論が満たすべき個体化根拠充足原理 G を確認し、前個体的差異場 Δ と構造的契機 mᵢ を定義する。
第二に、差異的契機を組織化する構成的関係 Rᶜ と、それによって成立する構造 S を定義する。
第三に、何の同一性を説明するのかを指定する同一性の水準 D を導入し、構造的不変項 K_D(S) と構造的境界 B_D(S) を定義する。ここでは、K_D(S) を個体化や第一性の結論から逆算しないための独立判定基準と、その一意性に関する限定を明確にする。
第四に、構造水準間の構成関係 C と、構造内部の個体化関係 I を区別する。
第五に、構造の統一性と、構造そのものが一つの個体として成立することを区別し、構造的個体性の条件を明らかにする。
第六に、構成的同一性依存 OD を定義し、その非対称性から第一性 ≺ が成立するための橋渡し原理を提示する。
最後に、以上の議論を三つの命題 P1〜P3 と中心定理 T1 に整理し、先行研究との関係および想定される反論を検討する。
2.基本概念――個体性と前個体的差異
2.1.個体性とは何か
本稿では、個体性を単なる数的な区別として理解しない。
あるものが一つの個体として成立するためには、少なくとも次の三点を区別して考える必要がある。
第一に、そのものが一つの存在者として統一されていること。
第二に、そのものが他の存在者から区別されていること。
第三に、そのものが対象となる同一性の水準において、どのような存在者であるかを示す構成的条件を持っていること。
あるものが一つの個体であるということは、それを構成する諸契機が一つの統一を形成していることを意味する。同時に、その統一は、他の個体との区別を可能にしなければならない。
したがって、個体性を存在論的に説明するためには、数的統一と他の個体との差異の双方を説明する必要がある。さらに、その個体が対象となる水準において何であるかという同一性条件も問題となる。
ここで重要なのは、個体の区別が認識主体による識別可能性だけに依存するのではないということである。二つのものが異なる個体であるということは、単に私たちがそれらを見分けられるという意味ではない。それぞれが異なる個体として成立するための実在的な条件が存在するということである。
本稿では、その条件を個体化根拠と呼ぶ。
2.2.個体化根拠充足原理 G
個体性の存在論的成立を説明しようとする理論は、その個体性を成立させる根拠を提示しなければならない。
本稿では、これを個体化根拠充足原理と呼ぶ。
個体化根拠充足原理 G
個体性の存在論的成立を説明対象とする理論は、数的統一、他の個体との差異および個体としての同一性を成立させる構成的根拠を提示しなければならない。
この原理は、あらゆる形而上学的立場に対して、個体性を原始的な事実として認めることを禁止するものではない。個体性そのものを説明の最終地点に置く立場は、形而上学的選択として可能である。しかし、その場合、個体性がなぜ成立しているのかという問題は、説明されないまま残される。
本稿が採用するのは、個体性を無条件の事実として置くのではなく、その成立条件を説明する立場である。
したがって、G は、あらゆる存在論的事実に究極的な理由を要求する一般的な十分理由律とは異なる。説明対象を個体性の成立に限定し、その成立を説明する理論に対して構成的根拠を要求する説明論的・方法論的原理である。²
ここで、G の論理的な資格を明確にしておく必要がある。G は、前個体的差異場 Δ の存在を演繹する原理ではない。また、個体性を説明するための根拠が必ず Δ でなければならないことを、G だけから導くこともできない。
Δ の存在は、本理論が採用する基本的な存在論的前提である。G は、その前提を採用したうえで個体性の成立をどのように説明するかを方向づける原理である。この二つを混同してはならない。
2.3.基本前提 A1・A2
本稿では、次の二つを存在論的な基本前提として採用する。
基本前提 A1
個体化に先立つ差異的条件を備えた前個体的差異場 Δ が存在する。
基本前提 A2
個体化を可能にする差異的条件は、前個体的な基礎 Δ に内在している。
A1 は、本理論が説明の出発点として採用する存在論的基礎を示す。A2 は、その基礎が完全な無差異性ではなく、個体化を可能にする異質性や差異的規定可能性を内在させていることを示す。
これらは定義でも、G から演繹される結論でもない。本稿が採用する存在論的前提である。
2.4.定義D1――前個体的差異場 Δ
個体性を成立させる根拠を、すでに個体化された複数の存在者に求めることはできない。なぜなら、その場合、それらがなぜ複数の個体として成立しているのかという問題が再び生じるからである。
例えば、m₁、m₂、m₃という三つの契機を最初から独立した存在者として措定すれば、それらの数的差異を成立させる根拠が別途必要になる。
この問題を避けるため、本稿では前個体的差異場 Δ を導入する。
定義D1:前個体的差異場 Δ
前個体的差異場とは、個体化された存在者の集合ではなく、個体性、数的同一性および独立した構造項が成立する以前に存在する、異質性、強度差、潜在的緊張および相互規定可能性を備えた存在論的基礎である。
Δ における差異は、すでに個体化された複数の存在者のあいだの差異ではない。個体化を可能にする前個体的な異質性である。
したがって、Δ は、個体の集合でも、完成した構造の集合でも、完全に均質な基礎でもない。それは、個体性を成立させるための差異的条件を内在させた存在論的基礎である。
ここで、Δ の存在をGから演繹された結論として扱ってはならない。個体性の成立には構成的根拠が必要であるという主張と、その根拠を前個体的差異場 Δ に求めるという本理論の選択は、論理的に異なる。
2.5.定義D2――構造的契機 mᵢ
Δ は個体化された存在者の集合ではない。しかし、そこには異質性、強度差、潜在的緊張など、個体化を可能にする差異的規定可能性が内在している。
これらの差異的条件が構造の成立においてどのような位置や役割を持つのかを分析するため、本稿では構造的契機 mᵢ という概念を用いる。
定義D2:構造的契機 mᵢ
構造的契機 mᵢ とは、前個体的差異場 Δ に内在する差異的な契機であり、構造形成に参与するものの、当該構造における独立した構造項としては、まだ個体化されていない契機である。
mᵢ は、Δ における異質性や潜在的な規定可能性を、構造形成の過程で分析上区別したものである。
添字 i は、分析上の区別を示すものであって、それらが最初から数的に独立した複数の個体として存在することを意味しない。
また、mᵢ と後述する xᵢ^S を同じ意味で扱ってはならない。
- mᵢ:個体化以前の構造的契機
- xᵢ^S:構造 S において個体化された構造項
この区別は、個体性を最初から前提しないために不可欠である。
3.構造の成立と構造的不変項
3.1.定義D3――構成的関係 Rᶜ
Δ に内在する差異的契機は、単に並存しているだけでは、一つの構造を形成しない。それらが一つの構造を成立させるためには、相互に規定し合う関係と制約が必要となる。
本稿では、このような関係を構成的関係 Rᶜ と呼ぶ。
定義D3:構成的関係 Rᶜ
構成的関係 Rᶜ とは、複数の差異的契機の位置、役割、同一性条件または構造的統一を成立させる関係である。
Rᶜ は、単なる因果関係や外的相互作用ではない。ある関係が構成的であるためには、その関係が構造の成立条件、または構造内部の契機の規定に実際に参与していなければならない。
例えば、二つの物体が偶然接触しているというだけでは、それらが一つの構造を形成しているとは言えない。両者の関係が、その構造の成立条件や内部の契機の位置・役割・同一性条件に関わっていなければならない。
ある関係が構成的であるかどうかは、その関係を変更または除去した場合に、構造の制約秩序や対象となる同一性条件がどのように変化するかを検討することによって確認できる。
ただし、反事実的な変更だけで構成性が確定するわけではない。実際の構成条件、代替可能性、条件間の補償関係および複数の構成経路についても検討する必要がある。
3.2.定義D4――構造 S
差異化された契機が Rᶜ によって組織化されるとき、それらは一つの関係的秩序を形成する。本稿では、これを構造 S と呼ぶ。
定義D4:構造 S
構造 S とは、前個体的差異場 Δ に内在する差異的契機が、構成的関係 Rᶜ と相互制約によって組織化され、一つの統一的な関係秩序を形成したものである。
構造の統一性は、独立した統一者や外部の原理によって与えられるのではない。内部の差異化された契機を相互に規定する関係の秩序そのものに成立する。
したがって、構造は、完成した個体の単なる集合ではない。また、個々の契機から完全に独立した別個の実体でもない。
ここで重要なのは、構造の統一性と、構造そのものが一つの個体として成立していることを区別することである。差異的契機が一つの関係秩序を形成しているという意味で構造が統一されていることと、その構造が特定の同一性水準において一つの個体として数えられることは、同じではない。
構造がどのような同一性を持つ一つの対象として扱われるのかは、後述する同一性の水準 D と構造的不変項 K_D(S) によって別途検討されなければならない。
3.3.定義D5――同一性の水準 D
構造の同一性を説明するためには、まず何の同一性を説明対象とするのかを指定する必要がある。
同一の対象についても、その対象をどのような存在者として扱うかによって、同一性を維持する条件が異なる場合がある。
例えば、ある組織について考えると、組織的同一性、機能的同一性、法的同一性は必ずしも一致しない。組織としての活動が継続していても、法的には別の法人に承継されている場合がある。一方、事業内容が変化していても、法人としての同一性が維持される場合がある。
そこで、本稿では同一性の水準 D を導入する。
定義D5:同一性の水準 D
同一性の水準 D とは、ある構造 S について、何の同一性を説明対象とするのかを指定する水準である。
D は、K_D(S) を判定する前提となる。何の同一性を説明するのかを確定しないまま、不変項を決定してはならない。
ただし、D を指定するだけで構造的不変項が確定するわけではない。K_D(S) を独立して判定するためには、次の事項を先に明示しなければならない。
- 対象となる存在者の種類。
- 問題とする同一性の水準 D。
- 同一性の基準となる事例と、それに対する対照事例。
- どのような変化を許容するのか。
- 同一性を判断するための証拠や、対象領域に固有の識別手続き。
この比較枠は、K_D(S) の内容を先取りするためのものではない。何を説明するのかを独立して固定するためのものである。
したがって、本稿では次の分析上の順序を採用する。
D → 独立した比較枠 → K_D(S)
D を K_D(S) から逆算してはならない。また、第一性の成立や構造的個体化の結果から逆算してもならない。
3.4.定義D6――構造的不変項 K_D(S)
構造が対象となる同一性の水準において、その同一性を維持するためには、構成的に必要な条件が存在する。本稿では、これを構造的不変項 K_D(S) と呼ぶ。
定義D6:構造的不変項 K_D(S)
構造的不変項 K_D(S) とは、同一性の水準 D において、構造 S がその同一性を維持するために必要となる、最小かつ完全な構成的制約の体系である。
ここでいう不変項は、個々の構成要素の単純な集合ではない。構造を成立させる関係的制約と、それらの相互依存・補償関係を含む体系である。
例えば、ある組織では構成員の一部が交代しても、組織としての同一性が維持されることがある。その場合、構成員それぞれの数的同一性が、組織の同一性を維持するための必要条件であるとは限らない。
一方、意思決定の手続きや権限関係が失われれば、同一の組織として存続しているかどうかが問題になる。したがって、組織的同一性を説明する際には、構成員の集合だけでなく、それらを組織として成立させる関係的制約を検討しなければならない。
K_D(S) は、次の五つの基準によって特定される。
| 判定基準 | 確認すること |
|---|---|
| 構成的関連性 | 候補条件が対象 D の同一性を実際に構成しているか |
| 代替可能性 | 個別の構成要素が交代しても、その構造的役割を維持できるか |
| 反事実的識別力 | 条件を変更した場合、対象 D の同一性がどのように変化するか |
| 条件間の連関と補償関係 | 個々の条件が相互に補完・代替する関係にあるか |
| 最小性と完全性 | 不要な条件を含まず、必要な構成的制約を欠いていないか |
第一に、候補となる条件が対象 D の同一性を実際に構成していることが必要である。単に対象に影響を与えているというだけでは不十分である。
第二に、個別の構成要素が代替可能かどうかを検討しなければならない。ある構成要素が交換可能であれば、その構成要素そのものの数的同一性は、構造全体の同一性を維持するための必要条件ではない可能性がある。
第三に、候補条件を変更した場合に、対象の同一性がどのように変化するかを検討する。ただし、特定の条件が失われても、他の条件によって補償される場合がある。そのため、一つの反事実的変更だけで、その条件が構成的に不要であると判断してはならない。
第四に、条件間の連関と補償関係を検討する。複数の条件が組み合わさって一つの構成的制約を形成している場合、個々の条件を切り離して評価すると、構造の成立条件を誤って捉える可能性がある。
第五に、最小性と完全性を確認する。最小性とは、対象の同一性を説明するために不要な条件を含めないことである。完全性とは、その同一性を成立させるために必要な構成的制約を欠いていないことである。
K_D(S) の一意性に関する限定
K_D(S) は、常に一意に決定されるとは限らない。
複数の候補が残る場合には、少なくとも次の三つを区別する必要がある。
- 表現や実現方法が異なるだけで、説明上は同等である場合。
- 具体的な構造は異なっていても、構成的役割、許容される変化、補償関係および依存関係の閉包が一致し、説明上同等である場合。
- 五つの判定基準を満たす複数の候補があり、構成的役割や同一性条件が実質的に異なる場合。
第一と第二の場合には、説明上の同値性を認めることができる。
第三の場合には、K_D(S) が一意に確定したとは言えない。その場合、恣意的に一つの候補を採用するのではなく、複数の候補が残ることを認めるか、追加の証拠によって候補を絞り込む必要がある。
したがって、本稿は、すべての構造について唯一の K_D(S) が機械的に決定されるとは主張しない。K_D(S) の非一意性が残る場合には、その候補ごとに構造的境界、個体化関係および第一性の成立条件を検討しなければならない。
また、K_D(S) が説明するのは構造的同一性であり、数的同一性そのものではない。二つの異なる構造が同じ不変項を実現していても、それだけで同一の個体になるわけではない。
3.5.定義D7――構造的境界 B_D(S)
構造的不変項 K_D(S) を特定しただけでは、それを実現するためにどこまでの構成的依存関係が必要なのかは、まだ明らかにならない。
そこで、その構成的な範囲を明確にするため、本稿では構造的境界 B_D(S) を導入する。
定義D7:構造的境界 B_D(S)
構造的境界 B_D(S) とは、K_D(S) を実現するために必要な構造的契機・構成要素・構成的関係を含み、それ以上の構成的依存関係を追加する必要のない最小完全な領域である。
基本表記は次のとおりである。
B_D(S) = Cl_min(S, K_D(S))
ここで、Cl_min は、構造的不変項を実現するために必要な構成的依存関係を最小かつ完全な範囲で閉じる操作を表す。
K_D(S) と B_D(S) は、異なる概念である。
- K_D(S):何が対象となる同一性を構成的に維持するのか。
- B_D(S):その不変項を実現するために、どこまでの構成的依存関係が必要なのか。
B_D(S) は、偶然的な因果関係や外的な影響をすべて含む領域ではない。対象となる構造の同一性を実現するために必要な構成的依存関係の範囲である。
また、B_D(S) も一意であるとは限らない。同一の構造的不変項を実現する複数の代替経路が存在する場合、それぞれに対応する最小完全な閉包が成立しうる。その場合には、個別の閉包を B_D^α(S) と表記してよい。
なお、本稿では B を構造的境界・閉包に専用する。B_D(S) を時間的連続性や通時的同一性の記号として使用しない。
3.6.基本概念の論理的な順序
ここまでの定義によって、構造の成立と同一性を分析するための順序が明らかになった。
Δ → Rᶜ → S
これは、前個体的差異場に内在する差異的条件が、構成的関係によって組織化され、構造が成立することを示す。
さらに、同一性を分析するための手続きは、
D → 独立した比較枠 → K_D(S) → B_D(S)
となる。
ただし、これは存在論的な時間順序を表すものではない。構造の成立条件と、その構造の同一性を説明するための分析上の順序である。
特に、K_D(S) を I や OD の結論から逆算しないことが重要である。構造項を個体化したいから、その個体化に都合のよい不変項を設定することはできない。また、ある項を第一としたいから、その項を第一とするような不変項を選び取ることもできない。
K_D(S) は、独立した比較枠と五つの判定基準によって評価されなければならない。
4.構造と構造項の相互構成――C と I
4.1.相互構成の問題
構造と構造項の関係を説明する際には、一つの問題が生じる。
一方では、構造はその内部の契機によって実現される。他方では、内部の契機が特定の構造項として成立するためには、構造的な位置や役割が必要となる。
この二つの関係を同一のものとして扱うと、構造が項によって成立し、その項が構造によって成立するという循環が生じるように見える。
しかし、この問題を検討するためには、異なる構造水準における構成と、構造内部における個体化を区別しなければならない。
4.2.定義D8――構成関係 C
定義D8:構成関係 C
構成関係 C とは、ある構造水準においてすでに個体化されている下位構造項が、より上位の構造を具体的に実現する関係である。
基本表記は次のとおりである。
C(Sₗ₊₁, {xᵢ^{Sₗ}})
ここで、Sₗ は下位水準の構造、Sₗ₊₁ は上位水準の構造、xᵢ^{Sₗ} は下位構造において個体化された構造項を意味する。
例えば、複数の細胞が組織を構成する場合、細胞はすでに下位水準において個体化されている。それらの細胞が組織という上位構造を具体的に実現することが C に当たる。
C は、異なる構造水準のあいだに成立する構成関係である。C が適用されるためには、下位構造項が上位構造に先立って、下位水準において個体化されていなければならない。
したがって、C は、その下位構造項自体を最初に個体化する関係ではない。
また、C と Rᶜ は区別する。Rᶜ は構造形成に関わる一般的な構成的関係であり、C は、異なる構造水準のあいだに成立する、下位構造項による上位構造の具体的実現を表す関係である。
4.3.定義D9――個体化関係 I
これに対して、個体化関係 I は、構造内部の差異的契機が、その構造における構造項として成立する関係である。
定義D9:個体化関係 I
個体化関係 I とは、ある構造 S の内部において、個体化以前の差異的契機 mᵢ が、その構造の構造的不変項と関係秩序によって、特定の位置・役割・同一性条件を持つ構造項 xᵢ^S として成立する関係である。
基本表記は次のとおりである。
I(S, mᵢ → xᵢ^S)
この表記において、mᵢ は個体化以前の差異的契機であり、xᵢ^S は構造 S において個体化された構造項である。
mᵢ が分析上区別されていることは、それがすでに独立した個体として成立していることを意味しない。他方、xᵢ^S は、構造 S の内部で特定の位置、役割および同一性条件を持つ構造項として成立している。
I によって成立する個体性は、構造 S の関係秩序と、対象となる同一性水準 D に相対的な K_D(S) に基づく。
したがって、I は、すでに完成している個体を単に発見する認識上の関係ではない。構造 S が成立し、その関係秩序によって mᵢ の位置・役割・同一性条件が定まることで、xᵢ^S という構造項が成立する存在論的関係である。
ただし、I が成立するためには、構造内部の差異的契機が、実際に異なる位置・役割・同一性条件を持つことが必要である。単に分析者が二つの契機を別々に記述したというだけでは、二つの構造項が存在することにはならない。
4.4.C と I を具体的に接続するための条件
C と I は、異なる構造水準における別種の関係として維持される。
- C:下位水準ですでに個体化された項による上位構造の実現。
- I:上位構造における内部契機の個体化。
しかし、この区別を定義上示すだけでは、具体的な階層的構成を説明したことにはならない。下位構造項が上位構造を実現する際、それが上位水準においてどの差異的契機として参与するのかを明示する必要がある。
例えば、次の二つの関係を考える。
C(Sₙ₊₁, {xᵢ^{Sₙ}})
I(Sₙ₊₁, mⱼⁿ⁺¹ → xⱼ^{Sₙ₊₁})
この場合、下位構造項 xᵢ^{Sₙ} が上位構造 Sₙ₊₁ の実現に参与することと、その上位構造において差異的契機 mⱼⁿ⁺¹ が構造項 xⱼ^{Sₙ₊₁} として個体化されることを区別している。
ここで、下位の構造項 xᵢ^{Sₙ} と上位の契機 mⱼⁿ⁺¹ を同一視してはならない。また、両者が常に一対一で対応するとも仮定しない。
複数の下位構造項が一つの上位契機の実現に参与することも、一つの下位構造項が複数の上位契機に関与することもありうる。必要なのは、具体的な構成事例において、下位の担い手と上位の契機との対応関係を示すことである。
4.5.なぜ C と I は直ちに循環論法を形成しないのか
C と I を区別すれば、構造と構造項の相互構成は、直ちに説明上の循環を形成するわけではない。
循環論法が成立するためには、同一の対象が同一の意味において、互いに相手を成立させるという関係になっていなければならない。
しかし、本稿における C と I は、異なる存在論的水準に属している。
C に参加する構造項は、下位水準においてすでに個体化されている。一方、I によって個体化されるのは、上位構造の内部でその項が持つ位置、役割および同一性条件である。
したがって、両者は、同じ対象の同じ個体性を相互に基礎づけているわけではない。
例えば、ある人間が生物学的な個体として成立していることと、その人がオーケストラという上位構造において特定の演奏上の役割を担うことは、同じ個体化の問題ではない。人間としての個体性は下位水準で成立している。他方、その人が上位構造においてどのような役割を持つかは、オーケストラの構成的関係と役割秩序によって定まる。
この場合、下位水準の個体性が上位構造によって初めて成立するわけではない。上位構造が成立することによって、新たに確定するのは、その個体が上位構造において占める位置・役割・同一性条件である。
また、最初の構造 S₀ には C を適用しない。S₀ は、すでに個体化された下位構造項を無条件に前提するのではなく、Δ に内在する差異的規定可能性が Rᶜ によって組織化されることで成立する。
このように、最初の構造の成立と、それ以降の階層的な構成を区別することによって、すべての構造がさらに下位の完成した個体を必要とするという無限後退を避ける。
ただし、この議論の射程は限定される。C と I の区別によって回避できるのは、異なる水準に属する個体性を、同じ水準の同一の関係で相互に説明することによる循環である。同一水準において同一の意味で成立する個体性を、構造と構造項が互いに説明している場合には、その循環は依然として解決されていない。
したがって、具体的な階層的構成を説明する際には、下位水準の個体性が上位構造から独立して成立していること、上位構造の同一性条件が独立に判定されていること、下位の担い手と上位の差異的契機との対応関係が示されていることを確認しなければならない。
5.構造的個体性と同一性の成立
5.1.構造の統一性は独立した統一者を必要としない
構造が一つの統一的な秩序を形成するためには、内部の契機を統一する別の存在者が必要なのだろうか。
本稿は、そのような独立した統一者を必要としない立場を採用する。
構造の統一性は、構成的関係の秩序そのものに成立するからである。構造が統一されているということは、その内部の契機が、対象となる同一性水準において、構造的不変項 K_D(S) を実現する相互制約のもとにあるということである。
この統一を説明するために、さらに独立した統一者を導入すると、その統一者自身がどのように個体として成立しているのかという問題が生じる。さらに、その統一者を統一する別の原理が必要になる可能性もある。このような説明は、統一の根拠を別の存在者へ移動させるだけである。
本稿は、構造の統一性を、その構造を形成する関係的秩序に求める。
ただし、これは、あらゆる形而上学が独立した統一者を認められないという主張ではない。構造的統一性を構成的関係から説明する本理論においては、別個の統一者を追加する必要がないということである。
また、ここでいう構造の統一性と、構造が一つの個体として数えられることは区別しなければならない。ある関係秩序が統一されていることだけから、その構造がいかなる同一性水準でも一つの個体であるとは結論できない。
5.2.定義D10――構造的個体性
以上の議論から、構造的個体性を定義することができる。
定義D10:構造的個体性
構造的個体性とは、ある契機が構造 S の内部において、同一性水準 D における構造的不変項 K_D(S) と構成的関係の秩序によって特定の位置・役割・同一性条件を与えられ、一つの構造項として成立することである。
基本表記は次のとおりである。
I(S, mᵢ → xᵢ^S)
この定義から、個体性には少なくとも二つの水準があることが分かる。
一つは、ある対象が下位水準で個体として成立しているという意味での個体性である。
もう一つは、その対象が上位構造において特定の位置や役割を持つ構造項として成立しているという意味での個体性である。
両者は同一の対象において同時に成立しうるが、同じ個体化条件を持つわけではない。
例えば、ある組織の構成員が交代しても、組織内部の特定の役割が維持されることがある。この場合、維持されているのは構造的な位置や役割であって、交代前後の構成員が数的に同一の個体であるということではない。
したがって、本理論は、構造的な役割の同一性と、その役割を担う個別の存在者の数的同一性を混同しない。
5.3.構造的不変項と構造項の同一性
構造的不変項 K_D(S) は、指定された同一性の水準 D における構造全体の同一性条件を説明する。しかし、個々の構造項の同一性は、単に K_D(S) だけによって決まるのではない。
構造項が持つ位置、役割、他の構造項との関係、および構造的不変項を実現するための構成的条件を通じて確定する。
ここで、構造全体の同一性と、その内部に属する個体の同一性を区別する必要がある。
例えば、ある組織の構成員が交代しても、その組織の同一性が維持されることがある。この場合、組織全体の同一性は、構成員の物質的な同一性だけによって決まっていない。しかし、だからといって個々の構成員の同一性が存在しないわけではない。
個々の構成員は、組織とは異なる下位水準の個体性を持ちながら、組織内部において特定の構造的役割を与えられている。このように、構造の同一性と構造項の同一性は、それぞれ異なる条件によって説明される。
この点は、スピノザの『エチカ』第二部定理13以後の複合個体論と比較すると分かりやすい。スピノザは、個体を構成する諸部分の運動と静止の一定の割合が維持されるならば、構成要素が交代しても同一の個体が存続しうることを論じている。³
ここでは、個体の同一性が、その物質的構成要素のすべての数的同一性に還元されていない。
本理論の K_D(S) も、構成要素の交換可能性と構造的秩序の維持を区別する点で、この問題と接点を持つ。ただし、スピノザの複合個体論と本理論が同一であるわけではない。本理論では、構造的不変項によって構造的同一性を説明することに加え、構造内部の各契機がどのような構造項として個体化されるのか、さらにその内部に第一性が成立するのかという問題まで扱う。
ここで、もう一つの限定が必要となる。
K_D(S) によって構造的同一性が説明されることと、対象の数的同一性が保証されることは同じではない。異なる二つの対象が同じ構造的不変項を実現することはありうる。その場合、両者は構造的には同等であっても、数的に同一の個体であるとは限らない。
したがって、本稿では、構造的不変項の同型性から数的同一性を自動的に導かない。また、数的な通時的同一性について一般的な必要十分条件を提示するものでもない。この問題には、構造的不変項とは別の連続性や同一性の条件が必要になる可能性がある。
6.構造内部の第一性
6.1.構造全体の優先性と内部の第一性
構造がその内部の個体性を成立させるという主張と、構造内部のある項が別の項に対して第一であるという主張は、異なる問題である。
本稿が対象とする第一性は、構造全体がその部分に対して優先するという意味ではない。また、ある項が構造の中で重要な役割を担っているという意味でもない。
問題となるのは、特定の構造において、ある項の規定が他の項の同一性条件を構成的に決定しているかどうかである。
そのため、まず構造項の個体性が成立していなければならない。何が何に依存しているのかを論じるためには、依存関係の項が対象となる構造の内部で何であるのかを確定しておく必要がある。
しかし、個体化が成立しても、それだけでは第一性は導かれない。第一性の成立には、個体化された項のあいだに特定の構成的依存関係が成立していることが必要となる。
6.2.定義D11――構成的同一性依存 OD
構造内部に第一性が成立するためには、単にある項が別の項に影響を与えているだけでは不十分である。
問題となるのは、ある項の規定が、別の項の同一性条件を実際に成立させているかどうかである。本稿では、この関係を構成的同一性依存 OD と呼ぶ。
定義D11:構成的同一性依存 OD
構成的同一性依存 OD とは、特定の構造 S、同一性の水準 D および規定次元 d において、ある構造項 B の該当する同一性条件が、別の構造項 A の実在的な規定に構成的に依存している関係である。
基本表記は次のとおりである。
OD_{S,D,d}(B,A)
この表記は、構造 S の同一性水準 D における規定次元 d において、B の同一性条件が A に構成的に依存していることを意味する。
ここでは、D と d を区別する必要がある。
- D:何の同一性を問題にするのかという同一性の水準。
- d:その同一性を構成的に決定する特定の規定次元。
例えば、D が組織的同一性である場合、d は権限関係や意思決定秩序などの特定の規定次元になりうる。
OD は、単なる因果的依存、機能的依存、認識上の依存を意味しない。B が構造 S の内部において、D 水準の特定の構造項として成立するための存在論的条件として、A の実在的な規定が必要となっていることを意味する。
OD が成立するためには、少なくとも次のことを示す必要がある。
- A と B が、構造 S における構造項として成立していること。
- B の該当する同一性条件が A の実在的規定に構成的に依存していること。
- その依存が単なる因果的・機能的・認識上の関係ではないこと。
- A の規定が、B の対象となる同一性条件を成立させる構成的役割を持つこと。
反事実的な変更は依存関係を検証するための手段となるが、それだけで OD が確定するわけではない。実際の構成的関係、代替可能性および補償関係を合わせて確認する必要がある。
また、OD 自体は、必ずしも非対称的であるとは限らない。A と B が相互に構成的同一性依存の関係にある場合もありうる。
さらに、ある項が複数の項と共同して別の項の同一性条件を成立させている場合には、A 単独による決定と、複数の項による共同決定を区別しなければならない。複数の項が共同して初めて構成的条件を満たすのであれば、そのうち一つの項だけを取り出して、他の項に対する第一性を帰属させることはできない。共同して規定するまとまり自体が構造項として成立する場合には、そのまとまりを分析対象として依存関係を検討する必要がある。
6.3.定義D12――構造内部の第一性
第一性は、時間的な先行性でも因果的な先行性でもない。
本稿における第一性は、ある構造内部で、特定の項の規定が別の項の同一性条件を構成的に決定し、その依存関係が逆方向には成立しない場合に認められる。
定義D12:構造内部の第一性
構造内部の第一性とは、特定の構造 S、同一性の水準 D および規定次元 d において、ある構造項 A の規定が別の構造項 B の同一性条件を構成的に決定し、同じ構造・同じ同一性水準・同じ規定次元において逆方向の構成的同一性依存が成立しない場合に認められる存在論的優先性である。
基本表記は次のとおりである。
A ≺_{S,D,d} B
これは、A が B に対して、構造 S の同一性水準 D・規定次元 d において存在論的に優先することを表す。
第一性は、絶対的な属性ではない。A が B に対して第一であることは、A があらゆる構造・あらゆる規定次元において B より優先することを意味しない。
ある構造において、A が B の制度的な役割を決定する一方、B が A の物質的な存続条件を決定することもありうる。この場合、A と B の関係は規定次元によって異なる。
したがって、第一性は、特定の構造、同一性水準および規定次元に相対的な関係として理解されなければならない。
6.4.構成的同一性依存から第一性への橋渡し原理
ここで、OD と第一性の関係について、もう一つの論理的な区別を明確にしておく必要がある。
OD が成立することと、第一性が成立することは同じではない。また、OD の定義の中に第一性を最初から含めてしまえば、第一性の成立は定義上の帰結にすぎなくなる。
そこで、本稿では、構成的同一性依存と存在論的優先性のあいだに、構成的優先性の橋渡し原理を置く。
構成的優先性の橋渡し原理
ある構造 S、同一性の水準 D および規定次元 d において、B の同一性条件が A の実在的規定に構成的に依存し、逆方向の依存が成立しない場合、A は B に対して当該の構造と規定次元において存在論的に優先する。
これを次のように表す。
OD_{S,D,d}(B,A) ∧ ¬OD_{S,D,d}(A,B) ⇒ A ≺_{S,D,d} B
この原理は、第一性の成立を単に定義によって宣言するものではない。OD によって表される構成的同一性依存が実際に成立していることを前提として、その依存が非対称的である場合に、存在論的優先性を認めるための原理である。
その理由は、B が D 水準の構造項として成立するための同一性条件が、A の実在的規定によって構成されている一方、A の同じ同一性条件は B に依存していないからである。この場合、A は B の同一性に対する構成的な説明根拠となっている。
したがって、A を B に対して存在論的に優先すると判断する理由がある。
ただし、この橋渡し原理は、あらゆる形而上学的立場が必ず受け入れなければならない論理法則として提示されるものではない。本稿が第一性を構成的な存在論的優先性として理解するために採用する判定原理である。その妥当性は、OD が単なる因果的・機能的な影響ではなく、対象の同一性条件を成立させる構成的依存を表していることによって支えられる。
したがって、橋渡し原理を適用する前に、OD の成立を独立に示さなければならない。非対称性を最初から仮定することはできない。また、単なる因果的影響や部分的な寄与から、この原理を適用することもできない。
6.5.第一性の成立条件
ある項が他の項に対して第一であるためには、少なくとも次の条件が必要である。
第一に、A と B が、同一の構造 S に属する構造項として個体化されていること。
第二に、説明対象となる同一性の水準 D と、規定次元 d が明確に指定されていること。
第三に、A の規定が、規定次元 d において B の同一性条件を構成的に決定していること。
第四に、その決定が単なる因果的影響や一時的な機能的影響ではなく、B がその構造において何であるかを成立させる条件であること。
第五に、同じ構造・同じ同一性水準・同じ規定次元において、B が A の同一性条件を同じ意味で決定していないこと。
以上の条件が満たされるとき、A と B の間には非対称的な構成的同一性依存が成立する。
ここで、因果的な影響と構成的な決定を区別することが重要である。例えば、ある人物が組織の設立に大きな因果的影響を与えたとしても、その人物がいなくなった後に同一の組織が存続できるならば、その人物が組織の同一性を構成的に決定しているとは限らない。因果的な先行性だけでは、存在論的な第一性を導くことはできない。
6.6.反事実的な判定基準
OD の非対称性を検討するためには、反事実的な分析が有効である。
具体的には、次の二つの問いを立てる。
- A の規定を除去または変更した場合、B は同じ同一性の水準 D・規定次元 d において同一性を維持できるか。
- B の規定を除去または変更した場合、A は同じ同一性の水準 D・規定次元 d において同一性を維持できるか。
A の規定の変更によって B の同一性条件が成立しなくなる一方、B の規定の変更によって A の同一性条件が維持されるならば、非対称性が存在する可能性がある。
ただし、反事実的な分析は、それだけで第一性を証明するものではない。必要なのは、その変化が単なる因果的影響ではなく、K_D(S) に関わる構成的条件の変化であることを確認することである。
また、ある構造項を別のものに置き換えた場合でも、同じ役割を果たす代替項が存在するならば、その項の物質的個体性そのものが第一であるとは限らない。その場合、第一性を持つのは特定の物質的な項ではなく、その項が占める構造的な位置や役割である可能性がある。
6.7.第一性は全順序を形成する必要がない
構造内部の第一性は、構造項のすべてに一意の順位を与えるものではない。
ある項 A が B に対して第一であることが示されても、そこから A が別の項 C に対しても第一であるとは限らない。また、A が B に対して第一であり、B が C に対して第一であることが示されても、A が C に対して第一であるという推移性は、自動的には導かれない。
さらに、相互依存が成立する場合や、複数の項が共同して別の項の同一性条件を決定する場合には、単一の第一項が成立しないこともある。
したがって、本稿は第一性の推移性、全順序性、唯一の第一項の存在を一般的に前提としない。
7.命題と中心定理
ここまでの議論を、定義・基本前提・命題・定理の依存関係に従って整理する。
本節では、各命題について、使用する前提、定義、推論の内容および結論を明示する。特に、存在論的前提から導かれる結論と、追加条件を満たした場合にのみ成立する条件命題を区別する。
7.1.命題P1――個体性の成立には、差異を統一する構造的秩序が必要である
命題P1
個体性の存在論的成立を説明するためには、前個体的差異場 Δ に内在する差異的条件が、構成的関係 Rᶜ によって組織化され、一つの構造的秩序を形成しなければならない。
前提
- 基本前提 A1:前個体的差異場 Δ が存在する。
- 基本前提 A2:個体化を可能にする差異は Δ に内在する。
- 説明原理 G:個体性を説明する理論には個体化根拠が必要である。
使用する定義
- D1:前個体的差異場 Δ。
- D2:構造的契機 mᵢ。
- D3:構成的関係 Rᶜ。
- D4:構造 S。
- D5:同一性の水準 D。
- D6:構造的不変項 K_D(S)。
- D7:構造的境界 B_D(S)。
証明
まず、完全に無差異な基礎から、差異化された個体を成立させることはできない。
完全に無差異な基礎には、異なる位置、役割または関係を成立させる規定がない。したがって、その基礎から、あるものと他のものを区別する構成的条件を説明することはできない。
仮に差異の条件を外部から追加すれば、その条件は新たな存在論的前提となる。反対に、差異の条件が基礎の内部に存在するとすれば、その基礎は完全な無差異性ではない。
この点は、A2 が示す前個体的差異場の性格と一致する。すなわち、個体化の基礎には、差異化の可能性が内在していなければならない。
次に、差異だけでは個体性は成立しないことを確認する。
複数の差異的条件が存在していても、それらが一つの個体を形成するとは限らない。他方、統一性だけを認めても、他の個体との区別がなければ数的な個体性を説明できない。
したがって、個体性の成立を説明するためには、差異と統一性の双方が必要となる。
この二つの条件を同時に成立させるためには、差異化された諸契機が相互に規定し合い、一つの統一的な秩序を形成しなければならない。この関係的・制約的な秩序が構造 S である。
構造の統一性は、独立した統一者によって説明される必要はない。構造が統一を形成するのは、内部の差異的契機が、対象となる同一性の水準 D において、構成的な制約のもとに置かれるからである。
その構成的制約は、独立した比較枠に照らして K_D(S) として特定される。K_D(S) の一意性を前提とする必要はない。複数の候補が残る場合には、それぞれの候補を区別したうえで、どのような構造的制約が対象 D の同一性を成立させているかを検討する。
また、構造の成立に必要な関係は、構造的境界 B_D(S) によって確定される。偶然的な因果関係まで構造の構成的範囲に含める必要はない。
以上から、個体性の成立を説明するためには、Δ に内在する差異的条件が Rᶜ によって組織化され、対象となる同一性の水準における構造的不変項を実現する構造的秩序を形成しなければならない。
ゆえに、命題 P1 が成立する。□
論証の性格と適用範囲
P1 は、個体性の成立を説明しようとする理論が、差異と統一性の双方を説明しなければならないことを示す。
ただし、ここから導かれるのは、本稿の採用する前提と説明原理のもとでは、個体性の成立に構造的秩序が必要であるということであって、Δ 以外の存在論的基礎が論理的に不可能であるということではない。
原始的個体性を認める立場は、別の形而上学的選択として残される。また、P1 は、K_D(S) の一意性や数的同一性の通時的保存まで証明するものではない。
7.2.命題P2――構造的個体性は、階層的な構成関係と個体化関係を通じて成立する
命題P2
構造 S が成立し、その内部の差異的契機 mᵢ の位置・役割・同一性条件が、対象となる同一性の水準 D における構造的不変項 K_D(S) と構成的関係の秩序によって実際に規定される場合、その契機は構造項 xᵢ^S として個体化される。また、下位構造項による上位構造の具体的実現と、上位構造内部の契機の個体化は、C と I という異なる関係によって説明されるため、両者は直ちに同一水準における説明上の循環を形成しない。
前提
- 命題 P1:差異的条件を統一する構造 S が成立する。
- 説明原理 G:個体性の成立には構成的根拠が必要である。
- 階層的な構成では、下位水準の個体性と上位水準の構造的個体性を区別する。
- C と I を具体的に接続する場合には、下位の担い手と上位の差異的契機との対応関係を示す。
使用する定義
- D4:構造 S。
- D5:同一性の水準 D。
- D6:構造的不変項 K_D(S)。
- D7:構造的境界 B_D(S)。
- D8:構成関係 C。
- D9:個体化関係 I。
- D10:構造的個体性。
証明
P1 によって、個体化を可能にする差異的条件は、構造的秩序によって統一される。
構造 S が成立すると、その内部の差異的契機には、対象となる同一性の水準 D における構造的不変項と関係秩序に応じた位置および役割が与えられる。
ただし、構造が成立するだけで、その内部のあらゆる契機が自動的に個体化されるわけではない。個体化が成立するためには、当該の契機について、構造的不変項と関係秩序によって特定の位置・役割・同一性条件が実際に規定されていなければならない。
この条件が満たされるとき、ある契機は単なる差異的条件ではなく、特定の構造に属する構造項として成立する。
したがって、
I(S, mᵢ → xᵢ^S)
が成立する。
このとき、構造的個体性は、次の二つの条件を満たさなければならない。
第一に、その構造項が一つの項として成立していること。
第二に、その項が他の構造項から区別される位置や関係的条件を持っていること。
この二つの条件によって、構造内部における項の統一性と差異が説明される。
ただし、構造内の二つの契機が、構造的な位置や関係によっても区別されないならば、本理論だけから両者を別個の構造項として成立させることはできない。したがって、本理論は、あらゆる数的複数性を無条件に認めるのではなく、その複数性を成立させる構成的な差異が存在する場合に個体性を認める。
次に、C と I の関係を検討する。
C によって実現される上位構造は、下位水準においてすでに個体化されている構造項を担い手とする。それに対して、I は上位構造内部において、差異的契機が上位水準の位置・役割・同一性条件を持つ構造項として成立することを説明する。
したがって、C と I は、同じ対象の同じ個体性を相互に成立させているわけではない。
ただし、具体的な階層的構成を説明するには、下位の担い手が上位のどの差異的契機にどのように参与するのかを示す必要がある。下位構造項と上位構造の契機を同一視したり、両者の一対一対応を前提したりすることはできない。
さらに、最初の構造 S₀ は、下位構造項による C を前提としない。S₀ は、Δ に内在する差異的規定可能性が Rᶜ によって組織化されることで成立する。したがって、構造形成のすべてを、さらに下位の完成した個体に依存させる必要はない。
以上から、構造内部の契機が特定の構成的条件を満たすとき、I によって構造項として個体化されること、また、異なる構造水準における C と I は、適用対象と水準を区別する限り、同一水準における説明上の循環を直ちに形成しないことが示された。
ゆえに、命題 P2 が成立する。□
論証の性格と適用範囲
P2 は、C と I の定義を区別しただけで、あらゆる循環問題が解消されたと主張するものではない。
回避されるのは、下位水準ですでに成立している個体性と、上位構造において新たに成立する構造的個体性を混同することによる循環である。
下位水準の個体性が実際には上位構造から逆算されている場合や、同一水準の個体性を構造と構造項が相互に説明している場合には、循環の問題は残る。
したがって、具体的な事例では、下位水準の個体化条件、上位構造の K_D(S)、および両者を接続する対応関係を独立に確認しなければならない。
また、K_D(S) に実質的に異なる複数の候補が残る場合には、P2 の個体化の結論も候補に応じて検討する必要がある。
7.3.命題P3――非対称的な構成的同一性依存から第一性が成立する
命題P3
構造 S の内部において、すでに個体化された構造項 A と B のあいだに、同一性の水準 D および規定次元 d に関する構成的同一性依存が成立し、その依存が同じ条件において非対称的である場合、A は B に対して構造相対的な第一性を持つ。
前提
- 命題 P2:構造項の個体性と同一性条件が成立している。
- 構造 S の内部に、A と B の構成的同一性依存関係が存在している。
- その依存関係が、同一性の水準 D および特定の規定次元 d において非対称的である。
- 構成的同一性依存から存在論的優先性への橋渡し原理が適用できる。
使用する定義
- D6:構造的不変項 K_D(S)。
- D7:構造的境界 B_D(S)。
- D10:構造的個体性。
- D11:構成的同一性依存 OD。
- D12:構造内部の第一性。
証明
命題 P2 によって、構造 S の内部の契機は、それぞれ構造項として個体化されている。
しかし、個体化された項が存在することから、ただちに第一性が成立するわけではない。
A と B がともに個体化されていても、両者が対称的な関係にある場合には、どちらか一方が他方に対して第一であるとは言えない。また、A が B に因果的な影響を与えているだけの場合も、第一性を認めることはできない。
第一性の成立には、A の規定が、特定の同一性の水準 D および規定次元 d において、B の同一性条件を構成的に決定していることが必要である。
この関係は、次のように表される。
OD_{S,D,d}(B,A)
さらに、同じ構造・同じ同一性水準・同じ規定次元において、逆方向の依存が成立しないことが必要である。
¬OD_{S,D,d}(A,B)
この二つの条件が満たされる場合、構成的同一性依存は非対称的である。
この非対称性に対して、構成的優先性の橋渡し原理を適用すると、
OD_{S,D,d}(B,A) ∧ ¬OD_{S,D,d}(A,B) ⇒ A ≺_{S,D,d} B
が成立する。
この関係は、A が B に対して、構造 S の同一性水準 D・規定次元 d において存在論的に優先することを意味する。
ここで重要なのは、第一性が A の内在的な属性として成立するのではないということである。A が第一であるのは、A と B の関係、および構造 S の成立条件によって、その優先性が確定するからである。
さらに、この優先性は、すべての項に適用される全体的な順位を意味しない。特定の構造と規定次元において非対称的な構成的同一性依存が成立する場合に限り、その関係について第一性が認められる。
ゆえに、命題 P3 が成立する。□
論証の性格
ここでは、構成的同一性依存 OD の定義と、具体的な非対称的依存関係の存在の証明を区別する必要がある。
OD_{S,D,d}(B,A) の意味を定義すること自体は、概念の整理である。しかし、ある具体的な構造において、A が B の同一性条件を構成的に決定していることを示すには、独立した分析が必要となる。
また、非対称的な構成的同一性依存から第一性を導くためには、構成的優先性の橋渡し原理を適用する必要がある。
したがって、P3 は第一性をあらかじめ存在するものとして仮定する命題ではない。構造内部の実際の依存関係が OD の条件を満たし、さらにその非対称性が確認された場合に限り、第一性が成立することを示す条件命題である。
7.4.定理T1――構造的個体化と第一性の遡及的成立定理
ここまでの三つの命題を統合すると、本理論の中心定理を提示できる。
定理T1:構造的個体化と第一性の遡及的成立定理
前個体的差異場 Δ に内在する差異的規定可能性が、構成的関係 Rᶜ によって組織化され、対象となる同一性の水準 D における構造的不変項 K_D(S) を実現する構造 S が成立するとする。
この構造内部の差異的契機 mᵢ について、構造的不変項と関係秩序によって特定の位置・役割・同一性条件が実際に規定される場合、その契機は構造項 xᵢ^S として個体化される。
さらに、その構造内部において、ある項 A の規定が、同一性の水準 D および特定の規定次元 d における他の項 B の同一性条件を構成的に決定し、同じ構造・同じ同一性水準・同じ規定次元において逆方向の構成的同一性依存が成立しない場合、A は B に対して第一のものとして成立する。
したがって、構造内部の個体性と、条件を満たす場合の第一性は、構造から独立してあらかじめ成立しているのではなく、構造の成立を通じて遡及的に確定する。
証明
まず、命題 P1 によって、個体性を説明するためには、前個体的差異場 Δ に内在する差異的条件を、構成的関係 Rᶜ によって組織化する構造的秩序が必要であることが示された。
したがって、構造 S は、単なる個体の集合ではなく、対象となる同一性の水準 D における構造的不変項 K_D(S) を実現する関係的秩序として成立する。
このとき、K_D(S) は、対象の種類、同一性水準、比較事例、許容される変化および識別手続きからなる独立した比較枠に照らして特定される。その一意性が保証されない場合には、複数の候補を区別して扱う。
次に、命題 P2 によって、構造 S の成立後、その内部の差異的契機 mᵢ は、構造の位置・役割・同一性条件を持つ構造項 xᵢ^S として個体化されることが示された。
すなわち、
I(S, mᵢ → xᵢ^S)
が成立する。
この個体化は、構造から独立した個体性を前提とするものではない。構造的不変項と構成的関係によって、差異的契機が特定の構造項として成立することを意味する。
また、異なる構造水準においては、下位構造項による上位構造の具体的実現を C が担い、上位構造内部における契機の個体化を I が担う。この二つの関係は、それぞれ異なる個体化水準に適用されるため、同一の個体性を相互に基礎づけるものではない。ただし、その具体的な成立には、下位の担い手と上位の契機との対応関係を示す必要がある。
最後に、命題 P3 によって、構造内部の項の個体性が成立しただけでは、第一性はまだ導かれないことが示された。
第一性が成立するためには、同一の構造 S、同一性の水準 D、特定の規定次元 d において、一方の項の規定が他方の項の同一性条件を構成的に決定し、逆方向の依存が成立しないことが必要である。
この条件が満たされる場合、
OD_{S,D,d}(B,A) ∧ ¬OD_{S,D,d}(A,B)
が成立する。
構成的優先性の橋渡し原理によって、
A ≺_{S,D,d} B
が導かれる。
このとき、A の第一性は、A が構造とは無関係に最初から所有している属性ではない。A と B の関係が、構造 S の内部において特定の非対称性を形成することによって成立する。
以上から、構造 S の成立によって、その内部の差異的契機が構造項として個体化され、さらに条件を満たす場合には、その構造項のあいだに構造相対的な第一性が成立することが示された。
ゆえに、定理 T1 が成立する。□
定理の限定
T1 は、すべての構造に第一の項が存在することを主張するものではない。構造的個体化が成立しても、OD が成立しない場合や、OD が対称的である場合には、第一性は導かれない。
また、K_D(S) に実質的に異なる複数の候補が残る場合には、T1 の適用結果も候補ごとに検討しなければならない。すべての候補において同じ個体化と第一性が成立するのでなければ、結論を一意に確定したとは言えない。
したがって、T1 が示すのは、構造的個体化と第一性の成立条件を一つの体系に接続することであり、すべての個体や構造が必ず第一性を持つという一般化ではない。
8.先行研究との比較と本理論の独自性
本理論の独自性を明確にするためには、前個体的差異、個体化、関係的規定、構造、存在論的依存および優先性を論じてきた先行研究との比較が必要である。
ただし、本稿は、これらの概念をすべて初めて導入したと主張するものではない。先行研究には、本理論と接点を持つ重要な議論が存在する。本稿の課題は、それらと本理論の説明対象および説明方法の違いを明らかにすることである。
8.1.シモンドン――前個体的なものと個体化
シモンドンの個体化論は、本理論にとって重要な参照点である。
シモンドンは、完成した個体を存在論的な出発点とするのではなく、個体化に先立つ前個体的なものと、そこから生じる個体化の過程を重視した。個体は、あらかじめ完成した実体として存在するのではなく、前個体的な場における緊張や不均衡が解決される過程で成立する。
この点は、個体性を最初から独立した存在者に備わるものとして扱わず、個体化以前の差異的条件から説明しようとする本理論と共通する。
しかし、本理論は、シモンドンの個体化論をそのまま採用するものではない。
本理論では、前個体的差異場 Δ に内在する差異的契機が構成的関係 Rᶜ によって組織化され、構造 S を形成する。そのうえで、同一性の水準 D における構造的不変項 K_D(S) を特定し、構造的個体性と構造内部の第一性を説明する。
したがって、本理論の課題は、前個体的なものから個体化が生じるという点だけではない。個体化された項がどのような構造的同一性を持つのか、また、その内部にどのような条件で非対称的な優先性が成立するのかまでを説明することである。
8.2.ドゥルーズ――差異と個体化
ドゥルーズの『差異と反復』も、本稿にとって重要な参照点となる。
ドゥルーズは、同一性を最初の原理として置く思考を批判し、差異それ自体の存在論的な役割を明らかにしようとする。また、微分的関係、理念および強度的な差異を通じて、個体化に先立つ条件を論じている。
この点で、個体性を前提せず、差異を個体化の条件として捉える本稿の立場とは共通する部分がある。
しかし、本稿は、差異を個体化の基礎として置くだけでは十分ではないと考える。個体性を成立させる構造的秩序がどのような不変項を持ち、どのように内部の同一性条件を規定するのかを明らかにしなければならない。
そのため、本稿では、Δ から S への移行だけでなく、K_D(S)、B_D(S)、C および I を導入し、それらを通じて個体性と第一性の成立を説明する。
したがって、ドゥルーズとの比較においても、本理論の独自性は、前個体的差異の概念そのものではなく、構造的同一性と第一性を一つの説明体系の中で接続することにある。
8.3.ヘーゲル――規定性と関係の内在性
ヘーゲルの『大論理学』における規定性の議論も、本理論を考えるうえで重要である。
ヘーゲルの論理学では、あるものの規定は、それだけで完結したものとして存在するのではなく、他者との関係や否定を通じて成立する。特に存在論における「定在」および「何かと他者」の展開は、あるものが何であるかという規定が、他者との関係から独立して成立するわけではないことを示している。
この点は、本理論が構造項の個体性を構造との関係によって説明する立場と接点を持つ。
ただし、本稿はヘーゲルの論理学をそのまま採用するわけではない。本稿の目的は、規定性の関係的な成立を、構造的不変項、構成的依存、個体化および第一性という明示的な概念体系によって再構成することである。
したがって、ヘーゲルの議論は、本理論の直接的な証明としてではなく、規定と他者との関係を存在論的に考えるための理論的背景として位置づけられる。
8.4.スピノザ――複合個体と構成要素の交代
スピノザの『エチカ』第二部定理13以後の複合個体論は、本理論の構造的不変項を考えるうえで重要な比較対象となる。
スピノザは、個体を構成する諸部分の運動と静止の一定の割合が維持されるならば、構成要素が交代しても同一の個体が存続しうることを論じている。これは、個体の同一性が、構成要素の一つひとつの物質的な同一性に還元されないことを示している。
この議論は、本理論の K_D(S) が、個々の構成要素の集合ではなく、それらのあいだに成立する関係的制約を含む体系であることと接点を持つ。
しかし、両者は同じ理論ではない。
スピノザの複合個体論が、構成要素の交代を許容しながら個体の一定の比率を維持することを論じるのに対し、本理論は、同一性の水準 D を独立に指定し、その水準における構成的制約を K_D(S) として判定する。さらに、構造内部の契機がどのように個体化されるのか、また、構造項のあいだに第一性が成立するのかという問題を扱う。
したがって、スピノザの複合個体論は、本理論の構造的不変項を考えるための重要な先行例であるが、K_D(S)、C、I、OD の区別をそのままスピノザに帰属させることはできない。
8.5.存在論的構造実在論――構造の存在論的重要性
存在論的構造実在論は、対象を独立した実体として捉える見方を再検討し、関係や構造の存在論的重要性を主張する点で、本理論と接点を持つ。
しかし、科学哲学における構造実在論の議論と、本稿が扱う個体化の問題は同一ではない。
本稿の中心的な問いは、構造が存在論的に重要であるかどうかだけではない。個体性を成立させる構成的制約をどのように特定するのか、構造内部の契機がどのように構造項として成立するのか、さらに構造項間の第一性をどのように判定するのかという問題である。
そのため、本稿では K_D(S) によって同一性水準を明示し、B_D(S) によって構成的依存の範囲を定め、C と I によって構造水準間の構成と構造内部の個体化を区別する。
この点が、本稿の構造的存在論と、科学哲学上の構造実在論を区別する理由である。
8.6.基礎づけ・存在論的依存――Fine と Lowe
現代形而上学における基礎づけ論は、ある事実が別の事実によってどのように成立するのかという問題を扱う。Fine は grounding の概念を整理し、その多様な用法と理論的役割を検討している。また Lowe は、個体化における非対称的依存を論じている。
本稿の OD は、こうした依存関係の議論と接点を持つ。
しかし、本稿の構成的同一性依存は、一般的な基礎づけ関係と完全に同一ではない。対象は、構造内部の項が特定の同一性水準において何であるかを成立させる依存関係である。
また、本稿では、依存関係そのものと、そこから導かれる第一性を区別する。OD が成立しても、その関係が対称的であれば第一性は導かれない。非対称的な構成的同一性依存が確認された場合に限り、橋渡し原理によって構造相対的な優先性を認める。
この区別によって、本稿は、個体化の説明と第一性の判定を、一つの依存関係の分析の中に位置づける。
8.7.シェファー――全体の優先性と構造内部の第一性
Jonathan Schaffer の優先的一元論は、全体が部分に対して存在論的に優先するという立場を論じている。
この議論は、個体を独立した出発点とするのではなく、全体と部分の存在論的な順序を再検討する点で、本理論にとって重要な比較対象である。
ただし、本稿の第一性は、全体が部分に対して優先するという主張とは異なる。
本稿が扱うのは、構造 S の内部における構造項 A と B のあいだの依存関係である。A が B の同一性条件を構成的に決定し、逆方向の依存が成立しない場合、A は B に対して第一となる。
したがって、シェファーの優先的一元論が全体と部分の優先性を問題にするのに対し、本稿は、構造内部の項どうしの優先性を問題にする。
この二つを同じ意味の第一性として扱うことはできない。
8.8.スコトゥス――このもの性と個体性の根拠
スコトゥスのこのもの性(haecceitas)は、個体性の根拠を構造的関係に求める本稿とは異なる方向から、個体性の問題に取り組む重要な議論である。
このもの性は、あるものがこの個体であることを説明するための個体化原理として位置づけられる。
本稿は、個体性を原始的なものとして扱う立場の論理的可能性を否定するものではない。しかし、個体性の成立を説明対象とする場合、その数的統一、他の個体との差異および同一性条件をどのように説明するのかを問う。
この点で、本稿は、個体性の根拠を独立した個体化原理に求めるのではなく、構造的な関係秩序に求める立場を採用する。
したがって、スコトゥスとの比較は、単純な反駁ではなく、個体性の成立を説明するためにどのような存在論的基礎を採用するかという選択の違いを示すものである。
8.9.本理論の独自性
以上の比較から、本稿の独自性を明確にできる。
本稿は、前個体的差異、構造、個体化、同一性、非対称的依存および存在論的優先性という個々の概念を、すべて初めて導入したと主張するものではない。これらの概念には、それぞれ重要な先行研究が存在する。
本稿の独自性は、それらを一つの説明構造へと統合し、各概念の論理的な役割を区別したことにある。
第一に、個体化以前の差異的条件を、前個体的差異場 Δ として位置づける。
第二に、差異的契機を構成的関係 Rᶜ によって組織化し、構造 S を成立させる。
第三に、対象となる同一性の水準 D を明示し、独立した比較枠と五つの判定基準によって構造的不変項 K_D(S) を特定する。
第四に、構造的境界 B_D(S) によって、その不変項を実現するために必要な構成的依存関係の範囲を定める。
第五に、構成関係 C と個体化関係 I を区別することで、階層的な相互構成を説明する。
第六に、構造的不変項によって構造的個体性と同一性を説明しつつ、数的同一性との区別を維持する。
第七に、構成的同一性依存 OD の非対称性から、同一性の水準と規定次元に相対的な第一性を導く。
この一連の過程は、単に構造が個体よりも優先するという主張ではない。個体性と第一性が成立するための条件そのものを、構造的な依存秩序によって説明することである。
本理論の中心的な貢献は、個体性の成立、構造的同一性の判定、構造項の個体化、構造内部の第一性を、相互に混同しない一つの存在論的体系として提示する点にある。
9.想定される反論と応答
9.1.個体性を原始的な事実として認めればよいのではないか
第一の反論は、個体性の成立を説明する必要はなく、個体性を原始的な事実として認めればよいのではないか、というものである。
この反論は、形而上学的な選択としては可能である。個体性を説明の最終地点とする立場を、論理的に禁止することはできない。
しかし、本稿の目的は、個体性を原始的な事実として認めることではなく、個体性が成立するための構成的根拠を説明することにある。
G は、個体性を原始的な事実として認める立場を論理的に排除する原理ではない。個体性の成立を説明対象とする理論が、数的統一、他の個体との差異および同一性条件を説明しなければならないという説明論的原理である。
したがって、本稿は、個体性を原始的な事実として認める立場を反駁したと主張するのではなく、その立場とは異なる説明上の選択を採用している。
9.2.前個体的差異場 Δ の存在は正当化されていないのではないか
第二の反論は、前個体的差異場 Δ を導入すること自体が、根拠のない仮定ではないかというものである。
この反論に対しては、G と A1・A2 の論理的な役割を区別する必要がある。
G は、個体性の成立を説明しようとする理論に構成的根拠を要求する原理である。他方、A1 は Δ の存在を採用する存在論的前提であり、A2 は個体化を可能にする差異が Δ に内在しているという前提である。
したがって、Δ の存在は G から演繹されたわけではない。
本稿が Δ を採用する理由は、個体化の根拠を、すでに個体化された複数の存在者の集合に求める循環を避けるためである。個体化以前の基礎は、個体化された存在者の集合ではなく、個体化を可能にする差異的条件を内在させた基礎でなければならない。
ただし、これによって Δ 自体の存在論的基礎が究極的に説明されたと主張するわけではない。Δ は、本理論が個体化の説明を開始するために採用する前個体的な存在論的前提である。
9.3.C と I の区別は、循環問題を定義によって回避しただけではないか
第三の反論は、C と I を異なる関係として定義しただけでは、構造と構造項の相互依存が循環する可能性を排除できないというものである。
この反論に対しては、異なる存在論的水準を区別する必要がある。
C に参加する構造項は、下位水準においてすでに個体化されている。一方、I によって個体化されるのは、その項が上位構造の内部で持つ位置、役割および同一性条件である。
したがって、下位水準における個体性と、上位構造における構造的個体性は異なる。
ある細胞が細胞として存在することと、その細胞が特定の組織の内部でどのような構造項となるかは、同じ問題ではない。
また、最初の構造は、下位水準の完成した個体を前提とする C から成立するのではない。前個体的差異場 Δ に内在する差異的規定可能性が構成的関係 Rᶜ によって組織化されることによって成立する。
さらに、具体的な階層的構成においては、下位の担い手と上位の差異的契機との対応関係を明示しなければならない。下位構造項と上位構造の契機を同一視したり、両者の一対一対応を前提したりすることはできない。
したがって、C と I の区別は単なる記号上の区別ではなく、それぞれの関係が成立する存在論的水準と対象の違いに基づいている。
ただし、前述のとおり、同一水準での相互依存が存在する場合には、それを別途説明しなければならない。C と I の区別によって、あらゆる循環が解消されたと主張することはできない。
9.4.K_D(S) の判定は恣意的ではないか
第四の反論は、構造的不変項 K_D(S) の内容を、分析者が恣意的に設定できるのではないかというものである。
この問題に対して、本稿は、K_D(S) の判定を独立した比較枠と五つの基準に従って行う。
対象となる存在者の種類、同一性の水準 D、基準事例と対照事例、許容される変化、証拠や識別手続きを先に設定し、そのうえで、構成的関連性、代替可能性、反事実的識別力、条件間の連関と補償関係、最小性と完全性を検討する。
この手続きによって、K_D(S) の判定は、単なる分析者の直観に委ねられない。
ただし、五つの基準を満たす候補が複数残る可能性は認めなければならない。
複数の候補が説明上同等であるならば、その同値性を認めることができる。他方、構成的役割や同一性条件が実質的に異なる複数の候補が残る場合には、一意性が確定したとは言えない。
本理論は、すべての構造について唯一の K_D(S) が機械的に決まると主張するものではない。説明対象と同一性の基準を明確にしたうえで、その対象に必要な構成的条件を特定することを要求するのである。
9.5.第一性は最初から非対称性を前提としているのではないか
第五の反論は、第一性を非対称的な構成的同一性依存として定義することによって、結論を最初から前提しているのではないかというものである。
この反論に対しては、構造的個体化と第一性を区別する必要がある。
本稿は、構造的個体化が成立すれば、必ず第一性が成立すると主張しているわけではない。構造内部の項が対称的な関係にある場合、第一性は成立しない。また、ある項が他の項に部分的な影響を与えるだけの場合も、厳密な意味での第一性は成立しない。
第一性が成立するかどうかは、構造的不変項 K_D(S) と、その内部における構成的同一性依存関係を分析することによって判定される。
つまり、本稿は第一性を無条件に仮定しているのではない。
まず、A と B のあいだに OD が成立するかどうかを独立に検討する。そのうえで、同じ構造・同じ同一性水準・同じ規定次元において、その依存関係が非対称的であることを示す。最後に、構成的優先性の橋渡し原理を適用することで、第一性を導く。
ただし、非対称的な構成的依存が存在論的優先性を意味するという橋渡し原理は、本稿が採用する第一性の判定基準である。その妥当性は、OD が対象の同一性条件を成立させる実在的な構成関係を表していることによって支えられる。
9.6.構造的に区別できない二つのものはどうなるのか
第六の反論は、二つのものが構造的にまったく同じ位置・役割・関係を持つ場合、本理論ではそれらを別々の個体として区別できないのではないかというものである。
この問題は、本理論が個体性をどのように説明するのかに関わる。
本理論では、個体性を、構造から独立した数的差異の事実として無条件に認めるのではなく、構造的な差異と構成的条件によって説明する。
したがって、対象となる同一性水準において、二つの契機を区別する構成的な差異が存在しない場合、本理論だけから両者を別個の構造項として成立させることはできない。
これは、構造的な区別を超える数的複数性を、本理論が無条件に認めるわけではないことを意味する。
ただし、この結論は、あらゆる形而上学的立場に対して、区別不能な個体が存在しえないと証明するものではない。構造的な差異とは別に、個体性を成立させる原理を認める立場は残されている。
本理論は、そのような原理を採用せず、個体性を構造的な差異と構成的秩序によって説明する立場を選択する。
9.7.構成要素が交代可能であれば、第一性は成立しないのではないか
第七の反論は、構造内部のある項が代替可能であれば、その項に第一性を認めることはできないのではないかというものである。
この反論に対しては、特定の個体と、その個体が占める構造的役割を区別しなければならない。
ある構造項を別の項に置き換えても、同じ役割が維持される場合、第一性が成立するのは、その特定の個体ではなく、構造的な役割や位置である可能性がある。
例えば、ある組織において、特定の構成員が交代しても、意思決定上の権限を持つ役割が維持されるとする。その場合、権限関係を構成しているのは特定の構成員の数的同一性ではなく、その構造的な位置や役割である可能性がある。
したがって、代替可能性が存在する場合には、第一性の対象が個体なのか、それともその個体が担っている構造的役割なのかを区別しなければならない。
また、ある項が複数の項の一つにすぎず、他の項によって同じ構成的役割を完全に代替できる場合、その項単独の第一性は認められない。第一性を認めるためには、その項の規定が対象の同一性条件に構成的に必要であり、同じ条件における逆方向の依存が成立しないことを示す必要がある。
10.結論――第一性は構造の成立を通じて遡及的に確定する
本稿では、第一性が個体に先立って独立に存在するという存在論的前提を再検討し、個体性と存在論的優先性が構造的秩序を通じて成立する条件を論じた。
まず、個体性の成立を説明するためには、数的統一、他の個体との差異および個体としての同一性を成立させる実在的な根拠が必要であることを確認した。そのうえで、個体化以前の異質性、強度差、潜在的緊張および相互規定可能性を備えた存在論的基礎として、前個体的差異場 Δ を導入した。
ここで、Δ の存在は個体化根拠充足原理 G から演繹されたものではない。G は、個体性の成立を説明しようとする理論に対して構成的根拠を要求する説明論的原理である。他方、Δ の存在は、本理論が採用する存在論的前提である。この区別によって、理論の出発点と説明原理の論理的な資格を明確にした。
次に、Δ に内在する差異的契機が構成的関係 Rᶜ によって組織化されることで、構造 S が成立することを論じた。構造の統一性は、独立した統一者によって与えられるのではなく、内部の差異化された契機を相互に規定する関係の秩序に成立する。
さらに、説明対象となる同一性の水準 D を導入し、その水準における構造的不変項 K_D(S) を定義した。K_D(S) は、独立した比較枠に照らして、構成的関連性、代替可能性、反事実的識別力、条件間の連関と補償関係、最小性と完全性という五つの基準によって判定される。
ただし、K_D(S) の一意性は一般的に保証されるものではない。複数の候補が説明上同等である場合と、実質的に異なる複数の候補が残る場合を区別し、後者では一意性が確定していないことを認めなければならない。また、構造的不変項の同一性や同型性から、数的同一性が自動的に導かれるわけでもない。
次に、構造的境界 B_D(S) を、構造的不変項の実現に必要な最小完全な構成的依存関係の閉包として定義した。これによって、何が構造の同一性を維持するのかという問題と、その同一性を実現するためにどこまでの構成的依存関係が必要なのかという問題を区別した。
また、構造と構造項の相互構成については、下位構造項による上位構造の具体的実現を示す構成関係 C と、構造内部の契機の個体化を示す個体化関係 I を区別した。この区別によって、異なる存在論的水準における相互構成と、同一水準における説明上の循環を区別できる。
ただし、C と I の定義上の区別だけで、具体的な循環問題がすべて解消されるわけではない。下位水準の個体性が独立して成立していること、上位構造の同一性条件が独立に判定されていること、下位の担い手と上位の差異的契機との対応関係が示されていることが必要である。
そして、構造内部の差異的契機は、構造の関係秩序と K_D(S) によって、特定の位置・役割・同一性条件を持つ構造項として個体化されることを示した。ただし、構造の成立そのものが、すべての内部契機の個体化を自動的に保証するわけではない。個体化が成立するためには、対象となる契機の位置・役割・同一性条件が実際に規定されていなければならない。
最後に、構成的同一性依存 OD を導入し、構造内部の諸項のあいだに、特定の同一性水準と規定次元における非対称的な依存関係が成立する場合、その関係から第一性が導かれることを示した。
ここで重要なのは、構造的個体化が第一性の必要条件ではあるが、十分条件ではないという点である。個体化された項が存在しても、構成的同一性依存が対称的である場合や、単なる因果的・機能的な関係しか存在しない場合には、第一性は成立しない。
したがって、本理論は、すべての構造に第一の項が存在すると主張するものではない。構造内部において、OD が独立に確認され、その非対称性が同じ構造・同じ同一性水準・同じ規定次元について成立する場合に限り、構造相対的な第一性を認める。
以上の議論から、個体性と第一性の成立に関する存在論的な順番を整理できる。
個体性を最初から完成した個体に備わる属性として扱うのではなく、前個体的な差異的条件が構造を形成し、その構造によって内部の契機が個体化されると考える。
そして、個体化された項のあいだに構成的同一性依存が成立するとき、その非対称性を通じて、初めて第一性が確定する。
この意味で、第一性は個体に最初から備わっている属性ではない。構造の成立を通じて、その項が他の項に対して占める存在論的な位置として遡及的に確定するのである。
本稿が提示したのは、個体性、構造的同一性、構造項の個体化、第一性を、それぞれ異なる論理的段階として位置づけながら、一つの構造的存在論として接続する理論である。
なお、本稿が扱った遡及性は、構造内部の契機の個体性・同一性・第一性が成立するという構造的な遡及性である。時間的に先行する履歴が、後続構造の成立によって構成的前史としての資格を得るという歴史的遡及性は、第二論文の課題となる。両者は同一の現象ではないが、構造的不変項と構成的依存秩序という共通の存在論的基礎を持つ。
注
注1 本稿でいう第一性は、時間的に最初のもの、因果系列の最初の原因、あるいはチャールズ・サンダース・パースのカテゴリーとしての Firstness を意味しない。特定の構造、同一性の水準および規定次元において成立する存在論的優先性を意味する。
注2 個体化根拠充足原理 G は、ライプニッツの充足理由律と同一の原理ではない。本稿は、あらゆる存在者について究極的な理由を要求するのではなく、個体性の成立を説明対象とする理論に対して、その構成的根拠を要求している。
注3 スコトゥスのこのもの性(haecceitas)については、Duns Scotus, Ordinatio II, d. 3, p. 1, q. 4, n. 76 を参照。本稿は、この立場の論理的可能性を否定するのではなく、個体性の成立を説明対象とする場合に何が必要となるのかを問題としている。
注4 シモンドンの前個体的なものについては、L’Individuation à la lumière des notions de forme et d’information の序論および第一部を参照。シモンドンの個体化論と本稿の構造的個体化存在論は、個体を完成した出発点としない点で接点を持つが、両者を同一の理論とみなすことはできない。
注5 反事実的な検討は、構成的関係を識別するための方法の一つであり、因果関係の検討と同一ではない。構成的関係であるかどうかは、当該関係が構造的不変項 K_D(S) と構造項の同一性条件をどのように成立させているかに基づいて判断される。また、代替可能性、条件間の補償関係および複数の構成経路についても検討する必要がある。
注6 シモンドンの個体化論については注4を参照。本稿は、シモンドンの議論を前個体的差異の問題を考えるための重要な先行研究として扱うが、構造的不変項や第一性の概念をシモンドン自身に帰属させるものではない。
注7 ドゥルーズの差異と個体化の議論については、『差異と反復』第四章を中心に参照。本稿は、ドゥルーズの個体化論をそのまま採用するのではなく、前個体的差異から構造的同一性と第一性への接続を問題としている。
注8 ヘーゲルの規定性に関する議論については、『大論理学』存在論「規定性(質)」、特に「定在」「何かと他者」の展開を参照。本稿は、その議論を直接的な証明として使用するのではなく、規定と他者との関係を存在論的に考えるための背景として参照する。
注9 スピノザの複合個体については、『エチカ』第二部定理13の後の補助定理4〜7および補助定理7の備考を参照。特に、構成要素の交代と個体の同一性の維持に関する議論が、本稿の構造的不変項 K_D(S) の検討に関係する。
注10 存在論的構造実在論については、Ladyman(1998)および Ladyman et al.(2007)を参照。本稿は構造の存在論的重要性を共有するが、科学哲学上の構造実在論そのものを採用するわけではない。
注11 基礎づけ関係の概念的整理については、Fine(2012)、Correia and Schnieder(2012)および Lowe(2012)を参照。本稿の構成的同一性依存は、一般的な基礎づけ関係と完全に同一ではなく、構造内部における個体化と第一性を説明するための関係である。
注12 シェファーの優先的一元論については、Schaffer(2010)を参照。全体の部分に対する優先性と、構造内部における項どうしの第一性は区別されなければならない。
注13 K_D(S) は、個体化や第一性の結論から逆算してはならない。また、複数の候補が残る場合には、説明上同等な候補と、構成的役割や同一性条件が実質的に異なる候補を区別しなければならない。後者が残る場合には、その一意性が確定していないことを明示する必要がある。
注14 本稿の「遡及的成立」は、時間的な逆因果を意味しない。構造の成立によって、その内部の項が持つ構造相対的な個体性・同一性・第一性が確定するという構造的・存在論的な意味で用いている。時間的に先行する履歴が後続構造によって構成的前史としての資格を持つという歴史的遡及性については、第二論文で検討する。
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